呪いは巡り、怪異は囁かれ   作:カチカチチーズ

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呪ノ五

─────・─────

 

 

 

 

 

 

 ズズゥンン……!

 

「おぉう?いま、すげぇ揺れたな」

 

 

 突如として呪霊の領域である電車が大きく重音を響かせながら揺れ動いたと思えばすぐにそれが止まった最中、虎杖はやや驚き反応し思わずその足を止める。

 もちろん、呪霊の領域である以上、何が起きてもおかしくはないが、地震と間違うほどには大きな揺れがあった以上、思わず足を止めてしまうのは仕方ないだろう。

 そんな虎杖を余所に心實は相変わらずの表情で僅かに眉を動かしため息をつきながら、後方車両へと視線を向け

 

 

「『蜈蚣(ごこう)』か、『独角僊(さいかち)』か……派手にやってる」

 

 

 そう呟き、ふたたび呆れたようにため息をつけばその呟きを耳にした虎杖が反応する。

 

 

「ごこう?さいかち?」

 

「太秦の術式。多分、あっちで戦ってる」

 

「諏佐先輩が…!じゃあ、合流しねえと」

 

 

 そう急くように心實に言う虎杖だが、肝心の心實は首を横に振りながら自分の制服の裾を軽く揺らし独特なリズムで手首を叩いてみれば、心實の裾から何か黒い蟲のようなものがのっそりと一匹這い出てきた。

 その黒い蟲に思わず虎杖は声を上げそうになるが、すぐに口を閉じよくよく見てみればその蟲が脳裏に過ったような虫ではないことに気が付き、その蟲がなんなのかポツリと呟いた。

 

 

「ホタル?」

 

「『腐草(くちくさ)』…これも太秦の術式」

 

 

 虎杖が口にしたとおり、その蟲はホタルに酷似していたが、そのサイズは心實の掌、指までは含んでいないがそれとおおよそ変わらぬサイズであり、小学生並みの体躯である心實の掌ということを加味しても『腐草』と呼ばれた蟲のサイズは異様と言える。

 心實が言う様に術式であるからここまでのサイズなのだろう、そう虎杖はなんとなく考え、心實の裾から飛んでいく『腐草』を視線で追う。

どこか怪しげな光を携えた『腐草』は揺れの原因である諏佐がいるのであろう後方車両側へと飛んで行って────

追っていく視線を華奢な腕が遮った。

 

 

「あれ?」

 

「あまり、長く見ないほうが良い。『腐草』も結局は毒蟲、変に見続けてると面倒になる」

 

 

 心實が虎杖の目を隠したのだ。

 それにより、どことなくボーっとしていた虎杖は正気に戻ったかのように首を傾げ、改めて視線を片手で抱えられている先輩へと向ける。

 そう、いま心實は虎杖に抱えられていた。小学生ほどの体躯ならば、虎杖の身体能力で容易く抱えられる。しかし、何故抱えられているのか?それは単純な理由だ。

 心實が小柄すぎるから。それだけ。

 純粋に歩幅の問題でこの領域の大本を叩くためにも急ぐ必要のある二人には心實の歩幅が一番の問題であった。いつもならば、心實は諏佐に抱えられているのだが今回ばかりは諏佐がいない以上、虎杖に頼むしかなかったのだ。

 もちろん、心實にこの状況への不満がないわけではなかったが虎杖が必要な事と割り切っていて特に気にしていないのを術式で理解している為に任務が終わってから諏佐を詰ることを決めているので何も言わない。

 

 

「虎杖、私たちは先へ進む。少なくともここはほぼほぼ一直線。もちろん電車という形を守っているという前提だけど……太秦は放っておいても追いつく。だから、私たちは進む」

 

「わかった、先輩……んじゃ、走っから、舌噛まない様に気をつけてくれ」

 

「わかった」

 

 

 虎杖の言葉に心實は持ち込んだ呪具で呪霊らから保護されている乗客を一瞥してから答え、それを合図に虎杖は車内を前方車両目掛けて駆ける。

 車両間のドアを蹴破りながら、次の車両へと向かえばやはり壁や天井、床から滲み出てくる呪霊たち。それを前にして虎杖はその足を止め……ずにそのまま走っていく。

 

 

「こういうタイプの呪霊はいちいち相手をするだけ無駄。大本を叩くのが一番

 

 なにより、放っておいても後ろからくる太秦に祓われる」

 

 

 足を止めようと飛び掛かってきた呪霊に呪針を投擲しながら、微かに後方から聴こえてくる呪霊を轢き潰しているような音に心實はなんとも言えぬ表情をし、そんな彼女の言葉に虎杖は頷き前方に飛び出してきた呪霊をまるでサッカーボールか何かのように蹴り飛ばして比較的固まっていた呪霊たちをボウリングよろしく吹き飛ばして前へ前へと進んでいく。

 

 

 そのまま速度を落とさずに虎杖は走り、何両か突っ切ったところで恐らく先頭車両と思われる車両へと辿り着いたことでその足を止めた。

 恐らくは呪霊の大本がいるであろうこの先頭車両に辿り着いたのだが、車内を見回し虎杖は警戒しながらも疑問を口にする。

 

 

「何もいない…?」

 

「……静かに……これは?」

 

 

 どこを見回しても呪霊はその姿が見受けられない。

 道中に出てきていた雑多な呪霊たちも滲み出てくることはないが、それでもいままで通ってきた車両以上の澱んだ空気が漂っている。少なくともこの車両がこの領域の最深部であることに違いない。だが、だというのにこの領域の主である呪霊がいないのはどういうことなのか?

