少し時間を遡ろう。
――冨岡勇斗。前世の義勇にそっくりな姿をした、今世の彼の父親である。また、現役のプロヒーローで「鎮静ヒーロー・凪」として日々活動している。
普段はどこかほんわかとした天然というような印象がある美青年だが、ヒーローとして活動する時にはクールに徹して普段の彼からは想像も出来ない程の覇気を発する。そのギャップもまた、彼がプロヒーローとして人気を博する理由だ。
過去一年間の事件解決数、社会貢献度、国民の支持率などを集計することでランキングとして順序付けて発表する番付、ヒーロービルボードチャートJPにおける順位は、大抵40位から50位以内とそこそこのもの。――とは言え、ヒーロー飽和社会と言われてごまんとヒーローの溢れる今の社会で言えば、十分上位にいるのだが――
しかし。繰り返すようではあるが、「鎮静ヒーロー・凪」は単純な実力面ではトップヒーロー達から一目置かれる程なのだ。無論、"真のヒーロー"足り得る者達からは、彼がヒーロー活動に賭ける熱意も評価されている。
どのようなヒーローから一目置かれているのかという例を挙げるとするなら、不動のNo.1ヒーローであるオールマイトや、勇斗より10歳年下ながらもトップ10以内に上り詰めつつあるベストジーニスト、必ずや20位以内にランキング入りを果たす11歳年下のギャングオルカ、山岳救助などを得意としてメキメキ実力を伸ばし、キャリアを積みつつあるヒーローチーム、ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツの面々といったヒーロー達である。勿論だが、彼を尊敬するヒーロー達はそれだけに留まらない。市民だってそうだ。
言わば、彼は縁の下の力持ち。オールマイトがいるから大丈夫だなんて考える愚かなヒーロー達もいる中、彼は決して安心することなく常に己を高め続けている。そんな真面目な人物でもある。彼が居なければ、今のヒーロー社会はもっと酷い有様になっていた……かもしれない。
そんな彼が今回の事件を引き起こした
★
「マスキュラー、ここからは僕が相手だ」
「おおっ!誰かと思えば、凪じゃねえか!会いたかったぜ!」
「会いたいと思うのはお前だけだ」
勇斗は超硬質の木刀を構えながら、相手を穿ち抜かんと狙いを定める狙撃手のような鋭い瞳で赤いタンクトップを着て筋骨隆々な肉体を見せつけている金髪の
相手の筋骨隆々な男は、睨みつけられようが怯みもしない。その言葉通り、勇斗に出会えて嬉しいと言わんばかりに狂喜の笑みを浮かべた。
このボディービルダーのように
そんな遊園地などのような場所に堂々と出没すれば、呆気なく捕まるはずではないのかと誰もが思うはず。だが、この男は一味違った。生まれながらにして強力な"個性"に恵まれたのだ。
マスキュラーの"個性"、"筋肉増強"は自らの筋繊維を増幅したり、体の内外に纏うことで筋力を増強するブースト系の"個性"だ。単に筋力が増加するだけでは留まらない。大量の筋肉で体外を覆えば強固な肉壁を形成することも出来る。
これぞ、まさに攻防一体の強個性。更に言えば彼の殺意に応じて増強の効果はみるみる増していく。彼の殺意と同じように、その効果は限界を知らない。
このような強個性に恵まれたマスキュラーは、これまで己を取り締まる為にやってきたヒーロー達を
そして、その実力に圧されて、マスキュラーは何度も逃走を余儀なくされている。ヒーロー達を嬲り殺しにしてきた彼からすれば、唯一の強敵。言わば好敵手のようなもの。いつの間にか、彼は凪と戦うことに楽しみを覚えていた。
だから、こうして凪と対面する日を楽しみにしていたし、会えたことが嬉しい。マスキュラーは、ヒーローに憧れた幼い子供のような興奮した気分になっていた。
