心の奥に住まうモノ   作:レコ

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文才が欲しい


2話

 人間は多種多様の区切りの中で生きている。

 いや、区切りの中でしか生きられないというべきだろうか。

 

 どれだけ特定の能力が秀でていても、どれだけ他人のために労力を消費しても、第三者の存在があり尚かつ認められない限り、その功績が認められることはない。

 

 巧みな色使いや筆のタッチが繊細な、匠の技術がふんだんに使われた芸術作品も、その味を理解できる人間がいなければ意味がない。

 

 貧民を救うために、身を粉にして食材を集め腕が棒になるまでフライパンを振っても、他人を見下すしか能がない上層階級しかいなければ、ただの迷惑行為か政策妨害の罪で罰せられる。

 

 人は一人では生きられない。

 他者と関わって互いに利益を提供、交換しなければ生活を維持することはできない。

 お互いが納得するようなレートを制定し、利益というコインを扱って生きているのだ。

 良い言い方をすればお互いを認め合う素晴らしい関係。

 悪く言い換えれば利益のためなら容赦なくお互いを牽制し落とし合うことができる関係。

 

 だがこのレートの制定例は無限に存在する。

 

 レートを決めるのは関係先である人間同士だ。

 人間世界は平等だ。

 殺傷行為は人間界の共通する禁忌とされ、禁断の領域に足を踏み込めば必ず罰則だけでなく命を蔑ろにしたとして『神の祟り』という人間特有の非科学的不確定事象が襲いかかるとされている。

 他者を傷つけるのではなく、相互扶助という概念で成り立っている、苛烈な自然世界とは真逆の世界。

 だが、この世界はそこまで綺麗な景色であふれているわけがない。

 そんな世界ならば、若者の死因ランキングの第一位が自殺であり、殿堂入りを果たすことはなかっただろう。

 

 確かにこの世界において、他者を傷つける暴力は必須ではない。むしろ不必要とされている。

 

 しかしそれは表面上での話だ。

 

 肉体など現実世界に存在する物理的な話でしかない。

 人を殴ってはいけない

 人を刃物で刺してはいけない。

 

 こういった話でしかない。

 

 一種の血液が流れている生物としての本能的な機能の禁止でしかない。

 確かに体が傷つけられる心配は少なからず減っただろう。

 例外的なことさえ除いてしまえば言い切ってしまえるのかもしれない。

 だが、社会とは人間が作り出した特有のコミュニティ。

 脳の異常な発達によって、『人間らしさ』というものを生み出した生物だ。

 そこまで単純で、簡単な構造をしているはずがない。

 人間は目に見えるものだけではなく、目に見えないものにまで価値を見いだすようになった。

 

 権力、地位、その人間としての付加価値

 

 誰しもが人間という種族の中で生活するにつれて、弱肉強食のような肉体的な力が全てという世界はなくなった。

 しかし、それと同時に押さえられていた本能があふれ出してきたのだ。

 

 誰よりも上でありたい。

 誰よりも優れていたい。

 

 だから人は不可視のものに価値を見いだすようになった。

 それにより見えない優劣が発生し、立場に格差が生じる。

 狩る者と狩られる者。

 強者と弱者。

 奪う者と奪われる者。

 平等であるレートが至るところで高騰、暴落を繰り返す

 動物として生き残るための本能。

 それが曲がりなりに人間の形として生まれてしまったのだ。

 

 自己顕示力という動物としての捕食者の本能が

 

 だからこそ人は嫌う。

 自分自身という存在が消えてしまうことを。

 人は他人の定義があって初めて自分という存在が確定できる。

 どのような性格で、どのような容姿で、どのような能力があるのか。

 どれだけ可能性を秘めていようと、表に出てこない限り意味はないのだ。

 人は観点一つで自由に姿を変える存在だ。

 

 持ち合わせている能力の有意性でみるのか

 付属する社会的価値の有無で見るのか

 

 基準が変われば見方が変わる。

 優劣も善悪も価値も。

 壊れた天秤のように、ちょっとした変動が大きな変化として表れてしまう。

 

 だからこそ人は恐怖する。

 自分としての存在意義がなくなることを。

 価値の大小の定義で測られたとき、周りと同一視され一つの塊として自分自身という実体が埋もれていくこと。

 人は誰しもが特別な存在でありたいと願う。

 自分の功績が、起こした行動が、積み上げてきた成果が確立したものとして認められることを強く思うのだ。

 

