冨岡義勇英雄伝:再編集   作:白華虚

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今回はいつもよりだいぶ短めです。


第十一話 強く生きる

 あの悲劇が起きた日から、早くも1ヶ月が経過した。結論から言うと……。俺は、医者の勧め通りに1ヶ月の間はずっと蔦子姉さんの(そば)について生活していた。

 

 医師の懸念通り、事件から一週間を過ぎた辺りから、突如として恐怖に駆られたかのような顔をしていたり、寝ている時にうなされたり、パニック状態に陥ったり、無気力の状態になったりということが増えた。

 

 そんな状況下で学校に通うのは流石に厳しい為、俺の方から姉さんの通う中学校に連絡を入れて休学を届け出た。

 

 因みに、保護者の権限が必要な場面は、あの日以来両親の代理として後見人を引き受けてくださった方にお願いした。その方が何者なのか。それはまた近いうちに話そう。オールマイトの知り合いの方とだけは言っておくが。

 ――本来は、オールマイトが後見人も引き受けようとしたのだが、「事務や書類関係は苦手でしょう」とナイトアイに諭され、後見人の役目はその方に代わられることとなったようである――

 

 俺の方も姉さんの側を離れられない状況下にあった為、休学を届け出ることにした。

 

 俺の通う小学校の方も姉の通う中学校の方も、事情を聞くなり、あっさりと承諾してくれた。子供の心に寄り添えるような心優しく人情のある人は、良い教師だと言えるだろう。

 

 通えない間の授業で差が開くのもよろしくない為、休んでいる間の授業で使ったプリントや宿題を届けてもらえることとなった。姉さんも症状が治まってから、夏休みの期間に補習を受けられることになったようだ。

 

 この1ヶ月間の生活は大変極まりなかった。何せ、これまで父や母のやっていたことを全て自分達でやらなければならなくなったからだ。食事を作ることから、洗濯や風呂の掃除まで何もかも。

 姉さんと力を合わせ、支え合いながら生活を営んでいく日々だった。

 

 加え、姉さんに関しては精神面が不安定な状況である為、家事を行う際にはアドバイスに徹する。つまり、主にそれを行うのは俺だ。家事の経験がそれほど多くない為、当然ながら苦労した。

 

 とは言え、だ。家事の面においては一日の長である姉さんがいてくれた。経験者の言葉にはどれ程の徳があるのか。それを思い知らされた。

 

 前世は子供の頃に少し手伝っていた程度で、鬼が滅びて落ち着いてからは、片腕しかなかった故にあまり家事の手伝いに手を出せなかったし、今世も俺の思いを尊重してか、良くも悪くも家事の方は姉さんや母が支えてくれていた。調理の経験も幼稚園の実習で軽く(かじ)ったくらい且つ、時々母の手伝いをしていたくらいであった為、それなりに苦戦したのだが……。それでもやり遂げられているのは姉さんのおかげに違いない。

 

 勿論、大変なのは家事に限った話じゃない。今よりも強くなる為に鍛錬には更に力を入れたし、休学している期間で周りの皆から勉強面の遅れを取らないように個人的に勉強する必要もあった。学習と鍛錬の両立。いずれにせよやらなければならなかったことだ。苦労は買うてもせよと言うし、今のうちにこれを経験出来たのはきっと何かの役に立つだろう。

 

 そんな日々を過ごしているうちに目安としていた1ヶ月が経過。姉さんの気分もだいぶ安定してきたから、補習を受ける為に晴れて通学出来ることになった。今は夏休みの期間にある為、俺も夏休みが終わり次第学校生活に戻ることが出来る。宿題を届けてくれていた透の顔は度々見ていたが、それ以外の友達の顔はほとんど見れていない。皆も元気にしているだろうか……?今から会えるのが楽しみだ。

 

 

 

 

 

 

 さて。そうこうしているうちに、あっという間に夏休みが終わった。時間が過ぎ去るのは早いものだ……。時間が過ぎることが早く感じるのは、生活が充実していたということでもある。決して悪いことではない。

 

 そして、俺は今……自分のクラスの教室の目の前に立っている。ドアに手を掛けようとした時、心臓が高鳴って体が強張っているのが分かった。どうやら、俺は緊張しているらしい。気分は、まさに数年もの間会っていなかった友人と久々に会う時のそれだ。

