冨岡義勇英雄伝:再編集   作:白華虚

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第十話 オールマイト

 事情聴取を終えた後の帰りは、塚内さんに送ってもらうことになった。塚内さんご本人が警部であることもあって、当然ながら交通ルール遵守の安全運転。観光客や学生を送迎するバス並みと同じくらいに危なっかしさの無い運転だった。

 

 自動車なるものが生活の中でメジャーになるとは、大正時代に生きる人間の誰が考えたろうか。大正時代の時点でも自動車は存在したと言えばしたのだが、今のようには広まっていない。今の日本のことを知ろうと暇さえあれば歴史書に目を通すなんてこともやっていた為、その辺も少しは分かる。日本で最初に車を大量生産したのは三菱重工業だったはずだ。

 

 ……まあ、車の話は一先ず置いておこう。

 

 後ろへ後ろへと過ぎ去っていくビルや街灯にいくつもの店。車に揺られながら、それとなく風景を眺めていた時。ぐっと体を横へと傾けられるような感覚がして(わき)を見てみると、俺の着ている藍色のTシャツの袖口を握る蔦子姉さんの姿が目に入った。

 

 姉さんから、何か話があるのは明らかだった。

 

「……どうしたの?姉さん」

 

 どこか言いにくそうにしていた為、俺の方から話を切り出すことにした。

 

 俺を見つめ返す姉さんの顔は、どこか悲しげだった。

 

「……あのね、義勇。義勇が変わらず強いのは私も分かった。でも、貴方がヒーローになったら……あんなに凶暴な(ヴィラン)と戦わなきゃいけないんだって思ったら、怖くなっちゃったの。ねえ、義勇……。どうしても、ヒーローになりたいの……?」

 

 ヒーローになることを拒むのは、俺の夢への道を断つことになるのを理解しているのか……姉さんは、選択肢に迷っているようだった。俺の夢を応援するか、道を断ってでも俺の無事を取るか。その二つだろう。

 

 こうして帰りながら、また色々と考えた。相澤さんと話して考えた。

 

 俺は自分の考えを素直に述べる。

 

「姉さん。俺が目指すのは本当のヒーローだ。必ずしも、姉さんの言う職業のヒーローになる必要はないかもしれない。でも……俺は、今日多くの人の命を奪った(ヴィラン)のような脅威から人々の笑顔を守りたいんだ。それに、俺の思う本当のヒーローを誰かに知ってもらいたい。そう強く思ったんだ」

 

 相澤さんと話を交わす中で、ヒーローの話もしたのだが……。彼曰く、金や名声の為だけに活動するヒーローが増えてきているらしい。悲しいことだが、これも"ヒーロー"が職業になった故の影響なんだろうか。それらの目的の為に活動している結果、覚悟もない。熱意もない。No.1ヒーローのオールマイトや、彼を筆頭とするトップヒーローに社会を任せきり。彼らはそういった情けない人物ばかりらしい。相澤さんも、呆れ気味に社会の現状を嘆いていた。

 

 同時に、「お前がヒーローになってくれれば、社会は大きく変わるかもな」と期待を寄せてくれていた。

 

 そんな情けない現状を知ったからこそ、俺自身がヒーローとなって、指標とならねばならないと強く思った。俺の思う本当のヒーローを知ってもらわなければと思った。それに透とも約束したしな。

 

 (ヴィラン)と対峙する機会に背中を向けることで誰かの笑顔が奪われる。それも、もう懲り懲りだ。

 

「だから、今の俺には別の道を行く選択肢はないんだ。ごめん、姉さん。姉さんの気持ちも分かるけど……俺は自分を曲げたくない。代わりと言ってはなんだけど、約束するよ。姉さんを心配させないくらいに強くなるって」

 

 蔦子姉さんへ向けて微笑み、俺は言った。

 

 姉さんは、呆気に取られたように目を見開いて硬直するも、その後に観念したように微笑んだ。

 

「……もう決めたことなのね。分かったわ。義勇、約束よ。もうお姉ちゃんを心配させるようなことはしないこと。私には、もう義勇しか残っていないから……」

 

「うん……約束だ」

 

 二人で指切りを交わし、俺達は笑い合う。

 