「そろそろ終わらせよう。因縁と悪夢を。お前はここで捕らえる」
「やれるもんならやってみやがれェェェ!!!」
因縁の対決が幕を開ける。まず、マスキュラーは小手調べとばかりに、そばにいた下っ端の
「先手必勝、遠距離攻撃だ!」
勇斗の間合いの外から攻撃出来る
一人は腕を猛毒を持つ蛇に変化させて伸ばし、もう一人は指先から無数の針を発射した。
勇斗は動じない。蛇よりも遥かに上の速度で迫る針の軌道を正確に読み、木刀を振るって一つ残らずはたき落とした。
更に迫り来る蛇の首を片手で鷲掴みにすると蛇の首を絞める勢いでそこを両手で握り、ハンマー投げの選手のように己の足を軸にして回転していく。
そして、ダイナミックスイングの要領で遠心力をつけ、腕を蛇に変化させる"個性"を持つ
投げ飛ばされた
空中を吹き飛んでいく彼に、体勢を立て直す術は無かった。
既に追撃の為に発射されていた針をその体に受けながら、腕を蛇に変化させる
「お、おいっ!退け!」
「煩え!好きでやってるんじゃねえんだぞ!」
地面に倒れた
敵対する相手がすぐ側にいる中で大々的に隙を見せるとは、なんと愚かなことだろうか。戦闘の心得を何も分かっていない。今が戦国時代なら、あのようにして作戦のことで揉め合っている内に、敵軍によって一気に攻め落とされてしまうことだろう。
勇斗は彼らの隙を見逃さない。彼らが揉め合っている内に、その寸前にまで肉迫。
そして、やっとのことで立ち上がった彼らの脳天に――
「ふっ!」
鋭く爆発させるように息を吐き出しながら超硬質の木刀を振り下ろし、叩きつけた。
その木刀は、ビルや車でさえも叩き斬れる程の強度を持つ。例えるのなら、タングステンで出来た鋼鉄の棒を脳天に叩きつけられたようなもの。脳震盪を起こして気絶するのは当然だ。流血しないだけマシである。
呆気なく気絶した二人の
炎を防ぐために、勇斗は"凪"を使用して無のエネルギーを放出する。そして、それを強固であれど、薄く透明な長方形の障壁に変化させて、炎を防いだ。
炎を防がれたことに相手が戸惑っている間に、勇斗は障壁に掌底打ちを叩き込む。彼の放った掌底打ちの衝撃に乗せられ、障壁は一直線に龍の顔をした
「へぶっ!?」
壁に勢いよく投げつけられ、形を崩したスライムのようにしてぶつかってきた障壁にへばりつく
家の窓に張り付いたヤモリのような間抜けな格好をしたままで吹き飛んでいき、彼はテーマパークの広大な通路の脇にある木に激突して気を失った。
更に、顔を龍のそれに変化させた
その敵は、体を霧状に変化させて霧散した。その次の瞬間、霧が実体化して子供程の背丈に縮んだ姿で彼が再び姿を現す。その数は30を優に超えていた。
『いくぞォォォ!!!!!』
30人に増加した
勇斗の姿は一瞬の内に彼らの群れに覆い隠されて見えなくなり、彼は数の暴力に打ちのめされた――かに思われたが。
「おおおぉぉぉっ!!!」
『ぎゃあっ!?』
次の瞬間に発せられたのは、勇斗の猛々しい叫び。同時に分身達が次々と吹き飛ばされて消えていく。
超硬質の木刀による乱打。それによって、勇斗は数の暴力を退けたのだ。
分身が消えることで、自然と本体が残る。本体が元の大きさに戻った瞬間。その鳩尾に振るわれるのは、超硬質の木刀。
野球ボールを打つ際に振われるバットのような勢いで迫る木刀は霧に変化する
鳩尾に木刀の殴打を喰らった
「グルルルルルル……!ガオオォォォォ!!!」
いつの間に変化したのだろうか。虎の姿をした
突進しながら、その鋭い牙を勇斗に見せつけていた。その腕を、足を、肉を……全てを喰い千切らんばかりに。
クールという名の仮面を被り、動揺を映さない勇斗の瞳が虎の姿をした
鋭い眼光を発するかのような瞳は、虎の姿をした
