第7話 その男、冷徹につき
その女は、豪奢な洋間に置かれた、PCをつないだテレビを見つめていた。
画面には、ユリに神原を襲わせる手伝いをさせた男が映し出されている。WEB電話で、カメラを通じて映像を送らせているのだ。もっとも、女を映し出すカメラは存在せず、当然向こう側には映像は送られていない。
「どういうこと? ろくな情報を取れてないじゃない」
『申し訳ありません。神原たちが、会合場所を変えている可能性もありまして。送り込んでいる間者も、部室に行っても誰もいないとこぼしてます』
「使えないわね。あの男は本当に目障り。あなたが言うから、あの男の取り巻きに刺客を送り込んでみたけど、ことごとく返り討ちよ」
『神原にいきなり仕掛けても、勝機は薄いです。実際、ついこの間、一人失敗してますよね? あなたがどうしてもと仰るから、私も了解しましたが。送り込まれたのが、あの程度のスタンド使いでは、お話になりませんよ』
自分に対する当てこすりに、女はムッとした。
「あなたがグズグズしてるからよ。とにかく迂遠すぎ。世はおしなべてスピード時代よ」
『それでケリがつくなら、それもいいでしょうね。簡単に倒せる相手じゃないのは、あなたも充分に承知しているはずです』
「ではどうしろと? これまで通り、ジワジワ相手を削りにかけろと?」
『その通りです。急いては事を仕損じる。あまり派手に攻撃を仕掛けると、学園の外にも騒ぎが広がります。それは、学園の副理事長でもあるあなたにとって、好ましくないでしょう?』
図星だった。チロリと、女の視線が一瞬横に逸れる。
「では、取り巻きには今後も仕掛けることにしましょう。だけど、あなたも別の策を考えてちょうだい。まったく、あの頃のあなたの策謀の腕を見込んで引っ張ってきたのに。給料分の働きはしてもらいたいわ」
『もちろんこの後すぐに取り掛かります。学園のネットワーク管理も、暇というわけではないので』
「表の仕事だけなら、いくらでも代わりはいるわ。裏の仕事があなたの真骨頂。遊んでないで、本腰を入れてちょうだい」
女はそう言い捨てると、一方的に回線を切った。
「まったく。次期理事長の選出会議まで、もうそれほど時間もないというのに、あの男ときたら」
そして女は、大きな部屋の一角を占領する、ベッドに視線を移した。カーテンで周りを覆われており、中に横たわる姿がある。
「もう少しだけ待っていてね、私のかわいい息子、聖也。あなたのためなら、私はどんなことでもしてみせる。あなたの王国を、私は必ず手に入れる。城南学園は、あなたのものよ……」
愛おし気に、女はベッドの中を見つめていた。そしてスイッチを入れると、部屋の中にバイオリンの音色が響き始めた。
(まったく、あのクソ女の身勝手さには、やってられないな)
内心舌打ちをしつつ、男は自室のマンションから出てきた。手には、〈DVD在中〉と書かれた封筒をぶら下げている。
辺りはすでに暗がりが広がり、街灯の光が点灯し始めている。
(本当はあまり外には出たくないが、このDVDだけは学校に送らないといけないからな。表の仕事だって最低限のことはやらないとな。まぁポストはすぐ近くだし、息抜きにはちょうどいい、か)
頭を掻きながら、角を曲がった。
次の瞬間、男は血の気が引いた。
同じ街灯に照らされた中に、スーツ姿の神原が、呆然とした様子で立ちすくんでいた。
「……なぜ貴様が、ここに?」
神原が、ようやく言葉を絞り出した。
「それはこっちの台詞だ。グレート・サン」
「セラフネームで呼ぶのはやめてもらいたい。もう〈ダーク・ワールド・オーダー〉は存在しないのだ。それとも、未だにアーカイブと呼ばれたいのか? 信仰心などとは、根本的に無縁のくせに」
「いや、遠慮しとくよ。考えてみれば、教団を潰したお前を、教団のセラフネームで呼ぶのも変な話だ」
「思い出話はもういい。正直、思い出したくもない」
神原はカバンの中から、黒いマスクを取り出してかけた。
