戦争から生まれた国〜デルメル平和共和国〜(上)
いわゆる【交戦星域】と呼ばれる領域に存在する同盟加盟国は、『銀河連邦サジタリウス準州』という開拓途上の植民惑星群を発端とするものが多く、その立地条件から頻繁に銀河帝国の脅威に晒されている国々であるのだが、何事も例外が存在する。
その例外の国、デルメル平和共和国は【交戦星域】に存在する国でありながら、アルレスハイム王冠共和国と並んで新興国に分類されている。いや、アルレスハイムは帝国からの亡命者の収容施設であり自治区であった頃の前史を含めると、デルメルはアルレスハイムと比べても『新しい国』ということになるだろうか。
デルメルの歴史は、常に帝国との戦争が密接に関わっていた。そもそものはじまりは、コルネリアス一世の大侵攻である。追い詰められた同盟諸国では反帝国感情が吹き荒れ、『帝国のスパイ』や『帝国の協力者』と見做された者達を、憲章擁護局が問答無用で拘束して回るという事が起きた。
が、その拘束対象はというと、民間が独自にスパイ狩りをはじめ、民間からの密告情報に基づいて憲章擁護局の各部局が法律によらない主観的判断により拘束するかどうかを決定していたので、当然、拘束されて各惑星の収容施設に収容された者達の大半は冤罪という事態を招いたのである。
からくも帝国軍を同盟領内から退けた後、憲章擁護局はこの真実が明るみにでないよう責任回避の隠蔽工作に走った。表向きは「当局に割り当てられた予算削減に対応し、収容者に人道的生活を送らせるため」という名目で、拘束していた収容者に自治を与えると称し、現在【交戦星域】と呼ばれている領域にあった寒貧な惑星デルメルを収容自治区に指定し、そこに収容者を居住させたのである。
が、その実施はとなると、すべてが杜撰であった。そもそもデルメルが収容自治区に選ばれた理由というのが、コルネリアス一世の大侵攻によって大きな被害を受けたのが【交戦星域】であり、当然というべきか帝国の侵略に対する協力者の風評を得たものがこの領域に多かったので、移送が楽だと極めて雑な見積もりによるものだったのである。
デルメルに移送された収容者たちは、『耕作地』という名目のまったく整備されていない広大な荒地、粗製乱造された性能の良くない農具、そして作物の種を与えられ、農作業をして自活することを憲章擁護局から求められた。収容者のだれもが無茶だと思ったが、畑を耕さない者に憲章擁護局職員は食料の配給を止めたりしたし、時折、見せしめとして公開処刑をしたりもしたので、収容者たちは生きるために畑を耕すしかなかった。
やがて過度な全体主義的統制は、大多数の民衆の反感を招いて同盟政府で政権交代が起こり、前政権の罪悪の象徴のひとつとしてあげられた憲章擁護局が解体されると、デルメルの収容者たちは被害者と見なされ、同盟市民としての権利を復活させるなどの名誉回復が行われた。
しかしデルメルの収容者たちは故地の住民から『帝国の手先』となじられ、魔女狩りのごとくに追放された者たちであったので、故郷へ戻ることを望まない者は多く、同盟新政権としても前政権の過ちを認めたとはいえ、【自由惑星同盟政府】の権限強化を目指していたので、その流れに大きなブレーキをかけるかもしれないデルメルの収容者たちの故地への帰還に対する支援は手厚いものとはならず、結局収容者の大半はデルメルに留まることを選んだ。
それを受けて同盟政府はデルメル自治区を加盟国に格上げする方針を示し、デルメルの有力者たちが集まって議会を作り、デルメル平和共和国の創立を宣言した。わざわざ国名に「平和」の文字を入れたのは、当時の住民たちが心の底から平和を切望し、この新たなる故郷が平穏ならんことをという願望を反映してのことであると伝わっている。
