冨岡義勇英雄伝:再編集   作:白華虚

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一話にまとめる予定でしたが、二話に分けました。


第二十九話 災厄復活

 枯山水や池が備え付けられた広い日本庭園の中に、和風の豪邸と言うに相応しい平安時代の貴族のそれかと思われる程の巨大な屋敷が建っていた。

 

 時には建て替えつつも産屋敷家が代々暮らしてきた歴史の多く残る屋敷。だが……()()()()()()()()()。瓦礫と化して崩れ落ちたそこから、轟々と吹き上がる紅蓮の炎。

 

 空中には、黒いスーツを着た白髪の男――オールフォーワンが佇み、魔王さながらの不敵な笑みを浮かべている。黒い瞳孔が縦一直線に刻まれた赤い瞳に殺意を宿し、目の前のターゲットを見据えていた。

 

「やはり……誕生してしまったんだね。第二の鬼舞辻無惨が。しかも、そうなったのが君だとは」

 

 対し、首あたりまでの長さの黒い長髪の少年――産屋敷耀哉が藤色の瞳で空中に浮かぶ標的を見据えて言った。掴み所のない微笑みを浮かべていることの多い彼だが、今だけは違った。眉を(ひそ)め、悪夢を与える存在へと昇華した相手を鋭く睨みつける。

 かつて鬼殺隊の当主であったというのが納得の真剣そのものな表情だ。

 

 そして、耀哉を守るようにして立つ5人の男達。

 

「あれが……()()()、鬼……?」

 

 耀哉の隣に立つ葉隠も、凄絶な悪意と殺気を発する魔王を目にし、冷や汗を垂らして無意識のうちに恐怖で体を震わせていた。

 

「……お前達、こんなとてつもない相手と対峙したのか……!」

 

 赤みがかった黒い隊服に身を包み、炎を誂えた白い羽織を羽織った男が赤い刃の刀を握りしめながら言う。目は吊り目気味で据わっているが、顔付きそのものや髪色と髪型は、かの煉獄杏寿郎にそっくりだった。

 

 彼の言葉に続き、前世の隊服そのものである戦闘服(コスチューム)を纏った宇髄が言う。

 

「はは……体の震えが止まらねえのは俺もですよ、槇寿郎の旦那。悲鳴嶼さんも、不死川も、伊黒も、甘露寺も、冨岡も。そして、炭治郎達も。……皆、凄えよ」

 

 鎖に繋がれた2本の柄から展開されている、陽光で作り出した金色の刃を備える巨大な刀を握りしめる。杏寿郎の父親である槇寿郎と宇髄の共通点。それは……前世も含め、鬼舞辻無惨に値する存在と生で初めて対峙するということ。

 

 槇寿郎は呼吸を整え、宇髄は口角を上げて無理矢理笑みを作り、それぞれのやり方で恐怖を紛らわす。

 

「オールフォーワン……。オールマイト殿が屠ったはずの巨悪。よもや、生きていたとはな……」

 

 真昼の間に日光浴をさせて、陽光を溜め込んだ金属製の斧を持ちつつ、鉄球を猛スピードで振り回す悲鳴嶼も忌々しげに言う。

 

 残る2人の男は、ただ無言で目の前の敵を睨みつけ、各々の構えを取るのみであった。

 

 そこに――もう1人の戦士が、市民達にとっての希望が猛然と駆けつけてくる。

 

「っ、こ、これは……!?」

 

 アメコミ画風の濃い顔付き、V字に跳ね上がった金色の前髪、悲鳴嶼以上の鍛え抜かれた巨躯。我らが平和の象徴、オールマイトだ。

 

 産屋敷家から遣わされた鎹鴉の知らせを受け、全速力で駆けつけてきたが……全てが遅かったようだ。オールマイトは、目の前の光景に絶句した。崩れ去って瓦礫と化した産屋敷邸。そこから吹き上がる紅蓮の炎。特に彼を絶句させたのは……若々しい姿となり、暴力的な生命力を全身から溢れさせている宿敵の姿だった。

