冨岡義勇英雄伝:再編集   作:白華虚

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第二章 雄英入試編
第十六話 進学


 オールマイトが重傷を負った戦いから数年の月日が流れた。

 

 俺は12歳になり、9歳だったあの頃に比べると大きく身長が伸びて体つきも変わってきた。心なしか、声も低くなって前世に近づきつつある。

 

 ……これが声変わりというものか。この状態で力一杯声を出すと声帯が傷付く場合もあるらしい。喉の扱いには要注意だな。

 

 閑話休題。顔付きも変わってきたらしく、透や蔦子姉さんに大人っぽくなったと言われることも増えた。特に、姉さんには「これで子供のふりしなくても大丈夫ね!」と笑いながら言われたのをよく覚えている。

 まあ……その通りなのだが。このくらいの年齢になれば世の中の現実に目を向けてより現実的で、大人らしい思考が出来る子供達もいるものだ。だから、わざと子供らしく振る舞う必要もなくなる。これからは、子供を演じることの恥ずかしさに悶える必要もなくなりそうだ。

 

 真新しい濃紺のブレザーとズボンに身を包み、俺達はこの春から中学校に入学した。

 

 当然と言えば当然だが、前世は学校の類に通う暇などなかった。二度目の人生で、一度目も含めて人生初の経験をすることになるとは。なんだか新鮮な気分だ。

 

 やることは今までと何も変わらない。勉学や体力づくりに励むのみだ。中学校と小学校の学習というのは大きく違う。小学校では担任の先生が全ての教科を担当なさっていたが、中学校では教科ごとに担当の先生が違う。それに、定期的な予習・復習が必要だ。より時間の使い方に工夫が求められる訳だが……小学校の頃から同じようなことはやっていたし、俺は特に問題なかった。――透は、多少苦労しているようだが――

 

 やることはそれだけに留まらない。学生としての義務のみならず、俺達はヒーロー志望としての義務もある。ヒーロー志望としての義務……。言うまでもない、人助けだ。

 

 荷物運びやら、友達に勉強を教えるやら、無くし物探しやら……。身近なことから始まり、悩み事の相談に乗ったり、いじめられている子を救けたり。

 

 小学校の時は透や、狼牙率いる俺を慕う三人衆の協力のおかげでいじめを撲滅することが出来た。

 だが、中学校はそこにいる皆が必ずしも全員同じ場所に行くとは限らないし、他の小学校に通っていた子供達が一緒になる。当然、各々で状況は違うのだから、そういうことが小学校で多発していた場合、そこの卒業生達は中学校でも同じことをするだろう。

 

 俺の予想は正しく、学校生活に慣れてくると"個性"のことでいじめをする輩が出てきた。入学したばかりの時は緊張で猫を被るような状態だったろうが、友達が出来たりしたことで緊張が解けて本性を曝け出したと思われる。

 

 簡単に撲滅出来るものじゃないことはこれまでで心底痛感している。だが、諦めてはならない。世間や倫理的にも正しいことを根気強くやり遂げる。それもまた本当のヒーローになるまでの道のりだと思うからだ。

 

 気を抜くと、うつらうつらとして瞼が閉じてしまいそうになるほど心地の良い昼下がりの陽光を浴び、中学校に入学してからのことを振り返りながら、俺は自分の席に座って図書室で借りてきた本を読み進めていた。

 誰かの悩みを聞く立場にあるからには、視野を広げて感受性を高めておくべきだと思う。相談相手になるのなら、折角だし相手に寄り添って話を聞いてあげたい。視野を広げるのにも、感受性を高めるのにも読書は適切なんだ。

 

 俺は今、()()()()()でスクエアの黒縁眼鏡をしている訳だが……これは伊達だ。視力が悪くなった訳ではない。

 

 引き続き本を読み進めていた俺だったが、突如真っ白な紙を切り裂く刃のような鋭い声が教室に響き渡った。

 

「義勇の兄貴!」

 

(ひかり)?どうした?」

 

 思わず肩を跳ねさせながら声のした方を見ると、そこには肩で息をする、俺を兄貴と慕う3人のうちの1人である金髪の少年――名前を煌薇(きら)光と言う――の姿があった。

 

 席から立って彼の側に行き、尋ねると……。

 

「大変だよ……!無個性の女の子がいじめられてる!」

 

