心の奥に住まうモノ   作:レコ

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13話

 心理学実験と聞いても、大抵の人間はおおよそ想像できないだろう。

 

 化学実験なら、フラスコや色とりどりの薬品に理知的な白衣の眼鏡男子

 機械実験なら、右手にモンキーレンチを握った油まみれの作業服のわんぱく系男子

 

 これも一種のステレオタイプなのだが、普遍的に浸透しているということはそれだけ大衆の目に映るということも意味している。

 そういう点では、心理学は学問としての認知度は著しく低いと言わざるを得ない。

 心理学自体は日々の日常に溢れ何気なく触れているものだが、人間の心を科学するというワードには抵抗を覚えるに違いない。

 その一つの要因としてあげられるのは娯楽やエンターテイメントとしての心理学だ。

 エセ科学や疑似科学とも呼ばれる、テレビやSNSの若者釣り広告に載っている部類のことだ。

 曰く、赤を身につける人は恋愛に積極的だ。

 曰く、首筋を触る癖は話がつまらないと感じている証拠だ。

 曰く、好きな人と同じアクセサリーを身につければ好感度が上がりやすい。

 流行のほとんどがこれらの電子媒体である現代日本において、一度は見たことがあるだろう決まり文句。

 ジャンルのほとんどが恋愛がらみか人間関係の修復に関する事ばかりだ。

 いかにも、流行の最先端を走る女子高生が好きそうな話題だ。

 頻繁に人の悩みを即座に見抜く敏腕占い師がお茶の間のトピックスに挙ることはしばしばあるが、正直これも七割八割は偽物である。

 学問としての心理学を少しでも囓っている者であれば、人間の成長に伴って訪れる心の課題というのは有名な話であると感じるであろう。

 つまり、悩みとは年代によって変化し、またその悩みも大方決まっているのだ。

 心理学とは、人間の心を科学する学問である。

 しかしこの心の科学とは、一人一人個人ではなく、生物としての人間という大きな枠組みでの心を解明するということだ。

 特殊ではなく普遍的。

 人間の心の悩みとはそういうものである。

 敏腕と呼ばれる占い師は、こういった普遍的な悩みを言い当て、それを裏付けるような出来事を後付として付け加えることで信頼を得ているだけに過ぎないのだ。

 ただ、本物の占い師とは一定数存在するところが、科学では証明できないオカルトを表しているのだが。

 一つ結論として言えるのは、日常に見かける心理学と名のつくものは大体が根も葉もない娯楽専用のこじつけ理論である。

 

 さて、話を戻そう。

 学問としての心理学の実験法としての実験方法は、主に四種類と少ない。

 特定の要因が結果にどのような影響を与えるか調べる為に、特定の要因を操作して結果の変化を観察する『実験法』。

 調べたい項目について、質問紙を使って参加者に直接尋ねる『質問紙調査票』。

 決められた実験環境の中での人々の様子を観察する『観察法』。

 研究者と参加者が対となって、また集団となって話し合う『面接法』。

 特に専用の機械が必要というわけではない分、得られたデータの分析や理解に相当の知識や観点が必要となることが言えるであろう。

 今回の咲に対する実験としては、『観察法』と『面接法』を組み合わせた形に近かった。

 何もない、ぐるりと一週見渡せるほどの空間に向き合う簡易パイプ椅子。

 すこしはな少し離れた場所で、特製のパソコンで真実を明らかにする変わり者研究者二人。

 刑務所の尋問室のような有様だが、刑事ドラマで記録員と尋問の現場を仕切る透明なパーティーションが無いのが特徴か。

 どちらかというと入試の面接練習を教員達が第三者目線で評価するような、そんな生徒達を思いやった形の方が近かった。

 だが観察対象である二人の心境は、入試面接とは桁違いの緊張が張り詰めていた。

 彼らの目の先に何があるのか

 体で感じるほど身近に潜む未知

 自分たちの常識を突き破った未知

 そして、自分たちに()()()()()()()()()()()

 彼らは、そのような不可視の存在に立ち向かおうとしているのだ。

 恐怖を抱くな、という教官がいれば誰でも不平不満をぶちまける、そんな状況であった。

 

