冨岡義勇英雄伝:再編集   作:白華虚

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第十九話 後継者、緑谷出久

 更に季節が巡り、何度目かの春がやってきた。普段の生活が充実しているなら、それだけ時の流れも早く感じるものであり……ここにくるまであっという間だった。

 

 昼下がりの教室に担任の先生の声が響く。

 

「時間が過ぎるのは早いね……。2年前に入学した君達も、もう3年生だ。卒業までは本当にあっという間だからね。後悔のないように、1日1日を大切にしていこう」

 

 柔和な笑顔で言うと、彼は机に置いていたプリントの束を手にして続けた。

 

「中学校を卒業したら、皆はそれぞれ別の道を行くことになる。だからこそ、将来のこと――即ち、進路のことをしっかり考えておかなきゃいけない。君達は3年生になったばかりだが、早速進路希望調査を実施しようと思う。期限は2週間後まで!今考えている範囲で良いから、必ず記入してくれよ。勿論、進路が自分の中で確定してるって人はすぐに提出してくれても構わないからな」

 

 そうだ、俺達が中学校を卒業する段階も近づきつつある。1年なんてあっという間だ。進学するか、就職するかは人それぞれだが……今後の自分の人生なんだ。軽んじて考えることなど出来はしない。

 

 俺の進む場所は既に決まっている。決して揺らぐことはない。自分の進む先を思い浮かべ、強く拳を握った。

 

 

 

 

 

 

 その後はHRを締め括る挨拶をし、解散となった。クラスメートの各々が部活に行ったり、居残りで自主学習をする中、俺もまた一度着席してペンを握る。そして、目の前に置かれた進路希望調査の第一希望の欄に……国立雄英高等学校の名を記入した。志望学科は言うまでもなくヒーロー科だな。

 

「あ、やっぱり義勇君も雄英だよね!同じ!」

 

「透」

 

 記入を終えた瞬間、鈴のような愛嬌のある声が聞こえた。顔を上げれば、目の前に透がいるではないか。……ここ数年で、隠密技術にも磨きがかかったようだ。書き損じがないように進路希望調査の方に集中していた影響もあるだろう。だが、気配が薄く、声をかけられるまで気が付かなかったのには変わりない。まるで忍のそれだ。

 

 忍と言えば……宇髄やその奥方は元気だろうか。仮に俺と同じように転生しているとして、元気にしてくれれば嬉しいのだが。

 

「見えない所にいる人を救ける為には影響力も必要でしょ?だから、トップのヒーロー養成校に行って、名を轟かせておかないとって思って!」

 

 腕を上下にブンブンと振りながら彼女は続ける。ここまで大袈裟に身振り手振りで表現するのも、自分の存在を沢山アピールするという彼女の決意の表れだろうか。

 

「義勇君も無個性の人達の希望になる為に沢山の人に知ってもらわなきゃだもんね〜!それに、目指すのは"本当のヒーロー"だから!」

 

「そうだな」

 

 両手で握り拳を作りながら言っているであろう透に微笑みながら同意する。

 

 雄英高校と言えば、全国トップクラスのヒーロー養成校。誰かにとっての"本当のヒーロー"を目指すのならば、最高峰の舞台でヒーローとしての心構えやそれが何たるかを学ぶのは必須だろう。

 

 受験勉強や特訓も一緒に頑張ろうという話を交わしていると……。

 

「冨岡君に透ちゃん!2人とも雄英のヒーロー科を目指してるって本当!?」

 

「マジで!?マジなのか!?」

 

 教室に残っていたクラスメート達が一斉に駆け寄ってきた。

 

 反応は各々ではあるが、彼らに驚きがあるのは共通。無理もない話だろう。何せ、雄英高校は偏差値79という超難関校なのだから。ヒーロー科に絞って見れば、その偏差値に加えて300倍というとんでもない倍率の中を掻い潜る必要がある。

 少し調べてみたんだが、とある県では全日制の高校の平均倍率が1.04倍だったらしい。

 

