同盟上院議事録外伝   作:kuraisu

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・我が党は六年に渡る抗戦の末に勝ち取った祖国デルメルの国土と平和を、我らと我らの子孫の為に守り続けたいと希求するこの星の人民大衆の意志によって導かれ、小異を捨てて大同に就くことを望む諸党派人士が協商して成立した平和主義の政党である
・この星の艱難辛苦の歴史の連続の上に我が党は誕生した。すべてのデルメル人は人種や風習、出身や血脈に関係なく平等であり対等なデルメル平和共和国の同胞であるという認識を、党のあらゆる政策の大前提に置く。したがって党はデルメルの広範な人民の普遍的で根本的な利益を代表する
・党大会は党の最高機関であり、中央委員と各地区級委員会代表団を代議員とし、多数決原理によって運営される。党大会閉会中は、党中央委員会が党を監督する
・党は国の行政区分に対応する形で地方組織を設置する。地方組織は各地の実情に沿って自律的に運営される
・我が党のすべての活動は党大会の決定と党中央委員会の総意により指導される。すべての党員はこれに従う義務と責任を有する
(協商平和聯合党党規約より抜粋)


協商平和聯合党党大会、もしくは演劇的儀式(上)

 デルメル平和共和国において、最上級の地方行政区分を【地区】と称する。デルメルのことを【一党独裁国家】ないしは【企業支配国家】という通俗的イメージを抱いている国外の者たちにとっては意外なことであるが、建国から現在に至るまで地区議会や地区行政機関が大きな裁量権を有する大変地方分権的な制度で地方自治が行われている。

 

 というのも、建国の経緯を考えれば納得できることではあるだろう。元々デルメルはコルネリアス征服帝率いる元帥二個小隊が自由惑星同盟の諸惑星を侵略していた頃に『帝国に対する協力者』という真偽不確かなる疑惑によって憲章擁護局によって抑留された者たちの収容所として、有人惑星としての歴史をスタートしたのである。

 

 やがて憲章擁護局が解体されると、デルメルは国家としての装いを整え、自由惑星同盟構成国のひとつとなるわけであるが、当時のデルメル人たちにとって、自ら積極的に望んで国家を樹立したという意識は薄かったであろう。彼らは消去法的に建国という道を選んだのだ。

 

 なんとなれば、彼らの多くは自分達を裏切り者と罵り追放した故星の文化風俗に愛憎半ばする歪んだ帰属意識を有しており、自分達とは異なる風習を持つ隣人達を奇異と偏見の目で眺めていたのである。政党を筆頭にした政治団体の類は地域や出身文化圏を基盤として形成されるもののそれ以上の拡大が難しく、全国横断的な政党がないので国政レベルでは小政党群が合従連衡して国政が運営されるのが【ある時期】までは普通だったことが、それを証明している。

 

 建国期の『デルメル人』というのはあまり実態を伴わない空虚な概念であった。強いて言えば「もはや故星に戻れぬ以上、この星でやっていくしかないのだ」という現実への諦観と同じ憲章擁護局による被害者であるという共通意識が、その後ろ向きな概念の中身であった。皮肉的に見るのなら国名に【平和】と冠したのは、その暗い事実を建国者たちが僅かでも糊塗しようとしたからなのかもしれなかった。

 

 もちろん、こうした状態を改善し、国民統合を成し遂げようとする試みはいくつかあった。特にデルメル内で一番多かった帝国系――帝国のスパイ疑惑を一番かけられたのはゲルマン的な風貌を持つ白人系の人々なので自然とそうなった――自分達を中心にした国民意識形成と国造りをしようと彼らの間では様々な構想が持ち上がったものである。

 

 しかし多数派であっても圧倒的多数派というほどではなく、また歴史的経緯から他のデルメル人の帝国系への警戒心は一層強いものがあった。さらにはアルレスハイム革命によって同国の保守系人士がデルメルに流入すると「憲章擁護局による被害者」という歴史物語を共有できないばかりか「銀河帝国に対する認識」にさえ甚大なる差異が出るようになると帝国系の政治団体は激しい思想対立から分裂状態に陥り、そうした構想は完全に霧散した。

 

 そのような有様だったため、多種多様な民族の背景を統合しきれないために人民の広範な信頼を得た強い中央政府が形成することができず、各地区の地方自治権が強い制度が採用されたのである。そして『制度上は』そのまま今も続いている、ということであった。

 

