結党大会からの伝統として、協商平和聯合党の党大会は一貫してレフコシア地区最大の都市メドラロイトにて開催され続けている。しかしメドラロイトで開催する実務的必要性があるという側面も存在する。
多くの党大会代議員たちは大会閉幕後にメドラロイト市内における高級ホテル『ザラスシュトラ』に移動する。党大会が成功裏に終わったことを祝う名目でパーティーが開かれるからだ。そして急ぎの要件を抱えていない者は一泊して、党内外の要人と顔を繋ぎ、情報を交換することに精を出すのだ。
そして新しく党主席に選出された者が、最初に対面して話すべき相手達というのも、これまた伝統的に決まっていた。ホテルの一室でアラヴァノスは、二人の人物と対面していた。
「改めて、党主席就任おめでとうございます」
頭を下げて挨拶した年輩の女性は、純白に豪奢な装飾が施された軍服を着こなしていた。
「私からも新議長誕生をお祝い申し上げる」
そう言って敬礼してくるのは、女性とは対照的な真っ黒な軍服を身に纏った壮年男性で、不敵な顔つきをしていた。
女性の方はオリュンポス・カンパニー警備部門統括のルクレツィア・ヘルメス。男性は警備部門第二課副課長――オリオン腕側での肩書きは帝国軍デルメル駐留部隊司令部副司令官であり、銀河帝国軍務省の利益代表者――であるシャーディス大佐である。
本来であれば、ここにもう一人、カストロプ閥の利益代表者枠である警備部門第二課課長にして駐留部隊司令官たる帝国軍准将も参加して、新しい協商平和聯合党の指導者が三名に対して『歪な平和』が今後も揺らがぬことを表明するのが慣例である。しかし今回カストロプ閥の利益代弁者が招かれていないことは、カストロプ一門の帝国内の地位低下とデルメルの対帝国外交の成果を証明するものであったろう。
「シャーディス大佐、私はまだ国務委員会議議長ではないのだ。協商平和聯合党の代表にはなったが、国家の指導者を担うには国民議会から首班指名という信任を受けてからのことです」
なのでまだ議長はマルティノス閣下なのですよと苦笑しながら語るアラヴァノスに、シャーディスは和やかな笑みを浮かべて切り返す。
「ずいぶんと形式的なことを仰る。たしかに正式にはまだ議長に就任されておらぬとはいえ、貴党の代表は即ち平和共和国の指導者ではありませんか」
「たしかにそうした風潮がないとは言えませんが、時として形式というものは大きな価値を持つ。とりわけ、この星においてはそうです」
そうだよなと揶揄うような視線をアラヴァノスから向けられ、心当たりしかないルクレツィアは「主席の仰る通りかと」と笑みを浮かべて追従した。二対一で形勢の不利を悟ったシャーディスは肩を竦めて、引き下がった。実際その通りであるのだから。
このように軽い政治的鞘当て混じりの雑談を一〇分ほど続いたのち、シャーディスは切り出した。
「念の為、お伺いするが来年度の質の高い流体金属は――」
「優先的かつ秘密裏に貴軍へ。今回よりはカストロプ閥の准将殿の伝手を借りずに」
「マルティノス議長が降りてどうなるか少し不安であったが。フッ、卿とも馬があいそうでなによりですな」
シャーディスが一安心だという風に口の端を緩めて見せるのは、完全な演技であるとは言えない。
デルメル駐留部隊司令部は連隊規模の部隊を指揮下に置いていて、これを指揮するための存在であると帝国軍の形式上はなっているが、実態はといえば、設立初期から内的には【フェザーン自治領公民】の身分証を携えた帝国からの派遣労働者の管理組織であり、カストロプ閥と帝国軍務省の主導権争いの場である。
そして外的にはオリュンポス・カンパニーの株主総会を通じてデルメルの国政に干渉するので、その為の政治方針や国家政策案の策定、株主総会という【上院】の議会対策なども駐留部隊司令部所属の幕僚達の仕事となる。また同盟領内で活動する帝国のエージェントの活動拠点兼緊急避難先としての側面も有している。あまり好きに放題やり過ぎるとデルメル政府とヘルメス一族、そしてフェザーンの駐デルメル総領事館が連合して怒鳴り込んでくるため、彼らと鍔迫り合いをする必要もある。
