心の奥に住まうモノ   作:レコ

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8話

 さて、初対面同士による講義タイムが始まる。

 講師はこの方。

 

 「お猿さんでも分かる、今大注目のETCM講座~!」

 

 絵面だけではなんとも言いがたい光景だろう。

 ごくありふれた、庶民にとって憩いの場であるコンビニのイートインにて、普段の生活においてどうあがいても浮き出てしまうであろうゴスロリ服。

 普遍と特異のコラボレーションという、違和感てんこ盛りの状態。

 だが、この即席の教室はそこらの名門大学校にも引けを取らないものとなるだろう。

 なぜなら、講師役は巷で噂の天才少女なのだから。

 

 「さて生徒諸君! このクールビューティが汗水そして時々鼻血を垂らして丹精込めて作り上げた最高傑作ETCMとは一体何なのか!わっかるかな~?」

 クールとは一体何を指すのか、本来のはっちゃけテンションでウキウキ顔で美玲は、生徒役である二人に語りかける。

 口調や仕草からして大手予備校の人気講師をまねているのか、独特のイントネーションや抑揚をつけているが相手を小馬鹿にしているようにしか聞こえない。

 それ以前にゴスロリ服という見世物としてのイメージが強いせいか、堅苦しいワードが飛び交う講義というより売れない地下アイドルの自己PR会場にいるみたいに感じてしまう。

 

 「えっと、人が『実際にありそうだ』とか『実際にあったらいいな』と思った具体的なイメージを、明確な像に結びつけて正確にデータ化する装置、で合っていますか?」

 

 この例えがたい雰囲気の中でも律儀に手を挙げてから発言する咲。彼女自身この空気に戸惑いを感じながらも的を得た発言をしようと頑張っているらしい。なんとかこの空気に溶け込もうと思う気持ちが表れている。

 

 「概ねその通りだね。まあ厳密に言っちゃえば、『人間の精神を独自に開発した区切りをもって意識と無意識に分割し、その中の意識下にて形成される三次元的構造をした物質的イメージを、脳科学、心理学等の観点から独自に編み出された定義によって該当する思考情報を電子情報として捉え、現存する電子ネットワークやそれに準ずるものに対応できる形へデータ化する装置』ってところかな」

 

 生徒の積極性に満足するかのように美玲はうなずき

 

 「難しくてまどろっこしい言葉抜きで言うと、頭の中にある膨大な情報から『コレ作りたい!』っていう情報を抜き出して、普段使っているパソコンやスマホにもわかるように情報を簡単な形に作りかえるってこと。これさえあれば見るだけで頭が痛くなる設計図も書かなくてすむし、設計図を書くための道具も作業もいらなくなる。つまり!これ作りたいなってイメージするだけで勝手に設計図書いてくれるマッシーンということさ!」

 

 いわゆる人間的思考の完全情報化。

 重さ、質量、体積、色彩、質感。

 普段何気なく使っている人間の五感をフルに駆使し、自分たちと同じ世界に存在するあらゆる物質を捉える感覚というセンサー。

 これらを全て数値という平等の単位に変えるのだ。

 だがこの行為をするに当たって理解しておくべき事柄がある。

 日々の生活において、それら天然のセンサー群は意識せずとも対象となる物体をあらゆる角度から捕捉、分析して脳内へ電気信号というバラバラな状態で転送されていく。

 例えていうならばロケット工場とでもいうべきか。

 本来、大型重機や細かな部品がいる精密機器は生産される工程の中で構成されていく分子、ここでいう部品は互いに同じ性質や役割を持っているとは限らない。

 人工衛星を宇宙へ送り出すロケットを本体としてに見るならば、

 人工衛星を守る衛星フェアリングには大気圏突入による摩擦熱に耐える耐熱性ならびに中の衛星に影響を与えないための防熱性。

 固体ロケットブースターには宇宙への道のりを登り切る足としての働きを行うために酸化剤や燃料の配合による推進力。

 多段階分離をするための切り離し部分には、計画に沿って順序よく離れるための機器同士の接続の調整や一ミリのミスも許されない正確さ。

 それぞれ求めれているものが違うのだ。

 これこそが役割とよばれるものであり、一つ一つの細かな因子が集結した大きな成果というものである。

 ここの違った要素がうまくかみ合うことにより、『鉄の塊』から『ロケット』へと変貌を遂げる。

 これらを踏まえて考えてみるとこれらを一つの決められた範囲で作るのは難しい。ほぼ不可能だ。

 それぞれ求められている役割が違い、それらを実現するための材料が変わってくるからだ。

 大きな塊でくくられる小さきモノの集合体。

 逆に一つでも不合理なものがあれば、トランプカードの山のように小さなズレで全てが崩れてしまう。

 さて、ここでの最適解とは何だろうか?

 一つ一つ段階を踏んでやっていく?明らかに非効率的だ。

 その上専門分野でなければ木曽から取り組まなければならず、貴重な時間と資金を信じられないぐらいにつかっていしまうだろう。

 ではどうするか?

 他と協力してお互いの得意分野のみを作り上げる。

 これに尽きる。

 餅は餅屋。蛇の道は蛇。

 それぞれのお得意なところだけやって後で集めて合体。

 最高級や極上という冠をお店のビラに貼り付けたければこうするだろう。

 これは何事においても当てはまる。

 会社のプレゼンテーションだってそうだ。

 話し上手で機械音痴な商人気質の人が発表用のスライドを作り、人の目を見て話せないがインターネット世界なら最強無敵のインテリ眼鏡男子が上層部前に口頭説明する。

 さすがにおわかりだと思うが、役割反対にしたほが絶対に良いものが作れる。そう指摘が飛ぶはずだ。

 役割分担というのは、対応一つで最高級にもゴミクズ同然にも簡単にラベル付けができてしまう。

 さて、これを脳に置き換えて考えてみよう。

 脳は様々な電気信号をあらゆる端末、器官から受け取っては処理を行う。

 外の景色の映像や皮膚で感じる動植物の温度など外部にある感覚器官から受け取る情報もあれば、運動時における筋肉の動かし方から内臓部での害ある成分の除去命令など脳から各器官へ送信する情報もある。

 人間を人間たらしめる器官、脳。

 他の動物と一線を引く人間のシンボル。

 数多の情報を処理、分析し、的確に行動コマンドを入力する。科学技術が発達した現代でも完全な再現が難しいとされる神経細胞の集合体。

 謎多きブラックボックスの具体例が誰でも簡単に説明できるほど柔な構造しているわけがない。

 実際、脳は一つの塊として存在しているのではなく、プラモデルのように複数のパーツがお互いに深く関わり合う事で機能している。

 右脳、左脳と大きく区切った場合から、大脳、中脳、小脳、間脳、延髄。もっと詳しく見れば古皮質、新皮質など。

 まるで未踏の豪雪地帯。

 いくつもの層が重なり合い、底など上から覗いても見えるはずがないほどの厚さが周囲を囲んでいる。

 さて、先ほどまで役割の重要性について述べていただろう。

 脳は人間が社会的、生物的に生きていくために常に情報処理を行わなければならない構造になっている。

 そこで役割分担のシステムが作動する。

 人間が日頃から対峙する情報は様々な種類がある。もちろんのこと、伝えてくる中身も宛先も各々違ってくる。

 特に情報量の多い外部の感覚器官の場合にこそ大変なのである。

 こういった膨大なデータを処理するに当たって役割分担と共にもう一つ大事な要項が存在する。

 これも例え話として扱った方がいいだろう。

 古代の大帝国の郵便局を例に見てみよう。

 帝王が治めた広大な土地を縦横無尽に駆け巡る飛脚達がいた。ボタン一つで国を跨ぐことができるインターネットも時速100キロを越える新幹線もない時代において、情報の共有の手段は人間の足しかなかった。各家庭のささいな手紙や商店での売り上げ記録、地方で起きた事件などの報告書。重要度は違えど、日々多くの書類にもまれていたはずだ。

 国を治めるに当たって、最高地位であり国の代表として責任を負うであろう帝王は、一国の主として地方で起きている出来事について知っている必要性があった。そのため、飛脚達に不審な動きがないか調べ定期的に帝王へ各地の国民の状況を報告しなければならなかった。

 帝王に逆らうなど言語道断。自分の首が飛ぶだけでは話は終わらないだろう。

 しかし彼もしくは彼女が治める国の全地域を回った後、かき集めた膨大な情報を報告をするのか?

