ガラガラガラッ!!
勢いよく開かれた扉を、部室でダベっていた城南ジョーカーズおよびユリは一斉に見た。
そこに仁王立ちしていたのは、ショートカットで剣道着を着た、瞳の大きな少女だった。
袴を蹴散らしながら、ズカズカと部室に入ってくる。
「ありゃ、
「どうしたのじゃないよ! 今、お母さんからLINE来たよ? どういうこと?」
操、と呼ばれた娘は、航希に詰め寄る。
「次の大型連休で、そっちとウチの家族で、里帰りするとか言ってるじゃない! 航希、聞いてたの!?」
「い、いや。チラッと話は出たような気はするけどー、具体的には」
「じょうっだんじゃないよ! 次の大型連休は、ボクは県大会だよ? 行けるわけないじゃない!」
「え、十日後に地区大会じゃなかったっけ? それに勝たないと県大会は」
「勝つよ! 優勝するよ! だから出るのはケッテーイ! 少なくとも、ボクの中では!」
「あの、それって、まだ結果は出てないんじゃ」
「大体ね! 何でボクと君が一緒に旅行……」
そこまで捲し立てて、やっと周囲の視線に気づいたらしく、操は動きが止まった。
「あ……ゴメン! 迷惑だったよね。いきなり上がり込んで騒ぎ立てて」
「うむ。いつもの君は、節度はわきまえているからね。
「すいません、先生……」
神原を前に、しょげ返る操。
「とにかく! 航希のお父さんお母さんにも、ちゃんとそれは言っといてよね! じゃ、ボクは練習があるからこれで」
駆け足で去っていく後姿を、一同は呆気に取られて見送っていた。
「……なぁに、あの台風みたいなコ? ここじゃ見かけたことないけど」
「ああ、城田くんは知らないんだな。彼女はね」
「ブンちゃん!」
「観念しろや、航希」
京次が、ニヤニヤ笑っていた。
「お前らがこの学校にいる限り、あの操との因縁は切れねぇぞ。説明しとけや」
「だよねー……説明しとかないと、それこそ迷惑かけそうだし……」
しぶしぶという風情で、航希は語り始めた。
「実はね……彼女、オレの許嫁なんだよね」
「え? ……えー! 今時、そんなのあンのかよ!」
「いや、とは言っても、形式だけだよ。別に、将来別の相手と結婚しても、全然問題ないんだ。もう、そういう時代じゃないしさ。要するに、お互い結婚し損ねたらっていう程度のこと」
「ってことは、アンタたちの家って、結構いいトコのおうちってことかい? 気に入らないねー」
わざとらしく、遥音が航希を睨む。
「肝心なのは、こっからだろ? な、航希」
「うん……。実はね。俺の家、忍者の家系なんだ。一応、伊賀の服部一族」
「何だってー!」
目を丸くして、しげしげと航希を見つめる遥音。
「ってことは、アンタも忍者なのかい?」
「うん。修行もしてるし、いずれは忍者を職業にするつもりだよ」
「職業!? 忍者の職業って、今もあるのかい!?」
「忍者の里のイベント開催とか、資料館の職員とか。今はハローワークで募集もしてるよ。オレは正社員として、一族が経営してる企画会社に入社することになると思うけど」
「あ、そー……」
いきなり現実的な事実に引き戻され、少し肩を落とす遥音。
「君も知っているようだね? 天宮くん」
「そりゃ幼馴染ですからね。それから、あの柳生操。彼女、伊賀の近くにある柳生一族のお嬢さんなんですよ。昔から、伊賀と柳生はいろいろ関りがあったそうですし」
「そーいうこと。オレのじいちゃんと、操のお爺さんがやっぱり幼馴染で。オレたちが生まれた時に、祝い酒で盛り上がってそう決めたんだって。それ聞いた時、操はコレモンだったけど」
航希は、頭の上に角を二本、指で作って見せた。
「ふーん、許嫁ねえ……」
スマホを通じてのユリからの報告を、興味なさげに笠間は聞いていた。
『そう! 私の女の勘ではね、航希くんは満更でもないって感じ。操の方は、絵に描いたようなツンデレよ。ま、くっつくにしても時間かかるんじゃないかなー』
「あーそー……。お前の恋愛診断はよく分かった。ったく、こないだ死にそうな目に合ったっていうのに、能天気なもんだな?」
『もう榮倉もいなくなったし、終わったことだもん。それはそれ、これはこれ!』
あっさり言ってのけるユリに、笠間は内心呆れていた。
(大体、榮倉の件も、俺は反対したんだ。軽音楽部が廃部になれば、神原たちのたまり場の部室もなくなる。奴らの行動を捕捉しづらくなるし、このユリを間者として使いにくくなるだろうが。ま、あの女に言い聞かせても無駄だったか……)
