週明けの放課後、軽音楽部室。
「レッドテールキャットフィッシュ。南米アマゾンが原産だ」
スマホで撮られた写真を、神原はじっと見つめた。
「日本では、当初は食用として輸入されたが、近年では観賞用ペットとして知られているな」
「誰かがペットを逃がしたってことかよ? ちゃんと責任もって飼えってんだよな」
京次が肩を竦める。
「……飽きたから、ということではないかもしれん」
「え? どういうこった」
「これはスタンド使いなのだろう? 確かに、人間以外のスタンド使いはいる。だが、自力でスタンドを発現させたとは限らん」
「ってことは……」
「〈矢〉を用いてスタンド能力を発現させた可能性がある。望んでいた能力ではなかったので、不要ということで放流した……」
じっと考え込む神原。
「無責任だよねー。 オレたちみたいに、ちゃんと自然に返すべきだよ」
「服部くん。君の言う自然とは、何というか有機肥料的な代物ではないかね?」
「先生、そこまでハッキリと……」
ガラリ、と扉が開いた。
一同が見守る中、入っていたのはユリ。
「はぁーい! あらら、私ってみんなの注目浴びちゃってる? 美しさは罪、とか言わせたいわけ?」
「タイミングの悪いところに入ってくるね、アンタ」
苦笑交じりの遥音。
「ちょうど、航希が下ネタで滑ってたところだよ」
「オレじゃないよ! 先生がそういう方向に」
「いやいや、君が誘導したのだろう? そういうツッコミを入れろ……とね。私は確信したよ」
「違ーう!」
和やかな笑いが起きるが、ユリの目は笑っていなかった。
「ところでさ、遥音。あんたが今後、〈ジョーカーズ〉のリーダーやってくわけでしょ? 私たち二人に、この際新メンバーも加えて、バンド活動再開しようよー! もう、私もボーカルやらせろとかワガママ言わないからさー」
「あ……うん、そうだね。確かに。だけど、新メンバーって言ったってすぐってわけには」
「腕前は、少し妥協するのも一つの手じゃん? 経験積んできゃうまくなるかもだし。とにかく、活動が滞るのが一番よくないよ! そうだなー、たとえば京次くんとか航希くん。最近、風紀の文明くんも入部したんでしょ?」
「え!?」
遥音が、目を丸くした。
「コイツらは、バンド解散で部員が足りなくなったから、人数合わせのために頼み込んでるだけだよ。部員が五人いなきゃ、部活動として認められないし、予算もつかないからね。この部室だって使えない」
「きっかけはどうでもいいじゃない。問題はやる気だよやる気! ねえ、二人ともどう? この際、一緒にバンド始めない? 楽器演奏はボチボチ覚えていけばいいんだしさー。私、今後は部室にできるだけ顔出すから、教えたげるよ」
「あはは……。考えとくよ」
愛想笑いをする航希。
遥音は、ユリに聞かれないよう、神原と小声で話した。
『部室にできるだけ来るって? 今まで、このコも他のメンバーも、部室には来なかったから安心してたけど』
『正直まずいな。校内で、我々がスタンドに関する会話ができるのは、ここだけだからな』
『だからって、出てけとは言えないよ。このコは元から部員だし、言ってることももっともだし』
『しかし、バンド練習など本格的に始められるのも困る。須藤くんだけなら仕方ないが、武原くんたちまで付き合わされては、本来の活動に大いに支障が出る。軽音楽部の顧問としては、不適切なのは承知だが』
一方、屈託なく喋りながら、ユリは視線を神原たちにちらりと向けた。
(困ってる困ってる。……だけど、あんまり怒らせるとマズイよね、あのバケモノを。大体、私だって好きでこんなことしてるわけじゃない!)
