冨岡義勇英雄伝:再編集   作:白華虚

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第十四話 葉隠透:ディシジョン

 可愛いだとか、綺麗だとか。私は昔からそう言われてきた。

 自分で言うのは可笑しいかもしれないけれど、他の人よりも自分が可愛いっていうのは自覚していたように思う。その証拠として、私の周りには沢山の人が集まってきたから。

 

 集まってきた人達は口々に私の容姿を褒めて、決まって笑顔になった。そして、私はいつしか自分自身の容姿を誇りに思うようになっていた。私は、自分の姿で他の誰かを笑顔に出来るんだ!って。

 

 それで、元から好きで人助けをやっていた私はヒーローを志すようになった。ヒーローが手の届かないところにいる人……即ち、見えないところにいる人も自分の容姿で笑顔にして、救けられるんじゃないか。そう思ったんだ。

 

 今思うと我ながら不思議だよ。それほど思考力が優れてもいないレベルの歳だったのに、こんな風に考えられるなんてさ。人間はやれば出来るんだと感じさせられるよ。義勇君が大人びてるのは、何かを考えることを何回もやってきたからなのかもしれない。

 

 私の容姿と人柄の良さは、どちらも両親譲りだと思ってる。

 

 まずは人柄。お父さんもお母さんもヒーローって訳じゃなかったんだけれど、困っている人を見かけたらすぐに「大丈夫ですか?」とか、「手伝いましょうか?」って手を差し伸べ、自分のやれることをやって積極的に協力する人だった。要するに根っからのお人好しだったってこと。

 私自身、小さい頃から何回も言い聞かされたもん。「困ってる人に手を差し伸べるのは、ヒーローも一般人も関係ないんだよ」って。「困ってる人がいたら、優しく手を差し伸べてあげるんだよ」って。二人のおかげで今の私がある。感謝しなくっちゃ。

 

 次に容姿。お父さんは切れ長の目をしてて、まつ毛がバサバサに長かったの。髪型は綺麗に整えられたショートヘアーで、典型的な美男子。現代の光源氏とか言われてモテモテだったっけ。

 そして、お母さんは美人だった。ただただ美人。アニメから出てきたのかって聞きたくなるくらい美人!私と同じロングヘアーで、近所にかぐや姫がいるぞって騒がれてたなあ。学生の頃はモテてたから、数十人の男子に告白されることなんか当然だったんだって。

 

 その二つの要素が両親にも合わさった結果、お父さんとお母さんの周りにも沢山の人が集まってきた。それは二人が人気者で彼らに慕われている証拠なんだから、いいことかもしれない。でも……あの時に限ってはそれが仇になった。

 

 人を救けることが悲劇の始まりとなることもある。私は、そんな残酷な事実を知ってしまったの……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日は記念すべき日で、幸福であるべき日でもあった。お父さんとお母さんの結婚記念日だったんだ。夫婦水入らずで過ごしてほしい日だったから、私は「夜くらいは二人きりで出かけたら?」って提案した。

 

 当然ながら、お父さんもお母さんも驚いた。まあ、子供が自分から留守番してる。家事は任せてって言ってるようなものだもん。そりゃあ驚くか!

 

「透……。ありがたいんだけれど、本当に一人で大丈夫?」

 

「一人で留守番なんだよ。大丈夫か?」

 

「大丈夫だよ、任せといて!」

 

 困惑したような顔で心配してくる二人を安心させる為に、私は白い歯を見せながらニカッと笑う。

 

 すると、私を見た両親は揃って顔を見合わせ、「これも義勇君の影響かな」と笑っていた。

 

「よし、それなら……可愛い子には旅をさせよとも言うし、何事も経験だ。家のことは頼んだよ」

 

「透は毎日家事を手伝ってくれてるし、安心して任せられるわね!ともかく、火の扱いには気をつけるのよ?」

 

 ビッと人差し指を立てて私に念を押すお母さんの姿は、母親と言うよりもお姉ちゃんみたいだった。

 

