「同盟憲章に謳われる『自由・自主・自律・自尊』の理念に基づく民主主義社会という理想像に、我が平和共和国は全面的に同意する。そしてその為には有権者の安寧を確保することが不可欠だ。デルメル建国以来初の国民政党ともいうべき我が党は、我が国の人民がそうした共通認識を持ったがゆえに誕生したのであり、
「帝国軍があの要塞を築いたことで、我が党の存在意義は一層明瞭になった。同盟と帝国のどちらにとっても我が星に眠る資源の重要性があがったのであり、今後ますます我が国に対して否定的な圧力が強まるであろう。そしてあの要塞が帝国が保持する限り、我々は『歪な平和』を頑として維持せねばならない」(イゼルローン要塞建設直後に開かれた協商平和聯合党中央委員会総会でのルーベン・フォン・マルティノスの発言)
「たしかに貴党と我が国の主張には少なからず重なるところがあります。ですが、我が国の反戦主義は強烈な郷土愛が基盤にあって、それなしに成立するものではありません。基本姿勢に大きなギャップがある以上、歩調を合わせて全面的な共闘は難しいかと」(反戦市民連合幹部との会談時における同盟弁務官アーノルド・フォルカーの発言)
協商平和聯合党は、帝国軍の侵略を撃退して惑星全土の支配権を回復した後に、この星の平和を希求する大衆の意志を背景として、諸党派が小異を捨てて大同団結して結党したのだと、自らの成立経緯をそのように説明するが、それは真実とは言い難い。
というのも、直接的な党の前身はなにかとなると、戦時中のデルメル政府を指導してたジャピエン政権――より正確には泥沼の戦争指導の中で形成された超党派連合の挙国一致祖国解放戦線である。しかもその成り立ちは自発的意思よりも、必要に迫られて形成されたものであった。理由は様々であるが、一番大きい理由をあげるのならば、かつての邦軍であったデルメル義勇軍のあり方に問題があったからである。
現同盟軍統合作戦本部長シドニー・シトレ元帥は士官学校校長であった頃に「軍のコンセプトは国家の歴史に通ずるものである」と講演で述べたというが、デルメル義勇軍もその例に漏れず、デルメルの歴史を大きく反映した軍組織の構造をしていたのだ。具体的には地区単位で独自に兵員を募って地域密着型の部隊編成をしており、地区間の部隊を跨いでの兵員をやり取りをすることが少なく、各部隊は義勇軍中枢やデルメル政府への忠誠よりも各々の郷土への愛着の方が遥かに強かったのである。
それでも主要航路から微妙に離れた貧しい農業惑星であるがゆえに、帝国側からは関心を抱かれることはほとんどなかったし、またそうであるからには自由惑星同盟による集団安全保障的観点でもデルメルは特に重要視されることなかったので、実質的な義勇軍の役割は極稀に迷い込んでくる帝国軍の私掠船への対策と戦災を被った同盟諸邦への人道支援に限定されていたので、大きな問題にはならなかった。しかし建国から約半世紀後、この星の地下に軍事的価値が極めて高い資源が豊富に眠っていると判明し、帝国が飢えた餓狼のような軍勢を大量に送り込んできて、本土を舞台に防衛戦争をするとなると、話が変わってくる。
義勇軍の各部隊は郷土に戦火が及ぶと、上位司令部の命令を無視し、軍事的合理性などかなぐり捨てて、郷土で死に物狂いの抵抗を試みる例が多発したのである。彼らにとって守るべきはなによりもまず自分達の郷土であり、そのためとあれば同盟軍に対して銃口を向けることすら躊躇するまいとする気風があったのだ。
さらに帝国軍デルメル侵攻部隊の一翼を担っていたカストロプ一門の軍が頻繁に離間策を用いた。帝国軍務省よりデルメル占領後の利権を対価として示され、その約定から参戦していたカストロプ軍には、当初より征服地の現地民の一部は資源採掘等の労働力として多少飴を与えてでも活用する趣旨の占領後の青写真が存在していたのである。そんなカストロプ軍からすれば、ある程度土地を安堵してやれば懐柔できそうなデルメルの地方勢力は魅力的な調略対象に映り、帝国基準ではかなり好意的態度をとることができたので、離間策は一定の効果を発揮した。もっとも、多くのデルメル人からすると帝国への不信感も根強いものがあったので、反帝国反同盟を唱えるゲリラ勢力が各地で跋扈して戦場が混沌化する一因となったのであるが。
