同盟上院議事録外伝   作:kuraisu

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「オリュンポス・カンパニーの警備部門の一課が着用する制服は帝国軍の軍服とよく似たものを用いており、違いは黒地ではなく白地の服であることだ。そして警備部門の二課は一課が着用する制服を黒く染め抜いたものを使用している」(警備部門所属者の皮肉より)


戦争から生まれた国〜デルメル平和共和国〜(中)

「それでは国務委員会議を開会する」

 

 デルメル平和共和国は建国時から多様な人種・文化的背景を持つ民衆を抱えていたことから、行政府に強大な権限を与えると、単一の価値観に基づく政権が誕生して他の価値観の所有者を迫害し出した場合、これを掣肘するのは困難であるという考えから、議院内閣制の中でも議会の権限が強い統治システムが採用されたことに由来する。

 

 このため、形式的には国民議会の下部組織であると定義づけしようとする考えから、閣僚は【国務委員】という呼称が採用された。本質的に議会の一部としての存在である、という建前であり、議会の強力な統制を受けるという実態を示す意味合いがあった。

 

 それは現在でも制度的には、その頃とあまり変わっていないのだが、『歪な平和』達成以来、協商平和聯合党が選挙で圧勝を続けており、現在に至るまで常に七割以上の議席を確保し続けてきたことから、全ての国務委員は協商平和聯合党員であり、最高行政官たる国務委員会議議長は協商平和聯合党の党首が兼務することが常態化している。

 

 そして議会の圧倒的多数派である与党の力と、行政府の権限が合わさって、野党を無視した独断的行政を行うこともしばしばであり、部外者からは【事実上の一党支配体制】と揶揄されることもあるほどの権限を握るに至っていた。

 

「今回の議題は、翌日の【上院】を前にしてこちら側の意思統一を行うことだ」

 

 議題を述べたのはルーベン・フォン・マルティノスという今年で七九歳の老人である。『歪な平和』達成前の青年時代にはデルメル義勇兵の一人として、帝国軍やゲリラ相手に戦った経歴もある古強者である。

 

 名前に『フォン』という称号からわかるように、彼も帝国からの亡命貴族に連なる血統の持ち主であり、どこぞの野党の党首とは違って、彼の容姿は【如何にも帝国貴族】といった感じのゲルマン系であり、片眼鏡が特徴的な油断ならぬ老紳士風の姿をしている。

 

 そしてその印象通り、数十年間にわたって党と政府の双方で要職ポストを歴任して通商派の領袖となり、現在では党においては中央委員会主席、国家においては国務委員会議議長の地位にあり、この国の首脳として、国家の舵取りを行う人物なのである。少なくとも形式上は。

 

「フォルカー弁務官、国民議会ではできなかった部分を報告したまえ。特にエル・ファシル亡命政府に関する事柄は仔細にな」

 

 議長の命を受けて、フォルカーはエル・ファシル亡命政府との間で話し合われた様々な支援の具体案を述べた。その内容が多岐に渡り、中にはエル・ファシル奪還時の軍事行動の際には、同盟軍への補給物資についても面倒を見ると言った内容をも含まれていた。

 

 ひととおりの説明を聞いたマルティノスは重々しく頷いた。

 

「私としてはその方向でよかろう。外務担当国務委員、なにか付け加えたいことはあるか」

「別に。ただ支援の前にエル・ファシル亡命政府と外相会談をした上でやりたいですね」

「よろしい。そなたの責任の下で好きにやれ。ただし予算を超過しない範囲でな。政府の方針としてはそうしよう。異論あるものはおるか」

「異議なし」「異議なし」「異議なし」

 

 フォルカーはおや、と思った。正直なところ、ここまでスムーズに閣議で了承が得られる内容だとは思っていたのだ。

 

