城南学園スタンド部、その名もジョーカーズ!   作:デスフロイ

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第10話 許嫁は小手がお得意

 ガラガラガラッ!!

 勢いよく開かれた扉を、部室でダベっていた城南ジョーカーズおよびユリは一斉に見た。

 そこに仁王立ちしていたのは、ショートカットで剣道着を着た、瞳の大きな少女だった。

 袴を蹴散らしながら、ズカズカと部室に入ってくる。

 

「ありゃ、(みさお)。どうしたの一体?」

「どうしたのじゃないよ! 今、お母さんからLINE来たよ? どういうこと?」

 

 操、と呼ばれた娘は、航希に詰め寄る。

 

「次の大型連休で、そっちとウチの家族で、里帰りするとか言ってるじゃない! 航希、聞いてたの!?」

「い、いや。チラッと話は出たような気はするけどー、具体的には」

「じょうっだんじゃないよ! 次の大型連休は、ボクは県大会だよ? 行けるわけないじゃない!」

「え、十日後に地区大会じゃなかったっけ? それに勝たないと県大会は」

「勝つよ! 優勝するよ! だから出るのはケッテーイ! 少なくとも、ボクの中では!」

「あの、それって、まだ結果は出てないんじゃ」

「大体ね! 何でボクと君が一緒に旅行……」

 

 そこまで捲し立てて、やっと周囲の視線に気づいたらしく、操は動きが止まった。

 

「あ……ゴメン! 迷惑だったよね。いきなり上がり込んで騒ぎ立てて」

「うむ。いつもの君は、節度はわきまえているからね。柳生(やぎゅう)君」

「すいません、先生……」

 

 神原を前に、しょげ返る操。

 

「とにかく! 航希のお父さんお母さんにも、ちゃんとそれは言っといてよね! じゃ、ボクは練習があるからこれで」

 

 駆け足で去っていく後姿を、一同は呆気に取られて見送っていた。

 

「……なぁに、あの台風みたいなコ? ここじゃ見かけたことないけど」

「ああ、城田くんは知らないんだな。彼女はね」

「ブンちゃん!」

「観念しろや、航希」

 

 京次が、ニヤニヤ笑っていた。

 

「お前らがこの学校にいる限り、あの操との因縁は切れねぇぞ。説明しとけや」

「だよねー……説明しとかないと、それこそ迷惑かけそうだし……」

 

 しぶしぶという風情で、航希は語り始めた。

 

「実はね……彼女、オレの許嫁なんだよね」

「え? ……えー! 今時、そんなのあンのかよ!」

「いや、とは言っても、形式だけだよ。別に、将来別の相手と結婚しても、全然問題ないんだ。もう、そういう時代じゃないしさ。要するに、お互い結婚し損ねたらっていう程度のこと」

「ってことは、アンタたちの家って、結構いいトコのおうちってことかい? 気に入らないねー」

 

 わざとらしく、遥音が航希を睨む。

 

「肝心なのは、こっからだろ? な、航希」

「うん……。実はね。俺の家、忍者の家系なんだ。一応、伊賀の服部一族」

「何だってー!」

 

 目を丸くして、しげしげと航希を見つめる遥音。

 

「ってことは、アンタも忍者なのかい?」

「うん。修行もしてるし、いずれは忍者を職業にするつもりだよ」

「職業!? 忍者の職業って、今もあるのかい!?」

「忍者の里のイベント開催とか、資料館の職員とか。今はハローワークで募集もしてるよ。オレは正社員として、一族が経営してる企画会社に入社することになると思うけど」

「あ、そー……」

 

 いきなり現実的な事実に引き戻され、少し肩を落とす遥音。

 

「君も知っているようだね? 天宮くん」

「そりゃ幼馴染ですからね。それから、あの柳生操。彼女、伊賀の近くにある柳生一族のお嬢さんなんですよ。昔から、伊賀と柳生はいろいろ関りがあったそうですし」

「そーいうこと。オレのじいちゃんと、操のお爺さんがやっぱり幼馴染で。オレたちが生まれた時に、祝い酒で盛り上がってそう決めたんだって。それ聞いた時、操はコレモンだったけど」