ユリは、あの男との会話を思い出していた。
『君は元から軽音楽部の部員なんだから、今後は頻繁に部室に顔を出せ。奴らはたまり場で、スタンドについての会話すらやりにくくなる。それと、部内で見聞きしたことは、逐一俺に報告すること。まさか嫌とは言わないだろうな? 君が職員室で敵の手助けをしていたことを、神原先生が知ったらどう思うかな? 怒るだろうな~きっと……』
満面のドヤ顔で脅してきた時には、内心で歯ぎしりしたものだった。
(あいつ、最初からそれが狙いだったんだ! まんまとハメられた……。場合によっちゃ、神原先生の側についてやるからね。どっちにしろ、先生の信頼を得ておかないと)
それから、さらに時間が過ぎて。
風紀委員会が終わって、文明が書類を片付けていると。
「天宮くん。ちょっといいですか?」
声をかけてきたのは、会議に同席していた、生徒会書記の
「あ、うん。どうしたの?」
「天宮くん、最近軽音楽部に入ったんですって?」
「ああ。といっても、人数合わせのためにね。あそこには幼馴染がいるんで、断り切れなくて」
「実はですね。もらっていただきたいものがあるんです」
普通なら、この一言でいろいろ想像して、ワクワクする男もいるかもしれない。
だが生憎、文明はそういうタイプではない。至って真面目に聞き入るだけだ。
「アンティークのキャビネット。軽音楽部の部室にどうですか?」
「キャビネット?」
「高さ70センチ、天板の縦横50センチ。あたしたちの部室じゃ置き場所もありませんし」
そうだろうな、と文明は思った。愛理の所属する吹奏楽部の部室は、楽器や機材も最小限しか置けない状態だ。
「そのくらいなら、軽音楽部室に置けそうだな。あそこ、物入れがあんまりないし」
「引き取っていただけますか? あたしの家の物置から出てきたものなんです。古いけど、傷みはあまりなさそうですし、捨てるのももったいないからと思いまして」
「分かった。今は君の家に?」
「実は、もう学校に持ってきてるんです。あたしたちの部室まで持ってきたけど、やっぱり無理で。あ、もしそちらでも使えないようなら、申し訳ないけどお返しください。他のところを当たりますから」
彼女は物を大切にするんだな、と文明は思っただけだった。
ゴロゴロゴロ、と引いてきたリアカーを、文明は部室の前に据えた。
「誰かいるー? ……やっぱり、もうみんな帰ってるみたいだな」
実は、ユリの来襲でそれ以上突っ込んだ話もできず、早々に解散したのだが、文明は知る由もない。
もうすっかり暗くなっている室内に明かりをつけると、文明はリアカーに戻った。
乗せてあったキャビネットを、改めて見る。確かに古いが、キチンと拭いてあり、ネコ脚のついた洋風のデザインだ。
(何とも言えず、趣は感じるよなー。間庭さんが、捨てるに忍びないのも少し分かるな)
文明は、キャビネットを抱え上げると、一人で部室に運んでいった。
窓際の壁の一角に、まるで前もって空けていたかのようなスペースがあった。とりあえず、そこに置いてみる。
「ちょうどいいサイズだ! これなら、みんなも捨てろとは言わないだろ」
何となく満足して、文明はキャビネットの中を見てみることにした。
まずは天板の真下にある引き出し。抵抗もほとんどなく、カラリと開いた中には何もない。ホコリすらも、すでに掃除済みらしく見つからない。木そのものは古そうだが、ちょっとした書類くらいなら入れるのに抵抗は感じなくてすみそうだ。
次に、その真下の、大きな扉。右側に丸くて小さな持ち手があり、それを引いてみた。
その中も、何もない。外側と同じ木で、背面もできているらしかった。
扉を閉めようとした文明は、ふと、中の奥の方の、一番下辺りに何かが見えた。
「何か書いてある? これって……家紋?」
何の気なしに、文明はその家紋に触れた。
次の瞬間。
唐突に、全身が前方に吸い込まれる感覚に襲われた。
「!?」
身構える暇もなく。
文明の体は、前方に投げ出された。肩にかけていた、書類入れのカバンが床に放り出される。
「……ここは!?」
目の前の情景は、完全に変化していた。
8畳ほどもある和室。右側には開いている襖。左側には閉まっている襖。そして、正面には障子があり、外からの日差しを和らげていた。全体的に、古くに造られた印象で、しかし廃墟という雰囲気でもない。
慌てて後ろを見ると、自分がさっき開けていたキャビネットが、そのままある。