 生物の種族として捉えられたときの優れた代表例。

 

 それになろうと最果てを目指して歩き始める。

 この辛く険しい道こそが努力。

 

 自分に埋め込まれている秀でた能力を探しだし、取捨選択し、つかみ取った原石を長い時間をかけて手が傷だらけになろうと磨くのを止めない。

 

 そうして人は自らの可能性を信じてひたすら原石を研磨する。

 この原石を人々は『才能』と呼ぶ。

 そうして出来上がるのが自己肯定感の欠如が生み出す素晴らしく美しい成果物。

 誰もが心奪われるダイヤモンドなどの煌びやかな宝石達。

 それが後生に語り継がれる物語や誰もが聞き入る歌声、見た者の心を摑んで放さない絵画として人の歴史に刻み込まれる。

 これこそ人間が新たに作り出した、自然世界にはない価値。

 生命維持以外の行動、物に価値を見いだす行為。

 いや、『他者の心理状態に影響を与えた者』という情報を自らに付属させることに意味を見いだすことを指すのかもしれない。

 己の内面と向き合い、長所も欠点も浮き彫りにさせる作業。

 これが己の可能性を探し出す方法の一つ。

 地道で、己の醜い部分を自らえぐり出すという行為をできる人間は多くない。

 人間だって動物なのだ。苦痛に対する生理的拒絶反応は機能されており、物事に価値を求めるという人間だとしても心地よいと思う者は多くないだろう。

 

 特有の苦痛に関してはなおさらだ。

 肉体には出てこない、精神面での傷。

 修復困難で、他人には理解されない怪我を何度も何度も、それこそ基板となる精神が擦り切れるまで繰り返す。

 

 自らの能力を向上させるための自傷行為、これが努力と呼ばれる作業。

 筋力トレーニングで故意に筋肉に負荷をかけて痛めつければ、自然に治癒し傷ついた分だけ成長するように。

 未来の能力が成長すること信じて、ひたすら行われる自らを追い込む所業。

 この果てしない道のりを黙々と文句を言わずに歩き続ける事こそが、本当の才能というのかもしれない。

 こうして、集団の中でのランクアップした人間が出来上がる。

 人々はこれを天才、秀才と呼ぶ。

 自らを自らの力で鍛え上げた存在。

 

 人間という生物的能力とは別の、新たな価値観における能力による優劣の階段を上り続け、他者の羨望と憧憬を集める。

 

 そして彼らに追いつこうと、同じ階段を上り始める輩が出てくる。

 人間が作り出した、思考上での上下関係。

 お互いを傷つけるのではなく、お互いを高め合う概念。

 これこそが切磋琢磨という、人間の素晴らしい側面ではなかろうか。

 

 一方で

 人間は群れで生活する人間だ。

 互いが互いを助け合わない限り生きていけない生物としての構造。

 共存と言えば聞こえがいいが、互いが互いに依存し合う歪な形。

 簡単に自滅への道を作り出してしまう柔な組織。

 よって作り出した社会での完全な孤立は死を意味する。

 さて、これら暗黙のルールがあることを前提に話を進めよう。

 人間の恐怖の中にて、自分にとって恐怖かどうかを測る、いわば測定器みたいな思考がインプットされている。

 

 自分と同じか、否か。

 

 思考回路、身体的構造、つきまとう情報の内容。

 人間は自分とは異なる存在物に対して嫌悪の感情を抱く。

 生命存続として、その妨げとなる異物を排除するためのいわばT細胞のような機能と言っていいだろう。

 種族を存続させるため、命をつなぐため。

 生命としての本能としては当たり前の感情。

 だが人間の場合、それ以上の感情が上乗せされる。

 

 嫉妬、嫌悪、憎悪。

 

 人間が他者に向ける感情というのは、決して肯定を表すものだけではない。

 表があるなら裏がある。

 善があるなら悪がある。

 こうしたバランスがあってこその人間。

 自尊心や自己肯定感も人間としての自分を明確にするための機能だ。

 この機能が時に他者に牙を剥くための動機となってしまう。

 生きていく中で必ず自分自身という内なるものに向き合わなければいけないときがある。

 

