冨岡義勇英雄伝:再編集   作:白華虚

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第十五話 平和の象徴

 その知らせが入ってきたのは突然のことだった。切羽詰まった様子の姉さんの口から、「オールマイトさんが重傷を負った」と伝えられた。

 

 平和の象徴と謳われるNo.1ヒーローの彼が重傷を負うだけの実力を持った(ヴィラン)がいることは、俺を戦慄させた。人間というのは明確な証拠がない話や自分にとって都合の悪い話を簡単には信じられないらしい。自分自身としては承知したつもりだった。しかし、そんなことが本当にあり得るのだろうか、と疑問が止まなかった。

 

 いずれにせよ、あの人は俺達の生活を支えてくれた恩人だ。駆けつけない道理などない。俺達は大急ぎでオールマイトが運ばれたという病院に向かった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「前例が今までなかっただけだ!未来など私が変えてやる……!このままじゃ、()()()()になるんだよ!それは駄目なんだ!私は貴方の為になりたくてここにいるんだ、オールマイト!!!」

 

 オールマイトのいるであろう病室に向かう最中、感情に満ちた声が聞こえた。――オールマイトのいる病院と病室については、連絡をくださった根津さんに教えてもらった――

 

「この声……ナイトアイの……?」

 

 何があったんだ?予知?未来?何のことだ……?

 

 その声の主がナイトアイであることが分かると、色々な疑問が湧き起こってきた。

 

「……ごめん、姉さん。先に行く!」

 

「えっ、義勇!?ま、待っ――」

 

 蔦子姉さんに先に行くとだけ伝えると、俺は脇目も振らずに声の元へと急いだ。

 

 そして、向かった先には……患者用の衣服を着て、酷く消耗した様子の平和の象徴の小さな背中。それを見送る形で立つ根津さんにナイトアイ、それとオールマイトと同じように患者用の衣服を着た、ご老人の姿があった。

 

「私は世の中の為に……ここにいるべきじゃないんだ、ナイトアイ」

 

 壁に手をつきながらでようやく歩けるレベルまでにしか回復していない様子のオールマイトは、噛み締めるように……自分のことはどうでもいいといった様子でそう言った。

 

 その背中が遠ざかっていく中、耐え難いといった様子でナイトアイが叫んだ。

 

「このままいけば、貴方は(ヴィラン)と対峙し、言い表しようもない程に凄惨な死を迎える!!!」

 

 どうか止まってくれ、戻ってきてくれという強い願いに満ちた声だった。

 

 だが、オールマイトは――止まらなかった。世界平和という名の積み木を慎重に一つずつ積み上げていくかのように……床を踏みしめて歩いていってしまった。

 

「くっ……。どうしてだ……!どうして分かってくれないんだ、オールマイト……!貴方には生きてほしいのに……!」

 

 オールマイトを引き止められなかったことに絶望してか、ナイトアイは膝から崩れ落ちては項垂れる。

 

「ナイトアイ……」

 

 失意に満ちたその背中がとても小さく見え、俺は憐れむことしか出来なかった。

 

「!義勇君、来たのかい。……信じられなかったかもしれないが、見ての通りなのさ。オールマイトが重傷を負ったのは事実だよ」

 

 俺がふとナイトアイの名を呟いたことで、俺の存在に気がついた根津さんとご老人がこちらを振り向いた。

 

「……そのようですね」

 

 俺は固唾を呑みながら答える。と同時に尋ねた。

 

「失礼ですが、そちらのご老人は……?」

 

 根津さんより頭一つ分高いくらいの身長で、年相応の白髪に顎髭を生やした彼は、杖をつきながら一歩前に出て答えた。

 

「おう、名乗ってなかったな……。俺はグラントリノっつー名前でヒーローをやってる者だ。ま、名前と俊典――オールマイトの師匠だってことだけでも覚えておいてくれや」

 

 ご老人……グラントリノは、俺が予想だにしない人物だった。正体を知ってから慌てて頭を下げる俺に「楽にして良い」と言うと、長年の年月と共に刻まれた皺の中にある鋭い瞳で、俺を品定めするようにじっと見た。

 

「……ほう。小僧、冨岡義勇って名前だったな?俊典や鱗滝から聞いちゃいたが、いい目をしとる」

 

 顎髭を撫でながら白い歯を見せ、彼は不敵な笑みを浮かべた。

 

