心の奥に住まうモノ   作:レコ

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なるべくキリがいいところまで投稿したいと思います。


4話

 ずぶ濡れの中、帰る事になってしまった。

 どうやら校舎を出る前には安物の折りたたみ傘では役に立たないほどの本降りになっていたらしい。

 ちゃんとした傘を持ってくれば良かったと思えど、朝の天気予報で降水確率50パーセントという微妙な数字を軽視してた結果として受け入れるしかない。

 降り注ぐ雨水で視界が悪い中、弱音は全てがモザイクにしか見えないような感覚に陥っていた。

 学校から自宅まで徒歩25分という自転車通勤するには近すぎるという理由で却下され、また徒歩だとやや遠いと判断される微妙な距離を黙々と歩く。

 普段の彼なら道中の景色など気にとめる事など詩人のような感性も趣を重んじる精神もないのだが、不思議と今日は身近だけれども意識しなければ見逃してしまう、そんな風景を眺めたいと思っていた。

 普段の彼らしくないセンチメンタルな感情だが日常とは違った行動を起こすことで彼自身の世界から逃げ出したいと思っている故の感情なのかもしれない。いうなればただの現実逃避だ。

 だが、本格的な雨が彼の視覚に天然のフィルターをかけてしまう。

 おかげで見えるもの全てがモザイクがかったグロテスクな一品に化けてしまい、彼の下向きな感情を改善させるどころか拍車をかける羽目になってしまった。

 どうやらくだらない感傷に浸るよりも、いかにこの雨の被害から逃れられるかという術を模索した方がよい。

 そう弱音は切り替える。

 とはいっても現在進行形の一学生にできることなぞたかが知れている。

 少し傘を傾け、左側の荷物が雨で使い物にならないようにする。

 おかげで右側は生地が薄い制服がくっつき、肌が透けて見えていた。

 ただ彼は張り付いた制服による不快感や、鞄の中の教科書が雨で書き込みがにじんで読めなくなるといった心配は感じていなかった。

 ただ彼の頭には今日の面談での担任の言葉が回っていた。

 

 自分にとって大切で守りたいと思えるようなものを見つけなさい

 

 ありきたりな綺麗事だ。

 ありきたりな目標付けだ。

 そう弱音は吐き捨ててしまう。

 人間だって生物だ。誰だって自分が一番大事だ。

 この世の中を生き抜くことで皆精一杯なのだ。

 人間は群れで生活する生き物だ。野生動物との違いとはフィールドが生死を問われるシビアな食物連鎖にあるか、概念的な競争にあるかの違いでしかない。

 人間が作り上げた概念的な競争社会において生きるために必要のは各個人が所有する付属価値、肩書きだ。

 人間同士が互いに依存していかなければ生存できない社会において、お互いの存在は対等であるべきである。

 しかしこれは嘘だ。

 何度も言うが人間は所詮生き物だ。本能として生き残るための優劣に関する感情が体に埋め込まれているのだ。

 だからこそ人間は同じ種族の中でも上でありたいと思うのだ。

 その判断要素が付加情報だ。

 自らを構成する要素がいわゆる人間界での優劣だと大抵の人間が思い込んでいるのだ。

 そのため集団の中で埋もれてしまわずに、自分という存在を高らかに宣言するには特異性が必要となるのだ。

 その為の付加情報、肩書きだ。

 実際に目には見えない、人間が勝手に価値をつけた存在をもって人間はこの世界で生きていける。

 いや、価値によって生かされていると言ってもいいのかも知れない。

 肩書きとは生きていくための身分証明書。

 それを得るためには手段を選ばない人間達も多くいるのだ。

 

 己の利益につながるか否かでしか人を見れない。

 付加価値を比べて上下関係を明確にし、自分が上でないと納得できない。

 状況次第で平気に人を手のひら返しで切り捨ててしまえる。

 自分に利益がないと判断すれば弱き者でも見知らぬ存ぜぬで見放すが、自分が不利益となれば誰振りかまわず助けを請う。

 

 なんと傲慢で私利私欲にまみれていることか。

 しかしこれこそが人間の姿なのかもしれない。

 何らかの形で縛られて誰が見ても明確なものをすがることでしか自らの存在を維持できない。

 これこそが人間の本質と言うべきなのでなかろうか。

 

