冨岡義勇英雄伝:再編集   作:白華虚

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第四話 真実判明

 更に季節が流れた。俺は5歳の誕生日を無事に迎えることができ、順調に幼稚園児の終わりの時期に近づいていた。

 

 俺より誕生日が先である透に至っては、もう6歳だ。6歳ということは、幼稚園で言うと年長組。卒園もそう遠くない。

 

 今の季節は冬。俺が6歳になるのも後二ヶ月程後のことで、それ程長い時間もない。時の流れとは早いものだな。

 

 透も体力づくりを始めたばかりの頃に比べたら途轍もない程に体力が増えた。俺の通う幼稚園では、"個性"を抜きにすれば身体能力は俺の次。何にせよ、同い年の子供達に比べたら頭一つ抜けているのは間違いない。――因みに"個性"ありにした場合は、俺の次に身体能力が優れているのはいじめっ子達の筆頭であった狼少年だ――

 単に体力づくりをするだけではなく。"個性"に頼らずとも強くなることを目指して、色々と武術を習うようにもなった。俺は、水の呼吸の型を体術にも落とし込めるようにボクシングやら空手やら……総合的にやっている。そして、透は合気道。

 

 武術の類は習っておいて損はない。''個性"が全く通じない(ヴィラン)を相手にした場合の戦う術はそれしか残らない訳だからな。戦う術は多少なりとも身に付けておくべきだ。……まあ、"個性"を過信してそれが通じない相手に対しては、すぐに逃げ腰になる愚かなヒーローも多い訳だが。

 

 それらに加えて、俺の場合は肺の増強にも努めるようになった。

 家には、かつて俺が鍛錬を積んだ狭霧山の仕掛けを意識したような障害物やら何やらを置いてもらっているし、呼吸筋を鍛える特殊なマスクを装着したまま運動したりもするし、ペットボトルを使ってお手軽に肺活量の増加を狙ったりもしている。

 ……後、何故だか家に代々伝わるとかいう、瓢箪を使っての鍛錬もやっている。見覚えしかない字で記されたメモ曰く、「これを息を吹き込むだけで破裂させられるのが理想」とのことだ。

 

 その瓢箪を見つけた日から、仮説が生まれた。その仮説は……この"個性"蔓延(はびこ)る社会と俺が生きた世界は全く同じ世界であるということ。

 

 そして、結論から言おう。その仮説は寸分の(たが)いもなく合っていた。……まあ、そのことが意外な形で判明するのだが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「水の呼吸・弐ノ型、水車」

 

 寒空の下、積もらない程に細かな雪がちらつく中で俺は水の呼吸の型を舞っていた。

 

 何本もの木を模した登り棒の役割も兼ねるポールや、縄に結びつけて己の筋力で、てこのようにして持ち上げる岩、2m程の長さで家の塀くらいの幅の縄。狭霧山での仕掛けをイメージしたような道具の置かれた庭の中で、寒さに負けずに鍛錬を続けていたその時。

 

「義勇〜!寒い中お疲れ様。少し体を暖めたら?」

 

 何度も聞き慣れた、物腰の柔らかさと愛らしさが滲み出た声に振り向くと……薄緑色が基調の長袖のニットと空色のロングスカートに身を包んだ蔦子姉さんの姿が目に入った。彼女の手の中には、白いカップが収められている。そのカップから出ている湯気がその中に注がれているであろう飲み物の温かさを顕著に示していた。

 

「ありがとう、姉さん」

 

 受け取ったカップの中に注がれていたのはココアだった。前世では全く馴染みのない飲み物だが、今世は多少なりとも馴染みがある。

 

 何度か息を吹かして飲みやすい温度に冷ました後に、茶道でお茶を飲む時のようにして一口流し込む。

 

 すると、口の中に優しい甘みと幸せな温もりが広がった。本来のココアは、もう少しビターで大人な味がするはずなのだが……。甘いのは、牛乳が混ぜられている影響だろう。

 

 血流に乗っているかのようにして、体全体――その隅々にまで広がる温もりに浸っていた時だった。

 

「義勇は頑張り屋さんね」

 

「!母さん」

 

