旧作品とはストーリー、登場人物などに大きな変化が生じますのでご注意ください。
プロローグ
――鬼。鬼と言えば、色々あるものだ。
酒呑童子や茨木童子などのような妖怪としての鬼。
赤い肌や青い肌に角、巨人のような数m級の身長と巨躯を持ち、虎柄の腰巻きを巻いている御伽噺に出てくる鬼。
西洋において、強力な化け物だとか伝説だとかの例でよく挙げられる吸血鬼。
怒った時にやたらと怖い人や鬼畜なことばかり突きつけてくるような人を例えて言う鬼。
この通り、一言で鬼と言っても様々だ。
この世界にも鬼が存在した。ただし、その鬼は例に挙げたどれにも当てはまらない。強いて言うなら、その生態が吸血鬼に類似しているが。
――
人間を遥かに凌駕する怪力や身体能力を持ち、ある一人の人間が首魁である無惨の血を取り込むことで同族を増やしていく。
元が人間である為か、人間に近い見た目の者もいる。しかし、場合によっては腕が数十本絡まった山のような巨躯を手にしたり、ある程度の共有意識を残しながらも三体に分裂して別個の意志を持たせたり、身体から鼓を生やしたり等……異形の化け物に変化を遂げる者もいる。
主食である人間を多く喰らって力をつけた者は、血鬼術と呼ばれる異能を使うことがある。
彼らは何千年もの間、人々に悪夢を見せ続けてきた。鬼のことを知らない者も多かったとは言え、それを知っている者には確かな恐怖を与えた。
そんな化け物達に怯えながら、人々は一人残らず喰い尽くされるのを待つしかなかったのか……?
――否。断じてそうではない。闇ある所に光あり。世界の平和を脅かす魔王が居たとしたら、必ずや勇者の資格がある者が生を授かってその討伐に向かうかのように、鬼を滅することを志した人間達の集まる組織があった。
その名を鬼殺隊。平安時代後期頃に端を発し、1000年以上存在し続けた政府非公認の組織。鬼を滅する力を持つ剣士にその剣士達を支える者達が集まって構成されており、その組織が最後に存在していた大正時代時点では、その構成人数は数百名を超えていた。
しかし、彼らもまた人間。人間を遥かに逸脱する力を持つ鬼の手で瞬く間に命を奪われてしまう。炎、水、風、雷、そして岩。これらの名を冠した流派の剣術を扱って鬼を倒そうにも足りなかった。単に剣術を極めただけでは彼らに敵いはしなかった。巨大な困難の壁に打ちのめされかけていた剣士達であったが……。とある男の存在によって、ベルリンの壁が崩壊したかのように困難という壁が打ち砕かれることとなる。
男の名は、継国縁壱。彼の兄をして「神の寵愛を一身に受けた者」だとか「この世の理の外側にいる」と言わしめ、鬼の首魁であった無惨をして「出鱈目な御伽噺」だとか「本当の化け物」だとか言わしめた歴代で史上最強かつ至上の才能を持つの剣士。
彼は後に始まりの呼吸と言われる"日の呼吸"の使い手であり、生まれた頃から鬼と渡り合えるような逸脱した身体能力を持ち合わせていた。彼もまた愛する者を鬼の手で殺されて鬼殺隊に入隊した男なのだが、彼の入隊によって鬼殺隊の運命は大きく変わった。
縁壱が自身の扱う"日の呼吸"を各流派を極めた剣士達の適正に合うようにと呼吸法を変えて、自身の扱う呼吸を剣技に上乗せする技術を教えたのだ。この技術こそが、著しく増強させた心肺で一度に大量の酸素を血中に取り込むことで血管や筋肉を強化・熱化させて瞬間的に身体能力を爆発的に増加させる特殊な呼吸法――後の世で"全集中の呼吸"と呼ばれるようになった技術である。
これを得たことで著しく増加した身体能力を発揮し、剣士達は鬼と渡り合えるようになった。それでも鬼の脅威は大きく、彼らは何度も命を奪われ、打ちのめされ続けた。しかし、代々鬼殺隊の当主である家系、産屋敷家を筆頭として彼らは後の世代に技術と志を繋ぎ、何度も立ち上がり続けた。
そうして戦いを続けること数百年。時は大正時代……。
