城南学園スタンド部、その名もジョーカーズ!   作:デスフロイ

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第12話 試験に出るモンスター 後編

 陰険な笑みを浮かべながら、芦田父は玄関先で、上を向かせた姿勢の〈ベイシティ・ローラーズ〉の、ローラー付きの口にウイスキーを注ぎ続けていた。〈ベイシティ・ローラーズ〉は2体1組のスタンドで、1体が送り込む側、もう1体がそれを吐き出す側のローラーを担当していた。

 その脇では、芦田家で飼っている犬が、変わらず吠え続けていた。

 

「まったく、あのバカ担任が席替えなんぞするから、こんな余計な作業まで……」

「席替えが、いかがされましたか?」

 

 後ろから予期せぬ声が聞こえてきて、芦田父は思わず、手にしていたウイスキーのボトルを取り落してしまった。踏み石に落下したボトルが、甲高い音を立てて砕け、中身のウイスキーが辺りに飛び散った。

 〈ベイシティ・ローラーズ〉は、対となる2体のスタンドが近くにいないと解除できない。先ほどまでウイスキーを注がれていたスタンドの口から、もう1体が飛び出してくると、芦田父は急いでスタンドを消した。

 

「何だいきなり!? ア、アンタは」

「城南学園で教師をいたしております、神原と申します。1年3組の、芦田くんのお父様ですか?」

 

 玄関灯で照らされた、スーツ姿の神原の顔は、夜を背にしていると、芦田父でも思わずドキッとするほど、一種の色香を漂わせていた。

 

「だから何だ!? アンタは担任でも何でもないだろう!? 何の用だ!」

「ご存じかもしれませんが、今日の模擬試験で、1年3組において、一人の女生徒にカンニングの嫌疑がかけられました」

「それがどうした! うちの息子と、何の関係がある!」

 

 声を上げて恫喝しつつも、芦田父はいつもよりも脇汗をかいていた。

 

(なんで、今回に限って、次々と嗅ぎつけてくる!? あのガキはともかく、教師はマズい!)

 

「話の続きの前に、足元のボトル。破片が飛び散っていますね。お怪我でもされてはお気の毒です。まずは、お掃除なされては?」

「お、大きなお世話だ! これからやるから、とっとと帰ってくれ!」

「いえ、お話はさせていただきたく思いますので。お待ちしていますので、どうぞお掃きになって下さい。こちらは急ぎませんので」

 

 神原の涼やかな雰囲気を前に、なぜか反論の言葉も出てこない。

 芦田父は苦虫を噛み潰したような顔で、縦に取っ手が長く伸びたチリ取りを持ってくると、散らばった破片を掃き集めていった。

 

 

 

 

 

 芦田父が玄関先を『お掃きになって』いる頃、文明は便器に向かって『お吐きになって』いた。

 一通り終えて、肩で息をしながら、這いつくばっている文明。

 

(さっきよりは、マシになったけど……。これはキツい。まったく、酒なんかのどこがそんなにイイんだ? 苦くて、アルコールの味がキツくて、とてもウマいなんて思えない)

 

 胃は相変わらずムカついており、体が重苦しい。視界が、グラグラ揺れている。

 

(京次くんだったら、平気な顔して飲んでるんだろうか? ……何考えてるんだよ! 早く、ここから脱出しないと)

 

 文明は、跪いたままでレバーをどうにか回して水を流すと、便器の蓋を閉じた。それに手をかけて、踏ん張りながら、床から立ち上がる。頭がふらついて、横の壁に体が倒れこんだ。どうにか押し返して、扉を開けて個室から出る。

 

(またあのスタンドがやってきても、これじゃとても戦うどころじゃない。最悪……また、飲まされるかもしれない! 冗談じゃない! これ以上飲まされたら、本当に救急車のお世話になりかねない。下手すれば死ぬ。っていうか、現に今、死にそうな気分……)

 

 フラフラしながら、文明が目にしたのは、手洗い場に残されていた、空き缶の入ったビニール袋。

 多少の罪悪感はあったものの、文明は空き缶を放り出すと、ビニール袋を手にした。

 

(これでまた吐き戻しても、ビニール袋で受け……)

 

 そう考えた時、喉元にこみあげるものを感じ、文明は早速、ビニール袋を役立てた。

 

 

 

 

「終わりましたか? では、お話をさせていただきます」

「……手短にな! これでも忙しいんだ」

 

 破片入りのチリ取りを乱雑に置き捨てると、芦田父は不機嫌な顔を神原に見せた。

 