このような有様の【友軍】に同盟軍は苛立ちを隠そうともせずにデルメル政府に「どうにかしろ」と圧力をかけた。もちろんジャピエン政権の側としても、建国以来続いている溝のために自軍の統帥が乱れきっている状態が良いわけがないという意識があったし、早急に意思疎通をはかるべく各地域の有力政党を連立に組み込み、また政権首脳の決定方針に義勇軍を従わせられる政治組織作りを急いだ。
その結果、
(とは、言うものの……)
党大会の行事が進んでいく中で、アーノルド・フォルカーは腕を組みながら考える。今年の半ばから起きた党内の勢力図地殻変動の中で巧みに動き、通商派の次代領袖たる地位を確保した政治家はチラリと、自分より一回りほど歳下の東洋系の容姿の男に視線を向けた。党内第三派閥独立派の領袖ヴァラ・ツォラコグルである。
同盟弁務官をしていた頃は、危ういが一過性の存在に過ぎないと見ていた独立派であるが、意外にもというべきか、それとも順当にというべきか、あれから五年間のうちに党内に確固たる地盤築いていた。むろん、通商派や内政派からすればまだ半分以下の規模であるが、無視などできないほどには成長してしまった。
しかしそんな独立派も党中央委員会の権威を認めている。国民議会の議論でも党内における議論でも喧しいことこの上ないツォラコグルとて、一〇年以上中央委員の地位にあるだけあって、党のルールはしかと弁えており、また自派の者たちに党中央委員会の決議は絶対であると弁えさせる能力と意思があった。だから今も党中央委員会は絶対的権威を有しているといえる。
だが、フォルカーとしては不安になるのだった。『それはいつまでのことだ?』と。独立派の伸長の背景には、党中央委員会の強権に対する反発もあるように思われるのだ。
神妙な顔をしながらそんなことを考えているうちに式次第が進み、ステージに設置されている演説台に一人の老紳士が立ったので、フォルカーは内心慌てて意識を切り替えた。自分も少なからず動揺しているらしい。自分が初めて党の中央委員に名を連ねるようになった時、彼は既に党主席として五年以上の時を過ごしていた。ほぼ役職と同化しているような認識さえあった彼が退き、その後釜に親友ガーフが座るというのだから、平静でいられる方がおかしいのかもしれない。
「党大会代議員、並びに協商平和聯合党の忠実なる党員諸君、そしてなによりもこのデルメル平和共和国の全ての国民諸君。皆が知ってのとおり、私、ルーベン・フォン・マルティノスは三〇年余、我が協商平和聯合党中央委員会主席としての、またこの平和共和国の最高行政官としての務めを果たしてまいりました。一部から『変わり映えがしない』だのと厳しいお言葉をいただいたことも多いですが、正直なところ、簡単な仕事ではありませんでした。そして、初めて党大会で党主席に指名された日のことがつい一週間前のことであるかのように思えるのに、現実の自分を見直すとずいぶんと老いておりました。はたして、今後も私は国民の負託に応えていくことができるだろうか。体力的にもう難しいのではないかと考え、皆に迷惑をかける前に自ら身を引こうと決心いたしました。ありがたいことに多くの者たちから再考を促されましたが、健康を崩しがちな八〇代の老人がいつまでも国政の中心に居座り続けるというのは、健全な政治とは言えぬであろうし、どうかご容赦願いたい」
党大会代議員たちの間で苦笑の細波が広がった。たしかに特にここ最近は自然に使える理由だからというのもあって『公式には』健康不良を訴えがちなマルティノス老であったが、それはこの前の交戦星域議臨時会への参加是非などを筆頭にした政治的取り繕いのために
では実際のところマルティノスの健康状態はどうなのかとなると、八〇代の老人とは思えぬほど頑健なのであって、老衰による指導力低下問題など(少なくとも今のところは)まったくない。無論これまでがそうだったからといって、これからもそうだとは限らないのだが、当の本人が今年に入るまで引退しようとする意思をまるで見せなかったのだから、引退理由がそれというのは党の幹部たちからすれば、些かおかしさを感じて少し腹筋が辛くなるのだった。