――そんな建国者たちの平和への熱望は、現在、たしかに実現しているのかもしれない。それが建国者たちが望んだ形であるかどうかは、確かめようもないのであるが。
「これよりデルメル国民議会を開会します。ついては常任議事執行委員会より提案します」
そんな国の議会では、開会の際に毎度一風変わった光景を見ることができる。
「本会議における議事進行役として、本委員会はアスダ・トエル・ナムを推挙します。異議ある方は申し出てくください」
「異議なし」「異議なし」「異議なし」
「では、国民議会の委任を受け、私、アスダ・トエル・ナムが本会議の議事進行役を努めさせていただきます」
これはデルメル国民議会の様式美である。これにはデルメルの成り立ちが大きく影響している。元々『帝国に対する協力者』というレッテルが貼られた者たちの収容自治区であった経緯からして、デルメルの最初の国民は帝国からの亡命者一世や二世の割合が自然と高くなったのである。
それはとりもなさず、帝国の価値観を色濃く残している者たちが多数派であること同義であり、そうではない背景の者たちからすれば大変な脅威であると言えたのである。この点について帝国系の有識者も問題に思っており、その解決策のひとつとして設置されたのが他の国なら議会議長に相当する、常任議事執行委員会である。
最初期の常任議事執行委員会には様々な背景を持つ有識者たちが『選挙を経ずして』所属し、国民議会の『正常で公正な』議事進行を行うために強権を振るったが、時代が流れるにつれて徐々にその権限が剥奪され、現在では議長格としての名誉職として認識されている。
認識されているが、今でも議会が開かれるごとに毎回人種や文化背景的に異なる議事進行を推挙し、それを国民議会が全会一致で承認することによって、この国の多様性を象徴する仕組みのひとつとも認識されているのだった。
「本日の最初の議題は、国民と議会に対する同盟弁務官の活動報告をしてもらうことです。同盟弁務官、アーノルド・フォルカー君」
デルメル平和共和国国民議会の議事進行役に指名されて、黒髪碧眼の険しい顔の男、一目でゲルマン系だとわかる男の服には議員バッジと共に、この国の与党である協商平和聯合党の党章が輝いている。しかし演壇に立った彼を、仲間であるはずの与党議員も油断ならぬ警戒した視線を送っている方が多数派であった。
フォルカーは軽く深呼吸をして、演説を始めた。
「賢明なる国民議会議員諸君。私が同盟弁務官として報告を行うのは、これが最後ということになりましょう。私めの同盟弁務官としての活動は、ともすればデルメルの国益に反すると一部の方々から思われ、この議事堂にいつも白熱の議論を巻き起こしてきたわけでございますが、それも今回で最後ということになりますので、議員諸君には今少しお付き合い頂きたく存じます」
議場に苦笑いの波が起きる。フォルカーは同盟弁務官として、あまりにもデルメルより同盟全体の利益を優先させがちだと、多くの議員から認識されていたのである。同盟下院議員ならそれでもいいかもしれないが、同盟上院議員がそうした姿勢をとるのは好ましくなかった。
同盟上院の正式名称は【同盟弁務官総会】であり、自由惑星同盟を構成するそれぞれの「共和国」から選出されて派遣される「共和国の利益代弁者」という側面が強い。そうであるからには、同盟全体よりかはデルメルの利益をこそ、フォルカーは優先すべきであろうに。そんな認識をする議員が多数派であったのである。
そんなフォルカーは既に同盟弁務官を六年間務めている。つまり今年で任期切れであり、来期の同盟弁務官選挙に立候補する気はないことも宣言しているので、この破天荒な同盟主義者が自国の利益代表者という立場でいられるのは、あと少しの間の話なのである。
「とはいえ、今回の報告は多くの議員方から賛同をいただけると確信しております。仮に反発があったとしても、些細な事柄についてのみでしょう。ええ、私はこれまでの議会にしてきた報告を思えば、非常に晴れやな気持ちで報告することができるのであります」