 

 航希は、頭の上に角を二本、指で作って見せた。

 

 

 

 

 

「ふーん、許嫁ねえ……」

 

 スマホを通じてのユリからの報告を、興味なさげに笠間は聞いていた。

 

『そう! 私の女の勘ではね、航希くんは満更でもないって感じ。操の方は、絵に描いたようなツンデレよ。ま、くっつくにしても時間かかるんじゃないかなー』

「あーそー……。お前の恋愛診断はよく分かった。ったく、こないだ死にそうな目に合ったっていうのに、能天気なもんだな?」

『もう榮倉もいなくなったし、終わったことだもん。それはそれ、これはこれ!』

 

 あっさり言ってのけるユリに、笠間は内心呆れていた。

 

(大体、榮倉の件も、俺は反対したんだ。軽音楽部が廃部になれば、神原たちのたまり場の部室もなくなる。奴らの行動を捕捉しづらくなるし、このユリを間者として使いにくくなるだろうが。ま、あの女に言い聞かせても無駄だったか……)

 

『どうしたの? こっちの話はもう終わりだけど』

「そうか。ところで、スタンドに少しでも関わりそうな話は出てこないのか?」

『全然。みんな、雑談ばっかりだよ』

 

(ま、それはそうだろうな。気長にボロを出すのを待つか……ん? 待てよ)

 

 笠間の頭に、閃くものがあった。

 

(考えてみると、あんまり続けさまに連中を攻撃するのはマズイ。廃部の一件にしても、神原は俺の指金だと思ってるかもしれんしな。なるべく神原を刺激せずに、理事長選出会議までの期間中、奴らを攪乱したい)

 

 笠間の口元に、笑みが浮かび始めた。

 

(その許嫁とやらに何かあれば、服部航希はそっちに神経が向いてくれるかもしれん。殺すのは愚策だ。事故とか何かに見せかけて、自然な形でトラブルに見舞われてもらうか……)

 

 

 

 

 

 一週間後、航希は〈柳生〉と表札のかかった家の玄関にいた。

 

「操の熱、下がりました?」

「それがねぇ……。全然ダメなのよ。夕べから熱が39度のまんま」

 

 操の母親が、困った様子で頭を横に振る。

 

「風邪ですかね? それとも何か別の病気?」

「お医者さんにも連れてったんだけどね。インフルエンザでも、例の流行り病でもないんだけど、よく分からないみたいなのよ」

「ここのところ、大会前で練習がんばってましたから。その疲れが出たのかも」

「ホントごめんなさね。もう少し調子が良くなれば、ここまで来させてお礼させるんだけど。せっかくノート持ってきてくれたのに」

「いいですよそんな! それより、しっかり休んで治すように言っといてください」

 

 航希が帰っていくと、母親は操の部屋まで来て、ノックをした。

 

「入るわよ。操、航希くんがノート持ってきてくれたわよ」

「うん……」

「死にかけみたいな声じゃない。やっぱり、次の大会は諦めなさいね」

「イヤだよぉ……。絶対治すから……」

「だって、大会は三日後よ? そんな調子じゃ、出たって勝つどころか、まともに動けやしないでしょ? あんた、まだ一年生なんだし。チャンスはいくらでもあるから、ね?」

 

 頭まで布団をかぶってしまう娘に、母親はやれやれという感じでノートを机に置くと、扉を閉めて出ていった。

 そのままじっと動かない操。

 やがて、布団の中から、すすり泣きが微かに漏れ出してきた。

 

 

 

 

 次の日のこと。

 

「あ! 航希くん」

 

 呼び止められて振り向くと、ニコニコ笑っているユリがいた。

 

「今日は、これから部室?」

「うん、ちょっと顔出そうかと思って。ユリちゃんも? 一緒に行く?」

 