 マルティノスが自由惑星同盟に向ける感情は単純なものではない。帝国という脅威がなくば、この星に眠る豊富な地下資源を奪うために手段を選ばなくなるだろうと思っている。しかし一方で、同盟の構成国であることで得られるメリット、とりわけサジタリウス腕における安定した秩序と航路は貴重なものであった。

 

 よってマルティノスも同盟という枠組みを重視する立場にいるのだが、あくまで帝国よりはマシという考えからであって、フォルカーほど積極的な同盟重視主義者ではない。いつも持ち帰った積極的な案に対して「やりすぎだ」と小言を言われたものだが、なぜ今回はこんなに前向きなのだろうか。

 

「独立派のポピュリストどもがなにか仕出かしましたか?」

 

 つい、一番ありえそうと思った可能性を口に出したフォルカーだった。

 

「いや、それもあるが、一番の問題はそこじゃない」

 

 そう答えたのはガフパリア・アラヴァノス人的資源担当国務委員であった。内政派の有力政治家の一人で、将来の内政派の領袖の有力候補に数えられている男であり、フォルカーとは同期の人物である。

 

「パーギリニス委員、私から説明しても?」

「いや、私から話そう」

 

 パーギリニス天然資源担当委員は心底不愉快そうに説明をはじめた。彼は内政派の領袖であり、国民議会や党の中央委員会での論戦では容赦のない人物であるが、時と場合をわきまえており、閣議の場でフォルカーへの激しい敵意を隠そうとするものの、不愉快さが消えていなかった。

 

「……近々、カストロプ公爵のオイゲンが財務尚書の立場を失いかねないというのだ」

「なんと。たしかな情報なので?」

 

 フォルカーは驚いてそう言った。およそ半世紀前にデルメルに侵攻した帝国軍は、主にカストロプ一門の強い影響下にあった集団であり、彼らを中心として帝国軍上層部ともオリュンポス・カンパニーを通じてこの星の豊富な戦略資源の輸出を行うことによって、デルメルの『歪な平和』は保たれている。

 

 それだけにカストロプ公爵家当主の帝国政界での状況に関しては、穏やかでいられようはずもない。別にカストロプ公爵家が帝国政界での影響力を喪失しても、これまで培ったコネクションを頼りに帝国軍上層部との取引を継続することは可能かもしれぬが、リスクは跳ね上がるし、『歪な平和』が崩壊して再びこのデルメルが戦場となる可能性だってあるのだ。

 

 それにパーギリニスは重々しく頷いた。

 

「今代のカストロプ公爵は優秀だからな、しばらくは持ちこたえるであろうし、もし閣僚の地位を失うにしても宮廷内における影響力は保つことだろう。だが、もっと悪い話もある」

 

 フォルカーは思わず生唾を飲みこんだ。これ以上に悪いことなどあるのだろうか。

 

「……カストロプ公爵の長子、つまり次期カストロプ公となるマクシミリアンに関する情報なのだが、帝国貴族基準でもかなり問題性のある人格の持ち主で、妙な奇行を繰り返して臣下の心を離れさせているらしく、しかも改善の兆しがないらしい」

「どれほどのものか知りませんが、あまりにも深刻なようであれば、廃嫡を検討するのではありませんか。あの抜け目のないカストロプ公であれば」

 

 直に会ったことはないが、デルメル政界に深く関わっていれば、カストロプ一門の存在感・影響力を無視できようはずもないし、彼らの悪辣な有能さも身にしみて実感している。その経験からして、無能な息子を自身の後釜に据えるカストロプ公爵家当主というのは、なかなかに信じがたいことではあった。

 

「……困ったことに現カストロプ公オイゲンは親バカと名高い。そして今までの息子に対する振る舞いから推測するに、そのまま自身の後継者として据え置く可能性が大との情報部の分析があってな」

「本当ですか」

「ああ、マクシミリアンの能力が未知数だし、今後の成長もあるかもしれんが、それに賭けるわけにもいかぬからな……」

「たとえマクシミリアンとやらが有能な貴族であったとしても、人望のない奴は力を失うのがはやい。順境の時は結果で黙らせることもできようが、結果が出ない逆境に陥ると、早々に部下の離反を招くことになろう。これでは取引相手にならぬ」