 

 どこか人間らしい緊張を未だに感じられることにホッとしながらも深呼吸をして、朝の新鮮な空気を吸い込んでいると――

 

「兄貴、お久しぶりです!おはようございます!」

 

「!?狼牙か……。おはよう」

 

 真横から元気の良い挨拶の声が聞こえた。俺が声の方を振り向くと、元いじめっ子の狼少年がいた。

 ――今更だが、彼の名前は大神狼牙と言う。頭の片隅にでも置いてくれると嬉しい――

 

「それにしてもどうしたんですか、兄貴。こんなところで棒立ちして」

 

 側から見れば訳の分からない状況だったのだろう。狼牙が首を傾げて尋ねてくる。

 

 俺は、苦笑しながら言葉を返した。

 

「いや……皆の顔を久しぶりに見るものだから、緊張してしまってな」

 

 それを聞いた狼牙は、意外そうな顔をして笑った。

 

「はは、兄貴も緊張するんですね!でも、緊張するってことは、兄貴がそれだけ俺らと本気で向き合ってくれてる証拠ですよね。俺、嬉しいです」

 

 鋭い犬歯の生えた白い歯を見せつけながら、無邪気な笑顔を見せる。その笑顔にはもう、昔のいじめっ子だった頃の面影がない。彼のことを元いじめっ子だと紹介しても、誰一人信じないだろう。

 

「でも、緊張するのも分かりますよ。獣の本能と言いますか……神経質なところあるんですよ、俺。それで、そもそも人見知りでして。"個性"が発現してからは、人見知りなのを知られたくなくて踏ん反り返ってました」

 

 弱点を隠して、自分を少しでも強く見せる為に力を見せつけていたら、拗れに拗れていじめにまで発展したということらしい。子供がいじめを始める理由は、些細なことである場合も少なくない。彼の場合も元は些細なことであったようだ。元が純粋だったからこそ止められたのだと思う。

 

 彼が人見知りであることは、これまで知る由もなかった。これも、友達同士になれたからこそ知れたことだ。友達として築き上げた信頼関係とは偉大である。

 

「でも、大丈夫です!皆、義勇の兄貴のこと待ってるんで!」

 

「ろ、狼牙っ!?」

 

「皆ー!義勇の兄貴が戻ってきたぞー!!!」

 

 狼牙に引っ張られ、俺は教室に足を踏み入れた。彼が俺の存在をクラスメート達に知らしめると共に教室のドアを勢いよく開ける。ドアが開く音に反応して肩を跳ねさせたり、こちらを呆然と見たりで反応は様々だったが……。

 

『義勇君、おかえりーーー!!!』

 

「うおっ!?」

 

 猪さながらの勢いでこちらに向けて一斉に押し寄せてきたのは、誰しも同じことだった。

 

「会いたかったよ、義勇君!」

 

 因みにだが、一番先に飛びついてきたのは透である。

 

「会いたかったって……何度も会ったろう……?」

 

 飛びついてきた透を受け止めながら、俺は苦笑気味に言う。

 

「確かに何回も会ってたけどさ、いざ学校で顔を合わせた時の嬉しさは一入(ひとしお)なんだよ!」

 

 幼い頃から変わらない、白い歯を見せつけた天真爛漫な笑みの透はそう返した。

 

「……そういうものか」

 

「うん、そういうもの。それに、義勇君がおうちで頑張ってる間もサボらずに特訓し続けたの!その成果も見てほしかったし!」

 

「そうか……楽しみにしてる」

 

「そうこなくっちゃ!」

 

 何にせよ、俺が居ない間もクラスメート達は変わりなかったようで一安心した。

 

 その後、俺に密着したままやり取りを続ける透を羨ましがった女の子達が「私達にもやって!透ちゃんだけズルい!」とお願いしてきたのは言うまでもない。それと、俺を兄貴だと慕う3人以外の男子が嫉妬するような目を向けてきたことも。

 

 ……友達としてのスキンシップをすることの何が悪いんだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 義勇が通常通りに学校に通えるようになってから、1ヶ月程が経過した。

