城南学園スタンド部、その名もジョーカーズ!   作:デスフロイ

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第11話 試験に出るモンスター 前編

 職員室に入った神原は、校長室から聞こえる、犬の吠える声に怪訝な顔をした。

 隣の同僚の教師に、

 

「どうかしたのですか? 聞くまでもないような気もしますが」

「そういうことですよ。1年3組の、芦田くんのお父さん」

「やはりそうですか……」

 

 神原は、思わず3組の担任に同情した。

 

「全く、普通は犬なんか連れてきませんよ。あの人に意見すると、ネチネチ反論してきて、話が長くなるから、みんなあえて物言いはつけませんけど」

「衛生的にもどうかとは思いますね。今回は、どんなお話なんでしょうか?」

「さてね。今までだって、塾の勉強があるから、学校の宿題はなしにしろだの、体育の授業など無駄だから受けさせるなだの、無茶なことを言ってきてたわけですから」

「生徒全体の指導や、学校の最低限の方針もあるわけですからね。そうそう特定の生徒の事情ばかりを重視するわけにも」

「しっ! 犬の声がやみましたよ。出てきそうな雰囲気ですから口チャックで」

 

 同僚の言葉が終わらないうちに、校長室の扉が開いた。

 リードをつけたドーベルマンが最初に出てきて、続いて、神経質そうな吊り目の中年男が出てきた。目を合わせないようにしている教師たちを、睥睨しながら進んで行く。神原を一目見ると、嫌そうに顔を背けて、職員室を出ていった。

 どうやらここは収まったか、と、それぞれが安堵のため息をつく。

 

「どうやらあの人、神原先生のことは苦手っぽいですね。気の弱そうな先生だと、向こうから絡んできたりすることもあるのに」

「そうですかね? あ、いかがでしたか? 中でのお話は」

 

 ゲッソリとして出てきた、3組の担任に、神原は話しかけた。

 

「いや、今日はまだマシな方でしたよ。ほら、2年の方でカンニング騒動があったでしょ? あれを持ち出してこられましてね。我々教師の管理体制はどうとか、犯人は厳罰に処すべきとか、えらくしつこく言ってくるもんですから」

「それ自体は、妥当なものではありますね。厳罰うんぬんは、いささか勇み足ではあるでしょうが」

「まぁそうなんですけどね……。全く、芦田くん本人がおとなしい分、あのお父さんが本当に困りものですよ」

 

 3組の担任は、大きくため息をついた。

 

「早速、明後日が模擬試験となりますね。3組は間庭くんと、噂の芦田くんが優秀ですからね。特に間庭くんは、前回の試験では全国1位でしたし。その点はうらやましいことですね。私の指導力不足が原因ではありますが」

「いえいえ! 神原先生は、生徒・保護者ともに、絶大な人気がありますから。その方がうらやましいですよ……。その芦田くんが、こちらとしては心配なんですよ」

「というと、やはり先ほどのお父さんのことで?」

「それもありますが。彼、どうしても間庭くんに成績で及びませんからね。そのことを、本人も気に病んでいるらしくて。家でも、お父さんに責められてるんじゃないかって。ただでさえ、メンタルの強い子じゃないんで」

 

 さもありなん、と、神原も芦田の顔を思い出して納得していた。

 

 

 

 

 

 

 

 二日後。

 ホームルームの時間となり、3組の担任は教壇に立った。

 

「えー、今日は予定通り、模擬試験を行う」

 

 文明は席についてそれを聞きながら、気が重くなっていた。せめて、前回よりは多少はマシな点を取らないと、また小遣いに影響してくる。

 

「それに先だって、今日は席替えを行う」

「え!?」

 

 芦田の、妙に切羽詰まった声に、文明は妙な感じを抱いた。

 隣の遥音が、文明にヒソヒソ話しかけてきた。

 