 ゆびきりげんまんの歌に乗せて指切りをし、それを終えた途端。姉さんは、満足そうに年相応の花のような可愛らしい満面の笑みを浮かべると……ぎゅっと俺の手を握ってきた。

 

「義勇。たまには、お姉ちゃんに甘えてくれてもいいのよ?」

 

 姉さんが慈愛の女神のような優しい笑顔でそう言うが……感情を表すことにおいて、体は正直だ。その手の握り方は、絶対にこの手を離さないでね、弱いお姉ちゃんでごめんねと言わんばかりのものだった。

 

「……姉さんこそ。もっと俺を頼ってくれ。もう強がらなくたっていい。俺が姉さんを守るから」

 

 本心を察した俺は、微笑みを崩さずに手を握り返して言った。

 

「ふぇ……?え、えっと……な、なんのことかな?勘繰りすぎるのも良くないと思うな〜」

 

 姉さんは、肩を跳ねさせながら顔を逸らした。目線は、きっと自分のついた嘘がバレた時のようにして明後日の方向を向いているのだろう。

 

 だが、俺の耳が聞き逃すことはなかった。

 

「……ありがと、義勇」

 

 姉さんとしては俺に聞こえないように言ったつもりだったのだろうが、俺の耳は彼女の言葉をしっかりと捉えた。

 

 姉さんの俺に対する感謝の言葉を耳にして、姉さんのことは俺が守るんだ、と強く誓った。

 

 同時にふとルームミラーを見てみると……俺達の話を聞いていたからか、そっと微笑む塚内さんの姿が目に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 父と母を亡くしたあの事件から数日後。様々な手続きを終えてから、父と母の葬式が行われた。

 

 身内である俺と蔦子姉さんは勿論、親戚や近所の知り合い、小学校の友達やその両親が訪れた。しかも、それだけではない。

 

 俺は勿論、姉さんや父とも母とも全く関わりのなかった他人や、プロヒーローまで……多くの人が父と母の葬式に訪れた。葬式とは思えない規模だ。

 

 どうしてこうなったのかは察しが付く。父のヒーローとしての知名度の影響だろう。別に身内のみで葬式をやるとは言っていないから、こちらがどうこう言う義理はないのだが……。こうまで他人に来られるとなんだか複雑な気分になる。宝くじの一等を当てて大金持ちになった結果、知らない親戚が大量に増えたとかいう話を聞いたことがある。その時もこんな複雑というか奇妙というか……そんな気持ちになるのだろうか。

 

 だが、それと同時に、父がどれだけ多くの人に慕われていたヒーローだったのかを実感した。父と母を失った悲しみで出来た心の穴は、簡単に塞がるものではない。しかし、父が多くのヒーローに慕われていたことを知った喜びがほんの少しだけ悲しみをマシにしてくれたようには思う。

 

 火葬や細かい措置は後日になり、その日は式を終えたら解散することになった。

 

 式場を去っていく人々の背中を見るとはなしに見ていた俺は、たった一人、父と母の遺影の前にポツンと立った。

 会場自体は子供が何十人で遊び回ったとしても余りあるくらいの広さで、この世界に俺一人しかいないかのような感覚になった。そのすぐ側には二人の遺体を収めた棺があり、周囲は色とりどりの花で飾られている。さも彼らの冥福を祈るかのように。

 

 ……そういえば、前世死んだ後に見たあの風景も、こんな風に壮大な花畑が広がっていたな……。

 

 遺影に写された二人は微笑みを浮かべている。ほんの少し前まで、数日前まではこんな笑みを浮かべて幸せに過ごしていたというのに。父は人々を救って、彼らをこんな笑顔にしていたというのに。

 

 ――嗚呼(ああ)。人生とは、なんて理不尽なのだろうか。

 

 その理不尽さを思うと、止めどなく涙が溢れてきた。本来なら、父と母を亡くした悲しみで泣くべきなのに、俺はこういうことで涙が出てくる。

 俺の価値観は、普通の子供とは、普通の人間とは違うのだと思い知らされる。やはり、前世の経験は良くも悪くも俺を普通には生きられなくしたのだろう。

 

「父さん、母さん……。二人の繋いでくれた命、無駄にはしない。蔦子姉さんは、何があっても守る。二人の代わりに俺が守るよ。だから、安心して見守っていてくれ……」

 