 無個性の少女がいじめられているとのことだった。光曰く、その子はテストで毎度上位の成績を維持している子らしい。己の努力のみで。――実際、これまでの授業の小テストや入学時の実力テストでも高得点を叩き出したらしい――

 それを「無個性のくせに生意気だ」と考えた、"熟考"という頭脳を何倍にも引き上げての思考を可能にする"個性"の持ち主が差を見せつけてやろうと考えて勝負を挑んだが、呆気なく敗北。それで少女に言いがかりをつけるに飽き足らず、いつもつるんでいる不良集団を連れていじめることを決意したようだ。

 

「――しかも、単にいじめるんじゃなくて()()()()()()……」

 

「意味深長……?」

 

 意味深長という単語が引っかかり、俺は数秒考えた後にいくつかの推測が頭に浮かんだ。俺はそれを確かめる為に光に尋ねる。

 

「彼女をいじめている奴らの人数は?」

 

「ご、5人。企んでる奴も含めて」

 

「……性別は?」

 

「……全員、男……」

 

 ……推測が見事に当たってしまった。

 

 俺は、風で波立ち、荒れ始めた海のような心を鎮めるよう努めながら最低限の情報を仕入れることにした。

 

「場所は?」

 

「体育館の裏」

 

「現場は押さえてるか?」

 

「透ちゃんが動画撮ってる。狼牙と爪真は真っ先に突っ込んだから、喧嘩おっ始めてると思うよ」

 

「……分かった、すぐに行く」

 

 それだけ聞くと、光には「よく頑張った」とだけ言い残して、俺は迅速に現場へと向かった。

 

 さて……一仕事だ。少女に手出しさせる訳にはいかないし、狼牙達にも怪我をさせる訳にはいかない。今日も今日とて、人助け。これもヒーロー志望として当然のことだ。

 

 必ず間に合ってみせる……!最悪の事態になる前に!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ……!僕の完璧な計画が崩れるなんて……!」

 

 眼鏡を掛けた黒髪のショートヘアーの少年が頭を抱え、忌々しげな表情を浮かべる。自分の考えに考え抜いた計画が思いもよらぬ横槍によって阻止された屈辱が彼を……"熟考"の"個性"を持つこの少年をそうさせたのだ。

 

 円陣を組み、"熟考"を持つ少年に手出しはさせまいと、もしくは自分達の邪魔はさせまいと横槍を入れた者達を取り囲む4人の少年は、この中学校の規律や校則に不満を持ち、敢えてそれに逆らって窮屈な日常から抜け出そうと思う者達だ。

 

 その真ん中で背中合わせになって立つのは、義勇を慕う三人衆のうちの2人。彼らの筆頭である狼牙と龍の尾を思わせる見た目にまとめた髪を持つ少年――龍崎爪真(そうま)である。

 

「ひぐっ……えぐっ……」

 

「怖かったね……。でも、もう大丈夫。私達がいるから」

 

 そして、いじめの首謀者である少年の背後には、その対象となった衣服の乱れた状態の三つ編みの少女と彼女の心をケアする葉隠がいる。両親が亡くなってからは、常時"透明化"を発動している為にその表情は(うかが)えないが……向日葵の花のように無邪気な笑顔を浮かべていることだろう。

 

「よくも邪魔してくれやがったな。これから()()()()()だったってのによ!」

 

「もしかして、お前らヒーロー志望か?生意気だなァ、おい!どうせ没個性のくせにカッコつけやがって!」

 

 4人の少年達のうち、比較的体格の良い2人が"個性"を発動しながら一歩前に出る。丸刈り頭の方は肉体をゴリラに変化させ、目つきの悪いスポーツ刈りの方は自分の体の筋肉を見せつけるボディービルダーのようなポーズを取ると、体全体の筋肉を大きく発達させた。

 彼らの体格は大きく変化し、狼牙達を頭一つ二つほど上回る身長となった。

 

 更に、彼らに付き従う2人の少年が動き出す。1人は背中に鳥の翼を生やし、もう1人は両腕を槍のように太く鋭い針に変化させた。

 

 彼らの向ける視線に込められるのは嘲笑。大した"個性"も持たないのにでしゃばった結果、呆気なく返り討ちにされる。そんな未来を想像して目の前にいる狼牙達の末路を嘲笑っている。

 