「アレだね。例の、2年のカンニング騒ぎ」

「そうみたいだよ。昨日、職員会議で急遽決まったっていう話だ。カンニング防止策らしい」

「一人でズルやるヤツには意味ないンじゃない? ま、アタシはやかましい風紀委員が隣じゃなくなるンなら、いいかな~って」

「うるさいなぁ。どうせ部室で顔合わせるだろうに」

 

 そして文明は、担任に促されて、席替えのクジ引きを仕切るために前に出た。

 全員がワイワイ言いながら、クジ引きは何事もなく終了した。芦田も、表情はさえないものの、普通にクジを引いて、決まった席に文句も言わず座った。そこは、文明の一つ前となる場所だった。

 クラス全員が新たな席に着き、それからすぐに教員が入れ替わり、試験が始まった。

 

(むう……な、何とかイケるかもしれないな……前回よりはマシかも、ん!?)

 

 文明は、ふと前に目をやって、思わずギョッとした。

 前の席に座っている、芦田の机の脇にかかっているカバン。その脇にある隙間に、10センチほどの、細い筒が2本並んで出現したのだ。それがローラーであることに、文明は一目で気づいた。

 じっと見ていると、そこから、スルリと抜け出してきたのは、バスケットボール大の、コアラを連想させるスタンドだった。ただし、目付きが狡猾な印象を受けた。

 

(なんで……試験中に、スタンドが出る!?)

 

 見ていると、ローラーから小さな紙片が、スルスルと吐き出されてきた。そのスタンドが、紙片を取り上げると、また一枚出てきた。今度は、先ほどより小さく細長い。

 スタンドは、大きめの紙片を、芦田の机に置く。そして、もう一枚を手にしたまま、別の机に飛来していった。

 

(あ、あれってまさか、カンニング!? 芦田くんが!? だけど、もう一枚を持って行ってどうするつもりなんだ!?)

 

 スタンドは、別の机に向かうと、そこで少し留まり、そしてまた芦田の机に戻っていった。

 芦田の机から、スタンドが取り上げたのは、先ほど置いていった紙片。そしてスタンドは、紙片を持ったまま、カバンの隙間にスルリ、と潜り込んでいった。そしてすぐに、ローラーそのものも消滅してしまった。

 

(え……ど、どうしよう? 先生に報告するか? だけど、芦田くんの机の紙は、さっきスタンドが持って行ったから、もう芦田くんの手元にはない。今更言ったところで証拠がなにもない。それに、さっきアイツは何をしていたんだ?)

 

 監視役の教員が、先ほどスタンドがいた机の横を通り過ぎようとした。

 

「……ん? ちょっと君。このペンケース、開けてみてくれる?」

「え、はい。……えッ!?」

 

 声をかけられた女生徒が、試験中には似つかわしくない大きな声をあげた。他の生徒たちが、一斉にそちらを見る。

 

「何だこれは!? 公式が書かれてるプリントじゃないか! 試験中に、こんなものを机の上に置いていいわけはないだろう!?」

「し、知らないです! 私……!」

「君はテスト中止だ。後で、職員室に来てもらおう」

 

 静まり返る教室。

 文明は、教員が手にしていた紙片が一瞬見えた。

 

(間違いない! さっきのスタンドが持ち込んだんだ。彼女にカンニングの罪をなすりつけるために。だけど、どうして彼女に……)

 

 文明は、あることに気づき、愕然とした。

 

(あの机! 席替えがなかったら、間庭くんが座っていたはずだ。あのスタンドの本当の標的は……間庭くんだったんだ!)

 

 その間庭愛理を見てみると、他の生徒同様、呆然とことの成り行きを見ていた。

 

(間庭くんがいなければ、模試の校内1位は……芦田くんになる可能性大だ。だけどその芦田くんは……カンニングをしてた。いや、もしかすると……今までの試験もそうだったのか!?)

