慎重に慎重になりながら、あの女の探索をかい潜りつつ、俺は目的の場所を目指した。既に2回即死級の攻撃を躱しているがもはや慣れた。避けるだけならどうとでもなる所まできた。
だが俺は油断を許さない、この天秤は少しでも向こうに傾いたら終わりだ、その傾きは止まらず俺は死ぬ。いや死よりも恐ろしいものがその先には待っている。
「確かこの辺りで聞こえた筈だ」
記憶が確かなら、この辺りであの轟音を聴いた筈だ。少ないここでの思い出がありありと脳裏に浮かぶ、死を回避するためでは無い勝つための走馬灯。
「あった、ここだ」
その目的のものを見つけるやいなや、俺は草むらへと飛び込み、叫んだ。
「お遊びはおしまいだイカれ女!!」
そして息を潜めてじっと待つ。今になって本能がドクドクと警鐘を鳴らす。この先はダメだ、お前の策は通じない、失敗する、死ぬぞと。
それに対して理性が答える。お前はやれる勝てる、殺せる、迷うな、躊躇うな、死に飛び込めと。
その応酬を一蹴して俺は殺意を研ぐ限界まで。するとあの女は意気揚々と木陰から現れてどこにいるかもわからない俺に向かって言葉を投げる。
「貴方も、もうおしまいかしら」
狂った笑い声と共にあの女が現れる。
ここが勝機だ。
「終わりだ」
勢いよく草むらから飛び出して両腕を広げる。
ここにしか勝機はない。
「あら、もう終わり?諦めたのかしら、つまらないわね」
落胆とそして安堵、彼女にとって取り逃すのは最悪のパターン。ならば自分を餌に誘き出すなら僅かでも心に隙が生まれる。
「あぁ、終わりだ、だが諦めたんじゃない、お前を倒して終わりだ。」
「そう、、悲しいわ、貴方はもう少し頭がいいと思ったのだけど」
女の後ろで光線が充填され、俺の命の残り時間を示す。
「しくじったら、無限地獄だ、気張れよ」
頭で充填の速度を数えながら、歯を食いしばり自分に言い聞かせる、全身に力を入れて集中する。
「さようなら、面白かったわ」
光線が放たれ真っ直ぐ俺へと迫る。
瞬間、全力で駆ける。自分の全身全霊を持って、目の前の敵に肉薄する。
そして着弾、確実に直撃すれば四肢も残さず吹き飛ぶ威力の光弾。しかし視界を覆った光はたちどころに霧散する。
「なっ!!」
女は目を見開きながら俺の黒く焦げた左腕に注視する。
「ぅぐっ」
痛みと腕が黒焦げになった事実で脱力しそうになるがなんとか堪えて足を前に出す。
「馬鹿な子、そんなことをしても無駄なのに」
女はすぐに平静を取り戻すと既に背中へと日傘を伸ばし、一つまた一つと光弾を連射する。
しかし、それでも俺の歩みは止まらない。一歩、一歩と進んでは光弾に黒焦げになった腕をぶつけ霧散させる。
「_____っ!!」
激痛に意識が飛びそうになるのを必死に抑えて不敵に嗤う。
「あぁぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!!」
視界が明滅し、体から感覚という感覚が抜け落ちそうになる。それでもまだ足を止めずに女へと近づいていく。奴の光線の弱点は一度着弾すれば消えてしまうこと、なら死なない俺は何処か部品を犠牲にすれば良い、そうすれば光線は霧散する。
その行動が予想外だったのか、女は焦って後ろへと下がり俺から距離を置き、次弾を装填する。
……お前は気づかない、自分を守るために取った距離がいかに自分を敗北に追いやっているかを。そしてお前は知らない、俺がなぜ捨て身の一撃にここを選んだかを。お前は気を回せない、お前の充填は焦ると数が減り、そして微妙に遅くなる。
「いまだ!!」
もはや地面の感覚すら分からない足をさらに加速させて、女へと迫る。弱者への驚きと自傷も厭わない者への恐怖に顔が染まり、体を後ろへと運ぶ。それに追い縋るように歯を食いしばる。苦痛と意識の混濁が女を遠ざける。それでもと踏み込んだ俺を女は笑った。
「!!」
今までの俺の策を全て受けて、その上でこの女は笑った。美しい石を見つけた子供のように無邪気に笑った。今までの女の行動と俺の行動が全てこの女の掌の上であったことは言うまでもない。充填される光弾、今までの何よりも早くそして小さい光弾が女の手のひらに生成される。今にも俺に向け放たれようとしている光弾、しかし、それでも
「負けるかぁぁァァァ!!」
血反吐を吐き散らし、拳を握る。女は拳の当たる距離から出ていない!!
