心の奥に住まうモノ   作:レコ

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6話

 人間、対処が及ばなくなると思考に空白が生まれる。

 頭が真っ白になるとはよく言う表現だが、これは文字通り何を考えて良いか分からないといった意味合いも持つ。

 彼はこの事例を現在進行形で体験していた。

 突然の出来事過ぎて弱音の頭は半ば機能停止に陥っていたのだ。

 自殺しそうな女を見かけては謎の衝動に身を任せて首を突っ込んでしまった代償なのだろうか。

 数々起こる非日常。

 あれもこれも、無数に存在する選択肢を選び間違えた答えがつながり当てできた結果なのだろうか。

 

 今日、普段は渡らない橋を渡ろうとしたから自殺未遂女に出会った。

 先週の水曜日、担任の呼び出しを無視していなければ、こんな時間に帰らなくてもすんだ。

 

 全ては可能性の問題。

 無数の確率を組み合わせて作り出される期待値の中での選択肢の一つ。

 それをどうやら見事に引き当ててしまったらしい。

 ひたすらに続く分数の積の連鎖

 分数における無限多数を分母として、その上に立つ一という分子。

 そういった事例に、弱音は綺麗にぴったりとエンカウントしてしまったということだ。

 

 「おーい、少年。この天然スパークリングのような透き通る美少女ボイスが聞こえているかい?」

 

 生憎、自分の人物相関図の中で自分のことを美少女と自称する輩は記名なしとなっているはずだ。

 そもそも知り合いたいとも思わないが。

 ふと現実に意識が戻り、改めて声の主を視る。

 くっきりした二重の瞳に可愛さを引き立てる小さな薄紅色の唇。シミやニキビが見当たらないみずみずしい肌が水滴を弾き、鼻を中心とした線対称で整った顔立ちをより一層引き立てていた。弱音の反応を楽しみにしているようないたずらっ子の笑顔を浮かべている。

 これだけ見れば、アイドルとまでいかないが身近にいるフレンドリーな美少女とでも言えたのかもしれない。

 ただ目の前にいる者はそうと表すには少し無理がある。

 彼女の服装、それが全ての特異性を示していた。

 腰から膝まで伸びた黒い生地のロングスカートに胸元に結ばれた淡い青のリボン。胴体の正面には網を想像させる、複数の糸が中心でクロスするように縫い付けられており、その所々の隙間からは下にあるフリル満載の純白インナーがのぞいている。

 ゴシック・アンド・ロリータ。通称ゴスロリ。

 言葉の通り本来交わることのないゴシックとロリータを組み合わせた服装。

 技術と発想力が高い日本独特のファッションスタイル。

 日常的なファンションというよりもサブカルチャーを差すことも多い。

 

 まとめるならば

 コスプレ会場でしかほぼ認められないであろう、痛々しい格好なのだ。

 

 さて、TPOや公共の福祉や周りとの調和にピントがずれている人には関わりたくない。話しかけたくもなければ、話しかけられたくもないのが本音だ。

 

 「オーイ、オーイ。ここまで無視されるって事はとてもシャイなのかな?いやー、今の若い子ってのは恥ずかしがり屋からいけないよね。挨拶されたら挨拶を返さないと。もしかして今流行りのコミュ障?」

 こちらが話してもないのに自称美少女は話し続ける。

 

 「あ、わかった!私が可愛いからどんな受け答えすればいいか困ってるんだね。なるほどなるほど、男女関わらず青年期にありがちな行動だが実例を見るのはなかなかにない機会だ。確か青年期はアニマ、アニムスの変化が起こりやすい時期だからいい研究材料となるかも知れないからね。この機会を逃す手はない!さて何から質問しようかグヘヘ」

 「俺がお前に反応しないのはお前が怪しい変質者にしか見えないからだよ!勝手に話は進むは実例だの研究材料だの不穏にしか聞こえない単語しか聞こえないから関わりたくないだけなんだよ!!」

 醒ヶ井弱音。我慢の限界であった。

 自分の発した質問に自分で予想した仮定を用意し、その結果を基に行動する頭のいい天才か変人しかやりそうにない高度なトークを目の前のゴスロリ少女は周りも関係なく初対面人間を相手にぶつけてきた。

 絶対に関わらない方が良いとされる人間としての認識で合っていたとは思うが、勝手に彼女の領域に入り込んでいたらしい。身勝手に関わりを持たれるのは危険だ。自己完結ならば関係ないが知らないうちに巻き込まれるのは御免だった。どうやらブレーキ役が常日頃付いていないとダメな人間らしい。弱音は不本意ながら己の保身のためにブレーキ役を買うことにした。

