――お前も鬼殺隊に入らないか?
慈悟郎からそう提案が出されてるとデンジは驚いた顔をしていた。そのあと、慈悟郎は一通りのこと――鬼は人を脅かすが、この世界では認知されていない存在であること――デンジのいた世界と違って、人を助けても公にできない、だが、それでも鬼を狩る組織、鬼殺隊があること。誰でも入れるわけではなく、最終選別と呼ばれる試験を通過し、はれて鬼殺隊士になれること、など一通りをデンジに説明した。
その説明を受けたデンジは腕を組み、眉を寄せて沈黙する。
それもそうか、と慈悟郎は気落ちと同時に納得できると、嘆息をついた。
デンジは今朝、鬼を倒している。
そして、犠牲になった人間も見た。
そんな少年に、その鬼たちを狩り続けないか? と慈悟郎は提案しているのである。危険だと理解できないほど、この少年は疎くはない。第一に、デンジの話を信じるならば、デンジは元々危険と隣り合わせどころか、自身の死をいつかくる当然のものだと承知していた。人はいつか死ぬが、大体は苦しまずに死ぬと想定している者が多い。そんな者でも、戦闘で死ねば、それが悲惨なものくらい赤子でも理解できる。
けれど、デンジは戦い続けてきた。
例え死ぬとわかりきっていても、それ以外の、親の残した借金を返す当てがなく、逃げれば殺されるとわかっているからこそ、戦い続けた。
その奥底にある願いなどわかりきっている。死にたくないから、必ず死ぬ戦いを続けたのだ。矛盾しているかもしれない。だが、戦わなければすぐに死ぬ。だから、少しでも、一秒でも生きながらえるために戦い続けた。
そして、この場所ではその理由もなくなった。
デンジに借金を背負わせていたヤクザは死んだし、そもそも世界が違う。ならば、デンジに借金――戦う理由はないのだ。
そんなデンジに、鬼を殺せ――死ぬかもしれない危険な鬼狩りをしろ、と、これ以上残酷な話があるだろうか。
しかし、拒否権はない。
慈悟郎には、この少年を放置できない理由があった。
デンジはあまりにも危険すぎるのだ。
そもそも、この少年が異世界から来たなどど、自分自身でも突拍子もない話であると思うし、政府どころか民間でも認知されていない、絵巻物に登場する鬼と戦い続けてきた慈悟郎でなければ、頭を疑う話だ。
デンジが嘘をついている可能性も十分にある。
だが、デンジの話は本当だと、確信していた。デンジが異形の存在となっていたのを、他ならぬ慈悟郎自身の目で確認していたからだ。
慈悟郎の直感であるが、あれは鬼とは違う。
デンジから染みついた血のにおい、常に戦いに身を置いた者が纏う雰囲気と所作があるが、あくまでも人のものだ。
そして、長い時間をかけて戦い続けてきたからこそ、慈悟郎は鬼か人かの判別に長ける。
デンジから、人の気配ともう一つの気配がした。
その気配は、鬼以外の、しかし、人でもない、未知の気配だった。
デンジの話が本当ならば、あれはデンジがいた世界の『悪魔』と呼ばれる存在だろう。デンジの飼っていた『悪魔』・ポチタがデンジの心臓となっているとの話であったことだし。
だが、全て、デンジの話を鵜呑みにするわけにはいかない。万が一にも、デンジが鬼であれば一大事である。その理由は、現在もデンジは暢気そうに茶を飲みながら、陽光に当たっているからだ。
鬼は人間など到底及ばない凄まじい身体能力と、人を食えば食っただけ超常の異能と呼ぶべき力――血鬼術を使用する。肉体も傷つけても、すぐに回復してしまい、手足を切り落としても新たに生やすか、手足をくっつければ元通りに動く。そんな化け物を相手にしていた慈悟郎だからこそ、異世界などという荒唐無稽な話を受け入れられた。
だが、利点ばかりではない。数少ない弱点の一つ、太陽光に当たれば、鬼は死滅する。
刃を通さぬ強靱な肌も、穏やかな陽光に鬼が当たれば、地獄の業火となって焼かれて死ぬ。その遺骸も残らず蒸発してしまう。だからこそ、鬼は昼間にでることはなく、活動は夜に限定されるのだ。
つまり、もしもデンジが鬼であれば、唯一、太陽を克服した鬼ということになる。
そして、鬼の親玉にして、真祖がデンジを知れば、血なまこになって探しだす。デンジを捕食して、太陽を克服するだろう。そうすれば、全ての鬼は昼間でも活動できるようになってしまう。絶対に、それだけは防がなければならない。
だからこそ、もしもこの場で鬼殺隊への加入を断れば、慈悟郎はデンジの首をはねる。遺体は油を掛けて燃やし、鬼が食わぬようにする。
無論、そのあとは慈悟郎自身も自害して果てる所存だ。
それほどまでに、デンジが鬼であれば危険なのだ。
それに、鬼ではないとしても、デンジの体に何かがいるのは確定である。もしも、この世界にも『悪魔』がデンジの体から復活すれば大事になる。よって、監視も兼ねて鬼殺隊へ置きたい、常に首輪をつけておきたいのが慈悟郎の考えであった。
尤も、鬼殺隊に入ることをデンジが承諾しても、鬼殺隊の頭領のお館様に説明し、了承されなければならない。無論、お館様からデンジを殺せと命じられれば殺す。
はっきりいえば、デンジを殺す確率は低くはない。
ならば、この場で殺してしまうのも慈悲かも知れない。それでも、最初からデンジを始末するのを慈悟郎は避けていた。
