「やあやあ、よく来たね諸君。ようこそ我が学び舎、先新大学へ」
バスから降りた弱音達を出迎えたのは、例のゴスロリ少女だった。
ゴスロリ少女、本名を日方美玲。他の肩書きとして、ETCM開発者という冠がつく少女。
比較的新しく、そして近年の大学改革の影響もあって厳かな建物や実験棟が見受けられる中、呼び出した本人は相変わらずのゴスロリ服。ここまで来ると自分の方が流行に乗れていないのかという不安に襲われるが、同じバスに乗り込んだ一般人の例を見て自分が普通なのだということを自覚する必要があるほどだ。
「・・・本当に普段着なんだな、それ」
「今更そんなことを言うのかい少年。今、世界は一人一人の個性を求めているんだよ?司令塔が回れ右と言えば迷わず回れ右をする指示待ちロボットでなくて、自らの価値や感性をバンバンに前面に出すことが今のご時世には必要なのさ」
「だからといって時と場合を無視するのはどうなんだ?」
どうやら目の前の人物は個性を出しすぎた結果、周りが見えなくなってしまう人間らしい。
そんな個性の塊に諭されても何一つ心に響かない弱音であった。
このまま、彼女の話を聞くことになればろくでもないことになるのは、ファーストエンカウントで経験済みだ。ここは一つ、主導権を握ることにするしかない。
そういう意味も込めて、彼女から任された案件を確認する。
「それで、言われた通り俺と例のセーラーの子。わざわざ電車賃とバス代を払って来たわけだけど。これで満足か?」
「うんうん!指示待ち人間は嫌いなタイプだけど、指示された事をしっかりと守る子は好きかな。それにただ来ればいいっていうことじゃないってことはわかっているだろ?」
「ということは、例の現象の解決策が確立できたんだな?」
「解決策そのものは以前にも話しただろう?解決策は概念としては確立できていたんだ。だがそのときはただの思考上での話だったのさ。今回のは解決策を実現するための準備が出来たっていうことさ」
「ど、どういうことですか?」
遠回しの表現に咲は首をかしげる。
「君たちに会う前から解決策はある程度固まっていたというわけさ。あとは関連するデータをかき集めて実践あるのみだったってことさ」
「よくわかりませんが・・・。私の症状は治るのですか?」
「そうだとも!だからそんな心配な顔をせず堂々としていればいいのさ!なあに、大船に乗ったつもりでいいのさ」
言動、服装には説得力に欠けるが、彼女は一人の研究者。それも新しい概念を作りだした秀才。これを信じずには何も始まらない。
「さてと、感動の再会はここまでにして」
仕切り直すように、くるりと体を半回転させた美玲は、近所の喫茶店に誘うような気軽さで
「ここで立ち話もなんだし、実験場に向かいつつ話さないかい?」
彼ら二人を、研究の本拠地へと誘う。
彼女の様子からは、これから生きた人間を扱うといった重みは一切感じられなかった。
弱音達がいる国立先新大学は地形で言うところの山間部に位置するため、都市部にある大学と比べると広大な面積を誇っている。横の面積がとれない都市部では建物を縦に伸ばし、地方は余る土地を有効活用して低い建物を多く作るケースが一般的である。先新大学は後者であり、グラウンドやテニスコートといったスポーツに関する設備が整っていることから、ニュースで学問的に人気を集める前から間快適なスポーツライフを夢見るスポーツ推薦組には絶大な人気を誇っていた。そのため、先新大学のスポーツ面での活躍は大きく、駅伝や大学野球といったポピュラーな競技でお茶の間のテレビの一角を占めることもあるのだ。普段、大学を何気なく歩いていれば野球部の硬球を打つ打撃音や陸上部のユニークなかけ声が自然と耳に入ってくるのだが、今日はお休みだ。
今日は学生にとって大事な休養日である土曜日、それも朝の8時だ。
もう少し日が昇れば声が響き始めるであろうが、この貴重な休みを睡眠に使う生徒がほとんどだろう。こんな時間帯にいるのは、教授などの学校関係者か研究が終わりそうにない学生ぐらいだ。
ここの生徒ですらなく、ましてや大学生でもない弱音にとっては実感が湧かない話ではあった。
大学の周囲を森が囲っているため野鳥の鳴き声が響き渡る中、美玲の言う実験場に向かう一行。
見学目的ではないとはいえ、普段見慣れないものに目が行ってしまうのは人間の性なのだろうか。
大学に興味など湧かない弱音でも、高校とはまた違った雰囲気にせわしなく首を回していた。
それは咲も同じらしく、どちらかというと驚きよりも困惑の方が大きいのかおどおどといった感じだった。
それを見かねた美玲も苦笑しながら
「そんなに珍しいものかい?私にとってはこれが日常なんだけどね」
