冨岡義勇英雄伝:再編集   作:白華虚

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第二十六話 冨岡義勇と耳郎響香

 雄英の保健室にて。背もたれのない丸いパイプ椅子に腰掛けたまま、俺は書店で買った小説を読み進めていた。

 

 小説のページをパラパラとめくりながらチラッと視線を上げれば、目の前の白いシーツのベッドにはすやすやと眠る耳郎の姿が。そして、少し離れたところには、多くの書類や名簿の乗せられた事務的でシンプルな作りの机に向かって仕事をなさるリカバリーガールの姿がある。

 

 試験終了後、大方怪我人がいないかを見回った後で帰宅してもいいということになった。その際、切島に芦戸、それと試験会場で新たに知り合った小森、拳藤、常闇。加えて、2対の触腕と鍛えた自身の剛腕を持つ少年、障子目蔵。それと、己の肉体を金属に変化させることが出来る少年、鉄哲徹鐵。合計7人と連絡先を交換した。

 結果を聞く限り、切島、芦戸、透、緑谷に爆豪も満足のいく結果を出せたらしい。この調子なら全員受かれそうだと思い、安心した。

 

 試験が終わり次第、各自が帰宅していく訳だが……俺はそうもいかなかった。頭部を怪我した場合、1〜2時間の安静及び経過観察が必要になる。耳郎がそういう怪我を負った以上、すぐには帰れない訳だ。

 

 俺が0Pをもっと早く屠れていたなら、彼女も怪我を負うことはなかったろうに。俺のせいじゃなかったとしても――やはり、耳郎は「あんたのせいじゃないよ」と言ってはくれたが――彼女に怪我を負わせたのが悔しくて彼女の為に何かがしたかった。そこで、耳郎を送ってやることを決めて、こうして雄英に残っているということだ。

 

 最初こそ、耳郎はチラチラと俺の方を見ていたらしかったが、しばらくして緊張の糸が解けたのか、いつの間にか眠ってしまったらしかった。

 

 そうして、彼女の目が覚めるのを待ち……はや1時間半程が経過していた。

 

「……嘘でしょ……?本当にずっと待ってたんだ……」

 

「耳郎。目が覚めたか」

 

 呆れ気味な声に顔を上げてみれば、薄目で目を開けた耳郎の姿が目に入る。

 

 無事に目が覚めて良かった。そう思うと、一気に肩の力が抜けて顔が綻んだ。

 

「あれ……?あんた、眼鏡かけてたっけ?」

 

「ああ、伊達だ。学校にいる間は基本的にこうしてる。体育の授業の時は外していたが」

 

「様になってるね……。もろにインテリ男子だよ。モテてたんだろうなあ、あんた」

 

 そんな何気ない会話を交わしつつ、耳郎が立つのに手を貸してやる。

 

「良かった良かった。目が覚めたみたいだね」

 

「リカバリーガール、ありがとうございました」

 

 心底安心したような声に振り向けば、茶封筒を手にして微笑みを浮かべるリカバリーガールの姿がある。

 

 彼女を見ていると、鬼殺隊を無償で手助けしてくれた藤の花の家紋の家の方々を思い出す。特に、その家系の方で長年隊士を支えてくださったご老人の方。俺も、彼女には何度も世話になったな。

 

「家に帰った後の怪我の対応なんかも、この封筒に入った書類に書いておいたからね。治癒はしっかり施したけれど、私の''個性''も万能じゃない。後から後遺症が現れたりすることもあるから気をつけるんだよ」

 

「はい」

 

 書類を受け取る耳郎を見て、リカバリーガールは再び微笑む。自分の祖母のことは何も知らないが……彼女もこんな風に誰かを見守る温かみに溢れた人だったのだろうか。

 

「何はともあれ、2人とも頑張ったね。お疲れ様。冨岡、鱗滝にもよろしく言っておいておくれ」

 

「分かりました」

 

 ポケットからケースを取り出し、器用にも俺達の掌に熊の形をしたグミを配りつつ言った彼女に頷き、俺達は帰路についたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「試験……大丈夫かな?」

 

「自分に出来ることを最大限にやったんだろう?それなら心配無いと思う」

 

「……そうだと信じたい。はあ、自分の実力に自信がある訳でもないのに他の誰かを救けるなんておこがましいよね……」

 

 プラグに変化した自分の特徴的な耳朶に指を絡めながら、ウチは呟く。

 

 結局、試験中にも怪我しちゃうし……冨岡にも迷惑かけちゃうし……。結果が散々じゃないことを祈るばかりだ。

 

 最終的に下手こいて怪我するくらいの実力なのに他の誰かを救けるなんて、強い奴とか、ろくでもない奴からしたら「ざまあみろ」って感じなのかな。そんなことを考えながら、肩を落として歩いていると……冨岡の手が、ぽんとウチの頭に乗った。

 