 念押しに頷いた私を見て大丈夫だと思ったのか、二人は安心したような顔で頷いて笑顔で出かけていった。その笑顔がとても幸せそうで、私も嬉しかった。「いってらっしゃい!」って元気よく見送った。

 

 その時は予想だにしなかったし、出来なかった。その笑顔が、二人の最後の笑顔になるだなんて……。

 

 

 

 

 

 

 悲劇を知ったのは、その日の夜遅くのことだった。食器を洗って、お風呂に入って……。他にも沢山あったやるべきことをぜーんぶ終えてから、ゆっくりと寝ていた私なんだけれど、自分を責め立てるようにして鳴り響くインターホンの音で目を覚ました。

 

 脳が眠っていても音は聞こえる状態にあるのが事実だと分かったと同時に、眠気でトロンと落ちそうになる瞼を擦りながら枕元の時計に目を向ける。

 

 時計の針は2時30分を指していた。まだまだ夜遅い時間。一瞬、お父さんとお母さんが帰ってきたのかなとも思ったけれど……すぐに思い直した。

 だって、お父さんが家の鍵を持って出かけているんだもの。自分で鍵を持っているから、家の鍵は開けられる。インターホンを鳴らす意味はないと思った。

 

 私は不審に思った。インターホンの呼び出しには答えないでおこうって、そう思った。でも……なんだか「逃げるな」って言われてる気がして、私は義務感に駆られ、呼び出しに答えてしまったの。

 

「な、何かご用ですか?」

 

 震える声で尋ねる。私の家のインターホンはカメラ付き。だから、訪ねてきた相手の顔も分かるんだ。

 

 声が震えたのは……インターホンを通した先に恐ろしい光景が広がっていたから。

 

「こんばんは。俺の顔が見えてる?もしかして、答えてくれたのは……葉隠透ちゃんかな?きっと君も可愛いんだろうね……。()()()()()()()()()()()()()

 

 その先にいたのは、血を頭から被ったかのように頭頂部の髪が真っ赤に染まった男の人だった。それ以外の場所は白橡色。月の光に照らされて、その髪がキラキラと輝いているように見えた。一番特徴的なのは、神秘的な虹を宝石にして埋め込んだかのように綺麗な虹色の瞳。

 

 正直、その人の容姿は整っていたと思う。でも、病弱なのではないかと思う程に青白い肌が不気味で、人間の手らしきものを貪り喰らう彼の所業が彼の容姿の良さを忘れさせた。

 

「な、何をしてるんですか……?お母さんとも知り合いなんですか……?」

 

 現実が受け入れられず、震える声で尋ねる。

 

「んー?見ての通り。人間を喰ってるんだよ。もう手だけになっちゃったけれどね。いやあ……人間の女はいいなあ。栄養分がたっぷりだから、楽に強くなれる。それと、二つ目の質問の答えはYESだ」

 

 男は惚れ惚れとしたような表情を浮かべながら答え、骨の髄までしゃぶりつくしてやると言わんばかりに手を貪り続けていた。

 

 ぐちゃぐちゃと人肉が食いちぎられていくのを見る度に、体全体が男の顔を見ることすらも全力で拒否しているのが分かった。でも、体中が凍りついたように動かない。首すらも動かせない。真冬の海に放り投げられた時のように体がガクガクと震えて、隅々まで冷え切っていく。

 

 ――嫌だ……!見たくない!見たくない!見たくない!

 

 私は心の中で叫んだ。でも、目の前の光景から顔を背けることは出来なかった。運命っていうのは……とっても残酷で、私を逃がしてくれなかったんだもの。

 

「そうだ!透ちゃんにいいものを見せてあげよう!」

 

 男は、さも名案を思いついたかのような顔で言うとゴソゴソとジーンズのポケットを探って、スマホを取り出した。

 

 彼が見せつけたスマホの画面に映っていたのは……肩から大量の血を流して倒れるお父さんの姿と、あるはずの手足が無くなって、その傷口から大量の血がだらだらと流れているお母さんの姿だった。

 

「え……」

 

 言葉が出なかった。認めたくなかった。心のどこかで察してしまったけれど、お父さんとお母さんが死んでしまったなんて……認められる訳がなかった……!

