これは好機と思い周辺の環境や地形を知るためと、あわよくば家に泊めて貰うために、近づいて行こうとした。その時、千賀はぴたりとその動きを止め、ダラダラと冷や汗を滝のように流していた。さながら、蛇に睨まれた蛙のように、ただ凍ったように固まっていた。
「あら、私の花園で何をしているのかしら?」
向日葵畑の中にいる女性が振り返り声をかけてきた。中くらいの背160後半だろうか、緑色でセミロングの髪に赤いチェック柄の服を着た綺麗な人だった。
「あぁ、いや綺麗な畑だなぁと思いまして、貴女はここら辺に住んでいらっしゃる方ですか?」
女性に話しかけながら千賀は小川を渡る。幸い水深は浅く脛ほどしかない水流に足を取られることもなく渡りきった。その時だった。
コツッと何か鈍いような高いような音がした後千賀の体が前に放り出される。平たく言えばコケたのだ。そのまま顔面から倒れ込むのを避ける為、脚で体を支える。その時足先が向日葵の茎の下の部分を踏んでしまいそのまま折ってしまった。
「!!、すまない、大事な向日葵を」
「いえ良いのよ、あとで支柱で支えますから、、、」
少し声が上擦ったことに俺は気付け無かった。
「そうか、それなら後で手伝わせてください、それで貴女はここら辺に住んでいらっしゃる方であってます?」
その女性は優しい笑みを崩さずにこう言い放った。
「これから死ぬ貴方が知ってどうするのかしら?」
グシャッ
一瞬、理解出来なかった、いや、体が頭が理解することを拒絶したのだ。俺の体の心臓があった部分にはポッカリと穴が空いていて、恐る恐る手を当てると生暖かい、赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い液体がとめどなく流れ出ていた。
「あらまだ生きているの?しぶといのね」
そのまま前に倒れ、息も出来なくなりビクビクと体が痙攣する。どんどんと手先から血の気が引いていき代わりに地面が赤く黒く染まる。
背後から声が聞こえたその声になんとか反応する。さっきまで前にいたはずの女の声が後ろから、そんな本来なら不可解なことすら気にならない、何も考えられない。
「あああああぁ"ぁ"ぁ"ぁぁ!!!あぁあ"あ"ぁぁぁ!!!!」
ザッザッと女が近づいてくる。そんな事すらまともに認識できないほど俺の体は冷たく暗くなっていた。足を上げる。
「私の花園を汚した事を懺悔して死になさい」
グシャ
その瞬間、暗く赤黒く視界が染まり俺は死んだ。
だが、まるで死んだ事実は無かったことのように、痛みはなかった。視界が明るくクリアだった。周りの光景があまりにも鮮明に目に映っていた。まるで生きているかのように、否、俺は真に生きていた。女に潰された頭も、何かに抉られた心臓もいつの間にか元の形を取り戻していた。
「貴方、一体、、、少なくとも人間では無いわね」
体が言う事を聞かない、ガタガタと震えが止まらずガチガチと歯が鳴る。目の前にいる女が自分を殺したと言う事実を受け入れた脳はその脅威が未だ自分を殺せる範囲にいる事を認識し、思考を放棄していた。
「面白いわね、貴方、気に入ったわ」
何を言っているのか、わからない、、理解できない、わかりたく無い、知らない、知らない、知らない、シラナイ、シラナイ、シリタクナイ。脅威が強者が自分に興味を抱いている事実すら受け入れ難い、本能が叫んでいる、それは正に死を意味するからだ。
その刹那、ふと思い出したかのように身体中に違和感が走る。それは正に、痛みだった。身体中を襲う、焼くような激痛、潰されるような鈍痛、千切れるような裂痛。それもその筈、本来なら痛みを感じる前にもう死んでいるはずなのだ。
「あっがっ、あぁぁぁあ"あ"ぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁあ"ぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ただ叫ぶ声帯が張り裂けるほど、そんなことは梅雨知らず、体は痛みの知覚を強要してくる。声帯が潰れ、口から血を吐いても、声にならない声が喉から出ては消えていく。赤い服を着た緑髪の女はただ先程の笑みを保ったまま悶え苦しむ俺を観察していた。