 

 マルティノスはそう断言した。カストロプ公オイゲンの人格はともかくとして、その手腕と人望を相応に評価しており、だからこそ取引相手となりうるとして、いくつもの偽装を凝らした上ではあるが、友好的関係を築いてきたのである。だが、カストロプ閥の先行きがここまで不透明となれば、デルメルの為に、別の方策も考えなければならぬ。

 

「よって政府としては、カストロプ閥との交流に関しては現状を維持しつつ、同盟に対する比重を高めながら、帝国の上層部と新たなコネクション開拓を模索することとする。これが現政権の方針だ」

 

 帝国軍という脅威がなくば、同盟軍の連中はデルメルの地下資源欲しさに進駐してくるに違いない。そう固く信じているマルティノスにとっては、いや、同盟軍と帝国軍の激突によって戦火に包まれたデルメルを生きた最古参の党員世代にとっては自明の理であった。 

 

 ゆえにこそ、カストロプ閥が役に立たぬようになるかもしれぬとあれば、その代わりを念のために探しておかなくてはならぬ。『歪な平和』を守ることこそは、デルメル平和共和国の国益であるはずであった。

 

 フォルカーは深くうなずきながらも内心で呟く。はたして本当にそれがこの国にとって最善の道なのであろうか。マルティノスとて、かつては外交官として他の同盟構成国の人たちと接しているはずであるが、他の同盟構成国がどんな目でデルメルを見ているのか、理解しているのであろうか、と。

 

 

 

 

 

 

 デルメル政府で国務委員会議が開かれた翌日、フォルカーは他の党中央委員のメンバーとともにオリュンポス・カンパニーの大会議室にいた。優に千人近く収容できそうな会議室は、どことなく国民議会の議事堂を連想させるものであり、株主総会の会議場として本社内に設置されたものであった。

 

 その株主総会の場を、帝国軍のそれとよく似た軍服を身に纏った、屈強な肉体をした男たちが議席を囲むように整列している。

 

 帝国軍によく似たというのは、彼らの着込む軍服は黒ではなく純白の白地であったからだ。これはオリュンポス・カンパニーの警備部門のユニフォームであり、デルメル人とフェザーン人によって構成されており、帝国人はいないということになっている。

 

 しかしそれは帝国人がこの会議場にいないということを意味しなかった。フォルカーたち協商平和聯合党中央委員会のメンバーが座る反対側の議席に、黒い帝国軍将校服を身に纏った者たちが座っている。彼らは警備部門二課司令部――という建前の帝国軍デルメル駐屯部隊司令部――の司令官とその幕僚、スタッフたちであった。

 

 現在、デルメルのあらゆるところに根を下ろしている巨大複合企業オリュンポス・カンパニーは、元を辿ればフェザーンに数多ある家族経営の会社で、フェザーンのヘルメス一族が細々と運輸業を営みながら、経営的には危うい自転車操業をしている小規模な商会に過ぎなかった。

 

 それが一変したのは宇宙暦七二八年である。当時のデルメル政府の国務委員会議議長ジャピエンが、ヘルメス一族の運輸業を対帝国の交渉窓口として利用しようとしたのである。以来、ヘルメス商会はデルメルの地下に眠る豊富な資源の採掘を一手に担い、その売買によってもたらされる富を活用して様々な事業に参入し、製造・建設などの第二次産業の分野を完全制覇しており、第三次産業の分野にも少なからず食い込んでいる。

 

 このヘルメス商会は、いつしか社名もオリュンポス・カンパニーと名乗るようになり、現在ではデルメルの就労者の六割以上がオリュンポス・カンパニーで働いているというデータもあるほどの巨大極まる複合企業へと成長を遂げており、星内における報道・通信分野をほぼ独占すらしてしまっており、『国家の中の国家』として、デルメル政界に対して多大な影響力を保持している。