 これが現代なら労働委員会がびっくりするほどの重労働だ。

 不眠不休で足と頭を動かしても達成できるかどうか。

 最後は全身筋肉痛に苛まれながらプッツリと糸が切れた操り人形のように意識を失うのがオチだ。

 何か策がいるのは明確だ。

 簡単だ。地方に拠点を置けばいい。

 見渡せるほど大きな国を緯線や経線、川や山脈など長期間において変化しない、もしくはしにくいものを基準として誕生日ケーキのごとく切り込みをいれてみんなで仲良く分ければいいのだ。

 それでいて、帝王の住む立派なお城と距離が等しくなる場所を探す。

 コンパスの針の穴を転々と移動させながら。

 そうして該当する場所を見つけ出せば、そこに司令塔を建てればいい。司令塔というよりか統治所とでもいうべきか。

 出来上がったシステムはこうだ。

 まず各拠点にて、担当となった地区において各々の飛脚達は仕事を行う。

 その後、各拠点から代表者を一名選出、中央にある司令塔へ集積した仕事内容を手に向かう。

 そうすることで全国に散らばった古今東西あらゆる地域に関する情報が司令塔に集結する。

 その後は、内容を整理し相手方にわかりやすいように色をつけてあげれば完璧な業務報告レポートのできあがりだ。

 これで誰も文句は言わないだろう。

 多くの民から尊敬と畏怖を集める偉大な帝王も、それを取り巻く側近や重鎮からもその結果に満足する声がかけられるであろう。

 効率的かつ正確。

 これこそが効率と質の高さを追求した良い見本というものではないだろうか? 

 話は戻る。

 ここで大事なことは二つ。

 一つ、適材適所で役割分担。

 二つ、困難は分割し、後にまとめれば良い。

 この二つのルール

 これこそが物事の効率化を図った最終形態であり、人間の脳における処理速度を支える根源なのだ。

 

 「簡単に言ってしまえば脳の中にも役割があるってこと。それぞれに適した能力があってそこで情報処理をする。それによって出来上がった結果を統合することで今私たちが実際に物を見ることができたり、匂いを嗅ぐことができたり、音を効くことができているっていうことなのさ!」

 様々な例え話を持ち込んだ講師である美玲はさすがに話しすぎたのか、安物のプラスチック製の椅子に背中を預けて一息つく。

 

 「何回も言うようだが人間が普段取り扱っている情報は数字的観点から見れば膨大だ。特に人間が現実世界にある物体の情報を取り入れるときなんかね。視覚からは色や形、明暗の度合いなどの外見的特徴。全身を覆う皮膚からは表面の摩擦や弾力性、温度による寒暖差など物体自身が持っている性質的特徴を捉えては脳に訴えてくるのさ。もちろん聴覚や味覚なども同じなんだけどね。そういった意味では甘みや苦みなど舌からの味覚的特徴や刺激臭や腐卵臭などの鼻からの嗅覚的特徴、はたまた破裂音や楽器音などの聴覚的特徴などいろいろ挙げられるわけ。もう話せないぐらいによりどりみどりってことさ。脳はこれらの情報をそれぞれの分野に選別、特化した脳の部分に情報処理を任せて結果として算出されたデータをかき集めて一つの形にする。これが私たちが今実際に感じている世界の全体像ってことさ」

 

 美玲は二人を見据えるように姿勢を戻し、買ってきた炭酸飲料のボトルを開ける。

 ラッパ飲みの形で一気にあおると、口を離す頃には全体の半分も減っていた。

 炭酸飲料を飲むとおくびがでるともいうが、彼女にその心配はいらないらしい。若干腹部に張りがあるかのように顔を歪ませながらも女性にあるまじき失態をさらすことはなかった。

 説明は続く。大量生産の飲料水によって彼女の口の滑りも良くなった。

 

 「だけど注意点として多くの部品で構成された機械類などは作れないという点。例えば車を作りたいとして想像しても、できて車の外見しか想像できないはずさ。いくら頭の中に専門知識が詰め込まれていても、実際の部品同士がどうのように組み合わさって車の機能を作り上げているのか精密に想像できないのと一緒さ。いくらETCMにかけて制作しても車の外部が出来上がって内部がスッカスカのただの置物が出来上がってしまうってわけさ。だけど車を構成する一つ一つの部品達は想像できるから制作可能ってこと。銃やロボット、ICとかも同じ理由で製造不可なのさ」

 インテリ層の特徴として説明したがるとあるが彼女もその類いなのかフリフリなゴスロリ服を楽しそうに左右に揺らしながら、もう片っぽのポケットから自前の小型タブレットを取り出す。

 脳全体の簡単な簡略図が映し出され、ぱっと見ただけで大まかまな位置づけが分かるイラストとは裏腹に、周りを取り囲むようにそれぞれの部位の説明文がちりばめられていた。

 弱音はついさっき渡された大学案内のパンフレットを思い出し、現実味のないワードが飛び交う会話から一瞬抜け出したように感じられた。

 さて、最近の会議やミーティングにこのような電子デバイスを使うというのは別段珍しくもない事は弱音も知っている。

 ただ会議やミーティングというのは新たな情報を加えて発展させるためにあるものだ。

 そのため書き込みやデータの打ち込みは頻繁に行われる。紙面の場合では持ち合わせた筆記用具で書き込んだり重要な部分をマーカーで引いたりすればよいだろう。だが今はタブレットだ。いくら電子デバイスとはいえど、どうあがいてもノートパソコンの性能には劣る。特に事前に作られた発表資料に新たな文字を打ち込むというのはタブレットでは難しい。せめて専用のタッチペンで追加情報を書き込むであろう、そう弱音は思っていた。

 その言葉通り、彼女はタッチペンを持ち運んでいた。

 ただ持ち運んでいた場所が悪かった。

 

 美玲はあろうことか胸元から取り出したのであった。

 絶対領域とまではいかないものの、女性特有の秘密の香りがプンプン漂いそうな場所によくもまあペンなぞ入れているものだ。

 人にはいえないような、美玲の言うところの『人間の本質』やらというものはもっていないと思っている、そういう意味では普通でありたいと願っている男子高校生、弱音。

 だがどうしても目がそちらに行ってしまうのだ。

 弱音とて成長期、そして思春期真っ盛りの男子高校生。

 良くも悪くもそういった事に少なからず興味を抱いてしまうお年頃なのだ。

 ある意味生理的な現象であり、関心があって当たり前だと頭の中では理解している弱音だが、この行為はばれてはいけないと野性的な勘が働いていた。

 特にあの女。

 喜々として心に踏み込んでくるあの変態ゴスロリには

 ばれれば、学問の追究だの生命の神秘だの学者っぽい理屈をひたすら並べてはヨダレを垂らして目標めがけて一直線に突撃してくるに違いない。羞恥やプライバシーの権利など彼女の前では紙くず同然の防御力しか働かない。いや、学問暴走機関車にとっては燃料となりまさに文字通りの火に油となってしまう。