「鱗滝さんとお知り合いなのですか?」

 

「ああ、同世代ってやつだ。彼奴とも、久しく直接会って話をしてないが……元気か?」

 

「ええ、鱗滝さんはご壮健ですよ。変わりなく」

 

「フ、そうかい。そいつァ良かった」

 

 そんな彼を見ながら軽く話を交わした後。根津さんは、ナイトアイの側に立ちながら俺に話を持ちかけた。

 

「義勇君。サイドキックのナイトアイを相手にしても、オールマイトは話を取り合ってくれなかった。恐らく、僕らを相手にしても同じだろう。でも、君を相手になら話を聞いてくれるかもしれない。子供の君が相手ならね」

 

 根津さんの微笑みに対して俺は力強く頷くと、彼らに軽く一礼してからオールマイトの元へと急いだ。

 

 果たして、あの人は俺一人の言葉で踏みとどまってくれるのだろうか……。

 

 

 

 

 

 

「だ、だめです!ちゃんと傷が治るまで休んでください!」

 

「無茶です!もうまともにヒーロー活動をすることすら厳しい体なんですよ!?」

 

「止めないでくれ……!皆が私のことを探しているんだ……!私を探して、世の中の平和が乱れることを憂いている……。私が安心させてやらなくちゃあいけないんだ!」

 

 急ぎ病院の一階にまで降りてみると、複数人の医師や看護師に休むように強く促されながらも彼らを掻き分けて外に出ようとするオールマイトの姿があった。

 

 その背中に、自分の身よりもこの国の平和を重んじるという、救世主に相応しい強い意志を垣間見ることが出来た。

 

 弱々しくも、依然として消えまいと燃え盛り続ける炎のような彼に声をかける。

 

「オールマイト!」

 

「義勇少年……!?どうしてここに……!」

 

 俺の声に慌てて振り向いた彼に根津さんからの知らせでここに来たとだけ伝えて、話を切り出した。

 

「どうしても……行くのですか?」

 

 俺の言わんとすることを察してか、オールマイトのサファイアのように煌びやかな蒼い瞳に力強い意志が宿る。

 

「ああ……行かなければならない。どれほど私の肉体が傷つこうと、朽ち果てようと……救けを必要とする人がいる限り。この国の平和を乱す悪がいる限り……!」

 

 彼の力強い意志は、彼自身の放つ凄烈な気迫にも現れた。数多の国を救った英雄そのものを思わせる気迫。俺も思わず息を呑んだ。意志の強さに呼応し、彼の瞳も鮮やかに光を放っている気さえした。

 

「……何がそこまで貴方を突き動かすのですか?」

 

 気迫に負けず、力強く拳を握りしめる彼に問う。

 

 すると――

 

「……そうだな。やはり、君には話しておくべきだろうね。あの時のお詫びも兼ねて」

 

 彼は、苦笑にも似た優しい笑みを浮かべた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「義勇少年。私はね、()であり続けたいんだ」

 

()……ですか」

 

「ああ。この国の平和の支柱。そして、この国の皆の心の拠り所になれる柱としてね」

 

 窓の外の澄み渡る青空を眺めながらオールマイトは語った。

 

 俺とて、単なる称号でしかなかったが"柱"であった時期がある。だから、そうなることがどれだけの重圧がかかることなのかよく知っている。

 

 支えるものがあってこそ、柱は柱たり得る。勿論それは俺達に限った話じゃない。建物を建てる際に作られた柱だって同じことだ。

 支えるべき天井があるからこそ、何かを支えるものとしての役割を果たすことが出来る。

 

 そして、支えるものが大きければ大きいほど、重ければ重いほどに柱自体も丈夫である必要がある。柱の数が少ない場合は、更にそうでなければならない。

 

 俺達は鬼殺隊という一つの大きな組織を支えたが……オールマイトが支えるのは、日本という一つの大きな国とそこに生きる人々という漠然とした更に大きなものだ。それを彼が一人で支えている。

 彼の重圧は図り知れない。これらを支える強靭な柱となるまでに、どれほどの血の滲む努力があったのだろう。彼の歩んできた道を想像してみたものの、何も浮かばなかった。

 

 柱が複数あるのなら、それが崩壊した位置によれば崩壊せずに形を保てる場合もある。だが……柱が一つしかないのなら、それが崩れてしまえばそこからボロボロと全てが崩れ落ちるものだ。

