冨岡義勇英雄伝:再編集   作:白華虚

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第二十二話 悠久に受け継がれし厄払いの神楽

「でやあっ!」

 

「甘い」

 

「あぐっ!?」

 

 緑谷が体全体を使って繰り出した回し蹴りを、身をかがめて(かわ)す。そこから、即座にバク転しつつ、緑谷の顎を蹴り抜いた。

 

 雄英入試まで残り2ヶ月を切っている。今や年の暮れだ。夜の帳が下りる時間は、オールマイトの元で特訓を始めた時よりも遥かに早くなっている。それに、海の方から吹く風も体が凍てつきそうだと思うくらいに冷たくなった。寒さを凌ぐ為に黙々と組み手で体を動かすのは日時茶飯事だ。

 

 そして――

 

「そこまで!」

 

 俺が裏拳を叩き込もうとした瞬間に、組み手の時間が終わりを告げたのだった。

 

 オールマイトの声で俺達はピタリと動きを止め、緊張状態を解いた。

 

「お疲れ」

 

「ありがとう、冨岡君」

 

 俺が汗を拭く為のタオルを放り投げ、緑谷が疲れの滲んだ笑みを浮かべて受け取る。

 

 冬の寒さで体を冷やして風邪をひくことがないように、と汗を拭き取っていく。その最中、額の汗を拭いながら緑谷が言った。

 

「冨岡君、君のアドバイスのおかげで前よりマシになった気がするよ!」

 

「そうだな……動きの柔軟性は出てきた。この調子だ」

 

 手応えありだといった様子で拳を握る緑谷を見ながら、俺はザッと振り返る。

 

 ''ワン・フォー・オール''を譲渡された当初、最初に明らかになった課題は……緑谷の''個性''に対する考え方だった。というのも、緑谷の中での''個性''という概念が、オールマイトへの強い憧れのせいで本来のものから大きく変化してしまっていたのだ。

 

 最初は、''個性''のスイッチをいちいちオンオフで切り替えていた。そりゃあ、''ワン・フォー・オール''が発動型の''個性''に分類されるのだからおかしな話ではないのかもしれない。だが、俺が言いたいのはそうではなく……緑谷は、''()()''()()()()()()()()()()()()()()()()んだ。己の切り札として、絶大な一発を放つ。そういった考え方だったように思う。

 パンチ1発1発が必殺技同然のオールマイトを模範としているのだから、無理もなかったのかもしれない。だが、それ故に動きが固かった。

 

 しかし、''個性''とは、己の体に先天的に与えられた特異体質。だから、本来はそれを己の体の一部として息をすることと同じように自然と扱えるのがベストだということになる。その為に俺が与えたイメージこそが、全集中''常中''だった。

 

 言わば、''常中''も''全集中の呼吸''を使用するスイッチを常にオンにした状態だ。''個性''も同じ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そのイメージが、''常中''を使用出来る本人にもぴったりだったらしく、緑谷は一つの答えに辿り着いた。

 

 その答えこそが――

 

フルカウル、僕が作り上げた自己強化技……!だいぶ体に馴染んできたし、()()()()()3()5()()()()()()()()()()()()()()()!もっと頑張らなきゃ!」

 

 全身に一定の出力の''ワン・フォー・オール''を発動して身体能力を継続的に強化する必殺技、フルカウルだ。

 

 因みに、「カウル」はバイクなどの外装のことで、空気抵抗を考えた流線型のボディカバーで鎧のように車体を覆ったものだ。「フルカウル」は、文字通り車体全てを覆い隠したものらしい。

 ''ワン・フォー・オール''の力を全身に纏うという発想のもと、とても相応しい技名だと思う。

 

 俺も負けていられない。地道な鍛錬を重ね、死ぬ程鍛える。俺達、人間に出来るのはそれだけだ。

 

 その時。オールマイトが俺達の肩を叩いた。振り向くと、白い歯を見せて笑う、痩せ細った状態の彼の姿がある。

 