 では、デルメルが【一党独裁国家】ないしは【企業支配国家】という通俗的イメージは間違っているのかというと、これもまた難しい。地方制度に限ったことではないが、デルメルの政治制度は「圧倒的多数派などできるわけがない」という建国時に国家設計に参画した者たちの共通認識が根底にあって形作られたものなのである。

 

 言いかえると『圧倒的多数派』なるものが存在してしまっては、()()()()してしまえるところが多分にあるのであった。

 

(それが極端な形で出ているのがこのレフコシアというわけだ)

 

 老人は瞼を閉じてしばし物思いにふけた後、はあ、と、軽くため息をこぼした。

 

(結局、生涯をかけても儂はこの地を奪還できなんだか)

 

 レフコシア地区最大の都市メドラロイトの文化会館の一室の窓から眼下に広がる街並みを見て、デルメル平和共和国国務委員会議議長・兼・協商平和聯合党中央委員会主席ルーベン・フォン・マルティノス老は内心つぶやいた。もっとも、まもなく『元』の一文字が肩書きの頭につく身であったが。

 

 約七〇年前のデルメルの戦いに、実際に武器を手に取り戦った経験があるこの老人にとって、この地に対する感情は複雑なものがある。レフコシアはデルメルの戦いにおいて、最初期に帝国軍が占領して軍事拠点を築いた地域の名であり、最後まで当時の同盟軍とデルメル義勇軍が武力で取り戻せなかった地であった。

 

 そして終戦に伴い『歪な平和』が構築されていく過程で、帝国軍占領区域はオリュンポス・カンパニーの社有地へと衣替えをし、最大の都市であったメドラロイトにはオリュンポス・カンパニーの事実上の本社が設置された。そしてレフコシア地区には「工場構内の安全管理のため」という名目で鉄条網やフェンスが張り巡らされ、その檻の中の街に「警備部門の一部署」という建前の帝国軍駐留部隊や「フェザーンからの出稼ぎ労働者」という本物の身分証を持った帝国人たちも暮らす地となった。

 

 そんなレフコシア地区は、オリュンポス・カンパニーが実質的な統治権を持つ領地と言っても過言ではなかった。一応、公的な地区議会や行政機関も設置されているが、合法的外観を整えて現状追認に終始しているのが実情である。

 

 他の地区と同様に地方選挙も定期的に行われている――協商平和聯合党は地方政治レベルでは必ずしも絶対的覇権を有しておらず、他党に政権を取られることはしばしばある。特に農業が主産業の地域では民主農民党が与党の地区が少なくない――のだが、レフコシア地区に限っては変化の可能性は皆無だ。

 

 なぜならレフコシアのほぼ全域がオリュンポス・カンパニーの社有地である関係上、会社に反抗的なデルメル市民がレフコシア地区内に住民登録することがまず不可能であるからだ。なので『歪な平和』の中で、レフコシア地区議会はオリュンポス・カンパニーの意向に忠実な協商平和聯合党レフコシア地区委員会が議席を独占し続けている。

 

 国民の穏やかなる生活のため、この星の安寧のため、そんなお題目の下にこの星にとりまく様々な矛盾と利害を調整し、デルメル平和共和国が民主主義的な自由惑星同盟構成邦のひとつであるという政治的修辞をほどこす役割。それが複雑怪奇な平和主義政党の存在意義のひとつであり、この帝国貴族風の老紳士はそんな党の代表を長年してきたのだ。

 

「マルティノス主席。そろそろお時間です」

 

 自身の後継者からそう声をかけられて、マルティノスは自身の中で微かに疼いている感情を押し殺し、微笑を浮かべて振り向いた。

 

「ああ、アラヴァノス君。どうだね。君の企みはうまくいきそうかね?」

「どうでしょうね。向こうも半信半疑でしょうから如何とも。スズヒサには話を通してありますし、フォルカーの手腕を信じて果報を待つしかない、と、いったところです」

「先刻言うた通り、儂はこの党大会を機に一線を退く。あれこれと注文をつけて院政染みたことをする気もないのでな。しかし、友人だからとてフォルカーを信頼しすぎておると痛い目をみるやも知れぬぞ?」

 

 よく手綱をつけておくのだぞとモノクルを光らせながら忠告してくる尊敬する老政治家に対し、アラヴァノスはスズヒサ嬢の手綱握れるかどうかの方が遥かに不安なんだけどなと思ったが、口には出さなかった。

 

 

 