 

「おお、これは願ってもない獲物が来てくれた。久しぶりじゃないか、オールマイト。随分衰えたものだね。以前の君なら、30秒もしないうちに到着していたろうに」

 

 懐かしい友達に会ったかのように挨拶をしてくる宿敵を見て、彼が生きていた絶望と、間に合わなかった己とこの場を地獄のような景色に変化させた彼への怒り。その全てに体を震わせ、オールマイトが声を荒げる。

 

「貴様……っ!貴様っ!その姿は何だ!答えろ、オールフォーワンッ!!!産屋敷家の方々に何をした!?」

 

 深く腰を落とし、怒りのままに飛び出さんとするオールマイトだったが――

 

「そう焦ってくれるなよ、オールマイト。僕は話がしたい相手がいるんだから、少し待ってくれ。せっかちさんは嫌われるぜ?」

 

 いつの間にか目の前に現れたオールフォーワンが繰り出してきた、裏拳を喰らってしまう。咄嗟に腕を交差させて防いだものの、大きく吹き飛ばされてしまった。

 

 吹き飛んだ彼が悲鳴嶼と宇髄に受け止められているのを横目にしつつ、オールフォーワンは己の正面にいる2人の男に目線を向けて、誘惑にも似た甘美な響きの誘いを持ち出した。

 

「さて……最後に、もう一度聞こうか。再びこちら側に来ないかい?僕は全てを保証する。君達の望むもの全てを与えるよ。言葉通りに全てだ。どうかな?()()()()()()()()殿()。それに、()()()()()()()()殿()

 

 オールフォーワンが2人の男の名を呼んだ瞬間。月の光によって、暗がりで隠れていた2人の顔が明らかになる。

 

「……何度繰り返そうと同じだ。そのような甘言には騙されぬ」

 

 総髪の男が答える。男の額の左側と首元から頬の右側にかけて、それぞれに炎のような深紅の''痣''があった。その顔には、本来の位置のみならず、眉毛があるべき位置と頬の辺りにまで、血涙に塗れたかのような眼と満月のような黄色い瞳が特徴の目があった。鯉口を切りながら引き抜かれた刀の刃は……紫色。陽光によって形成し、展開されたものだ。

 

「俺達は正しく在ろうと死に物狂いで足掻き続ける。心に決してブレない原点を宿して。貴様がどんな言葉を投げかけようと俺達には通じない。虚しい戦いの果てに手にする偽物の強さなど不要だ」

 

 続き、紅梅色の短髪の男が答える。どこか幼さが残り、女性さながらに長い紅梅色の睫毛が彼の顔立ちを中性的にしていた。素肌の上に羽織ったノースリーブの羽織から覗く、藍色の線状の模様が刻まれた腕は細身ながらも筋肉質で極限まで鍛え抜かれている。その目はアーモンドのような吊り目で、水色に変化してひび割れのような模様の浮かんだ白目と黄色い瞳が特徴的だ。そして、その手に……淡く青白い輝きを放つ金属製のメリケンサックを装着していた。

 

 彼らの答えを聞いたオールフォーワンは、予想通りだと思いつつも残念そうに笑った。

 

「……そうか、残念だ。ならば、潰しておく他ない。特に……鬼のことをよく知る君達は障害になりかねないからねッ!」

 

 その指先から、血管のような赤い筋の入った黒い枝のようなものを振るう。

 

 迫る枝のような何か。それを黒死牟改め、継国巌勝が斬撃によってズタズタに斬り刻む。猗窩座改め、素山狛治が拳撃で粉々に打ち砕く。

 

「へえ」

 

 興味深そうな声を上げて薄く笑うオールフォーワン。彼らの間に緊張が走った。

 

 そして――それを、巌勝の声が突き破る。

 

「透、杏寿郎、宇髄の奥方でお館様を護衛しつつ逃がせ!その他全員で、オールフォーワンを迎え撃つッ!私と猗窩座、悲鳴嶼で前線に出る!他の者は援護に徹するのだ!無理に前に出るのは禁物!良いな!!!!!」