「よくマスクなんて持ってたな? 大流行した伝染病も終息して、つけてる奴もほとんどいなくなったがな」
「自衛のためにはやむを得ん。貴様のスタンドで〈検索〉されたくないからな。貴様の〈インディゴ・チャイルド〉は、顔全体が露出していないと〈検索〉できん」
「〈検索〉されたくないことでもあるのか?」
「心を覗かれるのは、誰でも理屈抜きで不愉快だ。特に貴様は、〈検索〉した内容を、何に利用するか分かったものではない」
「やれやれ、信用ないんだな俺……」
実のところ、スタンドを使うこともチラリと考えたのだが、おくびにも出さない。
「大切なのは、現在と未来だ。
「何を……って。ネットワーク管理の仕事だよ。俺はお前と違って、カネ出して飯を食う必要があるんだよ」
「……私を、人喰い呼ばわりするのか?」
「おいおい冗談だよ! いっつも悠然としてたお前さんに、戻ってほしいなぁ」
「そちらこそ、いつも人を小馬鹿にした笑顔が消えているぞ。何を焦っている?」
相変わらずの洞察力だな、と笠間は内心で舌打ちした。
「そりゃそうだろう? 俺は、お前の出自を知ってるんだぞ? たった一人で、心の準備もなしでお前と差し向かいで。俺のスタンドが、お前に敵うわけないのは知っているだろう?」
「スタンドは、使い手の精神の成長とリンクする。かつての貴様と同じである保証はない」
(本当に厄介なヤツだ! こちらが気づいてほしくないことに気づきやがる)
「もう勘弁してくれよ。俺は、もう闇の住人じゃないんだ。国に税金払いながら、真っ当な職についてるんだよ」
「ならばもう一つ聞こう。ネットワーク管理と言ったな? どこの企業だ?」
(そこんとこはスルーしてくれねえのかよ! どうする、デタラメで切り抜けるか? いや、コイツ相手にそれは悪手だ。仕方ないか……)
「……学校だよ。城南学園だ。実のところ、お前が教師として在籍しているのも知っていた」
「何だと!?」
神原の表情に、緊張が走る。
「ネットワーク管理は、在宅勤務だ。さほど頻繁に学校に行く必要はない。正直、お前と顔を合わせたくないんで、特に知らせるつもりもなかったがな。俺もようやくゲットした職場だ。お前がいるという理由だけで辞めたくはない」
「……」
「逆に聞くぞ。お前、どういうつもりで教師なんかやっている? 人にモノ教える資格が、自分にあると思ってるのか? 自分のやってきたことを思えば、生徒を導こうなんて発想は出ないと思うがね」
神原が、眉根を寄せた。
「私にも、己に課した責務がある。だから、教団を壊滅させた。奴らは、あの者への信仰心で凝り固まり、他の者を顧みない。そもそも、あの者に心惹かれるのは、心弱き部分を持つ者だ。私は、未来ある若者たちが、悪しき誘惑に負けぬよう導く手助けをしたい」
「自分の父親を、あの者呼ばわりはどうかなぁ?」
神原が、さらに不機嫌になるのが笠間には分かった。
「まあいいよ。ただ、これだけは言っとくぞ。俺は城南学園に職員として在籍してるから、こうして出会うこともあるかもしれん。だからって、イチイチ目くじらを立てたりしないでくれよ? 正業がなくなると、人は悪しき誘惑に弱くなったりするからな。あ、これは一般論だぜ?」
「……正業一筋に、真面目に取り組む分には、私としては文句などない。それでは失礼する」
神原が、笠間を横目で睨んだまま、大きく迂回して明かりの中から出ようとした。
が、その足が止まる。
「……何だよ、まだ何かあるのか?」
「……出られんのだ」
「え?」
「明かりの範囲内から出られん! これは貴様の差し金か!?」
「な、何を言って……」
笠間は、自分も暗がりへと入ろうとした。
だが、明かりから出るところで、見えない壁が行く手を遮る。
「俺も出られないんだぞ! これは俺じゃない!」
「何だと!? ということは」
その時、暗がりから笑い声が聞こえた。
「フヘヘヘヘ! 〈ダーク・ワールド・オーダー〉の教祖候補と司教が、ユカイな慌てっぷりですね! それが見たかったんですよ」
「やはり!
