冨岡義勇英雄伝:再編集   作:白華虚

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第十七話 新たな出会い

「ふっ、はっ!せやあっ!!!」

 

「はあっ!」

 

 透が鋭く息を吐くのに合わせてリズム良く三連で突きを繰り出す。対する俺はそれを手で払って受け流し、掌底を放った。

 

「っ、ここっ!」

 

 俺の放つ掌底を綺麗に受け止めた透は、合気道独特の円の動きで攻撃を受け流しながらも器用に両腕を振りかぶりながら180度背転。そして――

 

「おぉ……りゃあっ!」

 

 刀を斬るように腕を振り下ろしながら俺を投げ倒した。

 

 一切無駄な力の入っていない動き……。非常に様になってきたものだ。

 

 彼女の成長に感動を覚えながらも、俺は受け身を取る。そして、そのまま下段蹴りを命中させようとした。しかし――

 

(すい)の呼吸・壱ノ型……透き通し」

 

 俺の放った蹴りは透の足元を見事に透ける。まるで、気体そのものを蹴り抜いたかのような感覚だった。

 

「残像……!?」

 

 体勢を立て直し、透の気配を探る。刹那、俺の懐に入り込む透の気配を感じ取った。

 

 ――水の呼吸・弐ノ型、水車・逆巻(さかまき)

 

「きゃっ!?」

 

 俺は微かに身をかがめた状態から宙返りと共に蹴りを繰り出す。放った蹴りが丁度透の腕を弾いたらしく、彼女は大きく仰け反った。

 

 そのままバク転で距離を取ると同時に、地面を蹴って思い切り踏み込む。

 

「水の呼吸・肆ノ型、打ち潮」

 

 そして、隙の出来た透に淀みない動きで繋がれた乱打を繰り出した。岸辺に打ち付ける無数の波のようにそれが炸裂するかに思われたが……。

 

(すい)の呼吸・弐ノ型、透垣(すいがい)抜きっ!」

 

 透は、竹と竹の間を少し透かして作った柵の隙間を徹底的に射抜くかのように、俺の攻撃の隙間を埋めながら攻撃を繰り出してきた……!

 

 攻撃に生じた隙間を見極め、埋めるように攻撃を放つのは簡単に出来ることじゃない。

 

 これもきっと、相手の攻撃に対して防御や受けの姿勢をとる合気道をやり続けたおかげなんだろう。そう思いながら、咄嗟に打ち潮を乱れ打ちして隙間を掻い潜ってくる攻撃を受け流した。

 

「こ、これも受け流すの!?当たったと思ったのに!」

 

 隙間を掻い潜った攻撃は、確かに脅威となり得る。完全に不意を突いたも同然だからな。だが……俺は13歳の頃から鬼殺隊に身を置いて命の奪い合いをした身。戦闘経験の差がある以上、簡単に当たってやれはしない。

 

「驚かされたのには違いないがな」

 

 受け流されたのを悔しがり、ハムスターのように頬を膨らませる透に向けて笑みを浮かべながら、俺は言う。

 

「くうっ……でも、(すい)の呼吸はまだまだこんなものじゃないんだから!ここからが本番だよ!」

 

「望むところだ」

 

 互いに呼吸を整え、構え合い……俺達は再びぶつかり合った!

 

 

 

 

 

 

「はふうっ……義勇君は相変わらず強いねぇ……」

 

 組手を終え、スポーツドリンクを口に流し込んでから透が言った。

 

「お前だって強くなった。合気道も様になってきたし、我流の呼吸を仕上げてくるとは思いもしなかったぞ。(すい)の呼吸……だったか」

 

「いくつか流派を組み合わせてるんだけどさ……分かる?」

 

「……そうだな。変幻自在の水、緩急自在の霞、剛柔を併せ持つ恋と言ったところか」

 

「っっ……!正解!流石義勇君!」

 

 自分の仕上げた我流の呼吸の元となった流派を見抜いた俺を笑顔で褒めちぎる透。その弾けるような笑顔はしっかりと俺の目にも見える。

 

 昔からそうだが、俺には完全に心を開いているらしく素顔を見せてくれる。勿論、今だってそうだ。

 