 

 その号令と共に、それぞれが動き出す。激戦の火蓋が切って落とされた!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雄英の入試の合否通知から、しばらく時間が経った。冬の寒さが少しずつ和らぎ始め、雄英入学まで残り2週間を切った頃。

 

 オールマイトに頼まれた俺は、入学するまでの最後の追い込みという意味合いで爆豪と緑谷に特訓をつけていた。ここ最近だと、俺と緑谷は爆豪の家に泊まり込みでこの特訓に臨んでいる為、強化合宿に近いのかもしれない。

 

 2人は着実に実力を伸ばしてきており、もはや入試当時の強さが霞みつつある。とんでもない成長速度だと毎度ながら驚かされる日々だ。

 

 そんな日々を送っていたとある夜。睡眠を取っていたタイミングで、俺達の眠る部屋の中に窓を叩く音が響いた。

 

 前世の影響で、俺の体は何か異常があればすぐに覚醒状態に移行するようになっているらしく、俺の眠気はあっという間に吹き飛んだ。薄目を開けつつ体を起こす緑谷と爆豪を横目にしつつ、考える。

 

 俺達の使っている寝室は2階。そこに人間が登ってきて、窓をノックしていると考えても……非常に不自然で怪しい。ただ、窓を叩くリズムと鳴り響く音が人間の手で叩かれているものではない気がした。

 

 人間の手より、もっと鋭いものでより速く叩かれる……?心当たりがあるように思えたその時、爆豪がガシガシと髪を掻き乱しながら立ち上がった。

 

「ったく……!んな夜遅くに窓を叩いてやがんのはどこのどいつだ……!?」

 

 ご両親を起こさないように気を遣ってか、イライラを押し殺すようにして青筋を浮かべながら言うと、「かっちゃん、危ないって」と引き止める緑谷に目もくれず、バッと勢いよく黒いカーテンを開けた。

 

 窓ガラスを隔てたその先にいたのは……!

 

「ヤット気ヅイテクレタ!オ願イ、開ケテホシイノ!」

 

 藤の花の飾りを頭部に付けた、元気がよく可愛らしい雌の黒い鴉だった。

 

「喋る鴉……?」

 

「''個性''か何かかな?動物に''個性''が目覚める例は、ゼロじゃないけど……」

 

「相当確率(ひき)ィはずだぞ?珍しいもんだな」

 

 他と違うのは、彼女が片言ながらも人語を喋る点。爆豪と緑谷は、その鴉を好奇心に満ちた目でじっと観察していた。

 

 一方、俺は、翼を二度三度と羽ばたかせながら窓辺から床へと降り立つその鴉が何なのかを察していた。前世の勘であって、証拠は何一つないが――

 

「鎹、鴉……」

 

 嫌な予感がしつつそう呟いた。

 

「えっ?鎹鴉……!?」

 

「おいおい。それって、鬼殺隊用の連絡網として活躍してたとかいう鴉じゃねえかよ?存在するんか?」

 

 俺の呟きが聞こえたのか、緑谷と爆豪は更にまじまじと雌の鴉を見つめる。

 

 ……確かに、存在するはずがない。鎹鴉の子孫がいるというのはあり得ない話じゃないかもしれないが、こんなに明確に人語を話せる鴉が存在する訳がないんだ。生物が進化の過程で使わない部位を削ぎ落としてきたように、鎹鴉もまた人語を話す必要が無くなったが故にその言語能力を失っていった。だから、存在する訳がないはずなのに。

 

 考える俺を他所に、鴉は慌てた様子でまくし立てる。

 

「私……葉隠透ノ鎹鴉で、(あや)ト申シマス!冨岡サン、オ願イシマス!透ヲ救ケテクダサイ!オ館様ノ御屋敷ガ襲ワレテ、ソレデ、オ館様ヲ逃ガス途中デ、(ヴィラン)ト交戦シテ……!」

 

 ――血の気が引きそうだった。嫌な予感が的中してしまった。緑谷と爆豪も、突然のことに呆然としている。

 

 ……いや、動きを止めている場合じゃない。鱗滝さん――先生から教わった、迅速な判断が全ての運命を決める場面だろう!

