冨岡義勇英雄伝:再編集   作:白華虚

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今回も短めです。


第十三話 変化

 鍛錬の為に狭霧山を訪ねるようになってから数ヶ月。俺は8歳になり、季節は冬となった。

 

 しんしんと雪が降り、存分に寒さ対策をしていても、足元からどうにも耐え難い冷気が襲ってくる。どうにかして体を動かしていないと凍りついてしまうのではないかとさえ思う。まあ、寒さのおかげで目は良く冴えるのだが。

 

 そして、俺は霧の立ち込める山の中で木刀を手にし、大岩の前に立っている。木刀を特に構えることなく、自然体のまま。側には、腕を組んだ鱗滝さんが静かに俺を見守っている。

 

 目の前の大岩に手を添え、それを見上げる。鎌倉にある大仏の頭なのではないかと思う程の大きさだ。小さな虫から見れば、この岩は俺達から見た富士山以上の大きさに見えるかもしれない。

 

 一先ず、進捗を説明しておこう。

 狭霧山で鍛錬を始めてからというものの、1ヶ月もしない間に"常中"を会得することが出来た。そこから3、4ヶ月を使って空気の薄い山中を全力疾走したり、小道具無しの腹筋や腕立て伏せなどを行ったりして体づくりと体力づくりに専念。"常中"で跳ね上げられる身体能力の上限を引き上げておこうと頑張った。

 そして、今から……反復動作の会得に移行するところだ。前世、"岩柱"であった悲鳴嶼さんの柱稽古でその会得を課せられた際には、岩を一町先まで押して運ぶ修業を通して会得した者が多いようだった。だが、今世はそういう訳にもいかない。そういう訳で、俺は木刀で岩を叩き斬る――正確には、叩き割ると言った方がいいのかもしれない――ことで代用する。ぶっちゃけて言えば、どういうものかさえ分かれば会得自体は難しくない。

 

 反復動作というのは、集中を極限まで高める為に予め決めておいた、ある一定の動作のことだ。全ての感覚を開く技の一種で、これによって心拍と体温を上昇させることも出来る。"痣"を発現させる上で必須の技術。無論、"痣"目的でなくとも十分に価値のある技術だ。

 

 閑話休題。いつしか炭治郎が言っていた。鱗滝さんに教えを乞うた剣士達の魂は狭霧山へと……大好きな彼の元に還るのだと。その魂が今も狭霧山にあるのだとすれば、錆兎や真菰も見守ってくれているのかもしれない。

 

「……見ていてくれ、二人とも」

 

 岩に手を添えたまま瞳を閉じて呟いた後、一歩下がって距離を取る。そして、ここから……反復動作だ。

 

 守りたかった父と母の笑顔と、これからもずっと守っていきたい姉さんの笑顔。それと、今世で未だ出会えていないと言えども必ず守り抜くと誓ったしのぶの笑顔。

 

 それから、もっと強くならなければと痛感したあの悲劇を……父と母を亡くした悲劇を思い出す。この流れで極限まで集中を高めて、木刀を振り上げる。

 

 高まった集中力により、俺の頭の中は自然と真っ白な状態に作り上げられる。瞬間、あの時のように一瞬だけ、視界に入るあらゆる物が透き通って見えた。

 

 そして、俺は呼吸をすることと同じように、ごく自然と振り上げた木刀を振り下ろす。

 

 ――刹那、ピシッと何かがひび割れるような音がした。果たして、ひび割れたのは俺の持つ木刀か、目の前の岩のどちらなのか。

 

 灰色の塊が真っ二つになって、桃太郎が中に収まっていた桃のように綺麗に割れる。ひび割れたのは、目の前にある岩の方だった。

 

「ふうっ……」

 

「まさか、本当に木刀で岩を叩き斬ってしまうとは……」

 

 俺が一息つき、白い息を吐き出すと同時に鱗滝さんが呟く。強面の天狗の面の下では、口をあんぐりと開けているに違いない。

 

「お前は本当に凄い子だ、義勇」

 

 そう言って俺を抱きしめる鱗滝さんが、とても嬉しそうだった。だから、そうして喜んでもらえることが俺も嬉しくて微笑んだ。

 

 まだまだこんなところじゃ止まれない。"常中"と反復動作を会得してからが本番だ。これからも強くならなければ……。

 

 一人意気込んだ俺は冬空を仰ぎ、この手の届く範囲にある守るべきもの全てを掴み取るかのようにして拳を握りしめたのだった。

 

「ならば、新たな境地に踏み入った祝いだ。今日の昼は、義勇の好物の鮭大根にするか」

 

「!ありがとうございます。……あの、俺も手伝ってよろしいですか?」

 

「勿論だ」

 

 鍛錬の後、寒い中で食べる鮭大根の暖かさと美味しさは骨身に染みた……。出汁の効いた汁に味がしっかり染み込んだ鮭と大根。その良さは語り尽くそうにも語り尽くせない。……自分の手で作ったのも、より美味しく感じる原因かもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……透が変わった。それも、急激的に。

 

 最近の透は動きのキレが大幅に増した。武道の一種である合気道に通ずるのだから、ある程度格闘のセンスがあるのは納得がいくが――

 