「少年達、今日は大晦日だね!それに、雄英の入試も近い。ということで、入試の合格祈願を兼ねて……見に行かないかい?()()()()()()()()

 

「「!」」

 

 そう言う彼の手に握られていたのは、ヒノカミ神楽を披露する告知の載ったチラシだった……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜。俺と緑谷は、オールマイトに連れられて雲取山の山頂にある神社に向かっていた。

 今日は大晦日なのもあって特訓は早めに切り上げ、少し余裕があったのでその神社について調べてみたのだが……どうやら、そこでは、竈門家に日の呼吸の型を見せた剣士――つまり、ヒノカミ神楽を伝承していくきっかけを作り出した剣士を祀っているとのことだ。

 

 その剣士は、鬼殺隊の中に''全集中の呼吸''を伝授した者でもある。一説によれば神々の寵愛を一身に受けた者だとか、とんでもない比喩を並べられたんだとか。その才能を理由として、剣術を扱う者や呼吸を扱う者達が訪れているらしい。

 

 雲取山と言えば、前世で炭治郎と禰豆子の出身地だった場所だ。そして、俺と彼らが初めて会った場所でもある。あの日は……しんしんと雪の降り頻る冬真っ只中で、己の吐く息も周囲の銀世界のように真っ白であった頃だったか。俺が居なくなっても、2人は幸せを謳歌出来たのだろうか?是非ともそうであってほしいと思う。

 

 閑話休題。神社に向かっているのは、俺達だけじゃない。透、八百万、それに加え、緑谷と長年の付き合いで幼馴染だと言う爆豪勝己という少年もいる。爆豪にどこか見覚えがあるとは思ったが、どうやら、彼はヘドロ事件で(ヴィラン)に人質として捕らえられていた少年だったようだ。――勿論、オールマイトは痩せ細った方の姿のままで、「オールマイトの秘書である八木俊典」として同行している。だから、バレる心配はない。爆豪に関しては、目線で「全部知ってる」と伝えてくれたが――

 

 俺達は、会話を交わしながら雲取山へと向かう。

 

「ヒノカミ神楽かあ……。確か、始まりの呼吸って言われてる、日の呼吸を舞の形で後世に伝えたものだったっけ」

 

「ええ。鬼の首魁であった鬼舞辻無惨が、鬼達に日の呼吸を知る、若しくは使い手になり得る可能性のある方々を完全に滅するように命を下したことで、日の呼吸は失われてしまいましたが……幸運なことにも、あくまでも神楽舞であったことが功を奏して、彼にも見落とされていたようですわね」

 

「日の呼吸が神楽として残っているからこそ、鬼と渡り合える術があったからこそ、僕達は夜も安心して過ごせるんだよね。命を賭けて鬼を滅した鬼殺隊の人には感謝しなくちゃ」

 

「''全集中の呼吸''、その全ての流派の始祖……。どれだけ凄ェ呼吸なんだろうな?」

 

「俺の先祖が実際にヒノカミ神楽を見たことがあるらしいが、それを舞った者の姿が精霊そのものであるかのように美しかったんだそうだ。そして、数々の戦いと死を見てきた中で擦り減った心が一気に洗われるかのような気分になったらしい」

 

「そっか。義勇君のご先祖様、鬼を滅ぼした代の鬼殺隊の''水柱''だったよね」

 

「''水柱''……!?」

 

「本当だよ、かっちゃん。実際に、冨岡君の家には''水柱ノ書''って書物が残ってるんだ。水の呼吸のことや、鬼のこと……。それに、鬼殺隊だって記されてる」

 

「著者の方は、冨岡さんと全く同じお名前の冨岡義勇さんでしたわね」

 

「なあ、お前さ。生まれ変わりか何かか?」

 

「ふふ、そうかもな」

 

 そんな会話を進めていく中、オールマイトもこんな話をしてくれた。

 

