2日後の早朝。俺達は、オールマイトに指定された海浜公園に予定通り集合していた。
そして、今……。
「うぅぉぉぉおおお!!!」
その砂浜で、緑谷がロープの巻き付いた冷蔵庫を引っ張っているところだ。
気合いを入れる為の猛々しい咆哮。それに伴い、冷蔵庫を渾身の力で引っ張る。すると……聞いて驚け。冷蔵庫がスムーズに砂煙を立てながらズルズルと動いているではないか。恐らく、大きさからして緑谷が引っ張る冷蔵庫は3人家族用くらいのものだ。容量は400Lクラス。このタイプは平均的に90kgの重さがあるらしい。ついでに言えば――
「おおっ!?何て乗り心地の悪い冷蔵庫だ!やるじゃないか、緑谷少年!」
引っ張られる冷蔵庫の上には、ぬいぐるみのように縮こまって体育座り状態のオールマイトが、ちょこんと乗っている。
オールマイトの体重と合わせれば、その重量は300kgを超える。……反復動作恐るべし、だ。因みにだが、緑谷も俺達との鍛錬の中で反復動作を習得した。
ある程度の距離まで冷蔵庫を引っ張ったところで、オールマイトが冷蔵庫の上から、体操選手のようにひねりを加えながら華麗に着地した。
「驚いたぞ、緑谷少年……!見込み以上だ!ここまで動くとは……」
いつもと変わらない笑顔を浮かべながらオールマイトは言ったが……その声色には、感嘆の意が込められていた。
「ぼ、僕も驚きですよ……!オールマイト、体重274kgもあるのに……!反復動作って凄いや……」
「た、体重まで知ってるのかい!?恥ずかしいな〜!まあ、今は痩せちゃったから255kgだけどね。この姿だと」
貴方は乙女か。
体重を知られたことを恥ずかしがるオールマイトに対して心の中でツッコミを加えながら、俺も改めて反復動作がどれだけ凄まじいものなのかを実感していたのだった。
''個性''も無しに冷蔵庫をこれだけ動かせたことを彼が疑問に思わないのは謎だったが……まあ、それは置いておこう。そして、いよいよその時がやってきた。
「これだけ動かせるなら大丈夫そうだが……。緑谷少年、君がどれだけ体を鍛えているのか私自身の目で確かめたい。言い方がアレだけど、脱いでくれるかい?」
「は、はい」
言われるがままに、水色に白いラインの入ったシンプルなジャージの上と下に着た
緑谷の肉体を、オールマイトは数秒間その目で見た。まるで、果物の品質を品定めするかのようにして。その後、白い歯を見せてニッと笑いながら拍手した。
「んんー!Wonderful!初めて会った時、制服の上からも分かったけれど……やはり、体を鍛えていたね!これなら問題なく譲渡が出来そうだ!」
「問題なく……?鍛えてなかったらどうなるんですか?」
俺も引っかかっていた素朴な疑問を、緑谷が控えめに挙手をしながら尋ねる。
すると、オールマイトは変わらぬ笑顔のままで爆弾発言をぶちかます。
「体が耐えきれずに四肢がもげる!」
「四肢が!?」
……想像の100倍以上残酷な真実が明らかになったものだ。俺達は苦笑しながら、「聞かない方が良かったな」と目で会話をした。
そんな俺達を物ともせず、オールマイトは髪の毛を一本引き抜きながら語る。
「緑谷少年、これは私の受け売りだが……生まれ持った力と認められて授かった力とではその本質が違う。肝に銘じておきな、これは君自身が勝ち取った力だ!」
「っ……!」
緑谷が力強く頷く。
確かに生まれつきで呼吸が使えるのと、努力の果てに呼吸を使えるようになったのとでは価値が変わると思う。人によるだろうが、生まれつき力を持ってもなんとも思わない人もいるだろう。対して、努力の果てに手に入れた方は後から感謝や達成感がついて回るはず。
自分なりに馴染み深い事柄に当てはめながら、俺もオールマイトの話を心に刻みつけていた。
''個性''の継承……。どんなことが起きるのだろうか?光の玉が出てきて、緑谷の体に吸い込まれていったり、オールマイトの手から直接光が注ぎ込まれたりするのだろうか……?しかし、髪の毛は一体何に使うんだ……?