 『ガッチガチに緊張、もしくは怖がっているのかな少年?』

 弱音のすぐ側で流れてくる女性特有のソプラノ音。

 発信元は弱音の耳に装着しているインカムから。

 『まあそれはそうか。事前に説明されていたとはいえ、道端で突然会った女の子に実験すると突然言われて広大な場所に座らされているわけだしね。そこは少年の現実的かつ周囲の情報を確実に読み取った上での冷静な判断に感謝かな?』

 声の本当の発信元、ここからは遠く離れながらも目視で目鼻が判別できるほどの距離にいる美玲に目をやる。

 パソコンから目を上げ、弱音の視線に気づいた美玲は元気に手を振っていた。

 まるで授業参観に来た若い母親のような様子は、完全にこちらの心境などお構いなしといった感じか。

 

 「まあ緊張はしている。でも何も出来ないほど体が縮こまっているわけでもない。正直これから何が起こるか検討がつかない分、怖さも軽減しているよ」

 『なるほど、そういう発想もないことはないね。赤ん坊が最初の注射は泣かないのに二回目から痛みを知っているからこそ大泣きすることと同じだね。人間の恐怖もいろいろ種類があるっていうことだろうね」

 最近のインカムは性能がいいのか、呆れた弱音の声もしっかりと拾い目的地に運んでくれる。

 実験には一番近くて、現場には一番遠い不思議な立ち位置のゴスロリ女に弱音は素直に今の心境を吐露する。

 『しっかし違う見方をすれば羨ましいよ少年。なんせ君は普段の生活では経験できないほどの未知なる現象、その発生と解明を最前列で見れるんだからね!!いやー羨ましいなぁ!私がそこに座ればどれほどのインスピレーションを得られるか分からないほどだよ!』

 「そこまで言うのならお前がここに座ればいいじゃないか。こんな何も知らない一般人よりも専門家であるお前の方がてきにん適任じゃないのか?」

 『いいかい少年。私達は今回はあくまで観測者だ。私達のやるべきことはETCMが作り出すデータの解析、およびその改変。ここが今回の実験の一番の肝であり専門家がなすべきしごとなのだよ。それに対象となるお嬢ちゃんの気持ちを引き出すのに必要なのは知識ではなく信頼。その点で言えば、あの橋で見捨てなかった少年が一番適任なのさ』

 「別に死にたがりを引き留めるような清い心なんて持っていないけどな。でも何回も言うが俺は科学的な人間の心の見方なんて一ミリも知らないド素人だぞ。仮にコイツの信頼とやらを持っているとしても、特定の感情を呼び起こすなんて器用な話し方なんて知らないぞ」

 『清い心ではなくても、君には()()()()()()をしているみたいだけどね。そこに興味は尽きないし様々な環境での対照実験を繰り返して解明したいほどだけど、それはまた別の機会にとっておくとしよう。女の子の心を引き出せないシャイなコミュ障でも心配ご無用!この天才美少女美玲サマの秘密兵器を受け取るがいい!』

 勝手に現代の若者特有のコミュニケーション障害に認定されてしまった弱音に、何かが頭上から舞い降りる。

 綺麗な弧を描き座っている弱音の膝の上に綺麗に着陸したのは、誰でも一度は作ったことがあるであろう何の変哲も無い紙飛行機だった。

 厚紙のような堅さがないコピー用紙で、正確に弱音の膝に届ける紙飛行機を何の変哲も無いと呼ぶのは些か似合わないとは思うが、これがお手製だとすれば精密に飛ぶ作り手の技術の高さに驚きを隠せない。

 どうせあの変態であるとは思うのだが、そこは無視するとしよう。

 それでも彼女の意図をくみ取る弱音。綺麗に折られてた紙飛行機を丁寧に開いていく。

 やがて、数秒と経たないうちに折り目のついたA4の一枚の紙になる。

 そこには、乱雑に並べられた単語が弱音を待っていた。

 「これは?」

 『私が書いた、今回の実験のキーになる言葉達だ。君はお嬢ちゃんと会話をしながら、不自然に思われない程度にこれらの言葉をお嬢ちゃんにぶつける。それが、少年にしか出来ない大事な仕事さ』