 彼女はいつも俺に「大人っぽくなったね」なんて言うが……。それは彼女だって同じだ。

 

 クラスの中で身長は低めだが……その程よく日焼けした肌の手足はすらりと長い。最近は髪をバッサリと切ってショートヘアーにしているようだが、その艶やかさは変わりない。顔立ちも可愛らしさを残しつつ、妖艶さが増したものに変わりつつある。多分、やろうと思えば顔だけで食っていけるだろう。

 

「……大人っぽくなったのはお互い様だな」

 

「え?」

 

 俺の呟きが聞こえたのか、透は首に掛けた水玉模様のタオルで頬を伝う汗を拭き取りながら振り向いた。

 

「透だって大人っぽくなったさ。昔よりずっと綺麗になった。綺麗で可愛らしいこと自体は昔から変わりないが……。いや、無邪気さもか」

 

 ペットボトルに入った透明なスポーツドリンクを見つめ、昔の透を思い出しながら、俺は思わず微笑む。

 

「もう……義勇君ったら」

 

 呆れて苦笑するかのような透の声に顔を上げる。彼女は、蔦子姉さんや母さんがよく見せていた慈愛に満ちた女神のような笑顔を浮かべていた。

 

 ――透も、こんな顔が出来るようになったのか。

 

 その笑顔を見た瞬間、時間の流れを強く実感した。

 

「前々から思ってたんだけど……そういうこと言うのは、義勇君が異性として愛してる子だけにした方がいいと思うなあ」

 

 ムスッとした顔をして、口を尖らせながら言う透に、俺は戸惑いながら返した。

 

「俺は友達同士としてのコミュニケーションのつもりで言っているんだが……」

 

 すると、透は口を半開きにしながら数秒硬直し……頭を抱えた。

 

「思った以上に深刻だぁっ……!」

 

「な、何かまずいのか……?」

 

「まずいよ!大問題だよ!」

 

 首を傾げながら訊き返すと、透はずいっと俺に近づき、畳み掛けるように言う。

 

「友達の女の子全員にそんなこと言ってたら、美形で真面目で物静かな義勇君のイメージが崩れちゃうよ!折角モテてるんだから勿体ない!!!そんなイメージの義勇君が好きだって人いっぱいいるからね!?」

 

「と、透」

 

 落ち着くように声を掛けようにも、言葉の爆撃は止まらない。その圧に圧倒され、俺は思わず仰け反った。

 

「八方美人なのはいいと思うけどさ!?天然にも程があるよ!そういうところがあるからこそ信頼してるんだけどね!?でもさぁ!そんなことしてたら、世界中の女の子勘違いしちゃうからね!将来、彼女が出来た時に嫉妬させちゃうからね!?」

 

「わ、分かった」

 

 圧倒されながらも頷くと、透はふうっと息を吐いて俺の隣に座り直した。

 

「本当のヒーローに向かって一直線な義勇君って、真摯で一途なタイプだと思うの。軽い男だって勘違いされちゃ勿体ないよ」

 

「軽い……?」

 

 目尻を下げ、にへらと笑う彼女。俺はふと自分の体を見つめた。

 

「……同い年の男子の中では体を鍛えてるし、軽くはないと思うんだが」

 

「ぶふっ!」

 

 体を見つめた後でそう言うと、透は口に含んでいたスポーツドリンクをものの見事に吹き出してしまった。

 

「!?だ、大丈夫か……!?」

 

「ゲホッ、ゲホッ……!義勇君……本当に天然だよね……。真面目に話聞いてくれてたのに……どうしてそうなるの……?んふっ……!」

 

「どちらかと言えば……人工物じゃないか……?」

 

「んぐふっ……!ちょっともう!やめてよ、天然ワードのボディーブローで追撃してくるのはさぁ!ふふっ……あははははははっ!」

 

 彼女の吹き出してしまったスポーツドリンクで濡れた床を拭きながら、お腹を抱えて笑い転げる彼女を見て俺は思う。

 

 きっと、家族を失った透の心の傷は癒えきった訳ではないのだろう。それでも、彼女はここまで笑えるようになった。無理に笑うことも最近は少なくなってきているし……。それが俺にとってはどうしようもなく嬉しい。友の幸せが自分のことのように嬉しい。こう思えるのは、心の余裕があるからだろうか?