中を覗くと、やっぱり家紋が同じところにある。
恐る恐る、その家紋に手を触れると。
またもや、吸い込まれる感触があった。
「……これは!」
体が投げ出されたのは、軽音楽部室の床だった。外は、夕闇がわずかに濃くなってきた様子。
文明は、もう一度キャビネットを見た。
(もう一度……行ってみるか。カバンを置き忘れた。戻れる保証はあるわけだし)
未知の状況に対する恐れが、全くなかったわけではない。しかし、文明は手を伸ばさずにはいられなかった。
家紋に、確信をもって触れる。
すると。
やはり吸い込まれ、投げ出される感触と共に、先ほどの和室に入り込んでいた。カバンも、先程と同じ場所にある。
キョロキョロと辺りを見回すと、文明はハッと気づき、まだ履いていた靴を脱いで靴下だけとなった。
まずは、障子を開けてみた。
縁側があり、まだ高い日差しが差し込んできている。その外側は小さな庭となっている。
剪定された形跡のある木が幾つも植えられており、植木鉢には花まで生けられている。ちょっとした池までしつらえてあるが、そちらはもう水が枯れてなくなっていた。
文明は、庭に降りてみようと思い、靴を拾ってきて上り口に投げ落とそうとした。
だが。
縁側から外に出る、というところで、靴が跳ね返されてしまった。
「!?」
文明は、自分の手を外にかざしてみる。
しかし、やはり縁側と外との境目で、手は見えない何かに遮られてしまった。
「……だったら。〈ガーブ・オブ・ロード〉!」
するする、とスタンドの手から布が伸びていく。
しかし、布も縁側から先には出られない。横へ横へと探っていくが、一面全てが見えない壁となっているようだ。
(何だこれ!? 外には出られないってことか。少なくとも、普通の家じゃない!)
その時、文明の背後から、柔らかい声が聞こえた。
ぎょっとして振り返ると、一匹の黒猫がいた。
じっと文明を見つめていた黒猫は、文明が一歩踏み出すと、急に駆け出して、空いていた襖の向こう側へと消えていった。
(……?)
何となく気になって、文明はその後を追って、和室を出た。
横に伸びる廊下。左側には玄関、右側にはさらに幾つかの部屋があるらしい。
まずは玄関。土間に降りて、扉に手をかけたが開かない。鍵がかかっているというより、そもそも開くようになっていないと文明は確信できた。
戻ると、文明は部屋を一つ一つ回ってみることにした。
玄関脇の一部屋は、洋風の応接室。小型のピアノが据えてあり、譜面が棚にたくさん並べられている。年代物の蓄音機が台の上に置かれており、レコードも別の棚に並んでいた。
(何だか、ひと昔前にタイムスリップしたみたいだな……。いや、本当にそうなのかも)
別の部屋も、一つ一つ入ってみることにした。
台所はキレイに整頓されており、食器も調理道具もある。どれも新品というわけではなさそうだが、今現在使われているという感じもしない。
他の部屋は、和室ばかりだ。タンスなどの家具はあるのだが、どれも開けようとしても開かない。
一応、トイレというより旧式の便所もあるのだが、臭いもまったくしない。
(……これで、部屋は全部見て回ったな。人の気配も全くないし、さっきの猫も見当たらない。外に逃げたとも思えないんだけど)
他にやることもないので、帰るつもりで元の部屋に戻っていく。
敷居を越えた時、正面の閉められた襖が目に入った。
(あ。そういえば、あの部屋には入ってなかった)
文明は、拾い上げたカバンを肩にかけると、襖に手をかけた。何の抵抗もなく、するすると開く。
部屋には古風な大机があり、奥には仏壇がある。その中に飾られている写真に、文明は目を止めた。
(あの写真のお爺さん、どこかで見覚えがある……あれと全く同じ写真だ……どこだったか……)
じっと考えていると、ふと閃いた。
(校長室! そうだ。城南学園の、初代理事長が、この写真だった! でも、どうしてそれがここに)
その時。
背後から、鋭い呼気が聞こえた。
振り返ると、先程の黒猫が入ってきていた。怒っているらしく、背中を強く丸めて毛を逆立て、文明を睨んでいる。
そして、猫が大きく飛び上がった。普通の猫にはありえないほど高く。
剥き出しにした爪が、文明の顔を狙っているのが明らかに分かった。
「!」
文明は手で顔を遮りながら、〈ガープ・オブ・ロード〉を目の前に出現させた。