 普段の態度とは打って変わって慎重なトーンになる美玲。

 彼女の雰囲気に重要性を感じた弱音だったが、それと同時に思った以上に単純な仕事に拍子抜けしていた。

 「まあそれに、大事な事とかやって欲しいことがあれば随時君の耳のインカムから指示を出させてもらうさ。なーに、君の後ろにはこの私が付いているんだ!辺に強ばらずに目の前の女の子との会話を楽しんでくれたまえ!」

 

 大規模な実験と聞き、身構えていた弱音に課されたのは被験者との会話。

 想像以上に普段何気なく行っている事に弱音は気が削がれる気分であった。しかし、それ以上に彼は安堵を感じていた。

 仕事が簡単な事であり、自分でも出来ると感じた自信ではない。

 先ほどの彼女との会話。

 その中で弱音が問いかけた一つの提案。

 自分ではなく美玲がやったほうがいいのではないか

 何の皮肉もなく、自然と口に出した疑問。

 それに対し、美玲はこれが最適だと現象を変えなかった。

 弱音はそれに対し、少しの喜びのようなものを感じていた。

 しかし、弱音は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()》。

 彼の一番大事なものは、自分の付加価値。

 他人の評価でしか自分自身を表現できない自分に嫌気が差し、客観的すぎる目線で全てを眺めるようになった。他人の力でしか自分達を表現できない周囲に苛立ちを覚えた。

 そんな彼が、他人の苦境に寄り添い手を差し伸べることに喜びを覚えることはまず無い。

 大事なのは自分自身の付属する客観的な情報。

 利益でしか動けない汚い大人のような利己的な彼にとって、他人の苦しみにメスを入れることに何の気持ちも抱かないはずだ。

 それどころか、関わろうともしないはずだ。

 ではこれは何なのか?

 自分への危害を恐れるためとはいえ、何故危険気回りない最前列に立てることに固執するのか?

 そんなことを心のうちに押しとどめながらも、弱音は正面を向く。

 彼が見つめる先、そこに不安な顔をしながらも座る少女。

 今の現状を作り出した台風の目。

 彼女によって引き起こされた弱音の心境の理解不能な感情は、彼にとってなんなのか。

 今更になって、自分自身が生み出したものに苦しまされる感覚が呼び上がってくる。

 そんな彼などお構いなしに。

 実験が、始まる。

 

 

 

 「ふむ、中々に難しい環境だな。何も知らない一般人に、ETCMの定義無き深刻な課題。貴様がどれだけ人間の無意識のパターンをひたすらに集めて解析していたとはいえ、これでは測定する以前にETCMが例の無意識を読み取ってくれるとは限らないぞ?」

 弱音達から必要十分な距離を取った解析班にて、ETCMに関わりながらも違ったベクトルの研究をする私市が、実験の責任者である美玲に問いかける。

 

 「言っただろう?今回少年達に必要なのは特別な知識や技術では無くって信頼なのさ。その点、自分が傷つかないと分かっていても助けに入った少年は、彼女からしたら誰よりも信頼をよせるだろうさ」

 「ひな鳥の刷り込み効果のようなものか。仮に少年でなくても他の人間が助けた場合だったらその人間に信頼を預けるということか」

 「ロマンがないなー。科学的に考察すれば確かにその通りかも知れないけど、それじゃあ素っ気ないだろう?こういうときは運命だの奇跡なんていう女の子が密かに憧れる言葉で飾ってあげるのがマナーってもんさ」

 「ふんっ、めんどくさいものだな。きっちりと整然としている方が断然良いに決まっているだろうに」

 ひねくれ科学者の性なのか、美玲の非論理的な説明に露骨に顔を歪める私市。

 それでも実験中の観察は怠らないのか、向かい合う形で会話している弱音達を無機質な目で眺めている。

 「それで、貴様にはあの少年に何かしらの希望を持っているらしいが具体的にどういう指示を出したんだ?僕達の世界から遠く離れた一般人に人間の心の構造など説明したとしても、そこから目的のために具体的な行動など出来るわけがないだろう?」

