『笠間。あなたのお家芸の計略も、ずいぶん鈍ったんじゃない?』
WEB電話の向こうで、女は冷ややかに言った。
『せっかく貸し出したスタンド使いを、またも倒されるなんて』
「完全に予想外でした。まさか、蚊のサイズのスタンドまで発見して打ち落とすとは。神原の取り巻きども、侮れません」
『あれは、理事長選出会議の時に、多数派工作が不調だった時に使うつもりだったのよ。あなたが、ウォーミングアップも必要などと軽口を叩くから』
「申し訳ございません」
笠間は、深々とカメラに頭を下げた。
「しかし、ヤツを使う必要もなかったと思いますよ。私がお渡しした、理事の連中の弱みをチラつかせれば、工作は楽なものでしょう?」
『確かにね。そこは、よくやってくれたわ。ようやく、待ちに待った時が来るというわけね』
甘やかに上擦る声。己の野望を果たそうとしている女の、歓喜が噴き出していた。
『コホン……。その前に、ゴミ掃除はしておきたいわ。もう一度、神原に仕掛けます』
「なぜ、そう勝負を急ぐのですか? 神原は、あなたが〈スィート・メモリーズ〉を供給していることは知らないはず。知っていれば、とっくに向こうが仕掛けています。理事長選出が済んでから、じっくり料理すればいいではありませんか。どうせ、会議ではあの男は投票権どころか、出席すらできないというのに。所詮は、一介の新任教師ですよ?」
『……少しでも、不確定要素は消したい。あの男がその気になれば、あらゆる手を使って会議をひっくり返しかねないのよ。分からない?』
「そのご意見もどうかと。これでは、いたずらにヤツを刺激しているだけです」
『倒せれば、問題はないわ。そうでしょう?』
(……勝算があるのか? この女)
『ドレスの霞の目博士。あなたも知っているでしょう?』
「ドレス!? ……また、大昔の組織を引っ張り出してきましたね。あんなもの、もうとっくに壊滅しているでしょう? まさか、霞の目博士が生きているとか言い出さないでしょうね?」
『まさか。私は、彼の研究の遺産を手に入れただけよ』
さすがの笠間も、戦慄を覚えざるを得なかった。
霞の目博士。かつて、秘密組織ドレスのマッドサイエンティストであった男。遺伝子を操作した動物達を、過酷な環境で育成するという方法で、生物兵器を生み出していたという。
「ですが……いくら生物兵器といえども、スタンドが使えるわけでもないでしょう?」
『その点は、問題ないわ。なぜならその生物兵器そのものが、スタンドだからよ』
「!?」
『どうやら、霞の目博士の助手が、独自に作り上げたらしいわ。本体はドレス壊滅の時に死亡してるけど、 よっぽど未練があったのでしょうね。死体と化した生物兵器に、本体がスタンドという命を新たに吹き込んだ。自分の命と引き換えにね。まったく、科学者という連中の気が知れないわね』
「……同感ですね……。それをお使いになる、と。制御は効くのですか?」
『幸い、知性はあるから、こちらの命令は理解できるわ』
「分かりました。お任せします」
そして、通信が切れた。
笠間は、唇を噛んだ。
(……切り札を持っているとは思っていたが、ついに出すか。とにかく、百聞は一見に如かず、だ)
数日後、放課後のこと。
夕焼けの中、京次と神原が連れ立って歩道を歩いていた。二人の手には、スーパーの袋がぶら下がっている。
「だけどよぉ。先生がスーパーで買い物してるなんて思わなかったぜ。イメージにねぇもんな」
「いやいや、私に言わせれば、君こそ野菜コーナーで念入りに品定めしているとは思わんよ」
「俺はいつも自分で料理するんですよ」
「何と、そうなのか! お父上との二人暮らしとは聞いていたが。今日は何を作るのかね?」
「今日は簡単にラタテュイユですよ。先生は?」
「うむ。蓮根のよいものがあったので、筑前煮にしようと思う」