「救けることがヒーローの本質なんだ。そんなことを思ったりしない。それに、俺達が挑んだ場所はヒーロー養成校、その最高峰だ。本質を一切評価しないというのはあり得ない。きっと見てくれてる」

 

()()()()()()()()()()とやらも言ってくれたんだろう?『自分のこなしたことがどれだけ地味だろうが、小さかろうが、ヒーローとして正しいことをやった奴が一番派手でカッケェんだぜ』と」

 

 遥か遠くの空を見るように冨岡が言う。

 

 ――やっぱり大人だ。そう思った。

 

 初めて会った時から、冨岡は大人だった。見た目は勿論、ウチらと同じ子供。でも、精神的に大人だった。受験勉強の息抜きにと辺りを散歩してて、無意識のうちに海浜公園にまで足を運んだその時に……冨岡や緑谷と出会った。当時は、海浜公園のゴミが何一つ残ってなくて驚いたっけ。そこの綺麗な水平線に心の底から感動して……その日から、そこがウチのお気に入りの場所になった。そんな場所を作ってくれたのは、間違いなく緑谷と冨岡のおかげ。心を込めてウチはお礼を言った。

 

 いざ話してみたら、2人とも凄いお人好しだった。自分1人で悩んでて、ずっと(おもり)みたいにウチの心を押し潰してた悩みの相談に乗ってくれた。

 

 ウチ、小さい頃から音楽が大好きなんだ。音楽に関することならなんでもね。楽器を弾くのも、曲を聴くのも、作るのも。それと同時に、沢山の人を救けて笑顔に出来るヒーローになることにも憧れた。だってさ……ロックでカッコいいじゃん?その人が場にいるだけで周りがブワッて笑顔になるんだよ?

 何より、身近にいた先輩がそんな存在であった以上、ウチがヒーローに憧れるのは至極当然のことで。

ヒーローになりたいって気持ちが芽生えた。

 

 でも、音楽も大好きでミュージシャンである両親に憧れてたものだから、ずっと悩んでた。どっちの道を進むべきかな、って。両親の期待を裏切ったらどうしようって。

 

 2人とも、真摯にウチの悩みに向き合ってくれた。緑谷が同い年の子供としてアドバイスをくれてる一方で、冨岡は大人としての意見をくれてた……って感じだった。何せ、「俺が耳郎の親なら」なんて仮定を必ず頭に頭に持ってきてからアドバイスをくれてたし。

 

 結局、両親の反応もほぼ冨岡が言ってくれてた通りだった訳で。まるで、親としての人生を少しでも経験していたかのような言い方に、冨岡は大人だって思ったんだ。

 

 そんな彼の言葉は、ウチの気持ちを明るくしてくれる。悩みを打ち明けた時もそうだったし、試験中に駆けつけてくれたのもそうだったし。

 

 ヒーローにならなくても、立派なヒーローじゃん。

 

 内心でそう呟きながら微笑んで……「ありがとう」って、精一杯のお礼を言った。

 

「大したことは言ってないつもりだが……?それにしても、お前の先輩は……()()()()なんだな」

 

「うん、凄く。しかも、()()()()()()()()()。自分のお嫁さん候補の子達を一番、カタギを二番、自分を三番。そんな優先順位を付けてる。……ヒーローらしくないって思うかもしれないけどさ、いい人なんだ。守るべき市民の人達は絶対守るし、オールマイトみたいにどんな時でも笑って、ド派手に啖呵を切る。自分の実力は過信しないし、他の誰かの命を無碍にしないし」

 

「……そうか。元気にやっているんだな」

 

 突然振られた、ウチの中学校に通っていた先輩の話。その人のことを話された冨岡は、凄く懐かしそうに笑ってた。

 

「あれ?知り合いだったの?」

 

「ああ……。何年も前に会ったきりで、な」

 

「ふーん……?ウチには何も話してなかったけど……まあいいか」

 

 その先輩も、冨岡みたいな遥か昔を懐かしむような笑顔を見せることがある。特に、彼のことを話したタイミングで。

 

 ……2人揃って前世の記憶があるか何かで、冨岡とその先輩は関わりがあった……とか?

 

「……そんなはずないか」

 

 冨岡の笑顔を見ながら浮かんだ仮説を否定して、ウチは少し軽くなった足取りで家に向かった。

 

 …………後から先輩に怒られるかもしれないって思ってたから、結局重いのは否定出来ないんだけどさ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 耳郎を無事に家まで送り届けた後で帰宅しようとした俺だったが、彼女自身や彼女の両親にお昼だけでも食べていってと勧められた。ご両親も耳郎に聞きたいことが色々あるはずだし、迷惑になるのではないかと断ろうとしたが……空腹を感じていたのも事実だったので、お言葉に甘えることにした。

 

 一体どのタイミングでご存知だったのか分からないが、ありがたいことに俺の好物である鮭大根を提供してくださった。耳郎のお母さん手作りの美味な昼食をいただいた後。

 