 

 いや、影響力どころか、政府との境界線が曖昧になっている部門などもある。たとえばオリュンポス・カンパニーの傭兵・警備業を担当する警備部門は恒常的にデルメル政府防衛部に雇用されて、事実上のデルメル正規軍のような扱いを受けているし、そこまでいかなくても、政府の下請けを専門として、ほとんど官僚組織とかしてしまっている部門も多々あり、ある種デルメルの『歪な平和』を象徴する企業なのである。

 

 こんな強大極まる企業であるが、一応の首輪は嵌められている。デルメルに本社を移した時からオリュンポス・カンパニーの株はヘルメス一族、デルメルの協商平和聯合党中央委員会、そしてオリュンポス・カンパニーの警備部門二課司令部――という建前の帝国軍デルメル駐屯部隊司令部――の三勢力が均等に分け合い、定期的に開催される株主総会における合議によって、それぞれが【ただの株主】という建前の下、この巨大複合企業の大方針を議論し、決定するわけである。

 

「デルメル平和共和国は一院制を採る同盟構成国であり、形式的にも制度的にもその通りなのだが、デルメル人たちが皮肉を込めて【上院】と呼ぶ議会がある。オリュンポス・カンパニーの株主総会がそれで、実質的にデルメルの最高意思決定機関であると言っていい」とは、国立中央自治大学のエンリケ・マルチノ・ボルジェス・デ・アランテス・エ・オリベイラ教授の評であり、それは事実である。

 

 オリュンポス・カンパニー株主総会で出た結論は、よほどのことがない限りは協商平和聯合党中央委員会の決議として追認されて党議拘束がかかり、国民議会において協商平和聯合党議員の票によって賛成多数で可決される。それが『歪な平和』を達成してからのデルメル政界の常識であり、『歪な平和』が続くからには、協商平和聯合党が議会の多数派を占める与党である限りは変わりそうもない現実なのであった。

 

「それじゃあ、全員揃ったみたいだし、今回の株主総会を始めようか」

 

 軽快な口調で株主総会の始まりを告げたのは、藍色のタキシードを着こなした銀髪の美青年で、まだ三〇半ばであるにもかかわらず、一族内の争いに勝利してオリュンポス・カンパニーの社長の席を勝ち取ったギルガメス・ヘルメスである。

 

 本音を言えばデルメル政府にとっても帝国軍駐留部隊司令部にとっても、オリュンポス・カンパニーの社長はお飾りであったほうが面倒が少なくてありがたいのだが、ギルガメスは極めて優秀な企業経営者であり、同盟、デルメル、カストロプ閥、帝国軍上層部の四者が張り巡らすロープの上で巧みにバランスをとる才能にも長けていたために、すべての勢力から潰されることなく【主体的に実権を行使する社長】として君臨してしまった、歴史的に見ればイレギュラー的存在であった。

 

 そのため、歴代の社長と比べてかなり活動的であり、しかもギルガメスはかなり派手好きで社長就任式典を盛大に執り行ったりして、頻繁にメディア露出するものだから【影の国家元首】と過大評価されたり、【フェザーン自治領から派遣されたデルメル総督】【事実上のデルメルの支配者】などと陰謀論の対象となったりする人物でもある。

 

「えーと、最初の議題は、エル・ファシルに関する案件……だな」

 

 ギルガメスが面倒くさそうに議題が書かれた紙を読み上げると帝国軍側の席から怒声があがった。

 

「デルメル政府に要求する! 即刻、そちらの弁務官が表明したエル・ファシル残党への支援表明を撤回したまえ! すでにエル・ファシルは我が帝国軍によって【解放】されたのだ! その事実をデルメルは受け入れ、それを前提とした行動すべきだ!!」

「准将の言う通り! もし撤回せぬと言うのであれば、貴卿らはこの星を再びに戦場にする意思ありと見なされても仕方ないぞ!」

 