「食え」
「へ……?」
「え……」
どうやら、俺の想像は
オールマイト曰く、''個性''の継承には譲渡したい相手に自分のDNAを摂取させる必要があるらしい。髪を食えと言ったのはそれが理由だとのこと。髪を完全に消化してからでないと効果が出ないようで、俺達は時間を潰す為に体を温めるがてら準備運動や組み手を行っていた。約2時間後――
「うわっ!?」
緑谷の腕から稲妻を彷彿とさせる、緑色に輝く火花が飛び散った。
戸惑う俺達に、オールマイトが待ってましたと言わんばかりの様子ですかさず歩み寄ってくる。
「キタキタ!それこそが、''ワン・フォー・オール''だ!」
「おおっ、これが……」
そうは言われても実感が湧かないのか、緑谷は自分の腕をまじまじと見つめていた。
「それじゃあ早速制御のコツを教えるぞ!いいかい、緑谷少年!ドンッ!じゃなく、ジワジワ……だ!そして、ググッと留めろ!」
「へあ……!?」
オールマイトは、両拳を握りながら必死に伝えたが……全く分からない。緑谷は唖然としているし、俺は吹き出しそうになった。
成る程。オールマイトは甘露寺や炭治郎と同じく擬音で全てを掴めてしまう、感覚派の人間のようだ。彼らと違うのは、神に祝福されたと言っても過言ではない天賦の才を持つということか。刀鍛冶の里での戦いを終えた後の柱合会議で、甘露寺が一生懸命に''痣''が発現した時の状況を説明しているのを思い出した。
……甘露寺は元気だろうか?伊黒と幸せにやっているだろうか?
一先ず彼らのことは後回しだ。それなら――
「緑谷、呼吸を思い出せ」
「呼吸を……?」
「そうだ。型を繰り出す時、"全集中の呼吸"を使用して血中に大量の酸素を取り込むだろう?そうじゃなく、深呼吸だ。ゆっくりと少しずつ酸素を取り込むのをイメージしろ」
「!成る程……!そういうことか……ッ!」
どうやら納得出来たらしく、名案が思い付いた発明者のように目を輝かせた緑谷。彼がその体に力を込めると……体中に血管のような赤い光が迸る。そして、その力の高まりに比例し、徐々に飛び散る緑色の火花の数とその激しさが増していった。
「…………今は、ここが限界です」
力んだ状態を解いた緑谷がふうっ、と息を吐くのと同時に緑色の火花が収まる。
どうですか?と目で尋ねる緑谷。オールマイトはゆっくりと頷いた後にサムズアップした。
「受け継いだばかりで25%とは上等だぜ、少年!私は、良くて15%くらいかなぁと思っていたんだが……私の予想を超えてきたとは!」
「25%……。まだまだだ……!」
緑谷は悔しげに拳を握りしめていたが、悔しがる必要はないと思う。何せ、誰も彼もがオールマイトと同じようにやれる訳じゃないのだから。
「適度に焦れ、緑谷。オールマイトに近しくなれても、全く同じようにはなれないんだから」
「そうだぜ。向上心は大事だが、初めから上手くいくことなんてそうそう無いさ!それに、100%の4分の1ってだけで十分だよ。私だって、いつも100%出力で使ってる訳じゃないんだぜ?当たり前のことだけどな」
俺が肩に手を置いてかけた言葉の後の、痩せ細った姿のオールマイトがお茶目にウインクしながら言った言葉で、緑谷はハッとしていた。
当然の話だろう。ストレートパンチ1発で上昇気流を巻き起こし、天候を変えてしまう程のパワーを発揮出来るんだ。そんなパワーを毎回街中や真に賢しい
まさに教師さながらの様子で、オールマイトは普段は30〜40%の出力を保っていること、
「――90や100%は、どこか遠くにひとっ飛びしなきゃいけなかったり、よっぽどヤバい
シャドーボクシングをしながらオールマイトはそう締めくくり、同時に「
「まあ、要するに!緑谷少年の出力ならば、対人戦闘で十分に通用するってことさ。足りない部分は技術でカバーだ!君の場合、''
緑谷の頭をポンポンと優しく叩きながら言った一言に、俺も緑谷も驚愕した。
「ええっ!?わ、分かるんですか!?''全集中の呼吸''って、使ってる人が……それどころか、知ってる人すらごく僅かな技術なのに……!」
緑谷が飛び出そうなくらいに目を見開きながら言うのと同時に、俺も考える。
呼吸音一つで全集中を使っているか否かが分かるとは相当だぞ……?確かに、全集中''常中''を会得している者の呼吸音は他とは明らかに違う。静かで洗練されていると言うか……無駄がない。だが、その原因を''常中''だと確定出来るとなると――
「まさか、オールマイトも''
顎に手を当て、哲学者のように考え込みながら呟く。それが聞こえたのか、緑谷も「どうなんですか!?」と言わんばかりにオールマイトに詰め寄って、彼をじっと見つめていた。