 さて。雄英の場合、どうなるかを考えてみよう。雄英のヒーロー科はA組とB組の二クラス。一クラスが20人で、その内の2人ずつは推薦入試で募集する。つまりは、俺達が受ける予定の一般入試では各クラス18人の計36人が募集定員となる訳だ。倍率は受験する人数を募集定員で割ると求められるから、そこから逆算して……300×36。

 受験人数を答えの10800人だと仮定しても、たった36人しか受からない。

 

 5桁もの中学生達が受験しても、たった2桁しか受からないとは……。現実は厳しいな。ヒーローがそれだけ多くの人にとっての憧れであることの裏付けにもなるが。だが……受験に落ちたとしても死にはしない。受験に落ちること自体が良いこととは決して言わないが、鬼殺隊の最終選別より遥かにマシだろう。あちらの場合は、選別に落ちることは死を意味するのだから。

 

「雄英か……!流石は義勇の兄貴と透だ!」

 

 憧れに満ちた目を輝かせ、拳を握る狼牙と何度も頷く爪真に光。3人を目にした俺は尋ねた。

 

「お前達も進路は決まったのか?」

 

「俺が士傑で、爪真と光が傑物です」

 

「あらら〜……別々になっちゃうんだね」

 

 狼牙が「東の雄英」に並び立つ程の難関校である士傑高校へ。そして、爪真と光はヒーロー育成において一定の評価を受ける傑物学園高校へ。進む先が別であることを知ると、透が少し残念そうに言った。

 

 言われてみれば、俺達5人は幼稚園から中学校までずっと一緒だった。目指す先が同じである同士で高め合う俺と透。その側には常に狼牙達がいたものだ。今や彼らはいて当たり前と言っても過言ではない存在になりつつあった。そんな彼らと離れ離れになると思うと、少し寂しさが湧き上がってきた。

 

「そうか……寂しくなるな」

 

 物寂しさを感じたまま俺は微笑み、透も頷く。すると、狼牙が歩み出て、白く鋭い犬歯を見せつけるようにして笑いながら手を差し出した。

 

「義勇の兄貴と離れ離れになったって、俺達は変わらず頑張ります。兄貴から学んだことも思い出も消えないし、絶対忘れません。俺達も兄貴の教えを胸に頑張ります!これは、お互い夢に向かって頑張ろうっていう約束です」

 

「兄貴や透ちゃんが忘れない限り、僕達は2人の心の中にいるよ」

 

「それに。誰かが覚えている限り、人は誰かの心の中で生き続ける。そう教えてくれたのも兄貴だろ」

 

 眩しい笑顔で言う狼牙に続き、光と爪真も手を差し出してくる。

 

 そんな彼らを見た瞬間、成長を実感した。俺が無個性だと初めて知ったあの頃は、無個性の子や(ヴィラン)向けだと言われる''個性''を持つ子を平然といじめていたというのに。人間は変われる。その確かな証拠だろう。

 

「ああ……そうだな。そうだったな」

 

 俺は3人のことを決して忘れない。離れ離れになるのは少し寂しいが、全く会えなくなる訳でもない。何より、俺達がこれまで築いてきたものはそれだけで断ち切れるようなものじゃない。

 

 俺は吹っ切れて微笑み、「頑張れよ」と声を掛けながら3人と固く握手を交わした。

 

「ううっ……!成長したね、3人ともぉぉっ!!あたしゃ嬉しいよ〜!」

 

「おいおい、誰目線だよ」

 

「そういう楽しいノリも変わらないね、透ちゃん。これからも無邪気で真っ直ぐな透ちゃんのままでいてよ」

 

「!善処するよ!」

 

「言い切らないのか。珍しいこともあるもんだ」

 

 母親のように狼牙達の成長を喜んで、抱きつく透とされるがままの彼ら。その微笑ましい光景を俺は他のクラスメート達の激励の声を受けながら、そっと見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 その日の夕方。

 

「ただいま」

 