その錯覚が、
腹を強打されて穴の空いた風船のように抜けていく肺の中の空気と、噴火が近づくにあたって押しあがってくるマグマのように口から溢れ出す涎。勇斗のボディーブローによって、
そして、体勢を低くした状態でその懐に潜り込んだ勇斗は、体の可動範囲をフルに活用して強烈なアッパーを繰り出す。
アッパーの炸裂した場所は、虎の姿をした
体は虎であれど、元は人間。急所は同じであり、空中に浮き上がりながら脳震盪を起こして気絶した。何度か体を地面に打ち付けてから気絶する
目線の先には、ボキボキと拳を鳴らしながら期待と殺意に満ちた笑みを浮かべるマスキュラーの姿がある。下っ端がやられようが、知ったことではないらしい。そういった振る舞いもまた、彼が単なる小物の
これからお前を自慢の拳で殴りつけると言わんばかりに両肩をぐるぐると回してほぐすと、彼は深く腰を落とした。
「まあ、そうこなくちゃ面白くねェよな……!いくぜ、凪!」
「今度こそ……血ィ見せろやァァァァァ!!!!!」
猪どころではない。時速60kmの自動車並みの勢いでマスキュラーは突進してくる。足に筋繊維を纏わせることで筋力を増した状態の突進は、凄まじい威力を発揮する。衝突されてしまえば骨折すること間違いなしだろう。
両手の薬指と小指を折り曲げて掌につけ、それ以外の指は立てたままで手根同士を合わせるという如何にも不思議な構えを取った勇斗は、"凪"を使用して無のエネルギーを発生させる。そして、車のコーティングを行うようにしてマスキュラーの周囲に無のエネルギーを纏わせた。
「ん?何をしてるってんだ……ッ!?」
特にダメージもない為、マスキュラーは平然と笑っていた。しかし、その三秒後には目を見開くこととなる。
「っぐぅぅぅっ……!何なんだ、こいつはよォ!」
空中を泳ぐかのように、マスキュラーは必死に手足をバタつかせる。無論、これは勇斗がマスキュラーの周囲に纏わせた無のエネルギーによる影響である。エネルギーが、増加した足の筋力や地面を蹴った際に生まれた力……。その全てを鎮静化して打ち消したのだ。
因みにだが、纏わせたエネルギーは勇斗本人が打撃を叩き込むなどして直接干渉するまで消え去ることはない。マスキュラーがどれだけ抵抗しようが無駄なのだ。
空中でバタつく滑稽な姿となったマスキュラーに向けて、勇斗は必殺の一撃を叩き込む。
「波濤打ち・
自分の意識を凪ぎ、擬似的な無意識状態になることで脊髄反射に身を任せた無数の乱打を繰り出す。嵐の中の海で激しく巻き起こる波を彷彿とさせる威力と勢い。「波濤」の名がついているのはそれが理由だ。
「あぶぎゃあっ!?」
無意識下で行われる動きこそが最も速度を発揮する。これまでも何とか勇斗と渡り合ってきたレベルの実力しかないマスキュラーが、無意識下における勇斗の攻撃を見切れる訳がなかった。
顔や体のあちこちに痣や赤く腫れた部分の出来たマスキュラーは、超硬質の木刀による乱打の痛みを打ち消すようにして、駄々をこねる子供のように地面をゴロゴロとのたうち回る。
しかし、その痛みが痛みであったのはたった数秒のこと。時間が過ぎれば、それは対峙する相手の強さの証明へと変化する。更に、その強さの証明はマスキュラーの中で喜びと相手を殺すという行動のやりがいへと昇華する。
だからこそ――マスキュラーは、口の端を吊り上げて笑っていた。白い歯を見せて、殺意に満ちた笑みを浮かべていた。
「……狂っているな」
勇斗の頬を一滴の冷や汗が伝う。無意識のうちにそんな呟きが口から溢れ出た。油断もなく、再び木刀を構える中……勇斗の視界にコソコソとこの場から逃げ出そうとする
その姿は、端的に言えば白いイタチ。しかし、その尻尾の先には鋭く大きな鎌がある。
(逃がすか!)