 俺を覗き込むようにして現れた母に声をかけられた。視線を上げて振り返ると、ベージュのカーディガンに黒いジーパン姿の母が目に入った。

 

「そんな義勇にプレゼントあげる。これ、使って!」

 

 女神のような慈悲深い笑みを浮かべた母に手渡されたのは、古い書物だった。古いとは言っても、見た目が太古の書物のようにしてボロボロな訳ではない。保存状態は比較的良かったらしく、最近執筆されたものではないのかと疑う程だ。

 

 そして、その表紙を見た瞬間。心臓がまろび出そうになった。

 見つけてはいけないものを見つけた訳ではない。ただ、心臓がまろび出そうになったのは別の意味の驚きがあったからだ。――何故、この書物がここにあるのかという驚きが。

 

 表紙に刻まれた書物のタイトル。その名は……「()()()()」。著者は、()()()()……。つまり、俺自身だった。

 

 忘れる訳がない。この書物は、俺が後世に水の呼吸のことを残そうと考えると同時に、鬼や鬼殺隊のことを子孫達に語り継いでいこうと考えて著したものなんだ。

 

 前世の死に際、妻に「書物を後世にまで遺していってほしい。子供が大きくなったら、鬼や鬼殺隊のことを伝えてくれ」と最期の頼みを伝えた訳だが……どうやら、彼女はやり遂げてくれたようだ。

 

「この本……どこにあったの?」

 

 興味津々な様子で本を覗き込む蔦子姉さんに「姉さんが先に読んでいいよ」と伝えた後で、俺は平然を装って白い息で訊いた。

 

 母は、こちらの心が更に暖かくなりそうな微笑みを浮かべて言った。

 

「この本はね……ずっと勇斗さんが大切にしてきた本なの」

 

 曰く、「水柱ノ書」は父が他の誰にも盗み見されないようにと本棚にしまい、大切にしてきたのだそうだ。しまっている場所も父本人しか知らない。

 恐らくは、父さんが前世の俺と血の繋がった子孫なのだろう。

 

 父も母も書物には一通り目を通しているらしく、鬼、鬼殺隊、水の呼吸……その全てを認知しているとのこと。

 

 では、何故(なにゆえ)に「水柱ノ書」を俺にプレゼントすると母が言ったのか。理由としては、俺が水の呼吸の型を舞っている場面に遭遇したからだそうだ。それを見た父は、もしかしたら俺が偶然にも書物を見つけ出して、わざわざ見つからないようにとそれを読みにきているのではないかと考えたらしい。

 それで、今のうちから書物の内容を理解出来るのなら才能は十分にあると見込んで、父は俺に「水柱ノ書」を引き渡すことを決めた……という経緯だった。

 

 しかし、いくら書物に残っているとは言えども鬼や鬼殺隊のことをここまで信じてくれるというのも珍しい。事実、大正時代における鬼と鬼殺隊の認知度はそれ程高くなかった。強いて言うなら、知っていたのはご高齢の方だったり、一部の警察だったり。他は御伽噺や噂話程度にしか捉えていなかった。

 

 俺だって幽霊みたいな胡散臭い類の話を信じるかと言われれば頷けはしないし……そういうことだ。鬼の存在を知らない、信じないというのも無理はない。

 

「母さんは信じてるの?鬼のこと」

 

 その珍しさもあって、俺は再びココアを口にした後に白い息で尋ねた。

 

 母は、間髪入れずに答えた。

 

「勿論。私も勇斗さんも信じてるよ」

 

 俺の隣に腰掛け、姉さんと一緒になって書物に目を通しながら母は続ける。

 

「義勇。言葉にはね、不思議な力が宿るの。あっ、勿論例外もあるのよ?でもね……『自分なら出来る』って言い聞かせ続けたらいつの間にか出来るようになってたり、『好き』って言い続けたら本当に好きになってたり、『ありがとう』って言ったら言った方も言われた方もあったかい気持ちになるの」

 

「不思議な力……」

 