議員たちの大半が「はぁ?」とでも言いたそうな表情をした。議員たちは、またしてもフォルカーは上院でやらかしてきたと思っていたので、何を言ってるんだという気持ちになったのである。そして幾人かの議員が実際にヤジとして口にしていた。
そのヤジに、フォルカーは柔和な笑みを浮かべて、軽やかに言った。
「なにやら疑問の声がとんできておりますが、ただ事実を言っております。私はこの国の同盟弁務官として、大変誇らしい仕事をしてまいりました。不幸にも帝国軍に郷土を占領されてしまった同盟友邦のエル・ファシル人民の生活のために、デルメル平和共和国の弁務官として叶う限りの最大限の支援を行い、同盟政府に対しては一刻も早いエル・ファシルの奪還を求めました。また、同僚のサウリュス・ロムスキー氏の同盟弁務官事務所にて結成されたエル・ファシル亡命政府に対しては支持を表明し、要望があればなんでも伝えてほしいと明言してきたのであります」
宇宙暦七八八年八月、つまり、今年の八月のことだが、エル・ファシル共和国に駐留する同盟軍警備艦隊と帝国軍の小艦隊との間に小競り合いが起きた。これ自体は珍しいことではない。【交戦星域】においては、帝国軍との小規模な戦闘は日常的な脅威であると認識されており、今回もまたいつもの範疇におさまるはずのものであった。
しかし帝国軍の勇猛さの前に、エル・ファシル警備艦隊が惨敗を喫し、帝国軍によってエル・ファシル共和国領域全土が占領されるという事態が起きるとあっては、『いつものこと』で済まされる範疇を遥かに超えていたと言える。
よって同盟全体を重んじる姿勢をとりがちなフォルカーとしては、エル・ファシルの者たちに対して、最大限の支援を約束するのは至極当然のことであったが、それが当然とは言えない事情がこのデルメルにはあるのである。
「同盟市民である以上、生まれ育った郷土を理不尽に追われることが肯定される道理などなく、また郷土を追われた者たちが泣き寝入りせざるをえないなど、あってはならぬのです。かような悲劇は、我らが祖国を創設した建国の受難者たちで最後にしなくてはならぬ。これはデルメル建国以来の悲願であり、全デルメル国民が共有できる理想であると小職は確信しており、私の決断と行動を、多くの議員方が賛同してくれると思うのも、まさにこのためなのです」
フォルカーが胸を張ってそう述べると、少なくない議員がばつの悪そうな顔をする。生まれ育った郷土を理不尽に追われた。そうした経歴の者たちが集って建国された国であるからこそ、幼き頃からそうした物語をよく耳にして育ったデルメル人は、他の【交戦星域】の国々に引けを取らぬほど、郷土愛の強い国民性と評されがちであり、それは事実でもあったから、正面切って否定しにくい「理想」であった。
そうしてヤジをある程度押さえ込んだフォルカーは朗々と最後まで報告をし終え、「以上、同盟弁務官としての私の報告となります」と述べて自席へと戻っていった。
最初に報告に対する質疑に立ったのは、フォルカーと同じ協商平和聯合党に所属する初老のパーギリニス議員である。同じ与党議員であるのに、パーギリニスが双眸に責めるような光を宿しているのは、フォルカーがデルメルの弁務官として異端児ぶりを発揮しているからという事情もあるが、それだけが理由ではなかった。
協商平和聯合党は約半世紀前の結党以来、デルメルの与党であり続けている巨大政党であり、党内には様々な派閥を内包している。その中で二大派閥と呼ばれているものがあり、他国との交易・外交を重視する通商派とデルメル国内の内政全般を重視するのが内政派である。
