大広間には上座に耀哉が、下座に柱たちが座している。慈悟郎とデンジの姿もあるが、まるで罪人のように部屋の隅に座らされていた。
大広間にいる柱全員が表情を強ばっていた。デンジの悪魔としての姿を、盲目故に知覚できない新参者の岩柱・悲鳴嶼行冥もデンジと慈悟郎の側に控えているが、デンジに険しい表情を向けている。盲目故に、気配に聡い彼はデンジを理解しているのだ。デンジの異能を。
現在、異世界からの来訪者であるデンジの処遇を決める会議の最中である。が、
「あの鬼は処分すべきです!」
一人の柱が声高に主張する。その表情にはありありと恐怖がにじみ出ていた。本人を前に話すことではないが、慈悟郎はただ静かに目を閉じ、デンジはぼんやりと宙を見ていた。デンジからすれば、ずっと涙を流し続ける巨漢の悲鳴嶼がむさ苦しくて、離れてくれないのが悩みであった。
「そうだ、いくらなんでも、あれが鬼ではなく悪魔だったとしても危険すぎる」
別な柱もそれに同調した。
「んー、でもな、慈悟郎さんが面倒見るっていってんだ。それに任せてもいいんじゃないか?」
唯一、一人だけ――現・鳴柱が声を上げる、が――
「そんな場当たり的な対応でどうする!?」「そうだ、奴は我々に百害あっても一利なし」「殺してしまう他はない」
ほぼ、全員の柱が反対した。
鳴柱は嘆息をつき、慈悟郎に向き合う。
「悪いな、慈悟郎さん。俺は師匠が貴方の同期でもあるから、信用してやりたい。だけど、アンタの息子の件もある。だからなぁ……」
鳴柱は途方に暮れたように頭を掻いた。
その発言に何人かの柱は疑問を抱く。
「息子、の件ですか?」
鳴柱は、全員知っていると思い込んでいたの自身の口を押さえ、失言だったと気がついたようで、さらに気まずく、表情を逸らした。
しかし、この気を逃さないとばかりに神経質そうな柱から答えが出された。
「桑島翁のご子息はあろうことか桑島翁が狩ろうとした鬼――それも十二鬼月をかくまい、その結果、ご子息も殺されたばかりか、桑島翁は片足を失い、引退されたのです」
その説明に、デンジは慈悟郎の顔をみるが、慈悟郎は黙して座したままであった。
慈悟郎はただじっと目を伏せていた。
デンジは慈悟郎の過去を知らない。広い屋敷に女中もつけずに住んでいるなど、気になったことはあったが、半年以上寝食を共にしたデンジも初耳だった。
何人かの柱がその説明で、さらに慈悟郎を見る目が険しくなる。
デンジが鬼か悪魔はともかくとして、確かなことは、デンジが異形であり、異形である存在を鬼殺隊の隊士にしようという、前代未聞な出来事、しかも、教える慈悟郎は身内の不始末で、慈悟郎は現役を引退したとなれば、余計に視線は厳しくなった。
「やはり、ころ――「くくくっ……」
誰かが、声高にデンジの処分を叫ぼうとしたとき、笑い声が起きた。
何がおかしいのか、と神経質故にその笑い声がしゃくに障ったか、顔を赤らめた柱はそれを叱責した。
と、声を出していた柱――炎柱・煉獄槇寿郎は含み笑いを辞め、
「失敬、あまりにも滑稽だな、と思ってしまって、な……」
「滑稽、だと?」
叱責した柱は、怒りのあまり青くなって槇寿郎に今にも飛びかからんばかりににらみつけるが、槇寿郎はどこ吹く風、と涼しげな態度を崩さない。
「我々は、鬼殺隊はそんな些事に拘っているから死ぬのだ。ただでさえ、一般隊士で天寿を全うできる者は殆どいない。五体のどれかを失うものも殆どいない。なぜなら、鬼は強いからだ。死なぬからだ。隊士と鬼は隔絶した差がある。それを、柱になるほどの鬼と死合った貴殿たちは骨身にしみて理解していると思っていたが、俺の思い違いだったかな?」
槇寿郎は睨むと、多くの柱は非難の言葉を飲み込んでしまった。
「……何が言いたいのか、炎柱?」
唯一、神経質そうな柱がその真意を質すと、炎柱は笑ったまま、
「簡単な話だ。その少年を利用するくらいの気概がなければ、我々は一生鬼舞辻無惨を討ち取るなど、夢のまた夢だということです」