黒猫の攻撃は、スタンドにガードされて文明には届かない。だが、手を動かした拍子に、肩のカバンが落ちて畳に落ち、中身が飛び出した。
次の攻撃を予測して、身構える文明。
しかし。
黒猫は、ピタリと攻撃をやめた。
スタスタと畳を進み、カバンから飛び出した書類を眺める。
黒猫が見つめていたのは、写真だった。今期の生徒会のメンバーで撮影した記念写真。今日の会議で、役員全員にも焼き増しが回されていたものだった。
「……写真が、どうかしたのか?」
その熱心さに、つい文明は尋ねていた。
黒猫はふと文明を見つめると、写真の一部を前足で指した。
そこには、愛理の顔が映し出されていた。
「間庭さん? そういえば、あのキャビネットは彼女からもらったもの……。君は、彼女と関りがあるのか? そうなんだな?」
黒猫は、じっと文明の言葉を聞いていたが、すぐに駆け出した。
いや、大机の近くに置かれた、新聞立てに駆け寄っていく。
黒猫はその新聞立てを、前足で文明に示した。
「え……? 新聞を、読めって言ってるのか?」
文明が、新聞立てに近づく。黒猫は、その場所から離れて、大机の傍にある座布団に、体を丸めて座り込んだ。
新聞を手に取る文明。
日付は、今日のもの。その一面には、大きな見出しがあった。
『城之内邸にて、幽霊猫発見! 邸宅の守護神と判明』
見出しの側には、まさに今、座布団の上にいる黒猫の写真が載せられていた。
「守護神? 君が?」
ふわー、と、猫がアクビをする。
続けて、文明は記事を読んでいった。
『幽霊猫は語った。吾輩は猫である。名前はまだない』
「えーと……これって、あの名作と同じ書き出しだよね?」
『どうしても呼びたいのであれば、
「名前あるんじゃないか! しかも、何だかえらく上から目線だし!」
自称炭三は、ソッポを向いている。
『遠く過ぎ去りし時、吾輩はこの邸宅を我が縄張りと定めた。なれど、吾輩より先に、我が縄張りに入り込みし者あり。彼の者、
「先に……? ってことは、君が城之内さんの家に入り込んでったんじゃないの!? それで不届きとか言っちゃうの!?」
黒猫・炭三は、さっさと先を読め、と言わんばかりに、顎をしゃくってみせる。
『なれど、彼の者、吾輩に食物を貢ぎ、奉仕の絶えることなし。吾輩は彼の者を許し、縄張りを共にすることを特別に許可する。それより後、吾輩と彼の者は常に共にいた』
「……そうか、もうイチイチ突っ込まないけど……まだ続きがあるわけだね……」
『彼の者が息絶えた後、吾輩もまた息絶える。なれど吾輩は、彼の者との友誼を忘れることなく、彼の者の子孫を守護することを誓う』
「……」
『そして今、彼の者の子孫に、伸びゆく邪悪の芽が迫りつつある』
「!」
文明は、思わず炭三を見つめた。
炭三が、その視線を受けて、じっと見返してくる。
やがて、文明は記事をさらに食い入るように読んだ。
『邪悪はあまりにも強大であり、いずれは天を欺き、地を腐らせ、人を堕落させるであろう。彼の者の子孫を救うにあたり、吾輩はあまりにも力不足である。実に無念である』
「……」
『いにしえの聖人は、天の者と語り合い、約定を取り付けたと聞く。10人の心正しき者があらば、世界を決して滅せぬと。志ある10人の正しき力を有する者、共に集うべし。吾輩はその一人に、彼の者の子孫を守護する護符を委ねる。この邸宅の入口に護符はある』
「入口……?」
『邪悪の芽が摘まれるその日まで、吾輩はこの邸宅、すなわち吾輩の幽波紋〈スィート・ホーム〉と共にある。力ある者だけに、邸宅への出入りを指し許す。決して、邪悪なる者に知られてはならぬ』
「幽波紋! ……神原先生から、聞いたことがある。スタンドの和名だ。ということは、君もまた、スタンド使い……!」
炭三は、目をつぶって眠り始めた。もう話は終わった、という意思が感じられた。
文明は部屋を出ていこうとしたが、ふと立ち止まり、踵を返した。
彼が向かったのは、仏壇。
座布団に正座すると、城之内恵三の写真を見つめて鐘を鳴らし、瞑目して合掌した。
鐘が鳴り終わり、立ち上がって出ていく様を、炭三は細く目を開けて見送っていた。
文明は、あのキャビネットに向かう。
屈みこむ前に、ふと気になって引き出しを開けてみた。が、何もない。
そして、家紋に触れると、またも彼の体は、吸い込まれていった。
彼が出てきたのは、軽音楽部室。部屋に明かりはついていたが、外はすっかり暗くなっていた。
(……もしかして、今のは夢だったのかもしれない?)