『どうしたの? こっちの話はもう終わりだけど』
「そうか。ところで、スタンドに少しでも関わりそうな話は出てこないのか?」
『全然。みんな、雑談ばっかりだよ』
(ま、それはそうだろうな。気長にボロを出すのを待つか……ん? 待てよ)
笠間の頭に、閃くものがあった。
(考えてみると、あんまり続けさまに連中を攻撃するのはマズイ。廃部の一件にしても、神原は俺の指金だと思ってるかもしれんしな。なるべく神原を刺激せずに、理事長選出会議までの期間中、奴らを攪乱したい)
笠間の口元に、笑みが浮かび始めた。
(その許嫁とやらに何かあれば、服部航希はそっちに神経が向いてくれるかもしれん。殺すのは愚策だ。事故とか何かに見せかけて、自然な形でトラブルに見舞われてもらうか……)
一週間後、航希は〈柳生〉と表札のかかった家の玄関にいた。
「操の熱、下がりました?」
「それがねぇ……。全然ダメなのよ。夕べから熱が39度のまんま」
操の母親が、困った様子で頭を横に振る。
「風邪ですかね? それとも何か別の病気?」
「お医者さんにも連れてったんだけどね。インフルエンザでも、例の流行り病でもないんだけど、よく分からないみたいなのよ」
「ここのところ、大会前で練習がんばってましたから。その疲れが出たのかも」
「ホントごめんなさね。もう少し調子が良くなれば、ここまで来させてお礼させるんだけど。せっかくノート持ってきてくれたのに」
「いいですよそんな! それより、しっかり休んで治すように言っといてください」
航希が帰っていくと、母親は操の部屋まで来て、ノックをした。
「入るわよ。操、航希くんがノート持ってきてくれたわよ」
「うん……」
「死にかけみたいな声じゃない。やっぱり、次の大会は諦めなさいね」
「イヤだよぉ……。絶対治すから……」
「だって、大会は三日後よ? そんな調子じゃ、出たって勝つどころか、まともに動けやしないでしょ? あんた、まだ一年生なんだし。チャンスはいくらでもあるから、ね?」
頭まで布団をかぶってしまう娘に、母親はやれやれという感じでノートを机に置くと、扉を閉めて出ていった。
そのままじっと動かない操。
やがて、布団の中から、すすり泣きが微かに漏れ出してきた。
次の日のこと。
「あ! 航希くん」
呼び止められて振り向くと、ニコニコ笑っているユリがいた。
「今日は、これから部室?」
「うん、ちょっと顔出そうかと思って。ユリちゃんも? 一緒に行く?」
どうせ押しかけられるなら、自分がついていた方が、イザという時誤魔化しやすいかもしれない。そう思っての発言だった。
「いーえ。私、今日はまっすぐ帰るから。そういえば、今日は神原先生は来るって言ってた?」
「いや? クラシックバレエ部の方に行くって言ってたから」
「あっそう。じゃあね」
ユリは航希に背を向けると、歩み去っていく。
(神原先生が来ないのは分かってるわよ。だから、この日にしてもらったんじゃない。来られて、遥音のヤツをしとめてもらう前に、あのバケモノが気づかないとも限らないしね。この際あの航希も、道連れになってもらおっと……)
航希は、そんなユリの内心には気づかず、部室へと向かう。
いつものように、ガラリと扉を開けて中に入った。
自分の後ろについてくるように、小さな虫らしきものが入り込んだことに、航希は気づかなかった。
キャビネットの上に、赤いカバンが乗っかっているのに航希は気づいた。
(遥音だな。大方、〈スィート・ホーム〉でゴロ寝でもしてるんだろ)
自分もキャビネットに潜り込もうとした時、航希の耳が、甲高い特徴的な音を聞きつけた。
(蚊が入り込んだか。オレ、蚊って嫌いなんだよね。ついでに落としていくか)
部室には蚊が来ることが割とあるため、電池式の殺虫ラケットが置かれている。
航希は、少しでも部屋を見やすくするため明かりをつけると、ラケットを構えた。
「いるいる。一匹じゃないな。オレの視力は2.0だよ? 見逃さないぜぇ~?」
小さな虫の姿を見定めると、航希はラケットを振った。狙い違わず、パチッ! と音がして、蚊を叩き落としたのが分かる。
「もういっちょ!」
次の獲物を見つけた航希は、ラケットをもう一度振った。
が、何の音もしない。宙を舞う蚊の姿が、航希には見えた。
(今度は外さない。これでどうだ!)