自分の後ろにたった一人であろうと
「おい、待てよ!そうはいかねえぞ!凪、お前の相手はこの俺だからなァ!!!」
勇斗が直接干渉したことで、マスキュラーの体に纏われていたエネルギーが消滅した。結果、マスキュラーは満足に体を動かせるようになった。
満足に攻撃を叩き込めず、不完全燃焼状態であった彼は更に奮起する。足の筋力を増加させることで再び勇斗に向けて肉迫。
勇斗は、先程と同じようにエネルギーを纏わせようと構えを取るが……出来なかった。
何故ならば、彼が構えを取ると同時にマスキュラーがもう一度地面を踏み込み、更に筋力を増加させて砲弾のように突っ込んできたからだ。
エネルギーを纏わせられる?それならば、纏わせられるよりも速く相手の元に辿り着けばいい。……マスキュラーが出した結論は単純だった。
更にマスキュラーは考える。こっそりと隠しておいたもう一人の下っ端……即ち、白いイタチ姿の
それならば――
「こうするのが、最適だってもんだろうよォォォ!!!」
体外に解き放たれる何本もの筋繊維。それは一つにまとまって腕に纏わりつく。その動きは、まるで生きた蛇のよう。今までマスキュラーの体内に収められていた筋肉が遂に体外に解き放たれ、外の景色を久しぶりに見た囚人達のように狂喜乱舞しているようだと勇斗には思えた。
まとまった筋繊維は徐々に上半身の全体にも纏われていき、強固な筋肉の鎧を形成した。兵器を取り付けたサイボーグの腕のような禍々しさを漂わせる筋繊維の鎧を纏った腕は、速度と勢いを落とすことなく、勇斗へ向けて一直線に振り抜かれる。
赤いタンクトップを引きちぎる程に膨れ上がった上半身と、見た目がそのままの下半身はアンバランスという他ない。それでも、スピードを一切落とすことなくはち切れんばかりに膨らんだ腕を振り抜くとは……何とも恐ろしい体幹の持ち主である。
「くそっ……!」
これ程に膨らんだ腕が自動車以上の速度でぶつかってくることを考えるだけで悪寒がする。勇斗は、己が手足を本来そうあるべきでない方向へと向けて地面に転がっている光景を容易く想像してしまった。
だから、死に物狂いでマスキュラーの拳を
連続でマスキュラーが振り抜く拳。勇斗がそれを
――
閑話休題。
「やるしかあるまい……」
ならば、本気を出してマスキュラーを潰す他ない。自分は多くの命を背負っているのだから。
「形質変換ッ……!凪ノ太刀!!!」
己の肉体から放たれる無のエネルギー。それを刀の形に変化させることで、勇斗は間合いと太刀筋が自在に変化する、不可視の刀を形成した。超硬質の木刀と、"凪"によって発生するエネルギーによって作り出した不可視の刀。これらを使用した二刀流こそ、「鎮静ヒーロー・凪」の本領発揮なのだ。
筋力増加によって身体能力を増したマスキュラーに対抗する為にも、それを増加する術のない勇斗は足元から無のエネルギーを放出しながら高速移動することで代用する。
そうして繰り広げられるのは……テーマパークの広大な通路を存分に使用した乱戦。
通路を縦横無尽に移動しながら交わされる拳の乱打と、木刀と不可視の刀を交えた乱打。それらがぶつかり合う度に何とも聞き心地の良い、木を殴りつけた甲高い音が通路いっぱいに鳴り響く。
距離を詰めて拳と木刀とを押し付け合い、距離を離した瞬間、勇斗が不可視の刀を振るい、マスキュラーが筋繊維の鎧でそれを防ぐ。そして、また距離を詰めて激突する。
幾度も交わされる衝突の中でも、多少なりとも頭は使えど力で押し切らんとするマスキュラーとは反対に、勇斗は真正面から殴り合いながらも小細工を仕掛けていく。
(筋力が……増加しねェ!?)