 

「透ちゃーん!見てるかい?君の優しいお父さんとお母さんは死んじゃったよ。まあ死んじゃったも何も、()()()()()()()()()()んだけどさ」

 

「人を疑うことを知らないお人好しっていうのも可哀想だよね。俺を行く当てもない孤独な人間と思ってか、優しくした結果がこれなんだ。あ、因みに……今、俺が喰べてる手は君のお母さんのものだよ。お父さんだって、余すことなく喰べてあげたさ」

 

 同情も何もない一言が私の心に突き刺さる。

 

 ――何が可哀想だ。そんなこと、1ミリも思ってないくせに……!

 

 別に彼の感情が分かった訳でもないのに、不思議とそう確信していた。

 

「――何にせよ、透ちゃんのお父さんとお母さんのおかげでこの家まで来れたのさ。感謝してるよ!君と君のお母さんには、()()()()()()()()()()()しね。俺が喰ってやろうって心に決めてたんだ」

 

 呆然としている間に、男は話を進めていたみたいだった。

 

 目を付けられていた……。つまり、自分の容姿がこの人を引き寄せた……?

 そう考えずにはいられなかった。

 

 目の前が歪んでて、上手く見えない。私は泣いていたの。次から次に溢れ出す涙が頬を伝っていくのが分かった。

 

「悲しむことはないぜ、透ちゃん。俺に喰われてしまえばいいんだ。そうしたら、お父さんとお母さんにも会える。ほら、怖がらないでドアを開けておくれよ」

 

 男の言葉が、両親を失った悲しみを彼らが殺されたことと命を粗末に扱われていることへの怒りへと塗り替えていく。

 

 地獄の炎に体を焼かれているかのような感覚に襲われながらも手をグッと握って、私は声を荒げた。

 

「ふざけたこと言わないで!開ける訳ないでしょ!?人殺しの言うことになんか乗るもんか!私は生きるんだ!お父さんとお母さんの分まで……もう二度と顔を見せないで!私は、貴方を絶対に許さない!」

 

 自分では信じられない程の怒りに駆られた声が出た。もう一人になりたかった。気持ちの整理がつかず、ただ放っておいてほしかった。

 

 無理矢理に会話を打ち切った私がインターホンに背を向けた瞬間。

 

 バタンッ!と木製の何かが勢いよく倒れる音がした。ビクッと子猫みたいに肩を跳ねさせながら振り返って、耳を澄ますと……私のいる方へと足音が近づいてくるのが分かった。

 

 あの男に家のドアをこじ開けられたのかもしれない。命の危機が迫っていることを嫌でも察した。

 

「か、隠れなきゃ……!」

 

 私は咄嗟に隠れることを選んだ。自分のいるリビングへのドアに鍵をかけて、身を守るために包丁を手にしたままキッチンの陰に隠れた。

 

「酷いこと言った後は鍵をかけちゃったのかい?つれないなあ、透ちゃん。まあ……鍵をかけようが俺には関係ないんだ。だって、こじ開けられるし」

 

 リビングへのドア越しに男の声が聞こえたかと思うと、木の板に体を打ち付けたかのような衝撃音がして、次の瞬間には窓ガラスが音を立てながら粉々に割れた音がした。

 

 何が起こったのか分からないまま、私は息を殺してそっと顔を覗かせる。先程まであったドアはなく、ぽっかりとその形の穴が出来て通路が露わになっていた。そして、慌てて窓ガラスの方に視線を移せば、ドアが吹き飛んでそこにぶつかったせいで床にガラスの破片が大量に散らばっていた。

 

「……ドアを窓ガラスのところまで吹き飛ばしたの……!?」

 

 明らかに人間の範疇を超えた怪力にゾッとした。確かに男の言った通り、こじ開けるという行為に相応しい芸当。家に侵入した時も同じようにドアをこじ開けたんだと確信した。

 