必中の狙いをつけて、振り込まれたラケット。
しかし、今度もラケットは無音のままだった。蚊の姿もまだある。
(おかしい!? 今のは絶対当たってたはず。……ってことは、まさか。試してみるか……)
ラケットを置き捨て、両腕に縦に割れたボードを出現させた。その平面を内側に向け、いつでも打ち合わせるよう構えた。
その途端、今までフワフワ動いていたのが嘘のように、一直線に逃げ出す蚊。
(間違いない! こいつはスタンドで叩かれることを恐れてる)
「あれ?航希。君も来てたのか」
背後から声が聞こえてきて、航希は振り返った。
「ブンちゃん! 扉閉めて! 今すぐにッ!」
「え、え!?」
「スタンドだ! 蚊と同じ大きさだッ! この中を飛んでる!」
文明も顔色を変えて、大慌てで扉を閉めた。そして、〈ガーブ・オブ・ロード〉を瞬時に出す。
「こ……この中に!?」
「っていうか、あそこ!」
航希が指で示すが、文明はなかなか見つけられない。
「……あっ! あれか!?」
「そうだよ! あ、棚の下に入ってった……!」
二人は、大きな棚の下を覗き込むが、完全に影になって何も見えない。
航希は、ポケットからいつも持ち歩いている小型のLEDライトを取り出した。明かりをつけると、下に明かりが入り込むように床に転がす。
「み、見える?」
「いや、よく分からない。やっぱり、下に入る必要があるか」
「入るって言っても、この狭さじゃ。布先を滑り込ませるのが精一杯だよ」
「オレなら入れる。ブンちゃん、オレ集中するから、一応オレの周りを警戒しておいて。あいつに刺されたくない」
ポカン、としている文明をよそに、航希はいったんスタンドを消すと、部屋の真ん中に胡坐をかいて座り込んだ。そして、片手で印を結ぶ。
「〈サイレント・ゲイル〉……」
ボソッと呟く航希。しかし、文明が見る限り、どこにもボードが現れない。
「そこ。小さいからアレだけど」
航希が指さす先をよく見ると、蟻と同様のサイズのボードがあった。その上には、黒い忍び装束をアレンジしたような小人のスタンド。
「ミニマムモードになれば、オレの分身も作れる。それじゃ行ってくる」
ひゅんっ、という表現がピッタリな様子で、小型〈サイレント・ゲイル〉は棚の下へと飛び込んでいった。まさに忍者をイメージさせるその動きに、文明はなぜか背筋が寒くなった。
棚の真下を、〈サイレント・ゲイル〉は探り見しながら、ゆっくりと進む。視覚的な情報は、本体の航希にも伝わってくる。
(しっかし、このホコリの多さがネックだな。掃除しとくんだったなぁ)
少し後悔しつつ、ずっと見て回っていると。
スッ、とその前に飛ぶ影が見えた。
「いた! お前か」
「あらら、かわいい忍者さん。こんなホコリっぽいところまでノコノコと。ご苦労様」
まだ若い女の声で、蚊のスタンドが喋ってきた。
「あたしは〈サタデーナイト・フィーバー〉。まさか、あたしを見つけ出すやつがいるなんてね」
「何のつもりでこんなことをしてるわけ?」
「あら怖い。別に死人を出そうって気はなかったのよ。あたしに刺された人間は、医者では治せない熱病にかかる。一週間もすれば治るけどね。知ってる? 世界で一番多く人を殺す生物は、ダントツで〈蚊〉なのよ。ちなみに二位は〈人間〉」
「つまり、蚊を操る人間が、一番人殺しをできるってか? もしかして、最近学校で流行ってる病気は、お前の仕業か。冗談じゃないよ!」
「あらそう。冗談じゃないなら、本気を出しましょうね? 小さなスタンドになったのが、運の尽きよ。そっちは、無理して小さくしてるっぽいけど、こっちは元のサイズだし」
その細長い翼が動き出し、〈サタデーナイト・フィーバー〉の体が浮き上がる。即座に、蚊のイメージにそぐわない猛スピードで距離を詰めてきた。
「あたしを見つけなければ、死なずにすんだものを!」
長く伸びた口から、細い槍のような針先が覗き、明らかな殺意を持って突き出されてきた。
ボードが瞬間加速。針先を避けて、立ち位置を移動する。
「ふふん。早い動きだと、大きな方向転換ができないのは、小さくなっても同じみたいね? あたしの後ろとかに回り込めないくらいだし」
「間合いを一気に詰めることならできる!」
ボードを敵に向け、一気に疾走させる。
そして、体当たりを〈サタデーナイト・フィーバー〉にブチ当てた。
が。
相手は、ふわりと後ろに押されただけで、ダメージを感じた様子がない。
「ウェイトが軽すぎるのよね~! そんなんじゃ効かないって。どうやら、高速移動からボード割った攻撃に移る時には、いったん止まらないとダメみたいね。それじゃ、ひとまずバイバーイ」
「待て!」
飛び去る蚊をボードで追うが、相手は大きく旋回していき、曲がり切れずに追いきれない。そのまま、蚊は暗がりの先へと消えていった。
(くそ、ブンちゃんに明かりの方向を変えてもらうか。……あいつのおかげで操は大会に。くそ、絶対に仕留めてやる!)
