冨岡義勇英雄伝:再編集   作:白華虚

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第十八話 初めまして、洸汰君

 緑谷出久。俺や八百万の通う剣道場の門下生の1人。彼もまたヒーロー志望の少年らしく、俺と同じ無個性だそうだ。……流石に''痣者''ではないようだが。

 

 彼もまた()()()()()()()()()()()()()()()()、''全集中の呼吸''を会得したらしい。曰く、その幼馴染が天才的なセンスの持ち主らしく、緑谷も彼のおかげで1年と経たずに''常中''を体得したそうだ。前世、俺でもそこに至るまで結構な時間を要したはずなんだが……。羨ましい限りだ。

 

 目指すヒーロー像は、まさにオールマイトのそれ。彼のように笑顔で誰かを救けるヒーローになりたいのだそうだ。ならば、今のうちから強くならねばなるまいとこれからの鍛錬は彼も交えて行うことになった。剣道を習い始めたのも刀を使い慣れる為らしく、自分に馴染む流派も模索中だとか。鍛錬の中で自分なりの答えを見つけてくれれば俺としても嬉しい限りだ。

 

 そうして、緑谷を交えての鍛錬を始めてからはや数ヶ月。季節は夏になり、俺に新たな出会いが訪れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここまでありがとうねぇ」

 

「いえ、お構いなく。ヒーロー志望として当然のことをしたまでですよ」

 

「君はヒーロー志望なのか!偉いね〜。これからも困っている人を手伝ったりすることを忘れちゃいけないぞ。おじさんの経験談から言わせれば、小さな人助けを欠かさない人は立派なヒーローになってるからね」

 

「ありがとうございます、肝に銘じておきますね」

 

 皺の刻まれた顔での優しげな笑みが印象的なご老人と、気さくで人の良さそうな笑みが印象的な交番に立つ警察官の方との会話を交わした後。額を流れる汗を拭いながら、俺は雲一つなく晴れ渡った青空を見上げる。

 その際に降りかかる日光の眩しさに、思わずそれを遮るように手を添えた。

 

 今の俺は、塾からの帰り道にある。その道中で落とし物に気が付いて交番を探していたものの、途方に暮れていたご老人を見つけたんだ。そして、彼女を近場の交番にまで案内して今に至る。

 

 人助けをした後の気持ちはとても晴れやかだ。この晴天の夏空のように。この晴れやかな気持ちを絶対に忘れないようにしたいものだ。きっと、小さな人助けから生まれたこの気持ちが、多くの人を救けることに向ける熱意をより燃え上がらせる(たきぎ)となるだろう。

 

「最近はこのニュースが多いなあ……」

 

 そんな悲しげな呟きを漏らした警察官の方の声に振り向き、更に彼の視線の先を見る。

 

 その先にあったのは、5階建てのビルに取り付けられた巨大なモニター。そして、そこでは未だにウォーターホースという夫婦で一組のプロヒーローが市民を守る為に殉職したニュースが報道されていた。

 

 ウォーターホース。俺もそこまで詳しい訳ではないのだが、名前と顔は知っている。夫婦円満なヒーローとして名が挙げられることが多い上、父さんにとっては後輩のヒーローだった。年端もいかない頃、よく俺達の家に来てくださったのを覚えている。勿論、父と母の葬式にも出席してくださったし……。それに、3年くらい前に子供を授かったばかりらしかった。俺はその子に会ったことはない。だが、父がウォーターホースと共に事務所に来た彼を可愛がっていたのは知っている。

 結果として、彼らは若い命を落としてしまった。その悔しさは図り知れない。残された彼らの子の辛さも。

 

 更に言えば、忌まわしいことに彼らを殺したのは……マスキュラー。俺の父を殺した(ヴィラン)だ。ここしばらく大人しくなったかと思ったが、最近になってから行動が活発化しているらしい。どうにも嫌な予感がしてならないが、今の俺にはこれ以上被害が広がらないように祈ることしか出来ない……。

 

 閑話休題。ウォーターホースが殉職したのは、もう1ヶ月近く前になる。彼らが優秀で市民達に慕われたヒーローだというのは分かるし、市民を守って死んだという彼らの死に様がヒーローに相応しいものだから素晴らしいと讃えたくなる気持ちも分かる。彼らの勇姿を伝えたいのも分かる。

 

 だが……いくら彼らが慕われているとは言え、これほど長い期間をかけて彼らの死を報道するのは良くないことだと思う。

 

 これを見たら、ウォーターホースのお子さんは心を病んでしまうのではないか。世間を恨むのではないか。

 

 そんなことを考えていると――

 