 

 オールマイトは、この国をヒーローとして支えるたった一つの柱。強靭だが、逆に言えば彼が崩れてしまえば脆い。即ち――

 

「貴方が今、平和の象徴の座から降りてしまえば……この国の平和が乱れてしまうと……?」

 

 なんとなく察せた、オールマイトが自分の身を投げ打って平和の象徴として戦い続ける理由を呟き、彼を見やる。俺の方に向き直り、力強く頷きながら彼は答えた。

 

「その通りさ、義勇少年。自分で言うのもなんだが、私は(ヴィラン)にとっての脅威になれていると思っている。私が平和の象徴の座を降りてしまえば……(ヴィラン)達にとっての大チャンスが生まれてしまう。

きっと、彼らは今までの鬱憤を晴らすように犯罪活動を繰り広げるだろう」

 

 確かにそうだ。肉食動物が減少すれば、それが元の数に戻るまでにそれらに捕食される草食動物が増える。草食動物にとっての繁栄のチャンスという訳だ。こうなるのは自然界の理なのだが、生物の生存本能によるものなのだろう。そういった本能が働くのは、人間とて同じ。

 

 宿敵がいなくなったことで自分達の衰退を避けられるチャンスが出来たのなら、誰しもそのチャンスを掴み取るに決まっている。オールマイトの引退。それは、RPGで例えれば、魔王の宿敵である勇者がいなくなったことと同義。自分達の野望を存分に叶えようとするはずだ。

 

 だが……。

 

「人間ならば、誰しも終わりがくるものです。他のヒーロー達もそれを覚悟していない訳ではないでしょう。彼らに託すという選択肢はないのですか?」

 

 ナイトアイの様子から、オールマイトが文字通りの重傷を負ったのは察することが出来た。鬼殺隊でも、重傷を負えば隊士を引退することがほとんどだった。事実、左手と左目を失った宇髄は現役を引退して隊士の育成に全力を注いだのだから。

 

 差し違えても構わないと言わんばかりに無惨と戦い続けた俺が言えることじゃないと思うが、彼が引退したとしても誰も責めないだろうに……。

 

 俺がそう尋ねると、オールマイトはかぶりを振って再び窓の外に視線を移した。

 

「だめなんだ、義勇少年。柱であるからこそ、私が最後までやり遂げなければ。今ここで私が終わってしまえば、確実に世の中は乱れる」

 

「私の"個性(ちから)"を受け継ぐ後継者が現れ、彼だか彼女だか定かではないその人が立派な象徴となって羽ばたけるその日まで……!私が象徴として、在り続けなければならないんだ!」

 

()を……受け継ぐ……?」

 

 力を込めて拳を握りしめ、彼は力強く言い切った。その最中に耳にした、気になる言葉。

 

 「ちから」を受け継ぐ……。その意味を正確に察せなかった俺は、ただその言葉を鸚鵡返しにした。

 

 その言葉が頭の中をぐるぐると回る。竜巻の如く激しく、螺旋階段のように延々と。床に視線を落とし、妙に引っかかるその言葉の意味を考えた。

 

 そんな俺の頭に温かくて力強く、そして逞しい手が乗っかる。

 

 それにハッとして視線を上げれば、微かに口角を上げて笑顔を浮かべたオールマイトの姿がある。

 

 俺の頭をポンと優しく叩きながら、彼は言った。

 

()()()()()()じゃないぜ、少年。()()"()()"()()さ。……今から話すことは、君の心の中に閉まっておいてくれ」

 

 聞いた話の内容は、まさに御伽噺のそれだった。

 

 これまで、"ブースト"だとか"超パワー"だとか考察されていたオールマイトの"個性"。それに冠された名は、"ワン・フォー・オール"。訳して……一人は皆の為に。名は体を表すとはよく言ったものだ。まさにオールマイトの考え方を顕著に表した"個性"じゃないか。そう思った。

 

 "ワン・フォー・オール"は、他の"個性"とは訳が違う。これまでにオールマイト自身を含めて、8人の人物の手を渡り歩いてきたらしい。

 

 そして、それは受け継がれる度に強力なものになっていく。一人が力を培い、また次へ……。彼らの義勇の心が紡いできた力の結晶。それこそが"ワン・フォー・オール"だ。

 