 そう主張するのはデルメル駐留部隊司令官リースリング准将とグラン大佐である。『歪な平和』達成後のカストロプ閥と帝国軍上層部との取引により、司令官職はカストロプ閥から、副司令官職は軍務省法務局から派遣される体制が出来上がっており、彼らは軍人としてより、交渉役としてこの地に派遣されている。

 

 特に副司令官であるグラン大佐は、帝国軍内において貴族諸侯の私軍と折衝を行う部局に長年身を置き、フェザーン駐在帝国弁務官府において駐在武官であった経歴もある人物で、ある意味では司令官のリースリング准将よりも警戒すべき人物であった。

 

「同盟構成国として、同じ構成国の領土が全土占領されて沈黙を貫くことなどできぬわ!」

「左様! どんな表現を用いるかはともかく、政府としてエル・ファシル亡命政府を支持する談話を発表し、同情的態度をとらねばならぬ!」

「そちらこそ良いのか!? 我々と決裂するつもりならば、そちらとの取引もこれにて中止ということになるぞ! 同盟構成国としての最低限の筋を通すためなら、一戦交えるのもやむをえぬわッ!」

 

 対する協商平和聯合党の中央委員たちも怯まずに感情的に反論を行う。議事堂のような雰囲気の場所であるが、この会議はあくまで株主総会であり、ここでの議論は決して一般に公開されることがなく、それだけに、大変皮肉なことであるが、中央委員たちは国民議会での議論以上に言論の自由をフル活用した()()を可能とするのである。

 

「静粛に! それ以上感情的に騒ぐようなら発砲許可を出しますよッ!」

 

 そう怒声をあげたのは、白い軍服をつけた屈強な容姿の女性である。彼女は警備部門の統括を務めるルクレツィア・ヘルメスである。デルメルに駐留する帝国軍部隊は、形式上はオリュンポス・カンパニーに雇用されている警備部門所属の社員ということになるので、社内においては彼女の部下として扱われている。

 

 そのため、オリュンポス・カンパニーの数ある役職の中でも、社長に次ぐ超重要ポストであると認識されており、デルメル政府にとっては、帝国軍駐留部隊とコンタクトを取りたい場合、まず最初に話を通すべき相手であると認識されていた。

 

「女風情が――」

「お待ちください准将、たしかにいささか感情的な応酬になっていました。もう少し理性的に話しましょう」

「……ん? ああ、そうだな」

 

 顔を真っ赤にしてなにか言い返そうとしたリースリングをグランが諌めると、リースリングはなにか不可思議な反応を一瞬した後、素直に席に戻った。

 

 全員が静まったのを確認するとルクレツィアは社長席に視線を向け、ギルガメスが口を開いた。

 

「同盟と帝国の政治的立場を重んじた議論では中々話が進まないと思うから、オリュンポス・カンパニーの社長としての視点からの意見を言わせてもらおう。我が社としては、デルメル政府がエル・ファシル亡命政府を支持することは別にいいのではないか。支援物資を政府がたくさん買ってくれる。そう思っていいんだよね、マルティノス老?」

「……たしかに、我が国が行うエル・ファシルへの支援物資等々は、貴社より購入することになるでしょうな」

「ということは大儲けのチャンスだし、株主である双方への配当金も増えるだろう。それでいいのではないか」

「たしかに我々への配当金が増えることは喜ばしい。だが、ことは帝国軍の威信に関わる問題だ。金勘定だけで譲ることはできぬ」

 

 リースリングの強気にそう発言して睨んだが、ギルガメスは全く痛痒に感じていない様子で話を続ける。

 

「帝国軍の威信に関わる問題と仰られるが、その帝国軍とは具体的に何を意味しているのか。正規軍か、それとも貴族の私軍のことか。今回の一件が、正規軍が長期的視野の上でやったことであるのだとすれば、ずいぶんと事前に情報がない話である。大方、小貴族たちが謎の団結をした上に、無駄な積極性を発揮して、勢いで占領してしまっただけであり、正規軍の首脳部はどうしたものかと頭を抱えているのではないかと推測しているのだが」