鬼殺隊の隊士達は、多くの犠牲を出しながらも遂に無惨を討ち取った。彼らの手で鬼は完全に滅ぼされたのだ。鬼を滅することを大きな目的とした鬼殺隊は解散し、悪夢の夜は終わりを告げた。鬼殺隊に所属していた剣士達で、最後の戦いを生き残った者達もようやく普通の生活に戻ることが出来た。
これは、そんな鬼殺隊を支える最高階級の剣士である"柱"。その一端として長年活躍し、生きる中で姉と親友を。最後の戦いで右腕を失いながらも最後まで生き抜いた、水の呼吸を扱った剣士――冨岡義勇の物語である。
★
(――暖かい。幸せな夢の中にいるようだ)
彼は光が当たっていることを感じ取る程に触覚が優れている訳ではない。しかし、春の木漏れ日のように暖かな光が自分に降り注いでいることを不思議と感じ取りながら彼は幸せな
開かれた目。それは、凪いだ水面のように深い青色だ。じっと見つめれば見つめる程、彼の瞳の中に海がそのままあるのではないかと思ってしまうくらいに深みがあった。長々と見つめているとその海の中に吸い込まれてしまいそうである。そして、その瞳には水面に反射した春の陽光のような暖かい光が宿っていた。
体をゆっくりと起こす彼の髪は、首あたりまでの長さの黒髪。服装は、水色の着物に白いシャツと灰色の袴。
いや、そうではない。彼は書生に在らず。この男性にしては白い肌に、眉目秀麗な整った顔立ちの青年こそが冨岡義勇。かつて、水柱として活躍し、仲間達と共に無惨を討ち取った男。
その顔はまさに美男子のそれだ。美男子であった偉人として取り上げられることの多い森蘭丸が本当に美男子であったのなら……彼のような顔立ちをしていたのかもしれない。
「……どこだ、ここは……」
眠りから覚め、少しずつ頭が冴えてきた義勇は辺りを見回しながら困惑する。
辺りに広がっているのは、小さくも可憐な青い花弁をつけた花だった。それが春の木漏れ日のような暖かな陽光に照らされ、大量に咲き誇っている。吹き抜ける風もまた、優しく暖かい。季節は春だろうか?
(いや、待て……。そもそも俺は死んだのではなかったか?ならば、ここは死後の世界なのか?)
義勇は困惑する中で自分の状況を思い出し、顎に手を当てながら振り返ることにした。
今の義勇の年齢は25歳。妻を
――"痣"を発現したことによる代償である。ここにおける"痣"とは、体の一部を強打したりして内出血することによって出来る黒かったり、青かったりする痕ではない。全集中の呼吸を一定以上極めた上に、心拍数が二百を超える、体温が三十九度以上になるという二つの条件を満たすことで体のどこかに発現する、紋様のようなものだ。――義勇の場合は左頬の広範囲を覆うような形で出現し、その形は流れ渦巻く水のようであった――
因みにだが、件の天才剣士である縁壱の場合は生まれつき額の左側から側頭部にかけて発現しており、悪を焼き尽くすが如く燃え盛る陽炎のような形を成していたようだ。そして、彼の場合は例外として"痣"が発現していたにも関わらず、80歳を超えても生きていたらしい。
では、何故"痣"の発現によって25歳で死ぬことになってしまうのか。また、縁壱が"痣"の代償で死ぬことがなかったのか。実の所、その理由は定かではない。
科学的根拠から説明しようとすると、人生における最大心拍数――拍動が最も速くなった場合の限界的な心拍数――は、一般的に成人では「220−年齢数」程度だと言われる。つまり、200を超えるくらいの心拍数に耐えられるのは20歳までということになる。それ故、20歳を超すと"痣"を発現した際の心拍数に耐えられずに負担が増えていき、25歳で死を遂げてしまうから……ということになるであろうか。
何も根拠のない仮説から説明するとすれば、"痣"自体が縁壱の類稀なる才能によって発現出来る、神から賜ったかのような力であるから……だろうか。それが他者に発現した結果、鬼並みの身体能力を手にすることが出来るも、寿命を前借りして大きな代償を払うこととなっている訳である。
"痣"はある種、体の機能が極限段階に達している証。生まれつきそれを発現していた縁壱は、極限段階に達した身体によって何らかの方法で心拍数を調節していたということもあるのかもしれない。――最も、本人はそんなこと意識しておらず、無意識に行っていた可能性もあるかもしれないが――