「あら!お帰りなさい、義勇」

 

 俺は夕暮れに照らされた帰り道を1人で辿った。普段から帰り道が一緒である、透と喧嘩した訳じゃない。というのも、俺は毛糸中学校の()()()()()だ。今は時期が時期で、中学校の体育祭まで残り1ヶ月を切っている。それ故、その運営や企画進行で忙しい時期なんだ。彼女も彼女でやるべきことが沢山ある。待ってくれるのはありがたいが、それに時間を費やさせる訳にもいかず、一足先に帰ってもらった。

 

 自分の部屋に荷物を置いて、私服に着替えてから制服がシワにならないようにハンガーにかける。一連の行動を終わらせてから、窓を開けて空気の入れ替えをしながら俺は考える。

 

 この後はどうしようか……。筋トレをしてもいいだろうし、受験に備えて早速勉強を積み重ねるのもありだ。水の呼吸の型を舞うのは毎日の日課だから必ずやるにしても、夕食や風呂の時間まで結構な余裕がある。他の空いた時間を上手く活用しなくては。

 

 やはり、今日は体づくりの一環として筋トレを――

 

 俺のスマホの着信音が鳴ったのは、そう考えた矢先だった。音に反応して机の上のそれを手に取る。画面に表示された連絡先は……オールマイトこと八木さんだった。

 

「もしもし、冨岡です」

 

『義勇少年。久しぶりだね。ゴホッ、ゴホッ……忙しいところすまない』

 

「いえ……既に帰宅していますので大丈夫です」

 

 こうしてオールマイトと話を交わすのも数年ぶりのことだ。怪我を負ったあの日以来、彼は自分の体に鞭打って今まで以上に人助けに励むようになってしまったから。生活費の支援は引き続き行ってくださっていたようだが、多忙故に話せる機会は前ほどにはない。

 

「……無理をしましたね?」

 

『うぐっ、分かるのかい……?』

 

「貴方が咳をしている時は大抵そうでしょう」

 

 そして、電話の向こうで軽く咳き込む彼を咎めるようにして尋ねれば、図星だったらしい。オールマイトが萎縮して、しょぼんと子供のように肩を落としているのが簡単に想像出来た。

 

 大怪我を負ってもなおヒーロー活動を続ける彼の想いを汲み取り、医師の方々は彼の治療に尽力しているようだが、後遺症だけはどうにも出来なかった。加えて、度重なる治療。それらが災いしてオールマイトは憔悴してしまった。

 

 結果として、今の彼は骸骨のように痩せ細ってしまった。5年前の傷痕が痛々しく残り、肋骨や頬骨が浮き出る。もはや、かつての彼は見る影もない。それでも、自分の怪我を世間に知られる訳にはいかないと全身を強張らせて大きく見せることで、何とか人々のよく知る筋骨隆々でアメコミ風な顔つきをしている姿を保っているようだ。

 

 胃袋は全摘でろくに食事が摂れない。ならば、当然栄養が足りずに痩せる。呼吸器官も半壊しているのだから、日々の生活で酷使すればその反動がくる。彼の咳はそういう訳だ。更に言ってしまえば、興奮すると吐血さえしてしまう。平和の象徴としての使命感から来る彼の行動は……とても痛々しい。

 

 閑話休題。そんな彼がかつての姿を保っていられる時間は――

 

「1日に約3時間……ですか」

 

『ああ……。今回の無茶で、更に時間が縮まった可能性も否定出来ない。だが、今回だけは許してくれ……!プロはいつだって命懸けだと言っておきながら、何もしない()()()()()()()()になるところだったんだ……』

 

「ニセ筋……」

 

 オールマイトの口からニセ筋という言葉が出てくるとは思いもしなかった。ニセ筋――つまりは、大きく逞しく見せているだけの偽りの筋肉。彼にはそう例える一面はないように思うが……。きっと、余程のことがあったのだろう。

 

「……あまり無理はなさらないでくださいね。ナイトアイも心を傷めます」

 