 私市は自分の顔の前の空間を指差す。

 正確には口のあたりを。

 それはパソコンのキーボードを叩き続ける美玲が付けているマイクセットのことを指しているのだと安易に想像が出来る。

 機械特有の冷却用ファンの羽音が彼女のすぐ側で鳴る中、流れてくる無数の数式やアルファベットを目で追いながらも指は動かし続ける。

 「君ならあの紙飛行機の中身が指示であることは分かっているだろう?私はただ少年にある言葉をあのお嬢ちゃんにぶつけてくれって頼んだだけさ」

 「詳細な説明ではなく単語をいくつか書いただけだと?貴様は本当に何を考えているんだ!?」

 あまりにも雑な指令にキーボードの手前に勢いよく手をたたきつける私市。

 予想外の衝撃に驚きながらも、美玲は作業を中断しない。水族館の鰹の群れのごとく右から左に横切る記号達を見逃したりはしない。

 「うわ!びっくりするじゃないか!確かに単語だけを記載した簡易的なものだが決して意味が無いわけがないことは君でも分かるだろう!?」

 それでも彼の苛立ちも理解できるのか、デスクトップから目を離さずに同業者に向ける専門的な説明を開始するべく口を開ける。

 「私が今回お嬢ちゃんに仕向けた実験は、『人間の無意識を刺激し、その無意識を表現させる』。つまり人間の深層心理にある程度の心理的衝撃を加えることで反応を見ようというものさ。けれど無理矢理心の傷をほじくり返すわけでも、多くの薬品を投与して生体的な反応を観測しようということではないさ。私が行うアプローチはあくまで心理学に則った方法さ」

 「つまり、今回問題となっている無意識を故意的に引き出すために心理的なダメージを与えるわけか。しかし貴様のいうことを要約するのならばひたすらにアーキタイプの原因となる出来事について言及し続けるわけでもなければ、鎮静剤や興奮剤を投与して生物としての生体反応を観測するわけではない。ではその貴様のいうアプローチとは一体何なのだ?」

 「ここで先代の偉大なる知恵をお借りするわけさ」

 人間の心に潜む感情についての研究や考察は、多くの心理学者にとって永遠のテーマであった。

 人間の感性という側面から、はたまた生物と見たときの反応という側面から。

 人間の心を解明したいと思い立った頃から現代まで、数多の心理学者による仮説がいくつも立てられ、それを証明するために様々な実験が手を変え品を変え行われてきた。

 過去の記録を漁り、自分の考察を基に実験をし、そこから規則性を見いだす。

 科学にとって基本原理であり、根底である繰り返し作業であるこの行為によって人間は未知を既知に変える。

 科学が発達した今、いや今だからこそ偉大なる彼らの道をなぞることで、新たに表れた強大な未知を打破すべく立ち向かう。

 彼らの偉業を一筋の光として、真実へ辿り着くためのアプローチとして活路を見いだす。

 今を生きる科学はこうして成り立っている。

 このセオリーに今回も従うというだけだ。

 

 「私が使うのはあくまで言葉。この言葉を使うことで該当する無意識を刺激するのさ」

 「ほう、確かにそれならば貴様が今行っている事は適切なのだろうが、僕にはその言葉に理論的な効果はさっぱり見えないね」

 「じゃあ科学者らしく、難しくて長い専門用語を乱用するとしよう。私が今回行うのは『言語連想法』。分析心理学者の創始者、ユングが編み出した無意識を明確にするための検査方法を使うのさ」

 無意識という言葉は、心理学を本格的に勉強している学生や教授でない限り、あまり聞き慣れない言葉であろう。学問としての心理学が娯楽としての心理学で覆われているほどの認識しかないのだから当然と言えば当然か。