その時、蚊の飛び去った方向から、蚊とは明らかに違う鳴き声が聞こえてきた。
バタバタ、と激しい音が奥から聞こえたかと思うと。
突如、その方向から、一匹のネズミが駆け込んできた。
「痒みを増加して、ネズミを刺してやったのよ! ずいぶん痒いみたいよ!」
ネズミに取り付いている〈サタデーナイト・フィーバー〉が得意げである。
暴れ回るネズミが、床のホコリを盛大に舞い上げる。あっという間に、周囲がホコリで吹雪のように見えなくなった。
(どこだ!?)
辺りを見回していると。
背後から、殺気を感じた。
振り返るのが精一杯。針先が、眼前まで迫っていた。
反射的に針を掴んだ、つもりだった。が、鞘の役目を果たす口元の管を掴んだだけ。針が突きこまれて、忍び装束の肩に突き刺さった。
「ぐぅッ!」
「ウイルスはスタンドには効かないのがラッキーだったわね!? だけど、脳でも心臓でも串刺しにしてやればイチコロでしょうがぁぁッ!!」
〈サイレント・ゲイル〉に馬乗りになって、針を振り下ろそうとしてきた。
とっさに〈サイレント・ゲイル〉の足元のボードを消した。脚で抑え込もうとしていたところが急になくなり、蚊の下半身がガクンと下がる。
すかさず、またボードを出現させた。下から跳ね上げられる形で、蚊の下半身が浮き上がった。
「せやっ!」
その下半身を、さらにボードで蹴り上げる。針を掴むと、巴投げの要領で投げ飛ばした。
崩れた体勢を、空中で蚊が立て直している隙に、立ち上がった〈サイレント・ゲイル〉がボードで加速して逃げ出していく。
「敵わないって悟ったわけ? ならば追うまでよ」
蚊が、移動を開始した。
突如、大きな塊が、横合いから急速に突っ込んでくるのを感知した。
すぐさま向き直り、針を突き出して迎撃しようとする。小さな忍者が、ボードに乗って突撃してきた。
(来なさいよ! どうせこいつは、攻撃の時にはいったん止まらないとダメなはず! 体当たりなんか効かないのは分かってるでしょ!?)
が。
忍者は、〈サタデーナイト・フィーバー〉の傍を、スピードを一切緩めずすり抜けていった。何の攻撃もしないままに。
「え?」
一瞬呆気に取られる〈サタデーナイト・フィーバー〉。その周辺に、さらなるホコリが舞い散っている。
今度は、後ろから急速に近づく気配。慌てて向き直ろうとするが、それも間に合わないまま、すぐ脇を忍者が通り過ぎて行った。
「何よそれ!? ……また来た!?」
いろいろな方向から、何度も突進してはすり抜けるのを繰り返す忍者。
空中を舞うホコリが、おびただしい量になってきた頃、ようやく〈サタデーナイト・フィーバー〉は察した。
(奴は、攻撃のために突進してたんじゃない! 床に積もったホコリを舞い上げまくって、撹乱するのが目的だったんだ! くそっ、距離を取ってあちこち移動されると、ホコリが邪魔すぎて、奴の位置を特定できない……)
だが、すぐに内心でニヤリと笑った。
(だけどこれって、奴があたしに効果的な攻撃手段を持ってない証拠よね? 攻撃するつもりなら、とっくに仕掛けてるはず。どうせ負けはないってことね……?)