『……!あ、ああ……善処するよ』

 

 こうは仰ったが……どうなることか。それに、ナイトアイとのことは喧嘩別れした故にとても気まずいらしい。オールマイトに釘を刺すのもほどほどにして、本題に突入しよう。

 

「それで……何の御用ですか?」

 

『そうだった!義勇少年に大事な話があって連絡したんだよ。実はね……後継者を見つけたんだ』

 

「っ!?」

 

 後継者のワードに俺は息を呑んだ。単純な彼の後継者という意味だけではない。そこには、恐らく''個性''を引き継ぐ者としての意味も込められている。

 オールマイトの志を引き継ぐ者が見つかった。その嬉しさに反射的に声を張り上げそうになる。しかし、このことは姉さんですら知らないことだ。危険に巻き込みたくない故、知られる訳にはいかない。

 

 興奮を抑え、口元に手を添えながら、俺は尋ねる。

 

「それで、その後継者とは……?」

 

『ああ……!彼はね――』

 

 そこから、オールマイトは感慨深げに語り始めた。その少年は、俺と同じ無個性の少年だと。無個性でありながらも折れずにヒーローを目指しているのだと。思いやりもあって敢えて厳しいことを言ったものの、その意志は決して折れなかったのだと。そして……()()()()()()()(ヴィラン)に捕まった幼馴染を救ける為に、危険を顧みずに真っ先に飛び出したのだと。

 

 勿論、自ら危険に飛び込んでいるのだから、プロヒーローからすればその行動は褒められたものじゃない。叱られるのは当然のことだった。――俺からすれば、''個性''に甘んじていざという時に何も出来ず、民間人に動かせたプロヒーローの方にも問題ありだと思うが――

 だが、彼の行動は1人の人間からすれば素晴らしいものだった。彼の行動がオールマイトを突き動かし、認めさせた。小心者で無個性だった彼だからこそ、自分は突き動かされたのだと彼は語った。

 

 そんな平和の象徴を突き動かす程の眩い輝きを秘めた少年は何者なのだろう?俺は、その少年のことを今すぐにでも知りたくなった。

 

『その少年の名前は緑谷出久って言うんだ。私は緑谷少年って呼ぶことにしてるんだけど――』

 

「み、緑谷っ……!?」

 

 名前を聞いた瞬間、電流のように鋭い衝撃が俺の体を迸った。自分の知り合いが平和の象徴の後継者として選ばれるなど、誰が想像出来るだろうか。本当に人生というのは何が起こるか分からないものだ……。

 

『……あれっ、もしかして知り合い?』

 

「俺の想像している通りの人物なら、ですが……。その少年の髪型って、もさもさの緑髪ですか?」

 

『一部は短く刈り上げてるけど……そうだったね』

 

「その少年は……ヒーローオタクですか?」

 

『…………だと思うよ。マニアックな(ヴィラン)との戦いや事件のことも知ってたし、何より多くのヒーローの戦い方や''個性''、戦闘服(コスチューム)のことを分析したノートを持ち歩いていたからね。勿論、その中には君のお父さんである凪の分析もあったよ』

 

「……成る程。俺の知る緑谷出久だと思います」

 

 知り合いなのかと尋ねたオールマイト。彼に返事を返した後、その少年が同姓同名の他人である可能性も考えて軽く特徴を聞いてみたんだが、あの緑谷で間違いはなさそうだ。

 

 俺達が知り合い同士であることを知ると、オールマイトは嬉しそうに笑った。

 

『HAHAHA!そうかい、知り合いだったのか!それなら話が早い!義勇少年、折り入って頼みがある。君も、彼を立派な後継者に育て上げる為の手伝いをしてくれないだろうか!?』

 

 後継者を見つけたという報告も大事だが、最も重要な話はこれだろう。

 

 俺は、これまで共に鍛錬を積んできた緑谷を思い出す。

 