 零れ落ちる涙も拭うことなく、拳を握った感覚がしばらく手に残ってしまう程に強く拳を握りしめ、黙祷を捧げた。

 

 ……黙祷を捧げて一分程が経過したろうか。肩を叩かれた感覚がして目を開き、振り仰ぐと――

 

「!相澤さんと……山田さん……?」

 

 喪服姿の相澤さんと山田さんの姿があった。黒一色に統一されたスーツとネクタイ。それと見た目の影響もあってか、普段の彼らとは印象が大きく違った。相澤さんは伸ばしていた髭を全部剃って、長く伸びた髪を首の辺りで一つにまとめているし、山田さんもヒーロー活動や日常でもつけているらしいサングラスを外していた。――因みに、山田さんは先日、相澤さんことイレイザーヘッドと共に駆けつけたもう一人のヒーロー。ヒーロー名は「ボイスヒーロー・プレゼントマイク」で、本名は山田ひざし……だそうだ。相澤さんが教えてくださった――

 

 どうやら涙が零れ出たままだったらしく、相澤さんは何も言わずにハンカチを貸してくださり、山田さんは相澤さんと俺を交互に見やっていた。それも、困惑するように。

 

 そして、俺が涙を拭ったのを見計らって、山田さんが尋ねてくる。

 

「なあ……ヒーローネームで呼ばれるのは分かるんだけどよ、なんで本名知ってんだ?てか、俺まで本名で呼ぶの?」

 

 何故に彼が困惑しているのかは分からないが、俺は素直に答えた。

 

「ヒーローネームも本名も相澤さんが教えてくださいました。今は人が集まっていますし、ヒーローネームで呼んで正体を知った人々に寄ってたかられるのもご迷惑かと思いまして……」

 

 その後に「本名で呼ぶのは駄目でしたか……?」と付け加えて尋ねる。山田さんの困惑したような態度から、本名は公開していないだとか何らかの理由で本名呼びはNGだったのかもしれないと思ったからだ。

 

「え"っ、いや、駄目じゃないけど……。普段、名前の方で呼ばれないから驚いちまってな」

 

 本名はNGだという訳ではなかったらしく、俺はホッとした。知らぬ間に他人の地雷を踏んで気まずくなるなんてことは懲り懲りだからな。

 

「おいおい、マイク。向こうが気を遣ってくれてるんだぞ。子供の気遣いを無駄にする気か?」

 

「ごめんて……。気ィ遣ってくれたんだよな。サンキューな」

 

 そんなことを言いつつ俺の頭を撫でる山田さんの後ろで、相澤さんは顔を背けて笑いを堪えるように震えていた。あの言い方は、揶揄(からか)う意味を込めてのものだろう。なんとも仲のよろしいことだ。

 

 俺も突然本名で呼んだことを詫びると、山田さんは「俺のこたァ、どうでもいいぜ」と話題を切り替えた。

 

「ごめんな、辛い思いさせて」

 

 その口から出てきたのは、謝罪の言葉だった。大方、山田さんは俺が涙を流した理由を父と母を失った悲しみによるものだと考えているのだろう。

 

「いえ……。確かに父と母が亡くなったことは悲しいし、辛いし、悔しいです。でも……俺は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 俺の言葉を聞いた山田さんは何度も瞬きをして硬直し、相澤さんはやっぱりそうか、と言わんばかりに俺を見つめていた。相澤さんは、俺が大人びている……もとい、ませていることをご存知なので、特に驚きはなかったろうな。

 

「……こういう言い方するのは、自分でもどうかとは思うんだけどよ……。ませてんのな……」

 

「自覚してます」

 

 苦笑しながら、再び俺の頭を撫でる山田さんに対し、俺は微笑みながらそう返す。

 

 すると、相澤さんが何かを思い出したかのようにして話を切り出した。

 

「そういえば……あの時はお前の気持ちを聞かず、憶測のままで話を進めてしまったな。改めて聞かせてくれ。……将来はヒーローになるつもりか?」

 

 ……そういえばそうだった。結果的に相澤さんの憶測は合っていたから、俺も何も言わなかったが……明言はしていなかったか。

 

 俺は迷うことなく返した。

 