 

 もはや文明は試験どころではない。後日、文明は散々な成績であったため、小遣いを減らされる羽目に陥った。

 

 

 

 

 

 文明は放課後、下駄箱の前で、靴を履き替えようとしていた芦田を見つけた。

 

「……芦田くん。ちょっといいかな?」

「え? 何?」

 

 ビクッとしながら振り返る芦田。

 

「今日の模擬試験だけど。僕、見たんだよね」

「あ、え? あの、見たって……カンニング騒ぎのこと?」

「そう。捕まったのは別の女の子だったけど。君……何か知ってるんじゃない?」

「知って……るって、な、何を」

「僕は、見た、と言ったんだよ。僕は、君の真後ろに座ってたから。あれは、一体何だったの? 正直に話してくれ。その方が、きっと君のためにもなると思うんだ。後ろ暗いことなんか、心に留めておいたままじゃ、学校が楽しくなくなるよ。僕はそう思う」

「あ……」

 

 アチコチ目が泳ぎまくっていた芦田だが、

 

「知らない! 知らないって言ってるんだ!」

 

 文明を突き飛ばすと、転びそうな勢いで、靴の踵を踏んだまま走り出した。

 追いかけようとした文明だったが、

 

「おー天宮、いいところにいた。これ運ぶの手伝ってくれ」

 

 大荷物を抱えていた教師に声をかけられ、文明はその場で追いかけるのは諦めるしかなくなった。

 

 

 

 

 

「確か……この辺りのはず」

 

 文明は、周囲が暗くなりつつある中、住宅街の一角を歩いていた。大きな公園に沿っ伸びる道路沿いに、一軒家が多数ズラリと並んでいる。

 犬が鳴き続けているのが、行く先に聞こえてきた。ずっと鳴き止むことがなく、疲れないのかな、と文明は感じていた。

 その、犬の鳴く家のすぐ近くまで来た時。

 

「……行ってきます」

 

 街灯に照らされながら、元気なく玄関から出てきたのは、芦田だった。

 

「……芦田くん?」

「えッ!?」

「ごめん。やっぱり気になって、来ちゃったよ。悪いけど、話を聞きたいんだ」

「あの、だけど、今から塾に」

「そんなに時間はとらせないから。あのさ、今日の」

 

 皆まで聞かずに、芦田は玄関まで逆戻りすると、扉を開けて声を上げた。

 

「と、父さん! あの、天宮くんが」

「ん~? 何だ一体……」

 

 玄関先まで出てきた父親は、吊り目でジロリと文明を睨んだ。

 

「息子に何の用だ? 今から塾に行かせるんで忙しいんだ。帰ってくれ」

「少し話をしたいだけです。それが済んだら帰ります」

「おい、何をボサッとしている! サッサと行かんか」

 

 追い払うように息子を送り出してしまうと、父親は傲然と文明に向き直った。

 

「そういうわけだ。もう息子はおらん。明日にすればいいだろう?」

「塾に行ったんですよね? なら今日中に戻りますよね? 帰ってくるまで待ちます」

「何を考えてるんだ!? 迷惑なんだよ。警察に連絡されたいのか?」

「今日、うちのクラスでカンニング騒ぎがありました」

 

 文明は、本題を持ち出した。玄関脇では、絶え間なく犬が吠え続けている。

 

「僕は、芦田くんのすぐ後ろの席でしたから。見たんですよ。彼が、試験中にカバンから出てきた紙を見ていたのを」

 

 ピクッ、と、父親の頬が引きつった。

 

「何かの見間違いじゃあないのか? 息子がカンニングしたと言いたいのか君は!」

「だからそれを聞きたいと言ってるんです。納得できるまで、帰るつもりはありませんから。僕は、ああいうことは認めることはできません。なぜ、あんなことができるのか、という部分も含めて」

 

 スタンドという言葉は使わなかったが、実のところ、文明がこだわっているのは、まさにそこであった。スタンドによる不正など、文明にとっては見過ごすわけにはいかない罪であった。

 父親は、テコでも動きそうにない文明の眼光に、苦々しい顔をしていたが、

 