 

「すぐに行く。外に行くから、待っていてくれ」

 

 俺はすぐに結論を出し、細長く黒いケースの中から父が愛用していた特製の木刀を取り出して外に駆り出した。

 

「えっ、冨岡君!?」

 

「……俺らも行くぞ。掴み取れる手は全部掴む!」

 

「!うんッ!」

 

 俺が外に出て、純に案内を頼むと……爆豪と緑谷まで後を追いかけてきていたようだった。

 

 爆豪曰く、「掴み取れる範囲の手は全力で掴み取りにいきたい」と。緑谷曰く、「資格だけに囚われて友達を見捨てるようなヒーローにはなりたくない」と。

 

 頼もしい啖呵を切る友達を誇りに思いつつ、俺達は全速力で純の案内に従って駆けた。

 

 今度は……知らぬ間に透に降りかかった災難を斬り払う為に。透の幸せをこれ以上壊させない為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハハッ、こんな貧弱なクナイで俺を殺れる訳ねえだろうが!舐めてんのかァ!?」

 

 己の肉体に纏った筋繊維の鎧で雛鶴、まきを、須磨の3人が投げたクナイを(ことごと)く弾き、戦車の如くマスキュラーが迫る。

 

「なんて硬さなの……!」

 

「パワーと速度、単純に見積もってもオールマイトに引けを取らないかもしれないよ!」

 

「何でこんな化け物がいるんですかぁっ!?冗談も程々にしてくださいよ!」

 

 会話を交わしつつ後退を図る3人。だが、マスキュラーが想像以上に速い。このまま、3人は残酷に殴り殺されてしまうのか?

 

 ――否。この少年がいる限り、そうはならない。

 

「お三方共!こいつは俺が引き受ける!!!援護を頼むッ!!!!!」

 

 燃える炎のような焔色の髪。正義の炎を宿す、大きく見開かれた目。溌剌とした希望の一声。

 

 少年の名は――煉獄杏寿郎。前世では元''炎柱''として最期まで戦い抜き、炭治郎達に希望を託して輝かしく散った男。義勇ら''柱''の全員に好かれ、尊敬されていた男。

 現在の年は14歳。前世の記憶を持って生を授かったのは、彼も例外ではない。故に、この程度の(ヴィラン)に容易く負ける程の強さは持ち合わせていなかった。

 

「炎の呼吸・伍ノ型――炎虎ッ!!!!!」

 

「!?」

 

 構えた木刀を、炎が着火したかのような呼吸音と共に、獣の牙の如く強烈に振り下ろす。杏寿郎の烈火の如き闘気を纏った一撃は、マスキュラーの目に型の名通りの、炎によって生を授かった虎を幻視させた。

 

「うおっ!?」

 

 烈火の猛虎がマスキュラーの肉体を呑み込み、その巨体を大きく後退させる。

 

 ――体が熱い。熱気に曝された。そんな感覚を覚えつつ、マスキュラーは歓喜に体を震わせて叫ぶ。

 

「やるじゃねェか、おい!世の中ってのは広いなァ!?その強さ……俺を一方的にボコしやがった冨岡義勇を思い出すぜェェェ!!!『義炎ヒーロー・炎神』そっくりのガキ!名前を教えやがれ!」

 

「俺は煉獄杏寿郎!君の言う通り、『義炎ヒーロー・炎神』もとい、煉獄槇寿郎の息子だ!!!」

 

 殺意に歪んだ不敵な笑みにも恐れることなく、杏寿郎は名を名乗り、真正面から立ち向かう。

 

 無論、敵と交戦しているのは彼らに限った話じゃない。

 

