「ん~っ……たまにはのんびり散歩もいいもんだなぁ……」
休日である日曜日の朝、たまたま早起きした少年──織斑一夏は、二度寝するのもどうかと思ったしせっかく早起きしたんだからと散歩でもしようかと決め、伸びをしながら学生寮の庭を歩き回っていた。
ただ庭だと言ってもIS学園の学生寮の庭だけあって広く、緑も豊かで空気も美味い気がする。彼がそんな事を考えながら歩いていた時だった。
「ん?」
校門の辺りに差し掛かった時、誰かがそこに立っているのを見つける。遠目だし早朝だからだろうか白い霧が立ち込めていてよく見えないが、どうやら女の子らしい。
「おーい君! どうかしたのか?」
「あ、おはようございます」
とりあえず話を聞いてみようと思った一夏が駆け寄りながら声をかけ、ニコッと微笑んで声をかけてきたのは、ショートカットにした銀色の髪を揺らす、薄緑色の瞳をした中学生くらいの少女だった。肩を出すタイプの純白のワンピースが無邪気な雰囲気を漂わせている。少なくとも一夏は学園では見た覚えのない顔だった。
「えっと……何か用事かな?」
「失礼しました。私、ジャクリーンと申します。IS学園に会いたい方がいるのですが……少々早く来すぎてしまいまして……」
目の前の少女が恥ずかしそうに苦笑する。たしかに時間は早朝、今日は
「じゃあ食堂くらいなら開いてるだろうし、そこで飯でも食べて時間を潰したらどうだ? 俺が案内するよ」
「そうですか? ではお言葉に甘えさせていただきます。ありがとうございます、織斑一夏さん」
「気にしなくていいよ。ついて来て」
食堂はもう開いているはず。仮にまだ食事の準備が出来てなくても談話室としての使用は出来るし、外で待つよりはずっとマシだろう。
(ん? 俺名前名乗ったっけな?)
名前を名乗った覚えがないのに名前を呼ばれた一夏が心の中で疑問を持つが、しかしまあ些細な事だし今は彼女をまだ早朝で肌寒い外から風が入ってこないだけ暖かい室内に連れていく方が先だよなと思い直し、彼女を案内するように校内へと連れていくのだった。
「シ……ア……」
「あん、一夏さんっ……」
「セ……リ……」
「あ、うん……」
「セシリアッ!!!」
「ひゃいっ!?」
がばりっと少女──セシリア・オルコットは起き上がると、先ほどまで自分の身体を揺らして起こそうとしてくれていたらしいルームメイト──如月キサラを見る。
「キ、キサラさん?」
「キサラさんじゃないっつーの。さっきから電話が鳴りっぱなしでうるさいの。早く出てくれる?」
ぽかんとしたセシリアにキサラはそう言ってセシリアが枕元に置いている携帯電話を指差す。たしかに着信を示す着メロが響いてバイブも揺れており、なんで気づかなかったんだろうとセシリアは慌てて携帯電話に手を伸ばす。それを確認してキサラも自分の寝所である寝袋に潜り込んだ。
「Hello?」
電話の相手は外国人らしく、セシリアは英語で挨拶。「Oh」と驚いた声を上げてにこやかに会話を続ける。
「……What?」
しかしその次の瞬間セシリアの笑顔が固まった。話が続いていくごとに顔もどんどん青ざめていき、最後に彼女は機械的にコクコクと頷いて電話を切ると携帯電話を元の場所に戻す。その彼女の腕はブルブルと震えていた。
「た、たたた……大変ですわー!!!」
そして大慌てで寝間着から私服に着替え、慌ただしく部屋を出て行った。
「うるさいなぁもう……」
そんなドタバタを聞きながら、キサラは寝袋を深く被って二度寝を開始するのだった。
「い、一夏さーん!!」
部屋を出て行ったセシリアは食堂に駆け込む。コア・ネットワークによる位置確認だ。既に食堂は開いていて朝食も取れるが今はそれどころではなく、セシリアは食堂内をきょろきょろと見回す。
「お、セシリアじゃないか」
突然聞こえてくる男の声。それの意味する事はたった一つ、セシリアはその声の主にしてこのIS学園にいる唯一の男性の方を向き、その相手の顔を確認する。
「一夏さん!」
たまたまセシリアが見える方向に座っていたらしい、おーいと手を振っている一夏を見たセシリアは大慌てで駆け寄る。
「一夏さん! 大変なことが! もし銀髪の小柄な少女を……いえラウラさんとは違うんですが、そんな女の子を見かけたら決して近づかず私にお知らせを──」
「え? 銀髪の小柄な子って……」
大慌てでまくし立てるセシリアに対し、一夏はきょとんとした顔をしながら自分の正面且つセシリアからしたらソファで死角になる部分を指差した。
「この子のことか?」
「…………はい?」
一夏が指差す方向を覗き込むセシリア。そこにはさっき自分が言った通りの特徴をした女の子──ジャクリーンがのんびりとサンドウィッチを齧っている姿があり、彼女はセシリアがこちらを見たのに気づくとにこっと微笑みを向けた。