カサカサッ。
暗がりから、特徴的な音が聞こえた。ビクッ! となる蚊。
その方向から飛び出してきたものが何か、〈サタデーナイト・フィーバー〉は分かってしまった。
「ゴッ……」
「
縦横無尽に走り回る何かの上に乗っているらしき声が、確かに聞こえた。
「いやぁぁぁぁぁぁーッ!! あたし、それだけは絶対ダメェェェェッ!!」
黒光りするそれの姿を想像してしまったらしく、盛大な悲鳴を上げて逃げ出す蚊。
もはや家具の下などにとてもいられず、明るい所へと飛び出していく。
(くそッくそッ! よくもあたしに……あぁイヤイヤイヤ! こうなったら、本体を狙うまで! 致死性のウイルスブチこんで、死ぬまで後悔させてやるわ!)
本体の航希は、まだ部屋の中央で、印を結んで座っていた。白いワイシャツの肩には、先ほど針で突かれて出血した跡が、生々しく残っている。その周囲を、〈ガーブ・オブ・ロード〉の布が、護衛するように取り囲んで宙に浮いていた。
(バーカ! あたしのスタンドは、布の隙間をかいくぐるくらい、モーニングトースト齧るより簡単! 最近、ダイエットしてるからアレだけど! 布のおかげで、却って相手の視界を遮れる!)
慎重に、航希への間合いを詰めていく。
そして、あと数十センチまで迫り、眼前の布をかわしていった。後は、遮るものは何もない、はずだった。
「見っけ」
航希が、そう口にした。
ミニ忍者が肩に乗り、すぐ傍まで来た蚊を見据えていた。
「やっぱり動揺して飛び出してきたね。揺さぶりかけまくった甲斐があったよ」
「いっ……!」
慌てて逃げ出そうとする蚊。
忍者の背中に、すでにボードが広げられていた。
「〈サイレント・ゲイル〉、ミニマム空中モード! もらったーっ!」
ぐんっ、と忍者の体が浮き上がった。
ボードで滑空し、一気に距離を詰める。忍者の手には、〈ガーブ・オブ・ロード〉の先端の角が握られていた。文明は、忍者の飛行を阻害しないよう、力を抜くイメージで布の動きを合わせる。
「ひぃぃぃぃ!」
「もう遅い! ブンちゃん、そこでパーン! だ」
空中を誘導していた忍者が、布を手放した。
パァァァン!
〈ガーブ・オブ・ロード〉の先端が、空中を漂う布に、鞭のように叩きつけられた。
そして、布が離れると。
ぽてり、と蚊が床に落ちていった。
「……殺しちゃった、かな? ちょっと強すぎたか」
「いや、それはないみたいだよ。まだ動いてるから。だけど、足が全部ヘシ折れてるみたいだし、再起不能だねこりゃ」
二人が、スタンドを引っこめて息をついていると。
「ん? なンだよ。アンタたち、来てたのかい? 入ってくりゃよかったのに」
キャビネットから、遥音が出現してきた。
二人は、顔を見合わせると、
「おっそーい! 来るのが!」
「遥音の〈ブラスト・ヴォイス〉使えば、一発だったじゃん! 考えてみれば!」
なぜ自分が責められているのか、皆目分からない遥音は、目を瞬かせた。
余談ではあるが、この日のほぼ同時刻、学園近くにある展望台で、オペラグラスを手にしたOLの転落事故があった。全身打撲、四肢全て骨折ではあったが、一命はとりとめたこともあり、新聞の小さな記事にすらならなかった。
「小手ーッ!!」
高く鋭い音と共に、竹刀の先が相手の小手に叩きこまれた。
「小手ありッ!」
三人の審判の旗が、全て斜め上に上がる。
歓声と拍手が、会場内に響き渡った。
弱冠一年生の操が、下馬評で優勝の最有力候補の高校、その先鋒を打ち破ったのだ。
観客席には、航希が京次を連れ立っていた。
「得意の小手で取ったよ! 熱もあれからすぐに引いたみたいだし、完全に調子を取り戻したね」
「おめぇのおかげでな? 操に教えてやれねぇのが、残念だけどな」
「いいよ、そんなの」
航希は優しい目で、颯爽と試合場から出る操を見つめていた。