要は駐留部隊司令部は軍務らしい仕事をほとんどしていない、純然たる政治組織であるといっても過言ではないのだった。そしてそんな組織にデルメル政府からの要望と帝国軍務省上層部の意思によって、カストロプ閥外しの為の現場での最高責任者として送り込まれたのが軍務省内で交渉力を高く評価されていたシャーディスだったのである。そんな彼にとって、話が纏まりつつある状態になっている時にデルメルの指導者が交代するというのは、一抹の不安を覚えるものであったのだ。
余談だが、なら駐留部隊司令部指揮下の帝国軍兵士達は勤務時に何をしているのかと言えば、司令部の命令に従って派遣労働者の管理を手伝ったり、演習場で軍事訓練をしたり、警備部門一課所属の警備員達に軍事教練を施したりしている。安全に帝国軍部隊を見物できるとレフコシア地区の観光資源にすらなっており、休暇の際は市民と交流したりと前線部隊にあるまじき呑気な日々を過ごしているのであった。
「それはけっこうですが、首輪をつけているつもりはないでしょうな」
「アラヴァノス殿」
軽く浮かべていた安堵の表情をかき消し、真顔で帝国軍大佐はアラヴァノスの名前を冷たく呼んだ。
「我らが光輝ある帝国軍は、一個連隊をこの星に駐屯させている。自治領ですらない皇帝陛下の御威光届かぬ僻地に、しかも将兵らに一企業の警備員という名誉があるとは言い難い身分を飲み込ませた上でだ。これは貴国にとってとても幸運なことだし、良いことでもある。そして今後も良いことであり続けることだろう」
もしそれを首輪の如く思われているならば、双方にとって好ましくない事態を招きましょうぞ、と、目が笑っていない笑顔をシャーディスは作りながら言外に告げていた。
「あるいは、マルティノス議長閣下が傑物であらせられすぎたために認識違いをしておられるのやもしれぬが……党中央委員会主席という地位はそれほど強固なものではありますまい」
よく協商平和聯合党は党主席に絶大な権力が集中しているイメージを外部から持たれがちである。党中央委員会を主宰し、党首として一定の主導権を握れる役職ではあるのだが、協商平和聯合党の権威と権力が集中しているのは党中央委員会であって、党主席ではないのだ。
党員にとって中央委員となることは『歪な平和』を維持する為の秘密保持の制約と引き換えに大きな発言権と行動権を獲得することである。そして党中央委員会は多数決原理によって運営されているので、様々な思惑を胸中に抱く中央委員の過半数の賛成を得られないような事柄に対して強権を発動することは不可能であるし、また逆に過半数の賛同があれば党主席を弾劾することができる。
さらにオリュンポス・カンパニーの株主総会が存在する。この通称【上院】での結論は、即ち協商平和聯合党中央委員会の結論でもあるという不文律が存在する。【上院】の議席は取引材料としても使われるので時期で若干の差異があるとはいえ、協商平和聯合党中央委員会が五割弱、駐留帝国軍が四割前後、ヘルメス一族が一割強というのが、概ねの議席配分なので党中央委員会だけ纏めていても党主席弾劾に追い込まれる可能性がゼロではない。
そんな危うい地位であるために、必要性が疑わしいと結党以来党主席の任期など定められてこなかった。強いて言えば党大会開催時に代議員たちの過半数の支持を得なければならない規定が党規約にあるのみである。この一事だけでも、数十年にわたって党主席の地位を維持したマルティノスの調整力が、いかに並はずれたものであったかの証明と言えよう。
「善意からの助言ですが、くだらぬ意地は卿の政治生命のみならず、デルメルの未来をも奪ってしまうことになりますぞ」
「副課長、少し言葉が過ぎるのではなくて?」
ルクレツィアに掣肘されて、シャーディスは微かに反発を覚えたが、すぐにそれを沈めた。オリオン腕においてはともかくとして、サジタリウス腕における自分は警備部門二課の副課長で、この女は部門の統括であり、形式的には自分の上司なのだ。
「たしかに失礼した。しかし私個人としてはこの国が好きなのだ。それだからか、つい、無用な忠告をしてしまった」
「かまいませんよ。シャーディス大佐に悪意がないのはわかりますからね」
そう言って慇懃に軽く頭を下げたシャーディスを許す言葉をかけたアラヴァノスであったが、内心の辟易した感情が言の葉に漏れていないかと思わずにはいられなかった。ああ、くそッ、俺はこいつとのやりとりを、これから友好的仮面をかぶって何度も繰り返さなきゃならんのか!? 自分で選んだ道とはいえ、これから荒らす予定なのに!