「まあ、確かにそうかも知れないけどよ。でも俺らが通っている高校とは別物なんだなあって感じるよ」
「ほうほう、普段とは違うシチュエーションによる脳への影響か。それはそれで面白そうだ、一つ頭に残しておくとしよう。でも、そういう意味では今日の
面倒ながらも意外と楽しかったりする大学案内ツアーから一転、その一言で弱音は現実を再度突きつけられる。
なぜ自分は今ここにいるのか、ということを。
ちらりと後ろを歩く咲を流し見る。
彼女は彼女で大学の新鮮さに目を取られて元気そうに視線を動かして言うが、人間の心など外から全て見えるものではない。
今日の最大の課題、彼女の怪異な現象の解決について。
完全なる部外者である弱音には、彼女の今の心境など知るはずがない。
死のうとすれば、己の体が死を拒絶する。
己の意思とは全く異なった、自我とは別のナニカ。
言うなれば、危険度が分からない獣を見えない檻で飼っているような状態。
いつ自我という檻を食い破り、人間とは別の異能が第三者に振るわれるのか。
暴発寸前の不発弾を日々持ち歩いている少女。
弱音とは違った、物理的な『見えざる恐怖』に怯えているであろう少女。
「それで、あの子は治るんだよな?」
「さっきもあのお嬢ちゃんにも話したけど、解決への道はあらかじめ明記されていた状態だったのさ。それを実現するための情報や設備が整ったからこうやって呼び出したのさ」
再三問いかける弱音に美玲は呆れたように目を細める。
「確かに不安ではあるよね、だってあの子のためじゃなくて
「・・・できるだけ分かりやすい言葉で頼む」
ここで即答できないあたり、弱音らしいというべきか。
正直、昨日のコンビニでのミニ講座で頭が疲労困憊だったのだ。
今日が知恵熱で風邪を引かなかったことに驚きを覚えるぐらいだ。
これ以上、頭を使いたくない弱音であった。
それが通じたのか、美玲は小さく吹き出すとクスクスと笑い声を上げる。
そこに研究者モードの顔はなく、同学年の可愛らしい仕草であった。
「ふふふ、正直でよろしい。正直は人間関係においてはデメリットの側面が大きいけど、学問に対する姿勢では満点華丸さ」
「・・・こんなことで正直者って言われてたまるか」
「その仕草もいいねぇいいねぇ!自己嫌悪とは人間の人格を保持するための防衛本能としての働きを持ち合わせていると言うからね。ちょっと待っておくれ、記録用デバイスから過去のデータを引っ張り出してくるからその顔キープでお願いね!」
「オイ、話の趣旨また変わってるぞ」
自分から切り出しておいて無意識に自分で話を脱線させるといった謎状態に陥るのはこれで二回目であった。そのため、リカバリーは早めに行う。人間とは過去の過ちから学習する生物なのであるが、彼女は有り余る知識欲でそれどころではないようであった。
「ハッ!また新たな題目にトリップしていたよ」
「はいはい、そんな状態から抜け出せて良かった良かった。で、肝心のETCMの補足説明とやらはどうするんだ?」
「まだ見ぬ世界を開拓しようとする少年少女には当然力を貸すさ!それに今日は特別サービス!狭い教室に詰め込まれて長々と説明口調で知識を詰め込まれるなんてつまらなすぎる!ということで今日は、この自然豊かな森林を体全体で感じながら、いつもとはちょっと違う環境での講義といこうじゃないか!」
生徒の勉学に対する積極性を重視するという方針は、世界の教育機関において共通のテーマである。生徒の好奇心を引き立てるための策は作られては廃止されを繰り返し、トライアンドエラーの山を築いてきた。そうした課程を経て編み出された教育の一つに、生徒を座らせない例がある。脳血流や姿勢の安定などが要因としてあげられているが、立つことにより違った視界で物事を考えられるといった側面があるとも考えられている。裏付けるように校外学習や、体験型学習など座るだけで教科書を読み込む教育とは異なった、自分の体を使って物事に触れて新たな観点を見いだすという学習が行われている。
ETCM講義第二弾。耳が癒やされる美少女ボイスとの散歩。
ここにまた新たな形式の授業が始まる。
「さて、前回の復習だ。謎の空間屈折現象、これはETCMが脳の情報の区切りを誤って設定してしまい、意識ではなく無意識を読み込んでしまった結果である。そのためあの屈折現象により像として浮かび上がってきたのは、人間が一つの知的生命体として本来持ちうる感情が何かしらの具体的なイメージとして表されたもの。ここまではオッケー?」
天に向かって人差し指で円を描く美玲は、おどけたスタンスを崩さずに説明し始める。
「ああ、なんとなくだがわかっているさ」
「はい、私もなんとなくですが・・・」