「そのつもりです。俺がヒーローになることで、自分の思う本当のヒーローを多くの人に知ってもらいたいんです。友達とも約束しました。それに……今回のような悲劇を繰り返させる訳にはいかない。俺の知らぬ間に誰かの笑顔を奪われるのだけは嫌なんです」

 

 こちらに関しても、やはりか、と言わんばかりに相澤さんは微かな笑みを浮かべた。しかし、直後に俺の覚悟を試すかの如く狩人のような鋭い瞳をして問うた。

 

「……"痣者"。お前達の父親を殺した(ヴィラン)を容易く退ける強さ。この二つを鑑みたとしてもだ。お前が無個性であることには変わりない。多くの者が持っているものを持っていないのは、大きなハンデになるぞ。無個性のヒーローなんて前例もない。お前の行く先には途方もない試練が待ち受けているだろう。それでも……やる気か?」

 

 途方もない試練……か。確かにその通りだろう。無個性だからと俺の夢を受け入れない輩もこれから出てくるかもしれない。でも、既にそれよりも辛い地獄のような経験をしているんだ。……それに比べれば、どんなことも辛くないと思える。

 

 だから、俺は揺るがない。

 

「やってみせます」

 

「……そうか」

 

「とっくに覚悟は決まってるみたいだな」

 

 問いにも迷いなく返した俺を見たお二人は、嬉しそうに笑っていた。その雰囲気が一児の子の成長を喜ぶ親のように思えた。

 

「義勇。ここにいたのね」

 

「姉さん」

 

 俺を呼ぶ声に振り返れば、制作姿の蔦子姉さんがいた。俺より6歳年上の姉さんは、とっくに中学生。子供時代は既に終わりを告げており、制服姿はどことなく大人びた印象がある。

 

「弟君、強い心の持ち主だな。こいつァ姉ちゃんに似たのかな?」

 

「そんな、私なんか全然。本当頼もしい限りですよ」

 

 微笑みを浮かべて会話を交わす姉さんと山田さんをそれとなく見守っていると。

 

「……少年。君が凪の息子さんかな?」

 

 眩しく輝かんばかりの光を錯覚させるような強大な気配がすると同時に、心の底から安心感を覚えるような声が降りかかる。

 

 俺が咄嗟に振り返ると、そこにいたのは2mを軽く超える背丈を持つ男性だった。彼の着ている喪服はパツパツで、彼がどれだけ己の肉体を鍛えてきたのかが見てとれた。よくこの巨躯で喪服を着られたものだ、とある意味感心する。

 そして特徴的なのは、画風が違いすぎる顔にアルファベットのVを思わせる前髪。その顔に浮かぶのは、どんな時でも絶やされない笑顔。口角を上げて見せつけられた白い歯が、キラリと輝いた気がした。

 

 その男性の正体とは――

 

「オール……マイト……!?」

 

「YES!私が来た、ってね」

 

 言わずと知れたNo.1ヒーロー。人々が慕い、"平和の象徴"と謳われるヒーロー……オールマイトであった。

 

 俺とて、彼のことはテレビを通してでしか見たことがない。父は彼と会ったことがあるらしく、何時ぞやか「画風が違った」とか、「自然と体が強張った」と言っていたが……俺は今、それをこの身で体感していた。

 

 思わず息を呑む。恐らく、姉さんも同じような状況にあるだろうと思う。それほど長い時間言葉が出なかった訳ではなかったのだが、いつの間にやら1分が経過していそうな気さえした。

 

「因みに、こっちはサイドキックの……」

 

「サー・ナイトアイ。以後、お見知りおきを」

 

 オールマイトがサイドキックであるヒーローを紹介したところで、唖然とした状態から引きずり戻された。

 

 七三分けの黄色いメッシュが入った緑髪で、一般のビジネスマンと言った出で立ちのヒーロー……サー・ナイトアイが金縁の眼鏡のブリッジを指で押し上げながら丁寧に一礼しているのを見て、俺も咄嗟にお辞儀を返した。

 

「……ご丁寧にありがとうございます。俺は冨岡義勇と申します。お察しの通り、凪は俺達の父親です」

 

「と、冨岡蔦子です。わざわざ足をお運びいただけるなんて、光栄です……!きっと、父や母も喜んでいると思います。義勇は私の弟なんです」

 