 心理学の世界にて、この無意識という概念は大きなテーマであり有名なジャンルである。

 この無意識の第一人者と呼ばれるのは、普遍的な感情を研究する分析心理学の権威であるカール・ユング。

 心理学者である前に一人の医者であったユングは、重篤な患者であっても最後まで手放さない人情溢れる医者であったという。そのため、彼が行った心理学者だけでなく病気を治す医者として一人一人の精神疾患患者に寄り添い、そこから人間の綺麗な本質も醜い本質も関係なく見つけ出してきた。その功績は現代の心理学に色濃く残っており、機械や薬品を使わず患者とのコミュニケーションや簡易的なペーパーテストなど、被験者を気遣った人体に後遺症を残さないよう配慮した治療や検証として用いられている。

 その例の一つが「言語連想法」。曰く、人間の負の部分を洗い出し、それに対する治療を行うための検証方法。

 

 「言語連想法とは、患者とのコミュニケーションによって人間の無意識、普遍的な心理的要素を浮かび上がらせる心理テストさ。試験官は被験者との会話にて対象者の経験や印象的な出来事に関するワードを自然な形で話の中に盛り込む。そのワードに対する被験者の反応を観察、記録し、そこから派生するように言葉を並べていきまた観察。この繰り返しによって、人間の無意識に潜む負の側面を見いだして、それに対する治療を行うってことさ」

 「人間の無意識にある負の側面というのは、トラウマやコンプレックスを指すのか?」

 「そう。言語連想法はプラスの側面の反応も観測できることは出来るとは思うけど、なにせ使われる相手は精神疾患を煩った人達だからね、そういうった悪い部分をあぶり出してそれに対応する意味合いが強いね」

 彼ら研究者の先には、その試験官と被験者となっている学生達がいる。

 言語連想法などといった騒々しい名称の検証が実際に行われているのだが、当の本人達はぎこちない形ではあるが、自然に会話を行っているだけであった。

 大前提、検証そのものは危険性は全くもって無いわけだが、実験や検証などの言葉が付いた時点で何かしらの抵抗を感じるはずだ。

 だが、それを踏まえても彼ら二人は、教室の机と机の間を少し大きく取った距離感で談笑していた。

 少年は相変わらず気だるそうな表情で、少女は話下手からくる緊張に苛まれながらも口に手を当てクスクスと笑みを零す。

 傍から見たら、なんと微笑ましい光景か。

 だがどのような言葉で着飾っても、行っているのは少女の心の傷を表面から分析すること。

 その事実に変わりは無い。

 

 「貴様の言い分では、ETCMは無意識に潜むアーキタイプを読み取るといったが、貴様が問題として挙げていた無意識の種類の特定はどうする?人間の無意識は断層的に分かれておりそれぞれ特製や成り立ちが変わってくる。範囲を指定しないとお目当てのデータを測定できなくなるぞ?」

 弱音達を視線に捉えたまま、横でひたすら情報処理に勤しむ美玲にさらなる疑問をぶつける。

 その疑問は美玲にとっては想定なのか、間も開けずあっさりと回答が帰ってきた。

 「それについては大体の目星は付いているさ。あの子が奇妙な現象に取り付かれるきっかけとなったのはバスケによる怪我。それによる練習への参加不可。それに深まる孤独感。きっかけから連鎖的に物事が進んでいて、それに応じて事態が悪化しているとみた。無意識が明確になっていることと能力の強化が比例するとして、これらの条件を総合して考える。そうなると考えられるお嬢ちゃんの中に渦巻いているアーキタイプは推測できる」

 「そのアーキタイプは?」

 「()()()()さ」

 特に言葉に重みを付けるわけでもなく、淡々と美玲は最重要事項を口にした。

 科学者たるものあらゆる可能性を考え、一定の値に固執しないことがモットーだが、今の彼女にはその空気は感じられない。

 自分の主張に自信満々なのか、それとも答えを固定しないと先へ進めないからなのか。

 ぼんやりと、パソコンのブルーライトが照らし出す彼女の横顔からは何も読み取れない。

 