(ナメられたもんだな、おい)

 

 元から神経質な所があった故に人間観察をよくやっていた狼牙は、"狼"が発現して以来の獣の本能も相まって自分達を取り囲む4人の感情を敏感に感じ取った。

 

 自分達をナメきった相手の態度にカチンときたものの、今や心の底から敬愛する義勇のように彼は冷静に振る舞う。

 

「没個性……ね。没かどうかはアンタら他人が決めることじゃねえ。俺ら自身が決めることだぜ」

 

 狼牙の言葉に爪真も静かに頷く。彼らは構えを取り、臨戦態勢になった。

 

「お、やる気か?」

 

 肉体をゴリラに変化させた少年がぐるぐると肩を回す。他の少年達も腕の筋肉を見せつけたり、翼をバタつかせたり、針と針を打ち合わせて剣と剣の衝突を彷彿とさせる金属音を立てたりと己の"個性"をアピールし始めた。

 喧嘩をおっ始めるにあたり、"個性"を使おうとしているのは明らかだった。

 

 狼牙と爪真も、"個性"を発動する準備をする。

 

「……なあ、爪真」

 

「なんだ?」

 

 その両目を獣の眼光が宿ったそれに変化させながら狼牙が問い、爪真は右手を龍のそれに変化させながら答えた。

 

「俺らも使うか?"個性"」

 

 その言葉を聞き、爪真は狼牙のいる方へと目線だけを向ける。ほんの少し考えるとばかりに目を閉じながらも……。

 

(聞くまでもなく結論は決まってるだろうにな)

 

 心の中でそう呟きながら笑みを浮かべた。目線を下せば、背中合わせの友の手は既に狼のそれに入れ替わっているし、聞いてきた時の声もやる気満々のそれだった。

 

 確かに学校のような公共の場での"個性"の使用は原則的に禁止されている。そのことは幼稚園の頃から教わってきたことだし、心を入れ替えてからは厳守していることだ。

 

 だが――それとこれとは話が別なのである。爪真は、己も敬愛する義勇の言葉を思い浮かべながら答えた。

 

「俺は使うぞ。兄貴も言っていた。『ヒーロー志望なら、道理に合わなかったとしても正しい行動をしなければならない時がある』って。……今がその時だろ」

 

 そして、答えた直後。その脚も龍のそれに。目も龍の神聖な輝きを宿したものに変化した。

 

 ――4歳で"個性"が目覚めてから、9年近くの時が流れている。爪真の"個性"も大きく成長し、その真価が明らかとなった。

 

 時間が流れて、実は"個性"の概要が当初想定していたものと異なっていたという例はゼロではない。彼もまたその事例に当たる。爪真の"個性"は……"龍爪"ではなく、その体に龍の力を宿す"龍の化身"であったのだ。

 

「だよな!」

 

 思い通りの返事をありがとう、とばかりに狼牙は鋭い犬歯を見せて笑う。狼の耳を生やし、後は顔や腕に体全体を変化させるのみとなったところで――

 

「そこまでだ」

 

 凪いだ水面のように揺らぎなく静かで、果てしなく深い深海のような怒りを感じさせる声が響いた。

 

「「義勇の兄貴!」」

 

「義勇君!」

 

 取り囲まれた2人と葉隠の全員が歓喜の声を上げる。

 

 響いた声に振り向いた不良達といじめの首謀者である少年達は、体の底から湧き上がる恐怖に硬直した。

 

 この体育館裏の地面を踏みしめて歩み寄る義勇の姿は、彼らにとって波紋を広げながら水面を歩く水神の化身……否、水神そのものに見えた。

 

「己の努力で優秀な成績を収めた少女に言いがかりをつけて(はずかし)めようとは……言語道断。たかが"個性"の有無の違いで偉くなったつもりか?」

 

 伊達眼鏡を外した義勇から静かな怒気と気迫が発せられ、それが水の龍のビジョンとなって可視化される。

 

 伊達眼鏡をつけている上に見た目も真面目。故に、義勇はインテリ派の学生だと見られやすい。更に言えば、優男で大人しいとも。しかし、愚かな行動を企てた者達はそれが全くの勘違いであることに気がついた。

 