文明は立ち上がる。
だが、もう一度だけ、キャビネットの引き出しを開けてみることにした。
カラリ、と引き出されたその中には。
「これは……!」
首飾りが、一つ入っていた。上品な装飾の入った、銀色をした楕円形の小さなロケット。
翌日のこと。
キャビネットから、文明が出てきた。
現れたのは、あの邸宅。
「えー! ここがそうなんだ。立派な屋敷じゃないか」
「航希。他のみんなも出てくるから、そこはどかないと」
「おっといけね!」
京次、遥音、そして神原が、一人一人部屋に出現してきた。それぞれ、周囲を見回している。
「神原先生。まずは、仏壇に礼拝を」
「うむ。私はクリスチャンだから、故人にご挨拶という形になるがな。こちらの部屋なのだな?」
文明を先頭に、全員が仏間に入っていく。
まずは、文明が座る。昨日のように鐘を叩いて合掌。
同様に、京次、航希、遥音が続く。
最後に、神原が仏壇の前に座った。
「父と子と、聖霊の御名によって。アーメン」
胸の前で十字を切ると、合掌した。
しばらく神原がじっとしていると。
「あ……!」
遥音が、部屋に入ってきた炭三に気づいた。
一同が見守る中、炭三は、仏壇へと近づく。
そして、神原を見た瞬間。その足が、ピタリと止まった。
フー! と唸り、背中を丸めて怒りのポーズをとる。
「……勘違いがあるようだな」
静かに、神原は言った。
「私は、故人の祭壇を汚しに来たのではない。君の友人の曾孫である間庭愛理。彼女もまた、私にとっては、正しき道へ彼女を導く責務を負った教え子だ。天に召された彼女の祖父に、挨拶をしに来ているだけなのだよ。彼女を邪悪の手から退ける、手助けをしたい。私は心からそう思っている……」
炭三は、じっと聞いていたが、やがて怒りのポーズを解いた。
「君が天宮くんに託した、あの首飾り。確かに、彼女に引き渡した。校則で装飾品の着用は禁じられているが、彼女は小袋に入れて、常に持ち歩くことにしたそうだ。安心したまえ」
なおも、じっと聞いている炭三。
「君に了承してもらいたいことがある。今後、我々がこの邸宅を、作戦会議の場として使用することを許可してもらいたい。我々は、スタンド使いであることを一般の人々にあまり知られたくない。敵にも、我々の会話を聞かれたくない。コミュニケーションを図れる場所が必要なのだ」
炭三は、神原に背中を向けると、座布団にその体を横たえた。
「おい! この新聞、俺たちのことが出てるぜ!」
京次が示した一面には、『天宮一味、城之内邸に来訪』という見出しが躍っていた。
「なるほどね、こういう形でコミュニケーションするってワケか。とりあえずさ、一味とかって言い方はやめとくれよ。アタシらは〈ジョーカーズ〉って名前で活動してンだ。今後はそう呼んでよね!」
炭三が、アクビで返事を返した。
「今日のところは、挨拶だけということでいいだろう。城田ユリ君の問題は、これで解決できそうだ。君たちはもう帰りたまえ。私は、もう少しこの炭三君と話がしたい」
「やれやれ、神原先生はすっかり意気投合しちまったみたいだな。それじゃ行くぜ、みんな」
ぞろぞろと去っていく四人。
やがて、全員がキャビネットへと消えていくのを確認すると、神原は炭三に向き直った。
「……君が、私を警戒した理由は分かっている」
炭三が、身を起こして座り直した。
「私は、吸血鬼が人間の女性に産ませた息子だ。だからこそ、この忌まわしい血に対して、私は責任を取らねばならんのだ。今も残る、吸血鬼の残滓。それを排除するのが、私の真の目的だ……」
沈痛な声音で、神原は語り続けていた。