 最初は、暗闇の中の微かな光のように微力な"個性"だったのだろう。だが、それは時と時代を経て星のように……いや、太陽のように眩い輝きを放つ、強力な"個性"となった。

 延々と受け継がれる、人々の平和への願いと想い。それが光をこれ程までに眩くしたのだ。なんと尊いことだろうか……。

 

「受け継ぐだけで終わりじゃない。この"個性"を上手く扱えるようになり、象徴に相応しい存在にする為に……後継者を育てる義務だってある。せめて彼らが羽ばたくその日まで、平和は私が守り抜かなければ」

 

 そう言葉を綴るオールマイトを見ながら、俺の脳内に一つのイメージが過る。

 

 か弱い一筋の閃光。それが次々と輝きを増しながら先へと突き進む。そして、太陽のような輝きを放ちながら、目の前の彼に辿り着く。そんなイメージだ。白い歯を見せて笑いながら拳を握りしめる彼が、その輝きを握りしめて掌に宿す光景さえ目に見えた気がした。

 

「先代達の想いを途絶えさせる訳にはいかない。この国の平和の為にも……。これも、私が戦い続けなければならない理由なのさ。今回の戦いで私の宿敵は打ち倒したが、この超人社会だ。いずれ次の宿敵になり得る存在が現れる。だから……私は止まれない。ゴールまで突っ走るしかないんだ」

 

 そこまで言うと、オールマイトは俺に背中を向け、壁を手すりがわりにしながら歩き去っていく。その背中から、「すまない。どうか止めないでくれ」というメッセージを感じ取れた。

 

「オールマイト……」

 

 彼の名を呟きながら、俺は悟る。誰が止めようとも、彼自身以外は彼の歩みを止めることは出来ないのだと。

 

 そして。彼の理想は、ある種の狂気とも言えるものであることも。自分の命を賭して己の身を顧みずに戦い続けるその姿勢は、無惨を討ち取ろうとした俺達に通ずるところがある。

 確かに、他の誰かの為に命を賭けられるのは異常だと思えるのかもしれない。彼奴の言ったことが分からない訳ではない。   

 

 だが、その行動は己の正義や誰かへの強い思い、かけがえのない思い出からくるものだ。自分が忘れさえしなければ、それらは永遠に在り続ける。考えることが出来、何かを覚えられる人間だからこそ、それらを簡単に捨て去ったり忘れ去ったりなど出来やしない。自身の正義があるからこそ、困っている人から目を逸らせない。

 

 俺達の行動を否定するのは、それらを冒涜するのと同じこと。そして、俺達はそうされて平然としていられるほど単純な人間じゃない。だから、あの時は俺も炭治郎も怒りに震えた。

 

 自分を突き動かすものを否定しない為にも、戦い続けるんだ。

 

 俺もそれが分かるから……止められない。その姿勢を知っているから見送るしかない。

 

 加えて、俺もそんな狂気を抱えた経験がある男。それを理解し得るからこそ――

 

「貴方の背負うものを俺が……いや、俺達が共に背負います」

 

 一人で支えるからこそ、崩れれば脆く儚い。ならば、後に続く俺達が共に支えればいい。俺達、一人一人が()になればいいんだ。

 

 道のりは長く、俺はそうなるには未だ不十分。せめて、俺が彼と共にこの国を支える相応しくなるまでは無事でいてほしいと思う。

 

「やはりそうか……。君でも止められなかったんだな、義勇君」

 

「!ナイトアイ」

 

 その声に振り返ってみれば、そこには藍色のスーツを、社会人の模範と言わんばかりにきっちりと着こなしたナイトアイの姿がある。

 

 彼は笑顔を浮かべてはいたものの、表に出ている感情は……悲しみだった。

 

 服装の乱れは心の乱れとは言われるが、彼の服装からは心の乱れは見られない。心が乱れれば、真面目さを貫くのも煩わしくなるだろうに。これも、社会の模範とならなければならないという責任感の表れだろうか。

 

「……分かりきっていたが、駄目だな……。私はもう彼をサポート出来ない……」

 

 俺の側に腰掛けたナイトアイは、頭を抱えながら言った。

 

 その姿を見ているだけで胸が締め付けられる。彼にとって、オールマイトがどれだけ尊敬する人物なのか、大切な人物なのか。それを痛感した。

 