 後から慌ててやってきた姉さんも、俺の隣に立って一礼した。

 

「はは、丁寧にありがとう。……うん、二人ともご両親の面影があるね。よく似ている。凪は立派なヒーローだった。私も彼の活躍はよく知っているよ。君達のお母さんだって強い人だった。亡くなったことを聞いた時は……驚いたよ」

 

 オールマイトはそこまで言うと、一息置いた。そして、真剣な面持ちになる。……オールマイトから笑顔が消えた。少なくとも、俺は初めて見る瞬間だった。

 

「義勇少年、蔦子少女。…………済まなかった!」

 

 次の瞬間。彼は、会場の床に座り込むと深々と頭を下げ、俺達に向けて土下座した。彼に続き、ナイトアイも同じように。

 

「オールマイト!?」

 

「な、何を……!?」

 

「オールマイトさんが土下座……!?」

 

 俺達は、またも唖然とした。山田さんと相澤さんも彼らの行動に驚愕して肩を跳ねさせる。まさしく、開いた口が塞がらないというやつだった。

 

 例えるならば、これは一般の会社員が社長とその秘書を土下座させているようなもの。あってはならない……と言うよりは、起こり得る確率はゼロに等しいと言えること。俺と姉さんは恐縮しまくった。葬式の後で静まり返っていた会場がほんの少しだけざわついている。

 

 このままでは注目を浴びかねない。

 

「オールマイト、ともかく――」

 

「私が君達の元に駆けつけられていれば、ご両親が死ぬことはなかった!大変申し訳ない!!!」

 

 俺はオールマイトに顔を上げるように促そうとしたが、それよりも前に彼が謝罪の言葉を述べた。

 

「私の手が届いていれば、きっと君達に辛い思いをさせることもなかったろう……!平和の象徴たる私が、何たる不覚……っ!」

 

 ――見ている方が辛かった。その謝罪は、彼の生き様を示しているようなものだ。

 

 改めて言うが、俺達は人間だ。体力に限界はあるし、己の手足が届く範囲にも限界がある。それでも、彼は……オールマイトは、全てに手を差し伸べようとしていた。無償の平和の為に、少しでも多くの人々を救ける為に己の身を犠牲にしている。彼は、恐らくはそんな男だ。

 

 隣で土下座をするナイトアイが、「貴方は何も悪くない」とさえ、内心で言っている気がした。確信はなく、何となくなのだが。

 

 土下座をしたまま悔しさを全面に出した謝罪を聞き兼ねたのか、山田さんや相澤さんが口を開いた。

 

「やめてくださいよ、オールマイトさん。あんたが自分を責める必要はないでしょうよ。それに、俺らも誰かを救けられなかったあんたを責めるなんて馬鹿なことしませんって。態度で十分分かりますよ」

 

「この子達の親の命が散ったことを悔み、己の無力を嘆くことが出来る姿勢は尊敬します。救けられるのなら全部救けたいって気概も。ですが、俺達は人間なんですよ。全知全能の神なんかじゃない。失敗もする。俺らなんて、何度も失敗してますよ。それすらもしないようにと必死に頑張る貴方は……凄すぎると思いますけどね」

 

「し、しかし……」

 

 二人の言葉に、オールマイトは言い淀んだ。それでも、私は私自身が許せないんだと言いたげに拳を握りしめている。

 

「……お二人とも、顔を上げてください」

 

 土下座の姿勢を貫くオールマイトとナイトアイを見兼ね、俺も地に膝をつけて正座した。

 

「一見すれば、厳しいと言いますか……現実的過ぎる言い方かもしれませんが、どうかご容赦ください。俺も相澤さんの仰る通りだと思っています。……人間には限界があります。その限界を突き破って更に先へと歩みを進める者はいますが、そう多くはありません。完璧な人間も同じです。オールマイト、貴方とて人間なのです。人々は貴方を神のように崇め、讃えますが……俺は、貴方のことを()()()()()()()()()()()()()と、そう思っています」

 

「貴方の場合、他人を心配させない為に失敗を隠しているだけ。貴方とて、若かりし頃は未熟で多くの失敗を積み重ねたと……そう思います。だからこそ、貴方は……いや、我々人間は、手を取り合うのではないのですか?限界があるからこそ、少しでも高い目標を持って足掻くのではないのですか?」