「ウォーターホースか……。確かにいいヒーロー達だったが……こりゃあんまりだろう。まるで2人が死んで当然みたいな言い方して」

 

「そうだねぇ。ヒーロー達にだって、帰りを待つ家族がいるものね。気持ちは分かるけれど、これを見て良く思わない人だっているだろうねぇ……」

 

 先程の警察官の方とご老人がそんな会話を交わしていた。

 

 お二人は、見事に俺の考えを代弁した。俺とて全く同じことを思う。特によく思わないのは、やはり彼らのお子さんだろうな。死んで当然な命も、素晴らしい死に方もこの世には一切ない。何らかの要因で命を失うことは等しく辛く、最もあってはならないことなのだから。

 

 実際、鬼殺隊では多くの隊士が犠牲になっている。命を賭して戦ったことを褒めはしたが、死んだこと自体を、結果的に命を落としたことを褒めようと思ったことはない。褒めようと思わないどころか……褒めてたまるかという話だ。

 

 俺だって複雑だった。どんなに解っていても、その気持ちは晴れなかった。父は、ランキングで40位から50位以内の功績を残した立派なヒーロー。故に、随分と長い間テレビで父の死を告げるニュースを目にしていたのを覚えている。その様は父の死と命を軽々しく扱っているようだったし、世間の人々は、父が他人を守って死んだのは当然のことだと言っているような気がした。

 精神年齢としては大人だから、悪気がないのは分かっている。だが、履き違えないでほしい。当然のことなのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 勿論、こんな言い方をされたのは母も同じだった。子供を守って死ぬのが当然……?断じて違う。子供を守ることが当然なのであって、死ぬことは当然のことではない。

 

 自分の身内が死んで当然だと言われて平然としていられる訳がない。そのニュースを見る度に、世間に対して微かな怒りすらも覚えた。その怒りの感情は昨日のことのように思い出せる。

 

 晴天の空を灰色の雲が覆い尽くすように、心が(かげ)るのを感じた。この複雑でモヤモヤした気持ちを晴らそうと、側にいるご老人と警察官の方に挨拶をしてから足早に去ろうとしたその時だった。

 

「お坊ちゃん、これを持っておゆき」

 

 ご老人が俺の手に何かを握らせる。その手の中にあったのは、橙色の飴玉だった。

 ……蜜柑味だろうか?そんなことを思いながら、手に乗った袋入りの飴玉をじっと見つめる。

 

「どこかで見たことがあると思ったら……勇斗君のところのお坊ちゃんだったんだねぇ」

 

 しみじみとした言い方に顔をあげれば、彼女は春の木漏れ日のような優しさに満ち溢れた笑みを浮かべていた。

 

「勇斗君には沢山救けてもらったよ。私が若い頃から、何度も何度も。未だに忘れやしないさ、あの子が手伝ってくれたことの数々を。あの子が亡くなったって聞いた時は本当に悲しかったよ……」

 

「……」

 

 潤んだ瞳から一滴の涙が零れ落ちる。単に父が死んだことを褒め讃えるかのような言動を取り続ける人とは全く違う。彼女は優しさに溢れた人なのだと、そう思った。

 

「お父さんが死んで当然のような言い方をされて……辛かったろう?でも、負けちゃ駄目だよ。お坊ちゃんは、これからも強く生きるんだよ。お父さんの分までね」

 

「ありがとうございます」

 

 複雑さに満ちた気持ちが少しずつ晴れていくのを感じた。これも彼女の笑顔のおかげなのか、父の死を悲しんでくれたからか。どちらかなのか、それとも両方なのかは定かではないが、晴れやかな気持ちが戻ってきたことだけは確かだった。

 

 彼女の優しい笑顔に釣られ、俺も顔が綻んで微笑みを返す。そして、お二人に挨拶をしてから、己の足で走って真っ直ぐ家に帰った。

 走る中で吹き抜ける風は……真夏の日差しとは反対に、何とも心地よかった。

 

 

 

 

 

 

「お帰り、義勇」

 

「ただいま、姉さん」

 

「外は暑かったでしょう?」

 

「うん。でも、外は清々しいくらいに晴れてたよ。雲一つない」

 

 家に着くと、半袖の白いトップスと水色のデニムに身を包んだ姉さんが出迎えてくれた。今日はスイカ日和だなんて会話を交わしながら、ふと下を見た時に気が付いた。靴の置き場に、姉さんの履くそれ以外の物があったんだ。女性らしさに溢れる、踵の靴底が厚めの靴と、俺の履くスニーカーよりも一回り二回り……もしくはそれ以上に小さい、幼児の物と思われる靴。