 曰く……昔は、他の流派の呼吸も舞として、代々鬼殺隊の当主を務めてきた家系に奉納していたらしい。だが、''個性''の浸透や呼吸を会得する才能の有無の影響で日に日に奉納される流派が減っていったのだとか。それでも、日の呼吸だけは、ヒノカミ神楽として決して途絶えることなく奉納されているようだ。

 

 鬼や''全集中の呼吸''は、世間の中で以前にもまして薄れつつある。それでも、その存在を決して忘れない人々が少なからずいる。そのことに少しだけ安心した。

 

 ヒノカミ神楽のこととは関係ない話なのだが、爆豪の俺に対する対応が先程からぎこちない。''水柱ノ書''をいつか見せると約束した時には普通の対応だったというのに。そもそも、それ以前は俺が話しかけてもそっぽを向かれてしまったし……。

 

 緑谷は、爆豪を微笑ましそうに見ながら「心配ないよ」と言ってくれたが、不安だ。俺は嫌われているんだろうか……?

 

 そして、その緑谷に関しては、()()()()()()姿()()()()()()()()()()し……。どうしたのだろう?今まではそんなことなかったはずだが。私服も見慣れているはずだし……。いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()か……?

 

 ――まあ、考えていても仕方ない。悪いことではないだろう。

 

 そんなことを思いながら、バスの窓を通して外を見る。外には、どこまでも澄み通る星空が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雲取山を登り、とうとう山頂にある神社へと辿り着いた。

 

 夕日のように真っ赤な鳥居。そこから真っ直ぐに石畳が敷かれ、それを辿るようにして周りに石造りの灯籠が設置されていた。そこに灯された光は、参道を歩く俺達を柔らかく照らしてくれている。そこを進んでいけば、手水舎やおみくじ結び処に願いを書き込んだ絵馬を飾る場所もある。そして、参道を進んだ先にある、赤色を基調にした流造(ながれづくり)の拝殿が特徴的だった。

 

 拝殿の前には、無数の篝火が円の形を象るようにして設けられており、そこだけが神様の住む場所であるかのような神聖な雰囲気が満ちていた。

 

 そんな光景を見て息を呑む俺達の耳に……。

 

「「こんばんは!」」

 

 元気よく挨拶をする子供の声が届いた。

 

 声のした方を振り向けば、人見知りもすることなく丁寧にお辞儀をする、幼い少年と少女の姿がある。

 

 幼い頃からここまでしっかりと挨拶出来るとは。将来は安泰だ。

 

 そんなことを考えながら、顔を上げた2人を見て……はっとした。

 

 前髪を掻き上げたようにして額を露わにした、赤の入り混じった短髪。山から顔を覗かせる朝日を思わせる、赤の入り混じった黒い瞳。更に、額の左側にある炎のような形の''痣''……。片方の少年は、こんな外見的特徴を持っていた。

 

 そして、もう1人の少女は、その少年にそっくりな瞳を持っていた。腰の辺りまである長さの黒髪は、周囲の灯籠から溢れる柔らかな髪で艶やかに照り映えている。その顔立ちと、髪に巻きつけた桃色の髪紐がなんとも可愛らしい。

 

 俺が見間違えるはずもなかった。この2人は――

 

「炭治郎君も禰豆子ちゃんも()()()()!また大きくなったね〜!」

 

「葉隠さん、お久しぶりです。それに、八百万さんと八木さんも」

 

「はい、お久しぶりですね。炭治郎さん、禰豆子さん。お元気でしたか?」

 

「私もお兄ちゃんも、変わらず元気です!それにしても……八木さんは八木さんで、前より痩せちゃってるじゃないですか。自分の体は大切にしてください!」

 

「ははは……ごめんよ、禰豆子少女」

 

 禰豆子と炭治郎。鬼殺隊の運命を大きく変えた2人。そして、俺が前世で命を賭してでも守りたいと思った存在。彼らに会えた驚きと喜びに浸る中で、炭治郎と禰豆子と共に平然と会話を交わす透、八百万、オールマイトの3人を見て、更なる驚きが降りかかってきた。

 

「知り合いだったのか?」

 