いずれにせよこれらは仮説に過ぎず、誰一人として"痣"による死の原因は分からない。もしかすると、"痣"の第一人者である縁壱にしか分からないかもしれない。
閑話休題。
その"痣"の代償で寿命の歳を迎えた義勇は穏やかに息を引き取った。最期の瞬間まで生まれてからまだ5年も経たない子供を抱えて看取ってくれた妻や自分の弟弟子に彼の妻、その弟弟子の妹、更には弟弟子であったその少年の鬼殺隊における同期の少年達に剣技を教えてくれた己の師。
姉や友を失い、天涯孤独と言っても過言ではなかった自分がこんなに多くの人達に看取ってもらえたのは幸せなことだと彼は改めて思った。
それに、残った余生も穏やか且つ幸せだった。鬼殺隊の"柱"として修羅場を潜り抜けてきた分、道端に転がる石ころのように投げ捨ててしまった本来味わうべき幸せを全て拾い尽くせた。
そんな穏やかな死を迎えたはずの自分が、青く小さな花弁を持った花が咲き誇る野原に寝転がっていた訳だ。自分は御伽噺の中に吸い込まれてしまったのではないか、と疑いながらも義勇は立ち上がる。
――こうして寝転がっていても仕方ない。
特にやることもないので、散歩がてら辺りを見て回ることにした。
歩き回ってみて分かったのは、花が地平線の彼方まで広がっていたこと。どこを見渡しても花ばかり。自分の視線の先全てが、その花で埋め尽くされているのだ。まさに、花の海の上に立っているようである。
(……しかし、何だろうな。この花の名は)
ふとしゃがみ込み、その花弁を指の上に乗せるようにして優しく触りながら、義勇は花の名前に興味を持った。鬼殺隊士であった頃は、来る日も来る日も鬼との戦いであったし、強くなること以外に必要なもの――ただし、食事や睡眠などのような生きることに必要なものは除く――を切り捨ててきた義勇はその名前を知らないし、知る由もない。
こんなことなら、禰豆子――義勇の弟弟子であった少年の妹の名である。少年の故郷では美人だとの評判が絶えず、艶やかな黒髪に、兄であるその少年のように山から登る朝日を彷彿とさせる赤い瞳を持っていた――や、カナヲ――弟弟子であった少年の妻となった少女の名である。かつて義勇に度々ちょっかいをかけてきた"柱"の一端であった少女の義理の妹で、サイドテールの髪型に紫色の瞳をしていた。彼女がつけていた、"柱"の一端であった少女の形見である髪飾りを見て、義勇は幾度もその少女を思い出したのをよく覚えている――に色々と聞いておけば良かったな、とほんの少しだけ後悔した義勇であった。
そうして立ち上がりながら、ふと義勇は思う。この花々は一体どこまで広がっているんだ、と。そして、この花畑の果てを知りたいという子供のような冒険心溢れた欲を抱いた。7回に渡る航海の中で多くの冒険を体感したシンドバッドも、こんな新鮮な気持ちを毎度ながら抱いていたのだろうか。
その溢れてきた欲に駆られ、義勇はただ歩いた。(まだ確信してはいないが)死後の世界だからなのか、いくら歩いても疲れなかったし、飽きなかった。雲一つなく広がる青空に、自分を包み込む優しい陽光。視野を広げることで見つけた藤の花が広がる樹海。何もかもが美しく、極楽浄土のようだった。
義勇は、宗教などの胡散臭いものを信じる質の人間ではない。しかし今、宗教を信仰し、極楽浄土があると信じて疑わなかった昔の人々の不思議さを思い知り、盲目的に信仰するのは良くないが、良識を持った範囲でなら信じてもいいのかもしれないと思った。
――歩き始めてから、どのくらいの時間が経ったのだろうか。義勇は、青い羽を持つ妖艶な蝶が辺りを飛び回る場所で見覚えのある後ろ姿を見つけた。
後頭部に着用した大きな紫色の蝶の髪飾り。その髪飾りでまとめた、毛先が紫色に染まっている黒髪は荒れが一つもなく、艶やかで美しいと言う他ない。橙色の生地に赤、黄、黒。様々な紅葉の