 

 お客さんが来ているのか?と思ったその瞬間だった。

 

「久しぶりだね、義勇君。ちょっとお邪魔してるよ」

 

「マンダレイ……!?どうしてこちらに?」

 

 明るく親しみのある声が聞こえて顔をあげると、岩井茶色のノースリーブのトップスに藍色のタイトスカートに身を包む、私服姿のマンダレイの姿があった。その着こなしはスラリとしていてシルエットが美しい。

 

 マンダレイは、災害救助などを得意とする代表的なヒーローチーム、ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツの司令塔にあたる存在で、れっきとしたプロヒーローだ。彼女もまた父や母の葬式に来てくださった方の1人。――この際言ってしまうが、ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツの面々は全員が来てくださっていた――

 

()()()()()()()()()()()()()()()、君にお願いしたいことがあってね。君が帰ってくるまで待たせてもらってたんだ」

 

 俺の様子が変わりないことに安心したのか、頬を緩ませ、微笑みながら彼女は言う。

 

 因みにだが、俺も蔦子姉さんもそれぞれが通う学校の夏休みの最中にある。姉さんは夏休み中に国から許可を得て、アルバイトとして各地のヒーロー事務所で事務処理を行っている。勿論、生活費を稼ぐ為だ。オールマイトが生活支援として莫大な大金を送ってくれたとは言え、それに頼り切るのも申し訳ないと考えたとのこと。

 マンダレイが姉さんを「借りていく」と言ったのはそういうことだ。いつでも出かけられるように準備を終えた後なのだろう。

 

「お願い……ですか?」

 

 首を傾げながら尋ねると、玄関に通じる廊下の端でマンダレイに隠れるように立っているツンツンとした黒髪と鋭い目付きが特徴的な少年が目に入った。角が生えている、独特なデザインの赤い帽子の下から覗く目は、強い憎しみに満ちていた。

 

 見た目からして、彼は5歳にも満たないと思われる。それでも、目に満ちている憎しみは勘違いでも何でもない。その事実に戸惑いながらも尋ねた。

 

「マンダレイ。その子は……?」

 

「あら、洸汰。いつの間にそこにいたの?この子は私の従甥(じゅうせい)。名前は、出水洸汰って言うの」

 

「従甥……。甥っ子ですか」

 

「うん、そういうこと」

 

 マンダレイは少年――洸汰の隣にしゃがみ、彼の両肩に手を添えながら続ける。

 

「この子の親、私の従兄妹なんだけどさ……殉職しちゃったんだ。1ヶ月くらい前って言えば察してくれるかな……?」

 

 俺はハッとする。宇宙を突き進む一筋の光のように、確信した事実が脳裏を過った。

 

 俺が察したのを理解したのか、マンダレイは何も言わずに微笑むと再び話を切り出す。

 

「私もこれから事務所で仕事あるし、少なくとも夕方くらいまで家を空けなきゃいけないからね。洸汰は1人でいいって言い張ってるけど、親代わりの私からしたらやっぱり心配なんだよ。だから、洸汰のこと見てあげてほしいんだ」

 

「そういうことなら、喜んで」

 

 俺が迷いなく承ったことに、マンダレイは安心したような笑顔になりながら「ありがとう」と言った。

 

 そして――

 

「凪さんの息子の義勇君になら、ほんの少しだけでも心を開いてくれるかもしれないし。卑怯なことしてるだろうけど……許してね」

 

 俺の耳元で囁くと「仕事が終わり次第戻ってくるから」と言い残し、姉さんと共に出かけてしまった。

 

「マンダレイ……」

 

 俺もまた両親を失った身。そんな俺と話を交わして、ほんの少しでも洸汰の心を開けるきっかけになるのなら……快く引き受けようと思う。

 

「俺は冨岡義勇。『鎮静ヒーロー・凪』の息子だ。よろしくな、洸汰」

 

 一先ずは距離を縮められればと思い、俺は洸汰と同じ目線にまでしゃがんで手を差し出したが……微かに目を見開いた後、手をはたいて振り払われてしまった。

 

 こういった子供の対応はあまりしたことがない。同年代なら多少あるんだが……。何にせよ、根気強く見守るしかなさそうだな。

 

 俺は鉢巻を締めるかのような思いで、そそくさとリビングに向かった洸汰を追うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(パパ……ママ……。どうして僕を置いていったの……?)