この二大派閥は一方の手で党のために固い握手をしながら、もう片方の手で党の主導権を巡って激しく殴り合っているような関係であり、国民議会における会派も別々である。党中央委員会の決議で結論が出ていない事案に関しては、ほとんど別政党といってもいいぐらいに方針も異なる。
さらに加えて言えば、フォルカーは通商派に属する党幹部であったが、パーギリニスは協商平和聯合党の結党時から党籍を持つ古参党員であり、現在の内政派の領袖でもあるため、極端な行動をしがちな敵対派閥の若造に個人的にも好ましくない感情を抱いていた。
「まず最初にフォルカー弁務官の生まれ育った郷土を理不尽に追われることが肯定される道理などなく、また郷土を追われた者たちが泣き寝入りせざるをえないなど、あってはならぬとの意見には賛同し、肯定しようと儂は思う」
そう前置きした上で老年な議員は挑むような視線を向けてきた。
「だが、エル・ファシル人民の生活のために弁務官として骨を折ってやったことは良いとしても、同盟政府に早期のエル・ファシル奪還を求め、さらには亡命政府の支持までやってくるとはあまりにスタンドプレーが過ぎないかね。無論、デルメル政府としても、亡命政府の承認、そして支持をすべきだとは思うが、色々と手続きというものがある。それを待たずに弁務官が独断で支持を表明するのは軽率ではないか。これについて、どのように考えている」
「フォルカー弁務官」
「お言葉ですが、同盟政府にエル・ファシル奪還に動くことを求めず、どのようにしてエル・ファシル奪還を行うつもりですか。まさかオリュンポス・カンパニーの警備部門の兵隊を派遣するというわけにもいきますまい。そしてエル・ファシル亡命政府の支持についてですが、多くの国の弁務官が、本国政府の亡命政府承認を待たずして、支持表明を行なっており、あくまで弁務官府の方針を表明するものに過ぎず、特に問題ないかと」
「パーギリニス議員」
「儂が問題にしたいのは、そのオリュンポス・カンパニーだ! そなたの先んじた行為のために、デルメル政府そのものが既にエル・ファシル亡命政府を支持したという風評がたってしまい、かの企業が大きな取引上の損害を被ったとの声が届いている! 別にオリュンポス・カンパニーに限った企業のことではないが、経済への影響を最小限に抑えるため、もっと政府で準備してから支持表明ですべきではなかったか!」
予想していたこととはいえ、それをされてフォルカーの胸中に虚しい感情が湧いた。オリュンポス・カンパニーは、言うなればこの国の抱える歪みの象徴であり、【交戦星域】にある国家でありながらデルメルが平和を謳歌できるカラクリであった。
そもそもデルメルは建国の時点では豊かな星ではなかった。大気が人間の居住に適しているだけで、資源に乏しく土壌もよくないと評価されていた星であったので、憲章擁護局が目をつけるまでろくに開拓されることもなく放置されていた星を、囚人たちが耕してできた生活できるようにしただけの環境であり、建国から半世紀ほどは【交戦星域】に存在しつつも、イゼルローン回廊と同盟中心地を結ぶ航路から微妙に離れた戦略的価値の低い場所に存在したこともあって、時折帝国軍の小艦隊の被害を受けながらも概ね平穏で貧しい農業惑星として存在する地味な存在にすぎなかったのだ。
それが一変したのは、宇宙暦七ニニ年である。デルメル政府が実施した調査の結果、星の地中に大変貴重な資源が眠っていることが発覚したのである。
最初の調査結果が出たとき、多くのデルメル人は諸手をあげて喜んだ。これでこの国も豊かにすることできると。だが、その後も数度実施された調査においても同じ結果が出ると、政府要人の顔色は青ざめた。しかもどういう運命の悪戯なのか、発見された資源が軍事的に極めて重要な資源ばかりなのである。
もちろん、そうした状況に陥ることは事前に想定されていたので同盟軍上層部は帝国軍との交戦する前にデルメルの民間人避難を事前に行おうとした――何度も【交戦星域】に存在する国ではとられた前例のある措置である――が、デルメル人の多くはそれを拒否した。