彼女もまた、しゃがみ込んで辺りに咲いている青い花を愛でているのだろうか。その蝶の化身であるかのような彼女の様子に、義勇は唖然としながらも見惚れていた。
「――あら」
先に振り返ったのは、彼女の方だった。義勇の気配に気がついて振り返ったのだろう。戦いは全て終わったというのに、"柱"にまで上り詰めることで身につけた気配察知能力は衰えていないらしい。
義勇の予想通りに、とある少年に顔だけで食っていけると評された端正で美しい顔立ちが露わになった。
「――胡蝶」
義勇が彼女の名前を口に出すと、少女は凡ゆる憎しみの消え去った、数百万円もの価値がありそうな宝珠のように美しい紫色の瞳を向けながら微笑んで答えた。
「はい、胡蝶しのぶですよ。お久しぶりですね、冨岡さん」
彼女こそ、"柱"の一端である"蟲柱"として活躍した少女。カナヲの義理の姉で、"柱"の中でも最も義勇と関わりのあった少女。胡蝶しのぶだ。
ここが死の世界であることは確信したものの、目の前に彼女がいることが信じられない義勇は、唖然として目をパチクリさせていた。
クスリと笑った後に義勇に声を掛けたしのぶは、ほんの少しムッとした表情をしながら義勇の体を指で突いた。
「ちょっと冨岡さん?何をぼーっとしてるんですか。折角の再会なんですよ?何か一言返してくれたっていいんじゃないですか?相変わらず愛想がないですねえ。そんなだから嫌われるんですよ」
――何度聞いた言葉だったろう。「そんなだから嫌われるんですよ」……。彼女の口から幾度となく聞いたものだ。
義勇は彼女に指で突かれ、そう言われながらハッとする。
(何か一言……か)
「返事してくださいよ、冨岡さ〜ん。無視は悲しいじゃないですか、お馬鹿」なんて言いながら上目遣いで自分を見つめるしのぶを他所に、義勇は数秒考える。そして思いついた言葉が……これだった。
「胡蝶、
口下手な彼なりに精一杯考えた労りの言葉。しのぶの小さく、形も美しいその手を優しく包み込むようにして握りながら、義勇は目尻を下げ、美少年に相応しい微笑みを浮かべながら答えた。
そんな彼に対し、しのぶはぎょっとしながら目を見開いて固まった後に、先程の義勇のように何度も目をパチクリさせる。
(……何か間違っただろうか)
彼女の反応を見て微かに不安になり始める義勇であったが、何一つ心配する必要はなかった。
「そこは普通……久しぶり、とかでしょう……。出会って早々何なんですか。ちゃんと見てくれてたなら事前に言ってくださいよ。何も伝えずに急にそういうこと言うから嫌われるんです……!……わ、私はそういうところ、好きですけど……」
しのぶは目を逸らし、微かに頬を染めながら言う。
何故頬を染めるのか。よく分からなかった義勇ではあったが、自分の言葉が彼女のお眼鏡にかなったようで一安心した。
その後、ハッとしながら手を離すようにしのぶに促され、義勇はその手を離した。
(……なんて小さい手だ。それにすべすべしていた……)
しのぶの手の感触に浸る義勇を他所に、しのぶは
「それにしても冨岡さん。貴方、お礼なんて言えたんですね。びっくりしました」
そう言いながら向けたニヤニヤとした笑みは、義勇の反応を楽しもうとしているかのような笑顔がある。なんとも彼女らしいと言えば彼女らしい物言いだ。
しかし、そんな言い方はしなくたっていいじゃないか。そう思いながら、義勇は眉を
「ふふ……済まん。どうにも懐かしくてな」
眉を微かに下げ、申し訳なさそうに笑う義勇を見ながら、しのぶは彼が幸せな余生を送ったことを実感する。あの掴み所のない、鉄仮面のような冷たい無表情ばかり浮かべ、好物の鮭大根を前にした時以外は決して笑わなかった彼がここまで笑えるようになるとは誰が予想したであろうか。
「胡蝶、聞いてほしい」
「何ですか?」
余る程、しのぶに語りたいことが多くあったのだろう。今までの彼とは思えないくらいの饒舌さを発揮し、義勇は次々と話をした。
禰豆子が無事に人間に戻れたこと。