槇寿郎は言葉を続ける。
「その少年が、鬼なら首をはねる、しかし、鬼とは違う、と桑島さんが言ったとおり、違いすぎる。仮に鬼なら桑島さんの目を盗んで人を食していることだろうが、桑島さんはそんな凶行を許さない、ならば、鬼ではない」
「だから、鬼ではないのが問題では「――鬼ではないのが事実だ」
「鬼ではないのなら、利用する。例え、剣術の天才に届かないなら銃火器で倒す、鬼が夜間しか生きられないなら、日中に戦う、そうした卑劣さが我々には足りない。
この少年は確かに鬼ではない、だが、人でもない。なら、利用する。無論、この少年が人間に牙を剥けば俺が殺してやる」
言った――柱の多くが唾を飲み込んだ。
今まで、多くの柱がデンジを殺すべき、と訴えが、自分の手で狩る、という、決定的な言葉を使わなかった。誰もが恐れていたからだ。
柱は鬼に、鬼を狩ることに特化している。しかし、鬼以外を狩ることに、恐れがあった。
デンジは自分を殺す、といった中年をにらみつけた。
デンジは顔を上げる。
面白くなさそうな、不服そうな顔だった。
「何か言いたいことがあるか? 少年」
「あのさぁ、聞いてれば人を害しちゃ駄目っていってるけどよ、町中で喧嘩売られた時は? 俺、みてくれがこんなんだから、喧嘩も多いんだけど」
何人かの柱が呆けた。
デンジは見た目が、文字通り、目がきついし、髪が殆どいない金髪だから町中で柄の悪い連中から絡まれることがあった。だが、今までの話からすれば、そういった喧嘩も駄目だ、ということになるからだ。
無論、デンジは明確に人を傷つけるのと、人を害するのは違うことぐらい知っている。殆ど、意地の悪い質問だった。
炎柱は立ち上がると、デンジの正面に立ち、
「殴るな、蹴るな、戦うな。少年、君は勘違いしている。どんなときであろうとも、君が異能の力を持っているなら、持ってしまったなら、その力に責任を持て。例え不条理だろうとも、弱者に力を誇示するな。それができないのなら、力に相応しくないとして、俺は君を殺す」
あまりの理屈に、デンジはいじけた応答をしようとも考えたが、槇寿郎の目は真剣そのものだった。
これは下手に答えると、今手に持っている日輪刀で殺される、とデンジは理解し、しぶしぶ頷いた。
「俺は、炎柱はこの異形の少年を利用する。監督は桑島さんが、もしもの時は、俺が少年を殺す、それでもなお、少年を殺そうとする者はいないか?」
会議は静まりかえった。
と、手を挙げる者がいた。
鬼殺隊当主の産屋敷耀哉だった。
お館様、とほぼ全員が立ち上がったが、耀哉はそれを制し、耀哉は杖をつき立ち上がり、デンジの正面まで移動して、しっかりとデンジに向き合う。
既に見えない光を失った目で、デンジを見据えた。
「私から質問をさせてほしい。デンジ、君は人と鬼、どちらの味方かな?」
「オレの面倒をみてくれるほう」
間髪無く答えたデンジとその答えに、一瞬だけ、耀哉は笑みが崩れ、余計に口角を上げた。
「なら、デンジ、君の面倒は私が、ひいては産屋敷家がずっとみることにする。だから、人の味方でいてくれるかな?」
「ん~~……まぁ、お願いします」
顎に手を当て、悩んでいたがデンジは両手をついて、耀哉に一礼をする。
そうして、この件は終わりとなった。
☆
「ありがとう、槇寿郎、君のおかげでデンジは諒承されたよ」
長時間、座していたとはいえ、いくつもの病巣を抱えた耀哉は隣に控えた槇寿郎に言葉を継げた。
槇寿郎は黙っていたが、やがて、
「お館様、あの、デンジ、という少年は、異世界からの来訪者とのことは事実でしょうか?」
その問いかけに、耀哉は黙っていたが、それが何よりも雄弁に語っていた。真実であると、
「なら、やはり、零柱は――」
槇寿郎の手が震えていた。
デンジを見たとき、槇寿郎は悟った。
かの柱と、柱合会議への出席も、柱で唯一、どこの警護も任されていない柱と、その存在とデンジが似通っていることに。
その意味に、槇寿郎は震えるほかなかった。