感傷だとはわかりきっている。この少年に同情もした。だが、殺せと命じられたり、殺すべきだと判断したら、デンジを殺すのに慈悟郎はためらいはない。けれど、それでも、この少年に慈悟郎は生きて欲しかった。デンジを死地に追いやる人間として、これ以上の歪と、矛盾もないだろう。
もしも、許されるならデンジを鬼殺隊士として育成するのではなく、ただの身寄りの無い子供として引き取って手元に置きたかった。
だが、それはできない。それほどまでに、デンジは危険であり、異常なのだ。下手をすれば鬼に無敵の力を与えるか、もしくは鬼以上の脅威となりうる。はっきりいえば、この少年がいなくなって欲しかった。
しかし、それと同時に、せっかく掴んだ、そして、彼の家族が生かした命が少しでも続くことを願わずにいられなかった。
ポチタと呼んだ悪魔は、きっと善良だったのだろう。
悪魔に善良と評するのもおかしな事だが、誰かの、家族のために自己犠牲になれるものは、人間でもそうはいない。そんな存在が生かした命を殺したくないと思ってしまった。
「ああ、いいけどよぉ、でも、なぁ……」
たっぷり時間をかけて、悩んだ末にデンジは口を開いた。なんとも歯切れが悪い言葉だった。
「なんだ? 安心しろ。なにもいきなり鬼と戦えなんぞ、いわん。儂は育手、つまり、隊士を育成することをやってる。戦闘も教えてやることだって――」
「入隊試験ってのがあんだろ? 俺、こっちの世界の字ぃ、書けねえんだよなぁ……」
デンジは天を仰いで呟いた。
「はぁ?」
慈悟郎は呆けてしまった。
「だってよ、最終選別ってのがあるなら、最初の試験とかもあんだろ? 俺さぁ、義務教育も受けてねぇんだよ……最初の試験、突破できる自信ねぇなぁ」
デンジはうんうんとうなっていた。
「くっくっ……」
慈悟郎は顔を伏せて肩をふるわせる。
「ど、どうした? 爺、飯食わなくておかしくなったか?」
そういえば、昼飯をデンジは腹一杯食べたが、慈悟郎は一杯しか茶漬けを食べていないことを思い出した。前に自分をこき使っていた老年期に入ったヤクザが、爺は飯一食抜くと死ぬんだよ、といって飯の邪魔をしたデンジを殴り飛ばしたことも思い出す。
慈悟郎を案ずるデンジだが、慈悟郎は空を仰いだ。
「くあっはっはっはっはっはっ!」
慈悟郎は大笑した。口角をあげ、顎が抜けそうになるくらいまで笑った。
一通り笑った慈悟郎は、驚いて体を引いているデンジに向き直る。
「安心しろ、デンジ。お前さんの心配するような筆記試験はない。儂が、育手の儂がお前が選抜に行って良しと判断するまでが最初の試験で、次が最終選別だ。最終選別は学がなくても突破できる」
「なぁんだ、じゃあ、楽勝じゃねぇ――」
――か、そう笑いながら続けようとしたデンジの喉仏に刀が突きつけられていた。
一瞬、僅かにデンジが瞼を閉じた、ほんの僅かな、隙とも呼べない時間で、慈悟郎が抜刀し、デンジの喉仏まで薄皮一枚の距離で刀を停止させたのだ。
「囀るな、小鳥が」
その言葉を話す慈悟郎はどこまでも冷たい目をしていた。
デンジには、それがこの老人の、狩人としての態度だと知った。
納刀し、慈悟郎は話す。
「お前にはまだまだ覚えることが山のようにある。確かにお前はある程度の戦いは経験し、それなりにできるようだ。が、それでもひよっこ。飛び方を教えるのが儂よ。
それと、デンジ、お前さんは危険だ。もしも、隊士にならないのなら、ここで切り捨てる」
慈悟郎はデンジを処分するか否かは黙っていようとしていたが、話した。この少年は聡い。だからこそ、全てを打ち明ける選択をとった。その選択は間違いではなかった。慈悟郎は本気であることをデンジは悟る。だからこそ、耳を傾ける。
デンジはじっと黙ってその話を聞いていた。
再び、デンジは腕を組んで悩み、質問する。
「なぁ、爺さん、その間、また茶漬けは食わせてくれるか?」
「ああ、茶漬けもウナギでも、何だって食わせてやる。裏の畑の桃も食い放題だ。だが、隊士になれば、もっとうまいもんが食えるぞ」
その答えを聞き、デンジは笑う。肉食獣のような獰猛な笑みだった。
「最っ高じゃねぇか……入ってやるよ、鬼殺隊に」
この日、デンジは桑島慈悟郎に入門する。
のちに、「鬼殺隊最大の問題児」「下手な鬼より鬼やってる」と評され、「雷の呼吸って使うとしびれるのか」「光の力って、何!?」「何やってるの!? 村田さん、アンタがデンジを止めてくれないと駄目でしょ!?」「いやいや、俺はデンジほど人間やめてないからね!?」など、周りの人間を困惑させ、関係者(数名)の評価もどん底に追い込み、通ったあとにはペンペン草も残らないと言われる男であることを、慈悟郎はまだ知るよりもなかった。
「くしゅん!」
ついでに、同時刻、とある水の呼吸の育手に指南されている、家族を鬼に殺され、天涯孤独になった、幸と影が薄そうな少年、本来の物語ならば、重要な戦いでそこそこの成果を残す少年をなぞの寒気が襲った。だが、そんな破天荒な男がいることを、そして、その男がこの少年の人生に大きな影響をもたらし、本来の運命から大きくかけ離れていくことを知る由もなかった。
大正チェンソーこそこそ話
実は獪岳が数日前に訪ねてきて、弟子入りするか慈悟郎さんは悩んでますが、デンジの件があり、お断りすることになります。
その影響は追々、出てきます。