「……」
そんな二人の様子を見物しながらルクレツィアは顎に手をあてて思考する。これまで帝国側の代表の顔ぶれが変わることはよくあったが、デルメル側の代表が変わるのはルクレツィアが警備部門の統括に就任してから初めてのことである。
はたして自分は上手く間を取り持っていくことができるだろうか? いや、取り持たなければならないのだ。オリュンポス・カンパニーの社内では創業者一族として、まるでロイヤル・ファミリーの如き扱いを受けているヘルメス一族であるが、内実は
そもそも歴史的に見ても『歪な平和』を成立させる建前を欲して、ヘルメス一族は人柱としてデルメルに雇われたようなもの。正直、割に合わないと思ってはいるが、自分達が建前とバランサーの枠目をはたさなければ、一族全体の未来がどうなるかわかったものではない。
だからオリュンポス・カンパニーのために、ひいては宿主たるデルメル平和共和国のために
ああ、ギルガメスのやつが羨ましい。あのバカ、自分本位で上手くバランスとりながらやりたい放題やれる才能があって、しかもそれを楽しめる感性があるのだ。卑怯が過ぎる。ルクレツィアはそんな愚痴を胸に秘めながら、話を続けるべく二人に微笑みかけるのだった。
野党銀河ローマ同盟代表アエミリウス・ロイヒテンベルク=ホールリンは、一人の女性に先導されてホテル『ザラスシュトラ』の廊下を歩いていた。彼は新党主席であるアラヴァノスとの面談を希望していたのだが、先着の会話が予定よりとても長引いているというので、一時的に別室にて待機しておいてほしいと言われてのことである。
が、それは建前であることをアエミリウスは承知していた。だいたい自分を先導している黒髪黒目でどこか病的な白い肌をした女性が暇を持て余す立場の人間とは思なかった。彼女は先の党大会にて、党中央委員会秘書部長に若くして選出された話題の人物だからである。
秘書部というのは協商平和聯合党の事務部門の最高幹部が属する部局であり、秘書部長は党全体の事務方の責任者ということになる。また秘書部のユニークな点として、協商平和聯合党という巨大で複雑怪奇な党の事務に専念して出世した党官僚用のポストである為、中央委員でありながら同盟議員や国民議会議員を兼務することはありえない。
そんな秘書部長に四〇手前という異例の若さで就任したのが目の前のスズヒサ・フユという女性であった。たしかに党大会では世代交代をお題目にしていたけれども、スズヒサの前任の秘書部長は六〇歳で、第一世代の党員といえるほどの高齢ではないし、また他の秘書部員を押し退けて彼女が秘書部長に任命された裏事情が気になった党大会の『観客』は多いのだ。
かくのごとき謎多き女でなのだが、アエミリウスをある一室に案内すると早速「失礼。口元が寂しいので、よろしいかしら?」とシガレットケースを取り出しながら言った。アエミリウスが呆気にとられながら頷くと、スズヒサはタバコを咥えて一服を始めてしまった。しかも会話がしてくる気配もないので、アエミリウスはどう話を振ったもののかと腕を組んで考え込んだ。
しかしすぐその思考は消え失せた。よく知っているゲルマン系の風貌の男が入室してきたからである。その男アーノルド・フォルカーはスズヒサの姿を認めて困った表情を一瞬浮かべた後、アエミリウスに微笑みかけた。
「やあ、アエミリウス君、奇遇だね」
「……というと、もしやあなたも?」
「ああ、ギルガメス社長と面談予定があったのだけど、彼に急用が入ってしまったようでね」
残念だよ、と、そう言ってフォルカーは肩を落とした。
「しかしせっかくだ。
早速その話をフォルカーが降ってきたことで、計算ずくでこの状況作ってるなとアエミリウスは確信した。
「例の件というと、何度か打診があった来年の同盟弁務官選挙のことかい?」
マルティノスが公然と辞任の意向を表明するのと前後して、様々なルートを通してフォルカーから「次の同盟弁務官選挙では、条件次第で銀河ローマ同盟の候補を通商派をあげて応援する用意がある」という旨の連絡が入っていたのである。