自分を、始祖たる呼吸の使い手にふてくされた自分を打ちのめし、悠々と妻を誘拐していったあの柱と、デンジが似通っている、あの柱の異常な強さを思い出したためか、それともその意味に気付いたためか、槇寿郎自身も理解できない猛烈な寒気に襲われていた。
☆
「デンジ、金を渡せ」
屋敷から離れた場所――デンジの処遇が決まり、二人は退散となったが、途中、慈悟郎の住む町とは違う町で、慈悟郎とデンジは降ろされる。
デンジは違う、と隠に抗議したが、慈悟郎がワシが頼んだ、と隠に礼を言ってデンジをみた。
金って、なんのことだか? っと白を切り、明後日を見つめるデンジだったが、慈悟郎の拳が炸裂し、デンジは渋々腹に隠していた現金の入った封筒を慈悟郎に返却した。
そして、中身を確認した慈悟郎は何枚の紙幣を抜くと、デンジに封筒を返す。
デンジは呆けて封筒をみつめるが、ついてこい、と慈悟郎は先を行き、デンジは慌てて慈悟郎の後をついていった。
二人がたどり着いたのは、駅舎、この町はそれなりに発展した大きな町なので、鉄道がひかれており、レールは慈悟郎の家がある町の近隣まで繋がっていた。
慈悟郎はデンジを連れて、窓口で切符を、慈悟郎の住む近隣の駅までの切符を購入する。
ただし、大人の旅券が一枚だけであった。
「いいか、デンジ、切符の買い方は今見せた通りだ。買えるか?」
そう尋ねられ、デンジは見た通りに手順を説明すると、慈悟郎は頷く。
「デンジ、ワシはお前に一つの課題を与える。お前に与えたのは、三ヶ月分の儂らの生活費だ。それを使って帰ってこい。無論、今すぐにワシと帰ってもいいぞ。ただ、帰宅後、すぐに修行を再開する」
修行再開と聞いたデンジは苦い顔をするが、
「ただし、帰ってくる期日は三日後の日暮れまでだ。それまでだったら、今すぐだろうが、三日後だろうが、自由にしろ。金を工面して遊ぶも良し、うまいものを食うも良し」
慈悟郎が与えた魅力的な課題内容に、今度はデンジは顔を輝かせる。現金な奴だ、と慈悟郎は弟子のわかりやすさに苦笑する。
「だがな、それは三ヶ月分の生活費だ。そこから、帰ってきてから生活を営む。お前が全額使い果たせば、儂らはお前が帰ってからはずっと裏山の桃だけだな、三食とも」
「……いや、爺、それはまじぃだろ? おれは慣れてっからいいけど、爺が三食桃で三ヶ月とか、死んじまうぞ?」
デンジからすれば、それは受け入れられない話だった。
自分が豪遊してその後に貧するのは納得できる。貧乏は嫌いだし、今までの生活がそうであったから、そのつらさも惨めさも、骨身に染みている。
だが、それは自業自得だから、というのが大前提だ。
デンジの貧困は、デンジの仕業ではない。デンジの父親が事業に失敗し、危ない場所から金を借りていたためだ。その金を返すのは家族として返さなくてはいけなかった、そういう親から生まれてきた子供が始末をつけなくてはいけなかった。
反感を覚えないわけではない。
でも、だからこそ、自分が遊んで、その為に慈悟郎を苦しめるのは道理が通らないとデンジは考えた。
慈悟郎は苦笑の笑みを強めた。
「阿呆、弟子の成果は師の成果、弟子がやることは師匠も一蓮托生だ。それに、少しは師の懐を信用しろ。お館様の言葉もある。お前が全部使わずに、多少遊べるくらいはある。それを見極めて帰ってこい」
そういって、慈悟郎はデンジに背を向けて歩き出した。
「そうそう、忘れる所だった。一応の守りだ」
思い出したように、慈悟郎がデンジに渡したのは、一本の刀――日輪刀であった。無論、刀は布に包まれていた。
「おう」
デンジはそれを受け取るが、何も気にしない弟子の様子に、慈悟郎は嘆息をつく。
「――何も聞かんのだな、儂のことを」
「あー……爺の息子が、とかか?」
慈悟郎は頷く。
「だってよ、爺が話したくねぇんだろ? それに、人には触れて欲しくないことだってあるんだし、言葉だって十分人を傷つけられるんだからさ、あの親父に斬り殺されるのはごめんだし……」