「思い起こせば、私にとってすべての始まりとなったのは、一〇代の頃の戦争経験です。私たちの星の地下に眠る膨大な資源を狙って、帝国軍が侵略の魔の手を伸ばしてきました。あの戦禍の時代を肌で知る者も随分と少なくなってしまった。実際に当時の義勇軍の一員として、武器を手に取って、血と汗と汚泥に塗れ、あの資源戦争を戦った経験があるとまで付け加えるならば、おそらく私が最後の世代でありましょう。最終的に帝国軍を撃退しできたものの、あの戦いで失った親しき戦友を、友人を、家族の顔を忘れたことは一瞬たりとてない。彼らの犠牲あってこそ、われわれは六年間に渡った戦いに勝利することができたのだと、そう胸に刻んで私は政治に関わってきました」
勝利? 勝利!! ツォラコグルは失笑を堪えようとしたが、口の端を歪めた。敬愛する国務委員会議議長兼党主席閣下が事実を美化してそう言っているわけではなく、デルメルの公式見解に基づく表現にあわせているだけではある。最終的にあの戦いでデルメル政府は惑星全土の統治権を回復することに成功したのであり、この惑星上から帝国軍を撃退したことになっているのだから。
『歪な平和』に配慮した表現ということになるのだが、なんとも馬鹿馬鹿しく忌々しい限りだ。もっとも、一番滑稽なのは、『歪な平和』の権化ともいうべき政党に幹部として所属しながら、独立派という異端グループの管理と育成に励んでいる自分なのかもしれないが。
だって、大きな笑い声を上げたい衝動がある。だが、今はまだ辛抱せねばならぬ身だ。長年党の中央委員としての立場を確保しているが、まだ党の権威に正面から喧嘩を売るには、まだまだ自分の立場が弱いと感じているからだ。
なにせ協商平和聯合党は党内民主主義と議論を擁護するとか嘯いているくせに、党中央委員会決議に抵抗する党員に対して、容赦というものがないのだから!!
「しかし、それゆえに私は少々長く党の代表としてとどまり過ぎたところがあります。あの地獄のような戦場を、終戦後の荒廃した祖国の状態を見ておらぬ若者たちのことが、私にはどうにも熱意に欠け、不甲斐なく感じる時があった。次世代にバトンを渡すという行為に、不安を覚えるようになっていたことを告白しておきたい。ですが、それは驕りというもの。この壇上から代議員の皆を、我が党の幹部たちの顔ぶれを眺め見て、改めて確信いたしました。若い力は頼もしく育っているではないか。諸君らは私よりも新鮮な視点を持ち、柔軟な発想で、この協商平和聯合党を更に強く、より包括的で、これまで以上に祖国人民の普遍的利益を代表する党へと導いてくれることでしょう。私は諸君らを信頼し、党における全ての責任と希望を託し、私は党中央委員会主席を辞するものであります」
どこまで本音で言っているのだろうか。正式にはこの後の党大会の議事と選挙を待たねばならないが、既に事実上次期党首たることが決まっているアラヴァノスは内心首を傾げた。マルティノスから後継者として自分を推薦したい旨を告げられた際に、彼がどのような激情と共に政治家人生を歩んできたかを一端ながら知っている。それに比べれば随分と穏当な内容になっている。
いや、待てよ。それを知っている者は少ないし、一般向けに公開する党大会での演説でそれに触れるのはおかしなことではない。そして深読みし過ぎかもしれないが……次期指導者たる俺への牽制と釘刺しも含まれているのだろうか。そんなことを考え、胃のあたりに幻痛を覚えるアラヴァノスであった。
「私たちの党は、帝国軍の侵略を撃退して惑星全土奪還を成し遂げたのちに、戦災で荒廃した大地の上で、『平和』の旗印の下に諸党派が結集し、協商して成立した。建国の受難者たちが国名に冠した『平和』の祈りを具体化せんとする崇高なる共通意思によって結党したのです。それこそが党の最大の使命であります。党員諸君、そして国民の皆様、私が長きにわたって党と祖国のために働けたのは、皆様からの信頼と支えありきであります。諸君らなくしては、私は何の成果も残すことはできなかったことでしょう。心より感謝申し上げます。私は党主席辞任を機に、一線を退くつもりではありますが、これからも、党の理念――協商と平和――を胸に、影ながら皆さんの歩みを応援し続けます。自由惑星同盟構成邦のひとつたるデルメル平和共和国が、真の平和と繁栄を享受する日が来るよう、祈っています。ぜひ諸君らの力で、党と祖国の新しい時代を創り上げていただきたい。それが私の党主席としての最後の言葉であります」