「ふっふっふ……!それは特訓が一段落ついたところで教えてあげようじゃないか!ちょっとしたご褒美があった方がやる気が出るってもんだろう?」
しかし、その答えを知るのは後回しになってしまったようだ。それにしても、上手いこと流されたものだな。これも大人の余裕なのだろうか……。
「さてと、それはそうと……君達をここに連れてきた理由を説明していなかったね。君達には今日から、ここでゴミ掃除をしてもらう!」
「「ゴミ掃除……?」」
俺と緑谷は同時にゴミ掃除という言葉を鸚鵡返しにしながら首を傾げた。
「Yes!私が調べた限りだと、ここの海浜公園……一部の沿岸は、何年もこの有り様らしいね」
オールマイトは、緑谷が引っ張っていた冷蔵庫の耐久力がどれほどのものかを見極めるかのようにそれを叩きながら言った。すると、この辺の地理に詳しい緑谷が答える。
「はい。海流的なアレもあって、元から漂流物が多いんです」
「そこにつけ込んで不法投棄がまかり通っているということか」
「うん……。地元の人もあまり近づかないです」
元から流れ着く物が多い。それ故に生まれた、このくらいは気づかれないという傲りが不法投棄を続出させたのだろう。ヒーローとして、それ以前に1人の人間として、これを放ったままにはしておけない。
「最近の
海浜公園の状況を聞いたオールマイトは、お馴染みの筋骨隆々な姿に変化し、冷蔵庫の上に手を置きながら語る。そして――
「地味だ何だと言われても……っ!そこはぶれちゃあいかんのさ!」
力を込めて、冷蔵庫を真っ平らに押し潰した!その瞬間、一陣の風と共に大量の砂煙が巻き上がり、冷蔵庫の先にあった景色が目に入ってきた。
顔を覗かせる朝日。それに照らされて淡く橙色に輝く海……。ゴミだらけの場所だとは思えない程の美しい水平線だ。
思えば、前世を含めて海を見た経験はそれほど多くない。俺は、その美しさに思わず息を呑んでいた。
「
「肉体の次は、それに相応しい心を……ということですね」
「そうだ。体を鍛えるというのは察していたろうが、これこそが本当の目的なのさ!」
無償で他が為になることを実行する。それこそが''本当のヒーロー''に必要なこと。そう悟った俺は、自分の中に確かな熱意が静かに揺らめいているのを感じた。
「やるぞ、緑谷」
「うん……!僕達で、ここを綺麗にするんだ!」
いよいよ、俺達はヒーローになる為の第一歩を踏み出す。ここから全てが始まるんだ……!やる気を滾らせた目を交わし合い、俺達は早速、目の前に広がるゴミの山へと果敢に挑んだのだった。
★
近所の海浜公園のゴミ掃除から始まった、僕らの特訓。結論から言うと、その第一段階であるゴミ掃除は半年足らずで終わった。
余計なお世話はヒーローの本質ってことで、僕と冨岡君は自分自身の意思でオールマイトに指定された区域以外の場所のゴミも片付けることにした!その甲斐あって、今や、この海浜公園にはゴミ一つない。どこを見回しても、綺麗な海と砂浜が広がっている。
それをやり抜けたことの達成感は、もう言い表しようがない。もし雄英に受かったのなら……これの比じゃない達成感を味わえるんだろうなって、1人想像した。何より、オールマイトに褒めてもらえた上、彼の驚く顔が見られたのが嬉しかった。彼のそんな顔が見られたのに対し、僕と冨岡君はハイタッチを交わして喜び合った。
そして、特訓は早速第二段階に突入。第二段階は、自分の使える術を全て使っての組み手だ。勿論、その中には"個性"も含まれる。未来の平和の象徴たり得るのに相応しい実力を少しでも身につけておく為に。加えて、"ワン・フォー・オール"を上手く制御出来るようにする為に。あわよくば、出力も引き上げられるかもしれないし……!
組み手中は一切の手加減なし。相手は言うまでもなく冨岡君なんだけど……これがとんでもない。剣道場で出会ったあの日、八百万さんが「手加減はしないでくださいまし」と言っていたけれど、剣道場での特訓は彼女の言葉通り手加減していたんだなって分かった。
その速度は、剣道場での特訓とは比べ物にならない。僕は防戦一方。死に物狂いで攻撃を防ぐ日々だ。何せ、呼吸で強化している身体能力の倍率が明らかに違いすぎる……!
勿論、冨岡君が"痣者"なのもそこに影響しているんだと思う。けど、一番の原因は、やっぱり呼吸の精度じゃないかな?
冨岡君の呼吸は本当に乱れがない。それに、型を振るう際に彼の気迫がその名に相応しい光景をはっきりと顕現させている。
僕の場合、自分にぴったりの流派は見つけたんだけれど……まだそれがしっくりきてない。だから、自分に合うように我流に作り変えている段階なんだ。幼馴染の子は、
僕だって、遅れをとる訳にはいかない。冨岡君を目標に頑張らなくちゃ!