 因みに伊達眼鏡を掛けるように提案したのは、彼の親友である葉隠だ。

 恋愛マンガでありがちな眼鏡を外した男子の素顔が超イケメンであるというギャップの真理を利用して、将来の為に女性人気を勝ち取るという理由が一つ。

 もう一つの理由として、眼鏡男子が弱そうだとかナヨナヨしていそうという偏見を利用して、無個性だからと揶揄(からか)ってきた輩を返り討ちにした際のショックを大きくしてやるというものがある。

 

 個人的な理由のみならず、公の為になる理由まで考えているとは……なんとも抜け目のない少女だ。

 

 事実、これらの理由は義勇の学校生活においてプラスの方向に働いている。勿論、義勇自身にもプラスに働く。眼鏡を掛けている時は極力感情の起伏を抑え、外した時はごく普通に戻る。そう言った感情制御のスイッチを設けることで、水の呼吸を極めるに必須である「水面のように静かな心」の精度を高めることが出来るのだ。

 

 感情制御云々は、葉隠も義勇自身も思ってもいない利点だった。だが、結局は葉隠がこの提案をしていなければこうした発見をすることもなかった。義勇が女子の豊かな発想力に感謝したことは一度や二度どころではない。

 

 義勇の気迫に()され、不良達はごく自然と後退りして円陣を崩してしまう。

 

 ガラ空きとなった首謀者の少年の前に立った義勇は、静かな怒りを(たた)えた深海のような瞳で彼の目を射抜いた。

 

「いずれにせよ、このことは先生方に報告するが……今すぐ退け。お前の企てたことは他人の尊厳を害すること。単純に謝って済まされる話じゃないぞ」

 

「うぐっ……」

 

 中学校から高校へ進学する場合、いずれの高校であろうと内申点は重要になってくる。より優秀な場所であればあるほど、内申点は高くなくてはならない。"熟考"を持つ少年も国内で比較的有名な進学校へと向かうことを決めていた。このいじめが知れ渡れば、自分の教師陣からの信頼も内申点も急転直下なのは明らかだ。

 

 ならば……ここで目の前にいるヒーロー気取りの少年を返り討ちにし、脅すしかない。勿論、彼の周りにいる者達や自分達がいじめようとしていた少女も。

 

 固唾を呑みながらも、少年は義勇を指差して言う。

 

「僕は知ってるぞ……。僕ら1年生には、無個性ながらもヒーローを夢見て飽きるくらいに人助けをしてる奴がいるってこと……!それが君だな……!?」

 

 無個性ながら、ヒーローらしい行動を日々繰り返す義勇の噂は早くも校内中に広まっていた。それを知っているのは、4人の不良も例外ではなかった。

 

 肉体をゴリラに変化させた少年が口の端を吊り上げ、勝ちを確信したかのような笑みを浮かべながら歩み出て義勇の右肩に手を置いた。

 

「その話なら俺も知ってるぜ、無個性君。小学生の頃には、自分のいた小学校で"個性"関連のものをはじめとしたいじめを撲滅。その功績が中学校で認められて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()ってやつだろ?」

 

 彼に続き、体の筋肉を膨れ上がらせた少年が妬みに満ちた目を向けながら義勇の左肩に手を置いた。

 

「ズルいよなァ……!無個性のくせによ。いじめの防止と抑止の為に実力行使を許可するとか、(ヴィラン)の犯罪活動抑止と誰かを救ける為に"個性"の使用を許可されてるヒーローと似たようなもんだぜ。そんな役目は、ヒーローみてえにかっけえ"個性"を持つ俺らが相応しいだろ。

無個性はヒーローになんてなれねえから、そんなかっこつけるようなことしないで辞退すりゃ良かったのにな」

 

 左肩の方から聞こえた決めつけるような物言いに対し、義勇は極地の海のような冷ややかな目線を返す。その瞳に込められたのは、彼に対する嫌悪であった。

 

「優秀な"個性"さえあればヒーローになれると?勘違いも(はなは)だしいな、戯け者。本質も理解出来ずに他人をいじめるような輩が、人助けに値する役目を担うことなど絶対に出来ん。それに……なれるかなれないかを決めるのは俺自身だ。お前達が決めつける権利などない」

 

 一般的に、無個性の人間は社会的弱者だと認識される。多くの人間は持つべきものを持たずして生まれた彼らを憐れみ、性格の悪い人間は当然のように見下す。性格の悪い人間からすれば、無個性の者が自分達に意見することすら許されないもの。"個性"を持つ自分達の言うことは絶対だ。

 

 この不良達も例外じゃない。だが……現実はどうだ。目の前にいる無個性の少年は、はっきりと物申して反抗してきたではないか。

 

 義勇の肩に手を置いた2人には、彼の態度が気に入らなかった。そのまま2人は義勇の肩から手を離し……。

 

「無個性のくせに……」

 

「"個性"を持った俺達に反抗してんじゃねェェェ!!!」

 

 怒りのままに、その剛腕を振り抜いた!