 どうせ押しかけられるなら、自分がついていた方が、イザという時誤魔化しやすいかもしれない。そう思っての発言だった。

 

「いーえ。私、今日はまっすぐ帰るから。そういえば、今日は神原先生は来るって言ってた?」

「いや? クラシックバレエ部の方に行くって言ってたから」

「あっそう。じゃあね」

 

 ユリは航希に背を向けると、歩み去っていく。

 

(神原先生が来ないのは分かってるわよ。だから、この日にしてもらったんじゃない。来られて、遥音のヤツをしとめてもらう前に、あのバケモノが気づかないとも限らないしね。この際あの航希も、道連れになってもらおっと……)

 

 航希は、そんなユリの内心には気づかず、部室へと向かう。

 いつものように、ガラリと扉を開けて中に入った。

 自分の後ろについてくるように、小さな虫らしきものが入り込んだことに、航希は気づかなかった。

 キャビネットの上に、赤いカバンが乗っかっているのに航希は気づいた。

 

(遥音だな。大方、〈スィート・ホーム〉でゴロ寝でもしてるんだろ)

 

 自分もキャビネットに潜り込もうとした時、航希の耳が、甲高い特徴的な音を聞きつけた。

 

(蚊が入り込んだか。オレ、蚊って嫌いなんだよね。ついでに落としていくか)

 

 部室には蚊が来ることが割とあるため、電池式の殺虫ラケットが置かれている。

 航希は、少しでも部屋を見やすくするため明かりをつけると、ラケットを構えた。

 

「いるいる。一匹じゃないな。オレの視力は2.0だよ? 見逃さないぜぇ~?」

 

 小さな虫の姿を見定めると、航希はラケットを振った。狙い違わず、パチッ! と音がして、蚊を叩き落としたのが分かる。

 

「もういっちょ!」

 

 次の獲物を見つけた航希は、ラケットをもう一度振った。

 が、何の音もしない。宙を舞う蚊の姿が、航希には見えた。

 

(今度は外さない。これでどうだ!)

 

 必中の狙いをつけて、振り込まれたラケット。

 しかし、今度もラケットは無音のままだった。蚊の姿もまだある。

 

(おかしい!? 今のは絶対当たってたはず。……ってことは、まさか。試してみるか……)

 

 ラケットを置き捨て、両腕に縦に割れたボードを出現させた。その平面を内側に向け、いつでも打ち合わせるよう構えた。

 その途端、今までフワフワ動いていたのが嘘のように、一直線に逃げ出す蚊。

 

(間違いない! こいつはスタンドで叩かれることを恐れてる)

 

「あれ?航希。君も来てたのか」

 

 背後から声が聞こえてきて、航希は振り返った。

 

「ブンちゃん! 扉閉めて! 今すぐにッ!」

「え、え!?」

「スタンドだ! 蚊と同じ大きさだッ! この中を飛んでる!」

 

 文明も顔色を変えて、大慌てで扉を閉めた。そして、〈ガーブ・オブ・ロード〉を瞬時に出す。

 

「こ……この中に!?」

「っていうか、あそこ!」

 

 航希が指で示すが、文明はなかなか見つけられない。

 

「……あっ! あれか!?」

「そうだよ! あ、棚の下に入ってった……!」

 

 二人は、大きな棚の下を覗き込むが、完全に影になって何も見えない。

 航希は、ポケットからいつも持ち歩いている小型のLEDライトを取り出した。明かりをつけると、下に明かりが入り込むように床に転がす。

 

「み、見える?」

「いや、よく分からない。やっぱり、下に入る必要があるか」

「入るって言っても、この狭さじゃ。布先を滑り込ませるのが精一杯だよ」

「オレなら入れる。ブンちゃん、オレ集中するから、一応オレの周りを警戒しておいて。あいつに刺されたくない」

 