当時のデルメル人の多くは農民であったから、農地を捨てて避難することに対して本能的な拒否感があったし、この国の歴史から『この国以外の居場所など我らにあろうか』という意識も根強く、当然としてデルメルでの戦いは凄惨なものとなり、戦いが長引くにつれて反帝国反同盟を掲げるデルメル独立勢力が台頭して双方にテロリズムを行うなど、泥沼化していった。
そんなデルメルの戦いが始まってから六年後、同盟軍がフォルセティ星域会戦で大勝利をおさめ、帝国軍が大規模な戦線の後退と整理を行うこととなったが、帝国軍首脳部はデルメルを諦めるか、厳しい状況にあっても同盟軍基地を建設させない為に戦い続けるべきか、選択を迫られることになる。
そんな帝国軍の苦悩を利用しようと考えたのがデルメル政府首脳部であった。彼らは同盟軍ひいては同盟政府がデルメルの被害のほどをあまりに軽く認識をしているのではないかと深い猜疑を抱いており、たとえ同盟軍の力を借りて帝国軍を駆逐し得たとしても、その後に同盟政府はデルメルを重んじてくれるのかと不安を禁じえなかったのである。
当時のデルメルの指導者であったジャピエンは斬新な解決案を思いつき、同盟軍の目を誤魔化しながら帝国軍上層部と密談を重ね、その構想を実現させた。適当な弱小なフェザーンの独立商会に高額の賄賂を送って傀儡化し、その商会に帝国軍占領区域を購入させ、駐留している帝国軍部隊を【警備要員】という名目で雇用するという形式をとった。これによって「デルメル政府は惑星全土の支配圏を完全に回復した」と宣言したのである。
当然、同盟軍中枢は予想外で突飛すぎる事態に激怒したが、同盟法的には「商会に土地を売る」のはなんら問題なく、フェザーンとの協定には「帝国軍を警備として雇うことを禁ず」なんて条項がなかったので、渋々現状承諾した。突っ撥ねるとデルメルを帝国側においやって戦略資源採掘権を失いかねなかったからである。
かくして同盟軍と帝国軍が睨み合いながら、デルメル政府と帝国軍現地司令部が傀儡のフェザーン独立商会を利用して戦略資源の採掘をする『同盟構成国デルメル』というなんとも珍妙な状況が成立し、【交戦星域】に存在する国でありながら、半世紀近くに渡って所謂『歪な平和』を維持して繁栄を遂げながらも、直接的な戦禍を受けることのない稀有な存在となっているのである。
つまりパーギリニスが言っているのは、デルメル政府が即座にエル・ファシル支持を表明したと認識した帝国が不快に思い、フェザーン企業であるところのオリュンポス・カンパニーの帝国軍相手の取引が一部中断され、帝国側とのコネクションが途絶え、『歪な平和』を壊しかけているという主張なのだ。
「フォルカー弁務官」
「パーギリニス議員のおっしゃることもよくわかる。しかしながら、ことは同盟構成国としての義務的な問題であります。我が国が建国される以前より本土を失っているティアマト民国やアスターテ連邦共和国ならいざ知らず、エル・ファシルが失ったのはほんの先日。これの奪還に対する支持を弁務官が即座に表明できないというのでは、同盟加盟国たる誠意と義務に背くことになりましょう」
「引っ込め同盟主義者! そんなにバーラトの犬になりたいのか!」
とんできた不快なヤジを、フォルカーは内心で「やったー」と思いつつ、利用することを決めた。
「えー、いま、バーラトの犬だとかなんとか聞こえましたが、パーギリニス議員も私のことをそうお思いで? もしそうならば、自由惑星同盟構成国の団結を示すことと、その差異についてはここでご教授しなくてはならなくなりますが……」
申し訳なさそうにそう言われたパーギリニスは憤懣遣やるかたない雰囲気で「もうけっこう」と断り、それ以上質問しようとしなかった。