 

「ッ!だめぇっ!!!」

 

 三つ編みの少女は、義勇の末路を想像して思わず目を閉じた。

 

 しかし、その刹那――ゴリラの肉体を持った少年と膨れ上がった筋肉を持った少年の視界が()()()()()()()()()()

 

「「えっ」」

 

 何が起こったのかも分からないまま呆けた声を上げた瞬間。3階建てのビルの頂上から落下し、背中から体を打ちつけたかのような衝撃が2人に押し寄せた。そして、肺の中の空気が穴を開けられた場所から空気を抜かしていく風船のように(ことごと)く吐き出させられた。

 

「「ゴフッ!?ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ!?」」

 

 背中を強打した影響で思うように体が動かないまま、彼らは思い切り咳き込んだ。

 

「あが……ああっ……!?」

 

「うげええっ……」

 

 痛みを紛らわそうとのたうち回ろうにも体が思うように動かず、死にかけの虫のような声を上げながら、背中から押し寄せる激痛に悶えるしかない。

 

 そんな無様な姿の彼らを、義勇は冷ややかな目で見下ろす。

 

「安心しろ、今後の人生に支障が出ないように加減はしてやった」

 

 この一瞬の間に自分達は攻撃されたことを察した2人の少年は、恐怖で体を震え上がらせた。

 

「……な、何されたんだ、彼奴ら……!?」

 

 両腕を槍のような針に変化させた少年は戸惑う。気がつけば、()()()()()()()()()()()()()()()。彼にとってはそのようにしか見えなかったのだから。

 

(義勇君……。年々、とんでもないことになってる……)

 

 長年共に特訓してきて、ほんの少しだけ義勇の速さに慣れてきた葉隠だけが彼の行動を察していた。――ただし、本気のスピード故に視認出来てはいないのだが――

 

 義勇は、あの一瞬で自分に殴りかかってきた2人を背負い投げの要領で地面に叩きつけたのだ。しかも、自分より頭一つ二つほど抜けた身長を持つ彼らを、()()()()()叩きつけたのである。

 

 前世、"岩柱"であった悲鳴嶼の元で行った柱稽古では、その一環として大岩を一町先まで押して運ぶ修行があった。その鍵となったのは、集中を極限まで高めて全ての感覚を開く反復動作。それによって怪力を引き出し、炭治郎達は、重量がある上に自分より一回りも二回りも巨大な岩を目標とされていた距離分押して運ぶことに成功した。

 

 今回の場合もそれと同じ。反復動作によって引き出した怪力で()って、義勇は不良達を叩きつけたのだ。

 

 おまけに言ってしまえば、義勇以外のこの場にいる全員の目は彼の動作を認識してくれなかった。人間は、この世で仕入れる情報の八割を目からのものに頼っている生物だ。視界がまともに頼れない暗闇の中では、些細な物音にすら恐怖を抱くように視認出来ないものに対しては恐怖が湧き上がるものだ。

 

 そんな動作を目の前で見せられては、制裁される側はたまったものじゃない。

 

「す、すいませんでした……!見逃してください……!こんなことが知れ渡ったら、僕どこにも行けなくなっちゃう……!お金でもなんでもあげるから、許してください……」

 

 義勇の実力の底が見えないことと自分の企てたいじめのことが教師に知れ渡った後を考えたことによって恐怖が生まれ、それに屈した"熟考"の持ち主の少年は誠心誠意を込め、声を震わせて涙ながらに土下座した。

 

「馬鹿だなあ……。知れ渡った後のこと自覚してるくせにこんなことしたのかよ。恥ずかしい奴」

 

 もう取り返しがつかないことは誰でも察しがつくというのに必死で謝罪するその姿は惨めでしかない。"狼"を解除してから、狼牙はため息混じりで呆れて髪を掻き乱した。

 