 俺が尋ねると、透が2人の肩に手を添えながら答える。

 

「うん。()()()()()()()()()()()()()()()()()()、もう何年も神楽を見にきてるし!」

 

「私も、お友達の方と共に来たことがありますの。1()()()()()()()()()()()()()()()()()()で、もう1人は私と同じように育ちのいい方でして……」

 

「私は……秘書として、オールマイトに同行することが度々あったからね。彼らとも知り合いなのさ」

 

 透に続き、八百万とオールマイトも言った。

 

 自分の知らない場所で、今世の知り合いと前世の知り合いが繋がっている。縁というものは何とも不思議だ。

 

 そう考えながら、炭治郎と禰豆子にも視線をやる。すると、見事に目が合った。

 

 ……もしかしたら、前世のことは何も覚えていないかもしれない。何から切り出せばいい……?取り敢えず、自己紹介から――

 

「!?」

 

 この後、どうするべきかを考えていた俺だったが……思考は、2人の目からブワッと湧水のように溢れ出した涙を見て中断された。

 

 まずは、2人を泣き止ませなければ。そう決めた矢先。

 

「「義勇さぁぁぁん!!!」」

 

 炭治郎も禰豆子も、同時に飛び込むようにして抱きついてきた。

 

 俺は、即座に2人を受け止めて抱きしめ返す。その行動から全てが伝わってきた。「ずっと会いたかった」と行動で示してくれた。同時に、「義勇さんがいなくて寂しかった」とも。

 

 ひたすらに彼らを抱きしめ続けながら、俺は思う。

 

 道半ばで死ねない。今世こそは、命ある限り2人を見守らなければ……と。

 

「……こんな場面で水を刺す訳にはいかないよね」

 

「おう。あちこち見回りながら、先に行っとくか」

 

「そうだね。今は、再会の時間に浸らせてあげよう」

 

 それから、俺は彼らが泣き止むまで、その小さな体を抱きしめ続けていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 義勇は、炭治郎と禰豆子に手を引かれて、ヒノカミ神楽を観覧する為に設けられた座敷に招かれた。そこまでの参道を進む中で根津とも合流した故、彼も一緒だ。

 

 座敷に腰を下ろして、神楽の披露が始まるまで共にきた緑谷達と雑談を交わすこと数分。――その際に炭治郎と禰豆子との関係性を尋ねられたが、前世の記憶があると正直に言える訳もなく、「2人がもっと小さかった頃に会ったきりだった」と上手い具合に誤魔化した――

 

 義勇の座る座敷。その前にある、より一層豪華な藤の花を誂えた座敷に1人の少年が座った。首元を覆い隠せる程の長さの黒髪。黒い和服と、上にいくに従って鮮やかな紫から赤へと色を変えていく炎のような模様を(あつら)えた羽織。彼の慈悲に満ちた藤色の瞳が、義勇の方を向く。

 

 その顔を見ただけで……義勇は少年の正体を察した。思わず声を上げたくなるも、少年は口元に人差し指を当てる仕草一つでそれを制した。「後でゆっくり話そうか」と言うかのように。

 

 義勇が頷くのを見ると、彼は何も言わずにただ微笑んだ。

 

「……そろそろ始まるようだね」

 

 少年が、酷く懐かしく、心を落ち着けて不思議と高揚感を与える声で言った。

 

 彼の言葉に伴い、ヒノカミ神楽を観覧しにきた者達全員が前を向く。

 

 彼らの目の前に広がる、円形に篝火の立てられた場所の空間。そこに炭治郎そっくりな顔立ちの男性が立った。義勇は、彼こそが炭治郎の父親だろうと察した。

 

 真紅の布を基調とし、轟々と燃え盛る、悪を滅する聖なる炎をあちこちに誂えた狩衣に似た服装に身を包んだ彼は植物のようで、穏やかな雰囲気を纏い、柔らかい笑みを浮かべている。頬骨が浮き出て、痩せ細っている彼がヒノカミ神楽を舞えるとは思えないだろう。少なくとも、彼のヒノカミ神楽を初めて見る者達はそう思った。この山頂で一晩中に渡って十二ある日の呼吸の型を何百、何万回と繰り返す。その負担は図り知れない。