「ヒハハハハ! 兄さんだけじゃないでございます。俺もいますよね」
笠間は、暗がりに目を凝らした。
離れたところにぼんやり見えるのは、背の低い男二人組。
「二人揃って、どういうつもりだ? チビスケ兄弟」
「チ、チッ……か、笠間てめー! 人の身体的特徴をバカにするのは、人としていけませんよ!」
「
「兄さんだって、こいつらが慌て……分かりましたよもう!」
街灯に照らされた地面。その中央にあったマンホールが、ガタガタと揺れ始める。
「神原、来るぞ! 弟のスタンドは」
「知っている!」
神原は〈ノスフェラトゥ〉を出現させた。
ふわり、と、マンホールの蓋が持ち上がった。その周囲に、無数のノコギリの歯が現れ、高速で回転し始めた。
「バラバラに切り刻んでやりますよ! 俺の〈マインド・オブ・サークル〉でね!」
マンホールが、神原に襲い掛かった。身をかわそうにも、動ける範囲はほとんどない。
〈ノスフェラトゥ〉のマントが翻り、マンホールを受け止めた。回転するノコギリの歯が、マントの表面にこすりつけられて、まるでもがいているようだ。
「く……!」
「マンホールの蓋の重量、マントじゃ封じきれませんよね!? さらに攻め立てますよ!」
マントで抑え込んでいる蓋が、急に上に上がり始めた。まるでマントの表面を伝って登っていくかのように。
「マントの壁超えて、本体を直接攻撃しますよ!」
〈ノスフェラトゥ〉がマントを高く上げようとするが、蓋に押されてうまくいかない。
蓋がマントの端まで到達。乗り越えるように、マントのガードを越えようとした。
ズシャッ!!
鈍い音と共に、地面に転がったのは。
二つに分断された、マンホールの蓋。
「俺がいなきゃ、細切れにされてたぞ。お前」
のたまう笠間の傍には、藍色のローブ姿のスタンドが現れていた。その手には、長柄に三日月のような刃がついたウォーサイズ。
「〈インディゴ・チャイルド〉の鎌の切れ味、一段と鋭さを増したな。ひとまず感謝する」
「こいつのスタンドは、円形のものが割れるともう操れない。さて、どうする? 平兄弟」
笠間は、じろりと暗がりの兄弟を見た。
「どうする? はこちらの台詞ですよ。あなたの考えを当ててみるですか?」
暗がりから、明良の声がする。
「まずは基本的なところですね。『街灯そのものの破壊、もしくは街灯を支える柱の破壊。これは不可能だ。それらは、スタンドが障壁でガードしている』」
「……」
「『マンホールの口が開いている。ここから地下へと、逃げ出せないものか』……。無駄ですよ。結局、我が〈アラウンド・ミー〉の効果範囲からは出られないです。地下に降りても、明かりの届く範囲しか動けないですからね」
「そんなくだらないアイデアに、いつまでもしがみついてると思ってるのか?」
「なら、おとなしく弟に切り刻まれるがいいですね。まだ円形のものはあるのですからね」
持っていた封筒が、急に暴れ始めた。慌てて放り出す笠間。
地面に落ちた封筒が、瞬時にバラバラに破られた。飛び出してきたのは、外側にノコギリの歯のついたDVDの円盤。
「笠間、やっぱりお前は疫病神でありますね! あの頃と一緒でありますよ!」
優斗が、勝ち誇った声音で罵倒してくる。
ふわり、と宙に浮いた円盤が、笠間に襲い掛かっていった。
「何を得意がってる? バカの浅知恵は、これだから困るんだ」
〈インディゴ・チャイルド〉の手が、素早く動いた。円盤の真ん中に空いた穴に、指を指しこむ。まるでコマのように、円盤がむなしく回転していた。
「え、え?」
「拾う手間を省いてくれてありがとよ。俺もこいつを使いたかったんだ!」
〈インディゴ・チャイルド〉が、明かりの灯るギリギリまで前進した。
そして、円盤を傾けて、銀色の背面を明良らしき影に向ける。
街灯に照らされた背面からの光が、明良の目に直撃した。
「!? ぐわぁッ!!」
明良の目に突き刺さったのは、光だけではなかった。
〈インディゴ・チャイルド〉の鎌の切っ先が、螺旋を描きつつ長く伸びて、それが離れたところにいた明良の目から脳へと、ドリルのように貫通していた。
ドウッ、と俯せに倒れる明良。
「光の届く範囲なら、動けるんだろ? 俺の〈刃の螺旋〉と、お前の射程距離が同じだったのが不運だったな」
「あ……」
呻く優斗。
「よ……よくも兄さんを! 貴様ぁーッ!!」
優斗が、足元から何かを拾い上げて後ずさった。
夜目の利く神原が叫んだ。
「マシンガン!?」
「念のためってヤツでありますよ!」
神原は、笠間の死を確信した。
(私の〈ノスフェラトゥ〉は、マントでマシンガンの弾丸をかわせる。しかし、〈インディゴ・チャイルド〉は防御に向いていない。爪を伸ばした〈エナジー・ドレイン〉も、〈刃の螺旋〉も、ギリギリ効果範囲から外れた位置に奴がいる。間合いを詰める前に乱射が来る!)