 こんなところで死ねない。私は、夢半ばにすら立てていないんだから。

 

 死の予感を感じながらも必死に頭を回す。この状況から脱する術を探し続ける。

 

 その最中。

 

「あっ、透ちゃん見ーつけた!かくれんぼしてたのかな?楽しかったかい?」

 

「きゃっ!?」

 

 背後から声が聞こえて振り向いてみれば、私と目線が合う位置にまでしゃがみ込んで、悪びれもない笑顔を浮かべた(くだん)の男がいた。

 

 後ろに回り込まれたタイミングが全く分からず、私はゾッとしながら包丁を構えて後退りした。

 

「こ、来ないで!殺そうと思えば、貴方のことはいつでも殺せるんだから!」

 

 包丁の刃を相手に向け、出来る限りの殺意と憎しみを向ける。人間なら誰しも、自分から殺されることなんて望まないし、殺意を向けられたら怯むはず。

 

 でも、彼はそれをものともしなかった。包丁を手にして、獅子に狙われた兎のように虚勢を張る私を憐れむように見てきた。

 

「いけないぜ、透ちゃん。年端もいかない女の子が包丁を持って憎しみや殺意を向けるなんて。誰かに向けた憎しみや殺意は、いつか自分に返ってくるものだ」

 

「人間は感情を持って、過去に縋り付く。だから殺された相手が大切な人なら、殺した人を憎む。そして、大切な人を殺した奴を殺す。そして、殺した相手を大切だと思う人がその人を殺した人を……。負の連鎖が無限に続くんだ。だから、平穏に生きたいのなら誰かを憎んだりしちゃいけない」

 

 ――私の中の何かが切れた。両親が殺されたのは仕方がないと遠回しに教えるかのような言い方にカチンときた。

 

 私達には感情がある。喜んで、怒って、哀しんで、楽しんで……。感情があるから、そりゃ誰かを憎むこともあるよ。ましてや、私はお父さんとお母さんを……大切な人達を殺されてるんだ。憎むな、なんて無理難題を言わないでほしい。

 

 何より――

 

「ムカつく」

 

「ん?」

 

「私から憎しみと殺意を向けられる発端になったあんたが、ヘラヘラと笑って私を諭すのが……一番ムカつくのよ!

 

 私は、身体中の血がグツグツと沸騰して煮えたぎる感覚を覚えながら、首を傾げる男に向けて怒りのままに包丁を持った腕を思い切り突き出した!

 

 普段とは比べ物にならないスピードが出た。正直、この時の私は冷静じゃなかった。後先考えずに男の腹に包丁を突き刺すことだけを考えてた。突き刺さると確信してた自分もいた。

 

 でも――

 

「わ〜!速い速い!でも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 私が力一杯突き刺そうとした包丁は、男の指たった二本で止められた……。

 

「ッ!?っっ……!」

 

 人差し指と中指でぴったりと挟まれた包丁の刃は、何をやっても動かない。力一杯そこから引き抜こうとしても、1ミリも動かなかった。

 

 全体重をかけて包丁を引き抜こうとする私を見ながら、男は愉快そうに笑う。

 

「あはは、頑張るね〜!透ちゃん。君が考えた策も純粋な力も、どちらも俺には通じないって分かったろうに。うんうん……やはり、人間の素晴らしさは無駄なことをやり抜く愚かさにあるものだ」

 

 賞賛の皮を被った侮辱に、気が狂いそうだった。自分の体が高温の炎で炙られていると錯覚する程の強い怒りを覚えた。

 

「っあああああっ!!!」

 

 この男を殺したくて仕方がない。でも、私の力は全く通じない。……悔しかった。涙が次々に溢れてきた。体中の水分がなくなってしまうんじゃないかって思うくらいに沢山。

 

 涙を流しながら依然包丁を引き抜こうとする私を見て、男は鮮血に染まった鋭い犬歯を見せつけるように笑うと……パキンと音を立てながら()()()()()()()()()()

 

「え……」

 

 金属の刃が容易くへし折られた。男は顔一つ変えずに刃をへし折って、自慢げに私を見つめる。

 

