冨岡義勇英雄伝:再編集   作:白華虚

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第二十四話 全て伏せる

 流麗なる水流と化し、義勇が都会同然の試験会場で刃を振るう。ビルの頂上から頂上へと己の足で跳んで移動し、本来の都市なら車が通るはずの場所である道路をそれを遥かに超えた……並の人間の目では決して認識出来ない速度で駆ける。

 

 仮想(ヴィラン)が群れになって襲いかかれば、彼の流麗な剣技で瞬く間に叩き斬られる。文字通りに全てが薙ぎ払われて、彼の周囲は凪と化す。

 

 何にせよ、義勇には前世から培ってきた判断の早さがあった。それ故に、何をしようとも躊躇いや戸惑いがなく、動きが止まらない。

 

 その結果……。台風が如き勢いで進撃する彼の後ろに広がるのは、かつては仮想(ヴィラン)だった残骸ばかりとなるのであった。既に残骸と化した仮想(ヴィラン)を見た受験生の多くが戦意喪失したのは言うまでもないだろう。

 雄英高校ヒーロー科。その狭き門を通れるのは、この残骸を前にしてもなお、諦めずに次なるターゲットを探そうと会場を奔走する者達だけだ。

 

 順調に木刀で向かい来る仮想(ヴィラン)を叩き斬っていた義勇であったが、また新たな一体を破壊した瞬間に思い立った。

 

(……この仮想(ヴィラン)、何体用意されているんだ?)

 

 当たり前と言えば当たり前なのだが、仮想(ヴィラン)が用意された数、及びその居場所は受験生側に全く明かされていない。

 

 仮想(ヴィラン)の数。その上限が不明である以上、ある懸念が浮かぶ。それは……このままでは、自分1人で用意された仮想(ヴィラン)を全て破壊してしまうのではないかということ。

 

(それは非常にまずい)

 

 この会場で、自分1人だけが合格して他の受験生達は全員アウト。それだけは本当に洒落にならない話だ。この日の為に誰しもが必死で努力を積んできたはず。その努力が、自分のせいで水の泡になるのは申し訳ない上に、後に自分自身を許せなくなりそうだ。

 

 そう考えた義勇の行動は早かった。

 

(よし……。()()()()()()()()()()()()()()()()()だ)

 

 ここは雄英。ヒーロー養成校の最高峰。それなら、ヒーローの本質を理解しているかを……常に、救けることを頭に置いたままで動けるのかどうかを見られているはず。少なくとも同年代の少年少女達より思考力の優れる義勇は、そこまで推測していた。

 

 その推測の元、義勇は再び会場中を駆け回る。同年代から言わせれば、無尽蔵だと言っても過言ではない体力を以って動き続けた。

 

 困っている誰かを、試練に打ちのめされようとしているであろう誰かを救けたい。力になりたい。そんな思いが義勇の足を更に動かせ、速度を加速させる。

 

 前世でこそ、多少なりとも姉や親友であった錆兎の仇を討つ為に鬼を滅していた節はあったかもしれない。

 だが、常にその根底にあったのは、鬼に対して何も出来ない、か弱き人々を守りたいという思い。その為に容赦なく相手を殺すか、制圧に留めるかという違いはあれど、やることは前世と大して変わりなかった。

 

 ある時は、体を鋼鉄に変化させられる正義感の強い少年を救けた。またある時は、自分よりも頭一つ背が高く、鍛え抜いた体躯と腕の付け根から伸びた2対の触腕を持つ少年を救けた。またまたある時は、伸縮自在の影のモンスターを使役する、烏の頭部をした少年を救けた。明確に顔を合わせて数言ほど会話を交わしたのは彼らのみであるが、それ以外の受験生のことも全員救けた。――ただし、加速したままで仮想(ヴィラン)の腕を叩ききるなり、攻撃を凪ぐなりしていた為、自分が救けた側の受験生からは全く存在を認識されていなかったのだが――他にも、怪我をした受験生の応急処置を引き受けた。

 

 会話を交わすのは最低限で、無事を確認したら激励の言葉をかけてからクールに去る。その背中がまさしくヒーローそのものだと……姿を認識した状態で救けられた受験生達は、全員が彼の姿を目に焼き付けたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()・壱ノ型……不知火ッ!」

 

 少女が、刀で袈裟斬りを繰り出すのと同じ軌道で手刀を振り下ろす。

 

 彼女の炎のような力強く猛き踏み込みは、果てしない宵闇の中に広がる、深夜の波一つない穏やかな海。そこに、数千個もの篝火が一直線に並んで一つ一つ火が灯っていき……それが線を紡ぎ、紅き閃光となるという何とも神秘的な光景を幻視させるものだ。これは、彼女が自身の扱う流派の呼吸を使いこなせている証である。

 

 彼女の手刀が気迫を纏い、炎のエフェクトを発しながら1Pの仮想(ヴィラン)を切り裂いた。

 