 そこで他人との比較で優劣を決めようとする。

 自分としての存在の確認作業か、ただの欲求解消なのか。

 ただ、どうあがいても自らの欠点というのは浮かび上がってくる。

 

 劣等感。

 

 誰しもが持ち、誰しもが持っていなければいけない感情の一種。

 集団の中で、嫌でも目に入ってしまう。

 しかし、それは自分だけではない。

 必ず同じ悩みを持った人間が多数存在し、案外近くにいたりするのだ。

 お互いが欠点を認め、それを受け入れ、互いが互いの成長を促す。

 これでこそ、仲間意識を持った大切な関係だ。

 

 しかし、世界は平等であって公正ではない。

 

 そういった集団の中で、飛び抜けた存在というのがいたりする。

 同じ種族でありながら、立ち位置が違う『天才』という者が。

 何もない平らな野原にそびえ立つ山脈。

 周りが同じであるからこそ、特別な存在というのは明確になるようなものだ。

 また逆も然り。

 人の欠点にも大小という者が存在し、それがひどい者もいる。

 天才を山脈とするならば、彼らは地面にできたクレーターだ。

 どちらにしても、平らな野原からしてみれば己とは違う『異物』。

 自分とは異なるナニカ

 そういったものに皆恐怖を感じ、それと同時に嫌悪感を感じる。

 さて、自分の周りに嫌いなものがあればどうするのか。

 答えは簡単。

 

 取り除いて目に見えないようにする。

 

 何事においても集団の威力は凄まじい。

 塵も積もれば山となる。

 いくら小さな力であっても、一つの方向性が決まり、一点へと収束すれば強大な力に化ける。

 独裁政治を終わらせたクーデター

 戦乱の世において弱者が結託して強者を下す下克上

 その威力こそ、人類が紡いできた歴史が証明している。

 一つ一つの威力は微々たる程度だ。

 しかし、到着点が同じならば被害は悲惨な結果となる。

 ましてや対象が一人の人間ならばなおさらだ。

 努力によって傷つき鍛え上げられた功績。

 称えられるべき『特別』、しかし平凡からしたら『異物』

 よって集中砲火が始める。

 暴言という見えない刃物が心をえぐる。侮蔑の視線が見えない鎖となって締め上げる。

 

 理不尽な人間らしい暴力。

 同じ種族のうちからの攻撃こそ、一番の威力を持っているのかもしれない。

 築いてきた、磨いてきた才能が嫌悪を呼び寄せる。

 輝かしい宝石が、厄介な呪物に変わる瞬間。

 だから人々は才能を捨てるという選択肢を実行する。

 異端児としての迫害を逃れるために。

 傷つく恐怖から解放されるために。

 こうして天才は必死に積み立てた才能を脱ぎ捨てる。

 こうしてまた、区切りという別の恐怖におびえる日々が始まる。

 

 言うなれば量産型

 チェーン店のハンバーガーと同じだ。

 どこへ行こうとも味が変わらず、それに安心すると同時に同じ味にうんざりして面白みを感じなくなる。

 ハンバーガーを人とするならば味は人間の本質だ。

 見方を変えれば誰にでも当てはまる人だってとして『周囲の人々と同じ立場にいる』という異端児として見られ迫害されることないことの安心感を得られるが、『周囲の人々の集まり』として捉えられた時、自己の存在が背景と同化して存在が消され有象無象の中に埋もれていくという虚無感に苛まれる。

 周りと一緒になりたいと思う反面、周りとは違う物を持ちたい。

 抱え込む矛盾。いつ自分や周囲を巻き込むか分からない時限爆弾。

 いつ、どこで、どんな風に、表れるかわからない『未知』

 だからこそ、抽象的な言葉が嫌いだ。

 どれだけの量を重ねても、ほんの小さなかけら一つで変わってしまう存在。

 その上、自分自身というものが絵の具を水に垂らしたように、だんだん薄れてやがて消えていく。

 自分が積み上げてきたもの全てが一瞬で。

 そんなものが自分とは認めたくはない。

 明確なナニカでつなぎ止められたい。

 

 しかし、それと同時に決められた枠外に追い出されたくないと思ってしまうのだ。

 