「いい反応をありがとう諸君!さて、これらを踏まえて前回では話せなかった、あの屈折現象の在り方をいろんな観点から捉え、根本から消し去るまでの工程について説明していこう!」
前回でも分かったことだが、立場上先生と生徒という関係性が自然と生まれている状態において、彼女は知識を押しつけるのではなく自らも学んでいこうという姿勢をとっているようだ。それは彼女自身、人に教えることも、それを通して新たな発見を見いだすことも楽しんでいるということだ。なので、生徒役である弱音達も積極的に反応していくことで、彼女のテンションは上がっていくようだ。
「前回も言ったと思うけど、現われた何かしらの生き物であろう像の正体はETCMが人間の無意識から抽出したイメージ。細かく言えばETCMから作り出された情報の塊ということさ」
「たしか以前の説明だと、ここでいう情報とは概念的なものではなく、普段使っているインターネットによって形成されているネットワークの一部分のような捉え方をするとおっしゃっていましたが・・・。この解釈で合っていますか?」
「その解釈で大方合っているさ。意味ある中身をもった電気信号と考えてくれれば良いさ」
「だから俺たちがパソコンのキーボードを叩いて文を書いてSNSにアップロードするとしたら、パソコンのキーボードによって意味を持った電気信号を制作、文そのものがさっきから出てくる情報として考えればいいってことだろ?」
「うんうん!いい例えだね。本質を捉えているので良し!」
できの悪い教え子の成長を喜ぶ先生のように、美玲は満足そうに頷く。
「私たちが目にした正体不明の存在を設計しているのは、ETCMが無意識から読み取ってしまったデータそのものだ。それが骨格となって『理論で説明できないオカルティックな力』が肉付けされているっていう感じだね。これが『信仰の概念』。だから・・・」
「そのデータを別のデータに上書きするのか」
今回の騒動の起因はETCMそのものではなく、ETCMが読み取り電気信号として変換した後のデータ。
これにそって『理論で説明できないオカルティックな力』が働き、あの現象を引き起こしたとされる。
このデータとは電気信号の塊、インターネットを飛び回る数多の情報と電気信号としての本質では何も変わらない。
そう、外部的な入力によって変化させられるという点においても、だ。
「さっきの例えを使うならば、昔書いたブログを黒歴史だとしてネット上から削除したり、真実を書くべく書かれてた文を書き直して投稿するってことか」
「その場合だと、パソコンのキーボードっていう電子デバイスから、人間が特定の情報に変化を与えるべく専用のコマンドを入力し、該当する電気信号に指示通りの変化をもたらすってことだね。だから感覚としては普段使っているSNSと仕組みとしてはほぼ同義だね。まあそれらと比べてETCMの電子コマンドが複雑で難解ってことぐらいかな?」
「え?じゃ、じゃあなんであの現象を簡単に引き起こせたんですか?何かスマートフォンのようなもので入力されていたと思うのですが・・・」
自分はその存在は見ていないのですけど、と咲は申し訳なさそうしながらも疑問をぶつける。
「ああ、君たちに出会ってそうそうやったやつね。あれはETCMの意識と無意識の判別するための規定を取っ払っただけさ。意識と無意識を隔てる壁がなくなったことで簡単に無意識を読み取れてしまうようにしたってことさ。特定の情報だけ抜き取って変化を加えるなんて、この装置だけじゃ演算能力が足りなさすぎるよ。
そういってポケットから取り出したのは例のスマートフォン。
一見何の変哲も無い普通のスマートフォンだ。それどころかピンク色のカバーに、タッチパネルの周りを囲むようにラメがてんこ盛りのシールやビーズが隙間を埋めるように張られていた。
どう考えてもドリンク片手に都会を当てもなく彷徨う派手なギャルが使いそうな代物であったが、ここで初めてTPO以外に彼女の服装に合わない物が出てきたということに若干弱音は驚いていた。
「さて、今回の目的が情報を書き換えるって分かったところで次はその内容だ。ETCMが作り出したのは人間の心理における無意識、その中の共通する感情であるアーキタイプだ。アーキタイプは数多の神話に登場する怪物や英雄、武具や災害に至るまで様々な姿として人間の脳にイメージとして残されている。問題なのはその種類だ」
ミスマッチなスマートフォンを右手で持て遊びながら続ける。
「昨日も言ったとおり人間の無意識って言っても様々な種類がある。自分自身は何かという自我を中心とする『意識』、個人的な経験から成り立つ『個人的無意識』、そして深層心理の奥底なる『個人的ではなく、人類に、むしろ動物にさえ普遍的な無意識』、通称『普遍的無意識』。さて君たちはしっかりと覚えているかな?」