「社長殿は慧眼でございますなぁ……」

 

 グラン大佐は冷や汗を垂らしながら、そう呟いた。帝国が後方撹乱を企図して、門閥貴族の小貴族や零細貴族に私掠の権利を与えて、同盟内の補給艦や商船の略奪などを自由にさせていることは【交戦星域】ではよく知られている事実である。

 

 だが、帝国の正規軍が本質的に彼らに望んでいる役割は、同盟の軍事作戦や経済活動の妨害なのである。その報酬代わりとして略奪や人攫いを許しているにすぎないのである。なので、派手に略奪するために、貴族の私軍が連合を組んで有人惑星を丸ごと制圧してしまったことに、正規軍上層部は困惑気味であるとグラン大佐は軍務省からの連絡を受けていた。

 

「だとすれば、帝国正規軍はそう簡単には方針を決められんだろう。一方の同盟だが、こちらは、えーと、なんといったか。アーサー・リンチ司令官だったか。そいつがエル・ファシルの住民を見捨てて逃亡したとか聞いたから、地方を見捨てないというポーズのためにも、早々に軍事行動を起こさざるを得ない状況に追い込まれていると言える。これではエル・ファシルが同盟に奪還されるのは時間の問題だろう。だとすれば、無難な選択なのではないか」

「同盟の理屈からすれば、であろう。我が方には何ら益のない話ではないか」

「それなんだがな、パーギリニス老?」

「なんでしょうか」

「君の天然資源局の許可があればの話なんだが、エル・ファシルで攫った人間一人につき、一定の金銭と戦略資源の交換という形をとることはできないだろうか。いや、君たちがあまりこの星でとれる重要な戦略資源を帝国に流して欲しくないというのは承知しているが、同盟の報道からして、今回は攫われた数が少ないみたいだし、同盟が大事にする人道的観点から考えても――」

「お言葉ですが」

 

 言葉を遮る形になるが、これは訂正をしなければならないと思い、フォルカーは発言した。

 

「今回のエル・ファシル占領に関する一件で、帝国側に捕まった民間人は一人もおりません。公式報道通り、占領される前に全員脱出に成功しております」

「……は? 本当に一人もいないのか?」

「ええ、捕虜となったのはエル・ファシル警備艦隊に属していた軍人たちのみです」

 

 信じられないといった顔で、ギルガメスは確認するように帝国軍側の議席を見やると、リースリングは驚愕したような表情をしていて、グランは目を瞑って深刻そうな顔をしていた。

 

 やがてグランは決意して、非常に言いにくそうに語り始めた。

 

「フォルカー殿の発言は正しいですよ。エル・ファシルを占領した貴族たちが、肝心の攫える人がいないと憤激していたとの報告を受けております」

「……え、そんなこと自分は聞いてないんだが?」

「准将閣下にまで話していいか悩んでいたので。軍上層部から機密というわけではないが、あまり口外するなと言い含められていましたので」

「それなら仕方がないか。しかしエル・ファシルとやらはそれなりの規模がある都市惑星なのだろう? にもかかわらず、すべての民間人に逃げられるとは、どこの家門の連中か知らぬが、エル・ファシルを占領した貴族どもはマヌケの集まりであったのか??」

 

 リースリングは腕を組み、あきれきったようにそう呟いた。いくらなんでも、それはないだろうと帝国軍人としては言いたかったのだが、それが間違いのない真実であると知ってしまうと、ただあきれるしかなかった。

 

「いえ、この場合は同盟軍の動きが予想外だったというべき? フォルカーさん、よろしければ詳細を教えてくださるかしら。私も【エル・ファシルの奇跡】の報道は見ましたが、あれは誇張したプロパガンダだと思ってました」

 