「これを持参しました。嫌疑がかけられた女生徒のペンケースに挟み込まれておりました、数学の公式が書かれたカンニングペーパーのコピーです。本物はもっと小さいですが」

「それが、どうかしたのか!」

「公式の頭に、【3】と番号が振られており、囲みの下線が見えています。これは、隣町の中田塾で使用されているプリントの一部だということは確認できました。中田塾は、オリジナルのプリントを用いますから、これを所有しているのは中田塾に通う生徒であると推測されます」

 

 芦田父の顔色が、明らかに変わった。

 

「嫌疑がかけられた女生徒は、中田塾には通っておりません。あの塾は、学区から離れていますからね。というより、1年3組で中田塾に通う生徒はただ一人……あなたの息子さんです」

「ウ、ウチの息子を疑うのか!?」

「さらに言うなら、試験の直前に席替えが行われました。例の女生徒が座っていた席は、元は間庭愛理くんが座っていた席です。彼女は前回の模試で、校内はもちろん全国1位でありました。校内2位は、芦田くんでした」

「き、貴様……!」

「しかしながら一つ疑問があります。芦田くんが、何らかの方法で間庭くんに仕掛けたと仮定します。席替えが行われたとしても、芦田くんは当然、間庭くんの新たな席が分かっていますから、元の席に仕掛けるのは奇妙です。もし間庭くんを狙った者がいたならば、その人物は間庭くんの席は分かっていても、顔を知らなかったと思われます。つまり犯人は」

 

 神原は、顔を引きつらせている芦田父を見つめていた。

 

「クラスの生徒や教師ではなく、間庭くんの席を知る情報源を有しており、かつ間庭くんを犯人に仕立て上げるメリットを持つ人物。そして何より……スタンド使いである可能性が、極めて高い! あなたは先ほど、スタンドを出しておられた!」

 

 神原の言葉が終わらないうちに、〈ベイシティ・ローラーズ〉2体が、芦田父の肩口に出現した。

 1体が玄関から飛び去って行き、もう1体は、目にも止まらないスピードで、神原のネクタイを口のローラーに吸い込んだ。

 神原は、自分が細長くなって、ローラーに飲み込まれるのを実感した。

 一瞬後、神原は出口のローラーから吐き出された。

 

(宅配便トラックの背面!?)

 

 グッ! と、神原の首が締まった。

 神原のネクタイの先端は、ローラーに挟まったままだった。そのローラーは、今も道路を走っていくトラックの荷台の扉の間に取り付けられていた。神原の体は、ネクタイでトラックの荷台につながっており、走るトラックに引っ張られている状態となっていた。

 

(何とかしなければ、トラックに引きずられていくだけだ! だが、今すぐネクタイを切れば、この勢いで道路に転がされる。大怪我は免れん!)

 

 今にも道路に落下しようとしている神原の目に、すぐ隣を飛んでいく〈ベイシティ・ローラーズ〉のニヤケた顔が、チラリと見えた。

 

 

 

 

 

「う……げ……」

 

 フラフラになりながらも、文明は道路に向かっていた。

 自分のいるところが、芦田家のすぐ前に広がっていた公園であることは、道路の向こう側に見える家々の様子で分かっていた。

 小さな出入口で道路を前にして、文明は右に少し離れたところで、犬が鳴き続けている声を聞いた。

 

(これからどうする? 芦田くんを問い質すにしても、酔いが抜けてない今の状態じゃ、さすがに無理だ。仕方ない、今日は帰るか。っていうか、気が急いて一人でいきなり押しかけたのは、考えが甘すぎた。明日、神原先生やジョーカーズのみんなと相談しよう……)

 

 そう思いつつ、芦田家の方に目をやった時。

 道路の奥から、〈ベイシティ・ローラーズ〉の小さな姿が、こちらの方向へ飛んでくるのが見えた。

 つい反射的に、文明は慌てて公園の茂みに引っ込んでしまう。本音を言うと、〈ベイシティ・ローラーズ〉そのものより、酒に対する恐怖心の方が強かった。

 だが、〈ベイシティ・ローラーズ〉は、芦田家の玄関先で、家の方へと入り込んでいった。妙に切羽詰まった雰囲気が感じられて、文明は安堵と同時に、不思議に感じた。

 それを追うように、道路を歩いてくる人影を、文明は見た。

 

(あれは、神原先生!? スタンドを、出してる……。あれが先生のスタンド……!)

