城南学園スタンド部、その名もジョーカーズ!   作:デスフロイ

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第8話 危機迫る部活動 前編

「ええと、あと軽音楽部? その辺りは全て、廃部でいいじゃない」

 

 あまりにもあっさりと、厚化粧の小太りの女は言い放った。

 

「お言葉ですが。亜貴恵(あきえ)さん」

 

 五十がらみの男が、渋い表情を浮かべて述べた。

 

「生徒たちの活動の場を、そんな簡単に取り上げるのは、いかがなものかと私は思います」

「どうせロクでもない活動でしょ? 限りある予算は、学校の利益になるところに振り向けないと。全国大会に出られる可能性のある、吹奏楽部とかクラシックバレエ部はいいにしても、お遊び同然の無益な泡沫部活動なんかどうでもいいのよ」

「私は無益だとは、考えておりません。それに泡沫部活動とは、言い過ぎではないですか?」

 

 なおも男は食い下がる。

 

「たとえ規模が小さくとも、活動内容の対象が狭かろうと、そこに所属する生徒諸君は、生き生きと活動しています。その過程で、集団の中での人同士の関りを肌で学び、いずれの日にか良き想い出となって、彼らの人生をより豊かに彩る。それはとても有意義なことと、私は考えます」

「あら見事なご高説。さすが我が城南学園の校長ね、間庭さん。ま、浮世離れもいいところだけど! フン」

 

 嘲りと苛立ちを隠そうともしない亜貴恵。

 

「前から思ってたけど、あなた学園の理事に向いてないんじゃない? あのね、ここは私立なんだがらね。私たちは、学校経営やってるの! 私も副理事長として、危機感持ってやってるわけ。少子高齢化で、今後どんどん子供が減ってくるんだから、経営はスリムに先鋭化していかなきゃいけないの! 無駄なものはどんどんカットしていかなきゃ」

 

 バンバン机を叩く亜貴恵に、間庭校長は一歩も引く様子はない。

 

「繰り返しますが、私は無駄とは思いません。今、名前を出された部はいずれも、廃部にしなければならない落ち度は、学校の規則上ありません」

「経営上は、単なる金食い虫だけどね。私に言わせれば立派な落ち度よ」

「金を落とす部しか認めないと? 部活動は、学校の宣伝のために存在しているわけではありませんよ」

「スポーツや音楽の強豪校は、当たり前に宣伝材料に使ってるわよ。あなた、それを否定するの?」

「そうした学校でも、他の部活動を封殺するようなことはしておりません。あまりにも極端すぎます」

「そのくらいでなきゃ、他校との生徒獲得に後れを取るだけだと思うけどね。つまり」

 

 ギロッ、と、亜貴恵は間庭校長を睨みつけた。

 

「間庭さん。私の言葉には従えない、っておっしゃるわけね?」

「事によりけりです。そもそも今の話、理事長は同意しておられるのですか? そうは思われないのですが」

 

 デタラメは許さない、と、間庭校長の返してくる視線が語っていた。

 

「……入院中の理事長に、イチイチお伺いを立てるなんて、心労を与えるだけじゃない? 良い方向に向かうための改革は、細かい部分なんて私たちで進めればいいのよ」

「私には、些末な内容と捉えることはできません」

「もう……なら、理事長がそうしろと言うなら、従うわけね?」

「私の存じ上げている理事長は、そのようなことは決しておっしゃいません。それは亜貴恵さん、あなたが一番ご存じのはずだ。あなたは理事長の義理の娘。雇われ校長の私などより、深い縁であられるのですから」

 

 亜貴恵は、苦虫を噛み潰した表情で、言葉を絞り出した。

 

「どうやら、これ以上あなたと話しても無駄のようね。どうぞお帰りくださいな!」

「不躾な表現を口にしたことは陳謝いたします。それでは失礼します」

 

 深々と頭を下げると、間庭校長は部屋を出て行った。

 亜貴恵は舌打ちをすると、傍らを振り返った。

 

「もう、あの理想主義者の頭には、シュークリームでも詰まってるんじゃないの!? 腹立たしいったらありゃしない。そう思わない? 未麗(みれい)

「全くです。お母様の仰る通りです」

 

 無表情に、呼びかけられた若い女性は頷いた。

 

「どの道、遠からずお母様が理事長になるのは確実ですもの。あの間庭を、その後も当校に居座らせるつもりはないのでしょう?」

「当り前よ! あんな朴念仁は真っ先にクビ! あぁもう、あの頃だったら、この私に逆らう者なんて誰もいなかったものを。あぁ、一人いたわねそう言えば。思い出してもムカつくわ」

「お母様、その話は……」

「分かってるわよ、壁に耳ありって言いたいんでしょ? 今はそんな事より、あの校長にキャン言わせるくらいはしてやらないと、気が収まらないわ!」

 