 警備部門統括として、軍事知識も豊富なルクレツィアも民間人で取り残された人はいないというのは誇張表現であると自然に判断してしまった。いや、むしろそうした専門家であるからこそ、誤認してしまっていたとも言える。

 

「私も詳しい話は知りませんが、民間人のまとめ役を担ったフランチェスク・ロムスキー氏と脱出計画の立案・実施を担当したヤン・ウェンリー中尉――今は事実上の二階級特進で少佐だそうですが――の功績によるところが大で、後は公式報道が概ね偽りなしであるということは聞いております」

 

 議場に感嘆の声が満ちた。公式報道の類は、たいていの場合において、国家や軍に都合のよい解釈がなされるものと思っており、ヤンに関しても司令官リンチの逃亡による汚名から批判をそらすために祭り上げられただけの平凡な参謀であり、その実績部分は相当に粉飾されていると考えていた者が多かったのである。

 

 それゆえにほとんどが事実であると知ると、驚きを禁じ得なかったし、帝国軍側の出席者は苦々しい思いがあるとはいえ、軍人としては同盟の公式報道通りの無理難題を実際にやってのけたことに対して、わずかに賞賛の念が浮かぶのであった。

 

「リースリング准将、軍としての威信がどうのと言っておられていましたが、今回のエル・ファシルの一件に関しては既に面目が丸潰れになっていませんこと?」

「……たしかに」

 

 いかにも渋々といったていではあったが、リースリングは深く頷いて同意した。

 

 

 

 

 

 

 

 その後もいくつかの重要議題を議論して株主総会は終了したが、最後まで会議室に居残っていた人物が三名いた。一人はオリュンポス・カンパニー社長のギルガメス、もう一人は警備部門統括ルクレツィア、残る一人は協商平和聯合党の独立派の領袖ツォラコグルである。

 

「毎度のことながら、どちらも何をバカなことを言いあってるんだろうね」

 

 ギルガメスは遠い場所を見る目でそう冷笑した。彼の目からは、株主総会で行われる政治的議論の数々はあまりにもバカバカしく感じるものが多かったのである。

 

「だったら積極的に発言しに行こうとするのをやめればいいじゃない。協商平和聯合党もカストロプ閥も、ひいてはその背景にある同盟も帝国も、私たちの一族が政治的なプレイヤーたることは歓迎したくないことなのよ。物言わぬ置物であってくれればそれでよく、仮に政治的に動くとしたらバランサー役に徹してほしい。それだけなのに、あんたは社長になっても相変わらずデリケートな案件にアレコレと口出しをしていくんだから……」

「だってさあ! 俺ら一族が政治的意思を自由に示せるのってここだけじゃん! ここ以外だとそれは許されないんだからさあ!!」

 

 ルクレツィアの指摘に対し、ギルガメスは駄々を捏ねる子どものようにそう叫んだ。それは故のないことではない。

 

 オリュンポス・カンパニーはフェザーン企業である。その建前のため、経営者一族として、会社の要職の多くを自動的に付与されるヘルメス一族の公的な身分は、フェザーン自治領の公民ということになっている。それがギルガメスには不満なのであった。

 

 ギルガメスはこの国に愛着を抱いていた。一族の他の者たちもそうなのかは知らないが、ギルガメスはこの国で生まれ育ったこと一方で、惑星フェザーンには足をつけたこともないため、フェザーン人よりもデルメル人という認識の方が強いのである。

 

 にもかかわらず、『歪な平和』の維持の為に【フェザーン公民】という身分を押し付けられて、国籍変更が事実上不可能なのだ。その為に、デルメルにおける政治的活動を大きく制限されることとなり、デルメル人としてなら当然与えられる参政権の類はない同然なのである。

 

 それでもギルガメスはデルメルの住民の一人として、自由にこの国の未来を論じ、意見を主張したかった。そこで目をつけたのが株主総会であった。この会社の株主総会は、事実上、デルメルの最高意思を決定する議会であるのだから、そこで活動しようと考えたのである。