殴り合いをしている中、マスキュラーはこれ以上筋力が増加しないことに気がついた。基本、彼の筋力は無制限に増加する。それを抑える方法を探り出せていない彼自身が困る程には。しかし、何故か今の筋力が限界らしいのだ。
これもまた勇斗の策略の一つ。彼は、無のエネルギーで形成した刀を度々直接突き刺したり、木刀で突きを繰り出したりしている。
さて、これは本当に単なる突きなのだろうか?答えは否。単なる突きではなく、策略を仕込んだ上での突きである。木刀を通して、若しくは無のエネルギーで形成した刀を突き刺すことによって、勇斗は"凪"で発生するエネルギーをマスキュラーの体内に流しているのだ。
結果、マスキュラーの体内には無のエネルギーが蓄積し、筋力を増加する効果が極限まで鎮静化されて、これ以上は増加しないという事態に陥った。
体内を見透かすことが出来たりでもしない限り、体内に流し込んだエネルギーのことを察知されることはない。そこを利用した立派な策略である。
それに、勇斗の発生させられるエネルギーの量には限界がない。デメリット無しで無制限にエネルギーを放出することが出来るのだ。度々ヒーローの特集番組で、「鎮静ヒーロー・凪」の"個性"が「類稀なる強個性」だと紹介される理由はそこにある。
筋力が増加しない事実を知ったマスキュラーは焦る。当然だ、知らぬ間に自分の図り知れない何かをやられたのだから。
一方、勇斗も自分が何をしたのかを相手に教えはしない。わざわざ、敵対する相手に自分の持つ能力や限界を教えたりするだろうか。いや、誰もしない。そうすることで焦りを誘うのもまた勇斗の戦略。
マスキュラーは、勇斗の掌の上で踊らされていた。
「てぇりゃあぁぁっ!」
両手の刀を振るい、勇斗は畳み掛ける。
「うぐぉぉぉ!?」
押し寄せる津波のような勢いで叩き込まれる両刀を交差させた腕で防ぎながら、マスキュラーは敗北の予感を覚えていた。
彼自身も強くなった。それは事実なのだが、勇斗は更にその上をいっていた。このままでは、自分は刑務所行き。他人を殺す快楽を味わえなくなる。
(何か手はないか……!?凪を殺せる手は……!)
攻撃を防ぎながらもマスキュラーは辺りを見回す。危険な時だからこそ、焦らずに視野を広く持たねばならない。自動車を運転する時と同じように。
そうして辺りを見回していると、一人で辺りを彷徨う少女を見つけた。三つ編みの少女。歳は5歳くらい。もしや、迷子なのだろうか。
「見つけた……!」
これぞ、千載一遇のチャンス。皮肉にも今まさに、マスキュラーは窮地に活路を見出した。
「うおおおおおおおおおおっ!!!!!あの嬢ちゃんを殺してやるぜェ!!!」
殺す標的を宣言し、マスキュラーは勇斗にストレートを叩き込んで彼を突き放した。距離が空いた隙に幼い少女に向けて肉迫する。
「ッ、まずい!」
地面を滑るように後退させられながら、勇斗はマスキュラーの移動する先を見た。散ってはならない幼き命を守る為、勇斗もまた足から放出するエネルギー量を増加して全速力で飛び出す。
幼き命を守る為にも、勇斗はマスキュラーの体内に流し込んだ無のエネルギーと、不可視の刀を形成していたエネルギーをも集めて木刀に纏わせ、全てを凪ぐ巨大な太刀を形成。そして、マスキュラーよりも先に少女の元に到達し、その背中を守るように立ち塞がった。
立ち塞がる勇斗を見たマスキュラーは、嬉しそうに笑う。その瞳は自分の仕組んだ通りに事が進んだ嬉しさに満ち溢れていた。
「立派なヒーロー、凪さんよォ!お前ならそうしてくれると思ったぜ!!!子供を守る為に精々潰れちまいなァァァァァ!!!!!」
マスキュラーの筋力が最大になり、今の限界まで筋繊維が纏われる。巨大な丸太の如く膨れ上がった両腕。それを勇斗目掛けて勢いよく振り下ろした。
「はああああああああああああっ!!!!!」
勇斗もまた、渾身の雄叫びを上げて全てを凪ぐ太刀を振るう。
凄絶な力と力の衝突。それは風圧を巻き起こし、少女の体を少しだけ吹き飛ばした。
「きゃっ!?」
突然巻き起こった風圧に驚いた少女は地面を転がり、かぶりを振った後に風圧が押し寄せた方向を見る。
「な、凪……!?わたしをたすけてくれたの!?」
ピンク色のリボンをつけた茶色い熊のぬいぐるみを抱えながら、驚いた少女が声を上げる。
今は、一刻も早く彼女を非難させることが第一。
「僕のことはいい……!君は行くんだ!お父さんとお母さんが君のことを待っているはずだ……!