 「で、お前は近場の国公立志望か」

 そうなれば醒ヶ井弱音の進路調査票はこうなるだろう。

 皺一つないコピー用紙には消しゴムを使った形跡はなく、迷いなくボールペン一発書きであることが窺える。

 「はい、早い段階から決めていました」

 その学校に行く意志が強いのか、決まりきったことを作業的に書いたのか。

 梅雨独特のじめじめした教室に、担任と机を挟んで向かい合って座る彼の無表情からはわからない。

 ただ彼、醒ヶ井弱音の性格上『進学先は具体的には決まっていないので進路調査票を空白で出す』という選択肢は毛頭ない。

 彼の行いの中で、曖昧なことは嫌いなのだ。

 

 抽象的よりも具体的。

 

 どんな形であれ、彼は極力そうであろうとする。

 この場合、大学に行くのか行かないのか。

 行くならどこの学校か。

 

 はっきりと明確に指し示すことが、彼の性分だ。

 だから、彼自身を言葉で表すならばこうなるだろう。

 

 醒ヶ井弱音

 性別、男。 身長、172㎝。 体重 65㎏

 公立愛松高等学校2年3組20番、以上。

 たったこれだけ。

 

 市役所に提出する身分証みたいだが、彼が彼自身を言葉で表すのならばこれが最適だ。

 人によって捉え方が変わる言語的表現よりも、基準が明確な数字という道具で表す方が良い。

 そういう人間なのだ。

 そう自負する弱音だからこそ、自己評価を表す単位も具体例なのだ。

 

 学問、芸術、運動能力において、公式の大会もしくはそれに同等する企画にて優秀な成績を残せたか、否か。

 

 県大会で県内何位に入ったのか

 作品展にて、何色に輝く勲章をもらったのか

 そういった称号の有無によって自らの全ての能力を判断する。

 他人からの評価というものは彼の中では抽象的なものに過ぎない。

 彼にとっては、溢れんばかりの情熱的な褒め言葉よりも小さな肩書きなのだ。

 そういう面で自らを眺める彼にとって自分自身の評価は著しく低い。

 総合大会優勝のトロフィーも、達筆で書かれてた表彰状も家のどこを探しても飾られていない。

 彼の構成要素の中には、秀でた能力を裏付ける冠は含まれていない。

 素人よりも優秀だが天才の部類には天と地の差がある。

 

 いわゆる平凡。

 

 どこにでもいる男子高校生という肩書きだけで紹介文が終わってしまう、その程度のことの情報しかこの弱音の情報はないのだ。

 彼自身、自らを特別視はしていない。

 両親がいないわけでもない。

 父母息子というありふれた、そして平和な家族構成の中で育ってきた。

 いじめや虐待を受けてきたわけではない。

 友達もそれなりに持ち、両親からも時折怒られたりすることはあれど理不尽な暴力を受けたことは一度も記憶にない。

 体が不自由なわけではない。

 過去に大きな事故は一度もなく、親の遺伝による癌などの大病もかかった例はない。

 金持ちでもなければ貧乏でもない。

 過去のトラウマに苛まれて苦しむ悲劇系主人公にも、怒りの炎に身を任せる復讐系主人公にも、共感を覚えたことがない。

 自らの環境をひたすら羅列していくと、不幸と捉えられる事柄の後には「ない」という否定の言葉がくっついてくる。

 目に見える大げさな不幸には自らの頭上に降ったことは経験していない。

 だが、それと同じぐらい幸せと感じたことはあっただろうかと自問自答する。

 

 初めてテストで100点を取ったとき、初めて自転車に乗れたとき、初めてリコーダーでいい音を出すことができたとき。

 今までできなかったことができるようになったという、不可能が可能になった時の喜びを感じたときがあった。

 ただ、自分にはそこが限界だった。

 そのうれしさを再び味わおうと思っても、やりこんでいくにつれて見えてくる世界は別世界に姿を変える。

 煌びやかな世界と下に埋もれていく無数の骸。

 誰もが振り向き、夢中になる世界というのは崇高で残酷な光景だった。

 限られた人間しか立つことの許されない、輝かしい世界。

 それと同じように無残に積み上げられていくできなかった者達。

 ある者は笑われ、ある者はその業界において腫れ物扱いされる。

 選ばれた者でしか踏み入れないからこそ、磨き上げられた宝石の塊。

 

 弱音はその世界に憧れた。

 