 彼の心の傷を抉るようではあるが、俺はオールマイトの秘密を知ってしまった。聞かねばなるまい。

 

「今回の戦いで何があったんですか?それに、貴方の仰った予知というのは……?」

 

「……知らされたんだな、義勇君。どこまでだ?」

 

 全てを察したらしいナイトアイは顔を上げながら眼鏡の位置を整え、その鋭い瞳で取り調べを行う警察官のように言った。

 

「取り敢えず、"個性"のことまでは」

 

 それを聞いたナイトアイは、顎に手を当てて哲学者のような姿勢になる。恐らくは……何を話すか、話さないべきかを頭の中で整理しているのだろう。平和の象徴の秘密と知られぬ間に行われたであろう激戦。これらは慎重に扱わざるを得ない情報だ。整理するのも当然のことか。

 

「分かった」

 

 覚悟を決めたように瞳を鋭くさせ、ナイトアイは立ち上がる。そして、俺の方を振り仰いで話し始めた。

 

「まず……今回、オールマイトが戦った相手は長年の宿敵だ。それも5年や10年なんて生温いものじゃない。()()()()()存在し続けた(ヴィラン)なのだ。何年も姿を変えることなく」

 

「姿を……?つまり、老いなかったと……!?」

 

「その通りだ」

 

 半永久的……。きっと、人間の寿命以上の時間は存在し続けている(ヴィラン)なのだろう。

 

 俺の頭に嫌な憶測が過る。長い時間、姿を変えることのなかったその男はまさしく不老。もしや、彼の正体は鬼ではないのか。そう思った。

 

「我々の思う以上に"個性"は摩訶不思議なのだよ、義勇君。これは憶測でしかないが……成長を止める"個性"か何かを奪ったのだろうな」

 

 だが、俺の憶測はいい意味で外れた。成長を止める……。そんな御伽噺のような芸当を可能にするとは……やはり、"個性"はナイトアイの言う通り摩訶不思議だ。

 

 ホッとして胸を撫で下ろす俺を他所に彼は続ける。

 

「オールマイトの長年の宿敵……。その名は、オールフォーワン。"ワン・フォー・オール"が長年受け継がれてきた"個性"であることは知っているな?その"個性"の初代継承者。彼が生きていた時代から、長い因縁が続いてきたんだ」

 

「オールフォーワン。皆は一人の為に……。皮肉ですね」

 

「……ああ」

 

 皆が一人の為に手を取り合い、大きな事を為す。そんな素晴らしい言葉であるはずなのに……。それが、巨悪の(ヴィラン)ネームになって恐怖を(もたら)す単語になるとは。

 

「奴の"個性"の名も"オール・フォー・ワン"。……まさに次元の違う"個性"だ。何せ、他人の"個性"を奪って自分のものに出来るのだからな。加えて、それを他人に与えることも出来る」

 

 こちらもある意味、名は体を表すと言うに相応しい。自分以外の人々の"個性"は全て己の為にあると言わんばかりのものだ。己が分け与えた力もまた、全て己に尽くす為のものだと。

 

 傍若無人な支配者に相応しい"個性"。……考えただけで恐ろしい。力を使う者が優秀であればあるほど、使われる力も更に映え、強くなるものだ。

 奪い尽くしてきた凡ゆる"個性"。それを存分に扱い抜けるだけの頭脳と経験がオールフォーワンとやらにあるのは想像に難くない。

 

「!オールマイトが負った重傷というのは、その(ヴィラン)と戦ったことで負ったものなのですね」

 

「その通りだ」

 

 ナイトアイは強く拳を握りしめ、それを壁に叩きつける。その背中は、底無し沼のように果てしなく深い、悔しさに溢れていた。

 

「彼は、オールフォーワンを打ち倒したのと引き換えに呼吸器官半壊、胃袋全摘という大怪我を負った……!それだけじゃない」

 

「対象の一部に触れながら目線を合わせることで、1時間の間その人物の未来を視ることが出来る"予知"。それが私の"個性"なのだが……視てしまったのだ。オールマイトの死が訪れる未来を……!