 自分の思考回路に嫌気が差し弱音はため息をつき、視線をまた足下に戻す。

 自分も例外なく大切なのは自分の肩書きだ。

 決して周囲と同化して消え去らなく、また突出しすぎて目立たない程度の肩書き。

 それをひたすらに求める毎日。

 これはただの作業であり、求められるのは付加価値を自らの身体に取り付けたかどうかの最終的な結果だけ。

 こんな大勢の人間の視線で縛られた世界で、自らを落としてまで守り続けたいと思える者など見つかるのだろうか。

 弱点を晒せば容赦なく噛みつかれ、それを恐れ皆背中を丸めて牽制し合う世界。

 そんな世界で大切なものなど、自分以外にあろうか。

 自分が生きる世界を舐め腐った目でしか見れない自分自身に弱音はため息をつくしかなかった。

 人間の性格は、その者の経験によって形成される。

 それならば、彼の過去の経験が今の現状を作り上げたのか。

 それとも、どこかで物事に関する感性をひん曲げてしまったのか。

 それとも、それとも、それとも、それとも、それとも、それとも

 「くそったれ・・・」

 くだらない過去への振り返りに、曇って何も見えない空に向かって苛立ちと共に悪態をつく。

 今更後悔しても仕方が無い。

 不可能なことについて駄々をこねるほど弱音は子供ではなかった。

 だが、考えるのをやめることができず、簡単に気持ちを切り替えるほど大人でもなかった。

 子供でも大人でもない中途半端な立ち位置。

 この曖昧さは弱音にとっては不愉快でしかない。

 それでもこの現状は変えられない。

 今の彼には、変える気力も勇気も持ち合わせていない。

 ただ、ひたすらにテンプレートと化した日常という社会と己の性格が作り上げた綺麗とは言いがたい道を歩くしかないのだ。

 彼は今日もいつも通りの帰り道を歩く。

 そこに特別な意味も意義を見いだしてはいない。

 ただ、今日は少し趣が違った。

 弱音は再度周りを見渡してみる。

 ただの気まぐれか心が弱っている証拠か。

 今日の弱音はいろんな場所に目を向ける、そんな気分だった。

 よっていつもの帰り道とは違う道を通って変えることにした。

 どうせ、家へ帰っても特にすることはない。少し早めの受験勉強などやる気もさらさら無い。

 帰路を変えるといっても特段変わることは少ない。

 二手に分かれる道をいつもは右に曲がるところを、左に曲がるぐらいか。

 その先には大きな川があり、渡るための石造りの橋があるくらいだ。

 だが、少し弱まったとはいえ、雨が季語になるくらいの六月。今後雨が強くならないとは思わない方が良さそうだ。それに、この雨だと大抵の川は濁って泥水となって、今の彼が望む景色とやらはどうやら望めないだろう。

 塗装されたアスファルトの上を弱音は黙々と歩く。

 鼻には湿った制服が醸す汗と雨のブレンドがまとわりつき、耳には雨がひたすらにアスファルトを叩く音が響く。

 日常において、普段は気に変えない部分に目を向けて気分転換しようとした結果がこれだ。普段は朝のお天気お姉さんが教える天気予報など、両親が何気なくかける朝ご飯用の音楽みたいなものみたいなもので、結果がどうであろうと特段気にしないが、今日はこの天気が弱音にとっては恨めしかった。

 人間の五感が全て雨によって遮断されてしまう。これではいくら情緒とやらを感じようとも感じられないのだ。

 センチメンタルになるときに限ってこの有様だ。

 まるで現状から目をそらすなと見知らぬ誰かから指摘されているような気がして仕方なかった。

 何気ないものに意味や価値を見いだす。

 本日の進路指導にて、担任である白石が将来の弱音に求めた行動。

 ふと、彼の言葉が脳裏によぎる。

 それを踏まえて自分の状況を改めて観察する。

 どうやら、担任の先生の言葉を知らないうちに信じ込んで、実践しようとしていたのかもしれない。

 いつも通りの帰り道に、周りの景色を眺めることで新たな一面を発見する。

 もはや作業と化した工程に、特別な意味を見いだそうとしていたのだ。

 そう自らの行いを鑑みると弱音は苦笑するしかなかった。

 彼は、性格上素直に行動できる人間ではないと自負している。

 人間の付加価値を第一に考える彼にとって、人を信用したり、人の言葉をそのまま鵜呑みにすることはほとんど無い。

 友人がいないわけでもない弱音だが、心の内は見せずに、お互いが不快な気持ちにならないように話を調整することに重点を置いていることが多い。また、他人の言葉をそのまま受け取るのではなく、その裏を読み取ろうとしてしまう。自らの内面を見せない、疑い深いとでも言うべきだろうか。