 ここで何かアクションを起こしてみよう。

 目線を余所へずらす。口を押さえる。頬を赤らめる。

 青少年がこういった刺激に出くわした時、大抵のアクションと言えばこんな感じだろうか。

 生物的好奇心と理性による罪悪感。本能的な衝動であるからして不可避なものでありながら理性が自分の姿を恥じて必死に平然を取り繕うとする。

 一男子として当たり前で相手を気遣ったマナーでもある仕草。

 だがだめだ。

 社会的な環境がそうであったとしても、今この状況では悪手だ。

 これらの動作は隙でしかない。

 決闘中の相手に背中を丸々見せるのと同じだ。

 見せたら最後、獰猛な獣のごとく噛みつかれ、己の思春期において大切な信条とやらをひたすらにむさぼり食われる。

 そうに違いない。

 ならばどうするか。

 顔色変えずにポーカーフェイス。これに尽きる。

 さっきまでと同様、少女二人が座るこの空間において難しい顔を維持して腕を組み続けていればよい。

 本音を言えば、今までの話でもう精一杯なのだ。

 勉強はそこそこできると自負している弱音だったが、今現在話している内容は正直次元が違うと言ってもいい。

 細かく表記されている教科書もなければ単語一つ一つにマーカーを引ける参考書も手元にはない。

 あるのは可憐な唇から飛び出る難解な言葉と細かく、そしてぎっしりと情報が積み込まれた彼女のタブレットだけだ。

 必死に頭を回し続ければその分エネルギーも使うことになる。

 表情なんて作る力は全て頭の方に向けられていた。

 向けていなければ、今頃オーバーヒートでただただ言葉を右から左へ流すだけの作業となっていただろう。

 心の内も隠せてなおかつ頭の回転も維持できる。まさに一石二鳥だ。

 一人納得しながらも彼女の話に耳を傾ける弱音。

 こうしている間にも抗議は続く。

 他ごとを考えている暇はなさそうだ。

 現状を知るにはひたすらに話に噛みついていくしかないのだ。

 

「人間の脳の各部位にはいくつもの機能があり、それらをフル活用して生きているのさ。その中において情報のストックと関連性、つまり情報の保存場所とそれらを組み合わせて一つの完成図を作り出す機能はとても重要なのさ。お互いがお互いを利用し、助け合う形って言ったらいいのかな?一つでもかけたら大惨事さ。足りない部分を補うケースもあるっちゃあるけどレアケースだし、野球やサッカーと同じなのさ」

 「つまり、あらかじめ脳の場所によってやることが決まっていてお互いが仕事をして結果を出す。それらをパズルのピースみたいに一つ一つつなぎ合わせていって最終的に大きなジクソーパズルを完成させるっていうことか?」

 「ピンポンピンポン!少年に十ポイント!詳しく言ってしまえばポピュラーな話だけど、左脳は計算能力や言語理解能力。右脳は感覚や音楽、幻術などの認識能力。ちょっとざっくりした言い方だけどもっと細かく見てみれば、物事を思考したり決定したりするのは大脳。歩行や筋肉の動きは小脳。呼吸みたいに生命のコントロールは脳幹が行っているっていう感じかなー」

 

 すらすらとあらかじめ説明文を用意して読み上げるかのように話す美玲。

 口から難解な単語を連発しつつもタブレットに映し出されるイラストはどんどん細部まで加えられていく。決まった線が見えているかのように描くその指先は迷いがない。

 やがて簡略図だったイラストが謎多きダンジョンの攻略図のように未知な部分が彼女の知識によって埋められていく。

 

 「さて、こんな感じに脳とそれに対する情報の集合体の在り方について説明してきたんだけど。ここからはみんなお待ちかねのETCMに話を移そう。ETCMは所有者が思い描いた立体的イメージをあらゆる電子媒体に理解できるようにデータを変換する機械。でもそのデータとやらはたーくさんあって探すのも一苦労。いわば砂判に磁石をぶち込んで砂鉄を集める感覚に近いかな。周りにいっぱいデータがありすぎて欲しいデータが見つからずに困っちゃう!そんな時君はどうするかな、はいそこのお嬢ちゃん!」

 「ええっ!」

 

 突然の指名に戸惑う咲。

 しどろもどろになりながらも

 

 「ええっと。そ、そういうときは入れ物を用意しておいてあげればいいんじゃないでしょうか?ほ、ほら例えば漫画や雑誌は本棚に、文房具は筆箱の中にみたいな感覚でしょうか。その方が後先取り出すときに迷わなくてすむとかその方が部屋がすっきりするみたいな・・・」

 「ザッツライトッッ!その通りだよお嬢ちゃん!」

 できの良い生徒を褒め称える天才少女は自らの発明品の核心をあらわにしていく。

 

「ETCMはそういった脳内部における役割、いわば各部位における情報処理能力を独自の区切りをもって選別し特定の情報部分を既存の電子パターンに作りかえるのさ。つまり視覚からの具体的なイメージ、聴覚からの音、嗅覚からの匂い、みたいな感じでそれぞれの情報を器官別に振り分け、そこから抽出するための情報か否かというボーダーを脳科学や電子パターンによって勝手に分類するって事なのさ」

 

 簡単に言ってしまえば必要か不必要かどうかの選別。

 ETCMが実際にデータを読み取るにあたって、特定の電子情報を探し出すのは無理がある。

 頭の中における使用者がイメージした想像図は、他の電子情報と何も変わらない。

 中身は違えど外見はただの脳を駆け回る電気信号。

 これは観点の問題。

 自らの命を司る命令も、くだらない些細な記憶もただの電子情報。

 だからこそ、選択するべき情報体を見つけ出す手法がいる。

 ただ、区切るための概念は身近なところにころがっており人間にとっても当たり前のことであった。

 血液中の白血球が自ら守るべき細胞を攻撃しないのはなぜか?

 なぜ野生動物は大きな群れの中でも我が子を見つけることができるのか?

 

 そこに特定できるための記号性が含まれているだ。

 人間の細胞の表面にはヒト白血球抗原が含まれており、対応する細胞が自己か非自己か判断できるように。

 野生動物は個体識別によって無意識に子供の特徴を捉えて暗記するように。

 周囲とは違う印を見いだすか付属させることによって、多くの場面において判断、選別されていく。

 言ってしまえば当たり前であり身近にある概念。

 これを脳の話に置き換えただけだ。

 ただ先ほども言ったとおり、脳にある記憶や人体をコントロールするためのコマンドはすべて電気信号だ。

 それ以上でもそれ以下でもなく、パソコンをいじるために必要なケーブルを走り回るものと同じ。

 脳という大きな情報体を形成する要素同士の間に特異性も違いもない。

 

 だから彼女はそこに新たな線引きを生み出したのだ。

 

 生物学、物理学、心理学、情報ネットワークから統計学に至るまで。

 ありとあらゆる学問をもって脳という大きなネットワークを観察し分析する。

 そして、『考え、思考する』という意識的な部分とそれ以外の無意識的な部分に分割するための独自の規定を電子情報として作り上げ、ETCMが拾い上げるための記号性として特定の電子記号にくっつける。

 存在しないのならば作ってしまえ。誰の物でもない原始の地球に、人間が線を引き出しそれぞれの領地として分割した事に近いか。

 この場合、真っ新な情報体に勝手にルールを作り上げて場合分けしたといった方が言い表せているのかもしれない。

 つまり、目の前のゴスロリ女は、未だ人間が把握できていない電子情報の海に一つの錨を突き刺したのだ。

 

「色も形も大きさも同じボールが大量にある空間で、些細な違いをいろんな学問をつかって見つけて勝手にボールを仕分けてマジックで印をつけてから、それぞれ用意した入れ物に入れていくって感じかな?ETCMの場合はこの入れ物が意識か無意識かに分かれてまたそこから何回も仕分けが行われるんだけどね」

 「意識と無意識、ですか?」

 「人間が実際に考えたり感じたりすることができる文字通り『意識できる』状態を意識、それ以外を無意識という感じかな。意識を失うとかの表現に近いからそう思ってかまわないよ。ETCMの場合は考える、つまり意識の中にあるイメージとして他の情報と区別することで、特定の情報だけを読み取れるようにしているってわけさ.私が研究開発した中でも重要となる区切りだね」

 

 

 さらりと自らの研究成果を語った美玲。彼女の表情にはその成果に自身を持つ顔でもなくそれらを誇るような顔など無く、ただの事務報告と同じ冷たさを感じる。

 彼女自身の研究には興味は無いのかと少し疑問に思ってしまう。

 だがいちいち彼女の懐に踏み込んでいる時間は無い。これでやっとスタートラインに立てたのだ。これで終わりではない。

 

 「俺たちにその話をしたということはやっぱりあの現象にETCMが関係しているって解釈でいいんだよな?」

 「逆にそれ以外考えられる要素はあったかい?彼女に起こったのは君の経験上あり得ない、物理法則を越えた出来事だったんだろう?そこに最先端でありながら発展途上の脳みそ関連の装置ときたもんだ。少しは不具合やバグなどあるだろうって疑うものだろう?」