 ポカン、としている文明をよそに、航希はいったんスタンドを消すと、部屋の真ん中に胡坐をかいて座り込んだ。そして、片手で印を結ぶ。

 

「〈サイレント・ゲイル〉……」

 

 ボソッと呟く航希。しかし、文明が見る限り、どこにもボードが現れない。

 

「そこ。小さいからアレだけど」

 

 航希が指さす先をよく見ると、蟻と同様のサイズのボードがあった。その上には、黒い忍び装束をアレンジしたような小人のスタンド。

 

「ミニマムモードになれば、オレの分身も作れる。それじゃ行ってくる」

 

 ひゅんっ、という表現がピッタリな様子で、小型〈サイレント・ゲイル〉は棚の下へと飛び込んでいった。まさに忍者をイメージさせるその動きに、文明はなぜか背筋が寒くなった。

 棚の真下を、〈サイレント・ゲイル〉は探り見しながら、ゆっくりと進む。視覚的な情報は、本体の航希にも伝わってくる。

 

(しっかし、このホコリの多さがネックだな。掃除しとくんだったなぁ)

 

 少し後悔しつつ、ずっと見て回っていると。

 スッ、とその前に飛ぶ影が見えた。

 

「いた! お前か」

「あらら、かわいい忍者さん。こんなホコリっぽいところまでノコノコと。ご苦労様」

 

 まだ若い女の声で、蚊のスタンドが喋ってきた。

 

「あたしは〈サタデーナイト・フィーバー〉。まさか、あたしを見つけ出すやつがいるなんてね」

「何のつもりでこんなことをしてるわけ?」

「あら怖い。別に死人を出そうって気はなかったのよ。あたしに刺された人間は、医者では治せない熱病にかかる。一週間もすれば治るけどね。知ってる? 世界で一番多く人を殺す生物は、ダントツで〈蚊〉なのよ。ちなみに二位は〈人間〉」

「つまり、蚊を操る人間が、一番人殺しをできるってか? もしかして、最近学校で流行ってる病気は、お前の仕業か。冗談じゃないよ!」

「あらそう。冗談じゃないなら、本気を出しましょうね? 小さなスタンドになったのが、運の尽きよ。そっちは、無理して小さくしてるっぽいけど、こっちは元のサイズだし」

 

 その細長い翼が動き出し、〈サタデーナイト・フィーバー〉の体が浮き上がる。即座に、蚊のイメージにそぐわない猛スピードで距離を詰めてきた。

 

「あたしを見つけなければ、死なずにすんだものを!」

 

 長く伸びた口から、細い槍のような針先が覗き、明らかな殺意を持って突き出されてきた。

 ボードが瞬間加速。針先を避けて、立ち位置を移動する。

 

「ふふん。早い動きだと、大きな方向転換ができないのは、小さくなっても同じみたいね? あたしの後ろとかに回り込めないくらいだし」

「間合いを一気に詰めることならできる!」

 

 ボードを敵に向け、一気に疾走させる。

 そして、体当たりを〈サタデーナイト・フィーバー〉にブチ当てた。

 が。

 相手は、ふわりと後ろに押されただけで、ダメージを感じた様子がない。

 

「ウェイトが軽すぎるのよね~! そんなんじゃ効かないって。どうやら、高速移動からボード割った攻撃に移る時には、いったん止まらないとダメみたいね。それじゃ、ひとまずバイバーイ」

「待て!」

 

 飛び去る蚊をボードで追うが、相手は大きく旋回していき、曲がり切れずに追いきれない。そのまま、蚊は暗がりの先へと消えていった。

 

(くそ、ブンちゃんに明かりの方向を変えてもらうか。……あいつのおかげで操は大会に。くそ、絶対に仕留めてやる!)