((すい)の呼吸・壱ノ型、透き通し)

 

「っ!?」

 

 緩急自在の動きで残された残像。それが残像だと気づくこともなく、死柄木が腕を振り払う。振り払った腕は、目の前にいたはずの少女――葉隠透の体に命中することなく、空を切った。その事実に戸惑う死柄木は、動きを止めてしまう。

 

 そんな彼に……。

 

「透の呼吸・参ノ型、紋様透かし''百合''!」

 

 金属をくり抜いて百合の花の模様を刻み込むように、強靭な連続蹴りが叩き込まれる。

 

「ぐはあっ!?」

 

 全身を駆動させながら繰り出された強烈な蹴りで死柄木は蹴り飛ばされて、ゴロゴロとボールのように地面を転がっていく。

 

「いってえ……!ヒーロー気取りのガキが……!調子に乗るのもいい加減にしろ!」

 

 何度も体を打ちつけて痛む体の節々を解しながら、死柄木は怒りを露わにし、癇癪を起こした子供のように声を荒げて首をガリガリと掻き毟る。その理由は、葉隠にあった。

 

 葉隠は透明人間。故に腕や足が見えず、リーチを計りかねる。その結果、死柄木は葉隠からの攻撃を一方的に喰らい続けていた。

 

 まるで、チートを使ったレベル1の冒険者を相手に一方的に痛めつけられているラスボスのような気分だった。

 

 だが……彼は単なる馬鹿ではない。幸いなことに、葉隠は靴を履いている状態だ。そこいらの(ヴィラン)に比べれば、相手の観察力に優れる死柄木は、葉隠の履くスニーカーの位置から大方の足の長さを割り出し――その足首を掴まんとして手を伸ばした。

 

「え……」

 

 車が急には止まれないのと同じように、一度やった動作を中断して別のものに切り替えることはそう簡単なことじゃない。既に回し蹴りを繰り出す為に振り抜いていた葉隠の足は止まることなく、その足首が死柄木の手中に収まろうとしていた。

 

(まずい……!まずい!)

 

 死柄木がやたらと腕を振るい、掌で鷲掴みにすることに繋げるようなモーションばかりとっているのは分かっている。その為、手で掴まれたら確実にまずいということは分かっていた。そのはずなのに……体は反応しない。足は止まってくれない。

 

(終わりだ……!これで、こいつを粉々にして産屋敷耀哉を……!)

 

 ''崩壊''。五指で触れた対象をその名の通り崩壊させ、塵と化す''個性''。一度崩壊すれば、綻びが生じた場所から止まることなくそれが進行していく。死亡不可避の強個性。

 

 五指で目の前の少女の足さえ掴めば、死柄木の勝利は確定する。彼はそれを分かっていたが故に、顔面に取り付けた手の形をしたマスクの下で口角を吊り上げ、不敵に笑った。社会への憎しみと殺すべき対象への殺気、それと破壊衝動。それら全てを赤い瞳に異様な眼光として宿し、ターゲットを殺すべき者へと向けた。

 

 だが。彼は、()()()()()()()()

 

「ごふぅっ!?」

 

 突如、死柄木の鳩尾に、体の内部奥深くまで浸透する程の凄絶な衝撃が伝わる。

 

「あ……がっ……!?」

 

 突然の横槍に、死柄木は動きを止めざるを得なかった。己の横隔膜が動きを止めて、上手く酸素を取り入れることが出来なくなり、衝撃を伝えられた部位を押さえて地面に倒れ込む。

 

「な、んで、だ……!」

 

 そして、その赤い瞳に自分が仕入れた情報とは全く違う状況にあるターゲットを映し、睨みつける。

 

「産屋敷一族は……!代々……呪いのせいで、短命じゃなかったのかよ……っ!?お前と同じ名前の当主は……刀を振っても10回足らずで脈が狂って、倒れたって話だぞ!?ろくに運動出来ない体のはずなのに……!その速度と攻撃の威力は……何なんだよっ!?」