 まあ今回は本当にその通りになっちゃったんだけどさ、と首をすくめた美玲だったが確かにその通りだ。

 新たな概念こそ、裏返ったときの反動が大きい。

 ついさっきまで未知だったものが既知になっとしても、また簡単に裏返ってしまう。ましてやもっと難解なものとなっているケースだって計り知れない。

 新たな発見があってこそ、それを越える未知が見えてくる。

 弱音は偶然にもその既知を踏まえた未知とやらに遭遇してしまったということだ。

 

 「とりあえず、俺たちが見たあの現象はETCMの不具合が原因で、お前はそれを改善すべく走り回っているってことなんだな?」

 「概ねその通りだよ。ここまできたらその不具合とやらも説明するしそもそも君たちに話すことを前提にここに来たわけだしね。それにあの不気味極まりない現象を止めたかったら当事者の協力もいるわけだしね」

 

陽炎のように不鮮明で

プロジェクションのように人工的

視覚した瞬間、恐怖を覚えるほどの『未知』の塊

そして何故か既視感を覚え、何らかの獣の姿をしたナニカ

 

 その正体を明かすべく、彼女は再び語り始める。

 ETCMそのものの説明が長引いたせいかコーラは水滴だらけだったが美玲は気にせずくいっと一口あおる。

 さてここからは弱音達にとっては異世界に飛び込むに等しい。

 自分たちの常識がひたすらに覆される。そんな日常から遠く離れた非日常。

 これを聞いたら最後、その日常に帰れなくなる。その危険性さえ孕んだ世界。

 そんな世界に今から踏み込もうとしていると改めて弱音は自覚する。

 

 確かにそうだ。

 結局、言ってしまえば弱音は当事者ではない。

 咲とは話したこともない初対面の関係。

 親しい友人でもなければ愛し合っている恋人同士でもない。

 家族でも、運命共同体など非現実めいた言葉で表す繋がりがあるわけでもない。

 『自分には関係が無い』の一言で背を向けてしまえる安っぽい関係。

 その一言で、たった一言で、この恐ろしい『未知』から抜け出すことができてしまう関係。

 謎の力とやらが弱音自身に影響されることもなく、それに対する恐怖に怯えることもなく、普通のありきたりな必要最低限の居場所が確保できる世界に帰ることができてしまう。

 どう考えてもそちらの方が賢明だ。

 しかし、結果として全てを断ち切れる言葉は言わなかった。

 正直、言わなかった理由は分からない。

 突然のことすぎて頭が回らなかったのかもしれない。

 ただ、一つだけ。

 もやもやとくすぶる胸の中にある吹きだまりが。

 その答えを語っているような気がした。

 

 弱音は今更ながらそんなことを考えていた。

 しかし、そんな暇はなさそうだ。

 そろそろ彼女の講義第二弾が始まる。

 

 「さて、ここからは先ほどのひじょーに奇妙な事情について説明していきたいんだけど。ここで一つ質問をしたいと思う」

 「な、なんでしょうか?」

 「なーに、別に難しい知識を問うつまりは内から大丈夫さ」

 突然の質問に若干の緊張を覚える咲になだめるように優しく言い直す美玲。

 さすがに疲れたのか、タブレットを備え付けのテーブルに置き、軽く手首を揺らす。

 机の下で綺麗な脚線美を描く足を組み替え、腕を組んだ姿は真面目な話をするサインにも見える。

 説明先の二人を見つめる眼差しは真剣な色が差しており、さすがは研究者だと感心させられる。

 その空気が伝わったのか、少しずつジュースをすすっていた咲も、ひたすら腕組みして難しい顔を継続していた弱音も姿勢を正す。

 「いやいや、そこまでかしこまらなくていいよ二人とも」

 二人の挙動にクスリと笑う美玲。

 「質問ってのは単なる確認作業みたいなものさ。さてお二人とも。君たちの考える死神ってどんな姿をしているかな?」

 「はあ?」

 あまりにも予想外の質問内容に弱音は思わず素っ飛んだ声を出してしまう。

 咲も弱音のような声こそ出さなかったが、拍子抜けした表情を浮かべていた。

 「どういうことだよ、これが何の関係があるんだよ?」

 「まあ、いいからいいから」

 「ええっと、黒くて長いフードをかぶっていて、体は骸骨。手には黒光りする大きな釜を携えている、というような感じでしょうか?」

 再度問いかける弱音に対して真面目に答える咲。

 二人の反応を楽しそうに眺めながらも納得したかのように顔を縦に振る。

 「うんうん、そうだね。大方合っているさ。さて君の方はどうだい?」

 「俺もあらかた同じようなものを考えていたけど・・・」

 「ふむふむ、なるほどね~」

 彼の解答を聞くや否や美玲はより一層口角を上げる。

 出会ったときのいたずらっ子のような笑みはあらかじめ仕掛けておいた罠が綺麗に起動したというようなこちらを見透かしているような気がして、弱音の背中に寒気が走る。

 「まあ、粗方答えとしては適任かな?個々による解釈や感性の違いはあれど、共通項が含まれているとこから見て入試のような採点をするなら正解さ」

 「?」

 「普遍的な解答としては合っているってことさ。さすがに死神と聞いて『艶々な肌を持ち』『手には黄金に輝く剣を携え』『その体を覆うのは真っ白なワンピースのようなドレス』なんて想像しないだろう?」

 「ええっと、いわゆる誰でも同じ物を想像する普遍的なイメージっていうことですか?」

 「どういうことだ?」

 難しい言葉の応酬に一人遅れる弱音。

 わずかな情報から全体像を見通す力があるのか、咲は何らかの理解を得ている。

 一から十まで全ての情報を公式に当てはめることでしか理解できない、教科書依存型であり公式を忘れれば一発アウトの男、醒ヶ井弱音。どうやら自分にはその能力は持ち合わせてはいないみたいだ。

 悲しくなるが自覚するしかない。ここは分かる人に聞くのが最適だ。

 人選としては考えなくても分かる。

 相変わらず説明口調かつ上からの態度の美玲より、へりくだった態度の咲の方が聞きやすいに決まっている。

 弱音は素直に咲に全体像を写してもらうことにした。

 突然のノールックパスに驚きながらも律儀に咲は受け取る。

 「ええっと、美玲さんが言っていることは誰もが抱くであろう共通したイメージというものを指しているのではないでしょうか。た、例えば図書委員と聞いてぐるぐる眼鏡をかけた地味なお下げの少女を思い浮かべたり、進学校の進路指導の教員と聞いて高そうなスーツを着込んだ厳つい顔の中年男性と連想させるというような感覚の事だと思ったんですけど・・・」

 話していくにつれて二人の視線にプレッシャーを感じたのかだんだん声が小さくなっていく咲。

 だが、説明先のゴスロリ女は大満足したようだ。

 「うんうん!大分的を得た例えだね、私の説明通りだよ!君が話してくれたのは社会に浸透している固定概念。心理学でステレオタイプと呼ばれるものさ。ある特定の物事に対する大衆が抱いているイメージと思ってくれていいさ。普遍的であるという部分では合っているが私が言ったこととはちょこっとちがうかな?」

 実質咲の発言は大まかな概念を捉えていた。

 ステレオタイプとは社会的な固定概念。

 言い換えてしまえば多くの人間に浸透している先入観、思い込みや認識。

 対象となる物事を大きな一つの塊として一つの属性と結びつけてしまう。

 曰く、日本人は勤勉で働き者だ。

 曰く、アメリカ人は陽気でフレンドリーだ。

 曰く、中国人はよく話す。

 このような、人種や性別など大きな区切りとして扱うことを指す。

 この概念は大衆の思考や好み、娯楽や創作物にも影響を与えている。

 正義は勝ち悪は破れるといった勧善懲悪の考え方もステレオタイプと言っていい。

 だがこのステレオタイプは一歩間違えれば差別や偏見に発展しかねない。

 ステレオタイプとは多くの人間が抱く総合的なイメージ。集団における一部分が悪目立ちしてしまえば、全体のイメージが悪い方向へ固定されてしまうということだ。それに加えステレオタイプとは長年にわたるケーズが多数ある。そのため取り扱いには十分気をつけなければいけないのだ。