 【健康上の問題】を理由に政府と党の役職を退きたい意向をマルティノスが公然と表明したのは今年の六月初頭のことである。それを受けて協商平和聯合党中央委員会は新しい党主席と指導部を選出するべく党大会を一一月中旬に開催する旨を発表し、デルメルでは大きな政治ニュースとなった。

 

 党大会は党の行事ではあるが、『歪な平和』が続く限りデルメルの政権与党であることを宿命付けられている協商平和聯合党は、党大会に際して党外の要人も招待状を出す。党としては新しい党幹部を早々に紹介したい思惑があり、招かれる側もなにかと秘密が多い協商平和聯合党の内幕を探る意図を持って招待に応じるのである。

 

 デルメルにとってルーベン・フォン・マルティノスという男は良くも悪くも「安定の象徴」であった。帝国軍がイゼルローン要塞を建設し、戦場がイゼルローン回廊より同盟側の宙域、所謂【交戦星域】のみに限定されるようになった困難な情勢下にあって、デルメルの『歪な平和』を維持して四半世紀以上に及ぶ長期政権を運営してきたのだから当然のことであった。

 

 となれば、その重責を次に担うのは誰になるのかと関心を呼ぶ。今回の党大会の招待に応じた【観客】の数は、いつもと比べても多いようであった。

 

 そんな客人の列の中に、同盟軍の軍服を着込んだ帝国系の男が一人いたので、白いユニフォームの警備員たちは訝しげな顔をした。党大会に現役の同盟軍人が招待されるのは珍しいというのもあったが、招かれたとしても、あえて制服着用でやってくる者は少ないので、不審に思ったのである。

 

 念の為、彼らは上官の隊長に不審な客について報告をあげると、その警備隊長は態度を急変させて部下たちを「バカッ!」と短く一喝すると駆け出し、その同盟軍人の前で立ち止まると敬礼した。

 

「ご無沙汰しておりますイェレムスレウ閣下!」

 

 その名前を耳にすると、唖然としていた部下たちも理解が及んだ者から弾かれたように敬礼した。彼らにとって、その名の響きには畏敬を伴うものがあったのだ。敬礼された当人は少し困った顔を浮かべると「変に目立つからやめてくれ」と苦笑するのだった。

 

 セウェルス・ロイヒテンベルク=イェレムスレウは、その家名に象徴されるように銀河ローマ同盟で中核を占めている亡命貴族家ロイヒテンベルク一門に連なる一人であったが、一族の中では珍しく帝国貴族的な意味で極めて普通な容姿と嗜好の持ち主であった。

 

 そんな彼は兵役の応じられる年齢になると、ロイヒテンベルク一族の者のほとんどがそうしているように、同盟軍に一兵卒として志願した。しかしセウェルスが他の一門の者達と違ったのは、軍隊生活と戦場の居心地に馴染んでしまい、兵役満了後も下士官として軍に残り、勤勉で真面目に軍務を続け、軍上層部からもその優秀さと信頼性を評価されて幹部候補生となり、長じて将校となってからは薔薇の騎士(ローゼンリッター)連隊に所属し、そこで武勲を重ねてなんと連隊長になってしまったのだ。

 

 薔薇の騎士連隊長としても少なからぬ功績を立てたが、ある日の戦いで全盛期の「ミンチ・メーカー」オフレッサーを率いる帝国軍精鋭部隊と遭遇し、これと交戦。激闘の末に少なくない犠牲を出し、自身も左脚をミンチにされたものの援軍到着まで遅滞戦闘を完遂し、あのオフレッサーの部隊を撤退に追い込んだ武勇伝の持ち主である。

     

 戦闘終結後にすぐに義肢を用意されて日常生活に支障はなくなったが、陸戦働きを続けるのは難しいのではという医師の判断を受けて当人は退役を考えたのだが、長い忠勤でセウェルスは交戦星域出身の将兵らからも個人的に信頼と尊敬を集めるようになっており、当時の同盟軍上層部の計算やデルメル政府の思惑も絡んで、准将に昇進してしまったのである。

 

 その歴史的・政治的立ち位置の為に同盟軍においては主流になれぬデルメル出身者から薔薇の騎士連隊長として活躍し、さらには将官になったというのは、大きなニュースになったものである。

 

 同盟軍という存在に好ましからざる感情を抱いているデルメルの若者は多かれども、いや、だからこそ、セウェルスは郷里の英雄として受け入れられていた。若者らにとって同盟軍の兵役というのは【なんとしても逃れたい苦役】であるというのに、何年もそんなところに留まって幾度となく戦場に赴いて武勲を重ね、デルメル出身者で初の准将となり、今は少将だというのだから!