 彼の目には、常にヒーローへの憧れが宿っていた。いつでも鍛錬に対して熱心且つ真面目に取り組み、無個性の自分でもヒーローになれるのだと信じて止まなかった。そして、俺と一対一で打ち合う時なんかは……彼がオールマイトのことを語る時並みの輝きが満ちていた。

 

 同じ無個性だからこそ、俺は緑谷にとっての憧れなのかもしれない。

 同じ無個性の彼がここまでやれるんだから、自分でもやれる。やらなくちゃ。そんな風に彼奴を焚き付けたのは、間違いなく俺だ。

 

 ならば、その責任は取らねばなるまい。その未来を保証する為にも。断る理由はどこにもない。

 

「……引き受けましょう。やるからには、徹底的に鍛え上げます」

 

『そうか……!やってくれるか!ありがとう、義勇少年!それじゃあ、2日後の早朝に静岡の方にある海浜公園まで来てくれよ。場所とかはメールで送っておくよ』

 

「分かりました。では、失礼します」

 

『ああ、また明後日な』

 

 集合場所まで聞き終えたところで、俺は電話を終えた。電話を終えてもなお、夢のように思う。友が平和の象徴の後継者として選ばれたことが。俺の胸の内に残ったのは、後継者として選ばれた緑谷を誇らしく思う気持ちだった。

 

 そして、その日の夜。俺は、ニュースを通して今日起こった事件のことを知った。

 

「ぎ、義勇。この子……緑谷君じゃない?」

 

「ああ。それに、オールマイトも……」

 

 テレビのニュースを見るに、体がヘドロである(ヴィラン)がオールマイトからの逃走を図る為に''爆破''の''個性''を持つ少年を人質に取り、商店街で暴れ回ったようだった。

 

 現場の状況は、オールマイトが語ったこととほぼ同じ。何も出来ずに消火に専念する者以外は棒立ちのプロヒーロー達。

 

 そんな状況で、黄色いリュックを背負い、通っているであろう中学校の制服を着た緑谷が何かの袋を手にして飛び出した。ヒーロー達の制止の声も気に留めず無我夢中に駆け出した緑谷と、彼に迫るヘドロ(ヴィラン)の腕。

 迫る腕を目にした緑谷は、咄嗟に背負っていたリュックを放り投げてその目を眩ませ……袋の中身をぶち撒けた。その中身は大量の白い粉。その粉を振りかけられたヘドロ(ヴィラン)の体が固まっていった。――中身は凝固剤か何かだったのだろう――その光景に、囚われていた少年も棒立ちのヒーロー達もヘドロ(ヴィラン)も、更には事の顛末を見守っていた野次馬達も目を点にしていた。

 

 そこから、緑谷はすかさず現場にいたヒーローの1人の名を叫ぶ。名を叫ばれたヒーローは、緑谷の意図を察したのかすぐに駆け出し……ヘドロ(ヴィラン)の固まった部分且つ爆破を巻き起こす少年の囚われていた部位をその拳で打ち砕いた。同時に、緑谷が少年を引き()り出して救出成功。緑谷と少年を庇うようにして立つヒーローと人質を奪われた怒りのままに飛びかかるヘドロ(ヴィラン)。その2人の間に割り込んだのは、オールマイトの逞しく筋骨隆々な剛腕だった。

 

 その後。事件は、吐血しながらもヘドロ(ヴィラン)の肉体を、風圧を伴うストレートパンチ1発で吹き飛ばしたオールマイトの手によって解決されたようだ。それはそれとしても、やはり緑谷のことは心配なのだが……。

 

「……心配なんでしょう?緑谷君のこと。連絡してあげたら?」

 

 そんな心情を見抜いたのか、微笑んだ蔦子姉さんが言った。蔦子姉さんには敵わない。

 

「うん……そうするよ」

 

 俺はすぐに部屋に戻り、姉さんの提案通り緑谷に電話をかけた。

 

『もしもし、冨岡君?こんな時間に珍しいね』

 

「緑谷、怪我はなかったか?」

 