演説を終えたマルティノスが一礼すると、会場に万雷の拍手が鳴り響いた。マルティノスが一瞬恥ずかし気に微笑みを浮かべたが、すぐにそれを消して降壇した。
拍手を終え、フォルカーはマルティノスの演説の一節に思いを馳せた。『自由惑星同盟構成邦のひとつたるデルメル平和共和国が、真の平和と繁栄を享受する日』か。あるいは、それこそが建国の時よりデルメルの民すべてが夢見てきたことではないだろうか。
たしかにデルメルに限っていえば、ジャピエン政権が『歪な平和』を築き上げてからここ七〇年近くもの間、直接的な戦火に晒されることなく平和を謳歌してきた。だが、それは【自由惑星同盟構成邦のひとつ】としての【真の平和と繁栄】であったと胸を張って言えることかといえば、決してそうではない。そしてそれを最後に言い残していくとは大変示唆的である。
マルティノス議長なりの自分達への激励なのだろうか? アーノルド・フォルカーは身が引き締まる思いであった。
マルティノスの引退演説が終わると、党大会代議員たちによる党主席指名選挙が行われた。ツォラコグル率いる独立派の中央委員と地区級委員会代表の一部以外の支持票を獲得して、新しい党中央委員会主席としてガフパリア・アラヴァノスが選出された。新党主席となったアラヴァノスはマルティノスの引退演説に感銘を受けたと前置きした上で、大胆な世代交代の必要性を主張して党要職の人事リストを提示し、こちらは全会一致で賛成票が入り可決されたのである。
これにより協商平和聯合党の第一世代ともいうべき古参党員たちは、派閥を問わずに党の傍流へと追いやられた。ただし相談役や顧問という肩書で一定の影響力を保障された者は少なからずいる。マルティノスは党名誉副主席という立派な肩書が与えられたが、こちらは実権がほぼない名誉職である。
予想していたより大胆な世代交代の実施が発表されて、招待客やマスコミをざわつかせながら協商平和聯合党大会は閉幕した。
「ずいぶんとまあ、派手な世代交代をやったものだ」
文化会館大ホールの最上階観客席で、複数人の白服に護衛されて、グラスワインを傾けながらそう評したのはギルガメス・ヘルメス。オリュンポス・カンパニーの現社長である。立場柄、協商平和聯合党の内部事情に触れ易いために、今回の党大会が世代交代を企図したものになるとは知っていたのだが、思っていたよりも大胆に行われて少々驚いていた。
「おやご存じなかったので?」
「私は協商平和聯合党の幹部というわけではないのでな。大まかな方向性くらいは事前に知っていたが、ここまでやるとは知らなかったよ」
「しかしあなたはツォラコグル氏と親しい。今回の世代交代である意味一番得をしたのは独立派でございましょう。もう少し具体的な内容を事前に知れる立場かと思いましたが……」
「いやいや、あやつは表沙汰になれば党内で問題になりそうなことを漏らすほど迂闊なやつではないよ」
ギルガメスが柔和な笑みを浮かべて談笑している相手の浅黒い肌と深い黒髭が特徴的な男は、デルメル駐在ムサンダム大使のバハラームである。決定される内容がどうであれ、協商平和聯合党の党大会が事前に脚本で大筋調整された上で行われる以上、党大会を名目に集められた党内外の要人たちと社交することのほうが、ある意味では党大会そのものよりも大きな意義を持つものである。
「では事前に知っていた大まかな方向性だけでも教えてもらえませぬかな」
「そうですなぁ。私と君の仲でもありますし、いいでしょう。既に公になった以上、隠す意味もあまりないでしょうしな」
そう言ってギルガメスは悪戯っぽく笑った後、告げた。
「私が知っていたのは、長年党を指導してきたマルティノス主席のみならず、 党全体の世代交代を目的とした党大会であること。そして独立派が党主席指名選挙でツォラコグルに票を入れることと引き換えに、それ以外のすべてをほぼ丸呑みしたらしいということだけです」
「なんと。では、世代交代は独立派の思惑はほぼ反映されていないと? 党の旧弊批判をしている独立派の主張がほぼなくこれとはにわかには信じがたいですが」
「ツォラコグルの政局力といったところかな。見る者によってはさも自分達の力ありきでことが進んだように見えると計算した上でのことだろう。あのお調子者は、自分達の実力を実情以上に大きく見せる術に長けている」