 

 雷のような衝撃が俺の胸の奥深くを穿つ。反射的に声を張り上げそうになるのを抑え、あくまでも冷静さを保ったままで俺は言葉を口にした。

 

「オールマイトの死……!?それがいつなのか分かりますか……!?」

 

「細かくは分からない……。だが、目安はついている。……6年後だ……!」

 

「6年後……」

 

 光陰矢の如しと言うだけあり、時間の流れは早いものだ。6()()()()()()()()()()6()()()()()()……。俺は自然とそう考えてしまった。

 

「くそっ……なんとしても予知を覆さなければ……!」

 

 ナイトアイは焦っているようだった。オールマイトの怪我を、未来に訪れる死の運命を嘆くその様子が、蔦子姉さんの死を嘆き、悲しみに打ちひしがれて涙を流してばかりいた前世の俺に重なった。

 

「私が、私が――」

 

 その時。俺は、ナイトアイの発する次の言葉を察してしまった。

 

 今度は俺が……ナイトアイに教えなければならないんだ。あの時、錆兎がやってくれたように……!

 

「『私がオールマイトの代わりに重傷を負えば良かった。代わりに死ぬ運命にあれば良かった』なんて言わないでください。そんなこと、絶対に言ってはなりません」

 

 俺は、ナイトアイの言葉を断ち切るようにして言った。そして、口を開きかけたまま固まった彼に訴え続ける。

 

「オールマイトを冒涜しないでください。他でもない貴方が、サイドキックである貴方がそんなことを言っちゃいけない。オールマイトとて、重傷なんて承知の上で平和の象徴で在り続けているはずです。

もし、そうなったとして……最も苦しむのは貴方じゃない。オールマイトです」

 

 ナイトアイは眉間を押さえながら天井を見上げ、ふうっ、と息を吐いた。俺には、そんな彼が目から溢れる涙が溢れまいと耐えているようにも見えた。

 

「……ああ、そうだな……。情けないところを見せた……。申し訳ない、義勇君」

 

 顔を上げたナイトアイの顔には、微笑みが浮かんでいる。彼に笑顔が戻ったことに無性に安心した。

 

「ナイトアイ。俺、もっと強く……大きくなります。その時は未来を捻じ曲げるのに協力させてください」

 

「!……それは心強いな。ああ、よろしく頼む。だが、剣技を扱う君に相応しいのは、"捻じ曲げる"より君自身の剣技で"叩き斬る"……だろう?」

 

「確かに……その通りです」

 

 こうして、俺達は指切りをして誓い合った。オールマイトに迫りつつある死の運命に抗うと……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  真っ暗な空間。底知れぬ悪意そのものであるかのようなそこに、異端な見た目の男がポツンと寝そべっていた。

 

 病院に備え付けられているかのような白いシーツのベッドに寝そべる男は、腕や頭に大量の包帯を巻き付けていた。それらは赤い鮮血に濡れ、彼の体中に何本もの管が取り付けられている。何本もの管……。それは生命維持装置。今や、虫の息同然である彼の途切れ途切れの呼吸を必死に補助し、ギリギリのところで彼の命を繋ぎ止めているのだ。

 

 そんな死に際の人間として典型的な見た目をしているこの男こそ……オールフォーワンその人。重傷を負ったのと引き換えに、オールマイトが命からがら打ち倒したはずの悪の帝王だ。

 

 オールマイトからすれば、彼を完全に(たお)してしまったはずだった。だが、彼は見事に生き延びることに成功したのだ。協力者の手によって。

 

 オールフォーワン自身も、この通り重傷を負って肉体に大きなダメージを受けた。加え、これまで奪い取ってきた"個性"のうちのほとんどを喪失した。これだけの重傷を負わされたのだ。彼の中には、オールマイトへの復讐心が業火の如く燃え盛っているに違いない。

 

「おお……オールフォーワンよ……!なんという姿に……。これほど嘆かわしいことがこの世にあるか……?いや、絶対にない……!」

 

 その側に立つ、小太りな体型の老人がワナワナと体を震わせた。

 髪が全て禿げ上がった文字通りの禿頭に、年相応に真っ白に染まった口髭の彼は白衣を羽織っている。その出立ちは医者のそれだ。しかし、その一方で彼の装着した歯車型のゴーグルがマッドサイエンティストらしさを感じさせる。

 

 果たして、どちらがこの男の本性なのか……。その答えは、後者だ。

 

 この男の名は殻木球大。表向きの顔は、蛇腔総合病院という巨大な病院の創設者にして理事長である。気まぐれのように慈善事業に手を出し、その証拠として全国に児童養護施設や個人病院を私有しており、多くの人々に慕われている。