腕に青筋を浮かべ、木刀を両手で支えながら必死の形相の勇斗が言う。
少女としては、そんな表情をした「鎮静ヒーロー・凪」を見たことがない。泣きそうな顔になりながらも、彼女は凪の勝利を信じて振り返らずに駆け出していった。
「ははは!いいなァ、いいな!それでこそ殺し甲斐があるぜ!」
「っぐっ……!」
――結果から言おう。勇斗は隕石の如く迫る筋繊維の壁に対し、少女の背中が見えなくなるまで持ち堪えた。
「いやああああああああっ!!!」
「ッ、蔦子……!?」
テーマパーク中に轟き渡る、蔦子の悲痛な叫び。
もしや、自分の娘に何かあったのではないか……?
勇斗は、目の前の出来事から注意を逸らしてしまった。
「!神様は俺に味方してくれたようだな!これで終わりだ!潰れちまえ、凪!そして血を見せてくれ!骨が砕ける音を聞かせてくれよなァァァァァ!!!!!」
「しまっ……!」
勇斗の注意が自分から逸れたのをいいことに、マスキュラーは限界を突破した。勇斗の防御を完全に押し切る、大質量の筋繊維の壁を彼に向けて押し付けた。
「ぐっ……!?がふっ……!」
額が切れ、垂れた鮮血が彼の視界を真っ赤に染める。
腹部に命中した筋繊維の塊が肋骨をへし折る。
また別の塊が顔面に迫り、両目を潰してしまう。
手足の骨をへし折らんばかりに壁が押し付けられ、嫌な音が耳に届く。
終いには内臓までも傷つけられ、噴き出した温泉のようにして大量の血を吐いた。
実際には、数分とない時間だったかもしれない。だが、勇斗には何時間にも感じられる拷問のようだった。
覆い被さっていた筋繊維が全て退く。
「はは、こりゃいい」
筋繊維が退いた先で露わになった勇斗の姿を見たマスキュラーは、彼の元に歩み寄ってその首を鷲掴みにしながら、自分の制作していた作品が完成した芸術家のように満足そうに笑った。
男性にしては白く、美しかった肌は
(凛……守れなくて、ごめん……)
先程の蔦子の悲鳴と、夫婦として共に過ごしてきた上での勘で全てを察した。愛する人を、一番大切な人を守り切れず死なせてしまったのだと分かってしまった。
(義勇、蔦子……。父さんは、ここまでだ……)
自分の死が近いことも察した。愛する子供達の顔が脳裏に浮かぶ。どうしようもない愛おしさを覚えると共に、二人の成長を見届けられない悔しさに襲われた。
真っ黒な視界。光一つ差さない混沌の世界。勇斗は、己の行く手には死という名の絶望しか待っていないことを痛感させられた。
――「鎮静ヒーロー・凪」。彼にとって、最初で最後の敗北であった……。
冨岡義勇英雄伝:再編集をこれからどうしてほしいですか?
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このままで続けてほしい
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義勇さんだけが活躍する作品の方が見たい