「改めて……響香のことを救けてくれてありがとう、冨岡君。君のことは響香から何度も聞いてたわ。自分の悩みを解決してくれた恩人だって」

 

「ちょっ、お母さんってば!本人の前で言わないでよ、恥ずいじゃん……!」

 

「いえ、お構いなく。どちらも俺がやりたくてやったことですので」

 

 耳郎のお母さんから頭を下げられた。礼を言われるのを目的に救けた訳じゃない。だが、礼を言われるのはやはり心地が良かった。

 

 しかし、そうか……俺は耳郎の恩人なのか。ムフフ、嬉しいものだな。思わず頬が緩んでしまった。

 

 それにしても……だ。

 

「ほら、貴方。ちゃんと冨岡君にお礼を言わないと」

 

 先程から、耳郎のお父さんに睨まれている。ここまでで何かいけないことをしたのか……?気まずい……。

 

「……貴方?」

 

 耳郎のお母さんが、眉間に皺の寄る彼の顔を覗き込む。そこで、彼はようやく口を開いた。

 

「冨岡君……だったね。勿論、君が響香を、うちの可愛い娘を救けてくれたのは感謝するが――」

 

 直後、彼の目が覚醒した瞬間のようにカッと見開かれる。

 

「うちの可愛い娘は、響香は渡さんぞ!」

 

「「――は?」」

 

 突然放たれた言葉。訳が分からず、俺と耳郎は同時に呆けた声を上げた。耳郎のお母さんも何度も目をぱちくりさせている。

 

「な、何を言って……」

 

「雄英の入試を受けるのを決めてからは、その対策の為に今や雄英に通っている中学の先輩を連れてきて!しかも、色男で……嫁候補が3人!それに飽き足らず、こんな美男子まで連れてきて……!魂胆は分かっているぞ!響香の悩みを聞いて惚れさせ、付き合う気なんだろう!?ましてや、入試で戸惑いもなく救けて……!」

 

 ……何故か、物凄い勘違いが起こっているのだが。

 

 口を半開きにして瞬きし続ける俺。恐らく、これはアレだ。一人娘が可愛すぎて嫁に出したくないという父親にありがちなアレ。姉さんがハマっている少女漫画の中で見たことがある。

 

 勿論、付き合っている事実はないし、耳郎は大切な友達に過ぎない。

 

「あー、もう……!おっさん!先輩も、冨岡もそうじゃないってば!先輩に関しては何度も言ってるじゃん!冨岡がウチを救けてくれたのは善意なの!下心はゼロだから!冨岡はそんな奴じゃない!そもそも、冨岡とウチはただの友達!!!」

 

「いいや、響香は騙されているんだ!男は皆、そういうものなんだぞ!」

 

「だから、話を聞いてっての!」

 

 呆然としている間に、目の前で言い争いが始まってしまっている。耳郎のお母さんも申し訳なさそうにしつつ、オロオロとしていた。

 

「どうしても……どうしても響香と付き合いたいなら、俺を倒してからにするんだっ!」

 

「ええっ……?」

 

 果てには、血涙を流しながら俺に勝負を挑んでくる始末。駄目だ、話を聞いてくださらない……!俺は困惑するしかなかった。

 

「もう……!こうなったら、冨岡!遠慮なくぶっ飛ばしちゃってよ!」

 

 呆れた耳郎が、シャドーボクシングのように拳を振るいながら言う。

 

「し、辛辣すぎないか……?」

 

「変な言いがかりつけて冨岡を悪い奴に仕立て上げようとしてる方が悪い。どっちにせよ、元凶だと思ってる相手からぶっ飛ばされでもしないと頭冷えないし」

 

 思春期の女子は、ここまで親に辛辣になるんだろうか……。不安定な心とは恐ろしい……。

 

「……分かりました。怪我のないように加減はします」

 

「くっ……!姑息な手を使う割にはロックだな……!」

 

「ご、ごめんね、冨岡君……。ご迷惑おかけします……」

 

「いえ……」

 

 結局、この後は素人丸出しの動きで果敢に突っ込んできた耳郎のお父さんを正拳突きの寸止めで落ち着かせ、自分には昔から想う人がいるということを説明した上で耳郎とはただの友達だと誤解を解いた。

 

 取り敢えず、分かったのは……耳郎がご両親にとても大切にされていて、特に父親にはとても可愛がられていることだ。一人娘な訳だし、とても心配になるのも当然のことだとは思う。だが、耳郎は両親のことを真剣に考え、夢について悩める少女だ。試験の時も、彼女なりに他の受験生を救けてくれたようだし。きっと、彼女に好きな人が出来たとしてもいい人だろうな。そんなことを思いつつ、耳郎に対して平謝りする彼女の父親を苦笑しながら見ていたのであった。

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