しかしアエミリウスとしては半信半疑だった。同盟弁務官は自由惑星同盟上院議会【同盟弁務官総会】の議員のことであるが、それ以上に選出された構成邦の利益代弁者・外交官としての役割が強く、必然的に共和国政府との密な関係を求められる。このデルメル平和共和国においては『歪な平和』における秘密もある程度は知悉しておかねばならない。
そのため、政権与党の座と同じく同盟弁務官のポストも、協商平和聯合党にとっては独占すべき対象であると考えられていた。事実、『歪な平和』成立以来、各構成邦に三枠ずつ割当られている同盟弁務官職は、すべて協商平和聯合党の党員が選出され続けている。それを思えばにわかには信じ難い。
「我々は毎度同盟弁務官選挙に候補を立ててきたが、毎度打ち負かしてきたのが君たち協商平和聯合党ではないか。急な方針転換の理由を聞きたいね」
「外務担当国務委員になってもう五年近くになるが、私は君たちの党の助けを借りることが多いし、色々と相談にも乗ってもらって信頼関係を育んできたつもりだが、私がこんな提案をする意味が、君には察しがつかないのかね?」
「……」
現時点でのデルメル平和共和国における主要国政政党といえば、協商平和聯合党、民主農民党、銀河ローマ同盟の三党である。この内、民主農民党と銀河ローマ同盟は他の野党とは一線を画する有力野党として存在しているわけだが、協商平和聯合党が覇権的地位を考慮し、国外から両党は衛星政党の類のように見られることがある。しかし両党は成り立ちも歴史も政治的立ち位置も大きく異なっている。
地下資源をめぐる六年間のデルメルの戦いの後に、ジャピエン政権は戦後復興と抱き合わせで工業化政策を推し進めた。『歪な平和』を成立させ、維持させていくためには農業国から工業国への転換を成し遂げる必要があるというのが成立初期の協商平和聯合党の認識だったのだ。また一刻も早く成し遂げなければならないという焦りと、経験不足からくる強大な権力そのものへの鈍感さから、反対意見を弾圧して強引かつ一方的に工業化を推し進めたのである。
しかし元々伝統的な農業生活に戻りたいと願っていたデルメルの民は無視するには少し多すぎる数だったし、そこに強引な工業化政策の割を食った層の反発が加わった。さらに協商平和聯合党の側でも農村部に基盤を持つ党内派閥をあえて離党させて農民政党の成立を促し、間接的にでも国民を『歪な平和』に組み込んでしまおうという思惑があった。そうして成立したのが民主農民党なのだ。
背景には強引な工業化政策のやり口が独裁的であると同盟政府と国外からの批判の声が高まっていたので、それへの対処として『歪な平和』の枠内で制御可能で、対立的な野党を協商平和聯合党が欲するようになっていたという事情がある。その点からいえば、民主農民党が協商平和聯合党の衛星政党だというのも、あながち間違いだとは言い切れない。
一方、銀河ローマ同盟は協商平和聯合党の成立以前から存在している政党である。当時はロイヒテンベルク一門の同性愛クラブ的な貴族主義の色彩が強い銀河ローマ主義なる珍妙なるイデオロギーを掲げた極小政党にすぎなかったのだが、ジャピエンの戦時政権に加わったことをキッカケとして彼らの掲げる銀河ローマ主義に変質が起きたのだ。
ロイヒテンベルク一門が説明するところによれば、偉大なるローマ皇帝(銀河帝国皇帝のことらしい)の下に選ばれし民たるローマ市民(貴族のことと思われるのだが微妙に違う概念らしい)が存在し、ローマ市民は衣食住と娯楽と医療に不自由するような存在であってはならず、また古代ローマを見習い有事にあっては軍役について血の貢献をなさねばならないというロジックだったのだが、当時のデルメル義勇軍の無謀なまでの暴れっぷりを見て「デルメルの民は啓蒙すれば全員ローマ市民たる資格があるのでは?」と気づいたのだとかなんとか。