 

「義勇、少年……」

 

 オールマイトもナイトアイも、圧倒されているように見えた。

 

 ……無理もあるまい。7歳の子供の口から、こんな持論がツラツラと出てくるのだから。

 

 彼らに掛けてあげたい言葉を思いついた瞬間、俺は口下手であることを忘れていた。口下手な自分を捨て去っていた。

 

「限界があるのを知っているからこそ、俺達は貴方を尊敬するのです。常に笑顔で人々を救けてのける貴方を。周りにこう言う人がいないのならば、俺が何度だって言いましょう。――失敗したっていいんです。人を救けることに己の全てを捧げんとする貴方を知っているから、責めることなどしません。失敗しようが貴方を受け入れる人はきっといるでしょう。俺も姉さんもそうします。貴方は己の失敗を悔める。失敗した己を恥じることが出来る。それだけで立派ですよ」

 

 この世には、自分の失敗を他人のせいにしたり、失敗しようが全く反省せずにヘラヘラとしている輩がもいる。失敗した悔しさを覆い隠す為にヘラヘラとしているのなら、まだ良いかもしれない。だが、失敗を悔まないのはあまりにも愚かしい。勿論、悔みすぎも良くないが。

 

 彼らはそれが出来る。それが分かっただけで、俺はどうしようもなく嬉しい。もしかしたら、こういう考え方をするのは、俺が人の死に慣れ過ぎているからかもしれない。

 

「オールマイト、ナイトアイ。貴方方が、父と母の命が散ったことを悔み、遺族である俺達の悲しみを背負って先へ進もうとする……。そんなヒーローであることを知れただけで、俺にとっては救いなのです。それだけで十分です」

 

「救えなかったものと向き合い、その想いを背負おうとする。その気概を持つお二人に心からの感謝を申し上げます。……ありがとうございました」

 

 言いたいことを言い切った俺は、地に額が着く程に深々と頭を下げた。

 

 流れる、数秒の沈黙。それを破ったのは――周囲からの拍手であった。

 

 波のように沸き立つ音にそっと顔を上げてみると、周囲にいる誰も彼もが俺に向けて拍手を送っていた。

 

「……義勇少年。君は……本当に心の強い少年だな……」

 

 とても優しい声だった。心の底から安心したかのような。

 

「そう言ってくれると……我々も救われる。今回しくじった分は、今後の活動で返していくと約束しよう」

 

 続くナイトアイの声は、震えている。……泣いているのかもしれない。

 

「あんなにかっこいいこと言うなんて……。大きくなったね、義勇」

 

「おいおい、バッチリ決まったじゃねえか!凄えな!」

 

「……お前が俺達と同じ場所に来る日を楽しみにしているぞ」

 

 蔦子姉さんに、山田さんに相澤さん。拍手のみならず、彼らにまで褒められた。

 

 俺はどうにも気恥ずかしく、慣れないことをするものじゃないが、たまにはこういうのもいいかもしれないなと……はにかみながら微笑むのであった。

 

 

 

 

 

 

 これは余談なのだが……。その後、オールマイトが俺達の生活、主に金銭面においての支援を申し出てくれた。正直、助かるには助かるのだが……そこまで世話になる訳にもいかず、恐縮しまくった俺達はやんわりと断ろうとした。

 

 しかし、彼はこれだけでも良いから力になりたいんだと懇願し、再び土下座の構え。流石に平和の象徴に二度も土下座をさせる訳にはいかず、結局は俺達が折れて快く支援をお頼みしたのであった。

 

 ……数日後に、俺達に残された口座に莫大な金額が振り込まれていたのは言うまでもない。

 

 蔦子姉さんは、その金額を見て思わず気絶しそうになっていた。

 ……ん?俺か?実は、鬼殺隊でも給料が出ていたのだが、その中でも"柱"は自分の好きな分だけ給料を貰えていたんだ。昔の日本と今の日本では金の価値も違う。昔の金額を今の金額に置き換えるととんでもない金額になったりもするので、俺は大して驚くことはなかった。

 

 まあ、その一方でヒーローがあくまで職業でしかないことを強く実感させられたのだが……。

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