「そう、不思議な力。言った言葉だけじゃないよ。書いた文章も同じ。それで……義勇と同じ名前の、勇斗さんのご先祖様がお書きになった書物にも力が宿ってる気がするの。一語一句漏らすことなく私達に伝えようとした意志を感じて、ここに記されたことは嘘じゃないんだって……確信にも似た予感がしたのよね」

 

 「そんな風に感じさせてくれる文章が出鱈目な訳がないわ」と付け加えて、母は書物のページをめくっていく。

 

 母が言っていた不思議な力というのは、言霊のことだろう。言葉に宿る霊的な力。霊的な力と言えば曖昧な感じがするが……ある意味、言葉によって現実を形成するのが言霊なのかもしれない。無論、科学的証拠のようなものは明確にはない訳だが。

 

 ある程度書物に目を通し終わったのか、それを閉じた母は再び俺に「水柱ノ書」を手渡しながら悲しげな笑みを浮かべた。

 

「私や勇斗さんには、呼吸を扱える程の才能がなかった。使おうとはしたんだけれどね」

 

 自嘲するように肩をすくめる母を、俺も蔦子姉さんも胸のどこかがチクリと痛むような感覚を覚えながら静かに見守る。

 

 だが、その直後。母は明るい笑みに早変わりして俺の頭を撫でた。

 

「でもね、なんだか義勇ならやれる気がするの。親としての勘なのかな?……どうか、私達の分まで頑張ってね」

 

 母に抱きしめられながら、俺は確信した。俺が励み、夢へと一歩ずつであれど近づいていく。そのことが母にとっての救いなのだと。

 

 俺は、彼女の期待に応える為にも今以上に鍛錬することを誓った。

 

 同時に、これから自分の書いた書物に目を通さなければならないということにほんの少し気恥ずかしさを覚えた。

 

 ……そして。俺には、蔦子姉さんが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を浮かべたことは知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あった……!」

 

 「水柱ノ書」を母にプレゼントされてから数日後。

 

 俺は、何千、何万冊もの本が開架されている国立図書館の棚の一角で六割の驚きと四割の喜びを覚えていた。どの棚を見回っても、隙間なくぎっしりと本が並んでいる。背表紙は色とりどりであり、見ていてなんだか楽しかった。探すのは大変であったが、宝物を探すような気分でなんともやりがいがあった。

 前者は、本当にこの本があったのかという驚き。後者は、自身の考察が当たっていたことによる喜びだ。本当にあるのかも分からない噂程度の秘宝を探して海を渡る海賊達は、その秘宝を見つけた時にはこんな気持ちになること間違いなしだろう。

 

 早速、目と鼻の先にある本を三冊取り出した。その本のタイトルは、「忘れ去られしもの」。これらはタイトルが共通していて、更に内容が細分化されている。一つは「鬼殺隊編」、もう一つは「鬼編」、更にもう一つは「"全集中の呼吸"編」。

 

 著者は、産屋敷輝利哉様。つまりは……俺達が長年尊敬してきたお館様こと産屋敷耀哉様のご子息様だ。そして、「"全集中の呼吸"編」に至っては、著者は、あの元"音柱"である宇髄だった。

 

 輝利哉様のお考えや宇髄の考えも恐らくは俺と同じ。鬼や鬼殺隊、そして、その剣士達が受け継いできた技術を後世に伝えようというところだろう。

 

 俺も鬼達には二度と現れてほしくないとは思うが、いつ何が起こるのか分からないのが世の常。もしもの為に知識だけでも(のこ)しておけば、後から対策が立てられる。何せ、"個性"という特異体質が発現するに伴って科学技術も著しく発達しているんだ。擬似的な太陽を作り上げるといったような芸当は不可能ではあるまい。

 

 何にせよ、"全集中の呼吸"に関する書物も残っていたことは感謝しかない。

 

 ――これで、透に水の呼吸以外の流派も教えられる。

 

 そう意気込んだ俺はその三冊以外に暇潰し用の本を二冊手にし、計五冊の本を借りて家に持ち帰ると早速それを読み進めた。

 

 

 

 

 

 

 そういった書物が残っている時点で察しはついていたが……。ここは、俺が生きていた大正時代の遥か先の未来の日本であることが分かった。大雑把に数字で表すとすれば、大正時代は400年くらい前だ。人間の技術の進歩は凄まじいな。