とはいえ、そのような認識の変化があっても、それだけでいきなりデルメルの有力政党にのし上がれたわけではない。終戦後に挙国一致祖国解放戦線から離脱して政党としての独自性を取り戻した後、主に都市部を中心に熱心な草の根運動で支持者を地道に増やし、さらに自由惑星同盟市民の意識が強い『歪な平和』の不満層をも取り込んでいき、現在のように野党第一党の座を民主農民党と争える勢力に成長したのである。
つまり、そのイデオロギー性と党勢拡大経緯から『歪な平和』そのものに否定的な姿勢の党なのだ。そしてフォルカーの政治スタンスとあわせて、自分達から同盟弁務官を出したい理由を推測し、アエミリウスは獰猛な笑みを浮かべた。
「マルティノス議長の勇退を知って駐留帝国軍が無理難題を要求してきたか?」
「いや、たしかに厚かましい要求は相変わらず多いが調整可能な範疇におさまっている」
「では何故?」
「妙なことを聞きますが『平和』とはなんでしょうな?」
「ふむ?」
首をかしげたアエミリウスに対し、フォルカーは軽く視線を逸らして続けた。
「『平和』という単語はずいぶんと多義性に富む言葉だ。建国の受難者たちが国名に『平和』を冠したのは憲章擁護局の被害者としての純然なる祈りから。我らが党の創設者たちが党名に『平和』という単語をつけたのは『歪な平和』を維持せんとする秘めたる決意の反映。では、今の若者たちは? 彼らにとり『平和』とはどのようなものだ? 我が党の独立派同様に若者たちの不満の受け皿になっている君たちならわかると思うが」
「……当然の前提、だな」
苦い思いとともにアエミリウスは吐き出した。銀河ローマ同盟に入党してくる最近の若者には「たとえ今のデルメルの平和を損なうとしても、自由惑星同盟の構成国としての義務を果たすべきだ!」という感じの主張をする者が多く、デルメルが平和であることを所与の前提として考え、現下の『歪な平和』がどれほど危うい均衡の上に成り立っているかへの意識が薄いのだ。
たしかに銀河ローマ同盟はその反帝国姿勢から『歪な平和』に対して否定的な見方をしているし、いずれは自由惑星同盟構成邦として義務を健全に履行した上で自由なる『真の平和』を勝ち取らなければならないとしている。しかしだからといって、不断の政治的努力で平和が維持されてきたことに対して無意識であるというのはズレを感じざるをえない。好む好まないは別として、我々は先達が築いた『歪な平和』の恩恵を受けて育ってきたというのに。
いや、そうした感覚を持つのは仕方がない部分もある。七二八年にこの星全土を舞台とした戦争が終結し、ジャピエン政権が『歪な平和』を築き上げてより六六年が経過した。当時を生々しく記憶している世代はほとんど亡くなるか、老人となって表舞台から姿を消している。そして『歪な平和』を守るために支払われている政治的努力は、その性質上ほとんどが公表されない。となれば、若者世代には自分達が育ってきた環境が薄氷の上に成り立ってるという認識に抱きにくいのであろう。
「そういうことです。我が党の独立派も内実は似たようなもの。彼らの主張は一見反戦ポピュリストのように見えますが、根底には健全な民主主義への希求がある」
独立派は自分達の主張は反戦市民連合に近いと自称しており、実際近しい主張は多いのだが、本当にそうならば自由惑星同盟からの独立などを目標に据えたりしないであろう。反戦市民連合は自由惑星同盟という【国家】が絶対的であることを前提に語られている節があるのだから。独立派の本質は反戦論よりも星系ナショナリズムなのであり――その意味では多くの地方構成邦で広がっている同盟懐疑論と共通する点の方が多い。
「党も国民ももっと危機感を持つべきであると私は考えます。この国は民主国家なのであり、『歪な平和』は決して盤石なものではないことを思い出させるべきだ。君たちの党から同盟弁務官を出すことはその一助になると思うのだ。無論、外務担当国務委員として、君たちが開拓してきた同盟軍や各構成邦とのコネクションを活用したいという気持ちもある」