「くたばれ!!!」
正真正銘の全霊の一撃。ガタガタな体重移動から放たれた右ストレートは見事なまでの直線を描き、女の顎へと吸い込まれる。
「グッ!!」
その拳は的確に顎をとらえ、常人で有れば確実に意識を刈り取るほどの共振を引き起こすはず________だった。
突如踏み込んだ右足を襲う激痛。グラつく視界。己の身に起きたことを認識できずに、ただ力なく地へと落下する体を感じた。負けた、ただその事実が俺の今までを嘲笑う。本来、戦い慣れていない体を限界まで酷使しその上先ほどまでの光弾のダメージを誤魔化しきれず、ついに体は崩壊した。地面が刻々と迫りくる。もはや万策尽きたこの状況で、俺の体はもはや言うことを聞こうとはしない。
「残念だったわね、あと少しもう少ししたら私に届いていたのに、本当に残念」
その時の俺は負けた事実とこれからくる恐怖に染まり、脳は言葉を理解できるほど働いてはいなかった筈だ。だが、女の声はやに鮮明に聞こえた。虚な思考はもはや何をするでもなく女の声に揺られていた。
「本当に面白い人間ね、久しぶりに人間相手にゾクゾクしちゃったわ」
意味は分からない、でも大雑把に体を揺らす声はとても気持ちの良いものとは言えなかったのは覚えている。
「でも残念所詮はただの人間、どうやっても妖怪には勝てないのよ」
その時は何を思うでもなく、ただこの女を殺したいと漠然とそう思った。果たして本能だろうか、それとも殺されすぎておかしくなった狂気なのだろうか、とにかくそう思ったら、体は思ったよりもすんなりと言うことを聞くようになっていた。
バチッと何かが弾けるような電気が走るような音がした。地面に密着していた体は腕の力によって跳ね上がりちょうど女の顔あたりまで体が起きたところで折れたはずの右足を捻って後ろ回し蹴りを横っ腹に叩き込んだ。何をされたのかもなぜ俺が起き上がっているのかも分からない様子の女を俺は追撃する為に体をかがめてバネのように弾ける。
「なんなの!その姿は!!」
蹴られた痛みと何かへの恐怖に顔を歪ませて女は叫ぶ。それでも俺は止まらない。最短距離で女の腹に膝蹴りを見舞う。動くたびに全身に激痛が走るが、そんな事を気にする余裕も思考もさっき地面に落として来た。
「スペッ___」
女は日傘を俺へと向けて何かを話そうとした。しかしそれよりも早く鋭く、俺は顔面に右ストレートを叩き込んだ。
「おせぇ!!」
パンチの威力に体幹が負けて体が沈み込むのとほぼ同時に俺は女と共に崖へと落下する。
「う"っ!」
女は呻き、虚を突かれたように目を丸くして鼻血を滲ませながら、それでも俺へと日傘を向ける。何かが充填される音共に緑色の閃光が傘へと収束する。しかし遅い。
水面に叩け点けられる音とともに激しい衝撃が体を包む。体のあちらこちらが悲鳴を上げ、水の冷たさが感じられる頃には、視界が水に染まっていた。
そう、俺が目指していた場所は池、正確には滝壺、その中に女が充填していたあの光線も一緒に落下する。
光線の出る筈だった膨大な熱量の塊が弾け、爆音と共に高温の濁流に包まれる感触が体を支配し俺の意識は水底の闇に落ちていった。
沈んでいた意識が頭を掴まれて無理矢理、着ぐるみに入れられた様な感覚を覚え、千賀は自分が生き返ったことを自覚する。
体は空気を求め口を開けるが入ってくるのは水ばかり、それでも踠きながらやっとの事で岸に上がり手をついて一呼吸すると、胃を握られた様な猛烈な不快感と共に、水が口からドバッと吐き出される。
「ッハーーー!オ"ォェェェーーッ」
爆発時に飲んだ分も含めて盛大に嘔吐する。胃に何も入って無いのが幸いして胃酸を吐いた時の喉が焼ける感覚はなく。岸から離れる力もなくほとほと疲れた体で横たわって目を瞑り、必死に肺へと空気を送り込む。
「俺の勝ちだ、クソ女」
水蒸気爆発、冷たい水に高温の物体が触れることで水蒸気の膜ができ、それが破裂することで起こる爆発だ。
本来は鉄とか、形のあるもので起こる現象だが千賀は一か八かの賭けに出た。とても正気の沙汰とは思えないが彼は満足そうに笑う。
「意外といけるもんだな」
周りに女性の姿も死体もない、口に残ったわずかな水を吐き捨てながら深く息を吐く。とても死んだとは思えないが、再起不能くらいにはなっているだろうと希望的観測で千賀は目を閉じる。
「だぁークソ!!しんどい」
体が鉛のように重く、思考を重ねるごとに視界がぼやける。千賀の体は度重なる死と再生で心身共に疲れ果てていた。
「ヤベェ、篝を……さが………」
そして彼女を一時撃退した安堵により緊張の糸が切れ、長い長い眠りへと己を誘った。
私があなたを好いたとて
あなたはそれに気づけない
私が愛を注いだとて
あなたは容易く器を壊す