「ちくぜんにー!? 先生が!? 純和風じゃねぇか! イギリス料理じゃねえのかよ」
「私は日本料理が好きなのだ。イギリスのものは私にはどうも……そのな……」
神原が、いつになく口ごもっている。
彼らの背後から、一枚の名刺サイズのカードが回転しながら飛来してきているのに気づかずに。
「ぐっ!?」
京次の後頭部に、強烈な打撃が命中した。一瞬遅れて、地面にガラスの砕ける音。
神原が驚いて京次を見ると、その足元に、普通の住居に使われるサイズのサッシ窓が、ガラスを粉々にして落ちていた。窓枠の一部が、大きくへこんでいる。京次の後頭部に当たった場所なのは、明白だった。
「何者!?」
頭を押さえて呻く京次を背後に隠して、神原が誰何した。
すぐ近くに止まっていたワゴン車の扉が開くと同時に、何度も味わった感覚が神原を襲った。
「自己紹介しておきましょう。私は深田と申します。〈ミステリアス・キャッツアイ〉のスタンド使いです」
「〈消滅する時間〉か。貴様ら、私の首を取りに来たか!」
「フフフ……血相を変えますね。大好物の、人間の血が吸えなくて欲求不満ですか。吸血鬼のあなたとしては」
ワゴン車から降りてきた、三十絡みのジャケットを着た男がせせら笑ってきた。
「口を慎め。私は人間だ」
「よくもヌケヌケと。それでは、試してみましょうか。このフレミングで」
続いて、ワゴン車から降りてきた姿に、神原も息を飲んだ。
顔面が、狼のそれであった。黒い毛皮に身を包んでいても分かるほど、引き締まった筋肉で全身が造り上げられている。肩にあるパットらしきものは、外側が鋭利に尖っている。人間と同じ二足歩行だが、肩や手足の関節、反り返った腰、それらが明らかに人間のフォルムではなく、獣のそれであった。
神原が、買い物袋を置いて、スタンドを出そうとした時。
「上等じゃねぇか、犬ッコロが!! 俺が相手になってやる!」
京次が、一足先にスタンドに身を包み、駆け出していた。
神原が制止しようとした時、深田がカードを京次の頭上に投げつけた。
「キューブ!」
ガシャンッ!
男の声と共に、京次の周囲を、縦横3メートルほどの、4枚の正方形のフェンスが取り囲んだ。次の瞬間、足の下にも頭上にもフェンスが出現。フェンスの六面体の中に、京次は取り囲まれてしまった。
「武原くん!」
叫ぶ神原に、フレミングと呼ばれた狼男が、両方の掌を向けた。猛禽類に近い形のその掌には、
指よりも太いくらいの穴が開いていた。
そこから、何かが高速で打ち出された。ほとんど音がしない。
「!」
〈ノスフェラトゥ〉のマントが振るわれた。飛来物が絡み取られ、払いのけられて、二回軽い音を立てて地面に落ちる。それらは、大きな銃弾から四方八方に棘が飛び出している代物だった。
間髪入れずに、フレミングがダッシュしてきた。
(速い!?)
間合いをあっという間に詰められ、神原は〈ノスフェラトゥ〉のマントを、エッジを効かせて振るった。エッジを効かせるとそれは刃となり、日本刀くらいの切れ味を出せる。
だが、その間合いの直前で、フレミングはダッシュを止める。
肩パットが両方とも、すぅっと宙に浮かんだ。尖った方とは逆の端から伸びたワイヤーで、肩と接続されている。
ワイヤーが伸びて、肩パットが左右から神原に迫る。
再び、マントが振られた。右のパットは直撃、左のパットはロープにエッジが擦り付けられる。が、どちらも破壊には至らず、宙でわずかに跳ねのけられただけであった。
「〈エナジー・ドレイン〉!」
〈ノスフェラトゥ〉が、右手の爪を全て伸ばした。フレミングの胴体に、鋭く突き立てられる。
が、爪先は刺さらなかった。固い物に当たった軽い音を立てて、跳ね返されたのだ。
(これは!? ただの皮膚ではない。昆虫や甲殻類の外骨格に近い!?)