 しかし、その本性はオールフォーワンに心酔する旧友であり、協力者。全国に医療施設を私有しているのも、己の研究に利用出来る優秀な被験体を探す為だ。

 

 ――余談だが、数年前に己の私有する個人病院の一つでとある少年の個性診断を行ったらしい――

 

 ワナワナと彼の体を震わせるのは、膨大なる怒りと復讐心。それらが噴火寸前の火山の中を立ち上るマグマのように湧き上がり、グツグツと血液が沸騰するかのような感覚を覚えていた。

 

「おのれ……!憎きオールマイトめ、絶対に許してはおかん!この恨みは何倍にもして返してやるぞ!今すぐに奴らを呼ばねば」

 

 ゴーグルの下の目を光らせるようにして口の端を吊り上げ、不敵な笑みを浮かべた殻木は己の親友の配下達を呼び出す。

 

「あァ?何の用だってんだ、ジジイ。折角、俺らのボスから貰った"個性"で適当に市民やヒーロー共をぶっ殺しに行こうと思っていたところだってのに」

 

 首を鳴らしながら不満を露わに歩いてきたのは、2mを超える巨体……それも筋骨隆々なそれを持つ大男。彼の金色の髪は、この暗い空間の中でよく映える。その巨体も相まって、遠くから見ても彼の居場所がすぐに分かってしまいそうだ。そして、その三白眼は「誰でもいいから殺したい」という非常に攻撃的な欲望に溢れていた。赤黒いタンクトップに、鮮血のように真っ赤なズボンと腰巻きは、まさに自分は血が好きなのだと他人に示すかのようなファッションである。

 

 その男の正体など言うまでもない。かつて、義勇やその場に駆けつけたプレゼントマイクとイレイザーヘッドに倒されかけた(ヴィラン)……マスキュラーである。

 あの時、彼は黒い靄に体を呑み込まれて救け出された。そして、黒い靄から解放されたその先でオールフォーワンと出会い、匿ってもらったのだ。その後、()()()()"()()"()()()()()()()()()。オールフォーワンと共にいることはマスキュラーにとって都合の良いことばかり。こうして彼の好意に甘えて居座り続けた結果、今に至る。

 

「相変わらず言葉遣いの悪いお方ですね。口には気をつけなさい。ドクターは、我らが先生の協力者であり古き良きお友達なのですよ」

 

 続き、彼の隣に並び立った紳士的な言葉遣いの男は……なんとも異端な姿をしていた。

 

 着ているバーテンダー服。その袖口から見える手と、襟から伸びる首と顔は人間のそれではない。黒い靄そのものであった。首周りには金属製のガードを装着しており、鋭く黄色い瞳は悪意に満ちて残酷に光り輝く。体の色の多くが黒を占める故、その瞳と首元の金属製のガードは暗闇の中でやたらと目立つ。

 

「黒霧にマスキュラーよ、見てみろ。我らがオールフォーワンの醜き姿を。……誰が彼をこんな目に遭わせたと思う?」

 

 ゴーグルの下の目を吊り上げて殻木が問う。友を瀕死に至らせた相手への復讐に満ちたその目は、まさに暗殺者のそれだ。マスキュラーは「このジジイめ、良い目をしていやがる」とシリアルキラーとしての目線でその表情を窺いながらゾクゾクとした感覚を覚え、黒い靄男――黒霧は、オールフォーワンの容態を嘆くかのように目を細めて答えた。

 

「聞かれるまでもありません。あのオールマイトです」

 

「そうだ、その通りだ!あの男のせいで、彼はこれだけの怪我を負ったのだ!悪の帝王だと恐れられた男が瞬く間に虫の息にされ、息絶えるなど……あってはならん!お前達にも動いてもらうぞ!」

 

 殻木は感情のままに騒ぎ立てる。その様子は己こそが絶対だと騒ぎ、他人に迷惑をかける老害のそれだ。

 

 黒霧は言われるまでもないといった様子で静かに頭を下げ、マスキュラーは殻木の老害さながらな様子にうんざりとして、やれやれだと言わんばかりに首を振りながらも大人しく従っておくことにした。

 

「へいへい、分かったよ。俺だってボスには世話になってるからな。良いぜ、従ってやろうじゃねェか。それで?俺らは何をすれば良いってんだい?」

 