二人の目の質問者は民主農民党代表のアメリア・デメジエールであった。女性ながらゴリラを思わせる巨大な肉体美を誇る議員であるが、それは彼女が頻繁に実家の手伝いとやらで農作業を手伝っているのと無関係ではあるまい。既に結婚しており、家庭では軟弱な夫を尻に敷いてカカア天下状態という噂もある。
たとえパフォーマンスであるにしても『古き良きデルメルを愛する農民たちの政党』という立場を掲げる民主農民党の代表としてあまりにもぴったりなキャラクター性で、農民たちからの人気は頗る高い。
デメジエールは容姿のイメージに違わぬ野太い声――フォルカーは意識して低音の声にしているのではないかと少し疑っている――で質問を開始した。
「弁務官にお聞きします。エル・ファシル亡命政府の承認と支持は、遠からずデルメル政府も行うものと考えておりますが、食糧援助も視野に含まれているのでしょうか。また、その種の話について、先方としたのでしょうか」
「フォルカー弁務官」
「エル・ファシルのロムスキー弁務官に食糧援助の要請に関する話をされました。ですが話を持ち帰ることができるが、弁務官の職権を超えての支援・援助となると、我が国の行政府、つまり国務委員会議の承認がなければ不可能であると私は答えました。これは食糧援助に限らず、すべてのことに対しても同じであるとも、答えております。具体的な内容については、国務委員会議に報告し、決断を仰ぎたいものと考えております」
「デメジエール議員」
「つまりまだエル・ファシル亡命政府に対するデルメル政府の支援としては、まだなにもされていないし、決まっている話もないと認識してよいのですね」
「フォルカー弁務官」
「はい、そのように認識していただいてけっこうです。いつだかのようなことはありませんと国民議会の皆様に確約しておきます」
「デメジエール議員」
「それなら、ええ、安心しました。私からの質問は以上です」
デメジエールが心底安心したように議席に戻っていたのを見ながら、フォルカーはかすかに罪悪感を刺激されていた。以前、協商平和聯合党中央委員会とのみ折衝して、国民議会をそっちのけで弁務官として無茶をしたことがあったので、今回はそうじゃないだろうなと釘を刺しに来たのであろう。
「アエミリウス・ロイヒテンベルク=ホールリン議員」
ナム議事進行役に指名されて演壇に立った三人目の質問者は、燃えるように鮮やかな赤髪と、生まれたばかりの乳児を思わせるほどに赤い肌の色、黄金と漆黒のオッドアイ、そして先ほどのボディビルダーのようなデメジエールほどの筋肉はついていないが、どこか鋼を思わせる剛健な肉体を持つ男であった。
その容姿から想像できないが、彼は帝国貴族の末裔を主張しており、それは事実ではあった。ロイヒテンベルク家はルドルフ大帝以来の歴史を持つ名門貴族家であり、彼はその末裔である。ロイヒテンベルク家が亡命した理由はというと、一族の多くが帝国では禁忌の同性愛に染まり、それが表沙汰となり問題となったので、持てるだけの資産を抱えて帝国を脱出したのだという。
つまり政治的・経済的な動機は一切ない同盟への亡命であったこともあり、名門の帝国貴族としての矜持と特権意識は亡命後も変わらなかったため、革命終結から間もなかったアルレスハイム王冠共和国から入国を拒否されてしまい、渋々貧しいデルメル平和共和国のほうへと移住した。豊富な地下資源を発見していなかった頃のデルメル政府としては、金を落としてくれるなら結果的に民のためになるし、多少の面倒は見てやろうという気になったのである。
そんなロイヒテンベルクの一族が立ち上げた政党が『銀河ローマ同盟』である。曰く、真のゲルマンとはローマであり、ローマでは人種に強いこだわりなどはなく、同性愛も日常茶判事であり、ルドルフ大帝が作った銀河帝国は反ローマ・反ゲルマン的なので打倒しなくてはならぬ。そんな反応に困る立場から反帝国を主張する政党である。