肩パットのロープが、蛇のようにうねりながら再び伸びた。片方はマントで防いだものの、もう片方はかわしきれず、太股に尖った先端が突きこまれた。
「ぐうっ……!」
先端が引き抜かれた傷口から、鮮血が噴き出す。血まみれになり、よろめく神原に、さらにフレミングが詰め寄っていく。
「やめろ! 出せよコラ!」
スタンドをまとい、フェンスを殴り、蹴りだす京次。
「無駄なことを。針金を編んで作られたフェンスは、打撃の衝撃を吸収する。だから、壁の代わりとして用いられるのですよ。殴る蹴るで破れるものか。あなたは神原の後で殺しますから、じっとしてなさい」
冷ややかに、深田が言い放つ。
「フレミング! とっとと神原を捕まえてしまいなさい。電流で黒焦げにしてしまえば、面倒がない」
「黙れ。深田」
「な……」
「貴様が俺に命令するな。俺に命令できるのは、亜貴恵様だけだ」
「亜貴恵だと……!?」
神原が、フレミングを睨んだ。
「やはり、副理事長の城之内亜貴恵か! あの女がクイン・ビーだったということか」
「ご主人様を呼び捨てにするな。吸血コウモリ風情が……!」
にじり寄るフレミングが、両方の拳を構えた。
〈ノスフェラトゥ〉も、応じるように構える。
双方のラッシュが、始まった。
「挽肉にしてくれる! ノバノバノバノバノバノバノバノバノバ!!」
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄!!」
「ノバッ!!」
「……ぐっ!?」
〈ノスフェラトゥ〉の腕のガードが開いた瞬間、フレミングの拳がその胴体に食い込んだ。
「ノー・バーキン!(吠えたてるな)」
フレミングの台詞と共に、神原の口から血が飛び出した。
「やめろッつってんだろうが!!」
京次は、なおも金網を殴りまくるが、フレミングは無視して、再び両方の掌を神原に向けた。
弾丸が発射され、神原の左肩に食い込む。体内で、無数の棘がさらに傷を広げたのを、神原は激痛によって知った。
神原の左腕を捕まえたフレミングが、その喉笛に食らいつこうとした。右腕でかろうじて防ぐが、その腕に牙が深々と食い込み、神原に呻きを上げさせる。
(くそッッ!! こんな金網なんかで! 破れろよ壊れろよ!)
そう思った時。
突如、京次の頭に掠めるものがあった。
(前にも、同じようなことを考えたことがあったぞ。確か……)
キャンプ先の湖で、ナマズのスタンド使いを、岩を蹴りつけて振動で気絶させた時のこと。
京次の脳内に、天啓が下った。
(もしかしたら……やってやるか!)
京次は、無暗に殴るのを、ピタリとやめた。
正拳突きの構えを取り、じっと集中する。深田が、不思議そうにそれを眺めた。
高めた集中が、頂点に達した刹那。
「邪魔ッ!!」
精神力を込めた正拳が、金網に叩きこまれた。
ジャンッ!! と、金網が鳴る。しかし、破れる様子は全くない。
「……まったく、何をするかと思えば。無駄なことを」
深田が呆れた様子で肩を竦めたが、じきに違和感に気づいた。
ガシャ……ガシャ……ガシャ……。
金網の揺れが、止まらずに続いている。京次は、微動だにせず、金網を見つめている。
ガシャ、ガシャ、ガシャ!
揺れが、どんどん大きくなっていく。その音にフレミングも気づき、神原を殴る手を止めた。
ガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャッ!!
金網の揺れは、もはや全体に広がっていた。檻が、激しく揺さぶられている。
「な、何をしたのですかこれは!?」
「うっせぇ!! 黙ってろ!」
予想外の事態にうろたえる深田を、京次が怒鳴りつけた。
やがて、金網の針金を固定していた金具が、幾つもきしみ始めた。
バツッ!! バツッ!!