 幾多の人々が注目を集め、自分という存在が感じられる舞台へと。

 幼い弱音は、テレビの向こうに広がるわかりやすい夢へ進んでいこうと思った。

 ただ、彼の中で成長させる要因としてとても重要な事柄が抜けていた。

 自らの成長を自らの基準で評価して、それを繰り返す事によって自らを認め、その過程を楽しむこと。

 彼が喜びを感じたのはできないことができたという、不可能からの可能であった。

 ここでいうできたできなかったという基準は他人の目や評価が含まれるが、彼の場合だとそれが大きかった。大きすぎたのだ。

 彼の可能不可能の判断材料は、周囲の状況との比較だった。

 簡単に言えば優劣だったのだ。

 

 自分はあの子よりも綺麗な音が出たから、自分はできるようになった。

 自分はあの子よりも長く走れなかったから、自分はまだできるようになっていない。

 こういった目に見えるわかりやすい基準を無意識的に使っていたのだ。

 

 人間的には当たり前の感情。人間の成長において、優越感や劣等感は大事なファクターであり必要な要素だ。

 しかし、彼はこの在り方が全てだと言っているようなものだった。

 進んで行くにつれて見えてくる格の違う天才達。

 彼らとの比較が弱音を苦しめていった。

 それに加え、彼の喜びの中には達成感による快楽しか存在せず、その行為自体を楽しむという事は微塵も感じなかったのだ。

 

 ピアノを弾くのが楽しいわけではなく、ピアノができると周りから認識できるのが楽しかった。

 絵を描くのが楽しいというわけではなく、大層な名前の賞状をもらえる自分を確認できることが楽しかった。

 

 そういった明確ではっきりとした自分自身の確認作業が彼の最大の娯楽であり、ここでいうピアノや絵を描くというのはただの過程であり苦痛でしかない。

 苦痛に苦痛を重ね最後に得られる最大の嬉しさ。

 この嬉しさは、成長するにつれて得がたくなっていく。

 自分よりも優れた人材は捨てるほどいる。

 彼の中での優劣基準は他人との比較だ。

 

 比較対象の規模がだんだんと肥大していき、自らの能力が遙かに届かない天井を思い知る。

 彼の世界は苦痛で満ちあふれた。

 自分で自分を認めるという普通の人間がもっているであろう思考は、彼の中では小さすぎたのかもしれない。

 やがて自分自身を認識できる手段を徐々に失っていく。

 そして第三者目線に立つことができて初めて、自らの思考回路がそれだけ醜くて汚いものだったのかを知る。

 

 自分と他を比較することでしか評価できない。

 他者を無意識に見下すことでしか自らの優位性を確認できず、それにしか興味が無い。

 自分自身は何かという果てもしない証明。

 ありもしない回答を最短距離で導こうとしてしまった結果なのか。

 ただ明確な在り方が欲しい。ただ自分の存在価値が欲しい。

 子供らしからぬ苦悩。

 青年期にぶち当たるであろう壁に早々に気づいてしまったのだ。

 

 そうして自らのことを自分で評価する概念がない彼が堕落していくのは早かった。

 何事にも無気力で、何事にも興味を示さなくなった。

 彼の根底を支えていた精神的支柱が壊れた瞬間、彼は虚無感を感じていた。

 

 やがて、彼は冷めていく。

 

 自らの可能性も、続いていく未来への道も、ありふれた幸せも、彼の瞳には等しく理解不能の事柄と化した。

 何者にもなれない自分という恐怖におびえることしかなくなった。

 明確な存在で在りたい。

 この歪な思いを胸に抱いて、彼は日々を生きている。

 

 だからこそ彼の行動は明確であろうとする。

 自らの進学先も、就職も、その他の今後の人生を左右する重要な決断も全て。

 今ある状況下でもそれは変わらない。

 

 

 「へえ、しっかりと考えているんだな醒ヶ井。今年の中間試験の終わりには文系理系のクラス分けが行われるが、醒ヶ井はどっちにするんだ?」

 「今のところ理系のクラスに進もうと考えています」

 「ふむふむ。一年生での総合成績を見てみると、醒ヶ井は文系理系問わず全体的に点数はとれているじゃないか。これなら特にどちらに進んでも問題なさそうだが、一応理系に進もうとした理由を教えてもらってもいいか?」

 

 彼の通う公立愛松高等学校は、一年次は理系文系全ての教科を履修し、二年次での中間試験終了後に一年次からの成績資料を参考にしながら生徒と担任教師が一対一で話し合い、三年次での大学進学や就職など卒業後の進路について具体的な案を出し合いながら学習する分野を決めていくといったシステムになっている。