 美玲の短い口頭説明でステレオタイプの在り方についてを見つけ出した咲の理解力は素晴らしいが、知っているからこそ気をつけるべきものもまた発生する。

 そこもまた学んでいかなければならないがそれはまた別の機会に。

 ただ、彼女の飲み込みの早さは美玲の説明を潤滑にする促進剤となったことは明確だった。

 「お嬢ちゃんの言葉を借りるとなると、人間はそういった大きな集団に対して特定のイメージを持つことが分かっている。良いイメージも悪いイメージも兼ねてね。この概念についてはイメージを抱く張本人の経験が影響されていると言われている。ちょっと派生的な考えになっちゃうけど過去に母親から虐待を受けていた子供が女性は逆らってはいけない畏怖な存在と思ったり、サッカー部のイケメンキャプテンに告白して酷い振られ方をした女の子が、サッカーをしている人は女性に対する考え方がなっていないと思い込んだりすることが例としてあげられるかな。こういった個人の思考を変える傾向もあるけど、一番この側面が表れているのは小説や漫画、音楽や絵画などの芸術品だ」

 美玲はコンビ足下に置いておいたニのレジ袋をあさり始める。

 やたら横幅が大きいフリフリスカートが邪魔なようで悪戦苦闘していたが、やがてお目当ての品を引き上げる。

 彼女が手にしていたのは入店するや真っ先に向かっていった少年漫画雑誌。

 週一回のペースで新刊が発行されて時々消化できずにたまってしまうアレである。

 パラパラと軽く目を通す感覚で雑誌を広げていく。

 お目当ての作品があったのか、一度めくる手を止めるとじっくりと眺めるようにシーンを追いかけ始めた。

 目の前で呆然とする二人を差し置いて没頭するあたり集中力が凄いというべきだろうか。

 ただ今は彼女の説明の途中だ。始めた張本人が違うことに気を取られているとはなんとも言いがたい事態である。

 いっぱしの研究者のため、一度スイッチが入ると前後に起こった出来事など忘れてしまうらしい。

 なので弱音は真面目な顔で読みふけるゴスロリの目の前で手を叩くという、なんとも古い催眠術の解き方のような手法で目を覚まさなければいけなかった。

 やっと我に返ったのか、バネ仕掛けのびっくり箱のような勢いで顔を上げると、ごめんごめんとあまり中身のない謝り方をしてきたのだった。

 お目覚めに平手打ちでもしてやろうかとも思ったが、なにせこれ以上中断させる訳にもいかない。弱音は湧き上がる怒りをそっと静めて彼女の説明を待った。

 「おっほん。お恥ずかしいところを見せてしまったね失敬失敬」

 照れ顔で後頭部をさする美玲は改めて彼ら二人に向かい合うように姿勢を直す。

 「話を戻すと、彼ら芸術家が作り出す作品というのは、彼らが経験してきた出来事を踏まえて感性を形成し、己の技量を持って作品を通して表現することが一般的だ。作者が昔読んでいてはまった漫画が弱気を助け強気を挫くヒーローものだったら自らが書こうと思う作品は勧善懲悪になったり、自らが理想とするキャラクターを考えていたら昔好きだった子にそっくりだったとか。売れる売れない、評価されるされない関わらずそういった感性で作品を生み出す作者はいっぱいいるって話さ」

 「つ、つまり作品は作者の経験が色濃く残っているってことですか?」

 「正解、調子がいいねお嬢ちゃん。ではもう一つのクエスチョンとして、世界最古の物語って何だと思う?」

 「ええっ!」

 ここまで全問正解の優等生、咲も少しこの問題は難しいのか小さく首をかしげる。

 助けを求めようと弱音の方を向いても彼は首を横に振るだけだ。

 出題者は笑みの表情を崩さない。あたふたする咲を見守る温かい目は我が子の成長を見守る母親のようであった。

 「ええっと、すみません。分かりません・・・」

 「神話だよ」

 真剣に考えた咲を笑うことなく、美玲は微笑みかけてさらりと答えを出す。

 「神話?」

 「そうさ、剣と魔法と昼ドラびっくりの神々の人間関係が描かれたあの神話さ!有名どころではギリシャ神話、北欧神話や日本神話。マイナーなところではフィンランド神話やメソポタミヤ神話かな?摩訶不思議な話として捉えるのならば地域密着型の伝承や伝説なども含まれるかな?」

 疑問の声をあげる弱音に美玲は面白い反応を観察しているような目で見るだけだった。

 彼女の話は続く。

 どこにでもあるコンビニの中でも仰々しく両手を広げて語る彼女の姿は、大舞台でスポットライトを一心に浴びる大女優にさえ見えた。

 「さて、人類最後の物語集であり全ての芸術の基礎ともいえるであろう神話。この世の全ての物語が経験からなるものとするならば、経験の無い、あらゆる物語の出発点となった神話という作品のリソースはどっからやってきたのかな?ヒントとして多種多様の神話が存在するがそれぞれの神話に類似点は多く残っているとでも言っておこうかな?」

 「・・・・・・まさか」

 目の前の彼女は言った、脳は電気信号の集合体だと。

 目の前の彼女は言った、脳は情報の保管場所だと。

 目の前の彼女は言った、本能を兼ね備えた生き物であると。

 ここから導き出される答えは一つ。

 

 

 「人間は神話に描かれる物語のイメージを、誰しもが本能として持っているってことか?」

 

 

 「ファインプレー!!大正解だよ少年!ナイスなひらめきだよ!」

 これまでとは違う子供のような喜びように若干驚きながらも弱音は素直にその賞賛をいただくことにした。

 「人間は意識、無意識における無意識には通したイメージを持っている。人間らしい人格を形成するもの、つまり感情さ。これらを心理用語で元型、アーキタイプと呼ばれている。自我を代表として、アニマやアニムス、太母と老賢者や影などいくつかのタイプに分かれていると言われている。神話に描かれる神々や英雄、怪物、彼らが使う武具や自然災害はアーキタイプが作り出した具体的なイメージとされており分析心理学の権威であるユングは世界中の神話や伝承を調べ上げ分析することにより人間が本能的に備え持つ感情を分類したのさ。この意識、無意識に対する考え方をユング心理学において集合的無意識と呼ぶのさ」

 「人間が本能として持っている感情が神話の中で怪物や武具、自然災害の形となって表現されているって言うことですか?」

 「そういうこと!だから違う系統の神話でも共通点が見られるっていうことだよ。大きな洪水が起きて多くの物が流れ去った例はちょくちょくみられるし、冥界につながる道は洞窟なのはどの神話でもよく当てはまるものさ」

 分析心理学とは特定の誰かではなく、誰もがもつ心の普遍的なはたらきを捉えようとする学問である。

 メンタリストといったある一人の対象者の仕草や癖を読み取り経験をもってしてその瞬間抱いている感情を言い当てるわけではなく、膨大な心理データをかき集めては分析して共通点を見いだすことを主な目的としている。

 分析心理学の第一人者であるユングは、普遍的な感情の分析するに当たって人の心理を意識、無意識と分割されると考え、人間が本能としてもつ感情は無意識の中に存在すると考えた。そこで目につけたのは世界中に散らばる神話や伝承であった。神話とは人間最古の創作物。そこに無意識による干渉があると考えたユングは世界各地の神話や伝承を調べ回り、類似点を浮き彫りすることによって人の普遍的な感情を明らかにしようとしたのだ。

 またユングは無意識による干渉は夢にまで至ると考え夢分析といった概念も確立している。

 神話や伝承、夢といった科学では説明できないオカルトチックな話も含まれていることから、ユング心理学のみならず心理学全般は科学とオカルトの領域を行き来する珍しい学問として認識されているのだ。