そうであるにもかかわらず、デルメルでは珍しいほどに苛烈な反帝国姿勢の主張、性的マイノリティへの熱心な活動、反差別主義的活動もあって、徐々に勢力を拡大していき、現在では民主農民党に並ぶ有力政党に成長したのは、他の同盟諸国から不思議がられることである。デルメル人の大半も、よくわかっていないのだから。
このようなユニークな政党の党首を務める男が、アエミリウスという男である。亡命後の一〇〇年近い歴史の中で、異民族との婚姻を重ねまくった結果、ゲルマン民族の特徴的容姿の多くが失われ、貴族の称号である『フォン』も何処かへと消え失せたが、先祖と変わらずに亡命貴族であることをまだ誇りとしている人物であった。
「友邦たるエル・ファシルの住民に深い同情を示すと共に、弁務官殿の決断と勇気に銀河ローマ同盟を代表して私は敬意を払う! ローマ人たらんとするもの、帝国に奪われた領土は取り返すが道理であるがゆえ!」
そこで一旦言葉を切り、アエミリウスは鋭い目で議場をみわたした。
「そこで我らがフォルカー弁務官殿にお尋ねするのだが、軍事的支援などは……」
軍事的支援と口にした瞬間、激しいヤジが飛び交った。ただの支援でさえ、神経質になるというのに、軍事的支援となると、帝国との関係が潰れかねないと思った議員たちが超党派で罵声を浴びせ始めたのである。無論、議会は国民に公開され、記録されるものであるため、だれも「帝国」という名称を口をしないが。
「静粛に! 皆様方、静粛に!!」
ナム議事進行役が声を張り上げてそう叫ぶが、ヤジの嵐が収まるまで数分の時間がかかった。
「はぁ、よろしい。では、ロイヒテンベルク=ホールリン議員、続きをどうぞ」
「感謝する。それでは話を戻しますが、フォルカー殿、軍事的支援などについてもロムスキー弁務官との話し合いの中で出たのですか?」
「フォルカー弁務官」
「話題になったならないでいうと、なりました。しかしながら、あなたも承知のことと思うが、我が国は正規軍が存在しません。言葉を選ばずに言えば、正式に軍を抱えるより、オリュンポス・カンパニーの警備を雇った方が安上がりというのがジャピエン政権以来の政府の判断であり、そしてオリュンポス・カンパニーとはデルメル防衛に関する契約を結んではいても、同盟諸国防衛の為に運用する内容はそこにないからです。よって、現実的に考えて、難しいであろうと答えました」
「ロイヒテンベルク=ホールリン議員」
「では、民間の志願者を募って、義勇軍を派遣するという可能性はあるのだろうか。もしそういうことなのであれば、私めがその義勇軍の司令官をやってもいい。それに専念するために、議会には辞表を出すことになろうが」
アエミリウスが胸を張ってそう言った。ロイヒテンベルク一族の反帝国姿勢はたしかなものであり、一族のほとんどが一時は自由惑星同盟の国防軍に席を置いていたことがある者たちだからだ。アエミリウス自身、志願して兵隊として働き、軍曹にまでなった経歴の持ち主である。
「フォルカー弁務官」
「そこまでつっこんだ話は先方とはしていません。将来的にそうした可能性が検討されることもあるかもしれませんが、それは国務委員会議の仕事ということになりましょう」
アエミリウスが戦場に出たら、帝国軍高官がガチギレして猛攻を加えるのではないか。主にこんな奴が貴族を自称しているという点で。そんなことを思いつつも、フォルカーは原則論的な答弁を行って席に戻った。するとアエミリウスは肩をがっくりと落として、それ以上の質問をしてこなかった。
つづいて四人目の質問者の名前が呼ばれるのを聞いて、フォルカーはやや眉をひそめ、登壇した男の顔を眺めた。特徴に欠ける凡庸な容姿をした東洋系の男である。彼の名はヴァラ・ツォラコグルといい、協商平和聯合党中央委員の一人で、党内少数派閥の『独立派』の領袖である。