「お久しぶりです、セシリアお姉様☆」
「遅かったですわー!」
直後、崩れ落ちて手と膝を床についたセシリアの悲鳴にも似た叫びが食堂に響くのだった。
「へー。ジャクリーンってセシリアの従姉妹だったのか。それならそうと言ってくれれば俺からセシリアに連絡したってのに」
「ごめんなさい、一夏様。お姉様を驚かせたくって」
「ははは。じゃあ作戦大成功だな」
てへっと照れ笑いをするジャクリーンと談笑する一夏。セシリアは朝食として選んだトーストやサラダと言ったリーズナブルな洋風セットを持ってくるとちゃっかり一夏の隣の席に座り、一夏にどいてもらった事で正面に捉えたジャクリーンをジト目で見た。
「それで、ジャクリーン。一体何のために家を脱走などしたのですか? 叔父様が心配しておりましたわよ?」
「脱走って……どういうことだ、ジャクリーン?」
セシリアの言葉を聞いた一夏が脱走などという穏やかじゃない台詞に慌てたようにセシリアと一緒にジャクリーンを見る。が、彼女は特に重大でもなさそうにひょいと肩をすくめた。
「脱走なんて大袈裟ですよ、お姉様。私はちょっと“日本に行ってきます”と書きおきを残してこっそり家を出て、事情を知らない操縦士を騙してプライベートジェットで日本まで向かってもらっただけですのに」
「どこからどう聞いても恥ずかしくない脱走ですわよ!」
「ま、まあまあセシリア、落ちつけって……」
うふふと笑うジャクリーンにセシリアが怒号を上げ、隣の一夏がなだめる。
「ってか、おじさん?」
「あ、はい。叔父様は法的に私の後見人をしてくださっている方ですの。家の関係者の中では唯一信頼できる方ですし、余程の事がない限りはオルコット家の運営に手や口を出したりせず、私に任せてくださっておりますわ」
セシリアもオルコット家の当主を継いだとはいえ未成年である以上後見人が必要らしく、それを引き受けてくれたのが自身の叔父でありジャクリーンの父という男性。
しかしその人は基本的にはセシリアのやり方には口を出さずに任せており、もし手を出さなければいけないような事が起きてもセシリアや今オルコット家の実務を実質的に引き受けているチェルシーにちゃんと断り、許可を得てから対応を行うなど、セシリア達の知らないところでオルコット家に関わる何かをするというような事はしていないらしい。
それ故か、セシリアも彼の事は信頼できると答えており、それは彼女の微笑みも本心だと示していた。
「とにかく、今すぐにIS学園を出ていってイギリスに帰りなさい」
「お、おいおいセシリア。わざわざイギリスからお前に会いに来てくれたってのにその言い方はないだろ?」
「……私に会いに? いいえ、違いますわ」
「え?」
ビシッと食堂の入り口を指差して出ていけとジェスチャーで示すセシリアを再び一夏がなだめようとするが、セシリアはその一夏の言葉を否定する。
「ジャクリーンの狙いは貴方ですわ、一夏さん」
「……は、はぁっ!?」
「そうでしょう?」
セシリアの告白に一夏が呆けた声を出し、そしてセシリアはまるで標的から目を離さないというように、笑顔を浮かべたままのジャクリーンを見据え、睨みつけた。
「
その言葉を合図にしたかのように、ジャクリーンの微笑みにどこかほの暗いものが混じった。
「え? で、でもジャクリーン、お前IS学園までセシリアに会いに来たって……」
「何を言っているんですか、一夏様? 私、
「え……?」
一夏の言葉にジャクリーンがニヤニヤ笑みで答えると、一夏は校門前で出会った時の記憶を思い返す。
──えっと……何か用事かな?
──失礼しました。私、ジャクリーンと申します。IS学園に会いたい方がいるのですが……少々早く来すぎてしまいまして……
「……た、確かにセシリアに会いに来たとは……言ってなかったような……」
当時の記憶を回想した一夏は、まるで頓智というか先入観を利用した悪戯めいた言葉選びに苦笑した。
「はい。私一夏様にあるお願いがありまして会いに来たのですが、朝早く来すぎてしまって、そんな時間にお願いするのは迷惑なのではないかと思いまして、少々時間を潰させていただきました」
「いや別に迷惑なんて……でも、俺にお願いって? 俺に出来る事でよければ協力するぜ」
「ではお言葉に甘えて──」
一夏の言葉を聞き、まるで言質を取ったとでも言いたげにジャクリーンは黒く微笑んで立ち上がり、一夏をビシッと指差す。それは入学初日にセシリアが一夏に対しある事を持ちかけた時の事を思い出させる格好だった。
「──織斑一夏、貴方に決闘を申し込みます」
「…………はい?」
ジャクリーンの決闘の宣誓と一夏のぽかんとした声が、不思議と静まった休日の食堂に響くのだった。