 オカルトの領域としていうならば弱音と咲も踏み込んでしまったと言ってもよい。

 彼女の高校の教科書外の分野について行くのに精一杯だったが、本来の目的は人間の普遍的な感情の理解といった大学の卒業論文のタイトルのようなものではない。

 目的は弱音達が遭遇した摩訶不思議な現象の正体と解決方法。

 これまでの彼女の講義はゴールにたどり着くために必要な情報であり、ゴールまでの道のりでしかない。

 弱音達がいるのはまだゴールまでの道の途中である。ここで力尽きるわけではない。

 だが、弱音には一つの考えがあった。

 仮説とでもいうべきだろうが、あの理解不能の現象の核がぼんやりと見えてきていたのだ。

 彼女の説明は幾分と難解な部分を分割して理解しやすい形にかみ砕いて説明していたと感じていた。

 その上、それぞれの項目ごとに区切って説明していることを視野に入れて考えてみると、彼女は段階を踏むことにより本来の答えに導いているようにさえ思えて仕方がなかったのだ。

 研究者でしゃべりたがりのくせに、最終的な答えは直接言わずにたどり着くための道の途中にヒントを置いてくるときたものだ。とことこん教師に向きだと弱音は苦笑せざるを得ない。

 彼女の性格を持ってして再度情報を整理してみる。

 ETCM、電気信号、意識と無意識、アーキタイプ

 彼女の口から出てきた専門用語。その意味と役割を一度に並べてみると自然と一つの像を作り上げていく。

 弱音達がこの答えにたどり着くことを前提としていたならば少々癪ではあるが、誘導尋問のような流れにただただ驚くしかない。

 ただ、彼女の言動には弱音達に期待しているように見えなくもなかった。

 それに弱音達が頑張って頭を回して答えを導き出そうとする姿を素晴らしいものを見るかのように眺めていた。

 ここは一つ、彼女の期待に応えるのも一興だ。

 仕返しの一つとして弱音は自分の結論を表示しようと決意する。

 

 「なあ」

 「なんだい少年?」

 「少し分かったことがあるんだけどいいか?」

 「へえ、いいよ少年。言ってごらん」

 挑戦的な言葉に不敵な笑みを浮かべる美玲。だが彼女の瞳の奥には好奇心の炎が上がっているようにしか思えなかった。

 今回は素直にその欲求を満たすとしよう。彼の言葉をゴールの本質にぶつける。

 

 

 

 

 

「今回の出来事、ETCMが間違えて無意識の中にあるアーキタイプを読み取ってしまった結果なんじゃないのか」

 

 

 

 

 さて彼の勇気を振り絞って出した仮説とやらは通ったのか。

 間違っていたらどうしようというという現代っ子特有の羞恥が働き、まっすぐに目の前の教師を見れずに手元の飲みかけのペットボトルに目を落としていた。

 そんな彼が顔をあげたのは、向かい側の席から何かしらの物が落ちた大きな打撃音が聞こえた直後だった。

 思いがけない音に驚いて顔を上げて弱音を待ち迎えていたのは。

 

 超至近距離での美少女フェイスとのご対面だった

 

 「うお、おおおおおおお!」

 鼻と鼻が擦れるほどのお互いの距離に咄嗟に声が漏れてしまう。

 この表現で男女を表すのならばキスが定番だが、この二人にその空気感は一切無くむしろ男役の方は若干の恐怖を抱いているほどだった。

 「な、なんなんだよ!」

 「すごいよ、すごいよ少年!よく私の話から要点を絞り出して結論を導き出したね。学校の勉強できるできないじゃない、これは立派な論理的思考だよ!まさかここで私の用意した回答を言い当てるなんて考えてもいなかったよ!」

 どうやら弱音の仮説は合っていたらしい。

 改めて見れば美玲は机に身を乗り出していた。

 先ほどの音は立ち上がった際に勢い余って椅子を倒したのだろう、彼女の後ろには彼女のぬくもりが残る椅子が転がっていた。

 パーソナルスペースをガン無視した距離で美玲は彼を称えるように弱音の頭をなで始める。

 羞恥と上から視線の評価に多少の不快感があったが、何故か弱音は彼女の手を払いのけようという気は不思議と湧いてこなかった。

 

 「ま、待ってくれ!確かに俺はETCMが心の中、正確には頭でいいのか?そこに存在するアーキタイプを読み取ってしまった結果って言ったが、これが成立するならいくつかの疑問点が残るんだよ」

 「どういうことですか?」

 一番の被害者である咲が問いかける。

 美玲も倒した椅子を拾い上げ、元の位置に座り直す。

 「ふふん、仮説に穴なんて当たり前さ!それを埋めるための検証や実験があるのだからさ。さあなんでもバッチコイさ!」

 自らの盲点を突いてみようと、異論反論ウェルカム状態で待ち受ける美玲。その顔に欠点を突かれた悔しさなど無く、むしろこの状況を楽しんでいた。

 ここで引けをとって曖昧にするのは相手に失礼だ。許可も得たのだ、彼は全て隠さず疑問点をぶつける。

 

 「まずETCMがアーキタイプを読み取る点での疑問点なんだが、確かお前はアーキタイプは人間の精神世界において無意識の中に存在すると言ったよな?」

 「うんうん、言ったね」

 「まずそこが一つの疑問点だ」

 相手をはっきりさせるかのように美玲を指差す弱音。弱音の指先にいる美玲は特に動じることもなく弱音の指摘点を待っていた。

 「お前はETCMは人間の精神世界を意識と無意識に科学的に分け、意識の中にある使用者が想像したイメージを読み取ると言った。じゃあ何故ETCMは意識ではなく無意識の中からアーキタイプが造り出す像を読み取ったんだ?」

 第一の疑問。それはETCMが読み取る領域について。

 ETCMが読み取るのは意識中でのイメージ。

 しかし今回の出来事で読み取られたのはアーキタイプ、無意識の中にあるイメージ。

 根本的にイメージを取り出す入れ物が間違っているのだ。

 

 一方、指摘された美玲はというと

 「ああ、なんだそんなことか」

 ずいぶんとあっさりとしていた。

 思っていた指摘と違い拍子抜けしているのか、軽く落胆している。

 「惜しいね少年。説明文をしっかりと聞かないと。これじゃあ国語のセンター試験の読解で制作者の罠に引っかかるよ?」

 「どういうことだよ?」

 「私が言った説明文をしっかりと思い出してごらん?」

 そう言うと美玲は真っ正面に弱音の顔が来るように椅子を少し横に動かし、両手を机の上で組む。

 「ETCMは独自の区切りをもって意識と無意識に分類して、意識下のイメージを読み取る機械だ」

 改めてETCMの概要を語る美玲。

 「よく聞いてみてよ、私は意識と無意識を独自の区切りをもって分けたって。区切りに関しては独自のって言っているんだよ?」

 「それが何なんだよ?」

 「意識と無意識の線引きなんて明確なボーダーは存在しないってことさ」

 とっくに炭酸の抜けたコーラを人差し指でつつきながらつまらないような感じで

 「意識、無意識といってもいくつかの層があると考えられている。自分自身は何かという自我を中心とする『意識』、個人的な経験から成り立つ『個人的無意識』、そして深層心理の奥底なる『個人的ではなく、人類に、むしろ動物にさえ普遍的な無意識』、長いからこれは『普遍的無意識』とでも名付けようかな?こんな感じで深層心理は成り立っていると言われているのさ」

 そして、と美玲は続ける。

 「心理学上において意識と無意識、その中での各層の境界線なんてはっきりしていないんだよ。そもそも心理学者同士で仮説の出し合いで喧嘩になったぐらいさ。さっき言ったユングの集合的無意識だって無意識の構想についての考え方であってフロイトの無意識とよく対立していた話は有名さ。もちろん他にも様々な説は実際に残っていて、意識も無意識も存在しないっていう説もあるほどさ」

 「つまり、意識や無意識の考え方以前にその存在すら確証はなく、怪しい存在ということですか?」

 「そゆこと。私たちは人間が考えたイメージを拾い上げるために精神世界は意識と無意識で構成されていると仮定し、そこから意識と無意識を分けるための仕切りを勝手に作り上げたのさ。意識だと思って区切ったイメージの中に無意識が入り込んでいたなんて不思議じゃないのさ」