 

 しかし――その憂いはすぐさま吹き飛んだ。

 

 男性が笑みを浮かべたまま一礼し、布の部分に炎と刻まれた顔布を身につけると……七支刀にそっくりな形状の祭具を手にして、日の呼吸の型を舞い始めた。その瞬間、彼の穏やかな雰囲気は神々しく威厳あるものへと変化した。その一挙一動は彼の風貌から想像も出来ないほど力強く、まさしくヒノカミ様そのものだ。

 

 円舞から始まり、碧羅の天、烈日紅鏡、灼骨炎陽、陽火突、日暈の龍・頭舞い、斜陽転身、飛輪陽炎、輝輝恩光、火車、幻日虹、炎舞……。そして、円舞に繋いで輪廻の如く繰り返す。それこそがヒノカミ神楽こと日の呼吸の真髄。炭治郎の父親は、見事にこれを成し遂げた。

 

 どれだけ時間が経とうとも乱れることのない挙動と呼吸に、誰もが息を呑んだ。型を振るうに伴って現れる、悪鬼を滅する陽炎を美しいと思った。

 

 ある者は、憧れ(オールマイト)のように笑顔で困っている人を救け出し、救けて勝つヒーローを目指すのだと強く誓い、ある者は、憧れ(オールマイト)と、あの日見かけた少年のように勝って救けるヒーローを真っ当に目指すのだと誓った。

 またある者は、見えないところにいる人々ですら笑顔にしてしまう真のヒーローを目指し、奪われた両親の分まで幸せに生き抜くのだと、両親の仇を討つのだと強く心に決めた。

 

 そして、義勇は……富や名声には拘らず、他が為に力を振るい続ける、誰かにとっての本当のヒーローを目指すのだと強く誓った。

 

 心の中に込み上げる熱い何かを感じ取ったのは彼らだけではなく、その場にいる全員がそうだった。

 

 神楽が終わる瞬間、丁度朝日が昇ってきた。その朝日は、この世で一番美しい初日の出だと誰もがそう思った……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒノカミ神楽を見終えた義勇達は、神社の拝殿に祈りを捧げた。雄英の合格祈願は勿論のこと、それぞれが持つ願いについても。

 

 義勇は雄英の合格祈願に加え、まずは、姉の蔦子の幸せを願った。それから、亡くなった父と母が安らかに眠れているように、ずっと仲良く居られるようにと。他にも、今世出来た友達の幸せ。前世、共に鬼を滅する為に戦った隊士達の幸せ。前世の親友であった錆兎の幸せ、今世の親友の葉隠の幸せに、宇髄や不死川を始めとした余生で関わりのあった者達の幸せ。この世に生きる全ての人々の幸せ。そして……炭治郎と禰豆子の幸せ、しのぶの幸せを願った。

 

 ほぼ他人の為の願いばかりだが、これでいいと義勇は思っている。元より蔦子が生きてくれているだけでも幸せだと言うのに、これ以上の幸せを願えば、ボロボロと掌から零れ落ちてしまいそうだと、自分の身には余ってしまいそうだと彼はそう思う人間だからだ。

 

 絵馬にも願いを記入した後で帰ろうとしたが……義勇には、まだ用事があった。そのため、オールマイト達には一足先に下山してもらい、自分も後から追う旨を伝えたが……彼らはあっさりと承諾してくれた。

 

 唯一残っている葉隠も、その美しい素顔を晒しながら「遠慮なくお話ししてて」と無邪気な笑顔で言い、少し離れた場所にいる。今は、手持ち無沙汰に神社を訪れた人々の絵馬を見ているところだ。

 

 親友の気遣いに感謝しつつ、義勇は()()()()()()に対して平伏した。前世と全く同じように。

 

「お久しぶりです、お館様。そのご様子だとご壮健のようで……。安心しました」

 