 

 「おお!やっと返事をくれたね、さて今からいくつか質問していきたいんだけど軽い気持ちで応えてもらっていいからね。大丈夫心配しないで!個人的サンプルを分析するために身長とか体重とか好みの女の子の特徴とか性癖とかを聞くだけだから!」

 「質問内容がエグいんだよ!そもそも絶対違うことで俺に話しかけたんだよな!?本来の目的の意味を思い出さないといけないだろうがッ!」

 変質者ではなかった。変態者であった。

 誰もが認めるであろう美貌の持ち主ではあったが、中身は普通の気持ち悪いオッサンであったか。

 それに加え本来の目的さえも忘れているみたいだった。どうやら話のレールを切り替える役割も必要らしい。一刻も早く逃げ出したい気持ちを抑えながらも、せめて彼女の中に自分の話が消えるまでこの少女から目を離すことは危険だ。

 「ああ、ごめんごめん。つい新しい題目を見つけてしまうとそればっかり思考が行ってしまってね。研究者の頭は神秘が詰まっている分扱いにくいものだな」

 本来の目的を思い出したらしく、ゴスロリ少女は恥ずかしそうに頭をかく。軽い羞恥が表情や行動に表れ、こういった行為に世の男性は魅力を惹かれるらしいが、先の言動といい行動といい、ただの変態にしか弱音には見えなかった。

 

 「さてと本題に戻ろうとしよう。私が聞きたいのはあの子のことだ」

 そういって指差したのは、弱音が先ほど話しかけてしまった自殺未遂少女。

 先ほどと同じ体育座りでこちらの方を困惑した目で見ていたが、自殺しようとした時同様恐怖の色は見えなかった。

 「俺は初対面だが、あの子の知り合いか?」

 「いや、私も見ず知らずの真っ赤な他人だよ。私が聞きたいのはあの子自身の事ではなくてさっきあの子に起こった出来事のことさ」

 「っ!!」

 見られていた。

 見ず知らずの少女が橋から落ちて自殺しようとしたこと。

 寸前で弱音が止めに入ったこと。

 彼女の話を聞くことになったこと。

 彼女が弱音の前でリストカットをしたこと

 そして

 弱音の前でリストカットした彼女の肌が刃物を弾き、リストカット未遂となったこと。

 「眉の動きや息遣い、目線の動きから判断して何か起きたんだね。差し詰め目の前で自らが持つ常識の外れた現象にでも見たのかな?」

 「そ、それは・・・」

 「そこまで警戒することはない、って言っても無駄だよね。大丈夫、私はそういった経験上理解できない現象が存在するという前提で話をしているからね」

 そう言うと、フリルの付いたスカートをはためかせて川の岸に座り込んでいる自殺未遂少女に駆け寄っていく。

 目をつけられた少女は困惑な目をもって警戒はしつつも、寄ってくるゴスロリ女から逃げたり拒絶したりはしなかった。

 「そうだよね、怖いよね。でも私は君の異常性を知っている側の人間だ。だから今からそれを証明しようと思っているんだ」

 優しい表情と声色で話しかけると、スカートの中から何かを取りだした。

 弱音が見る限り、ただのスマートフォンであった。相手側も同じらしく首をかしげている。

 「これを、あーしてこーしてこーやって。ちょちょいのちょいっと・・・」

 初心者向けのパズルゲームを解くように彼女は迷いなく端末を操作していく。

 「さてこれでよしっと」

 準備ができたのか、端末から顔をあげて、自殺未遂少女を目で捉える。

 その後、流れる動作で彼女に焦点を合わせるように手に持った端末を向ける。

 そして

 

 ピッ

 

 何らかのコマンドを入力した電子音が、降りしきる雨の中で響き渡る。

 

 正直、弱音は日常を生きていたつもりだった。

 ご大層な理由も無く学校へ行き、面白くもつまらなくもない授業を受け、特別な繋がりなどありもしない友達としゃべって、いつも通りの道をなぞるように歩いて家へ帰り寝る。

 テンプレート化とした彼にとっての日常。

 誰もが羨む幸福も、大規模な天災もやってこない普通の生活。

 どれだけ変えようとも思っても変えれない普遍的なもの。

 彼女は理解できると言った、目の前の異常性を。

 自分が見ている世界はそう簡単に変わるものではない。そう思っていた。

 ましてやスマートフォンらしき誰でももっているであろう機械一ついじったところで、自分たちが見ている『変えたくても変えれない、つまらないけど安心できる世界』はびくともしないと腹をくくっていた。