 長年研究されている人間を人間たらしめる器官、脳。

 彼女、もしくは彼女たちはそれらが作り出すイメージを取り出すために既存の心理学を使うことで、人間の脳を勝手に定義付けしたということか。

 人間の体の神秘の代表格にして、誰も全ての解明に成功していない器官。

 そんな暗闇のブラックボックスに自らが勝手に作った仕切りで理解できるような形に無理矢理整えようとしたのだ。

 当然、何かしらの不具合も思いがけないバグが発生してもおかしくないのだ。

 「だからお前達のいう区切りというのは新しく作り出した解釈であって、意識と無意識を間違えて区切っていてもおかしくない状態だということだよな?」

 「せいかいせいかいだいせーかい。はあ、ここまで言われるとさすがにへこみそうだよ・・・」

 弱音達に会ってから初めて拗ねた表情を二人に見せる美玲。

 唇を突き出し頬を膨らますという幼児じみた仕草であったが、彼女のルックスも相まってあざとさよりも可愛げを思わせる点についてはもう何も言えない。彼女は何をやっても謎の美少女パワーで清らかなものに変換されてしまうのかもしれない。異性でルックスもほどほどの弱音にとっては理解しがたい現象であった。

 

 「もうここらへんでいいでしょ?はい、他にも疑問点はあるんでしょ。次行こ次!」

 相当心に来ているのか美玲は弱音に先を急がせる。自らにとって都合の悪いものは遠ざけるか除去する、くさい物には蓋をする現象を垣間見た弱音は彼女の要求に従うことにした。彼女の態度の豹変ぷりは見てるだけで分かるぐらいに露骨だったのだ。これ以上彼女の態度が悪化しても弱音には何のメリットもないと判断した結果での行動だった。

 「じゃ、じゃあ私からもいいですか?」

 ここでも手を挙げてから発言する咲。

 しかし先を急いでいるのか、先生役の許可無く話し始める。

 「えっと。み、美玲さんはETCMは脳にある意識的に作り上げられたイメージを読み取るものだと言っていましたが、聞いている限りアーキタイプは一種の感情であって、具体的なイメージを含んでいるとはいえETCMが読み取る対象が違うと思ってのですが・・・」

 「ETCMが読み取る対象は意識的なイメージであって感情ではないと言うことだよね。確かにお嬢ちゃんの言っていることは合ってるさ。でもその説明だと全てをカバーしていないね。ETCMは意識の中の具体的イメージを読み取り、今回の現象は間違えて無意識を読み取ってしまったと説明したけど、この具体的なイメージと感情は決して無関係ではなく、むしろ影響を及ぼしているのさ」

 「に、人間が意識的にイメージする像であっても、中に感情が含まれているってことですか?」

 「むしろ意識的だからこそさ。ものづくりをするにあたって、機械であれ芸術品であれ、創作物に感情を込めない創作者はいないってことさ。産業に関わる機械を作っている場合でも、一番気にするのは消費者がどのように使ってくれるかどうかだろ?商業的で打算的な心であれ、消費者に使いやすいように工夫するのがいい例だ。それに作り始めるきっかけが人々を救いたいだの、好きなあの子を振り向かせたいだのが主な動機だろ?芸術品ここに感情が含まれていないなんて言えないだろう?限っては自らが抱える感情に身を任せて書き上げる芸術家が大半さ。つまり、善悪関係なく何か物を作りたいと思った時点で何かしらの感情を持っているのさ」

 何か物を作りたいと思うには、何かしらの動機がある。

 誰かを助けたいから、誰かを見返したいから、自分が思っていることを表現して誰かに伝えたいから

 ここに正義の概念があるかどうかは別にして、何かしらの感情が含まれていることは明確だろう。

 そして、車の産業ロボットであれ絵画であれ、人間の感情がそういった創作物に制作者が抱く感情が入り込むことは当然のことだ。

 ETCMはこの感情を創作物の意識的イメージという電子情報を通して読み取ってしまったのだと考えられる。

 「な、なるほど」

 「おい、こっちもまだあるぞ」

 

 納得する咲を傍目に、強引な形で質問を繰り出す弱音

 

 「じゃあもう一つ。あの不気味な現象の発生条件についてだ。確かにさっきの説明で人間の無意識の姿をしていることは理解できた。だけどETCMはイメージを読み取って理解しやすい形に書き換える装置。イメージしたものを具現化したり実際に作り上げる装置ではないはずだ。それに作り上げられるには作り上げるための構成要素が必要だ。あんな摩訶不思議なものを作り出す材料なんてあるのか?」

 弱音が突いたのは、あの現象を引き起こした素材。

 風を吹かせるのなら高速回転する固形物、火を起こすには摩擦による火花と燃えやすいもの。

 いわば自然の法則。

 無からは何も産まれない、絶対的なルール。

 それに加え、彼ら二人が見た理解の枠を越えた非常識の現象。

 理解不能で科学的な法則をほぼ無視しているであろう産物を構成する素材などこの世に存在するのか。

 

 「なるほど、確かに至極真っ当な疑問点だね。これはさすがに仮説という言葉を文の最初にくっつけないといけない状況になっちゃうかな?」

 「はっきりわかっていないって言いたいのか?」

 「いや、説明はできてもその存在や実態は頭じゃ理解しにくいということだよ」

 珍しく言葉を濁す美玲。

 「もう少しわかりやすく説明してくれ」

 「私たち科学者でもこの世に起こる全ての現象を説明できないということだよ。俗にいう魔法や霊力、胆力などの力がフィクションの世界だけじゃなくて現実世界でも存在しうるってことさ。人魂現象やUFO、幽霊や妖怪などの類いが科学的に完全説明ができないように、目に見えないオカルティックな力が働いているってことさ」

 「よく分からない呪文を唱えて発動する魔法が実際にあるって言ってるのか?科学者のくせにオカルトを信じていいのかよ?」

 「むしろ科学者だからオカルトを信じるんだよ。そもそも科学者の始まりは道ばたに落ちている石を金に変えようとしたり不老不死の薬を作ろうとした錬金術が始まりとされているし、未知なものを既知にする課程で生きている人間なのだからオカルトに一番近いと言っても過言ではないのさ」

 科学というものは自然や身の回りを観察し、そこから浮かび上がってくる規則性を見つけ出して規定の法則に当てはめることで成立する学問である。

 そのため人類の中でも理不尽や不可解な現象に一番触れやすい立ち位置にいるといって違いない。

 それ故に科学とオカルトというのは一見真反対の存在に位置づけられるケースがほとんどではあるが、この両者には密接な関わりがある。

 科学とは人間が経験したことがない、自然界における事象を独自に編み出した法則に押し込むことで未知を既知に変える学問である。

 視点を変えてみれば、子供達が入試でしか使わないであろう物理法則もアルファベットの羅列である化学反応式も、あらゆる自然現象の一部分を切り抜いて人間の用意した入れ物に詰め込んで理解できるようにしたもの。この理解するための入れ物を取り去ってしまえば、理解が及ばないオカルト呼ぶべき産物になり得るのだ。

 身の回りの物事が全て科学によって説明できると思われがちな現代でも、この概念は色濃く残っている。

 大小問わずあらゆる実験において、結果があらかじめ法則による数式で導かれた数値になることは意外と少ない。

 どのような実験であっても、机の上で電卓とシャーペン一本で算出された数値に誤差なくあてはまることはまずないのだ。

 どれだけ計算ミスなく書き出された理論解でも、実際の現象とはコンマより先のごくわずかなズレという溝が生まれててしまう。

 ありとあらゆる目に見えないほどの小さな条件が理論解から遠ざける。

 実験値が理論値とイコールになるなどほとんど無いのだ。

 実験値と理論値の間に入り込む判断不能の差。

 無数に重なる目に見えないほど小さな条件。

 この存在が人間の理解で描かれた理想図を大きく書き換える。

 その中には科学者でさえ立証不可能なものも未だ存在する。

 人間が作り上げた法則に当てはまらないもの、これこそオカルトと呼ぶ代物である。

 ここに規則性や共通性を見つけ出してこそ、科学に姿を変えるのだ。

 「つ、つまり実験によって得られた値が数式で導かれた値になることはありえなくて、その間にある差が理解できないぐらいの条件が重なっている。その条件がいわゆるオカルトと呼ばれ、そこに規則性を見つけられれば科学になるってことですか?」