『え……?あっ、もしかしてヘドロ(ヴィラン)のニュースを見たの?大丈夫だよ。オールマイトが守ってくれたから』

 

「……そうか……。良かった」

 

 いざ電話をかけてみると、緑谷は変わりなく元気そうだった。その事実に安心し、強張っていた肩の力が抜けて吐息が漏れた。

 

『心配してくれたんだ』

 

 その意外そうな物言いで更に気が抜ける。俺が他人を心配するのがそんなに珍しいだろうか……?友達が友達を心配するのは当然だろうに。

 

「友達が事件に巻き込まれたと聞いて心配しない奴がいると思うか?」

 

『ご、ごめん。確かにそうだね。冨岡君、感情をあまり表に出さないから珍しくて』

 

 俺が微かにムッとしながら言うと、緑谷は苦笑しながらそう返した。

 

「……そんなことはない。笑う時は笑うし、怒る時は怒る」

 

 一安心したところで、俺は別の話を持ちかけることにした。

 

「ところで……緑谷。オールマイトの後継者に選ばれたそうだな」

 

『ふぁっ!?あっ、えっ……!?ど、どうして知ってるの!?』

 

 オールマイトの後継者となった話を持ちかけると、彼はあからさまに動揺した。こんなことあり得ない、何があったんだと言わんばかりに。まあ……俺がオールマイトと知り合いであることを明かしていないからな。動揺するのは無理もないか。

 

 このままほったらかしにしておくと、緑谷が思考の渦から帰ってこなくなる。早いうちに立ち直らせておこう。

 

「落ち着け、緑谷。お前に原因がある訳じゃない。言っていなかったが……オールマイトは俺の親代わりだ。今でも生活費を送って支援してくれている」

 

『へあっ……!?そ、それで……秘密も全部知ってるってこと……?』

 

「ああ」

 

『そ、そうだったんだね……。良かったあ……知らないうちに何かやらかしたのかと思ったよ……』

 

 心底安心したように言った緑谷は、1人電話の向こうで『オールマイトの知り合い……!そんな凄い子に特訓をつけてもらえてたなんて!』と嬉しそうに呟いていた。単に知り合いであるだけで俺は然程凄くもないのにな。こうまで言われると、嬉しいに加えて気恥ずかしい。

 

 今の緑谷は、やる気と未来への希望に満ち溢れている。これからもこの調子を途絶えさせることなく頑張ってほしいものだ。

 

「緑谷。オールマイトを尊敬するお前に対して、歯に衣を着せぬ言い方をするが……彼がヒーローとしていれる時間はそう長くない」

 

『!……うん』

 

 覚悟を決めたように緑谷が肯定する。同時に、彼が息を呑む音が聞こえた気がした。

 

「人々は彼を神のように崇めるが、彼はそんなに完璧な存在じゃない。あくまでも人間だ。当然衰える日はくる。オールマイトの場合は、度重なる無茶のせいで、彼1人に全てを背負わせたせいでその時期が早まった。それだけだ」

 

「柱が崩れた家は基本的に脆くなる。それと同じだ。彼が完全に倒れれば、これまで築き上げてきた平和は呆気なく崩れ去る。それだけは防がなければならない。だからな、緑谷。次は俺達の番だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……頑張ろうな、一緒に」

 

『……!うん!』

 

 力強く答えた緑谷に微笑む。

 

 そうだ。後継者緑谷1人に託すのではない。俺も、共にオールマイトの背負ってきたものを背負える男にならねばならんのだ。

 

「明後日、静岡の方の海浜公園に集まるように言われているだろう?俺もそちらに向かう」

 

『本当!?分かったよ、それじゃ……また明後日。おやすみ、冨岡君』

 

「ああ、おやすみ」

 

 明後日会うことを約束して、夜の挨拶を交わした後で通話を終えた。

 

 鬼が消えた後の世界の月は、常に綺麗に見えていたと思う。だが、今日の月は……いつもよりも更に綺麗に見えた。

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