「やっぱり、女の子が刃物を振り回すなんて良くないよね。折角の綺麗な肌に傷がついちゃうのは勿体ない。どうせ喰べるなら、無傷の状態が良いもんな」

 

 手元の武器が何一つ無くなった。煮えたぎっていたかのような血が、一気に冷え切っていく気がした。全身から力が抜けて、私はその場に膝から崩れ落ちてしまった。

 

「おやおや、あまりの力の差に絶望して腰が抜けちゃったのかな?可愛いねえ、透ちゃん。そういうか弱い女の子は好きだぜ。ほら、俺の腕の中においで」

 

「ひっ……!?た、救けて!誰かっ!誰か救けっ、んむっ!?」

 

 目の前にいる男の不気味さと気持ち悪さに体の底から不快感と恐怖が湧き上がってきた私は、必死に叫んで助けを呼ぼうとした。家には、私と彼以外に誰もいないって分かってたはずなのに。

 でも、その声に応えてくれる人はいない。男はとても用心深く、精一杯叫ぼうとする私の口をその青白い手で塞いだ。

 

「可哀想にね、透ちゃん。救けてって声を上げても、誰も駆けつけてくれない。そりゃ当然だ。この世には、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 口を塞がれたまま、私は目を見開いて絶句した。ヒーローは立派な仕事としてこの世に存在している。それなのに、本当のヒーローがいないと述べる彼の考えがよく分からなかった。

 

「おや、何か言いたげな顔だね。良いぜ、俺は優しいからな。話を聞いてあげよう」

 

 口を塞がれた状態から解放されたことでようやく普通に息が出来るようになった。一度深呼吸で自分を落ち着かせてから慎重に尋ねる。

 

「どうして……本当のヒーローはいないなんて言うの?ヒーローはちゃんといる。私達の周りには沢山のヒーローがいて、皆を救けてるよ!私のことも、きっとヒーローが救けてくれるもん!」

 

 私は強く訴えかけた。ヒーローのことを挙げれば、この人も考え直して立ち去ってくれるかもしれないって淡い期待を持って。

 

 私の言葉を聞くと、彼は数秒間硬直してからにっこりと笑った。

 

「今の時代に溢れ返ってるヒーロー達は()()()()()()()だろ?」

 

「え……?」

 

 そして、手元にあるへし折った包丁の刃を更に細かくしながら続けた。

 

「教えてあげるよ、透ちゃん。ヒーローってのは、英雄のことだ。英雄たらしめるヒーローなんて、この世にいない。英雄というのは自分からなろうとするものじゃないのさ。これは、()()()()()()()()()()()でしかないんだからね」

 

「最初からなろうと思って英雄になる者なんかいない。日々小さな善行を重ねて、いつしか大きな偉業を成し遂げる。自分の目的の為に理不尽を覆す。そんな人間達が英雄って呼ばれるのさ。本当の英雄なら、四六時中誰かの為に駆け回る。そんなことが人間に出来る訳ない」

 

 手持ち無沙汰にあやとりをするかのように包丁の刃を細かく折った後……。彼は、それを思い切り握り潰した。

 

「英雄……即ち、ヒーローってのは空想上の存在さ。人間達の妄想。そんな存在を妄想し続ける愚かで気の毒な人間を救済する。それが俺の目的だ!

そして、最後には誰よりも強大な存在になって欲しいものを手に入れるのさ」

 

 金属の粉になってサラサラと床に落ちていく包丁の刃だったものを窓から差し込む月の光に照らし、うっとりとしたような顔をしながら彼は言った。

 

「おっと、話しすぎちゃったね。お話もここまでにしようか。最後に一つだけ聞かせておくれ、透ちゃん。……()()()()()()()()()()()()()、知らないかい?」

 

 男は再び私の前まで来て、目線が合うようにしゃがみながら尋ねてきた。

 

 ――沈黙が流れる。時計の針が時を刻む音と割れた窓から吹き込む風の音だけが部屋に響く。

 その沈黙が嵐の前の静けさのようで、怖くなった。私は、かぶりを振りながら答える。

 