一か所がついに外れ、さらにひずみが大きくなって、次々と金具が外れていく。
「邪魔ッ!!」
京次が、金網の端を殴りつけた。
残っていた端の金具がついに外れ、金網の角が枠から大きく外れた。
振動がピタリと止まり、京次は外れた角から、金網を強引に押し曲げて出ようとする。
「で、出るな!」
深田が、カードを何枚も投げつけた。手から離れるや、それらが大きなガラス板に変化する。
京次が、〈足場〉を踏んで、空中に飛び上がり、ガラス板を回避する。
それらが高い音を立てて割れるのを、背中で聞いた。
「そんなもん、今更通用するか!」
空中を駆けてくる京次に、深田が慌ててカードをまた投げようとする。
だが、すでに遅かった。京次の空中での蹴りが、深田の顔面をまともに捉えた。
吹っ飛ばされて、白目を剥いて倒れた深田をチラリと見ただけで、着地した京次はフレミングに向き直った。
「次は、てめぇだウサギ野郎! 先生の分まで、ブチかましてやるぜ」
「俺をウサギ呼ばわりだと? 何を言っているのだ貴様」
凶悪な笑みで近づく京次に、フレミングは血まみれになっている神原を放り出して、自分も向き直る。
両者の間合いが、充分に縮まった。
フレミングの肩パットが伸びてきた。それを京次はかわしつつ、フレミングの脇に回り込んでいく。
忌々しそうにフレミングは、その長い腕を、京次の首目掛けて斜めに振り下ろした。
京次はそれもかわすと、拳を胴体に叩きつけようとした。これは、フレミングの腕がガードする。
「邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔!!」
「ノバノバノバノバノバノバノバノバノバ!!」
両者のラッシュが、激しく交差する。
そのうちの数発が、互いの体に食い込む。〈ブロンズ・マーベリック〉に身を包んでいる京次が、そのダメージに呻いた。
すると、フレミングが急に、拳を繰り出すのをやめた。
ダラン、と両腕を垂らしてみせる。京次は、予想しない行動に戸惑った。
「おう! どうしたんだ? もうスタミナ切れとか言わねぇだろうな?」
「……効かん」
「……何?」
「全然効かないのだ。貴様の拳が、な。所詮は人間の力だな」
相手の言葉の意味が理解できた時、あまりの屈辱に、京次は蒼白になった。
「少しチャンスをくれてやる。ガードはしないから打ってこい」
「この野郎……! じゃ、効くようにブチこんでやらぁ!」
腰だめの正拳突きを鳩尾に。ハイキックを側頭部に。顎にアッパーを。
打ち込むものの、固い衝撃しか伝わってこない。フレミングは全く表情が変わらない。
肩で荒い息をする京次に、フレミングは述べた。
「気はすんだか? これが、ただの人間と俺の違いだ」
「……ふっざけんじゃねぇ!! もう一発行くぞ、歯ァ食いしばれ!!」
京次は、腰で拳を固めた。ギッ、と目の前で無防備に立っている狼男を睨みつける。
(こいつに、一泡吹かせてやる! これが効かなきゃ、生きてたって甲斐がねぇ。この場で死んでやらぁ!!)
京次が、裂帛の気合を発して動いた。
フレミングの横面にフックを叩きこんだ。今習得したての〈能力〉込みで。
「ぬうっ!?」
グシャッ! とフレミングの頬がへこんだ。その周辺に、ヒビが入っている。
フレミングの目の色が、微かに変わった。
「……俺の皮膚を割るとはな。 先ほどとは違う攻撃か?」
「〈振動〉を強化して、てめぇを殴った……」
京次が、ボソリと口にした。
「俺はたった今、〈振動〉を操れるようになった。てめぇの分厚いツラの皮は、固ぇブンだけ、振動が逃げにくい」
「そうか。だが、こんなものはすぐに治る」
みるみる、ヒビが塞がっていく。
フレミングの肩パットが、またも宙を動いた。迫る肩パットを、京次は拳で弾く。振動込みではあるが、ワイヤーで減殺されて、フレミングの体にはろくに伝わっていないのは、傍目にも分かった。パットがうねるように迫り、京次は間合いを詰められない。
片方のパットが、京次の腕に張り付いた。パットの内側から、脚のようなものが広がって食い込む。
もう一つのパットが、今度は足に張り付いた。
突然、京次の体全体に衝撃が走った。
「ぐあっ!?」
痺れと共に、体の力が抜けてしまう京次。
「ほう、まだ生きているか。パットは、突き刺すだけではない。掴まえた相手に電流を流せる。その電圧は1千ボルト。知っているか? 家庭用の100ボルトでも、毎年のように死者が出ているのだ」
「く……」
ガァッ、と、フレミングの顎が開いた。鮫を思わせる、鋭利な牙が並んでいる。それが、京次の喉笛に突き立てられようとしていた。
ドガッ!