 その少女の髪色はオレンジで、髪型はサイドテール。青緑色の瞳には、こんなところで負けてたまるかという凛然たる意志が宿っていた。言うまでもない。彼女の名は――拳藤一佳。

 

 刀の才はない故、己の中で最も自信のある「拳」で振るえるように改良した炎の呼吸を扱う彼女は……。

 

「ヤバいな、やらかした……!完全に囲まれてる!」

 

 10体近くもの仮想(ヴィラン)に囲まれてしまっていた。

 

 自分の周囲は敵ばかり。しかも、味方はいない。これこそ四面楚歌。自軍が籠っている城の四方から故郷の歌が聞こえてきた瞬間の項羽も、こんな風に焦燥に駆られたのだろうか。

 

 絶体絶命とまではいかないが、十分にピンチの状況だと言える。

 それでも、ここで諦める訳にはいかない。雄英に受かることで、年下でありながらも頼れる彼氏であり、師としての役目も果たして自分をここまで高めてくれた少年に恩を返したい。それが拳藤の望みだった。

 

 常に溌溂としていて、立ち振る舞い一つ一つがオールマイトを思わせる彼の言葉を思い出す。

 

『一佳、心を燃やせ』

 

 いつだって、彼の贈ってくれた言葉は勇気をくれる。熱く心を燃やす。それこそが炎の呼吸の技を高めるのに重要なことであり、基本。

 

(心を……燃やせ……!私だってヒーローになる!弱い人達を守って、救けるヒーローにッ!)

 

 拳藤の心が更に燃える。ヒーローでないながらも、その精神性や戦闘力で既にそこいらのプロヒーローから逸脱している彼のような強き人になる為に。

 

 地面を強く踏み込み、肉迫。懐に潜り込んで狙いを定めたのは……胴体から生えた4本足を持ち、生物なら尻尾に当たるであろう部位を鋼鉄の鞭の如く振るう2Pの仮想(ヴィラン)

 

「炎の呼吸・弐ノ型、昇り炎天!」

 

 弧を描くように振るった腕で繰り出したアッパーカット。それは、夏空に天高く立ち昇り、頂天で太陽の光を受けて眩く煌めく猛炎のようだ。

 

 2Pの頭が打ち抜かれ、容易く爆ぜる。彼女の繰り出す技の威力は、明らかに増していた。

 

「参ノ型、気炎万象っ!」

 

 (かたわ)らにいた1Pの頭上を取る位置に跳び、自身の頭上から下へと、左手で包んだ握り拳を弧を描くように打ち下ろす。天から降り注ぐ、悪鬼を滅する炎のような一撃は、1Pの頭をひしゃげさせた。

 

 呼吸の型に限らず、自身の両拳を巨大化させる''個性''、''大拳''も駆使して順調に仮想(ヴィラン)の数を順調に減らしていく拳藤だったが……それが起こったのは、彼女を囲う仮想(ヴィラン)が半分ほどになった時であった。

 

 突如、背後から何かを連続で発射した音が聞こえた。鉄砲のそれなんてほど生温いものじゃない。まるでランチャーから発射したかのような連続したものだ。

 

「っ!?」

 

 嫌な予感がして、咄嗟に振り返る。その視界に映ったのは、自分の元へ一直線に迫り来るミサイルだった。それを発射したのは、恐らくは背中に2対の発射台らしきものを取り付け、戦車のような硬い装甲を持つ3Pの仮想(ヴィラン)。倒すべき3種の中で、最も攻略難易度が高い個体だ。

 

 気がついた時には、もうミサイルが近くまで迫りつつあった。目の前だけに集中し、背後にまで注意が回っていなかったことに気がつかされ、拳藤は己の未熟を恥じた。

 

(ダメだ、これ……間に合わない……!)

 

 同時に、もう間に合わないことを悟ってしまう。せめて、ダメージを減らさなくてはと交差させた両腕を顔の前に構え、背中を丸めて腰を落としたその時――

 

「水の呼吸・捌ノ型――滝壺」

 

 無機質な金属を思わせる淡々とした声と共に、拳藤の前に大滝が降り注ぎ、ミサイルを全て叩き斬った。

 

「え……」

 

 恐る恐る目を開けば、白いジャージに身を包んだ冷静沈着な少年の――義勇の姿があった。その凪いだ瞳が拳藤の方を向く。そして、彼の顔を真正面から捉えて……初めて、左頬にある流れ渦巻く水のような紋様があるのを知った。

 少なくとも、試験開始前にはこんな紋様はなかったはず。拳藤は、より一層義勇に注目していた為、そのことに気がついていた。

 

 手にした木刀には未だ気迫が残って――いや、それそのものが気迫を纏っているかのようで、その刃から静かな水流が溢れ出している。そして、彼自身の発する覇気が、地面に広がる波紋や周囲に漂う水泡、彼自身の肉体から溢れ出す流麗なる水のオーラを幻視させた。

 