 

 両親の死を知った洸汰に芽生えた気持ちは、彼らに置いていかれ、孤独になってしまったことによる悲しみであった。どれだけ掻き分けようとも晴れることのない闇を思わせる膨大な悲しみだった。

 

 幼い子供にとっては、親こそが世界の全て。そんな両親が(ヴィラン)から市民を守って死んでしまったのだ。悲しくない訳がない。それなのに……世間は、彼らの死をいいことだ、素晴らしいことだと褒め称え続けた。

 

 死んでしまえばそこで終わりなのに。それなのに、何故世間は市民を守って死んでしまったことを褒め称えるのか。幼い洸汰には理解不能だった。

 

 両親の死を告げるニュースを見る度に止めどなく涙が流れる。(ヴィラン)の顔が何度もテレビに映し出され、今ではもはや何も見なくとも似顔絵が描けてしまう。そんな中で彼の心は(すさ)み、涙は枯れてしまった。もうそのニュースを見たところで自分は泣けないだろう。幼いながらも、彼は察していた。

 

 そのうち、洸汰は''個性''を振るって好き勝手に暴れる(ヴィラン)という存在を、''個性''を持ったことで脅威と対峙して危険を冒すヒーローを、そんな状況を作り出した''個性''そのものを、超人社会そのものを憎むようになった。昔は、人を救ける両親の姿に憧れたこともあった。だが、今の彼は……ヒーローが、''個性''が嫌いだ。両親以外で自分を可愛がってくれた人物の1人である凪も、''個性''を持った故に危険と対峙して命を落とした。

 

 身近な人が(ヴィラン)の手によって殺される。彼が大切に思う人が殺されていく。そんな状況で憎むなというのも無理な話だろう。

 

(……またやってる。なんなんだよ、どいつもこいつも。パパとママが死んで良かったって言いやがって。いい訳ないだろ!)

 

 リビングに戻ると、テレビで両親――ウォーターホースの死を嘆くようにニュースが報道されていた。もう何度このニュースを見たことだろう。数えるのすら煩わしい。悲しみよりも、両親の死を褒め称える社会と両親を殺した(ヴィラン)に対して怒りが湧いてきた。

 

(どうせ……どうせ同じだ。こいつも同じようにパパとママが死んだことを――)

 

 怒りを堪えるように歯を食いしばりながら、洸汰は、リビングのドアを開けたままテレビの画面を見て硬直する義勇を睨みつける。鋭く、嫌悪に満ちた瞳で。

 

 親があの「鎮静ヒーロー・凪」であろうが関係ない。どうせ、赤の他人の死に対しては何とも思わないんだ。そう考え、もはや何も期待していなかった。

 

 しかし、義勇は違った。ニュースの流れるテレビをしばらく見た後、悲しげな顔になってテレビの電源を切ったのだ。

 

「え……?」

 

 予想だにしなかった彼の行動に洸汰は唖然として、目を点にして義勇を見た。

 

 その視線に気がついた義勇は、どこか悲しげでありつつも優しい笑みを浮かべ、洸汰を撫でる。

 

「両親が死んで当然だというような言い方をされるのは悲しいだろう。怒りが湧いてくるだろう。……分かるよ、俺もだった」

 

「義勇、兄ちゃん……も?」

 

「ああ。親が死ぬのが当然なんてこと、あってたまるか。俺も、洸汰のお父さんとお母さんがヒーローとして市民を守ったことは素晴らしいと思う。だが……死んだこと、それ自体が素晴らしいとは思わない」

 

 「人々は、決してウォーターホースに死んでほしかったという訳じゃないだろうけどな」と付け加え、頭を優しくポンポンと叩くと立ち上がった。

 

 自分の頭を優しく叩いたその手の温もりと背中に、洸汰は散々自分を可愛がってくれた凪を重ねた。

 

 そして。

 

(この人は……皆と違う。パパとママが死んだことを褒めないで悲しんでくれる……)

 

 1人、心の中でそう確信して深く帽子を被り、そっと枯れたはずの涙を流していた……。

 

 

 

 

 

 

 それ以降、マンダレイは義勇の予定が空いている日と仕事が被った日には、洸汰を彼の家に定期的に預けるようになった。もしかすると、彼女も洸汰が義勇に対して心を開き始めているのを察したのかもしれない。

 

 自然と義勇との距離も縮まり、彼と話をする場合にはぎこちなさがだいぶ減ってきた。訪れる日が増えた分、洸汰の他人との関わりも増えていく。

 

 何故なら……。

 

「洸汰君!来てたんだ。いらっしゃい!って、ここ私の家じゃないけど!」

 

「こんにちは、洸汰さん」

 

「こんにちは、洸汰君」

 

 夏休みを利用しての特訓及び勉強会の為に家の近い葉隠は勿論、普段は他県に住む八百万と緑谷も定期的に義勇の家を訪れるようになったからだ。

 

