城南学園スタンド部、その名もジョーカーズ!   作:デスフロイ

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第16話 セッションしようぜ! 前編

 激しく掻き鳴らされるギター。鼓動のようにリズムで体を打つドラム。メロディを下支えするベース。

 そして、目の前で飛び跳ね、掲げた手を突きあげる観客たち。

 

(コレだよ! 最高! やっぱ、アタシはコレがなきゃダメだよね!)

 

 遥音は、高らかに歌いながら心底思った。この時ばかりは、学園でのイザコザも、頭から吹き飛んでいる。

 もちろん、〈スターリィ・ヴォイス〉は使っていない。スタンドなしでも、実力で沸かしてみせる。そういう矜持は常に持っている。

 曲の途中で、アドリブでキーボードのユリの所に近づく。

 マイクを近づけ、顔を並べて同じフレーズを歌う。観客の反応も悪くない。遥音は、いいステージをやれていると実感していた。

 しかし、共に歌うユリの目が、笑っていないことまでには気づかなかった。

 

 

 

 

 

 出番が終わって、控室に戻った遥音。

 

「お疲れ~! いやー受けたね、いい感じ! やっぱり、遥音に来てもらってよかったよ」

 

 バンド〈イチジク・タルト〉のリーダーでもあるギタリスト、雷吾(らいご)が満面の笑みで握手を求めてきた。

 

「こっちこそ。久しぶりのステージなンで、ちょっとだけ緊張しましたけど」

「いやいやいや、堂々たるもんよ! 仲間うちで、遥音にヘルプしてもらうって言ったら、みんな食いついてくるんだこれが」

「そんなこと言っていいンですか? そっちのボーカルさんに張り倒されますよ」

「あぁ……あの、胃痛で大事なライブをパスしたクソ野郎ね。だからあれだけ言ったんだ。道端に生えてる雑草や街路樹をかじるなって。貧乏だからなあいつも……」

「バッタかカミキリムシですか!? 無茶言いますね」

「でもちょっと似てるだろ? 遥音にはぜひウチに来てほしいけど、あのバカとの腐れ縁は切るに切れねえ! すまん遥音!」

「いやアタシ、そンなことひとッことも言ってませンから!」

 

 ドッと笑う、〈イチジク・タルト〉のメンバー。

 

「それから、そっちのユリちゃんも実によかった! やっぱ、きれいな女の子が入ると華やかさが違うよね」

「あはっ。ありがとうございまーす」

 

 にこっと笑って見せるユリ。

 そこに、このライブハウス〈シルバー・チャリオッツ〉の店長が入ってきた。

 

「やぁやぁやぁ! 今日はよかったよぉみんな~。お客さんたちも盛り上がってたしねぇ」

「あざっす!」

「そんでさぁ。今日は君たちへのサプライズゲスト。ひょっとしたら、君らも会えるの楽しみにしてたかもしれないけどさぁ……ムフフ」

「え……もしかして!? あの、伝説のお方……」

 

 雷吾が、糸のように細いと呼ばれる目を、大きくこじ開けていた。

 震える指が、壁に貼られていた古いポスターを指していた。

 そして入口から入ってきたのは、サングラス姿の三十過ぎと見える男だった。

 

「伝説かどうかはさておいて、荒井ユタカ、推参だぜ」

 

 サングラスを外して、男は手を挙げてみせた。その素顔は、やや年を重ねてはいたものの、ポスターのものと同じであった。

 

「やっぱりぃぃ~!! おっ、お初にお目にかかります。イチジク・タルトの雷吾ですッ!」

「おう。さっきのライブ、聞かせてもらったぜ。お前さん、ギターの腕が滅茶苦茶上がったな? 前に聞いた時には段違いだぜ」

「えっ、お、俺のギター、聞いてくれたことあったんですか!?」

「いや。あまりにも下手すぎて、逆に覚えてたんだけどな。聴くからにブキッチョでなあ」

 

 しおしおと項垂れる雷吾。

 

「しょげるなって! あの頃と比べると、別人みたいに上手くなってるって言ってるだろ? かなりの特訓をしてきたのは分かる」

 

 打って変わって笑顔満面の雷吾を見ながら、ユリが遥音を肘でつついて囁いた。

 

(ねえ。あの人は?)