 俺達を動かすくらいなら名案でもあるんだよな、と目でも確認を取りながらマスキュラーは問うた。

 

 すると、殻木は何も問題はないと言わんばかりに白い歯を見せながら妖しく笑い……己の探し求める物の名を口にする。

 

「お前達には、()()()()()()()()()()()()()

 

 青い彼岸花。かつて、鬼の首魁であった無惨が鬼へと変貌したきっかけとなった薬の原料の花の名だ。

 

 マスキュラーは唖然としながら何度も瞬きをし、黒霧は訝しげに尋ねた。

 

「青い彼岸花……。文献によれば、1年に2〜3日、日中にだけ花を咲かせるようですね。しかも、花を開いているのは昼間のうちのほんの数分から数十分の間だけだとか。環境によっては開花時期が来ても花を咲かせることがないそうで」

 

「そもそも、ある植物学者が研究の為に花を採取したものの、彼のミスで全て枯らしてしまったという話ではなかったのですか?」

 

 黒霧自身、勤勉とまではいかないが後学の為に何かを学ぶことは良くある。幹部格に立つ者としての嗜みというものだ。

 青い彼岸花を知ったのもその学習がきっかけである。

 

「無い物探せってことかよ……。御伽噺じゃねェんだからよォ……無茶言うなよ、ジジイ」

 

 黒霧の言葉を聞き、マスキュラーが頭を掻きながら呆れ気味に言う。

 

「甘いわ」

 

 しかし、殻木はすぐさま不敵に笑うとマスキュラーの言葉を否定した。

 

「これだけ珍しい花だ。決して人の手の届かない場所に存在している可能性もゼロじゃなかろう。花を閉じていれば、大きな土筆のようにしか見えんらしい」

 

 肝心のマスキュラーはというと、その言葉を適当に聞き流すと気怠げにため息を()きながら胡座をかいて頬杖をついた。

 

「はあ〜あ……。ある可能性がゼロじゃねェなら探してやらねえこともねえけどよォ……。何でシリアルキラーの俺が、どっかの嬢ちゃんみてえに花探しをしなくちゃいけないんだよ……」

 

「ふ……そう落ち込むな」

 

 亀の甲より年の功とはよく言ったものであり、年長者の殻木はマスキュラーの扱い方をよく分かっている。不敵な笑みを浮かべたまま彼に近づき、殻木は言った。

 

「もし、見事に青い彼岸花を見つけてくれば……オールフォーワンに掛け合ってやろうじゃないか。更なる力を与えてやってくれ……とな」

 

 その言葉に、マスキュラーはピクリと肩を跳ねさせながら反応する。その顔が瞬く間に攻撃的な笑みに変化していく。新たな力を得た自分、その力によって多くのヒーローや市民達を惨殺する自分。それらに対する期待を馳せた残酷な笑みだ。

 

「へェ……!言ったな、ジジイ。二語はねえよな!?」

 

「ああ、勿論だとも。お前の働き次第だ」

 

「よっしゃ、やってやろうじゃねェか!」

 

 殻木が自分の言葉に二言はないことを約束すると、マスキュラーは立ち上がって肩をぐるぐると回しながらやる気を見せた。そして、子供のようにはしゃぎながら意気揚々と歩き出していく。

 

「オラ!さっさと行くぞ、黒霧!俺らで見つけてやろうぜ、青い彼岸花ってのをな!」

 

「全く……。単純ですね、貴方は。闇雲に探しても見つかる訳がありません。なるべく多くの情報を集めますよ」

 

 黒く大きな靄のゲートに変化した黒霧と、その中に足を踏み入れて移動するマスキュラー。彼らを見送って空間にポツンと残った殻木は、虫の息の状態のオールフォーワンの手に自身の手を添えた。

 

「待っておれ、我が旧友よ。史上最凶、最悪の悪の帝王の復活は近い……!青い彼岸花が見つかれば、君は今まで以上の力を手にすることが出来るだろう。さすれば、オールマイトも敵じゃない。そして――」

 

――悪夢の夜の再来だ……!

 

 光が再び歩み始めた裏では、悪もまた歩み始めるものだ。一歩一歩、着実に。今ここに……凶悪な闇の復活を企む者がいた……!

冨岡義勇英雄伝:再編集をこれからどうしてほしいですか?

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