 

 その時、蚊の飛び去った方向から、蚊とは明らかに違う鳴き声が聞こえてきた。

 バタバタ、と激しい音が奥から聞こえたかと思うと。

 突如、その方向から、一匹のネズミが駆け込んできた。

 

「痒みを増加して、ネズミを刺してやったのよ! ずいぶん痒いみたいよ!」

 

 ネズミに取り付いている〈サタデーナイト・フィーバー〉が得意げである。

 暴れ回るネズミが、床のホコリを盛大に舞い上げる。あっという間に、周囲がホコリで吹雪のように見えなくなった。

 

(どこだ!?)

 

 辺りを見回していると。

 背後から、殺気を感じた。

 振り返るのが精一杯。針先が、眼前まで迫っていた。

 反射的に針を掴んだ、つもりだった。が、鞘の役目を果たす口元の管を掴んだだけ。針が突きこまれて、忍び装束の肩に突き刺さった。

 

「ぐぅッ!」

「ウイルスはスタンドには効かないのがラッキーだったわね!? だけど、脳でも心臓でも串刺しにしてやればイチコロでしょうがぁぁッ!!」

 

 〈サイレント・ゲイル〉に馬乗りになって、針を振り下ろそうとしてきた。

 とっさに〈サイレント・ゲイル〉の足元のボードを消した。脚で抑え込もうとしていたところが急になくなり、蚊の下半身がガクンと下がる。

 すかさず、またボードを出現させた。下から跳ね上げられる形で、蚊の下半身が浮き上がった。

 

「せやっ!」

 

 その下半身を、さらにボードで蹴り上げる。針を掴むと、巴投げの要領で投げ飛ばした。

 崩れた体勢を、空中で蚊が立て直している隙に、立ち上がった〈サイレント・ゲイル〉がボードで加速して逃げ出していく。

 

「敵わないって悟ったわけ? ならば追うまでよ」

 

 蚊が、移動を開始した。

 突如、大きな塊が、横合いから急速に突っ込んでくるのを感知した。

 すぐさま向き直り、針を突き出して迎撃しようとする。小さな忍者が、ボードに乗って突撃してきた。

 

(来なさいよ! どうせこいつは、攻撃の時にはいったん止まらないとダメなはず! 体当たりなんか効かないのは分かってるでしょ!?)

 

 が。

 忍者は、〈サタデーナイト・フィーバー〉の傍を、スピードを一切緩めずすり抜けていった。何の攻撃もしないままに。

 

「え?」

 

 一瞬呆気に取られる〈サタデーナイト・フィーバー〉。その周辺に、さらなるホコリが舞い散っている。

 今度は、後ろから急速に近づく気配。慌てて向き直ろうとするが、それも間に合わないまま、すぐ脇を忍者が通り過ぎて行った。

 

「何よそれ!? ……また来た!?」

 

 いろいろな方向から、何度も突進してはすり抜けるのを繰り返す忍者。

 空中を舞うホコリが、おびただしい量になってきた頃、ようやく〈サタデーナイト・フィーバー〉は察した。

 

(奴は、攻撃のために突進してたんじゃない! 床に積もったホコリを舞い上げまくって、撹乱するのが目的だったんだ! くそっ、距離を取ってあちこち移動されると、ホコリが邪魔すぎて、奴の位置を特定できない……)

 

 だが、すぐに内心でニヤリと笑った。

 

(だけどこれって、奴があたしに効果的な攻撃手段を持ってない証拠よね? 攻撃するつもりなら、とっくに仕掛けてるはず。どうせ負けはないってことね……?)

 

 カサカサッ。

 暗がりから、特徴的な音が聞こえた。ビクッ! となる蚊。

 その方向から飛び出してきたものが何か、〈サタデーナイト・フィーバー〉は分かってしまった。

 

「ゴッ……」

土遁(どとん)の術と、口寄せの術の合わせ技だってばよニンニン!」

 

 縦横無尽に走り回る何かの上に乗っているらしき声が、確かに聞こえた。

 

「いやぁぁぁぁぁぁーッ!! あたし、それだけは絶対ダメェェェェッ!!」

 

 黒光りするそれの姿を想像してしまったらしく、盛大な悲鳴を上げて逃げ出す蚊。

 もはや家具の下などにとてもいられず、明るい所へと飛び出していく。

 

(くそッくそッ! よくもあたしに……あぁイヤイヤイヤ! こうなったら、本体を狙うまで! 致死性のウイルスブチこんで、死ぬまで後悔させてやるわ!)