 

「……透、幸せになれよ。お前の幸せは俺が守るから」

 

 依然笑い転げる彼女を見て微笑みながら、俺は小さく呟いた。

 

「あははははははっ!……はあっ……笑い過ぎてお腹痛い……。…………義勇君こそね

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は流れて夕方。空が夕焼け色に染まるにはまだ早いが、確実に日は傾きつつあった。葉隠と別れた後、義勇は幼い頃から通い続けている剣道場へと足を運んだ。

 

 流石に毎日毎日通う訳にもいかないとは言え、長年通い続けた甲斐もあって段位は一級だ。――13歳の誕生日を迎えてからは、初段審査を受ける予定である――

 

 義勇は、小学6年生の頃にこの剣道場で新たな出会いを果たしている。所謂(いわゆる)、お嬢様とも言うべき上品な少女だが……彼女もまたヒーロー志望であった。誰かにとっての本当のヒーローを、救世主たり得るヒーローを目指して一直線に突き進む義勇に心の底から感動した彼女は彼を尊敬するようになり、二人は切磋琢磨し合う友となった。

 

 今日は、その少女も義勇も剣道場に足を運ぶタイミングなのである。

 

 義勇が道場に足を踏み入れると……彼女は一足先に道場にいて、他の門下生と剣を交わしていた。何気に彼女ともそれなりの付き合いである為、防具を付けていようと手癖や身長などで彼女がどの人物なのかは判断出来る。義勇にはそれ程の観察眼が備わっていた。

 

「やぁぁぁあッ!!!メェェェェェン!!!!!」

 

 少女の透き通る声が道場中に響き渡る。その迫力は、普段のおしとやかな彼女からは到底想像出来ないものだ。空気がビリビリと震えているのを義勇はその肌でひしひしと感じ取っていた。

 

 そして――

 

 ――スパァーンッ!!!

 

 少女の振り下ろした竹刀が対峙している相手の面を寸分の違いもなく打つ。竹で製造されたそれは、面に打ち付けられると同時に空気を押し潰したかのような音を清々しく響かせた。

 

(見事に入ったな)

 

 その瞬間を目にしながら、義勇は感心する。今回響いたような音は……竹刀を正しい動きと力加減で振るえた証拠だ。

 

 試合終了後の礼法に従って少女と対戦相手が場外に出る。その後、正座の姿勢になり、彼女は慣れた手つきで面を外した。

 

「ふうっ……」

 

 息を吐くと同時にその面の下から露わになったのは、大和撫子とも言うに相応しい麗しい顔立ちだ。頭に巻いていた手拭いを外せば、瞬く間に艶やかな黒髪のポニーテールが露わになる。また、麗しい顔立ちながらも目は吊り目ぎみで黒い瞳は凛々としている。確かに……この顔立ちならば、あれほどの勇ましい声を発せるのも納得かもしれない。

 

「!こんにちは、冨岡さん。いらっしゃったのですね」

 

「ああ、ついさっきな。始めたばかりの頃に比べれば八百万の剣さばきも様になってきたぞ」

 

「あら、本当ですか?ありがとうございます!」

 

 打ち合いを終えた少女に義勇が歩み寄ると、彼女は恋焦がれた人を待ち侘びていた年頃の少女さながらの様子で笑顔を浮かべて手を振りながら声を掛けてきた。

 

 彼女の名は八百万百。自分の体内の脂質を用いて、凡ゆる無生物を作り出す"創造"という"個性"の持ち主。立ち居振る舞いが上品な上、常に敬語で話す辺り育ちの良さが(うかが)える。それらに違わず、彼女の家は西洋風の見事な豪邸である。

 

「やべえ……。八百万さんが笑ってるよ……」

 

「美男子と美女が揃ってる……!ま、眩しい……!」

 

「と、冨岡君の笑顔……!?写真撮らなきゃ……!」

 

 言葉を交わす二人を見て、周囲の門下生達は揃いも揃って色めきだっていた。それもそのはず。この剣道場に通う者達の中でも最も美男子であると言われる義勇と、最も美少女である八百万の二人が揃って笑顔で会話を交わしているのだから。