「し、知らない……っ」

 

 恐怖が私の声に現れた。恐怖を抱いていることを相手に伝えてしまった。

 

「そっかあ、残念!でも……」

 

 女の子の居場所が分からなかったものの、それを気にしてないという様子で笑った直後。男の口の端が吊り上がり、笑みが不敵かつ不気味なものに変わった。

 

「これで、安心して透ちゃんを喰べられる訳だ」

 

「ひっ!?いやあっ!」

 

 真正面から喰べると宣言された私は、即座に脱兎の如く逃げ出した。誰かが救けてくれることを心の底から強く願って……!

 

「救けてっ!!!誰かぁっ!!!救けてぇぇぇぇぇ!!!」

 

 玄関に向けて全力で走りながら、私は精一杯に声を上げた。声を上げたというか、もはや泣き叫んだのに近かったかな。

 

 私は、必死で走って逃げようとした。でも……。

 

「おっと、鬼ごっこかい?逃がさないぜ、透ちゃん」

 

 男は、チーターもびっくりなスピードであっという間に私の前に回り込んでしまった。

 

「残念。普通の人間のスピードじゃ、俺からは逃れられないんだ。諦めておくれ、悪くはしないからさ」

 

 私を安心させるつもりなのか、男がニコニコと笑いながら腕を振るってくる。

 

「っ!?」

 

 ――あっ、私……ここで死ぬんだ。

 

 私は悟って、覚悟を決めて目を閉じた。今までの日々が甦って、瞼の裏に映画のようにして目まぐるしく流れていく。

 

 これが……走馬灯なんだ。死の間際に新しい経験が出来て、なんだか嬉しくなった。

 

 お父さん、お母さん……。また、会いたかったな……。

 

 お父さんとお母さんの笑顔を見るのがあれで最後になったことを悔やんでいたその時だった。

 

「え?」

 

 男の呆けた声と、ゴトリと音を立てながら何かが落下した音が聞こえた。

 

「……?」

 

 疑問に思ってそっと目を開くと……男は自分の振るった腕を呆然と見つめているのが分かった。

 

 彼の視線に釣られてその先を見てみると、振るわれた腕の前腕が綺麗に無くなっていて、傷口から大量の血がドバドバと流れていたの。

 

 直後、更に生々しい音を立てながら男の腹部に大きな風穴が空く。

 

「ゴフッ……!?」

 

 男が血を吐いて膝から崩れ落ちる。普段から青白い顔が、血の気が引いて更にそうなっていく。

 

 崩れ落ちた男のその背後。そこには……私を襲った男よりも遥かに高身長の男の人がいた。

 ツーブロックの段差のある、黒い短髪をしていた。額には一直線に傷があって、瞳孔のない白眼だった。もしかしたら、あの人は目が見えなかったのかもしれない。でも……まるで目が見えているかのように私を襲った男の腹部に風穴を開けたであろう鉄球を繋ぐ鎖を自在に操って、手元に手繰り寄せていた。

 

「ゴウゴウゴウゴウン……!!!」

 

 一番特徴的なのは、その呼吸音。蒸気機関車が迫ってくる時の轟音を彷彿とさせるような……明らかに異端な音。男の人の雰囲気と筋骨隆々な体格も相まって、彼自身が屈強な仁王像にも思えた。

 

「まさか、元鬼殺隊の……!?ヤバいなあ、ここで殺される訳にはいかないや……!またね、透ちゃん!」

 

 腹部の風穴をすぐに埋めながら、私を襲った男が逃げ去っていく。

 

「……逃がさん」

 

 仁王像のように屈強な男の人は、憤怒の表情で逃げた男を追いかけていく。私からしたら、その人はこの場から消え去ったようにしか見えなかった。

 

「助かった……の……?」

 

 脅威が過ぎ去ったことで、私は腰が抜けちゃった。その場にぺたんと座り込むと同時にまたまた涙が溢れてきた。どれだけ時間が経っても、両親を失った悲しみは紛らわすことなんて出来なかったんだ。