「謝っただけで全てが許されるのなら、この世に警察もヒーローも必要ない。現実はそんなに優しいものじゃないぞ。俺は、金の為に人助けしているんじゃない。誰かにとっての本当のヒーローとなる為に必要なことだと信じているからだ」

 

「そ、そんな……」

 

 自分は取り返しのつかないことをしたのだと察した少年は、絶望の淵に立たされ、涙を流しながらその場で項垂れてしまった。

 

「……俺達もそうだったけど、どうして人間ってのは痛い目でもみないと理解が出来ないんだろうな」

 

 項垂れたまま嗚咽を漏らす少年を見ながら、爪真は悲しげに言う。

 

「……そうだな。だが――」

 

 その肩に手を置きながら、義勇は答えた。

 

「俺達人間はやり直すことが出来る。生きている限り、やり直そうとする意思がある限り。お前達だってやり直せたんだからな」

 

「可哀想だけど、こういう苦労はガキの頃にしておくに限るぜ」

 

 義勇に続いて声を掛けてきた狼牙を一瞥し、爪真は思う。

 

(……義勇の兄貴がいたから、俺達の未来は明るくなった。やり直せるのなら、彼奴も……)

 

 あの少年もこれで懲りたのなら、まだやり直せるチャンスはある。人はこうして間違いを犯しながらもひたすら前へと進むのだ。

 

「ああ……そうだな」

 

 今は、少年が更生するのを信じて待つ他ない。

 

 自分達に出来るのはここまでだ。これからも地道に頑張っていくんだ、と強く意気込む。

 

 義勇達がチラリと視線を向けてみれば、不良4人は喧嘩する気が見事に失せて縮こまっており、首謀者の少年と一緒に葉隠の強烈な拳骨を喰らって説教を受けているのが目に入る。

 

 後は現場に教師が来るのを待つのみだ。そんな義勇達に、三つ編みの少女がおっかなびっくり歩み寄って消え入りそうな声で礼を言う。

 

「あ、ありがと……」

 

 そうなったのも、恐らくは男子への恐怖が拭えないからであろう。無理もない、非道な少年達の手によって(はずかし)められかけたのだから。

 

 もっと早く自分達が駆けつけてやれたら、という後悔が滲み出た表情で狼牙と爪真は顔を見合わせる。

 

 対して、義勇はそっと微笑むと少女を寵愛するかのように優しく言った。

 

「また何かあったら遠慮なく言ってくれ。相談に乗る」

 

「!う、うん……!」

 

 義勇の微笑みに乙女の本能が刺激されたのか、三つ編みの少女にほんの少し笑顔が戻った。

 

 更に、後悔するかのような表情の狼牙と爪真の頭にぽんと手を乗せ、優しく撫でた。

 

「もう少し早ければ、と悔いるのも大切だが……後ろばかり見るな。前を向け、男なら前へ進め。あの子が無事でいられたのは、間違いなくお前達のおかげだ」

 

 言い終えた後、凪いだ水面のような無表情から微笑みへと表情を変化させると2人の肩に手を置いて「ありがとう」と礼を述べる。そして、再び凪いだ水面のような無表情に戻るとそそくさと葉隠の元へと向かい、いじめの現場を押さえた動画の確認を始めたのであった。

 

「……かっけえ」

 

「ああ……全くだ……」

 

 狼牙と爪真は、再び伊達眼鏡を掛けて真剣な面持ちで動画を事細かに確認している義勇の姿を見ながら、胸の中に何か熱いものが込み上げてくるのを感じた。

 

 その熱いものとは、喜びだ。憧れの人に自分達の行動を認めてもらえた喜び。たったそれだけで救われたかのような気持ちになる。これからも頑張ろうという気持ちになれる。

 

「兄貴……!俺達、一生ついていきます!」

 

 憧れの背中に一歩でも近づく為に。彼らは、これからも義勇の背中を追い続けることを固く誓った。

 

 その後、教師陣を引き連れた光が現場に駆けつけ、いじめの被害者である三つ編みの少女の証言とその現場を押さえた狼牙らの証言、更に葉隠の撮った動画のおかげもあって、首謀者の少年を含めた5人は保護者同伴で指導を受けた。結果は言うまでもない。彼らの内申点は急転直下となり、学校中で問題児として噂になったとか……。

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