 ボルテージの上がる母親を、未麗はじっと眺めていたが、ポツリと言った。

 

「……どこかの部で、不祥事でも起これば、風向きも変わるのでは?」

「え?」

「学校にさほどダメージのないレベルの不祥事。それを切っ掛けとして、中小の部活動の統廃合を行う流れを作っていけるかもしれませんが」

 

 亜貴恵は、ポンと手を打った。

 

「そうよね! 不祥事が起こればいいのよね。ついでに、問題のある生徒も放逐すれば一石二鳥だわ……うふふふ」

 

 醜悪な笑みを、亜貴恵は浮かべていた。

 

 

 

 

「そんなことがあるとは思えません!」

 

 文明は、生徒指導室で食って掛かっていた。

 

「そうは言うけどねぇ。目撃した生徒もいるみたいなんだよ。そりゃ、軽音楽部には、君も名前を連ねてるわけだから、巻き添えになりたくないのは分かるけどさ」

「そういう話じゃなくってですね! そもそも、僕には信じられないですよ。京……武原くんや須藤さんが、部室で」

「しっ! 声が大きいよ。外に聞こえるだろ?」

 

 生徒指導の榮倉(えいくら)に制止され、一瞬押し黙ったものの、小声で文明は続けた。

 

「……彼らが、部室でタバコ吸ったり、他の生徒引き込んでカツアゲしてるとか。僕は彼らとは付き合いは浅いですけど、彼らはそんなくだらないことする人間じゃないと信じてます。誤解されやすい雰囲気なのは認めますけど、どっちも自分の選んだ道については、むしろ困るくらいクソ真面目な性質ですよ」

「好きな事への関わり方と、生活態度はまた別の話だよ? 混同されても困るなぁ」

 

 三十半ばの、優男といった風貌の榮倉は、困ったように肩を竦めた。

 実のところ、文明はこの榮倉をあまり好いてはいない。神原とタイプが似ているとも言われるが、実際に神原と比べてみると、榮倉にはどうしようもない薄っぺらさが感じられてならないのだ。

 

「それじゃ聞くけど。いいかい、仮にだよ? もし君が、彼らがその手のことをしているところを目撃したらどうする? 彼らを信じて何もしないわけ?」

「……そんなことはあり得ません! 何としてもやめさせますし、反省して行動を改めるよう説得します」

「まぁ、君のことだから、口先だけじゃなくて本当にやりそうだな。だけど、さすがにそれはやめておいた方がいいよ」

「どうしてですか!? そういうことを要求されていると思ってましたが」

「相手は腕っぷし自慢の武原だよ? 須藤も男勝りで気の強いタイプだし。いくら風紀委員でも、同じ生徒の君に強く注意されたら、キレて何をするか分からないよ?」

「そんなのは覚悟の上です!」

「まあ聞きなよ。そんなことになったら、武原はよくて停学。退学までありうるよ。須藤にしても、盛り場で見かけたとかいう噂もあるし、ここだけの話だけど先生方の間での評判は良くない。神原先生は、ずいぶん彼らを庇って、自分が導くとか大見得切ってるけどさ。彼らが問題を起こせば、監督不行き届きで攻められることになるね」

 

 唇を噛み締め、押し黙る文明。

 

「何より、そんなことになれば、まず確実に軽音楽部は廃部だよ。それは君も、本意ではないだろ?」

「それは、そうですが」

「なら分かってくれよ。君一人で解決しようとせず、まずは生活指導を任されている、この榮倉に任せてほしいなぁ。みんながなるべく傷つかずにすむよう、尽力していくつもりだから、さ」

「……告げ口しろってことですか? 実のところ、あまり性に合わないですが」

「言い方が良くないなぁ。社会に出れば言われることだけど、報告・連絡・相談、ホウレンソウは重要なことだよ? 一人で突っ走っても、裏目に出ることが多いんだから。了解かな?」

 

 不承不承頷いた文明を解放し、榮倉一人になる。

 頬杖をついて、爪先で机を叩きながら、榮倉は考えた。

 

(あいつ、本当に大丈夫なんだろうな? あの堅物が、こちらの思惑通りに動いてくれれば、軽音楽部を、他の弱小部活もろとも潰せるんだ。そうすれば、浮いた予算を、我がクラシックバレエ部に回してもらえる。全国大会にグッと近づけるというもんだ……)

 

 

 

 

 

 文明は、下校しようとしていた神原を捕まえ、道を歩きながら事の顛末を語っていった。普段なら物事を自分で決めて動くタイプの文明だが、今回ばかりは荷が重すぎるように感じていた。

 

「ふむ……榮倉先生が、そのような事をな」

 

 僅かに小首を傾げる神原に、文明は違和感を感じた。

 