 

「……怪我はないかい?」

 

 呆然と涙を流す私に、心に安らぎを与えてくれるような優しい声が降り注ぐ。

 

「その様子だと、ご両親の元には間に合わなかったようだね……。ごめんね、辛い思いをさせて」

 

 その言葉に顔を上げる。顔を上げた先にいたのは、藤色の綺麗な瞳をした、首辺りまでの長さのロングヘアーの男の子。慈悲に満ち溢れた仏のような笑みを浮かべていて、私とさほど歳も変わらないはずなのに父親のような暖かみに溢れた子だった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――それで、私は行き場を無くしちゃって……。その男の子の家族に引き取ってもらったの。どっちかと言えばお兄ちゃんって例えるべきなんだけど、お父さんみたいなの。その男の子って」

 

「呼吸のことは、私を救けてくれた男の人ともう一人、今話した男の子に仕えてる人に教えてもらった。……それと、私を襲った男が"個性"の影響で国から正式に殺してもいい(ヴィラン)だって指示が出てることも」

 

「それで、姿を隠してるのは……自分の容姿のせいで邪な心を持った人が近づかないようにって考えたからなんだ」

 

 透の経験は、あまりにも壮絶だった。二度三度と俺の体に雷のような衝撃が押し寄せてきた。

 

 多大なショックを受けた俺は、未だに無理をして笑顔を浮かべようとする透に問い詰める。

 

「透、何故何も言ってくれなかった……!?俺達は友達だろう……?相談してくれれば、話を聞くくらいは出来たはずだ」

 

 透の真正面にしゃがみ、肩に両手を添えて言う。すると、透の目から再び涙が溢れて頬を伝った。

 

「やっぱり、義勇君は優しいね……。自分の夢の為にも必死で真剣にやってるのに、他の誰かの為にも真剣になれるなんて。でも……真剣だからこそ、義勇君の邪魔になりたくなかったの」

 

 耐え難い葛藤があったのだろう。透は絞り出すように吐露した。

 俺の邪魔をしたくないという思いと、救けてほしいという思いで板挟みになっていたんだ。今日に至るまでずっと。

 

「邪魔になるだなんて……そんなことない。俺は、透の助けになりたいんだ。お前が救けてほしいと言うのなら、俺は手を差し伸べる」

 

 透の変化に気づくのが遅れた分、俺に出来るのはこうして彼女の心を解きほぐすことだ。俺は微笑みながら、透の手を包み込むように優しく握った。

 

「義勇君っ……」

 

 俺の言葉を受けて、透の目から更にブワッと涙が溢れ出す。そして、彼女は泣きじゃくりながら俺を抱きしめた。

 

「私ね……他の人のこと、信じられなくなっちゃったの。自分に近づく人達は邪な心の人ばっかりなんじゃないかって……。でも、私ね、義勇君のことはずっと信じてるから……!だから……これからも友達でいてね……」

 

 心からの願いだった。俺と友達であり続けたいという強い意志を感じ取れた。

 

 答えは決まっている。未だに信じてもらえていることに安心したところもある。だが……そうでなかったとしても、俺は透の友達であり続ける。絶対に。

 

「……当たり前だ」

 

 透を抱きしめ返しながら、俺は思う。

 

 透を救けたのは俺のかつての知り合いである可能性が高い。彼女を引き取った家族の一人で、彼女に優しく声をかけたという少年も。

 

 いずれにせよ、感謝せねばなるまい。そして、あわよくば……いつの日か直接会って礼を言わなければ。

 

 ――もう二度と透に、他の誰かに同じような思いはさせない。その為にももっと強く、大きくなりたい。

 

 俺を抱きしめて泣きじゃくる透の頭をそっと撫でながら、ただひたすらに強くそう願った。

 

 ……透を襲った(ヴィラン)が気になるな。国から殺しても構わない(ヴィラン)だと指示が出ている……?一体、どれほどの脅威だというんだ……。妙に嫌な予感がしてならない……!

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