独立派は……簡単に言えば、党内の異端派閥であり、通商派はもとより内政派からも好ましく思われてない派閥なのだが、一部の民意をたしかに受け取っている
「率直に申し上げる。フォルカー殿のなさりようは、あまりに売国的ではないでしょうか。なにゆえ、エル・ファシルのために、我々が支援しなくてはならぬのです?」
「フォルカー弁務官」
「先ほど申し上げたように、同盟構成国としての義務故です」
「ツォラコグル議員」
「はっきり申し上げて、その義務などというもののために、自業自得で帝国軍に領土を奪われたエル・ファシルを救わねばならぬと。フォルカー殿はそう主張なさるのか」
「フォルカー弁務官」
「自業自得とは聞き捨てなりませんね。エル・ファシルの人民は最善を尽くし、警備艦隊に見捨てられるという悲運にあってなお、民間人の犠牲者はゼロという奇跡を成した者たちです。脱出計画の立案・指揮をとったのはヤン・ウェンリーという中尉ではありますが、民衆の自主的行動がなくばゼロというのは難しかったでしょう。これでもなお、あなたは自業自得と言いなさるのですか」
「そんなことは言っていない。本土占領の憂き目にあったのが自業自得と言っているッ!」
ドン、とツォラコグルは机を叩きつけた。
「別にエル・ファシルに限ったことではないが、我が国を除く【交戦星域】の国々は、戦争をやめる努力に欠けること甚だしい! ブルース・アッシュビー元帥が戦死されてより、帝国との戦争はシーソー・ゲームのような有様で、ただひたすら血を流すだけの愚行と成り下がっている! イゼルローン要塞が建設されてからはこの傾向が更にひどくなった!! 我らはイゼルローン回廊の向こう側に進出できず、ひたすら【交戦星域】内部で善良な同盟市民が戦争に巻き込まれ、死んでゆく! こんな悲惨な状況を維持しつづける理由がどこにあるのか!?」
極端すぎる主張に、議員たちからヤジが飛ぶが、ツォラコグルはそれを搔き消すような大声で平然と演説を続けた。
「我らが為すべきは、自由惑星同盟に戦争の愚を知らしめ、帝国との対等講和、そしてそれによる平和と繁栄へと進むよう誘導することではないのか!? 無論、すべての国が幸せになれるわけではないでしょう。領土を諦めねばならぬ国もありましょう。ティアマト民国、アスターテ連邦共和国には『本土奪還』を諦めてもらうより他にない。だが、我らがフォルカー弁務官も言われたではないか。このデルメル建国以前に本土を失っているティアマト民国やアスターテ連邦共和国のことなど知らぬ、と。そこに新しくエル・ファシルが加わっただけのこと。もっと早く戦争を煽るのをやめ、帝国との講和という道に進めればこうはならなかったかもしれぬのに。これを自業自得と言わずしてなんと言うのか!?」
身振り激しく演説を続けるので、フォルカーは苦虫を噛み潰した表情をした。そういう意図ではなかったとわかった上で引用しとるだろ。どうせ止まらないのだろうし、ちょっと微睡でもしようか? まともに聞く価値もないだろうし。フォルカーはそんなふうに思い始めた。
「そんな愚行に付き合い、振り回されることが、自由惑星同盟構成国であるため義務などというのであれば、それに愛する我が国デルメルが付き合うのは愚の骨頂! 同盟から離脱して、独立する道も考えなければなりますまい。さすれば、我が祖国は――――」
ツォラコグルの演説は一〇分以上に及び、うんざりしたナム議事進行役が議事妨害のフィリバスターではないかと提言し、出席議員の九割以上の賛同によって強制的に黙らせられるまで続いた。
これに対して、ツォラコグルは先ほどまでの熱狂ぶりが嘘のように消え、平然と「またか。でも決まりだから仕方ない」と述べて、自席へと悠々と戻っていた。