「うん……。顔をお上げ、義勇。会えて嬉しいよ」

 

 対し、少年も前世と変わらぬ微笑みで返した。この少年こそ……鬼を滅ぼした代の鬼殺隊の当主であった産屋敷耀哉、その人だったのだ。

 

 かつての主君に出会えた義勇が嬉しそうだった。だから、炭治郎と禰豆子も自然と嬉しくなり、2人は顔を合わせて笑みを浮かべ合った。

 

 耀哉に促されたこともあって、炭治郎が話し始める。

 

「改めまして……お久しぶりです、義勇さん。すみません、いきなり泣いちゃって……」

 

「義勇さんにこんなにも早く会えたのが嬉しくて」

 

 はにかみながら言う彼らの瞳は……前世と何も変わっていなかった。

 

「気にするな。2人が俺に会えて嬉しかったと、ずっと会いたかったと泣いてくれたのは嬉しかったから。ありがとう、待っていてくれて。それと、寂しい思いをさせてごめん」

 

 再び、炭治郎と禰豆子を抱きしめる。幼い子供の体温は一般的に高いものだが、その温かさが義勇に太陽の光に包まれているかのような心地よさを齎した。

 

 禰豆子が義勇の腕の中で子猫のように擦り寄りながら尋ねる。

 

「義勇さんはヒーローになるんですか?」

 

 彼女の問いに、義勇は美しい朝焼けの空を眺めながら答えた。

 

「ああ、誰かにとっての本当のヒーローだ。お金や名声の為じゃない。誰かを救ける為、誰かの笑顔の為に動く。そんなヒーローだ」

 

 義勇の瞳が大いなる未来の希望を、平和を見据えたかのように輝いている。彼の腕の中にいる禰豆子と炭治郎はそんな風に思った。そして、彼ならば宣言通りにやってくれると確信していた。

 

「義勇さんなら……絶対になれます!俺も禰豆子も応援してます!」

 

 義勇の閉ざした心をこじ開けたあの時のように、炭治郎が瞳を輝かせて言う。禰豆子も同じように瞳を輝かせながら何度も頷いている。再び背中を押してくれたかつての弟弟子とその妹が、義勇にはとても頼もしく思えた。

 

「ああ、ありがとう。炭治郎、禰豆子」

 

 顔を綻ばせた義勇は、前世してやれなかった分まで2人を優しく撫でた。

 

「炭治郎ー!禰豆子ー!片付け、手伝ってくれるー?」

 

「!分かった!任せて!」

 

「義勇さん、また後で」

 

「ああ」

 

 母親に呼ばれて駆け出し、率先して会場の片付けを手伝う炭治郎と禰豆子を微笑ましく見守りながら、耀哉と義勇は話をかわす。

 

「その様子だと、義勇も全部覚えているのかな?私とお揃いだね」

 

「仰る通り、全て覚えています。その分、幼い頃はとても苦労しましたが……。子供らしい振る舞いをしなくてはいけなかったので」

 

 そう答える義勇を見ながら、耀哉はくすくすと笑って、「私はそこも楽しんじゃったよ」と茶目っ気溢れる様子で答えた。これが本来のお館様……鬼殺隊の当主ではない、()()()()()()耀()()なのだと義勇は認識する。彼も今世の幸せを謳歌しているのだろうと思えた。

 

 耀哉が微笑みを浮かべながら尋ねた。

 

「義勇、今の生活は……幸せなのかい?」

 

「両親は亡くしましたが……幸せです。多くの友達もいますし、昔は守れなかった姉も生きていますから」

 

「……そうかい、安心したよ。今世は命ある限り、精一杯生きて幸せを味わわなくちゃね」

 

 数秒考えてからそう答えた義勇を見て、一瞬悲しげな顔になるも再び微笑みながら耀哉は答えたのだった。

 

 その後、耀哉は半年もしないうちに再会することになりそうだと言い、義勇が雄英に合格することを強く願いながら、炭治郎達と共に山の麓へ降りていく彼を見送った。その背中が見えなくなるまで、ずっと。