 潜んでいる?

 それならば、虎杖から降りて術式を使用し索敵に集中している心實が見つけられないというのはおかしい。

 

 

「(どこだ……どこ、どこ……聴こえない?)」

 

 

 既に術式の範囲はこの車両だけに留まらず、二つ後方の車両まで広がっている。だが、一向に見つけられない。

 いままで、こんなことは無かった。

 多くの呪霊と任務で戦ったことがあったが、術式で索敵できなかったなんてことは無かったはずなのに、どういうわけかまったく聴こえない。

 その現状に心實の心は僅かに揺れて─────

 

 

「っ先輩!!」

 

「っ!?」

 

 

 叫び声と共に心實の身体が勢いよく引き寄せられ、気が付けば車両の真ん中がわへと移動していた。いったい、何がと視線を巡らせてみればどうやら虎杖に抱き寄せられそのままさきほどまでいた場所から大きく飛んでいた。何故?そんな疑問よりも先に心實の視線がその理由に行きついた。

 

 

「ギ・ギ・ギ・ギ・ギ」

 

 

 身の丈はパンダと比べて二回り、いや倍以上はある体躯に澱んだ黒、そして人間と似ても似つかぬ歪んだ、それこそ猿の顔を醜悪にしたような顔面にやはり澱んだ黒しか存在しない双眸を持つ六腕の呪霊が雑音交じりの声とも鳴き声ともつかぬ音を二つの手で塞いでいる口から漏らしながらそこにいた。

 六つある腕の内、自由な腕の一つを振り下ろした形でいるのを見るに恐らく、索敵に集中していた心實を狙ったのだろう。

 だが、心實へ解せなかった。索敵に集中していた心實と虎杖、なぜ後者が先に気が付けたのか、そして目の前にいるというのに何も聞こえないというのはどういうことなのか?

 そんな思考を回す心實を余所に、虎杖は呪力を回しながら目の前の呪霊────『猿夢』を睨みつける。

 

 

「ギ・ギ・ギ・ギ」

 

「何笑ってんだよ」

 

 

 口を塞ぎながら音を漏らすさまは見る者からすれば、まるでなにかおかしいとでも笑っているように見える。現に虎杖には目の前の呪霊が嗤っているように見えていた。それは人の命をどうとも思っていない呪いらしいもので、故に虎杖は動いていた。

 まっすぐに突貫する。だが、馬鹿正直に突貫するのではなく、呪霊の六腕で捕まりにくいようにそして、呪霊の懐へと潜り込むために床すれすれ、まるで地を這うような低姿勢での突撃。

 しかし、猿夢とて馬鹿ではない。

 掴みにくいならば、上から殴り潰せばいい。そう判断し、四腕でタイミングをずらしながら虎杖を狙っていく。

 一撃、二撃、三撃、四撃、と虎杖は全てを回避していき猿夢との距離を詰めていく。ならば、猿夢がとるのは口を塞いでいた残りの腕を振るう事。前から上からと同時に潰そうと腕を振るえば虎杖は急ブレーキをかけて姿勢を前傾から後傾へと急速に変えて、正面から迫る腕を踏み台にし上から来る腕を避け猿夢の眼前へと踊り出る。

 

 

「ズ・グナ゛ア゛ア゛ア゛・グワ゛・ゼロ゛」

 

「誰が、食われてたまるか!!」

 

 

 眼前に躍り出た虎杖を喰おうと猿夢は大きく顎を開いて噛みつきにかかるのに対して、虎杖は体を捻り勢いをつけ噛みつかれるよりも先にその呪力の籠った拳を猿夢の鼻面へと叩き込んだ。

 思いっきり鼻が沈んでいくのを見る限り、かなりの威力が出ているのだろう猿夢は音にならぬ絶叫を上げながら思わず大きくその場から仰け反った。

 そうして見せる喉元、そこに勢いよく何本もの呪針が突き刺さり、近くの金網を足場に蹴って虎杖は追い打ちと言わんばかりに猿夢の下顎を蹴りつける。

 

 

「ふざけた話。口を押えてれば魂が聴こえない?馬鹿にするなよ、猿」

 

 

 パチリと高専制服の前を全開にしながら、心實はどうして術式が通じなかったのかを理解し文句を吐き捨て制服裏に仕込まれていた何十本もの呪針を取り出し、虎杖と猿夢の動きに合わせ呪針を投擲していく。

 呪針と虎杖、猿夢からすれば前者はいくら刺さったところで問題はないと考え、ひたすら後者に集中する。いや、そうせざるを得ない。

 そもそも、呪針を回避することが出来ないのだ。魂から情報を取得している心實の前では猿夢の動きは手に取るようにわかり、虎杖の攻撃を回避する、回避しようとする、そういう動きに合わせて的確に呪針は放たれ、突き刺さっていく。もちろん、猿夢には自身の魂を防護する術が存在しているが、それをすれば虎杖の攻撃に対処する手が物理的に減る。