 主に学問的な仕分けというならば、文系か理系かというのが一般的であろう。

 高校の延長線上である大学もこの文系理系の判別で成り立っており、それぞれの分野に特化して専門知識や技能の習得により学びを深めていく。

 ただこのご時世、高校卒業後の大学進学率は約八割といった他の先進工業国と比べると高い数値を誇っている。

 日本人は勤勉で真面目だ、といった外国からの第三者目線からの評価に則った調査結果といえるのかもしれない。

 日本には一般的な総合大学を始め工業や商業など特定の業種に密着した大学があり、加工貿易やおもてなしと海外に知らしめた日本の技術が、今を生きる若者達によって研究開発が盛んに行われている。

 

 しかし、これはただの一側面にしか過ぎない。

 

 ここまで綺麗事やポジティブな言葉が並べば少しは疑心を持つに違いない。

 約八割は大学へ進学する。いうなれば大半の人間は「高校を卒業したら大学へ進学するものだ」と周囲の状況から感じているということだ。

 大勢の人間が一カ所に集まるのならば、自然と優劣が浮かび上がってくる。 

 大抵の事柄に関していえることだが、大学もその例の一つだ。

 大学とは高校の知識を基に新たな知識を得て、専門的な学問を修得することを目的としている。

 しかし、この現代社会における学生達のそういった学習意欲はあまり見られない傾向にある。

 彼らにとって重要なのは大学で何を学ぶかではなく、どこの大学へ行ったのか。

 偏差値やネームバリュー、地域の密着度や就職時でのコネの有無など。

 そういった物欲的な考えでの進学が多いのだ。

 このような思考をするのには彼らを取り巻く環境のせいなのかもしれない。

 学歴フィルターや学校別の派閥など、大企業と呼ばれる大手には考え方が多様となった今でもそういった古い名残が残っている。

 優秀か使えない人材か、その大きな基準としての学歴の存在が大きいのだ。

 そういった将来への肩書きが優先となってしまい、大学で学ぶが主な目的ではなく、大学に入ること自体が目的になっているところも少ないのだ。

 

 よって、高校での文系理系も学校でのペーパーテストや統一模試の成績によってどちらの方が点数をよくとれるのかが判断材料の一つとして決める生徒が多いのだ。

 

 それを分かって学校側の先生もそういった判断や助言を行うのが通例だ。

 そういった意味で弱音の担当教師の対応は適切だといえる。

 ただ、だからこそ大学進学において何かしらの目的や目標をもって進学しなければいけない。

 自分の背後についてくる肩書きばかり考えて大学へ通う意味を見失い、怠惰で無意味な大学生活を送る学生が増加している現代だからこそ、しっかりとした目標を掲げ、意欲的に勉学や学校での活動に専念する必要があるのだ。

 自らを磨き上げるための動機付け。

 そういった意味合いでの問いかけであることを、弱音はぼんやりとだが頭の中では理解していた。

 

 だからこそ彼はこう答える。

 「いえ、特に理由はありません」

 

 彼の選択肢は単純明快であろうとする。

 誰が見てもわかる具体例をもって行動しようとする。

 ただ、この彼の行動には中身が無い。

 はっきりとした行いをしようと心がけているが、行動理念はあれど行動を起こすための理由は彼の中ではほとんど無いのだ。

 彼が望むのはぼやけることのなく鮮明な輪郭を持つ行動を行う事だけであって、そこに好き嫌いやその行動自体に対する興味の有り無しはほぼ関係ない。

 自分の未来を決める大きな分岐点である大学進学でもその気持ちは変わらない。

 彼が欲しいのは、近所にある地方国公立への進学を目標とすると言った明確な選択肢だけである。大学生に憧れも無ければ、学ぶ学問にもサークルにも一切興味が無い。その大学自体にも好き嫌いの感情はどちらも湧いてこない。ただそれだけだ。

 ただただつまらなそうに、あらゆる気力が抜けた冷めた表情と声で担当教師の質問に答えていく。

 そこに特段思うことはなく、自分の中にある考えを事務的に口を開いて音声にするだけ。

 彼には、将来を決める担当教師との話し合いなど車の製造工場でひたすら同じ動きを続けるロボットアームを眺めているのと何も変わらないのだ。

 夕方になって勢いを増した雨粒が窓ガラスを叩く耳障りな自然のBGMしか、彼の意識を引き留める存在はこのむなしい教室にはない。

 