「ハチの巣になりなさぁぁい!! 特に笠間!」
優斗が、トリガーを引き絞ろうとする。
その直前。
優斗は、視界が急に暗くなるのを感じた。
感覚が、捉えた。眼前に微かに照らされているのは、アスファルトの地面。
(横たわっている!? 俺が!?)
指が止まらず、トリガーを引き絞った。
地面に押し付けられた銃口から、弾丸は出なかった。
轟音と共に暴発したマシンガン。その破片が、容赦なく優斗に襲い掛かった。
「……笠間。その、スタンドの姿は?」
神原が、問うた。
先ほどまで藍色だったスタンドが、透き通っている。
苦々しげに、笠間が答えた。
「〈クリスタル・チャイルド〉。お前の言う通り、成長したんだよ。俺のスタンドも」
「今のは……何だ?」
「見れば分かることだがな。兄と弟の位置を、入れ替えたんだよ。〈クリスタル・チャイルド〉は、物体の〈置換〉を行える。条件は存在するが、それは内緒だ」
そう言うと、笠間は障壁の消えた暗がりへとスタスタ入り込む。
そしてすぐに、呻き声を立てている優斗を、〈インディゴ・チャイルド〉に戻したスタンドで、明かりの下までズルズル引きずってきた。
「やかましいんだよコラ。ちょっとこっち向けよ」
ごろり、と俯せの体を転がす。見ると、腕が両方とも肘から完全に吹き飛び、夥しい血を流している。胸も腹も、破片が食い込んでズタズタであった。
「ひ、ひあぁぁっ……」
「おぉ、顔はあんまり傷はないな。上出来上出来! それじゃ早速。フェイス・オープン!」
その言葉と共に、優斗の顔が、つるんと真っ白になった。目鼻口、全て消滅している。
「キーワードは、『神原史門、襲撃、首謀者』」
真っ白な優斗の顔面に、文章が横書きで出現した。
その文面を、笠間と神原はしげしげと眺める。
「……こいつら単独犯だな。バックは誰もいない。いやーお前って恨まれてるよな」
「教団にしか、拠り所のなかった者たちの末路だ。哀れな」
「そうだよな。せめて介錯くらいはしてやるか。これ以上苦しめる意味も価値もないしな」
〈インディゴ・チャイルド〉の大鎌が閃き、優斗の頸動脈が切り裂かれた。血しぶきが走り、優斗の首が力なく傾げた。
「それじゃ、俺はこれで。後始末よろしく」
「待て! 後始末って、私がか!?」
「〈ノスフェラトゥ・メティシエ〉なら、そいつら塵に変えられるだろ? まだ新鮮な死体だし。警察が来て困るのは、俺よりお前だろ?」
言い捨てると、さっさと笠間は暗がりに消えていった。
その後姿を見送りながら神原は、
(笠間光博……。あのスタンドの成長ぶり、冷徹の極みのような処し方。闇の住人ではないなどとは、冗談も甚だしい! 間違いない。あやつは〈スィート・メモリーズ〉に何らかの形で関わっている。でなければ、あやつが城南学園に入り込むわけがない……)
一方、笠間は家路を急ぎながら考えていた。
(くそ、本当に最悪だ! 神原に、勤め先知られたあげく、スタンドの奥の手まで見られちまった。やらなきゃ、俺が殺されてたから仕方ないが……。さて、どうしたものか……)