銀河ローマ同盟代表として素早く脳内でそろばんを引いて、悪くない話だとアエミリウスは感じた。デルメルの三つの主要政党の中では最も自由惑星同盟寄りの姿勢をとってきたという自負がある。そんな我が党から同盟弁務官を出したならば、祖国に対する【一党独裁国家】という国外からの印象をわずかばかり軽減する効果があろう。
また同盟弁務官を出すからには『歪な平和』の内幕情報もある程度は提供されると考えて良いはずだ。アエミリウス、ひいては銀河ローマ同盟上層部全体として、『歪な平和』を叩き壊し、一時的にデルメルが戦場になっても良しとする気概はあるが、やるなら被害は最小限に食い止めたいし、相応の準備を整えてやりたい。現状の詳細情報を知れるのは、その好機を見出す上で大変貴重である。
さらに国内視点でも有益だ。非協商平和聯合党の同盟弁務官を出したというのは話題性がある。次の国民議会選挙では、民主農民党を抑えて確実に野党第一党を掻っ攫える選挙キャンペーンを行うことができるだろう。いや、同盟弁務官を出したということが、協商平和聯合党が銀河ローマ同盟を積極的に受容したと民衆が受け取ってくれたならば、『歪な平和』崩壊のリスクから協商平和聯合党以外への投票活動を控えている市民の票をも奪い、協商平和聯合党の議席の過半数を割ることはできないだろうが七割を割らせて、国民議会の政府に対する権威を高めることができる可能性すらある。
協商平和聯合党は国民議会での議論をそれなりに重視しているが、それは多分に打算的なところがある。国民議会で圧倒的多数派を形成し、行政府の要職は完全に独占状態にある協商平和聯合党は【上院】で非常に荒れそうな方針が定まっているなどの場合、議会を完全に無視して独断的行政で既成事実を先に作ってなし崩し的に飲み込ませるという手法を使ってくることもあるのだった。『歪な平和』のことを思えば、強行採決をしてくるのは止められないにしても、国民の知る権利のためにそうした手法を控えさせるだけの力が野党にあれば、そうした現状の改善につながることだろう。
「そういうことならば前向きに検討させてもらいたいが、聞きたいことがある」
「どうぞ」
「この話、君たち通商派に限った話かな。それとも内政派にも話が通っている?」
「通商派は覚悟を決めている。内政派はアラヴァノス主席以下の幹部陣には話を通してあるよ。まあ、駐留帝国軍の目があるから表向きは阻止しようとしてくるだろうけどね。形としては、世代交代に伴って党中央委員会で意見がまとまらないから、って感じだね。党の事務方も、スズヒサ嬢の手で少々混乱してもらう予定だし」
「良い迷惑ですわ」
若き秘書部長のスズヒサはそう言って二人の会話にわって入った後、大きくタバコの煙を吐き出した。
「そうは言わないでくれよ。君の能力を買っての抜擢であることに嘘はないんだよ?」
「調整をミスれば党が割れかねない重大事だと、わかってて言っておられます?」
フォルカーのフォローに対して、スズヒサは素敵な笑顔を浮かべて見せたが、眉間の米神がピクピクと震えていた。
「しかし貴党の場合、内政派が駐留帝国軍に同調するのなら【上院】で過半数を得て次期同盟弁務官候補の決定があればどうにもならないだろう。どうするつもりなのだ?」
「実はギルガメス社長にも話をしておりまして。窮鼠に陥っているカストロプ閥に飴玉をチラつかせて帝国側の足並みを派手に荒らしてくださると確約をいただいている。それと独立派領袖のツォラコグルにも話を通していますが『市民に選択権がある民主的な選挙実現のためなら協力を惜しまぬ』と。つまり株主総会の議論もまとまらない公算が大です」
想像以上に事前に入念な準備が行われていると知って、まあ自分ならこの提案を断ることはまずあるまいと思って推し進めていたのだろうが、そのために払っているコストの膨大さにアエミリウスは猜疑心を抱いた。あまりに相手側からすると割に合わない話が過ぎるのではないか?