自分の弟弟子で、禰豆子の兄でもある炭治郎――赤が入り混じった髪と禰豆子のように山から登る朝日を彷彿とさせる紅い瞳を持つ少年だ。非常に心優しく、生真面目で快活。石頭で頑固な面や天然で他人の地雷を踏み抜くような面があるものの、義勇には彼のおかげで心を救われた過去がある――とカナヲが結ばれたこと。後には子供も残したこと。
実弥――不死川実弥。"風柱"として肩を並べて戦った同志で、義勇と途中で体を欠損して鬼殺隊の本職を引退した元"音柱"であった男を除くと"柱"の中で唯一の生き残り。傷だらけなその容姿や無造作な白髪は変わりないものの、血走っていた目はなりを潜め、穏やかになった。因みにだが、トラウマを吹っ切れない故に"柱"としての勤務態度がよろしくなかった義勇を嫌っていたこともある――と無事に仲良くなれたこと。
自分を愛してくれる人が出来たこと。自分に子供までも出来たこと。
しのぶもまた、慈愛に満ちた女神のような心の底からの笑顔を浮かべて彼の話を受け止めた。無惨を討ち取った後のことを語り尽くそうにも語り尽くせないと言わんばかりの勢いで話し続ける義勇を見て、世の中が平和になったことを実感するしのぶではあったが……自分ばかり話しているのは、あまりにもずる過ぎないだろうか。
痺れを切らしたしのぶは、力に任せて義勇を思い切り押し倒した。
咄嗟のことで反応出来ず素直に押し倒された義勇ではあったが、残った左腕でしっかりとしのぶを受け止めてから倒れた為、彼女は無事である。
「こ、胡蝶?」
困惑しながら尋ねる義勇に、しのぶは彼の残してきた妻や子供の話を振った。
「ねえ、冨岡さん。奥様やお子さんが出来て幸せでしたか?」
「……それは勿論だ。強いて言うなら、二人を残したまま死んでしまったことを微かに後悔しているが。せめて、子供が立派になるまで見届けたかった」
愛おしそうに笑みを浮かべる義勇。しのぶは、そんな寵愛に満ちた笑みを向けられたであろう女性を
そして彼女は決心する。
(来世があるなんて保証もないですし、伝えたいことはちゃんと伝えましょう)
秘めてきた想いを義勇に伝えることを。
「冨岡さん。私、貴方のことが好きでした」
「……どういう好きだ」
「
微かに目を見開いた義勇を一瞥し、しのぶは彼の胸に擦り寄りながら続ける。
「冨岡さん。来世があったら、今度は私が貴方の隣に居たいです。貴方を幸せにしたいです。一緒に幸せを掴みたいです」
自分達は死んでいるはずなのに心臓の鼓動がある。自分自身の心臓はバクバクと高鳴っているし、義勇の心臓は変わらずトクントクンと安定した鼓動を刻んでいた。とは言え、彼の心音を聞いて安心する時点で自分がどれだけ義勇のことが好きなのかを実感してしまう。
「冨岡さん、絶対に私のことを見つけてくださいね。そして、さっきの愛に満ちた笑みを今度は私に向けてください。ずうっと待ってますから」
嫉妬がない訳ではない。だが、伝えられたから十分だ。
彼女の言葉に対し、義勇はどんな好きであったとしてもしのぶに好かれていた事実が変わらないことを知り、嬉しそうに笑みを浮かべる。そして、彼女の眼前に小指を立てて差し出した。
「……約束する。しのぶ、俺は来世のお前を必ず見つけよう。待っていてくれ。そして、今度は絶対に一緒になろう」
「……!はい!」
しのぶも子供のように無邪気な満面の笑みで返し、二人は指切りを交わしたのであった。
その後、しのぶに「貴方に会いたがっている人がいる」と連れられた先で、義勇は姉の蔦子に親友の錆兎、病死した両親と再会する。
彼らとも思い出を語る中で、知らず知らずの間に義勇は意識を閉ざしていたようである。最後に覚えているのは――
「今度は姉として、貴方が立派になったところを生きて見届けたいわ。絶対一人にさせないからね」
と願いと誓いを述べる姉の言葉と……。
「……義勇さん、大好きです。私のこと、忘れないでくださいね」
と愛の告白を告げるしのぶの声だ。
さて。余談にはなるのだが、義勇としのぶのいた空間に咲き誇っていた小さくも可憐な青い花の名は、
その花言葉は――私を忘れないで。
★
……この世に神が居るとしたら、俺は声を大にして言おうと思う。どうしてこうなった、と。