 「正確には()()()()()()()()()()()()()()()さ。彼女の仕草や言動から鑑みて、あの子は自己評価が低い傾向があると思ったんだよ。そしてそういった子は内向と呼ばれ、仮に何か失敗を起こしたときに、その方向性を自分に剥ける傾向があるのさ。特にチームスポーツなどの集団が関わってくる出来事ならなおさらね。そして自己嫌悪を引き起こした原因がバスケの怪我、それを引き起こしたのが自分の日頃の行いが生んだと思ったんだろうね」

 「コンプレックスとは劣等感だが、この場合だと『怪我をしてしまったことで、チームに迷惑をかけた』という出来事そのものなのか。そもそもコンプレックスはアーキタイプなのか?」

 「コンプレックスがアーキタイプか否かについては諸説あるが、少なくとも今回は含めるという考え方で合っているはずだ。『普遍的かつ個人的な出来事により引き起こされる』という面で言ったら『個人的無意識』として捉えてもいいはずだからね。それに詳しく言うのなら、今回のコンプレックスは『チームに迷惑をかけた自分自身』という解釈がしっくりくる。だから自己嫌悪と表現するよりかは、自己肯定感の低下と言った方がいいかもね」

 日本では主に劣等感として認識されるコンプレックス。

 正確には劣等感とコンプレックスは少々定義が変わってくるのだが、本質としては同義と言っても良いだろう。

 誰しもが、特に心の動きが激しい青年期に抱きやすいアーキタイプ。

 今回の事例は、そういった若者特有の心の弱さが表れた結果なのか。

 しかし何度も繰り返すが、人間の心は複雑だ。

 いくつもの観点にて、簡単に姿を変える感情は決して一面では捉えられない。

 そのことを踏まえて、美玲は説明を加える。

 

 「今回の言語連想法は無意識への刺激と同時に、アーキタイプをある一定方向に整える役割も担っているのさ」

 「相変わらず遠回りな説明をするんだな、貴様は。人間の無意識といっても多様性が存在する。決して特定のアーキタイプが露出したとしても、その中にまた別のアーキタイプ、または個人的な感情が潜んでいる可能性は否定できない。よって言語連想法で言葉巧みに()()()()()()()()()()()()()()()ということだろう?」

 「君のひねくれた言い方をするならば洗脳や催眠の形に近いかもしれないけどね。特定の感情を抱かせるなんて性格悪いことはしたくはないんだけどね。深層心理の構造として捉えるのなら、層を跨がないように一つの層だけを引っこ抜いて、それに対するアンチコマンドを作成して消去、または変更を加える。こんな感じさ」

 「人間の深層心理の特定層をまるごと消去、変更させる、か。それにしてもその層の情報も膨大で処理不可能になる欠点はないのか?」

 「今回はあらかじめ対象とする層を決めているからね。いろんなアーキタイプを内包しているお嬢ちゃんの中で、最大のアーキタイプは自己嫌悪によって引き起こされるコンプレックス。つまり『個人的無意識』さ。現象の主成分がこの層だとして集中すればなんとかなるものさ」

 私市の質問攻めに全て明確な解を提示していく美玲。

 これが一晩かけて、あらゆる人間のアーキタイプを分析し続け、些細な変化から法則性を見つけ出し既存の理解の枠組みに入れようとした努力の結果か。

 今でも一度も数字とアルファベットが羅列する画面から一切目を離さない美玲は、その成果となるデータ達を逐一チェックしていく。

 その姿に普段は感じられない科学者としてのプライドを感じ取ったのか、同類の私市も口をつぐみ、プログラムから目を離し、実験対象へと視線を移す。

 ところで

 人間の思考とは、外部から視覚することは出来ない。

 表情、仕草、口調の強弱などで見抜くことが一般的であるが、それはいくつもの場面を経験してきたメンタリストと呼ばれる、特殊な人間にしか到底出来ない代物である。

 科学者とはいえ、畑違いの研究者である私市には、この時彼女が一抹の不安を頭の中に抱えていることは見抜けなかった。

 ETCMが読み取ったのは、人間のアーキタイプ。となれば例のナニカとはアーキタイプそのもの。

 では

 

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 アーキタイプを解析する美玲には、この僅かな違和感がどうしても拭えなかった。

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