 

 少なくとも、俺達が無惨を討ち取ってから今の時代になるまで、一度も鬼が復活するようなことはなかったらしい。そこは一安心と言うべきか。

 

 ただし、鬼の存在が再び御伽噺となりつつあるのは間違いない。もしかすると、鬼の存在を信じているのは俺の家族以外居ないかもしれない。――蔦子姉さんも、あの書物を読んでから一切疑うことなく鬼の存在を信じていた――

 可能性があるとしたら、炭治郎達が残した子孫達になるが……果たしてどうなんだろうか。縁起の悪いことを言えば、この時代にまで彼らの血筋が続いているとは限らないし、今世の俺が彼らと縁があるとも限らない。

 

 何より、一番怖いのは鬼が出たとしても自分の"個性"で倒せるだとか思っている馬鹿な輩がいないかどうかだ。

 

 正直、鬼達に通用する"個性"があるとしたら、日光を発生させてそれを浴びせるだとか、紫外線を直に照射する"個性"……。そのくらいしか思いつかない。もしも、未だこの世に日輪刀の素材である猩々緋砂鉄と猩々緋鉱石が存在するのならば、物を創り出す"個性"や腕を金属に変えたりする"個性"なんかも通じるのかもしれないが……。次の問題は、それがこの世に存在するのかになりそうだ。

 

 今はどうなのか分からない。だが、「忘れ去られしもの」の他に借りた本の中には日本や世界の歴史に関する本もあり、それを読んだ限りは……日本は金属類の資材を手に入れることにおいて、海外からの輸入に頼っていた時代もあったようだ。その頃には、日本国内で採れるエネルギー源等の金属は全くなかったらしい。つまり、それらの入手に関しては、他国からの輸入が頼みの綱な訳だ。

 

 そんな状況下で、日輪刀の素材になる猩々緋砂鉄と猩々緋鉱石が残っている可能性というのはゼロに等しいだろう。猩々緋砂鉄や鉱石の分子構造だとかを把握する技術は大正時代当時はなかったろうしな……。それが分かっていれば、今の技術力で再現も出来るのかもしれないが……。

 

 閑話休題。要するに、だ。鬼が復活した場合、再び悪夢の夜がやってくることはほぼ間違いないということになる。はっきり言うが、俺一人で復活した鬼共を滅ぼすというのは不可能だ。俺にはそこまでの才がない。

 

 ただただ……鬼の存在を信じて、真剣に今ある自分の力が通用するのかを考える人々が多くいること、ヒーローの中に鬼が本当に存在したことを信じる人がいること、鬼という生き物は断じて"個性"の影響を受けたものではないのだということを本当に理解してくれる人がいることを願う他ない。

 

 ……もし、現代の日本でNo.1ヒーローだと謳われるオールマイトが俺の願うような人であったら心強いこと限りないんだが……。

 

 ――駄目だ。考えすぎるのはやめよう。

 

 本を読み進めていく中で、次々と湧き上がってくる靄のような不安。それを手で払って掻き消すかのようにして、俺はかぶりを振った。

 

 それはそうと、鬼に関する書物を読んでいく中で新たなことが分かった。無惨が鬼になった原因は、医者に投与された薬。そして、そこには青色の彼岸花が使われていたとか。――書物の中では、呼び方はほぼそのままだが、青い彼岸花と呼ばれていた――

 

 それが人体に及ぼす影響というのは不明であるものの、その花こそが無惨を鬼へと進化させた鍵なのではないかと輝利哉様はお考えになったようだ。

 俺達も知らない情報。恐らくは、ご先祖様の記録を輝利哉様直々にお調べになったのだろうな。

 

 鬼や世界の状況は分かったが、青い彼岸花はどうなったのだろうか……?