ピピピ、ピピピ……という一定のリズムの機械音に促されて眠りから目覚め、目を開けた俺の視界には今や見慣れた空間が目に入る。
木製で何段も引き出しがあり、スタンドライト付きの学習机。シンプルな白い壁紙。近くの棚に置かれた、母手作りの狐のパッチワークを誂えた青い肩掛け鞄。壁にはハンガーに掛けられた、紅いリボン付きの藍色のブレザーとパンツがある。因みにだが、ブレザーとは言っても小学生や中学生の着る物ではない。
……どうやら俺は、輪廻転生というものを果たしたらしい。それも前世の記憶を持ったまま。
蔦子姉さんや錆兎、父さん、母さんと再会して話をしていた俺は知らず知らずのうちに意識を閉ざしてしまったらしい。最後に覚えているのは、姉さんとしのぶの言葉だけだ。
そして、次に目を開けたときには今世の父と母の顔が目の前にあり……赤ん坊に逆戻りだったという訳だ。
いや、別に記憶を残されたことは恨めしく思ってはいないんだ。しのぶを早く見つけられるだろうしな?そこは構わん。だが、生まれた瞬間から記憶が残ったままでなくても良くないか……?生まれた瞬間から残ったままだと、色々と苦労するんだ。主に純粋な赤ん坊や幼子のフリをする際にな。
物静かな子なのだと解釈するのなら自然かもしれない。だが、俺は話す時は話すが話さない時は話さないし、基本的に口数は少ないんだ。2歳児は言葉の発達が著しい故に「言葉の爆発期」とも言われる。端的に言うなら、それだけ活発に話す時期だという訳だな。
そんな子供が口数が少なく、物静かだったら……どうだ?流石に誰しもが何かあったんじゃないかと心配になるだろう?今世の父と母や姉さんにそんな心配はかけたくなかった為、そこは必死に頑張った。
基本的に1人でいる時は前世通りに振る舞うが、家族や他人の前では基本的に年相応の振る舞いをしている。
……これがまた辛いんだ。精神年齢は25だぞ?そんな大の大人が子供のフリをするんだ。二十歳を超えた大人が、親に子供のように甘えて恥を晒すようなもの。恥ずかしいに決まっている。しかし、羞恥心に負ける訳にはいかないから頑張って羞恥心を凪ぎ、恥に耐えながらここまでやってきたんだ。
さて。そんな俺が誕生してから、既に3年が経過している。伸びをしながら愛用のベッドから出るが……とにかく寒い。肌に針を突き刺すかのような寒さだ。季節は冬だし、当然だろうがな。
部屋に暖房機器がない訳ではないが、寝ている間もそれを使っていては空気が乾燥して喉を痛める。それを防ぐ為に、寝る前には必ず暖房機器を切っているんだ。喉の健康は大事だぞ。一度喉を痛めると、食事を呑み込む時にも痛みが伴うからな。美味しい食事も存分に楽しめなくなる。
一先ず、暖房を入れることを決めてそのリモコンを探すことにする。リモコンを探す為に部屋を見渡している時に、ふと枕元の目覚まし時計が目に入った。
俺の使う目覚まし時計は、電子掲示板のようにして緑色に光る数字で現在の時刻を表示しているんだが……それだけじゃなく、ついでがてら曜日と日付まで表示してくれる。そこに表示された時刻は丁度朝の6時。曜日は土曜日で、日付は……2月8日。
――
「……誕生日か」
そうだ、2月8日は俺の誕生日だ。これで、この世に生を受けてから4年が経過した訳だな。おめでとう、俺。
誕生日だというのを自覚するのと同時に、思わず口元が緩む。今世は俺の誕生日を祝ってくれる家族がいる。血の繋がった家族が。
勿論、前世も全く誕生日を祝われなかった訳じゃない。父と母は病死するまでの間の俺の誕生日を全力で祝ってくれたし、蔦子姉さんもそうだった。蔦子姉さんを失って、鬼殺隊に入隊する為の鍛錬を始めてからは鱗滝さんに錆兎が祝ってくれた。
そうだ……。鱗滝さんは、錆兎を失ってから心を失った俺にも毎年毎年手紙を送って、俺の誕生日を祝ってくださったな。無論、それは俺が"痣"の寿命で死ぬまでずっと変わらなかった。
鱗滝さんだけじゃない。