 

 そのスタンドの、どこか禍々しい、吸血鬼を思わせる姿に、見てはいけないものを見てしまったような思いに囚われ、文明は胸騒ぎがした。

 

 

 

 

 

 

 神原が、芦田家の門前で立ち止まり、玄関を向いた。そのネクタイは、鋭利な刃物で斬られたように真ん中で寸断されている。

 芦田父は目を見開いて、〈ベイシティ・ローラーズ〉2体と共に、後ずさって玄関の扉に寄りかかった。

 

「お待たせしました。生憎ですが、私のスタンド〈ノスフェラトゥ〉は、飛行が可能なのですよ。攻撃の手際は悪くありませんが、あの程度の仕掛けでは、戦い慣れたスタンド使い相手には通用しませんよ」

「だ、黙れ!」

「事が露見した以上、カンニングなどという不正は、もはやできないとお思い下さい。息子さんの将来を慮ってのことだというのは理解できますが、的外れの助力は、結局は彼のためになりませんよ」

 

(神原先生も、あのお父さんのやったことに感づいてたんだ!)

 

 離れて聞いていた文明も、そのことを理解した。

 芦田父は、ワナワナ震えていたが、

 

「若造が……!」

 

 すぐ側に置かれていた、長い取っ手のチリ取りを取り上げた。〈ベイシティ・ローラーズ〉のうち1体が、それぞれ素早く飛んだ。

 もう一体の〈ベイシティ・ローラーズ〉がチリ取りの真下に潜り込み、その口のローラーに、芦田父はチリ取りに入ったボトルの欠片をザラザラと流し込んだ。

 先に飛んだ〈ベイシティ・ローラーズ〉が、神原の背後に回り込みながら、口のローラーから、ボトルの破片を神原目掛けて、勢いよく吐き出していった。

 〈ノスフェラトゥ〉のマントが翻ると、神原の体を包み込んだ。ボトルの破片は、難なく弾かれ、路面にバラバラと撒かれていった。

 

「む!?」

 

 神原は、足元に目をやった。

 もう1体の〈ベイシティ・ローラーズ〉が、神原の靴ヒモの輪っかに、犬のリードのフックを引っかけていた。ニヤリ、と狡猾な笑みを浮かべていた。ボトルの破片による攻撃は、フックを引っかけるための目くらましに過ぎなかった。

 

「戦い慣れたスタンドとやらが、この攻撃も防げるか試してやる!」

 

 〈ベイシティ・ローラーズ〉が、リードを引っ張った。長いリードが、道路を横切っていく。その先にある側溝の蓋の隙間に、ローラーが出現した。そこに、スタンドがリードの先端を滑り込ませた。リードが一気に吸い込まれていき、ピン! と張られた。

 神原の足が、リードに引っ張られた。抗しきれず、神原が転倒する。地面に落ちたボトルの大きな破片が、神原の服を突き破り、体に突き刺さった。苦痛の声が、神原の口から洩れた。

 なおも、リードは神原を引きずっていく。神原の足が、歩道から車道に出ようとしていた。

 

「〈ノスフェラトゥ〉!」

 

 翻るマントが、リードに斬りつけた。だが、マントは路面を削るだけ。路面にピッタリ張られているリードは、切れる様子がない。

 その姿を見た文明は、さらに、トラックが道路の先から走ってくるのを見て蒼白になった。

 

(あのまま引っ張られていったら、轢かれる! 助け……この距離じゃ間に合わない!)

 

 文明は、すぐ目の前で神原が轢き殺されるのを、ただ見るしかなかった。

 神原は、最後の手段に出る覚悟を決めた。

 

「〈ノスフェラトゥ〉!!」

 

 マントが、再度翻った。

 鋭い切れ味のマントの裾が、リードに引きずられる神原の足を、両断した。神原は歯を食いしばって苦痛に耐える。その切断面からは、激しく血が吹き出し、路面を濡らした。トラックは、そのまま走り去っていった。

 

「バカな!? 自分の足を斬った!?」

 

 驚愕のあまり、固まる芦田父。それは、遠くで見守る文明も一緒だった。

 

「……〈エナジードレイン〉!!」

 

 〈ノスフェラトゥ〉の爪が伸び、芦田父に突き立てられた。

 

「しまッ……う、あぁぁぁ……ッ……」

 

 芦田父の体から、精力が吸い取られていく。スタンドが消え、立つことすら叶わなくなり、芦田父は尻もちをついた。そして、爪が引き抜かれる。

 

「……クッ……ククク…… WRYYY、OOO!」

 

 幾分抑えめでこそあったが、神原の咆哮が響いた。

 

(あ……あれが、神原先生!? まさか……!)