「そろそろ、痛みも引いた頃じゃ無いかしら?」
そんな事を笑顔で言ってくる。逃げるための手段を必死に考えながら息も絶え絶えで吐き捨てる。
「痛えに決まってんだろ、ふざけんな」
瞬間、全力で起き上がり後ろに飛ぶ、風を押しのける感覚を背で感じながら、俺は女から距離を取る、、取った筈だった。
「ぁあ、、、、?」
腹に熱い何かがかかっている、確認しようとした、だが脳が、命がそれを許さなかった、見ることを拒絶している。見たら、理解したら、今度こそ発狂してしまう、そんな考えを持ちながらも体は温かさの正体を確認しようとするのをやめなかった。視界に入った光景は正に死を突きつけていた、そして腹を貫かれ、中身を引きずり出されていた、次の瞬間目の前が真っ黒になった。痛がるまもなく俺は頭を潰されて死んだ、死んだ筈だ。
「ッ、、、、!」
帰ってきた、、、と言った方がいのだろうか。
先ほどと同じで不思議と痛みは無い、アドレナリンのお陰なのだろうか?それにしたって痛みを全く感じないのはおかしい、この死なない現象の副作用か?そんな事を考えている時間はない、前で嬉しそうな顔でニヤニヤしてる性悪女から全力で逃げないと。
「貴方本当に面白いわね。心臓を抉っても、ハラワタを引きずり出しても、頭を潰しても復活するなんて。まるで蓬莱人のよう」
鼓動が意味がわからないくらい早くなる。それだけで破裂して死ぬのではないかと思うほどに。それと一緒に呼吸も早く苦しくなる。死んだ、確かに俺は死んだ。それを自覚しようとすればするほどに頭は真っ黒になっていく。逃げなけれいけない、今すぐに走れ!走れ!!そう訴えかけるが体はピクリとも動かない、代わり「あ、あぁ」と言った声とガチガチと歯の音がうるさく響くばかりだ。あの女が少しずつ、まるで花でも愛でるかの様な顔で近づいてくる。目が離せない、あの女から絶対的な恐怖から体が目を逸らす事を許さない。ダメだ、俺はあれを直視したら逃げられない。そう気づいた頃には俺の頭は人形の頭の様に、無機物的に、地面にポトリと落ちていた。
また体を誰かに引っ張られる感覚。生き返る時の合図だと嫌でもわかる。この妙な苦しさがまた俺を蝕む。
「はっ!!」
俺は意識を取り戻すのとほぼ同時に目を閉じて森へと駆け出した。
「はぁ…はぁ……はぁ」
ヤバい、離れるどころか、殺される無限ループにハマりかけてる。異次元な速度も回数見ると目が慣れるってマジなんだな、そろそろ目で追えるようになってきた。それでも思考回路と体が追いついてないから避けられないが。
「人間様のして良い所業じゃねぇんだよ」
息も絶え絶えで吐き捨てたその時、不意に体から何かが途切れる感覚がした。集中力が途切れた時に近い感覚だ、そのことに意識が向く瞬間。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い今までに経験したことのない痛みが全身を襲った。当たり前の話だが、平和な日本で生まれ育ったごく普通の一般人だ。いくら痛みに慣れていると言っても現代では限度がある。そんな男が一時間しない内に四回死を経験したのだ。廃人になってもおかしくない痛みに耐えられたのは、単にこの特殊体質のせいだろう。
「痛みが薄れている」
患部を触って押したり撫でたり引っ掻いたりしてみるが特に痛みはなくただただ麻痺したような感触が帰ってくるだけだ。腹の辺りは真っ赤で出血が多く、もう助からない事が嫌でもわかる。
「せめて痛みごと全部消してくれよ」
文句を垂れながら木へともたれかかる。これが超速再生だったら自滅覚悟で逃避行ってものいけるのによ。段々と暗くなる世界を、ため息混じりに眺めながら「地獄があるとして、閻魔の裁量で罰が決まるのだとしたら、この刑はその中でも最上級にキツイもんだろうな」と俺は暗くなった視界で自分の手を見て、静かに目を瞑った。
男は蝶
女に誘われ花に誘われ
ただ醜くも死に果てる