数年前まではツォラコグルをネタ的な意味で面白がっていたものであるが、今ではそれなりの政治家であるとギルガメスは評価を改めていた。デマゴーク的で扇動的な政治家であるが、協商平和聯合党の幹部でありながら反協商平和聯合党的な民意を集めつつ、それでいて党から排除されない身の処し方には唸るべきものがあった。
あるいはツォラコグル本人の視点では、もしかしたら本心からの理想を述べているだけなのかもしれないが、だとすれば非現実的目標を掲げてる割には非常に狡猾なる理想主義者である。
「しかしバハラーム大使殿。私は企業経営者であって、政治家ではないのだ。党大会周りの話題はこれまでとしたいところさ」
これ以上協商平和聯合党関連の話題をしていては、自分の立場のことも考慮しなくてはならなくなってくる。【デルメルの影の国家元首】とか巷で噂されていても、オリュンポス・カンパニー社長としての地位と権力は、協商平和聯合党と帝国軍の間に張られた一本のロープの上でバランスを取ることで成立しているのが実態なのだ。しかも国籍関連などで時々フェザーン自治領がロープを揺さぶってくる不安定さである。
それでもギルガメスがサービスしてやったのは、彼がムサンダム憲政共和国の大使であるからだった。【交戦星域】にあって『歪な平和』を謳歌するデルメル平和共和国は、交戦星域諸国との関係は当然のことながらよろしくない。交戦星域の盟主を標榜するパランティア連合共和国のメンツを潰している等しいし、交戦星域の中にあって戦災を免れてることを抜きにしてもティアマト民国やアスターテ連邦共和国とは『故郷』という概念に対する認識差で軋轢があるし、腹違いの兄弟国とでもいうべきアルレスハイム王冠共和国とも帝国からの亡命者関連で折り合いが良くないし、ヴァンフリート民主共和国に至っては対立する要素が多すぎて如何ともしがたい。
比較的良好な関係を築けている国といえば、【コルネリアスの大侵攻】以後から勃興した復讐主義極右運動に対し代々『非攻』を唱え過剰な軍国主義に反対をしてきた宗教国家の大夏天民国と、本土喪失後に成立した亡命政府に対して即座に支持表明を出して本土奪還後はその再建のために惜しみない支援を続けているエル・ファシル共和国くらいのもの。この二ヶ国とて、前者は国家としての伝統的主張的に多少似通うところがあるからにすぎず、後者に至っては向こうが復興支援を切実に欲している事情が大きいので今後も良好な関係が続くのか大変怪しいものであるが。
そんな交戦星域諸国の中にあって、ムサンダム憲政共和国はデルメル平和共和国の友邦といえる国であった。ジャピエン政権の時代、帝国軍と手を握って『歪な平和』の道を歩み出したがために交戦星域で孤立を深めていたデルメルに対してムサンダムは外交的に接近し、また資源採掘の為の機械設備や技術者派遣等を【対価次第】でやってくれたのである。
当時のムサンダムの側にも思惑はあった。同盟中央がデルメルの現状を黙認した以上は当面はどうしようもないし、それを所与の前提とした上で考えると、デルメルが資源採掘を行う際に頼れるのが帝国だけというのは拙すぎる。ならばいっそデルメルの懐に飛び込み、その秘密のヴェールの向こう側を覗ける権利を確保し、帝国側の動向を探る一助としたかった。また交戦星域盟主国のパランティアへの対抗意識も背景にはあった。
しかしそんな打算はデルメルにとっては気に留めるほどのことではなかったし、むしろ【友情の対価】としては安いものだろうと考えていた。孤立を深めていたデルメルにとって、交戦星域内の友好国というのは喉から手が出るほど欲しいものであったのだから。いちおう、ムサンダム憲政共和国以外にも、隣国のタケミナカタ民主共和国という『歪な平和』成立時から変わらぬ友好国がデルメルには存在しているが、あちらは位置的には交戦星域の範疇に入るというだけで、コルネリアスの大侵攻時も帝国軍から無視されていた僻地すぎる国であるため、重みというものが違う。
もちろん、デルメルの友好国であるからといって、デルメルと同じような立ち位置にあることを意味するわけではない。ムサンダムは先のヴァンフリート防衛の為の交戦星域連合軍に邦軍を供出し、相応の活躍をしている。デルメルとは異なる意味で外交的をしたたかに立ち回っているのだ。なればこそ、デルメルにとっては彼の国との友好関係に高い価値を認めている。