デンジは頬を掻きつつ、そういった。
慈悟郎は、しばらくデンジの顔をみていたが、
「そうか……」
そう慈悟郎は笑うと、駅の方へと歩いて行った。
「ゆっくり楽しんでこい、デンジ」
慈悟郎は手を振って、そう離れていった。
「おう!」
デンジも手を振りかえして、慈悟郎の背を見送った。
☆
デンジは通りを歩いていた。
いっそ、住んでいる近隣まで汽車で移動し、それから遊ぶのも一つの手だが、基本的に慈悟郎の住む町から出たことのないデンジであるから、他の町の食べ物も楽しみたいと考えたからだ。
(爺には考えて使え言われたから、無駄遣いはできねぇ……まぁ、けど、結構な額じゃねぇか! 生活費残しても余裕で贅沢できるぜ! ありがとう! 爺!! とりあえず、今夜はウナギでも食って……)
その時、一軒の店先に人集りができているのに気付く。
うまいものでも食えるのか、と興味本位でデンジが近づくが、それらしい香りもせず、そればかりか、その中心から怒号が聞こえていた。
「なぁ、これなにかあんの?」
見世物だったら金を取られるから早々に立ち去るべきだが、万が一にもこれから秘伝の絶品饅頭の販売であったら、悔いても悔やみきれない。デンジが人集りを作っている一人に話しかけると、
「ん? ああ、ヤクザモンの捕り物だ。なんでも借金を背負った若い奴をヤクザモンが連れて行こうとしてるんだけど、若い奴が抵抗して、かれこれ半日粘ってるんで、皆見てるんだよ」
「ほーん」
礼もそこそこに、デンジは食い物じゃなかった上に、そもそも、ポチタと一体化したのも、デンジを飼っていたヤクザたちが欲を出して悪魔に手を出したからだ。デンジはヤクザに良い感情がない。持つことが出来ない。その上、絶対厄介事の類であるから、離れようと踵を返そうとして、
「た、たすけてくれぇえ!! そこの若旦那ぁぁぁぁ!!!」
人集りが割れ、ボロボロの衣類を着ていた少年がデンジの足にしがみついた。
新コーナー☆こんなお館様は嫌だシリーズ
「おやおやおやおや、ジゴロウ、これが別の世界からやってきた少年ですか」
デンジの警戒心がマックスになっていた。
柱と呼ばれる隊士たちは皆、直線と円が組み合わさった模様の仮面をかぶっている。
いきなり現れたデンジと慈悟郎に何かしらの戸惑いがあってもいいものだが、誰も一言も発しない。
そういえば、この場所に案内するまでに屋敷のなかにいた者たちも、痴呆症のように呆け、排泄物は垂れ流しで何かを運んでいたのだ。
「なんと、なんと、素晴らしい」
「こちらへどうぞ、勇気ある少年デンジ、貴方に是非とも会わせたい者がおります」
「あの少年に鬼の真祖である無惨の血を飲ませたらどうなるのか、興味深いですねぇ――」
一直線状の仮面をかぶった男であるお館様はそう呟いた。
同時刻、屋敷の地下牢には、古今東西の様々な拷問器具にしか見えない実験器具が所狭しと置かれ、その一つに、それはいた。
手足と内臓を丁寧にすりつぶされ、それでも再生する、再生してしまう男がいた。
その男の名は、鬼舞辻無惨――鬼の真祖である男であった。
以前は、生きることのみに執着し、執念を燃やし、昆虫のような冷徹漢であった男の瞳には、何の感情もない。
感情を抱いていないのではない、摩耗し続け、そして、すり切った廃人の瞳であった。
無惨の唇はゆっくりと動く。
声にならなかった。
しかし、確実に男の唇はこう動いた。
――コロシテクレ、と。
一筋の涙が無惨の目からこぼれ落ちるが、それは痛みを受け続けた本能か、それとも残された感情の最後の一滴だったのか、誰にもわからない。
一つわかっていることは、この男は、自分の名前が鬼舞辻無惨と呼ばれていたことすらも思い出せなくなった鬼は、これからも生き続ける。
決して死なず、男の心臓は刻み続ける。
苦痛と恐怖、絶望に満ちた生を、永遠に――。
『お館様がオヤオヤの実を食べた全身ろくでなし人間になった世界線』
了
祝! メイド イン アビス 二期放送決定!