 

「それに俺はもう何年も前線に出ていないし、過去の人もいいとこだろ」

「そんなことありません。閣下は兵役中の者達のために大変な苦労をされているではありませんか」

 

 小官も兵役中に少しお世話になりましたと恥ずかしげに語る警備隊長に、セウェルスは微笑み返しながらも内心は複雑であった。准将になったセウェルスの為に用意された役職は、同盟軍最高幕僚会議議員というものであった。最高幕僚会議とは、同盟軍最高司令官たる最高評議会議長や国防委員会各局からの軍事面の相談を受ける諮問機関である。

 

 だが、最高幕僚会議には組織としての実態がなく、実際は各々の議員ごとに精通している問題についての相談相手であった。セウェルスの場合、同盟軍内において「帝国と内通しているかもしれない」という疑惑が常に付き纏う為に差別的扱いを受けがちなデルメル出身軍人関連のトラブル関連の相談窓口となり、同盟軍中枢とデルメル政府の間で膨大な数の仲介と折衝をしてきたのである。

 

 だからセウェルスは国外からの視点というものをよく知っており、デルメルを除く交戦星域諸邦の最大公約数的理屈に、【民主主義の縦深】的な思考法に馴染んでもいる。なので彼にとっての愛する祖国であるデルメル平和共和国の『歪な平和』には、大いなる危惧と穏やかならざる感情を抱いている。

 

 そんな彼にとり、同盟軍除隊後のデルメル人の再就職先として、オリュンポス・カンパニーの警備部門が大きな受け皿になっているというのは、優先順位的にはそれほど高いものではないけれども「なんとかしたい祖国の現状」のひとつである。

 

 元同盟軍兵士だった警備隊長との会話をそこそこに、手続きをすませてセウェルスは文化会館大ホールの二階観客席へと進んだ。協商平和聯合党大会は文化会館一階と正面舞台で行われることとなっており、大ホール二階以上の観客席が招待された党外の要人やマスコミなどのための席となる。

 

「やあ、セウェルス。こっちだ」

 

 座席に腰かけて手を振っているのは、とにかく“赤い”という第一印象を視覚的に感じさせる容姿をした、黄金と漆黒のオッドアイが特徴的な人物であった。亡命貴族家ロイヒテンベルク一族当主にして銀河ローマ同盟代表を務めているアエミリウス・ロイヒテンベルク=ホールリンである。

 

「君にも協商平和聯合党からの招待状が届いたと聞いていたが、こんな時期であるからもしかしたら来られないかもしれないと思っていたよ」

「こんな時期でも私は来年の頭頃には退役する予定の身ですので、ある程度自由がききまして。ですが、あえてこのタイミングを狙って党大会を開いた意図はなんでしょうかね」

 

 今年二月からの体調不良を引きずっているのでマルティノスが辞任の意向を表明したので、それに伴う様々な人事の為に党大会開催を決定した、というのは表向きの理由であって、本当の理由ではないだろう。

 

「おそらく今回も落ちないと踏んで、今のうちに党中央委員会の刷新をはかろうとしたのではないかな」

 

 アエミリウスの推測に、セウェルスは不快気に眉根を寄せた。今現在、同盟軍はイゼルローン要塞攻略を目的とした六度目の出兵中であった。協商平和聯合党はその特殊な政党構造の為に、オリュンポス・カンパニーを介して帝国軍中枢の一部派閥の干渉を受けやすい都合上、帝国軍がイゼルローン要塞防衛に集中して余力が少ない時期に党の陣容を改めるというのは、合理的な判断であろう。

 

 ましてやヴァンフリート星域会戦の情報と結果を分析し、今回のイゼルローン要塞攻略作戦は直前に少なからぬ変更があったと見做し、要塞陥落の可能性低しと認識し、決め打ちして行動すると決めたのならば、同盟軍が要塞を攻略できた場合に必然的に起きる大政変のリスクへの心配と備えもしなくてすむ。

 

「成功しないと祖国に思われてると感じたデルメル出身連隊員に、今次作戦への戦意を出させるのも大変だとシェーンコップの奴がボヤいてましたよ」

 