 

 基本、義勇はコロコロと表情が変わる方ではあるのだが、剣道の稽古中は凪いだ水面のような無表情を貫き通す。それ故に、門下生達にとっては彼の笑顔はレアなのだ。年頃の少女達は彼のギャップに萌えるに違いない。

 そして、八百万の方も凛とした雰囲気と吊り目気味な目の影響もあるのか、強気な印象が目立つ。強気で委員長気質がありそうな少女には、年頃の少年達からすれば近寄り難いものがありがちだ。彼女の印象からは、今のような花びらが舞い散る光景を幻視させる可愛らしい笑顔を想像するのは難しいことだろう。

 だが、現実はどうだ。八百万は眉目秀麗な美少年と共に話を交わし、可愛らしい笑顔を浮かべているではないか。口元に手を添えてくすくすと笑うその振る舞い一つからも上品さが溢れ出している。ただでさえ美人である八百万の笑顔は、年頃の少年達のハートを撃ち抜いていた。

 

 軽く世間話を終えた後、八百万が義勇の手をそっと包み込むようにして握った。

 

「あの!冨岡さん、今日も()()()()()に付き合ってくださいまし!」

 

 そうしながら言った彼女の目は、憧れのヒーローに出会った時の幼い子供のようにキラキラと輝いていて、期待に満ちている。そんな彼女を他所にして、義勇以外の門下生達は一斉に彼女らに注目すると共に固まった。

 

「……ああ、分かった。稽古の後だな」

 

 それに対し、義勇が薄く笑みを浮かべて頷く。義勇がほぼ即答したのを見て、少年達は一斉に目を見開いて愕然とし、少女達からは黄色い悲鳴が上がる。

 彼らの反応に首を傾げながらも、それは置いておくと言わんばかりに、八百万はぐっと両手で拳を握りながら義勇に詰め寄った。

 

「今度こそ手加減はしないでくださいまし!」

 

「下手な加減はしていない。確かにお前のレベルに合わせた全力を引き出してはいるが……」

 

「むうっ……!それを人は手加減と言うのですわ!」

 

「……男としてお前に負担をかける訳にもいかん。分かってくれ」

 

 今朝の葉隠を思い出すかのような勢いで詰め寄ってきた八百万に圧されつつも、義勇は苦笑しながら彼女をそっと諌める。その優しい姿勢に何度も瞬きした後に暖かな微笑みを浮かべる八百万。そんな光景を見た少女達は更に義勇に惹かれ、少年達は嫉妬を募らせた。

 

「……ところで、先程から皆様はどうされたのでしょうか……?」

 

「……何だろうな。俺にも分からん」

 

「あら、冨岡さんでも分からないことがお有りなのですか?」

 

「昔からこういうのには疎いらしい」

 

 当の本人達と他の門下生達の間に()()()()()()()が生じているのだが……それを彼らが知る由はない。

 

 だが、これだけは言える。勘違いをしている門下生達は、同人誌や小説、漫画などの読み過ぎである。

 

 

 

 

 

 

 稽古を終えた後、道場の真ん中で義勇と八百万がその手に木刀を携えて向き合っていた。義勇は脱力して自然体で佇み、八百万は正眼の構えを取る。二人の距離は、一歩踏み込めば攻撃を叩き込むことができ、一歩退けばそれを避けることが出来る距離だ。所謂(いわゆる)、一足一刀の間合いである。

 

(……いきますわよ、冨岡さん)

 

(いつでも来い)

 

 二人は以心伝心と言わんばかりにアイコンタクトで会話を交わすと目を閉じた。

 

「ヒュウウウゥゥゥッ……!」

 

 水上で風が逆巻くような音が聞こえる。義勇の扱う"全集中の呼吸"である水の呼吸の呼吸音だ。

 

「フゥゥゥゥ……ッ」

 

 そして、もう一つ……それとは()()()()()が聞こえる。沢山の花々が咲き誇る草原を吹き抜ける、そよ風のようだ。

 

 次の瞬間、二人はカッと目を見開き、それと同時に一歩大きく踏み込んだ。――否。先に踏み込んだのは、義勇の方であった。

 