「ひとつ、根本的なことをお尋ねしたい」
「なんでしょうか?」
「なにやら協商平和聯合党や『歪な平和』にとってリスクが大き過ぎる話と思うのだが、何故そこまでして? 無論、君が『歪な平和』に内心思うところがあるのは私もよく知っている。だが、あまりに急進的すぎないか?」
これまでの君の姿勢からすると違和感があるとオッドアイを煌めかせるアエミリウスに、フォルカーは真顔になった。
「そうですね。質問に対して質問で返すことになりますが、アエミリウス君は今の祖国の体制が今後も続く、と、考えられますか。あ、いや、主義思想は別として、純粋に体制の持続性、という点で」
「無理でしょう。今回は難しいかもしれないが、この次か、その次くらいには同盟軍はイゼルローン要塞を攻略することだろう。イゼルローン要塞の攻略は、帝国軍のサジタリウス腕進出のための進入路を断つことを意味する。そうなれば、『歪な平和』の必要性そのものが消滅し、同盟の兄弟たちからはその問題点のみが映るようになる。そうなっては弁明のしようも何もない。貴党もイゼルローン陥落した際のとるべき行動を想定し、さまざまなパターンの思案を巡らせていると噂に聞きますが」
やはりイゼルローンのことが頭に浮かんでしまうのだな。フォルカーはチラリとスズヒサの姿を見たが、すぐに視線をアエミリウスに戻した。
「ならば、私とアラヴァノスはより悲観的に考えている。たとえイゼルローン要塞が帝国軍の掌中にあり続けても、このままでは今後二〇年以内に『歪な平和』の寿命がきてしまう、と、考えているのだ」
「なんだと。もしや、先ほどの若者の平和意識の問題でか? たしかに憂慮すべきことではあるだろうが、教育できる範疇ではないのかそれは」
フォルカーは力無く首を横に振った。
「君たちの党では事情が異なるのかもしれないが、我が党においては私たちより上の党員世代は――あの凄惨な六年間の戦いを直に経験し、『歪な平和』を築き上げ維持してきた世代は――良くも悪くも普通ではなかった。根底に狂おしいまでの情念を共有させて、政治活動をしていた」
今のこの時代に生きる者にとっては、それは記録でしかない。既に文字として記された過去の断片でしかない。当時を生きた者たちが血と涙で記した記録を、彼らが抱いた激情を、想像することはできたとしても、真に共感することは永劫ないだろう。いや、あってはならないのだ。
七二二年に帝国軍がデルメル侵攻の兆候を見せた時、同盟政府と同盟軍はデルメルの住民に後方への避難を勧告し、そのための準備も迅速に整えていた。交戦星域の有人惑星が戦場になりそうになれば幾度もやってきたことであるので、マニュアル通りにことを進めただけのことである。
しかし当時のデルメルの民からすると、ひどく無神経な物言いであった。特に当時の老人たちにとっては。彼らは約半世紀前の【コルネリアスの大侵攻】の時にかつての故郷で起こったことを、その後の杜撰で無能な同盟憲章擁護局から受けた仕打ちを少年時代のことを忘れていなかった。そして惑星デルメルに追放され、ただ荒野ばかりが広がっていた大地を、血の滲むような思いで開拓し、なんとか今の農業生活を築いたのだ。なのにそれを捨てろと呆気なく言うのか、他ならぬ同盟政府が!