「何か、気になることでもあるんですか?」

「うむ。喫煙だの恐喝だの、実のところ初耳なのだよ。もしそのような噂が流れていれば、君よりもまず、軽音楽部顧問たるこの私に、注意喚起してきて然るべきだが。第一、武原くんにせよ須藤くんにせよ、そんな浅はかな事をする若者たちではない。私はそう信じている」

「ですよね!? 僕もそう思うんです」

「君も彼らをキチンと見極めているな。もっとも、須藤くんの盛り場の件は聞いている。彼女の出入りしているライブハウスが、その界隈にあるらしい。彼女は、むしろバンド仲間の悪ふざけを止める側に回っているそうだし、やめないようなら縁を切るとまで宣言しているそうだ」

 

 神原の話を聞きながら、歯切れのいい啖呵を切る遥音の姿を、文明は思い出していた。

 

「そもそも、君が出入りする部室で、そんな事をしでかすなど、まずあり得ない。特に君に見咎められれば、大変なことになるくらいの事は、彼らは充分承知している」

「……それって褒めてます? 何だか、そんな気がしないんですけど」

 

 酸っぱい梅干しでも口に含んだような顔の文明。

 

「とにかく一度、榮倉先生に事の次第を確認してみよう。ただ、明日から数日、私は教育委員会主催の研修に参加することになっていて、登校できんのだよ。君としても歯がゆい思いであるだろうが、私が戻るまでは静観してくれたまえ」

「はい……」

「今の状態で、いきなり彼らに問いただす事だけはやめたまえ。出所も定かではない噂だけではな。迂闊に事を運んで、我々ジョーカーズの絆に亀裂が入ろうものなら、敵を利するだけとなりかねない。もしかしたら、敵はそれを狙って噂を流したのかもしれんのだからな。よろしいかね?」

 

 文明は、ひとまず頷くしかなかった。

 

 

 

 

 

 翌日。

 文明は、軽音楽部室に向かっていた。

 だが、その足取りは重い。

 

(榮倉先生の話は、気にはなっているから行ってみるんだけど。京次くんや遥音くんがいたら、どんな顔をしたらいいものやら。きっと、いつもと変わらないんだろうな……。今は平静を装って、話を合わせるしかないんだろうけど。そういうのが苦手なのは、自分でも分かってる。気づかれたら、どうするのが正解なんだろう……)

 

 思い悩む文明は、気づかなかった。

 別の方向から、少し離れてユリも部室に近づいてきていることに。

 

(あれ? 文明くんじゃないの。何だかいつになく元気なさげなんだけど。ま、あんまり絶好調でもウザったいんだけどさ)

 

 彼女が眺めていると、文明は顔を上げ、部室の窓から中を覗き込んだ。

 その瞬間、文明の肩がビクン! と跳ね上がったのが、ユリにも見て取れた。

 血の気の引いた文明が窓越しに見たのは、タバコをふかしながらゲラゲラ笑っている、京次と遥音の姿だった。

 窓越しに、小さいながらも声も聞こえていた。

 

「ねえ、また気の弱そうなヤツ引っ張ってきなよ。アタシ、小遣いが今月ピンチでさ」

「こないだやったばっかりだろ? ちっと間を空けねぇとな。神原の先公とか、うるせぇ天宮が感づいたら面倒だろ」

「神原はともかく、天宮なんかボコボコにしちまえばいいジャン? あんなのイチコロでしょ」

「ま、イザとなりゃな。病院のメシは最近ウマイっていうし、野郎も休めて嬉しいだろうしな」

 

 文明の頭に、完全に血が上った。部員同士は下の名前呼びがルールになっている軽音楽部で、自分のことを名字で呼んでいることに、違和感を感じている余裕すらない。榮倉や神原から、いきなり問いただすなと言われていることなど、脳内から吹き飛んでいた。

 やにわに扉に取り付き、勢いよく開け放って、中に怒鳴り込んだ。

 

「京次くんッ!! 遥音……く、ん?」

 

 部室には、誰もいなかった。床に落ちていたはずの吸い殻も、全くない。

 

「……え? タバコは? 今のは、幻?」

 

 物音一つしない部室の前で、文明は思考停止してしばらく動けなかった。

 事の成り行きに、不思議がっていたのは、ユリも同様だった。

 

(何なの一体? いきなり怒鳴ったかと思ったら。タバコって何よ?)

 

 その時、すぐ近くの木陰から急に、榮倉が舌打ちをしながら飛び出してきた。

 ユリと鉢合わせをしかけた榮倉の手から、ビニール袋が地面に飛んだ。

 中から、数本の吸い殻。

 ユリの視線に気づくと、榮倉は慌ててビニール袋を拾い上げ、飛び散った吸い殻を放り込んで、速足で立ち去って行った。

 しばらくそれを見送っていたユリだが、やがて、合点がいったようにニヤリと笑った。

 


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