 

 本体の航希は、まだ部屋の中央で、印を結んで座っていた。白いワイシャツの肩には、先ほど針で突かれて出血した跡が、生々しく残っている。その周囲を、〈ガーブ・オブ・ロード〉の布が、護衛するように取り囲んで宙に浮いていた。

 

(バーカ! あたしのスタンドは、布の隙間をかいくぐるくらい、モーニングトースト齧るより簡単! 最近、ダイエットしてるからアレだけど! 布のおかげで、却って相手の視界を遮れる!)

 

 慎重に、航希への間合いを詰めていく。

 そして、あと数十センチまで迫り、眼前の布をかわしていった。後は、遮るものは何もない、はずだった。

 

「見っけ」

 

 航希が、そう口にした。

 ミニ忍者が肩に乗り、すぐ傍まで来た蚊を見据えていた。

 

「やっぱり動揺して飛び出してきたね。揺さぶりかけまくった甲斐があったよ」

「いっ……!」

 

 慌てて逃げ出そうとする蚊。

 忍者の背中に、すでにボードが広げられていた。

 

「〈サイレント・ゲイル〉、ミニマム空中モード! もらったーっ!」

 

 ぐんっ、と忍者の体が浮き上がった。

 ボードで滑空し、一気に距離を詰める。忍者の手には、〈ガーブ・オブ・ロード〉の先端の角が握られていた。文明は、忍者の飛行を阻害しないよう、力を抜くイメージで布の動きを合わせる。

 

「ひぃぃぃぃ!」

「もう遅い! ブンちゃん、そこでパーン! だ」

 

 空中を誘導していた忍者が、布を手放した。

 パァァァン!

 〈ガーブ・オブ・ロード〉の先端が、空中を漂う布に、鞭のように叩きつけられた。

 そして、布が離れると。

 ぽてり、と蚊が床に落ちていった。

 

「……殺しちゃった、かな? ちょっと強すぎたか」

「いや、それはないみたいだよ。まだ動いてるから。だけど、足が全部ヘシ折れてるみたいだし、再起不能だねこりゃ」

 

 二人が、スタンドを引っこめて息をついていると。

 

「ん? なンだよ。アンタたち、来てたのかい? 入ってくりゃよかったのに」

 

 キャビネットから、遥音が出現してきた。

 二人は、顔を見合わせると、

 

「おっそーい! 来るのが!」

「遥音の〈ブラスト・ヴォイス〉使えば、一発だったじゃん! 考えてみれば!」

 

 なぜ自分が責められているのか、皆目分からない遥音は、目を瞬かせた。

 余談ではあるが、この日のほぼ同時刻、学園近くにある展望台で、オペラグラスを手にしたOLの転落事故があった。全身打撲、四肢全て骨折ではあったが、一命はとりとめたこともあり、新聞の小さな記事にすらならなかった。

 

 

 

 

 

「小手ーッ!!」

 

 高く鋭い音と共に、竹刀の先が相手の小手に叩きこまれた。

 

「小手ありッ!」

 

 三人の審判の旗が、全て斜め上に上がる。

 歓声と拍手が、会場内に響き渡った。

 弱冠一年生の操が、下馬評で優勝の最有力候補の高校、その先鋒を打ち破ったのだ。

 観客席には、航希が京次を連れ立っていた。

 

「得意の小手で取ったよ! 熱もあれからすぐに引いたみたいだし、完全に調子を取り戻したね」

「おめぇのおかげでな? 操に教えてやれねぇのが、残念だけどな」

「いいよ、そんなの」

 

 航希は優しい目で、颯爽と試合場から出る操を見つめていた。

 

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