 そのため、彼らが掲げる教育方針や、友人が熱心に語る少年の主張とやらに心が動かされたり、共感や反論でさえ思うことは何もないのだ。

 そんな弱音が、先生から言いつけられたことをご丁寧になぞることはどういうことなのだろうか。

 変な心替りのような感覚に、彼の胸には自分自身への不快感が残る。

 彼の信条は、己の付加情報を明確にすることだ。

 簡単な条件で二転三転してしまう個人の意見など、彼にとっては不要そのものであるはずだ。

 それなのに、なぜ彼は未だに今日のことを引っ張っているのか

 

 バギリッ、と何かが砕ける音がする。

 

 ふと、足下に違和感を覚え軽く足をどけてみると、小さなガラスの欠片が散乱していた。

 どうやらそこら辺に不法投棄されていたガラス瓶の破片でも踏んでしまったみたいだ。

 よくよく足下を見てみれば、どこかのゴミ袋から漏れたのか、瓶、カン、ペットボトルといった身近なゴミが転がっていた。エコが呼びかけられるご時世の中で、リサイクル資材だが近所のスーパーに持って行くのはめんどくさかったといったところか。わざわざ拾ってスーパーに持って行くといったボーイスカウト精神など皆無の弱音は、せめて通行の邪魔にならない程度に道端の方に蹴飛ばしておくことにした。

 どうやらここらはあまり気持ちが良いところではなさそうだ。

 ここは足を止めずにそそくさと立ち去った方が良さそうだ。

 周りの景色は靄がかかってぼかしがかかったようにしか見えず、足下を見れば地域のルール無視のゴミの数々。

 どうやら今日はついていないらしい。

 幸、不幸など不確定なものなどあまり気の止めない弱音だったが、今日に限っては不幸だと感じてしまう。

 担任のいう新たな価値も意義も、今日はどうも見いだせそうにない。

 今日はおとなしく、真っ直ぐ帰った方が良さそうだ。

 新たな価値の発掘はまた後日行えば良い。

 自分の性格上、この感情は一時的なものであり、二度と価値の発掘など行わないと感付いてはいるが。

 ゴミと雨粒が作り出す波紋の跡が残る足下から目を離し、安全のため真っ正面を向きながら歩き出す弱音。

 あとは石造りの橋を渡るだけだ。

 その後は、二手に分かれた道が一つになり、いつもの共通した帰り道へと辿り着く。

 新鮮味は橋を渡り終わる直前まで。それ以降は日常の作業だ。

 それに加えこの雨だ、魅力も半減どころかほとんど無かったに等しい。

 若干の苛立ちを隠せず、早歩きで橋を目指す。

 荒々しい足取りのため、ズボンの裾が濡れるが気にしている暇はない。

 水たまりもかまわずに進むため、足下からの水しぶきが顔にかかる。

 弱音は歩を止めずに、適当に制服で顔を拭う。

 そうしている間に、目的地に着きそうだ。

 石造りの橋

 地図に載るような正式名称など知らないが、そんなことはどうでもいい。

 ここを渡ってしまえば終わりだ。

 あの汚い道を通ることも、新たな価値の発掘も、こんなことを考えている自分に苛立ちを覚えるのも

 特段、特別な動作などいらない。ただただ足を動かして前に進むだけだ。

 地面と橋の境界線に足を踏み入れる。

 ふと、横を見れば川が梅雨の雨で増幅したのか、囂々と音をあげて流れていた。

 雨で視界は良好では無かったが、うっすらと見える川の色は透き通ったものではなく、どうみても汚れており心に響くような景色は望めそうになかった。

 雨による視界の縮小。

 それが本日のナーバス思考の原因だろう。

 前を向いてもせいぜい向こう側が見えるかどうかぐらいの程度である。

 だからこそ

 

 この時点で、この橋に先客がいることに気づけたのは幸だったか、不幸だったか。

 後で振り返って、この発見が彼がどのような想いを抱くのか。

 今の彼は思いもしなかっただろう。

 彼は気づいたのだ。

 

 橋に足を掛け、うねりを上げる川に飛び込もうとしている女の子がいることを

 

 

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