 

 ふと湧き上がったそんな疑問に、俺は衝動的に動いた。

 

 母からパソコンを使う許可を得た後、早速青い彼岸花について検索をかける。

 

 すると、これまた驚きの事実が判明した。

 

 何十、何百年くらい前の話にはなるのだが……。ある植物学者が、研究中に現存していた青い彼岸花を全て枯らしてしまったらしい。それを発見した際、研究の為にその場に咲いていたものを全て採取したようなので、事実上だと青い彼岸花はこの世に存在しないことになる。

 

 青い彼岸花は、一年に二日()しくは三日、日中だけに花を咲かせるという生態をしているとのことだ。そんな珍しい花であれば、人の手の届かない場所や気付かれない場所に存在し続けているという説も否定は出来ないだろう。

 

 もしもこの花が残っていたら?仮説通りにこの花が鬼に進化する為の鍵なのだとしたら?それが、(ヴィラン)などと呼ばれる犯罪者達がいるこの世に残っていたとしたら?

 

 ――鬼の復活。これは免れない。

 

 もしもの事態が起こる可能性がゼロでないのなら、結局のところ安心は出来ないんだ。

 

 今以上に鍛錬を積み、前世を超えなければと改めて思った。

 

 焦りは判断力を鈍らせる。焦りは厳禁だが、もしものことを見据えておくのは悪いことではない。

 

「よし……もう一仕事だ」

 

 自分の知りたいことを知った後は、透の為にも"全集中の呼吸"についてまとめなければ。

 

 再び鉢巻を締めるような思いを胸に、俺は疲労回復用のチョコレートを(かじ)って部屋に戻るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「義勇〜?部屋にいるの?」

 

 いつの間にやら窓から西日が差して、義勇の部屋の前に立つ蔦子の顔を朱色に照らしている。

 

 昼頃から図書館で借りてきた本を読んでは調べ物をしたりと、義勇が受験生さながらの勢いで彼なりの学習をしていたことを蔦子は知っていた。

 

 義勇が部屋に戻ってから、既に数時間が経過している。長い時間、部屋に籠って顔を見せないとなると流石に心配になるものであり、彼女は義勇の部屋を訪ねて彼の様子を見にきたのだった。

 

 3回、義勇の部屋をノックしてみるも反応がない。

 

(……義勇に何かあったんじゃ……)

 

 頭の芯が痺れるかのような思いになりながらノブに手をかけ、そっとドアを開けてみると……。

 

「あら、寝ちゃってる……」

 

 学習机に腕を乗せ、顔を伏せたままで静かに寝息を立てる義勇の姿が目に入った。

 

 自分の想像していたような事態にはなっていなかったことを知ると、蔦子はホッとした。気が抜けると同時に力まで抜けて、思わず彼女はその場に崩れ落ちてしまう。

 

(もう……こんなに気持ちよさそうに寝ちゃって。お昼からずっと調べ物してたものね。きっと疲れちゃったんだわ)

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 やっぱり義勇には自分がついてあげなきゃ、と言わんばかりに胸を張ると、蔦子は義勇のベッドから掛け布団を持ってきて、彼にかけてあげた。

 

 その際に、チラリと義勇が寝ている場所の側に置かれたノートが目に入った。ノートの表紙には、「透へ」と、簡潔にそれを渡すであろう相手の名前だけが書かれている。

 

(透……。ああ、休みの日に一緒にアスレチックに行ったりしてる葉隠ちゃんのことね)

 

 同性の子供達以上に仲のいい少女、葉隠透のことが即座に思い当たった蔦子はいたずらっぽく笑うと、そのノートをパラパラとめくった。

 

 蔦子とて一人の乙女だ。それに、彼女は義勇より6歳年上の少女であり――誕生日云々(うんぬん)の関係で言えば、義勇が6歳を迎えていない今は7歳年上になるが――、現在は12歳。恋愛などに興味を持ち始める年頃である。

 

 自分の弟が最も親しくしてくれている少女に一冊のノートを渡そうとしている。もしかしたら、何か特別なことも書かれているかもしれないと考えた。

 

 微かに期待しながらノートに一通り目を通す蔦子は――

 

「わあ……」

 

 思わず感嘆の声を上げていた。

 

 自分の期待していたようなことは一切書かれていなかったものの、これは感嘆せざるを得ないであろう。

 

 そのノートには、端から端まで几帳面な字で"全集中の呼吸"についてのことがまとめられていた。それを会得するまでの道や、各流派のことなど……。

 