「はあっ……はあっ……!」
「よし、一旦休憩を挟もうか!少年達」
「はっ、はいっ……!」
そうやってやる気を出すのはいいけど……現実はそう上手くいかなくて。今日もまた
一回手を叩いてから指示を出したオールマイトに従って休憩を挟み、十分に疲れを取ってから次の組み手へ……。第二段階はこの繰り返し。
肩で息をして、オールマイトの声に返事をするのもやっと。ヘトヘトで亀並みの速度で歩いて、色々荷物を詰め込んだリュックの所に辿り着く。そして、その中からキンキンという程じゃないけれど、よく冷えたペットボトル入りの天然水を取り出し……オアシスを求めて砂漠を彷徨う旅人の気分で口に流し込む。
口から流れ込む水の冷たさが身体中に広がっていくのを感じながら、気が抜けた僕は砂浜に仰向けになって倒れてしまった。
「凄いなあ、冨岡君」
仰向けのままで頭を持ち上げ、冨岡君を見れば……一つ一つの動きを体に染み付かせて、無意識にでも出来るようにしてやると言わんばかりに、ゆっくりと確実に水の呼吸の型を舞っていた。型を放ったのも一度や二度どころじゃないのに、あれだけの体力が残っている。
……ナチュラルに"常中"まで会得して呼吸を使っているけれど、そもそも型を放つのに結構な負担がかかるんだよね、"全集中の呼吸"って。その分、精度次第で下手な増強系を上回る身体能力を引き出せるけれど。
あれだけの体力があったら、どれだけの人を救けられるんだろう……?想像しようとしたけれど、結局、答えは浮かばなかった。
「お疲れさん、緑谷少年!」
「!オールマ……じゃなかった、八木さん」
仰向けで澄み渡る青空を見上げる僕の視界に、逆さまの骸骨みたいに痩せ細った姿のオールマイトこと八木さんの姿が目に入った。――オールマイトの怪我や活動限界のことは僕らだけの秘密。それが周りの人達にバレないように今の姿の彼は、オールマイトの秘書である八木俊典さんとして話を通しているらしい――
出会った当初は、オールマイトの本当の姿に度肝を抜かれたけれど、だいぶ慣れてきた。
「……義勇少年、スパルタだろう」
「ですね……」
白い歯を見せて、ニカッと笑うオールマイトに苦笑しながら返した。
冨岡君がスパルタなのは剣道場での特訓の頃から変わらない。でも、僕がオールマイトの後継者として選ばれてからはその度合いが増したように思う。
「でも――」
僕は体を起こし、胡座をかいた状態になりながら続ける。
「僕は分かってます。これが冨岡君なりの優しさで、期待してるってメッセージなんだって」
そう答えると、オールマイトは何も言わずに微笑んで僕の隣に腰掛けた。
そして、依然、型を舞い続ける冨岡君を見ながら僕に対して尋ねる。
「ところで緑谷少年。君……いつ、義勇少年と知り合ったんだい?私と出会う前から知り合いだったんだろう?」
僕もまた、冨岡君に目線をやりながら答えた。
「中学1年生の時に、彼が長年通い続けてる剣道場で。僕も、その時には全集中"常中"を会得してたんです。それで、刀を使い慣れておこうと思って剣道を習い始めました」
「僕よりも前に冨岡君に特訓をつけてもらっていた、同年代の女の子がいるんですけれど、その子と彼がやっていた秘密の特訓を僕もこっそり見守ってて……」
「成る程、その時に声をかけられたってことか」
「そういうことです。冨岡君、"個性"も無しで大抵の人の気配を確実に感じ取れるみたいだったから気付かれちゃいまして」
笑いながらそう答えた。型を振るう冨岡君の姿を見ていると、ある記憶が色濃く蘇ってくる。それは、今も例外じゃない。ある記憶を思い出しながら、僕は続けた。
「まあ……本当は、
「えっ!?ど、どういうことだい!?」
オールマイトが驚くのも無理はない。だって、僕は訳の分からないことを言ってるんだもの。中学1年生の時に知り合ったって言ったのに、それより以前から冨岡君のことを知ってるって……。一見すれば、支離滅裂だ。
「僕が個人的に、です。冨岡君は……僕に希望を与えてくれたんです。現実を教えてくれたんです。そして、ヒーローへの憧れを激しく燃やしてくれた人。僕の恩人です」
冨岡君を初めて知ったあの日のことを、これまでの歩みを思い出しながら、僕は語り始めた……。
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