横合いから伸びてきた何かが、フレミングを鋭く突いた。外骨格にかろうじて穴は空いたが、体内までは深く刺さりはしなかった。
「ふん……。やはり殻は頑丈だな。犬ではなく、カニか何かか貴様?」
嘲りを含んだその声に、フレミングはそちらを見て、短く声を上げた。
血みどろになっている神原が、爛々と目を光らせて屹立している。その傍には、先ほどとはまるで別物のスタンドが、爪を戻しつつ構えている。足元には、意識のない深田が転がっていた。
「弾丸はどうした? 牙から毒も送り込んだはずだが」
「あのようなもの、傷口をくりぬいて取り出せばすむこと。どうせ傷もすぐ治るからな。毒も、今の我には効きはせん。見よ、すでに日は落ちた。時間をかけすぎたのが、貴様の失敗だ」
指さされた先を見ると、夕日はすでに沈み、空を薄暗がりが支配しようとしていた。
「この我と〈ノスフェラトゥ・メティシエ〉が、直々に相手をしてやる。光栄に思うがいい!」
「正体を現したか。吸血鬼!」
怪物としか言いようのない両者が、互いに詰め寄っていくのを、京次は動けないまま眺めていた。
「WRYYYYY……OOOO!! 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄!!」
「ノバノバノバノバノバノバノバノバノバ!!」
〈ノスフェラトゥ・メティシエ〉とフレミングの、ラッシュが交錯する。
腕のガードを、〈ノスフェラトゥ・メティシエ〉が弾いて崩した。そこにできた隙を突き、先ほど京次が作った傷跡を、拳が穿つ。ヒビが再び広がり、フレミングが思わず後ずさった。
「ぬ……!」
「速攻でとどめてくれる! 滅せよ!」
〈ノスフェラトゥ・メティシエ〉のマントの裾が、フレミングに斬りつけられた。
逆袈裟に体が切り裂かれて、夥しい血が吹きあがった。
ドウッ! と倒れる、深田の体。
「!?」
神原が、深田のさっきまで倒れていた場所を見ると、ワゴン車がいつの間にか移動してきていた。透明な腕に引っ張られるように、フレミングが車に引きずり込まれようとしている。
「横槍は無用だ。まだ決着は……」
「いいから来い! 仕切り直しだ」
車の中から聞こえるその声に、神原はそちらを睨んだ。
「〈クリスタル・チャイルド〉! 笠間も来ていたのか!」
「今日はこれくらいにしといてやるよ。じゃあなー!」
扉が閉まると、ワゴン車は一目散に逃げ去っていった。
「あの曲者めが。あの犬と、こやつの位置を入れ替えたか」
とても追えないと踏んだ神原は、深田の体に爪を突き立てた。絶命したばかりの深田の体が塵に変わり、消滅していく。
「……そいつが、あんたの本当の姿ってわけか?」
振り返ると、京次がよろよろと立ち上がってきたのが見えた。
「さてな……。どちらが真の姿なのか、我にも分からぬ」
皮肉な笑みが、みるみる寂しげなものに変わっていった。スタンドも元の〈ノスフェラトゥ〉に戻っていく。
「今の姿は、3分間しかもたないのだ。持続時間が切れた」
「ウルトラマンだなまるで。また、楽しみが一つ増えたぜ」
「……私を、倒すというのかね? 君たちにとっては、私は所詮、怪物ということなのかな」
「あぁ、そういうのは、俺にはどうでもいいんだ。あんたが、人間だろうが怪物だろうがな。俺に分かるのは、あんたがメチャクチャ強い姿を持ってるってことだけだ」
「そうか……君らしいな」
京次は、笑みを消した。
「それよりだ。他の連中には、今見聞きしたことは洗いざらい話すぜ? あんたの本当の力についてもだ。あいつらは、あんたを信じてスタンドと戦ってる。あんたは、その信頼ってやつに答える義務があるだろ?」
「重々分かっている……。あのような怪物まで出てくる以上、彼らには今後どうするか選択する権利を与えたい。もし私についてきてくれるなら、私の背景を全て知っておいてもらいたい」
京次は、真剣な顔で頷いた。