 「やっぱりな、そう言うと思っていたよ。理系の方が倍率が低く大学自体には入りやすいって魂胆だろ?細かく言えば地元国公立志望なのも家から通えるエリアで自粛する必要がなく、国公立だから私立と比べて学費が安く家計の負担になりにくいって感じだな?」

 「概ねその通りです。また理系の方が卒業後の就職に便利だからというのもあります」

 「そうだと思ったよ。親が学費を出してくれないから自らバイトして稼ぐ必要があるとか、親が特定の大学に入ることを志望していて醒ヶ井の意見と対立しているとかっていう事も無いんだな?」

 「はい、必要最低限の学費や交通費などは両親が負担してくれるということになっていますし、進路に関しては自分の意志に従うと言っていました」

 「ふむ、家庭的な問題は今のところなし、と。問題なのは醒ヶ井の意識の問題だな?」

 

 あまりにも現実的で嘘偽り無く答える弱音に対して、担任の白石は苦笑を浮かべる。

 履き慣れたボロボロのジーンズに近所の安物シャツといったラフの服装に身を包んだ弱音の担任は、使い古されて年期の感じる机の上に頬杖をついて対面に座る弱音に視線を合わせる。

 教師らしからぬこの行動は、学校という国や市から給料をもらう職業としての公務員としてではなく、一個人として向き合おうとしているのか。

 半眼で目の前の少年を捉える仕草も、実績のために働く高圧的な進学校教師と言うよりも顔を合わせれば小言をちょくちょくアドバイスとして話しかけてくる、同世代の腐れ縁を思わせる。

 同期の先生からも童顔と言われている白石だからこそ、端から見たらそう連想させるのかもしれない。

 同じ年代として彼を理解しようとする視線に弱音は逃げるように窓側に目を向ける。

 つい先日梅雨に入ったせいか、太陽をの日を浴びたのはいつだっけと自分に問いたくなるほど雨の日が続いており、今日も例外なく窓の外では水の流れる音が絶えない。どうやら今日も梅雨前線はがんばって頭上を停滞しているみたいだ。

 学校での雨の日特有の木の湿った匂いが弱音の鼻を覆い、視覚聴覚共に雨降りをひしひしと伝えてくる。

 こういう日こそ、嫌な事を考えてしまう。そう思ってならない。

 ねっとりと湿気を大いに含んだ空気が、実際の質量を持って弱音の胸を外側から圧迫してくる。

 そう錯覚するほど、今日の彼の気分は冴えない。

 ふと視線を上げれば灰色一色の分厚い雲が辺り一面を占めている。

 閉ざされた空を眺めていると自分の心を連想してしまう。

 特に理由も持たず次々に迫る選択肢に追いかけ回される未来。

 

 逃げることもできず、本来の気持ちも出せず、ただひたすらに真っ正面から受け止めるしか方法は無く、多くの機会を重ねるにつれて選択肢を選んだ結果がおもりとなって全身にまとわりついていく。振り払うことも取り去ることもできず『自尊心』というちっぽけな核を守るために肥大しそれすらも苦痛の原因となる。

 自分を守ることで膨らんでいく苦悩。守るはずがいつの間にか自分自身を傷つけている状態。

 そんな暗いイメージがありありと頭の中に浮かんでくる。

 柄にもなくセンチメンタルな気持ちになってしまった弱音は沈んだ気持ちを取り払うように一つため息をつき、半眼教師に向かい合うべく嫌々な態度を隠そうともせず体の向きを変える。

 

 「しっかし、なんでそうお前はいつも辛そうな顔をしているんだ?長年便秘にでも悩まされているのか?」

 この人の頭の辞書にはプライバシーという単語は載っていないのだろうか。

 現役バリバリの現国教師でありながらこのワードを知らないようでは話にならない。

 相手が年相応のかわいげのある女子高生ならば、最近流行りのセクハラというもので教育委員会からイエローカードをすっ飛ばしてレッドカードで一発退場もあり得てしまう。

 だがしかし、今回のお相手はおとなしくてかわいげのある、現代でいうならば奇跡の産物とでも表現できるような尊い存在ではなく、無愛想でかわいげなどどこにあるのですかと聞きたくなるほどのむさ苦しい男子高校生。