多くの老人たちは叫んだという。「二度もすべてを失うくらいなら、自分達の大地と心中する!」と。そんな常ならぬ様相で叫んだ自分達の父母を、祖父母を見た子や孫たちはどう思っただろう。記録が語るところによれば「老人だけ置いていけるか! 一緒に死んでやる!」となった者が多かったという。だからこそ、デルメル義勇軍は郷土に拘り、無謀なまでの抵抗をした。時として、同盟軍にすら銃口を向ける反帝国反同盟ゲリラと化した部隊が出たのも、それを思えば当然のことだったろう。
だが、同盟軍の側からすれば義勇軍部隊の行いはただ単に『無為無能』なのであり、余計な犠牲を増やすだけの愚かな行為としか映らず、デルメル政府を「民間人避難の説得さえできないばかりか、邦軍の統制すらまともにとれない」と軽蔑し、改善を求めた。しかしデルメルの政府と軍の中枢からすると、同盟軍の怒りは正論であると理解しつつも辛いものがあった。当時のまとまりがなかったデルメル人たちにとって、自分達は憲章擁護局の被害者仲間であるとの意識は、唯一の国民的規範だったと言っていい。だからごく自然に、なぜこんなことになるのかが痛いほど理解できたのだという。
そしてフォルセティ星域会戦で同盟軍が大勝し、帝国軍全体が大規模な戦線整理を行い始めたことに伴ってデルメルから帝国軍を叩き出す現実的目処がつくと、同盟軍はデルメルに恒常的な軍事基地を建設しようだとか、地下資源をどの程度同盟政府の管轄とすべきかと議論を始めた。無論彼らとしては、デルメルを守ろうという意識から出てきた議題ではあったのだが、デルメル人の矜持をほとんど斟酌されず、味方であるはずの存在に尊厳を踏み躙られ続けていると感じていたデルメルの首脳達にはもう耐え難かった。
自分達は一体なんのために戦ってきたのだ? 自由惑星同盟の為。それはたしかにそうである。だが、それ以上に自分達はデルメル平和共和国の為に、そしてなによりも愛する郷土の為に――こうした意識が、ジャピエン政権を『歪な平和』構想へと走らせた。過去の記録はそう語る。
「私の両親は戦時中、義勇軍の兵士として戦い、戦後に協商平和聯合党に入党しました。生前二人とも私と家族付き合いする中では『歪な平和』のことを嫌っていると言ってましたが、党で活動する上では『歪な平和』の為によく働いていました。これは想像に過ぎませんが、戦時中を肌で知る世代にとって、『歪な平和』は好悪の念は別として、彼らを蠱惑してやまぬものがあったのでしょう」
吸い終わったタバコを携帯灰皿にしまって、スズヒサはそう述べた。フォルカーやアエミリウスに比べると、若い世代に属する彼女としては、両親のようにとてもなれないと感じる。いや、フォルカーのようにでさえ怪しい『歪な平和』に良くも悪くも感慨が薄い。独立派の面々ほどではないにしても、彼女も平和を当然視しがちな側にいるのだ。
だから今のうちになんとかしなければならないと感じて、アラヴァノスとフォルカーのギャンブルじみた行為に加担すると決めたのだ。上手くいかなかった場合は……党籍も国籍も捨てて、ファイアザードの犯罪社会にでも逃げようかしら? 自己の安寧だけを追求するのであれば、やってやれなくもない気がするから。スズヒサは内心そう思った。
「そういうわけでカストロプ閥の地位低下で、帝国側の足並みが揃いそうにないのを奇貨として『歪な平和』を維持しつつ、軸足をもっと同盟側に置くようにしたい。そしてその為に銀河ローマ同盟を是非利用したいというのが私たちの思惑さ。無論、私個人の本音を言っていいなら『歪な平和』じたい辞めることも考慮すべきなのだが……タイミングが今ではないと感じる」
そっちにとってはどうか知らないし、実際に動かない限りは変な掣肘を入れたくないからねとフォルカーはあえて茶目っ気のある笑みを浮かべた。
「なるほど了解した。一度持ち帰って銀河ローマ同盟の幹部達とも話をしてみよう」
あとでアラヴァノス主席と面談した時に軽く探りをいれないとな。『知らない』ことになっているとはいえ、なんらかの迂遠なサインくらいは示すだろうし、確認をしなければならない。
同盟弁務官候補をだれにすべきか。フォルカーから聞いた方針にそうと、党内で最も同盟的な人材が好ましいだろう。同盟軍や各構成邦の面々とも話せて、かつ、自分としても信頼のおける人物。セウェルスしか思いつかないな。
ハイネセンで働くのは疲れたので、同盟軍を退役したら暫くは地元政界で働きたいとセウェルスは言っていたが、彼の希望とは衝突してしまうな。説得方法を考えないと。アエミリウスは炎を思わせる赤髪を乱暴にかき乱した。