「水、神……様……?」

 

 あまりにも人間離れしていて神秘的な義勇を見た拳藤は、無意識のうちにそう呟いていた。

 

 その呟きが聞こえていたのだろうか。義勇は、こてんと首を傾げる。だが、それも一瞬のことですぐさま臨戦態勢を取って、未だに残っている仮想(ヴィラン)の方に向き直った。

 

「手を貸そう」

 

 淡々とした声色のままで放ったのは、たった一言。だが、その一言が拳藤に大きな安心感を与えた。

 

「……いいの?試験中なのに」

 

 息を整えて構えながら、拳藤が聞く。

 

 誰しもが他を蹴落とす為に自分のことに夢中のはず。故に、他人の為に力添えするのは、酷い言い方をすれば時間の無駄と言っても良いかもしれない。それを分かっているから、彼女はそう聞いた。

 

 義勇は、迷うことなく薄く笑みを浮かべてこう返す。

 

「ヒーローの本質は他を救けること。自分のことだけ考えて、窮地に立たされた者を無視するなど、以ての外だろう」

 

(ああ……彼奴と一緒。根っからのヒーロー気質なんだね)

 

 その姿に、拳藤は年下の溌溂とした少年の背中を重ねながら笑った。

 

「そっか。そういうことなら……お言葉に甘えて!よろしくね、冨岡。あんたのことは色々と聞いてたよ。私は拳藤。拳藤一佳だ」

 

「……そうか。改めて名乗らせてもらうが……冨岡義勇。鎮静ヒーロー・凪の息子だ。背中は任せろ、拳藤」

 

 

 

 

 

 

 互いに自己紹介をし合った後、戦闘が再開された。義勇と拳藤。2人は型を振るって、次々と仮想(ヴィラン)を片付けていく。戦闘の最中、更に仮想(ヴィラン)が虫のように集まってはきたものの、義勇が全身全霊でサポートに徹していたおかげで拳藤は余裕を持って戦えた。

 仮想(ヴィラン)の破壊は拳藤に任せ、義勇は腕やミサイル、尻尾を斬って、彼女に対する妨害を全て阻止してみせた。

 

 幾分か余裕の出てきた拳藤は、炎の呼吸の弐ノ型、昇り炎天を振るいながら問うた。

 

「ねえ、あんた!仮想(ヴィラン)さ、私が全部壊しちゃってるんだけど……っ!いいの!?」

 

 義勇は、迫るミサイルの弾幕を粉々に斬り刻み、続けて逆袈裟斬りで1Pの腕を斬りながら、淡々と答える。

 

「構わない。既に、()()()()()()1()5()0()()()()()()()()()。俺1人で破壊してしまっては意味がないだろう。だから、ポイントは拳藤に譲る。俺のことは……気にするなっ!」

 

「ええっ……!?まだ()()()()()()4()()()()()()()()()()よ!?私もようやく50Pに到達したところなのに……!」

 

 彼の答えを聞いた拳藤は、その思いやりに感謝しつつも自分と彼との実力の差を思い知ったのであった。

 

 2人で力を合わせた結果。集まっていた仮想敵は、思った以上にあっさりと残骸になった。

 

 戦いの最中、拳藤は義勇の流麗なる剣舞に。義勇は拳藤の苛烈なる拳技に感嘆した。仮想(ヴィラン)(ことごと)く退けた2人は、軽く会話を交わした。

 

「まさか、拳藤も''全集中の呼吸''を扱えるとは。それにしても、炎の呼吸か……。知り合いに扱う者がいるのか?」

 

 義勇が尋ねると、自分の着ている黒いスポーツウェアに付いた砂埃を払いながら、拳藤が答えた。

 

「うん。()()()()()()()()()()()()()()()に教えてもらったんだ。そこの家系の長男で、1歳年下の子。さっき、あんたのことは色々と聞いてたって言ったけど……その子伝いなんだ。年下なのに凄い強くてさ。師匠でもあるんだけどね」

 

「1歳年下……」

 

 炎の呼吸を教えてくれたのだという少年のことを聞いた義勇は、とある青年のことを思い出した。

 凄まじい目力の梟のように見開かれた目。彼自身の心に燃える正義の炎を思わせる焔色の髪。家系に伝わる、由緒ある炎を(あつら)えた白い羽織。自分も含む''柱''全員から好かれる、明朗快活で豪快な性格。人間愛に溢れた彼は、まさしく好漢だった。

 

 炎の呼吸。そして、拳藤を超える実力者で、自分のことをよく知っている。

 

 そんな人物……自分の知る限りは、1人しかいない。

 

(聞いて損はない……かもしれない)

 

 そう考えた義勇が口を開く。

 

「拳藤」

 

「ん?」

 

「もしや、その少年の名は煉――」

 

 少年の正体に勘づいた彼が、その名を紡ごうとした瞬間――真下の地面から強い衝撃が押し寄せ、辺り一帯が激しく揺れた……!

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