(水の呼吸・肆ノ型――)

 

「――打ち潮」

 

「っく!?」

 

 岸辺に激しく打ち付ける波のような、淀みなく繋がれた乱打が八百万に炸裂する。

 

 技の出は義勇の方が明らかに速い。すれ違い様に繰り出されたそれを防ぐことは叶わなかった。

 

 しかし、それだけで参る八百万ではない。

 

「花の呼吸・壱ノ型、一重花神ッ!」

 

 瞳に満ちていた、義勇の速さに対する驚きを彼に立ち向かう闘志へと咄嗟に塗り替えた彼女。そのまま、振り向き様に一重咲きを果たした牡丹の花のような、相手を覆い尽くす乱打を背中を向ける義勇に対して繰り出す。

 

 背中や後頭部に目がある訳がない。だが、義勇は前世からの戦闘経験によって、多少なりとも風を切った音なども聞き取ることが出来るし、直感も働く。バットを全力で振れば、風を切った音が鳴る。八百万の場合、木刀をそれと比べ物にならない程の速度で振るっているのだから、風を切った音はより明確にその耳に届くものだ。

 

 故に。義勇は、背後から迫る攻撃にも対応出来た。

 

「陸ノ型、ねじれ渦」

 

 上半身と下半身をそれぞれ反対方向かつ最大限にねじり、強烈な回転を伴って木刀を振り抜く。その瞬間、型の名の如く凄まじい勢いの真空波が発生して一重咲きの牡丹のような乱打を防ぎ切った。

 

「背後からの一撃でしたのに……!?」

 

 唖然とする八百万に向けて、このぐらい当然だと言わんばかりに義勇は薄く笑みを浮かべた。そして、大胆不敵に掌を自分の体側に向け、八百万を招く。

 

 言うまでもない。「かかってこい」ということだ。

 

「……いきます!」

 

 義勇の挑発に固唾を呑みつつも、八百万は怯むことなく何度も何度も踏み込んでいく。

 

 この鍛錬を見ていれば分かるであろうが、八百万もまた"全集中の呼吸"を扱う者の1人だ。確かに義勇との秘密の特訓を始めてからその精度が上がりつつはあるが、別に彼から教わった訳ではない。

 彼女は彼女なりに()()()"全集中の呼吸"を会得した。書物を読み漁って会得までの特訓を自分で組み立て、自分で凡ゆる流派を試して馴染むものを見つけ出し……。八百万には、それだけのことが出来る頭脳があった。

 

 当然ながら、この話を聞いた義勇は驚いた。義勇の知る限り、書物を読み漁って自力で"全集中の呼吸"を会得した者はたった1人……同じ鬼殺隊の剣士で、元"炎柱"であった煉獄杏寿郎しかいないからだ。

 これほどの才があるのだから、八百万はもっと伸びていくだろうと義勇は思っている。言わば、磨けば磨くほど眩く輝く宝石のように。それに、いくら命を賭けなければならず、死も覚悟しておかなければならないことを承知の上でヒーローを夢見ているとは言え、彼女が煉獄のように死んでしまうのは避けたいとも思っている。

 

 だからこそ、義勇は八百万の特訓に付き合うのだ。彼女が守りたいもののみならず、自分自身も守れるように。限りある人生を輝かしく生きていけるように……と。

 

 ――因みに。八百万が"全集中の呼吸"を扱うことを決めた理由は、()()()()()()()()()()()()()()()()()、その人に感化されたからなのだが……その人物が何者なのかはまた別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「水の呼吸――」「花の呼吸――」

 

「「参ノ型!」」

 

「流流舞い!」「乱れ椿!」

 

 八百万の振るった木刀と彼女の移動した軌道上に椿が咲き乱れる。しかし、義勇の纏う急流が咲き乱れた椿を押し流す。咲き乱れた椿は儚くも散って水面に浮かび、急流の中を逆らうことなく流れていく。

 

 この光景が示すのは、やはり力量の差と技の精度。両者が遥かに上回っている義勇の方が八百万の型を打ち破りつつあるのだ。

 

「す、凄い……」

 