 小学生さながらの様子で無邪気に笑いながら洸汰を歓迎する葉隠に、年相応なお兄さんお姉さんらしさに溢れた微笑みを浮かべて挨拶をする緑谷と八百万。

 

 対する洸汰は……義勇に対してと同じように心を開きつつある、葉隠にだけ軽く頭を下げた。そして、八百万と緑谷には目をくれず、未開の地を求めて草むらをかき分けつつ進む探検家のようにズカズカとリビングの方に向かってしまった。

 

「や、やはり……私、嫌われているのでしょうか……?」

 

「……すまん。だが、八百万には誰かに嫌われるような要素は見られないと思う」

 

「だ、大丈夫だよ、八百万さん。ほら、もしかしたら人見知りなのかもしれないし」

 

「そうそう。それか、ヤオモモの可愛さにびっくりして緊張しちゃってるんだよ!」

 

 洸汰にそっぽを向かれる度、可愛い猫を撫でようかと思っていたら威嚇されてしまった時のように、沈んで肩を落とす八百万を事情を知っている3人で慰めるというのも彼らにとっては見慣れた光景である。

 

 因みに。根っからのヒーロー気質である緑谷は、洸汰が自分達を毛嫌いする理由が気になって義勇にそれを尋ねたことがある。ヒーローオタクでもある故か、殉職した彼の両親のことも察してしまったようだ。

 葉隠もまた、自然な流れで洸汰の事情を聞いた。その中で彼女は彼の抱えた感情に共感して、彼の両親の死を共に悲しんだ。それをきっかけに洸汰は心を開いたようである。

 

「緑谷?」

 

「……」

 

「自分に何か言ってやれることはないのか……ってところか?」

 

 八百万と葉隠が靴を脱いで家に上がってもなお、洸汰の向かった方を苦虫を噛み潰したような顔で見る緑谷。義勇は、その肩に手を置きながら尋ねる。未だ数ヶ月の付き合いでしかないが、義勇は彼がどういった人間なのかを既に理解していた。

 

 緑谷は頷きながら、ぽつりと口にする。

 

「"個性"に対して、そりゃ色んな考え方があるだろうけど……あそこまで否定してたら、一番辛くなるのは洸汰君自身なんじゃないかなって」

 

 緑谷から見ても、洸汰は"個性"を憎んでいることは察せた。勿論、彼は"個性"に対する考えが様々であることを理解している。

 

 だが、"個性"を持たずして生まれた彼だからこそ。持つべきものを持たずして生まれ、()()()()無個性故に苛まれ、馬鹿にされた辛い日々を過ごした彼だからこそ、これから"個性"が発現するであろう洸汰を案じた。

 "個性"は自分の一部。自分自身と言っても過言ではない。それを否定するのは……自分自身を否定するのと同じことだ。自分を否定しながら生きることほど辛いことなどない。

 

 義勇はなんとかして洸汰を呪縛から解き放てないかと考える緑谷の姿を、頑なに"柱"であることを否定して理由も話そうとしなかった自分に根気強く付き纏って話しかけまくってきた炭治郎と重ねた。

 

 己の身の上故に生まれるであろう、他人への深い思いやり。直向きな姿勢。他人を救う為に想いを貫き通す。やはり、どことなく似ている。そう思った。

 

 義勇は、微笑みつつも言う。

 

「気持ちは分かる。だが……大して知りもしない赤の他人に何か言われたところで、煩わしいだけじゃないか?」

 

「…………それは……うん。だと思う……」

 

 正論を言われ、緑谷は苦笑した。

 

 自分も洸汰のような状況にあったら、何を言われたとしても放っておいてくれの一点張りだろう。無個性であることの苦しみを知らない相手に勝手に憐れまれたら……「何も知らないくせに」と怒るだろう。そう考えながら。心が限界まで疲弊しているのなら、余計にそうなるはずだ。

 

「今の洸汰に何を言っても響かないだろう。心を開いてくれるまで根気強く見守って、向き合ってやるしかない。きっかけが必要なんだ。自分の考えを覆す大きなきっかけが。……今は、そっと見守ってやれ」

 

「……うん」

 

 義勇に言われ、何も出来ない悔しさを堪えながらも頷く。そんな緑谷のもさもさした緑髪をくしゃくしゃと撫でながら義勇は言った。

 

「だが、俺はお前のそういうお節介、嫌いじゃないぞ」

 

 「先に行くぞ」と言い残してリビングへと向かう義勇の背中を見ながら、緑谷は自分の胸の内に暖かいものが満ちたのを感じたのだった。

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