 現に端末を向けられた少女はどうだ。

 腰に手をあて仁王立ちしたゴスロリ女を不思議そうに見つめている。理解不能の不可視な力に苦しんでいるわけでも、怯えているわけではなさそうだ。

 常識という、誰にでも当てはまるこの世のルール。

 この規定がある限り、弱音の世界も自殺未遂少女の世界も、ボタン一つ程度では変わらない。

 

 だが、彼女の後ろは日常の枷を引き裂き、『非日常』に化けていた。

 

 自殺未遂少女の背後、正確にはゴスロリ女の端末が指し示す先に。

 その世界は別の色を見せていた。

 見える景色が歪んでいく。

 自分たちが見ている現実のスクリーンに激しいノイズが走る。

 

 ガガガギギッ

 

 聞くに堪えない、生物的に不快な感情を抱かせる電子音。

 まるで本来綺麗に整っている状態を無理矢理力を入れて崩壊を感じさせる警告音。

 

 ガゴザズグギガズッと

 

 やがて画面のブレが収まっていき、この『非日常』の元凶が顔を出す。

 そして『ソレ』は姿を現す。

 

 初めは黒い霧が発生したのかと思った。

 否、霧と言うには少々角張って見える。

 今まで見ていた背景そのものが、比喩表現抜きでブロックとなってボロボロと崩れ落ちていく。

 今見ている視覚を液晶画面とするならば、コレはバグ。

 この表現が最適だ。

 ゲームシステムのロード画面において、画面の全体像が浮かび上がってくるに近いか。

 雨水をスクリーンとしたプロジェクションマッピングとでも言った方が現実的ではあるかも知れない。

 ただ、ソレを説明するには現実からはかけ離れている。

 

 陽炎のように不鮮明で

 プロジェクションのように人工的

 視覚した瞬間、恐怖を覚えるほどの『未知』の塊

 

 自分たちの世界から分断されたブロック達は中心に向かって渦を巻き始める。 

 ブラックホールの再現を見せつけられているように、加速的に肥大していく。

 日々生きる日常においての『異端』がゆっくりと、ゆっくりと姿を明確にしていく。

 やがて吸収スピードが減速していき、一つの球体となって浮いていた。

 ブラックホールのような全てを吸収する穴のようにも見えたが、鳥類や爬虫類が生む卵の方がしっくりと当てはまる、そんな風に捉えられる物体だった。

 果たして、この表現は正しかった。

 

 ビキビキッ!

 

 卵らしき残像にヒビが入る。

 

 ビキビキビキビキビキッと

 表面が崩れていく音は鳴り止まない。

 物事の本質は見えないからこそ、核心と呼ばれることがある。

 その言葉通り、彼らにとっての『非日常』はここからだった。

 ヒビの、正確には傷というべきところから、暗黒色の液体が吹き出る。

 この液状とは、蛇口をひねって出てくる水道水よりも、どろりとしたアメーバの方が認識としては近いか。

 全体の核となる卵からぶら下がるような形で出現したナニカ。

 すると、突然意識を取り戻したかのように、ナニカはのたうち回る。

 その姿は、軟体動物が地上に上げられた様子と言うべきだろうが、そこに滑稽だと思える余裕はなく、ただただ未知に対する不快感と恐怖感でいっぱいだった。

 当の本人は後ろの存在に気づかずにきょとんとしている絵面も合わさって、弱音の中の恐怖心は増大していく。

 やがて

 のたうち回る動きに規則性が生まれる。

 いや、あやふやなものが一つの明確な形に成り代わろうとしている課程であった。

 一つ一つの分子が同じ目標に向かって動き始めたように、未知な存在の中で一つの方向性が決まろうとしていた。

 だが、未知を覆うベールは、何重にも重なっているのが定番だ。

 弱音は、謎でしかない存在に後ずさりながらも、目を凝らしてナニカの様子を観察する。

 これは夢だ。これは一種の幻想だ。

 そういえるほどに、ナニカの姿は朧気でピントが合っていないようにぼやけていた。

 存在そのものは確認できるが、その姿が分らない。

 悪魔の証明にも似た思考だが、今の弱音の心境を語るにはこの言葉しかなかった。

 偶然の産物で関わってしまった少女。その背後。

 

 弱音が目を細めて凝視しようとも、全意識を集中しても

 

 未知のナニカは、一つの明確な認識として捉えることができないのだ

 

 彼の目には、目に前に浮かび上がる未知の塊が

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 存在は一つという感覚は掴めるが、目で見える姿が一つに絞れない。