 アルレスハイムほどではないが、デルメルには帝国系の風貌とルーツを持つ国民が多く、徴兵されて薔薇の騎士連隊に所属することになる比率はそれなりに高い。そしてイゼルローン要塞攻略の征旅に及ぶ少し前の段階で長きに渡ったマルティノスの長期政権が意図的にその幕を下ろしたとなれば、たとえノンポリであっても、よほどの政治音痴でない限りは要塞攻略できないと判断していると察するだろう。

 

「シェーンコップ? ああ、ヴァーンシャッフェ君の後任として薔薇の騎士連隊の第一三代連隊長になった男か。まだ私は面識がないのだが、新しい連隊長はどんな人物なんだい?」

「……そうですね。前線の指揮官、将校として見れば一級品でしょうが、同盟への忠誠心の点で少し心配がありますね」

「なに? リューネブルクのように帝国に逆亡命しかねない恐れが?」

「いえ、その心配はないです。同盟軍の在り方に思うところはそれなりにあるようですが、だからといってそれより遥かに酷いことが確定している帝国軍に鞍替えしようと考えだすほど馬鹿な奴ではありません。その点については信頼できる奴です」

 

 シェーンコップが幹部候補生養成所を修了し、新米少尉として薔薇の騎士連隊に配属されてきたのは、まだセウェルスが連隊長をしていた頃のことであった。シェーンコップ少尉は連隊内の白兵戦トーナメントで準決勝戦まで勝ち残ってくる驍勇さの持ち主であり、また実戦での部下の統率指揮も見事なものがあったので、当時から連隊内で一目置かれていた存在であった。

 

 だからセウェルスはシェーンコップの為人(ひととなり)を知っており、それゆえに危うさを感じていた。彼は帝国からの亡命一世であり、自分が根ざすべき故郷が同盟内に存在しないためか、同盟社会に順応しきれていないのだ。同盟軍士官学校試験の狭き門を潜り抜けていながら「校風を嫌った」という理由で入学を拒否し、あえて陸戦専門の軍専科学校を選んで入った経緯も、本人の皮肉交じりにこぼした回顧から推測するに、そのあたりに原因があるようである。そして今も薔薇の騎士連隊のみが自分の居場所と考えている節が見受けられるのだった。

 

 セウェルスとしてはいくらか共感できる感情であった。彼は自身の一族の家風について、喉の奥に小骨が刺さったような違和感を幼少時から覚えていたし、軍隊生活が水に合うと感じて同盟軍に居ついてみても自分たちに対する扱いには思うところがあった。そして薔薇の騎士連隊に所属した時の「自分と似た思考や物事の見方をする兵士たち」がたくさんいた時の感動は忘れられそうにない。

 

 シェーンコップの政府や軍上層部への反骨精神や不敵な言動についても、銀河帝国で下級貴族や富裕平民向けの娯楽兼プロパガンダ作品として製作されている遊歴帝国騎士物語ジャンルの作品群に少年時代は夢中になっていた過去があるセウェルスからすると――若干の羞恥と侮蔑と憧憬が交錯するものの――理解はできることではあった。

 

 ただセウェルスは、シェーンコップと違って自身の家柄や故郷、自由惑星同盟といった枠組に愛着と帰属意識を持つことができていた。それが二人の間の大きな違いであった。ふと、シェーンコップが一三代目ではなく、一二代目の連隊長であればよかったのではないかと空想してみる。あれは図太い男だから周囲から連隊に向けられていた精神的プレッシャーをものともしないであろうし、副連隊長としてヴァーンシャッフェが補佐していれば、案外上手くまわったのではないか。

 

 もっともリューネブルクが逆亡命やらかした直後の連隊長にシェーンコップがなることを同盟軍の人事に受け入れさせる理屈などまったく思いつかないし、仮に実現していたとしても別の意味での精神的疲弊でヴァーンシャッフェが胃痛で死にそうになるだろうから、それはそれで大変なことになったろうが。

 

 はあ、と、セウェルスはため息をついた。こんな益体もない空想をしてしまうのは、自分の後の連隊長たちの境遇に思うところがあるからだろう。連隊長戦死が続き、リューネブルクは同盟を裏切った。ヴァーンシャッフェは久方ぶりの生きて准将になれた連隊長になるわけだが、左脚の膝から下を喪っただけの自分に比べて、左手と右足を喪っており、しかもそれをやったのが帝国軍准将になった元薔薇の騎士連隊長のリューネブルクであるという惨苦な事実を思うと、素直に喜ぶ気にはなれない。

 