「……君、なんか酒臭いな」

「はあ?」

「未成年が酒などと、とんでもないヤツだな。だから、さっきから支離滅裂なことばかり言っているわけか」

「何言ってるんです? 僕は酒なんか一滴も」

 

 文明が反論しかけた時。

 玄関灯に照らされた郵便受けの隙間に、昼間見たのと同じ、ローラーが出現した。

 

「それはッ!」

 

 ローラーから、やはり昼間見た、コアラに似たスタンドが抜け出してきた。

 反応する暇もなく、異様に素早く飛来したスタンドが、文明の手を取ると引っ張った。指先がローラーに触れた次の瞬間、文明の体全体が一瞬細く平たくなった。そのまま、瞬時にローラーに、文明は吸い込まれていった。

 ドゥッ!

 文明の体が投げ出されたのは、明るくてやけに狭い、四隅を壁に囲まれた場所だった。

 狭すぎて足が壁に寄りかかり、頭が仰向けになっている、半ば逆立ちになっている状態。文明は、傍らに白い見慣れたものを見た。

 

(これって、洋式の便器!? っていうか、ここって公衆トイレの個室じゃないのか!?)

 

 扉を見ると、閉まっているその隙間に、先ほどと同じローラーがあった。

 そのローラーから、またも先ほどのスタンドが抜け出してきた。

 

『ったく、しつけーガキがよ~! 黙って帰りゃ、穏便に済ませてやったのに』

「スタンド使いは……芦田くんじゃなくって、お父さんだったのか!」

 

 文明は〈ガーブ・オブ・ロード〉を出現させると、布を向かわせた。

 だが、狭い空間にも関わらず、スタンドは布をいともたやすくすり抜けると、上の隙間から隣の個室へとすり抜けた。上から、目だけを出して、文明を見下ろす。

 

『そんなノロイ動きじゃ、この〈ベイシティ・ローラーズ〉は、捕まえられないぜ?』

「父親が、息子にカンニングさせて恥ずかしくないのか!?」

『いいかガキンチョ! 世の中はな、〈結果〉が全てなんだよ。うちの息子が校内1位取って、内申良くして、一流の大学に進む。そういう〈結果〉が大事なんだよ!』

「そのためにスタンドを悪用するのか! 冗談じゃない!」

『ククク……確かに、冗談じゃないよな。テメーにとってはな』

 

 ふと、文明は口元に違和感を感じ、その手で触れた。

 

(口が……ローラーになっている!?)

 

 突然、文明の口の中に、何かが流し込まれてきた。

 口の中から、喉の奥へと、焼けつくような感覚が広がってきた。

 

「うぷぅっ!」

『とっておきのウイスキーだ。ガキにはちと、もったいないがな』

 

 容赦なく流し込まれる液体を、文明の喉は堪えきれずに、飲み下してしまった。さらに、次々とウイスキーが送り込まれていく。吐き出そうにも、口元はローラーとなっていて全く動かせず、頭が仰向けになっているため、下にこぼすこともままならない。

 

『ほーれ、イッキ、イッキ! 最近の若いヤツは、コッチが誘ってやっても、一言で断りやがるからな。タップリ飲みな。ただし飲みすぎると、急性アルコール中毒であの世行き……ってなことに、なりがちだがなぁ~!』

 

 得意げに、煽ってきていたスタンドが、急に言葉を止めた。

 忌々しそうに、文明を隙間から見下ろすと、

 

『チッ、邪魔が入りやがった! 後で、ゆっくりお代わりさせてやる。それまで休憩してな!』

 

 〈ベイシティ・ローラーズ〉が、素早い動きで、文明の口のローラーに飛び込んでいった。

 口元は元に戻ったものの、ほとんど酒など口にしたことがなかった文明の体には、強烈な酔いが回り始めていた。

 

「動か、ないと……ッ!」

 

 狭すぎる個室の中で、文明は手足をバタつかせながら、目が回り始めるのを感じていた。

 

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