俺の妹弟子であった真菰も、俺の誕生日を知ってからは手紙を送りつけてきたか。まあ……己に必要なもの以外を捨て置いた俺は、返事を書くことはなかったのだが。そして、俺は鬼殺隊に入隊した彼女を見ていない。……理由は察した。最終選別の中で戦死したんだろう。後悔しても遅いが、もっと構ってやるべきだったと何度も思った。因みにだが、彼女も錆兎を殺した鬼に殺されたのだと言う。炭治郎がそう教えてくれた。
"柱"になってからは"柱"の皆。それに、お館様が祝ってくださったな。正直、戦いに明け暮れて心を捨てたあの頃は誕生日なんてどうでも良かった。でも、祝ってもらえたその時だけは捨てたはずの心がいつも戻ってきたのを覚えている。
ああ……誕生日の時は、不死川や伊黒も愚痴を言いながらも俺に多少なりとも関わってくれたのだったか。俺の誕生日は、決まって"柱"が全員で俺の好物、鮭大根の素材を持って集まり、俺に秘密で鮭大根を作ってくれていた。店の鮭大根も好きだったが、皆が心を込めて作ってくれたそれは、抜群に美味だったな。最早あの頃が懐かしい。
そして、無惨を討ち滅ぼした後には炭治郎達も誕生日を祝ってくれて……。
誕生日を祝ってもらえるのが嬉しいのは誰が相手だろうが変わりない。だが、血の繋がった家族に祝ってもらえるのは喜びが一入なんだ。
「あっ、義勇。起きてたのね!おはよう!」
誕生日を祝ってもらった時の思い出に浸っていると、部屋のドアがそっと開かれ、蔦子姉さんが顔を覗かせる。
「おはよう、姉さん」
年相応っぽく振る舞いながら姉さんに挨拶を返すと、満足そうに微笑んだ。
それにしても、三つ編みの黒髪に後頭部につけた薄桃色のリボン、それと空のように澄んだ青い瞳。前世の姉さんをそっくりそのまま幼児化したような見た目だ。あまりにもそっくりすぎる、と何度思ったことか。
直後、姉さんはハッとしたような顔をしながら駆け寄って、俺を優しく包み込むように抱きしめた。取り敢えずは、俺も姉さんの暖かみを感じながら便乗して抱きしめ返すことに。
「義勇、お誕生日おめでとう。また貴方の誕生日を祝ってあげられて、姉さんは嬉しいわ」
顔は見えないが、満面の笑みなんだろう。姉さんは凄く嬉しそうだ。だから、俺も自然と嬉しくなる。
「そうだ、義勇。もう義勇は4歳よね。"個性"が発現しているかもしれないし、今日は病院に行くって。さ、準備して!朝ご飯も出来てるから」
「分かった。すぐ行くね」
その後、再び何かを思い出したかのような姉さんに肩を叩いて促され、俺は着替えを始めた。
"個性"……か。正直、俺には何のことだか分からない。もしかすると、時折異質な人々を見かける理由はそれなのだろうか。
実は、この世界の人々はかつて鬼共の使っていた異能、"血鬼術"を彷彿とさせるような力を扱う者が多いのだ。例えば、炎を吐いたり、空を飛んだり、腕を鋭い金属の刃に変えたりだとか。
そもそも、この世界のこともよく分からない。
この世界には、まだまだ分からないことが多い。しかし、やることは確かだ。この世界で生き抜き、しのぶを見つけること。それだけだ。
しのぶ……。お前がどんなに遅く生まれようと、俺より早く生まれていようと関係ない。必ず見つけ出すから、待っていてくれ……!
繰り返すようですが、鬼滅要素が強すぎる、キャラが多すぎて伏線回収的なものが出来ない、ストーリーが混乱し始めた……等の理由で作者自身が色々と整理しきれなくなり、リメイクを決断致しました。
これまで旧作品をご愛読いただいた方、応援してくださっていた方、申し訳ございません。そしてこれからもリメイク版を応援するという方々はよろしくお願いします。
今後はこちらの方を楽しんでいただければと思います!
冨岡義勇英雄伝:再編集をこれからどうしてほしいですか?
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このままで続けてほしい
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義勇さんだけが活躍する作品の方が見たい