 まあ、ヴァーンシャッフェが故郷アルレスハイム王冠共和国の邦軍に招聘されて、アルレスハイム軍功二等勲章とアルレスハイム人民英雄の称号が贈呈されることには、素直に同情と賞賛をするべきなのだろうが。“最も高潔なる枢密顧問官”の助言と承認もある云々と言ってたから、そのあたりの差配に一族当主もまず間違いなくかかわっているだろうし、賞賛はやらないとまずい。

 

「――そろそろ演劇の開演ですか」

 

 話題を転じ、セウェルスは協商平和聯合党の党大会を演劇と評した。今回に限らず、協商平和聯合党は党大会を開催する前に必ず党有力者達からなる党大会準備委員会を党内に設置して「どこまで党内の対立や意見を外部に露出するのか、露出するとしてどのような表現を用いて誰に発言させ、誰にどのような反論をさせるのか」というところまで仔細に決められた緻密すぎる脚本を作成してから党大会を開催する。その為、党大会はたいへん儀式めいた性格をしているので、想定外の展開というものが起きることは絶無であるからだ。

 

 協商平和聯合党は結党以来、党内における自由闊達なる民主的議論を擁護する一方で、指導部である党中央委員会の議論は徹底的に秘匿し、党中央委員会の決定には党全体に対する絶対的権威性をともなわせることに腐心している。

 

 オリュンポス・カンパニーの株主名義が協商平和聯合党中央委員会であるので『歪な平和』を――絶対に公然化してはならない帝国軍との交渉を秘匿管理し、株主総会での合意事項を実行する能力を――維持するためには必要不可欠な要素であるからだ。党内に多様な主義思想と派閥対立を容認して包括する以上は、党中央委員会の議決にはそれらをねじ伏せられる権威がいるのだ。

 

 なので万が一にも相応に担当地区に根ざした自主性を有している地区級委員会の代表者から党中央委員会に対して予期せぬ強い批判が浴びせられ、その光景がマスコミのカメラに捉えられて電波に乗って立体TVで床の間にでも流れようものならば、党中央委員会の権威性に傷がつく。なので入念な事前調整と党大会脚本作りが行われるわけである。

 

「だが、観客として見ごたえのある演目が今回は催されるのではないかと私は思うよ」

「そうでしょうか。たしかにマルティノス議長の引退とその後の人事発表があるでしょうから見る価値はあるでしょうが……正直なところ、大きな変化が起こるとは」

 

 ジャピエン時代の結党大会からの伝統として、協商平和聯合党の党大会は一貫してメドラロイトにて開催されている。しかしセウェルスからすると、協商平和聯合党本部が置かれているデルメル首都のグリームニルではなく、オリュンポス・カンパニーのお膝元でもある檻の中の都市で開催する時点で大きな変化は期待するだけ無駄という気持ちが湧く。

 

 同盟人がレフコシア地区という檻の中に入るのは簡単だが、出ていくには各所のゲートで煩雑な手続きと検査が要求される。オリュンポス・カンパニーの白服の警備員達は構内の保安のために各所に配置されているが、このレフコシア地区で住まう帝国からの労働者や帝国軍兵士が同盟側に亡命したりしないようにするための監視役として、また外に出したら不味い情報の流出を防ぐための実力部隊としての非公然の任務を有しているのだ。

 

 党大会の警備にもオリュンポス・カンパニーの警備部門が出張っているのは、共犯関係にある協商平和聯合党が妙な方針を示したりしないようにする牽制の意味があるに違いなく、そんな党大会で『歪な平和』が揺らぐような発表をするとは、セウェルスには考えにくい。

 

「たしかに大きな変化はないだろうけど、妙な兆候があるなとは感じているよ。さっき私が話した民主農民党の人たちガラティエの大使殿もなにか感ずるところがあるようだ。それに君に招待状が届いたのも驚きではあったからね」

 

 しかも地元名士のロヒテンベルク一族の有力者という肩書ではなく、あえて同盟軍最高幕僚会議議員ロイヒテンベルク=イェレムスレウ少将宛で招待状を送ってきたとのだろう? 一族当主の意見にセウェルスは無言で頷いた。正直面倒事につながるだけではと悩んだのだが、彼が同盟軍の軍服を着ているのは、同盟軍人の肩書で招待された以上、軍服を着ていくべきであると判断したからであった。

 

「どのような意図によるものか見定めなくてならないだろうね」

 

 場合によっては君にも働いてもらうよ。アエミリウスは鋭い目つきで劇場を見下ろして言った。

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