 

 

「おおぉ!」

 

えぐり出しえぐり出し

 

「ズグナ゛」

 

 

 故に猿夢の選択はいたって単純。

 手が足りないのならば増やせばいい。猿夢の術式がうねりを上げる。

 車内に響くノイズ交じりのアナウンス。それに応えるように天井、壁、床より何体もの呪霊たちが滲みだして猿夢へと迫る虎杖へと襲い掛かる。

 四方八方、それらを認識した瞬間虎杖は床を力いっぱい殴りつける。呪力を乗せた一撃がそのまま床を起点に衝撃波と呪力をまき散らしそのまま迫ってきた呪霊たちを吹き飛ばす。だが、隙は隙だ、その一手の為に生じた僅かな隙を狙って、猿夢は大ぶりの一撃を横合いから虎杖へと叩きつける。

 

 

「ずぅッ……!?」

 

 

 長椅子を拉げながら虎杖は壁にぶつかり、そこへ先ほど吹き飛んだ呪霊たちが殺到する。

 きゃいのきゃいのと喚きたてながら、飛び込んでくる呪霊たちの手にはおおよそ武器として使うにはおかしいスプーンが握られており、先のアナウンス通りに虎杖からえぐり出すつもりなのだろう。

 だが、ここにいるのは虎杖一人ではない。

 

 

「すぐに忘れるあたり、ほんと猿」

 

 

 放たれた呪針が的確に呪霊を祓っていき、口内を切った虎杖が血交じりの唾を吐き捨て、追い打ちをかけに来ていた猿夢の腕を今度はしっかりと受けとめ、がっしりと自分の腕で抱えて力強く引き寄せる。

 そもそも腕を受け止められると思っていなかったのか、猿夢はその澱んだ黒い双眸を見開き、そのまま虎杖へと引き寄せられる。

 如何に猿夢が巨躯であろうと勢いが付けば簡単に止まる事は出来ず、僅かな隙間から虎杖が離脱したことで今度は猿夢が壁へと勢いよく激突する。それにより車両全体が大きく揺れたが、二人は何も気にせず心實は改めて位置取りをし、虎杖は一瞬全身の力みを抜いた。

 そうしている間に猿夢は大きく身体を動かし、自身の体勢を戻し窓に突き刺さっていた顔を車内へと戻す。

 

 

「ズグな────」

 

 

 目の前に拳が迫っていた。

 回避────思考に術式による妨害とそれが過ったがしかし、既に遅い。顔面に拳が突き刺さる。一撃、では止まらない。

 

 

「おおおおおぉおおぉおぉぉぉぉ!!!」

 

 

 何度も何度も、何度でも虎杖の拳が猿夢へと叩き込まれていく。猿夢の顔面が元々のそれ以上に歪んで歪んで、歪んでいく。抜け出すことは出来ない、壁と虎杖に挟まれ殴られていくたびに壁に埋められていくのだ。抜け出す隙間なんてどこにもない。

 何発殴られただろうか?

 十?百?猿夢にはわからない。

 だが少なくとも早く逃れなければ祓われるという事実だけは理解していた。どうするどうする、思考を回していく、浅ましく呪いらしく思考をカリカリと回して、

 

 

「っ、虎杖!!」

 

「は?」

 

 

 猿夢は吹き飛んだ。背後にあった壁はどこへやら、唐突に猿夢の背後に広がる空間。

 いや、それだけではない、周囲一帯の空間が変化したのだ。電車の車内という閉じられていた領域は途端にどこか林の中に変わった。いったい何をした!?と虎杖は驚愕を露わにし、心實は猿夢の思考を読んでいたが故に何が起きたのか当然理解しており、すぐに術式を一時解除し呪力を練り言霊を告げようとする。

 

 

「闇より出でて闇より黒く────(間に合わないッ)」

 

 

 だが、それよりも早く猿夢は逃走を開始する。わき目も振らずに一直線に最短距離でこの林を出ていく。

 閉鎖した領域、自ら殺していた機動力を最大限に使っての逃走、驚愕し止まっていた虎杖も今から帳を張ろうとしていた心實では追いつけない。

 

 

 

 そう、二人では……

 

 

「逃げんなよ、猿」

 

 

 逃走を開始した猿夢は唐突にそんな声を聴いたと思えば勢いよく自分の足が引っ張られているの感じ視線を向けたと思えば、勢いよく地面に身体を激突した。

 うめき声があがると同時に帳は降り、同時に自分の目の前に誰かが降り立った音を聞いた。恐れる様に顔を上げてその音の主を伺ってみれば、そこにはクモがいた。

 

 

「よお、猿。土産に殴られて行かないか?」

 

 

 自身よりかは幾分かは小さいがそれでも巨大と言えるジョロウグモにも似たクモとそれの上に立つ一人の呪術師。

 諏佐太秦が獰猛な笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

─────・─────

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