「さすがに正式名称までは覚えれねえよ。ただ人間の心理には地層のようにいくつもの層があるのは覚えているぞ」
「わ、わたしも似たような感じです」
ここは嘘偽りなく答える弱音にそれに乗っかる咲。
微笑ましい光景に美玲は頬を緩ませながらも
「うむ、素直でよろしい!まあ名前なんてテストで単位を取る必要性がなければ覚える必要なんか無いさ。大事なのは構造としての全体像。それが分かっていれば十分さ」
「では、先ほどの言葉を借りるのなら、そのいくつもある無意識が解析に大変ということですか?」
「そゆこと。人間の無意識と言っても種類があり、また共通するかといって誰しもが同じぐらいアーキタイプを持っているのかも違ってくるからね。確かに『普遍的無意識』は人間が一種の生き物として持っている感情に対し、『個人的無意識』はその人物が経験した出来事によって引き起こされるものであって必ず原因と結果が同じ物になるとは限らない。俗に言う個人差があるって話さ」
「それでもアーキタイプって事だから、共通点があるっていうことだろ?」
「問題だったのは情報量の多さ。この場合だと原因となる『被験者がどのようなことを経験したか』とそれによって引き起こされるアーキタイプを集めて規則性を見つける必要性があったってことさ。まあぶっちゃけ面白かったけど収集作業と解析はめんどくさかったな~」
本当にお疲れなのか、美玲は涙袋の下を軽くこする。
研究者は睡眠時間を削ってまで物事の本質に切り込んでいくと聞くが、彼女の様子から本当の話らしい。
そう感じた弱音は彼女が改めて新たな謎を解き明かしていく研究者だということを認識し、それと同時に同じ年代としての劣等感が胸に渦巻く。
才能、努力、運。
それらを全てひっくるめて人間は付加情報を作り上げていく。
弱音にとって彼女の付加情報は、うらやましくもあり憎らしいものであった。
自分にもその潜在能力があれば
自分にも眠る力を目覚めさせるきっかけがあれば
自分にも作業ではなく努力という道を歩き続けられる勇気があれば
自分を構成する付加情報の在り方などに、一喜一憂しなくてもいいのに。
ふとしたことでネガティブな思考になるのは、弱音の悪い癖だ。
日々付いてくる自分としての付加情報。
一番身近にあっても見ることができない恐怖におびえる毎日。
そんなところから脱出したい、たとえ他人を傷つけてでも。
攻撃的な思想に陥りそうなところで弱音は頭を振る。
そんなことは今はどうでもいい。
今やるべき事は、彼女の話を聞き、例の事故を解決すること。
人間は何か目的があると、心が安定する。
現実逃避や自分の弱い部分から目をそらすといった意味合いも含むが、彼もそうだろう。
自分の醜い内面に蓋をして、才能溢れる者の話に思考を戻す。
「じゃあ、その解析によって『個人的無意識』のパターンは取れたんだな?」
「科学者に完璧って言葉は禁句なのさ。わずかな可能性も無下にしちゃ科学者失格だからね。それでも大部分のところまで理解できたかな?さて、ここまできたら今日することは分かってきたんじゃないかい?」
ここでもまた先生モードを発動する美玲。
昨日と同様、腰で手を組み弱音達生徒をしたから見上げる形で問いかけてくる。
フリフリのゴスロリ服やその美貌も相まって、カードショップでガラスケースに入れられたアイドルのグラビアのように見えてしまう。
だが、その状態の中でも弱音は一つの答えを導き出していた。
それは
「そのパターンによって問題となっているアーキタイプをむき出しにした後、専用の機械でその部分の電気信号を書き換えるコマンドを入力する、だろ?」
同じ事を思ったのか、いつもの頷きの二倍ぐらいの速さで頭を振る咲。
艶やかな長髪が風で靡き、綺麗なうなじが後ろから見えてしまっている状態なのだが当の本人は気づいていないようだ。ここは後ろに人がいなかったことに感謝だ。
「正解!君たち、情報の取捨選択やそれらを結合する力が付いてきたんじゃないかい?いいねぇいいねぇその人間の脳の仕組みも実に興味深い!人間の学習には記憶が強く関係してくるからこれは脳の部位、による関連性の問題かな?こうしちゃいられない、今すぐデータを集めて・・・。おっとまた没頭しそうになっていたね」
毎回のごとく研究意欲にとりつかれていた美玲だったが、今回は弱音が現実へ引き戻さなくてもすんだ。
弱音達が来た目的。謎の現象の解明。
その舞台となる実験場に着いたのだ。
「ようこそ、諸君!ここが私の研究所さ!今日はどんな謎が解き明かされるのか、楽しもうじゃないか!」