「ふっ!はっ!でやあっ!!!」

 

 格闘のセンスがありますと言うだけでは説明出来ない程にキレが増している。

 

 ここ最近は(ヴィラン)との戦闘を見据えて二人で組手をやっているんだが、透の攻撃を受け流すことが増えてきた。

 

 こうして鞭のように風を切りながら迫る蹴りは、防いだとしても威力を殺しきれない。事実、腕を十字に交差させて受け止めたが、蹴りの威力がジンと体の芯まで浸透する。

 

 透が努力しているのは知っているが……この成長っぷりは、単に積み重ねてきた努力で発揮されるものではない。

 

 人間が成長する時。それは、極限状態に追い込まれて修羅場を経験したり、その修羅場をきっかけに途方もない努力を積んだ時だと俺は思う。

 テストでの例えが分かりやすいかもしれない。テストで赤点を取れば、誰しも次のテストでは赤点を取るまいと必死に努力をするだろう。

 

 彼女も恐らくはそのどちらかに当てはまる。いずれにせよ、彼女が修羅場を経験したのは違いなかった。

 

 それに、その組手の最中に瞬間的であれど"()()()()()()"()使()()()()()()と思われる。攻撃を繰り出す瞬間や、俺との距離を詰める為に地面を蹴る瞬間。これらのタイミングで彼女のスピードは大幅に増しているんだ。その際に、霞の呼吸に近しい呼吸音も聞こえたのをよく覚えている。

 

 俺の渡したノートが役立っていると分かったのは嬉しかったが、それよりも彼女の成長っぷりの方がやはり疑問だった。明らかに俺以外からもその使用法を教わったとしか言いようがない。それくらいの熟練度。

 

 透の変化はそれだけじゃない。普段は"透明化"を発動して素顔を隠すようになった。素顔を見せるにしても俺の前だけで、それ以外には絶対に素顔を見せることがなかった。

 

 あの天真爛漫な透が……容姿を褒められれば照れるような素振りを見せていた透が自ら姿を隠していた。それに、俺の前で見せる笑顔もほんの少し無理をしている気がする。

 

 憶測が確信に変わった。

 

 透の身に何かがあった。彼女に変化を及ぼすだけの大きな出来事があった。俺はそう悟った。

 

「……透」

 

「どうしたの?義勇君」

 

「何があった?」

 

「え……?」

 

 ある日、休む間もないと言わんばかりに特訓を続ける透に尋ねると、彼女は動きを止めて亀が歩くような速度で首を動かす。そして、呆然と俺の方を見た。

 

「組手をする際のお前の動きのキレの増し幅と言えばいいのか……?それが大きすぎるんだ。透がどれだけの努力をしたのかは把握している。だが、単に努力を積み重ねたことによる成長速度とは言えないと思う」

 

「……"全集中の呼吸"も、俺以外から教わったんじゃないか?」

 

 俺の言葉に対し、透はビクッと肩を跳ねさせた。その反応は言われたことが図星だった時のそれだ。そのまま、敵わないなと言わんばかりに笑みを浮かべると脱力して項垂れてしまった。

 

「っ、透……!?」

 

 何か気に触ることを言ってしまったのではないか。透の様子を(うかが)うために駆け寄ると……。

 

「!泣いてる……のか……?」

 

 しとしとと、涙が彼女の頬を伝っているのが目に入った。

 

 取り敢えず二人きりになれる場所に移動した方がいいと判断した俺は、透を連れて自分の部屋にやってきた。蔦子姉さんも買い物に出かけていて今は家にいない。ここなら落ち着いて話が出来るはずだ。

 

「透。俺の方から聞いておいてなんだが、どうしても言えないとか言いたくない話なら――」

 

「違うの……」

 

 透の隣に腰掛け、無理矢理話さなくとも良いという旨を伝えようとしたその時。涙を拭いながら、透が言葉を遮るようにして口を開いた。

 

「やっぱり義勇君は気付いてくれるんだって嬉しくなったのと、気付かれるんだってびっくりしちゃったの……。それで、気持ちがぐちゃぐちゃになって、溜め込んでたのが溢れてきちゃって……。ごめんね」

 

 何度拭えども止めどなく溢れる涙。涙で真っ赤に腫らした目のままで浮かべた笑顔は、陰りがあって疲れ切っていた。

 

「無理に笑わなくていい」

 

 俺が肩に手を添えながら言うと、透は消え入りそうな声で「ありがとう」と返した。

 

 気分が落ち着くようにと彼女の頭を撫でながら次の言葉を待つ。

 

「……義勇君には、ちゃんと話すよ。心の底から信頼してる友達だから」

 

 彼女は震える声で言う。自分を落ち着かせようと何度か深呼吸する透を見て、俺も息を呑んだ。気軽に言えないようなことを俺に話そうとしている。それはすぐに察しがついた。

 

 部屋の中の空気が張り詰め、静寂が流れる。緊張のせいか、心臓がドクン、ドクンと高鳴る。

 

 そして――

 

「あのね、義勇君。私も義勇君も同じ。……()()()()()()()()()()()()()()()()の……」

 

 雲を焼き、天を裂かんとする雷のような衝撃が俺の胸の奥深くを穿った……。

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