 

 義勇は暇な時間を上手く使いながら、今まで以上に鍛錬に力を入れ、勉強と鍛錬の両立に努めた。一方で、蔦子も将来的のことを考えてより一層勉強に努めた。

 

 どんなに辛くとも二人で支え合う。そして、生き抜く。姉弟二人きりでの生活にも慣れてきて平凡な生活を送っていた彼らは今……。白いペンキで塗られた汚れ一つない壁と、青色に塗装された屋根が一際目立つ自分達の家にとある人物を招いていた。

 

「どうぞ」

 

「うん。わざわざありがとう、蔦子さん」

 

 そう礼を述べながら蔦子の差し出した緑茶を受け取り、喉に流し込む人物――いや、もはや生物と言った方が正しいのかもしれない――の見た目は、ネズミのようであった。しかし、ネズミにしては何回りも体が大きい。そのサイズ感からすれば、犬や子熊だとも言えるのかもしれない。

 

 何より特徴的なのは、そんな見た目でありながら人語を喋り、右目周辺に刃物で斬りつけられたかのような生々しい傷が残っていることだ。

 

 実は、彼はこの個性社会における例外。"個性"が発現した唯一無二の動物なのだ。発現した"個性"、"ハイスペック"によって人間以上の頭脳を持ち合わせている。まさに例外中の例外。

 

「それにしても、時間の流れの早さたるや……。僕が普通の動物のままだったら、絶対感じられないことだね。二人も無事に学校に通えるようになった訳だし、安心なのさ」

 

 彼は、緑茶を一口飲んでからフランクに話す。その顔に浮かんでいたのは、心からの安堵であった。

 

「根津さん、休学届の件はありがとうございました」

 

 頭を下げる義勇と蔦子に対し、根津は「いいってことさ」と笑った。

 

 このネズミなのか、犬なのか、それとも熊なのかよく分からない見た目をしている男、根津こそがオールマイトに変わって義勇と蔦子の後見人を引き受けた張本人なのである。

 

 彼はオールマイトとも長年の知り合いであり、雄英高校の校長でもあるのだ。オールマイトやナイトアイから義勇達の事情を聞いた彼は、二人が幼いながらも過酷な状況に身を置いていることを憐れみ、喜んで後見人を引き受けた。

 

 そして、今に至る訳だ。

 

「それにしても、根津さんがわざわざ私達の家にまでいらっしゃるなんて。今日はどんなご用件ですか?」

 

 これまでも根津が訪ねてくることはあったが、彼は雄英高校の校長。教職で多忙なこともあって、訪ねてくる回数はそれほど多くはない。そんな彼がわざわざ訪ねてくるのだから、相当重要な用事なのだろうと思い、蔦子は緊張気味に尋ねた。

 

「そうだったそうだった。大ごとではないから安心してほしいのさ!義勇君に頼み事をされててね。それで調べ物をしてきたんだけど……目星が付いたから教えにきたのさ」

 

「!本当ですか!?」

 

 手を叩きながら、用件を思い出したかのように言う根津と、その目に歓喜という名の光を灯して立ち上がる義勇。蔦子は、いつの間に!?と言いたげに両者を交互に見やっていた。

 

 根津は、嬉しさを微かながらも表に出している義勇を見て微笑ましそうにするとスマホを取り出した。対面する形で座る義勇と蔦子が見やすいようにそれを彼らの方に向けて机に置く。

 

――狭霧山。メディア露出が全く無かったと言っても過言じゃないヒーロー、鞍馬が管理下に置いている私有地の山なのさ。登山家だったり、肺を酷使する系統の"個性"の持ち主に使われる、高地トレーニングを行える地。とは言え、知名度が高い訳じゃないから秘境と似たような扱いをされているらしいね」

 

「それと……調べた限りだと、かつて鬼殺に関わった剣士達が"全集中の呼吸"を会得するまでの鍛錬にも使っていたそうだ。義勇君の言っていたご先祖様からの情報と山の情報。二つを統合させるとここが当てはまると思うんだけれど……。どうかな?」

 

 根津の問いに対する義勇の答えは決まっている。

 

 ――微笑みによる肯定だ。

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