 よくよく見てみると、一部には一度文章を書いた後、消したと思われる跡が残っていた。

 きっと、義勇なりに何度も試行錯誤したのであろう。その結果か、ノートにまとめてあることは"全集中の呼吸"についてほとんど知らない蔦子でも十分に理解が出来た。

 

 消した跡だけでなく、義勇の右手の側面は舞い上がった炭を浴びたかのようにして黒鉛で汚れていた。それも彼が試行錯誤した証拠であると言える。

 

 夢に向かって邁進するのは相変わらずだが、友達の夢の為にも世話を焼ける弟のことを蔦子は誇らしく思った。

 

 満足気に笑顔を浮かべた蔦子は、義勇の耳元にまで顔を近づけると囁いた。

 

「義勇、一人で無理しちゃ駄目よ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。私に出来ることは少ないかもしれないけど、私は私に出来ることで義勇の力になりたいから」

 

 聞こえなくともいい。いや、聞こえないからこそ蔦子は囁いた。夢に邁進する今の義勇に対し、自分のことで悩んでほしくないから。

 

 囁いた後に、蔦子は暖かさに満ちた母のような微笑みを浮かべて義勇の頭を撫でる。

 

「さてと……義勇がこんなに頑張ってるんだし、ご飯持ってきてあげなきゃね!今日は義勇の好きな鮭大根だし。疲れた体はしっかり休ませてあげないと!」

 

 その後、蔦子は姉らしい世話を焼く為に再び張り切って部屋を出ると、おぼんに出来立ての鮭大根を注いだお椀と彼女が自力で握った、二つの暖かいおにぎりを盛りつけた皿を乗せて義勇の部屋まで運んだ。それらにラップを被せて保温出来るようにした上でメッセージを書いた紙を添えて、義勇を起こさないようにそっと部屋を出た。

 

 ――その心に、これからも義勇を見守り続けることを固く誓って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……!夕方か……」

 

 ふと目を覚ました俺は、瞼を擦りながら体を起こして周りを見回した。窓から差す朱色の陽光。そこから、今の時間は夕方なのだと察した。

 

 どうやら、透に渡す"全集中の呼吸"のノートのまとめを終えた後に少し休もうとしたら、結局は寝てしまったらしい。

 

 伸びをしながら視線を下に移すと、おぼんが机に乗せてあった。そのおぼんの上には、お椀に注がれた鮭大根と皿に乗せられた二つのおにぎりが置かれている。更には、四つに折り曲げられた小さな紙もそこにあった。俺がいつも使っている箸もある。

 

 一番気になった小さな紙に手を伸ばし、それを開いてみると……。そこに書いてあったのは、蔦子姉さんからのメッセージだった。

 「義勇、お疲れ様!今日は義勇の好きな鮭大根よ。美味しいご飯を食べて、ちゃんと体を休めてね♪」という愛しかないメッセージと共に、漫画タッチで描かれた姉さんの可愛らしい自画像があった。

 

「……『P.S. おにぎりは私の手作りよ♪』……か。ありがとう、姉さん」

 

 わざわざ俺の為に手作りのおにぎりまで用意してくれたとは、本当にありがたい。俺は思わず頬を緩めながら感謝した。

 

 用意された皿やお椀にかけられたラップを取ると……白い湯気が上がる。

 

 微笑む程度に緩んでいた頬が更に緩む。それを自覚しながらも、息を吹きかけてある程度冷ましてから鮭大根の汁を口にした。

 

 こんこんと浮く和風の出汁や味噌がよくきいていて非常に美味い。

 

 同時に、優しい温もりと旨味が口の中に広がっていくのが分かった。

 

「ふふ……温かいな……」

 

 体が軽くなり、空に舞い上がってしまいそうな感覚を覚える。

 歳がいくつであろうと、好物は人に安らぎを(もたら)してくれるようだ。変わらずにな。

 

 俺は心が安らぐのを感じながら、夕飯をじっくりと味わった。

 

「……しかし、母さんの作る鮭大根は美味しいな……。今度作り方を聞いておくか。作れるようになって損はないしな。…………()()()()()()()()()()()()()()()()

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