 

 ヘルメス一族の株主総会での発言力は、社内での役職の重要さに比例したので、ギルガメスは至上の発言力を求めて一族内の権力闘争に参加し、その結果として三〇代なかばにして社長の地位を手に入れた。手に入れてしまったのだった。

 

「まったくなんだって、こんな一族に生まれてしまったのか。なにもかもフェザーン自治領って存在がいけないんだ。くそっ、フェザーン企業ってだけの理由で、あんな国に多額の税金を支払わなきゃならんなんて。時折、一族の公民権剥奪をデルメル政府に対する脅しに利用したりすると噂に聞くが、脅しですまさずにやれば色々と清々するのに」

「……自重しなさい。そんなことを言っていては、暗殺者を送り込まれかねないわよ」

「わかっているさ、ルーシー! ちゃんと言う相手と場所は選んでるさ!」

 

 デルメル政府にしても、カストロプ閥にしても、ヘルメス一族が【フェザーン公民】としてデルメル国内にとどまり続けることを望んでいるし、星外へ出かける場合も、警護と称して監視役をつけるのはいつものことである。

 

 というのも、ヘルメス一族も株主として、非公開の株主総会に参加し、どちらにとっても口外してもらっては困る恥部によく触れている為、国外逃亡などされたらたまったものではないからだ。実際、この半世紀の歴史の中で、『歪な平和』の維持と秘密のために消されたヘルメス一族の者が何人もいるのである。

 

「早く現状を改善したいものですね」

「……ツォラコグル、気持ちは嬉しいが、当面改善の余地などなかろう。いや、君たち独立派の主張はよく知っているが、とても大衆の支持を得られるとは」

「そんなことはありません! デルメルの大衆は同盟構成国である負担にうんざりしている者は意外と多いのです。同盟から離脱し、正式な独立国として存在するようになれば、建前の積み重ねで色々とややこしいことになっているこの国のかたちを、変えていくことができる、と、私は信じています」

 

 そう言ってキラキラと目を輝かせるツォラコグルに、ギルガメスとルクレツィアはやや哀れなものを見る気持ちになった。

 

 独立派の主張は、内政派と似通っている部分もあるが、最大の違いとして自由惑星同盟から離脱し、中立自治国として立国することを目指しており、フェザーン自治領のように帝国との国交も正式に結ぶべきであると主張している派閥だ。

 

 『歪な平和』の歪みに耐えきれなくなった者たちの多くが支持者となっており、通商派と内政派による党内の二大派閥には遠く及ばぬとはいえ、無視できるほどの小さな派閥ではなくなってきており、領袖たるツォラコグルを筆頭に幾人かの派閥幹部が党の中央委員となって存在感を発揮しているのも、そうした背景があってのことである。

 

 だが、それはある種のガス抜きの一環であり、普通選挙が維持されている状況下において協商平和聯合党が国民議会で安定多数の七割以上の議席を維持するための選挙戦略のひとつであるとギルガメスは感じており、また主張に関してもデマゴーグ的なものがあると感じていて、あまり期待はしていなかった。

 

「どうやら疑わしく思っているようですね。見ていてください。このような状況が延々と続くようなのであれば、数年後には我が独立派は通商・内政の両派に匹敵する規模に膨れ上がってますよ」

「……流石にビックマウスすぎるのではなくて?」

「まあまあ、ルーシー。彼は議会で毎度フィリバスター判定を受けて黙らされている名物男だ。多少のビックマウスは可愛いものとして見逃してやれ」

「全く信じておられないじゃないですか! でしたら我が派の今後の戦略というものをご教授してさしあげよう。それはですね――」

 

 演説しだしたツォラコグルの言葉を聞き流しつつ、ギルガメスは微笑んだ。しょうもない奴であるが、なにかと型破りなツォラコグルの姿勢は、支持できるものではないが、個人的には痛快なので、嫌いではなかった。

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