 瞬き一つの間という瞬間に高速変形しているわけではない。

 プリズムの色を変えるように、視点を変えているわけでもない。

 本来あり得ない矛盾。

 今まで体験したことがない、経験で構成される『日常』に含まれない要素。

 だが、理解の範疇を超えた現象そのものは、彼にとって氷山の一角でしかなかった。

 

 「な、んで・・・」

 その事実、最大の恐怖に気づいた弱音は、生唾を飲み込んで絶句するしかなかった。

 片言をつぶやくように、その恐怖を口にする。

 

 「お、れは、この存在を、過去に見たことがある・・・?」

 既視感、デジャブ。

 これこそが最大の恐怖。

 未知なるものが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 この『分かった』とは、脳による論理的な理解ではない。

 勘、科学的に説明できない本能部分によるもの。

 故に、『分かった』からといって、ここで未知のフィルターを外すことができない。

 加えて、人間の本能が働く場合というのは、何かしらの危険を含んでいることが多い。

 この既視感は、体が危険信号を発するほどの未知と言うことなのかもしれないのだ。

 

 「はーい、そこまで~」

 だが、切羽詰まった空気は間延びした声で壊されてしまった。

 例のゴスロリ少女だ。

 もう一度咲にスマートフォン端末の標準を合わせ、何かしらのコマンドを入力すると、弱音達の『日常』が戻っていく。

 画面の奥にフェードアウトしていくようにナニカの集合体も薄れていき、やがて消え去ってしまった。

 

 「な、何なんだ今のは?」

 未だに理解が及ばず、自分の目を疑うことしかできなかった。

 狼狽える姿を、恐怖の一部始終を知らない咲は訝しげな表情で伺うだけ。

 この少女に聞いても無駄だ。

 この自殺未遂少女は気づかない『異常』。

 ここはもう一人の少女に問いかけたのだ。

 あの現象を引き起こしたと推測される、元凶に。

 「何って、あれがお嬢ちゃんが悩んでいる異常性の正体さ。それだけ」

 「それだけって、ちゃんと説明しろよ!!」

 「え、どうしてだい?」

 淡泊な回答に納得がいかない弱音は、ゴスロリ少女に詳しい説明を要求する。

 だが帰ってきたのは疑問文だった。

 

 「聞いたところによると、君たちはあの橋で偶然会った初対面の関係だろ?それにこれはあのお嬢ちゃんの問題であって君の問題じゃない。そんな薄っぺらな人間関係なのに何故問題に突っ込もうとするんだい?」

 「それは・・・」

 弱音が今立っている場所は、いわば他人の領域。

 彼自身に何も影響はなく、実際問題関わっているのは橋であったセーラー少女だ。

 彼にとって一番大事なのは、自分の付属価値。

 ここで首を突っ込んでも、自分の付加情報に良い情報が書き込まれるわけではない。

 むしろ悪化させる可能性が高いのだ。

 では何故、セーラー少女の領域に入り込もうとしているのか?

 正直、理由なんて無い。論理的で科学的な根拠もない。

 ただ、心の奥底から、人間の本質と言うべきところからの衝動が無視できないだけだ。

 漠然とある、この先に自分にとっての大切なものがあるのではないかという予感を

 

 「・・・そういう理由で聞いたわけじゃない。俺は、自分にとって不利益なことが起こる可能性が一ミリでもある限り無視できないだけだ。自分の身近なところ、自分の見えるところで起こったのなら、今度は自分が被害者になるのかもしれない。別にこの人のためじゃない。あくまで自分自身。()()に不幸が舞い降りるのを黙って見ているつもりはさらさら無いんだよ」

 

 だからこれはただの自己欲求だ。

 咲の心境に憂いを感じたわけではない。

 彼女をどうにかして助けたいと思うほど博愛主義でも、お人好しでもない。

 全ては自分のため。

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 彼は自分に関係するのならば、曖昧な行動は嫌いだ。

 故に彼は、自らの行動に自らの価値感で定義するだけだ。

 

 「へえ、なるほどね」

 ゴスロリ少女の返事は、批判でも賞賛でも嘲りでもなく、何故か納得の声だった。

 

 「なるほどなるほど、()()の為ときたか。なかなかに独創的な考えだね。いいよ、そこまで言うならお嬢ちゃんのついでに教えてあげるさ」

 でもまずは自己紹介だね、と満足げにスカートをはためかせながらゴスロリ少女は一回転する。

 

 「初めまして少年。巷で話題のETCM開発者である、天才女子高生の日方美玲さ!どうぞよろしくね」

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