 

 文明は、自分の目で見ているものが、信じられなかった。

 いつもの、理性的な神原では到底なかった。離れていても分かるほど、目が爛々と禍々しい光を帯び、口元からは牙らしきものが明かりに照らされて見える。異形のオーラが、その体全体に感じられた。

 傍に立つスタンドも、体つきが一回り以上大きくなり、強大なパワーを有することを示していた。

 

「まさか、貴様ごとき虫ケラに、〈ノスフェラトゥ・メティシエ〉を披露することになろうとはな。褒めてつかわすぞ、下郎……!」

 

 神原の吐き出す言葉に、文明は、変貌しているのは姿だけではないことを、理解せずにはいられなかった。

 玄関に寄りかかったまま、ガタガタ震えている芦田父。その股が、濡れて染まっていた。

 神原はそんな芦田父を一瞥すると、歩道に転がっていた、自分の足を拾い上げた。そして、まだ血が吹いている切断面同士を、ピタリと合わせている。

 

「む、これで良かろう。まだ完全ではないが、すぐに馴染む」

 

 足を降ろすと、トントン、と地面を踏みならして、感触を確認していた。切断面は、明らかにくっついていた。

 

「購入したばかりのスーツを台無しにしおって。実に腹立たしい」

「ヒィッ……あぁぁ……」

 

 その脇では、ドーベルマンが神原に吠えたてながら、鎖を引っ張っていた。

 鎖が、切れた。ドーベルマンが、神原に飛びかかり、その腕に噛みついた。

 

「フン。畜生風情が、その忠義だけは褒めてやる。だが、相手が悪すぎたと知れ!」

 

 神原は、犬の重さなど感じないかのように、無造作に腕を上に振った。ドーベルマンの口が勢いで外れ、夜空に高々とその体が舞い上がった。

 〈ノスフェラトゥ・メティシエ〉の爪が、空中のドーベルマンに突き刺さった。

 

「〈エナジードレイン〉!」

 

 その言葉と同時に、ドーベルマンの肉体は、瞬時に四散した。

 茂みからそれを見ていた文明。玄関でへたりこんでいる芦田父。どちらも、その情景に、もはや言葉も出てこなかった。

 

「さて、どうする?」

 

 神原は、悪魔の笑みを浮かべながら、芦田父に問いかけた。

 芦田父は、弾かれたようにその場に這いつくばり、頭を地面に叩きつけた。

 

「私が悪うございました! もう二度と致しません! ですから、命だけは……!」

「二度としない、というのは? 下らぬカンニングだけのことか?」

「いえ、いえ! ス、スタンドを悪用は決して致しません! 神仏に誓って!」

「ならば、明日にでも息子に、学校に伝えさせよ。今回の一件は己の為したことであり、女生徒に濡れ衣を着せた、とな。愚かな父親を持った息子が哀れと思わぬでもないが、その父親に逆らうことなく不正を行った以上、無罪とはいかぬ」

「は、はい……」

 

 そして神原は、芦田父から視線を外し、スタンドを消すと、元来た道を戻り始めた。

 

「貴様に従った息子まで、保身のために差し出すか。つくづく見下げ果てた下郎よ。我が街に貴様のような輩が巣くっているというのは、豪奢な食卓にゴキブリが這い出すがごとき汚らわしさだ」

 

 立ち去っていく神原の背中から、文明は目が離せなかった。やがて闇にその姿が消える直前、神原の体から発せられるオーラがスゥッと消えるのを感じた。

 

(神原先生……あなたは一体、何者なんですか?)

 

 文明の体からは、もはや酔いなど吹っ飛んでしまっていた。

 ヨタヨタと、文明は神原とは逆の方向へと、帰り始めた。

 すぐ側の家から、声が聞こえてきた。

 

「なあ。芦田さんち、さっきから騒がしくないか?」

「放っときなさいよ。あの人がトラブル起こすのは、今に始まったことじゃないでしょ? この辺の人たち、みんなあの人のこと嫌ってるし。関りにならないのが一番よ」

 

 そんな会話もろくに耳に入らず、文明の頭の中では、神原の先ほどの姿がずっと居残っていた。

 芦田親子が街から引っ越していき、いなくなったのは、それから一週間も経たないうちのことであった。風の噂によると芦田は、離婚後に離れて暮らしていた母親の元に、引き取られていったという。

 


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