 

 別れ際に義勇が言った言葉を思い出す。

 

「お館様。透のこと、ありがとうございました。そして、これからもよろしくお願いします」

 

 自分達と共にこの場に残っていた葉隠の様子から、全てを察したのだろう。この時は、頷くだけであったが――

 

「任せておくれ、義勇。何が何でも、透からこれ以上の幸せは奪わせないからね」

 

 義勇の背中が見えなくなった今、強い決意に満ちた微笑みでそう答えた。

 

 そんな耀哉に、タイミングを見計らってやってきた葉隠が声をかけた。

 

「ゆっくりお話ししてても良かったのに」

 

 血は繋がっていないが、産屋敷家で引き取ったあの日――卑劣な男によって、葉隠が両親を奪われた日。その日から、耀哉にとって彼女は妹同然かつ、娘同然の存在となっている。

 

 笑みを浮かべながら言った彼女を優しく撫で、微笑みつつ耀哉は答えた。

 

「いいんだ。義勇とは半年もしないうちにまた会えるから。()()()()()()()()()()()。雄英にだって必ず受かるとも。勿論、透だってね」

 

「わあっ、お兄ちゃんの勘なら間違いないね!」

 

 頬を緩ませ、葉隠はにへらと笑う。続けて、後ろにやってきた気配に対して尋ねた。

 

「お二人も……良かったんですか?折角会えたのに」

 

「いいんだよ、()()()()()()()()()()()()()

 

「うむ……。必ずや、冨岡は私達と同じ場所まで辿り着く。己に眠っていた才能を血反吐を吐く程の鍛錬の末に目覚めさせた。彼の先祖はそういう男だった。彼もまた、同じ血筋を引いているはずだ。彼が今以上に光り輝いたその時……また会えるであろう」

 

 そう声を上げたのは、2人の男達だった。

 

 前者は2mに差し迫る身長であり、自身の身に付けている、薄灰色でフード付きのパーカーから素顔を露わにした。下ろした銀髪は、ボブカットの髪型をした女性と同じくらいの長さがあり、一つに結えてしまいそうだ。そして、それは、朝日が照り映えていることでギラギラと輝いていた。その額に取り付けた輝石をあしらった額当てに、左目に施された弾け飛ぶ火花のようなパンクファッション風の化粧、両耳の金色のピアスは、彼の印象を「派手」の一言で表せるファッションである。更に言えば、その顔はあらゆる女性を惹きつけてしまいそうな程の色男のそれだ。

 

 後者は、2m越えの身長と灰色のスタンドコートを始めとした冬物の私服の上からでもはっきりと分かる程の鍛え抜かれた肉体を持ち合わせていた。ツーブロックで後頭部と側頭部の一部を刈り上げ、額には一直線の傷痕が水平に残っている。瞳には瞳孔がなく、白眼であった。盲目なのだろうか。身長や体格、どこか威厳を発したその雰囲気は、彼を屈強な仁王像のように錯覚させる。

 

 彼らの言葉から、葉隠は彼らの義勇に対する揺るぎない信頼を感じ取った。

 

「信頼してるんですね、凄く」

 

「たりめェよ!冨岡の奴が、そこいらの地味な奴に負ける道理なんざねえからな!」

 

 白い歯を見せつけ、ニカッと笑った銀髪の少年が言う。

 

 義勇は、間違いなく彼の信頼を勝ち取っている。

 

 自分が心の底から信頼出来る相手は未だ少ない。だが、せめて他人からの信頼を勝ち取れるヒーロー……それ以前にそういう人間でありたい。

 

 その為には、やはり雄英の入試に受かることは免れない。

 

「よーし……私も頑張るぞぉぉぉ!」

 

 将来を見据え、腕を掲げて握り拳を作りながら、葉隠は一層やる気を漲らせたのであった。

 

 雄英入試まで――残り1ヶ月と25日。

冨岡義勇英雄伝:再編集をこれからどうしてほしいですか?

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