 

 死柄木の視線に立つのは、腰を落とし、掌打を打ち込んだ姿勢から自然体の姿勢へと戻る耀哉の姿。唖然とする――正確には、''しているだろう''になるかもしれないが――葉隠の頭を一撫でしてから、彼は微笑みを浮かべて言う。

 

「死柄木弔、君の仕入れた情報は随分と古いね。……知らなかったのかい?鬼舞辻無惨を討ち取った後、産屋敷一族は類稀なる長寿な家系になったんだよ。因みに、無惨との戦いで我が身を犠牲にして亡くなった当主からその座を受け継いだ御子息の方は、300年以上もこの世を生きたそうだ」

 

「は……?」

 

「悪かったね、死柄木。()()私は……すこぶる元気なんだよ。自分の家族くらい、自分の力で守れるようになっておかないとね」

 

「っ、ぐうううっ……!」

 

 先生。即ち、オールフォーワンにも似た、カリスマ性と安心感や高揚感を齎す声に苛立ち、死柄木は首を掻き毟る。

 

(()()()()()()……!見えなかった!産屋敷の動きが、全く!)

 

 人間の視認出来る速度を遥かに超えたそれ。容易く殺せるはずだと思っていた。なのに、相手は容易く己を一蹴したではないか。

 

「くそぉぉぉっ!ふざけんな、このチート野郎がァァァ!!!!!」

 

「必死に鍛えた結果さ。それをチートと見()すとは……まだまだ子供だね、君は」

 

「煩え!」

 

 苛立ちを前面に出して腕を振るう死柄木と、それを最小限の動作で避け、受け流す耀哉。怒りに任せて闇雲に振われる攻撃を、天才と呼ばれる人物が持ち得るという未来予知にも等しい凄絶な勘……先見の明を用いた予測を併用した耀哉が次々と避けていく。

 

「お兄ちゃん、滅茶苦茶強かったんだ……」

 

 その光景に、戦闘中であることも忘れて見入ってしまう葉隠。回避も攻撃も全て最小限で無駄のない動き。自分もまだまだ勉強しなきゃなあ、と呑気なことを考えていた時だった。

 

 大木が思い切りへし折られたかのような乾いた音が、夜の森の中に響き渡る。葉隠は、音のした方に視線を移した。耀哉もまた、死柄木を背負い投げで投げ飛ばしてから音のした方に視線を移す。

 

「ハハッ!これでテメェの得物は無くなった!やっぱ、凪が使っていた特製の奴とは遥かに強度が劣ってる!脆いなァ!!!」

 

「むうっ……!やはり、木刀では(いささ)か心許無いか!」

 

 視線の先には、筋繊維を纏いまくって巨人のように体を膨れ上がらせたマスキュラーと、手にしていた木刀をその拳でへし折られた杏寿郎の姿があった。

 

「オラァ、吹っ飛べ!精々この程度で死んでくれんじゃねェぞ!」

 

「っぐうっ!?」

 

 マスキュラーが、丸太のような太さの剛腕を振り払う。剛腕が杏寿郎の体に強か打ち付けられ、吹き飛ぶ。

 何本もの木の幹をへし折るような音が響くと共に土煙が巻き起こり……車同士が衝突したかのような衝突音が大気を震わせる。

 

「杏寿郎君っ!」

 

 葉隠が悲痛な声を上げ、杏寿郎が吹き飛んだ方角を見る。その間にも、マスキュラーの狙いは次に移っていた。

 

「次はァ……そこのテメェだ!!!」

 

「えっ」

 

 マスキュラーは……あっという間に須磨に向けて肉迫した。その殺意が須磨を襲うも、おっかなびっくり振り下ろされた拳を(かわ)した。伊達に忍はやってないし、宇髄の妻として側にいたということか。

 

「ぎゃあああああっ!?それはまずいですって!死んじゃう!死んじゃいますからぁぁぁ!!!」

 

「須磨っ!」

 