 「理解早くて助かるよ、概ねそんなところさ」

 「まじかよ・・・」

 いきなりの方向転換に弱音は戸惑うことしかできなかった。

 ただえさえ実感の湧かない科学用語のオンパレードからまさかの魔法とかの世界に入ってしまっていたのだ。

 まだよく分からないカタカナの薬品の名前を聞かされていた方が信用性はある。

 呆然とする彼は知るよしもないが、心理学とは最先端科学とオカルトを両立する非常に珍しい学問である。

 故に既存の科学法則に当てはまらない現象を実際にありうる現象として仮定し、それらが現実世界であり得るという前提で話を進めることが多い。

 それを裏付ける証拠として、心理学の基礎を作り上げた著名な心理学者の多くは頻繁に心霊現象や霊などオカルトの世界に入り込んでいると言われている。

 だからこそ一般人には受け入れがたい側面を心理学は持ち合わせているのだ。

 普通の学生である弱音も一般人サイドだ。この状況を飲み込むためには無理矢理にでも理解できる形に押し込み、オカルトの領域に入るしかない。

 人間は理解が及ばない存在に恐怖を感じる。

 弱音も例外ではない。

 この先に何があるのか、見当も付かない。

 ましてや魔法だのオカルトときたものだ。そう易々と受け入れられるわけがない。

 そこに抱く感情など恐怖以外に何があろうか。

 ここは映画でも漫画でも小説でもない。れっきとした現実世界だ。

 死んだ人間が勝手にコンピュータとして生き返るわけでもなく、オートセーブ機能の無いやり直しがきかない世界なのだ。

 そんな世界の境界線上に弱音は立っている。

 何が起こっても巻き戻しは効かない。

 その絶対的ルールをもってして弱音は、未知の領域に再度踏み込む。

 必死に恐怖を押し殺して、前に進むしかないのだ。

 

 「ちょ、ちょっと待ってくれ。話の根本が違うじゃないか!」

 彼ら二人についていこうと必死に声を上げる弱音。

 踏み込むと決めたのだ、ここで置いていかれるわけにはいかない。

 その為に弱音は頭をフル回転させる。

 

 「お前が言っているのはあの現象を引き起こすための素材になる物についてのことだろ?ETCMは想像した物を作り出す機械じゃない、想像した物を作り出すための設計図となる物を描き出す装置だ。あの現象を作り出すには、その設計図を基に現象を作り出すための変換器みたいなものが必要だ。それについてはどう説明する?」

 「これも仮説だけど、これもオカルトの考え方かな?」

 さすがに話すことに疲れたのか、それともひたすらに自らの発明品の欠点を掘り出されるのが気にくわないのか、けだるい調子で美玲は語る。

 「古今東西、ありとあらゆる国や地域で祈りという概念は存在する。日本でも祈祷があるけどそれも祈りの一種さ。対処できない事態、干ばつによる食糧難、大雨による洪水、独裁者による恐怖政治など多くの困難を目の前にして人間は解決を望み、願いとして祈りを行ってきた。どうか我々をお救いくださいってね。これが形として残ったのが伝説や伝承といった類いのものさ。さっきも言った通り、伝説や伝承のリソースは人間の心に眠る無意識だ。だったら祈りという行為は無意識を引き出す行為とも言える」

 実際の様子を示すため神に祈りを捧げる巫女のように手を合わせ目を閉じる美玲。

 「人間一人だけの無意識だけでは像は朧気だ。他の感情も交じって歪な形になってしまうからね。けれど大規模な祈り、多くの人間が同じゴールに向かって同じ思いを抱くことで人間の中に眠る無意識はだんだんと鮮明な形となって浮かんでくる。人間の無意識を具現化するための設計図の完成さ。これにさっきの魔法とやらが設計図を骨格に肉付ることであの現象が起こるのさ」

 「世界中に記された伝説や伝承は多くの人間が同じ方向性の思考を持つことで、人間の特定の無意識がどんどん明確になっていくってことか」

 「そゆこと。これは一種の人間という生物の生態とでも言おうかな?さしずめ『信仰の概念』とでも定義できるかな?」

 人は常に誰かに助けを求めている。

 大小問わず、人間は生きている限り困難という壁にぶつかる。その救いを求める先が実際に存在し得ない、人間の思考が生み出した概念的な物である場合は決して少なくない。

 彼らの願いや祈りが無意識の姿だ。

 ただ、一言に無意識と括ってしまえるほど、人間の無意識は簡単な構造をしているわけではないと言うだけの話だ。

 宗教の信仰や価値観で戦争が起こっているように、それぞれの生い立ちや生まれた環境、取り巻く人間環境によって、人間が抱くであろう感情は変わってくる。無意識は人間共通の仕組みというが、その中でも強弱があるということだ。

 人間が成長し、感情が芽生えていく過程にて、いくつも重なる条件が基盤となる無意識を変えていく。

 見方を変えてみれば、これこそ自我やアイデンティティと捉えれる代物だ。

 このようにいくら無意識とはいえど、人によってわずかな違いが存在する。全くもって同じというケースは決して多くない。

 だが、人間の無意識は条件によって形成される。

 これは条件さえ変えれば無意識を変化させられるということだ。

 その条件こそ大災害などの大規模な悲劇だ。

 誰しもが巻き込まれ、涙を流す出来事。

 そうなれば、人々の願いは自然と重なり、一つの形として作り上げられる。

 そうして、人間の特定の無意識が一つの形として統一化され、不純物が徐々に取り除かれるように明確になっていく。

 これが、人間が進化の過程の中で編み出した『信仰の概念』だ。

 「この多くの人間が願いが集まった代物、つまり特定の無意識の姿がむき出しになり、一つの形として確立された姿が、代々受け継がれた伝説や伝承を引き起こした説明書さ。これこそ現象を作り上げられる設計図とも言えるだろう。大事な要素としては、人間の無意識が一つの形に収束されたという部分かな?」

 そして、と美玲は一度言葉を句切り

 「ETCMが作り出す設計図は一つのれっきとした情報体さ。人間の思考の明確な姿とでも言おうかな?両者の間にあるのは、それが不確定な代物か、電気信号に置き換えた代物かの違いだけさ。さーて、もう私の癖や趣向はもうおわかりだろう?」

 「ああ、それはもうわかりきってるよ。それになんとなく、お前の言いたいことも見えてきたよ」

 こんどこそ、目の前の少女の目を見据える。

 彼女の言葉をつないでいく作業。それにより見えてきた一つの形を今度は堂々とぶつける。

 

 

 「今回の現象は、『信仰の概念』における多くの人間の無意識がETCMが作り出した情報体に置き換わったことで生じた現象。本来の多くの人間による無意識の明確化を、ETCMの独自の区切りによって代用した。ETCMが作り出した電気信号も人間の無意識を明確にした形だからってことだろ?」

 

 

 

 「人間の学習スピードってのは恐ろしいね。近頃はスーパーコンピュータだの人工知能だのがもてはやされているが、断然私は人間の脳の方が魅力溢れていると思うさ。これは人間全体の話ではなくて、君だけに限った話かもしれないかもね?」

 彼女の言葉を解釈するならば、どうやら彼の考えは正解らしい。

 科学的に捉えた彼女の言葉は、彼女なりの一つの褒め言葉とでも受け取っておくべきだ。

 「人間の無意識の明確な姿をETCMの設計図に置き換えただけの話さ。それに『人間の理解を超えた力』が現象の本質として肉付けされていったってことさ」

 

 満足そうに頷いた美玲は、目の前の二人を改めて見据える。

 そこにいたのは、一人の科学者としての顔があり、二人を試すような視線で捉える。

 

 「さて、これで全体像は見えたかな?これが君たちが踏み込んでしまった、今までの常識が通用しない世界、その一部分さ」

 天国にしても地獄にしても、必ず案内人が存在する。

 あらゆる神話においても天国や地獄のような概念は存在し、役割は多少違えどその道へ誘う案内人なるものは描かれることは多くある。

 そういう意味では、

 

 弱音達二人にとって、案内人となる美玲が導く先は天国か地獄か。

 それは、導かれた領域に入った後に知ることである。

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