 そんな光景を、唖然としながらも尊敬の念に満ちた目でこっそりと見守る少年がいた。

 

 彼は緑がかったもさもさの髪の毛をしていた。これはパーマをかけているのではなく、元からの癖毛故である。頬にはそばかすがあり、目は大きく丸い。一言で簡潔に表すなら、地味とも言うべき外見だ。とは言え、その幼なげで愛嬌のある顔立ちはある種のチャームポイントと言えるのではないだろうか。

 

 この少年の名前は緑谷出久。彼もまたこの剣道場に通う門下生の1人。とは言え、まだ通い始めたばかりでそうしてから未だ1ヶ月も経過していない。ここに馴染むのは時間がかかるだろうが、既に彼の真面目さとひたむきさを認めて尊敬する者達も少なくない状況にある。

 

 こうして義勇達の特訓を見守っているのも、単純に気になったからだ。――彼の場合は、義勇の言った「お前のレベルに合わせた全力を引き出している」という言葉から、持ち前の分析力によってそういう特訓ではないことを察したようだ――

 

 それが理由の一つ。そして、もう一つある。どちらかと言えば、こちらが本命。緑谷は、義勇が型を振るう姿を()()()()()()()()()()()()()()()のだ。実は、彼は義勇のことを知っている。別に彼と知り合いという訳でもなく、友達でもない。だが……彼にとって、義勇という少年は鮮烈に記憶に残った。初めて見知った時に比べて義勇の顔付きは変化して大人びてはいるが、緑谷にはすぐに分かった。彼が知るのは……()()()()()()()()()()()()()()なのだ。

 

 己の記憶に残っていた姿を再び見ることが出来て、緑谷はこの上ない感動を味わっていた。

 

 ――そして、決着の時は訪れる。

 

「あっ」

 

「きゃっ!?」

 

 緑谷が小さく声を上げたのと同時に八百万の手にしていた木刀が弾かれ、宙を舞った。

 

 カンッ!と良質な木で出来た物体を床に叩きつけた音が鳴り、木刀が何度かバウンドする。

 

 その隙に、義勇は鋭い瞳のまま八百万の首筋に木刀の(きっさき)を突きつけた。相手が正真正銘の(ヴィラン)である場合、死んでいる可能性が高い。

 

 つまり――

 

「私の負け……ですわね。完敗です」

 

 八百万は、眉をハの字に下げながら微笑む。今日も全く敵わなかったという悔しさと、流石は冨岡さんだという尊敬を同時に抱きながら。

 

「お疲れ。いくらお前のレベルに合わせているとは言え、ここまでついてこれるようになったとは。確実に成長している。心配するな」

 

 (きっさき)を下ろしながら、義勇もそう言って微笑む。戦闘中は無表情を貫く義勇だが、それが終わると緊張の糸が解けたかのように表情が柔らかくなる。彼と八百万をこっそりと見守っている緑谷も、そのギャップに驚いていた。

 

 ――と、その時。

 

「……影で見てないで、こっちに来い。咎めはしないから」

 

 義勇は、明らかに緑谷と目線を合わせながら言った。前世の経験ありきで他人の気配を察知出来る彼は、八百万と剣を交わし始める前から彼の存在に気がついていたのだった。

 

(バ、バレてた!?)

 

 緑谷は、肩を跳ねさせながら観念したように姿を現す。

 

「あら、貴方は……」

 

 八百万も緑谷の姿には見覚えがあった。勿論、知り合いという訳ではない。だが、日々の稽古に真面目に取り組む彼の姿に彼女は自然と惹きつけられていた。

 

「えっと……ご、ごめん!勝手に覗くような真似して」

 

「いえ、構いませんわ。悪気があった訳ではなさそうですから。私、八百万百と申します。こちらの方は……」

 

「冨岡義勇だ。よろしく頼む」

 

「貴方の名前はなんと仰るのですか?」

 

「み、緑谷出久です!」

 

 八百万に尋ねられると、緑谷はどこかドギマギとした様子で名乗った。

 

 義勇にとっても、八百万にとっても、この出会いは大きな出会いとなるのだが……この時の彼らには知る由もない。

冨岡義勇英雄伝:再編集をこれからどうしてほしいですか?

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