 どうやら審判の懐からカードが出ることも、教育委員会がすっ飛んでくる機会は訪れなさそうだ。

 

 「別に体は自分でも驚くほど健康ですし、先生方が喜びそうなお悩みも持っていません」

 「先生方が喜びそうなお悩みって言ってる時点で捉え方にいろいろ問題がありそうなんだけどなー」

 皮肉に答える弱音に対し、あくまでもフランクな態度を崩さない白石。

 

 「でもさすがに理由も無いまま大学に進学しますって言われてハイそうですかと先生として送り出せるわけではないんだよなぁ」

 「今この時点で将来進むべき道を決めろというのは酷じゃないですか?」

 「正論ごもっともだな」

 一本取られたと笑う白石は両手を挙げて弱音の前で軽くおどけてみせる。

 

 その態度が気に触ったのか弱音は眉をひそめ、目を細くする。

 しかしふざけた空気を出して不機嫌にさせようともと白石は決して弱音の視線から目を離さない。

 

 「確かに俺も醒ヶ井の頃は将来なんざ考えたこともなかったよ。毎日ご飯食べて、勉強して、友達と駄弁って、家帰って寝て。その繰り返しだったよ」

 昔の懐かしい思いでも思い出しているのか、頬杖をつく白石の口角が緩やかに上がる。

 

 「特にこれといった才能もからっきしだったし女子からモテることも皆無だったけど、それなりに楽しかったよ」

 「先生の思い出には一ナノメートルも興味ありません」

 「そこは一ミリにしとけそれ以上分割すんな、それと教師の話は最後まで聞くもんだよ」

 「それで、そこからどうやって先生のありがたいお話につながってくるんですか?」

 まどろっこしい話は十分だと言わんばかりに結論を急かす弱音。より眉のしわを深くする弱音を見て、面白いものを見るような優しい目つきで伝えたいことを口からこぼれるような流れで話した。

 

 「このくだらない学生生活を続けたかったんだよ」

 

 言い回しも飾った言葉もない簡潔な内容。

 だからこそ心に来るものであった。

 

 「特段珍しい発見も出会いもない。かといって苦痛が全くないわけでもない。中間テストはめんどくさいし、気にくわない教頭のご機嫌取りしなきゃいけなかったり散々だよ。でも気さくに話せる奴がいて、くだらない事で笑い合って、食堂のパンをじゃんけんで奪い合う。特別なんかじゃなく、当たり前のように身近にあってそれでいて居心地の悪くないこの空間を手放したくなかっただけだよ」

 「・・・・・・・・・」

 

 端から見たらただの傲慢。

 自ら外の世界を視る機会を潰し、自分にとって都合の良い世界に浸っていたいという邪な欲求に従って生きているようなものだ。

 傷を負うことを恐れるが為に変化を拒む。

 己の内面だけを眺めるだけで何も成長しない。

 そうしか考えられない。

 だが

 

 何故、そのことを今この場で彼の前で言えないのだろうか?

 

 その考え自体は弱音は嫌いだ。

 その舐め腐った思考を壊してしまいたいとふつふつと感じる。

 しかし

 愛おしいものを語るような口調で話す彼の表情の前では何も言えなくなってしまう。

 それほど、彼の語る将来というのは彼の中でかけがえないものなのか。

 湧き上がった不満をぶつける対象がなく胸のもやを消化できなかった弱音は、彼と目を合わせなくなり下を向いてしまう。

 目を合わせることが恥ずかしくなったのか、醜い感情を抱いてしまった自分自身に罪悪感を感じたのか。

 うつむく彼の表情からは何もわからない。

 

 「だからよ、そこまで真剣に考える必要はない。ご大層な目標を掲げる必要なんてない。人を救うとか立派な使命なんて別に見つけなくていい。平凡で退屈なものでもなんでもいい。だからさ、これだけは放したくないっていうものを見つけなさい。他人から見たらくだらないと思われてもいい。それでもこれだけは守り抜くって決心さえでいりゃ、この世の中は渡っていけるだろうさ」

 照れくさいそうに語る人生の先輩は、下を向いていたため彼の顔を見ることはできなかった。

 

 ただ、そのときの弱音には正面を向いていても彼の顔を直視する勇気はなかった。

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