そういう経緯があるため、ギルガメスとしても例外的な配慮をする。国家間の思惑や事情を抜きにしても、オリュンポス・カンパニーは、あの星に拠点を置いている企業群と歴史的に浅くない関係があるし、自社の支部だって置いているのだから。
「そういえば、最近困っていることがあるのですよ」
「困っていることですと? 私でよければ相談に乗りますぞ」
バハラームは興味津々という表情を作った。
「そうか、そいつはありがたい。実はな、最近我が社の敷地内に奇妙な木が生えるのだ」
「は?」
「いや、正確には昔から時折あるのだがな? 今年に入ってからは妙に数が多くてな。まるで森になりそうな勢いで困っているのだ」
自分はいったいなんの話を聞かされているのだろうか。困惑するムサンダム大使の顔を見て満足した巨大複合企業の社長は種明かしをすることにした。
「警備部門のルクレツィア統括からの報告によれば、その木々はエントとかいう種類なのだそうだ」
「エント……あ、ああ……」
エントの森、宇宙暦以前から現代まで伝わる古典的ファンタジー概念のひとつで、ファルゴンと呼ばれる地域の木の精霊たちが住まう森を意味するのだとか。そんな愛称がつけられている情報機関に、バハラームは心当たりがあった。パランティアの秘密調査本局航路警備・国境侵犯部門。通称『HUORN』。
つまりギルガメスはオリュンポス・カンパニーの敷地内にHUORNのエージェントと思しき者たちを今年は頻繁に見かたので奇妙なことであると婉曲的に言っているのだ。
「……噂に聞くところによれば、エントとかいう精霊どもは秘密の多い場所に群がるといいます。なにかと企業機密が多い貴社に群生するのは仕方がないことなのでは」
「多少であればな。だが、今年は妙に多い。そして心当たりがない。かといって刈り取ってしまうのも問題であるし、実に困っている」
なあ? とギルガメスは傍らで自身を警護している警備部門幹部に問いかけてみたが、その幹部も「まったくです」とばかりに力無く苦笑した。本当にまったくといっていいほど心当たりがないのである。
彼らは特に警備部門二課に――駐留帝国軍の連中に探りを入れている。探られて痛い腹では確かにあるのだが、ここ最近でHUORNの関心を招くようなことを連中が仕出かした覚えも、それを見逃した覚えもない。強いて言えば『歪な平和』の体制からカストロプ閥を外す動きが秘密裏に本格化してきているからそれ関連かとも考えたが……パランティアの国益に大きくつながることとも思えないし、通常以上のリソースを割いてまで関心を払うようなことだろうかという疑問は拭えない。
もっとも、ギルガメスにはそこまで外国の大使に情報提供したりするつもりはないが。
「マルティノス議長の辞任に伴う変化を調べる為、ではないのですか」
「それなら協商平和聯合党の方に群がるべきだろう。それか政府機関にだ」
「…………たしかに妙、ですな」
少し考えたが、すぐにいくら考えても答えがでそうにないとバハラームは頭を切り替えた。この情報は本国に送って、後は上の判断に任せよう。
「社長の話は心に留めておきましょう。その苦労を軽減できるようなことがわかれば、次の機会にでもお話ししますゆえ」
「それはありがたい」
「さて、暗い話はこの辺りでやめて、楽しいビジネスの話をしましょうか」
「ふむ?」
ギルガメスの瞳に鋭い光が走った。
「もしかして、それはダレイオス・プロジェクトというやつか?」
「おやおやギルガメス社長も耳が早い」
「なに、いちおう形式上私はフェザーン人なのではな。それもムサンダムに出入りしているようなフェザーン企業となら話す機会も相応にあるのでな」
そう言ってギルガメスはクスリと笑ってみせる。
「では具体的な話を聞かせてもらおうか。まあ、君のことをは信用しているし、よほどふざけた話ではない限り、私としては前向きに歓迎したいとも。となれば、政治が許容するかどうかという気もするがね」
それとも新議長を説得する前に私を味方につけておこうとか、そういう魂胆かな?と楽しげに語るオリュンポス・カンパニー社長に、ムサンダム大使は御明察であらせますと笑って説明に入るのだった。
エントの森の皆さんが何を探りに来ていたか知りたい人は同盟上院議事録30話をご覧ください
(# ゚Д゚)推測できてたまるかそんなの!!