「くそっ、彼奴め……私達には目を向けやしない!このままじゃ、須磨に一直線だよ!」

 

 泣き喚きながらも必死で逃げる須磨。ゲームのように面白がって彼女を追いかけ、攻撃を繰り出すマスキュラー。そして、須磨を守る為に動く雛鶴とまきを。だが、相手が速すぎる。苦渋の策でクナイを投擲するも、筋肉の鎧を纏ったマスキュラーには蚊に刺されたようなものらしい。雛鶴とまきをに対して全く目を向けなかった。

 

 2人は、自分の無力さに唇を噛んだ。

 

 

 

 

 

 

「いかん!須磨殿ッ……!」

 

(くそっ、肋を持っていかれた!見た目に違わぬ怪力……!''個性''とは末恐ろしいものだっ……!)

 

 一方。木を何本も薙ぎ倒しながら吹き飛ばされた杏寿郎の元にも、須磨の叫びは届いていた。だが……あの剛腕で何本か肋骨を折られた状態にある。凡そ吹き飛ばされた距離から考えても、最大速度を引き出さなければ間に合わない。ただ、肋骨を折られた痛みと何本もの木に背中を打ちつけた痛みが体に生じており、そうするには暫しの時間が必要な状況。

 

(だが、立ち止まる訳にはいくまい……!まだ諦めるには早い。最善を尽くし……救けねばッ!)

 

 前世と変わらぬ、罪なき人々を守る意志。それでもって心を燃やして立ち上がる。

 

「ボォォォォォゥ……!」

 

 炎が着火して轟々と燃え盛る音を発し、肺一杯に酸素を取り込む。足元にありったけの空気を集めて、溜め込み、爆発させる。同時に地面を蹴って、最大速度で彼は駆け出した。

 

 そして、彼が現場に駆けつけて見たものは――須磨に殺人鬼の拳が迫りつつあった瞬間だった。

 

「須磨殿ぉぉぉッ!!!」「須磨ちゃんッ!!!」「「須磨ッ!!!」」

 

 杏寿郎、葉隠、まきを、雛鶴の4人が同時に叫ぶ。

 

「あ……」

 

 須磨の中でゆっくりと時間が流れる。

 

(あっ、雛鶴さんとまきをさん。あれ、葉隠さんも……すっごい焦ってる。煉獄さんもいらっしゃる……?凄いなあ、あれだけ吹き飛ばされたのにこんな短時間で戻って来れるだなんて。って、あれ……?もしかして私、このまま死んじゃいます?)

 

 あと少しで死ぬというのに、妙に余裕がある。これが死を悟るということなんだろうかと考えた。

 

(ごめんなさい、天元様……。私、ここまでかもしれないです)

 

 覚悟を決めて目を瞑る。死ぬ覚悟を決めた彼女を見て、マスキュラーは歓喜の叫びを上げた。

 

「おおっ!覚悟を決めたのか!よし、いいぞ!そのまま死ね!そうすりゃあ楽になれるからな!お友達もすぐに同じ場所に送ってやるから安心しろ!」

 

 不敵な笑みを浮かべ、思い切り拳を振り抜く。

 

「やめてぇぇぇ!!!」

 

 堪らず、葉隠は叫んでいた。両親のみならず、可愛い後輩まで奪い去るのか。それだけは絶対に嫌だと涙を流した。

 

 ――こんな状況の中で、たった1人依然として落ち着いている男がいた。産屋敷耀哉。彼は微笑みを浮かべつつ、葉隠に迫る死柄木を裏拳で殴り飛ばして、呟いた。

 

「透、泣かないでおくれ。君の救けを求める声は……無事に届いたようだよ。そして、()()()()()

 

「え……?」

 

 ――瞬間。

 

「光の呼吸・壱ノ型、(ひらめき)っ!!!」

 

 緑色の稲妻を纏った眩い閃光が、マスキュラーと須磨の間に割り込んだ……!

冨岡義勇英雄伝:再編集をこれからどうしてほしいですか?

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