(プロギタリストの荒井ユタカさん。昔はこの店で活動してて、今じゃ音楽プロデューサーさ。この店に来てる奴らにゃ、憧れの人ってわけ)

 

「それに、そのギター。相当張り込んだだろう?」

「ああ、これですね!」

 

 子供が親に、上手に描けた絵を見せるように、雷吾はギターを見せつけた。

 

「こないだ渋谷の楽器店で見つけたんです。セコハンですけど、俺でもギリギリ手が届く値段で出てて」

「この型のレスポールとなると、格安でもアマチュアにはしんどい価格だろ?」

「そうなんです! でも、これ逃したらもう絶対手に入らないと思って……」

「勇気出した甲斐があったってもんだ。今のお前さんの腕なら、レスポールも喜ぶさ。お前さん……プロになる気はあるのか?」

「え」

 

 動きがピタリと止まり、微かに震えだす雷吾。

 

「今のお前さんなら、俺が力になる。考えてみてくれないか?」

「は、はい……」

 

 雷吾は、そう答えるのが精一杯。

 

「それと、もう一人」

 

 荒井が向き直ったのは、遥音であった。

 

「前から、店長に聞かされてた。スペシャルな女子高生シンガーがいるってな」

「えぇ? 店長。何吹き込んでるンですか、もう」

「いやいや。ここの店長は、いい加減なことは言わんよ。この人は、俺がまだアマチュアの頃から世話になっててね。売れない頃は、そこに描いてある、銀の騎士の絵を眺めて、頑張らなきゃって思いこんだもんだった」

 

 ポスターの上に貼られているその絵は、店長がエジプト旅行に行った時に、一目惚れして買ったもので、店名にまで使ったという曰くつきのものだった。

 

「店長があんまり褒めちぎるもんでね。本当にスゴイのかスゴクないのか、俺の耳で確かめてやろう。実のところ、そんなつもりで今日は来た」

 

 少しだけカチンとして、遥音が目を細める。

 

「つぐづく思ったよ。とんでもないモンスターが、昔なじみの店に来襲してる……ってな」

「アタシは怪獣ですか?」

「当たらずとも遠からじ、だ。遥音くん、だったな? 君なら、明日にでもメジャーデビューできる。君が世に出る手助けをさせてくれないか? この通りだ」

 

 深々と、荒井が頭を下げた。

 

「ちょっと、やめてくださいよ! 荒井さんみたいな立場の人が、アタシみたいなガキに」

「俺は君個人に頭を下げてるんじゃない。君の持つ才能に、音楽で生きる人間として、敬意を示してるだけだ。どうだろうか? 君がプロにならないのは、業界の損失だ」

 

 ほんの少し、遥音は考えた。

 

「……いいお話だと思います。荒井さんのご活躍は知ってますし、チャンスなのは充分分かります」

「すると!」

「ですけど……もう少し、プロとかは先にしたいと思います」

「……」

「アタシには、まだやることがあるンです。今、プロのミュージシャンになっちゃったら、もうそれは不可能なンです」

「……聞いてもいいだろうか? 何を、やりたいということなのかな?」

「それは事情があって言えません。ただ、今のアタシは、音楽だけをやればいいというわけにはいかないンです」

 

 しばらく、荒井は黙っていたが、

 

「……人には、いろいろ事情がある。俺が無理強いするわけにはいかない、ということか」

「今はゴメンナサイ、です。その件のカタがついたら……アタシから、お願いすると思います。身勝手な物言いですけど、ダメですか?」

「分かった! 待つよ」

 

 吹っ切ったように、荒井は笑顔を見せた。

 

「ロックはやらされるものじゃない。君が本気になれなきゃ、俺も何もできない。ただ、俺は惚れ込んだらしつこいよ? 今日は、連絡先だけ交換しとくか。雷吾、お前さんともだ」

「は、はい!」

 

 荒井から渡された名刺を受け取る遥音を、ユリはじっと見ていた。

 

(結局、遥音なのかよ! 私は、声すらかけてもらえなかった……。やっぱり馴れ合いは適当にしとくから。一度、ホントにキャン言わせてやる! 笠間さん、こいつをハメる計略ならウェルカムだよ)

 

「それじゃ、俺はこれで。みんな頑張ってな!」

 

 荒井が部屋を出ていくところを、雷吾は呆然と見送っていた。

 

「それじゃ、アタシらも帰ろうか」

「あれっ、もう? ステージが全部終わったら、俺らここで一杯やるんだけど」

「アタシらは高校生ですよ!? そういうわけにはいきません。ねえ、ユリ」

「え~? 私、実は飲める人なんですけどー」

「ダメだって! お店に迷惑かけちゃうだろ? ほら行くよ!」

 

 遥音がユリを引きずるように出ていくと、男たちはがっくりと肩を落とした。

 

「あーあ、ユリちゃんには残ってほしかったのになー」

「遥音はステージだけでいいってか? あいつもルックスは悪くないだろ」

「そりゃそうだけど。やっぱりさ、あの高校生離れした、そのー、おバスト?」

「どこ見てんだよ、このスケベ野郎がよ~!」

 

 ぎゃはは、と笑うメンバーと裏腹に、雷吾は愛おし気にレスポールを撫でていた。

 

「俺も運が回ってきたかぁ……こいつのおかげだな。もっともっと、俺のフレーズで客を虜にしてやるぜ」

 

 部屋の明かりを受けたのか、レスポールの表面が、ギラリと光った。

 

 

 

 

 

 その翌日。

 遥音は、ユリを伴って再び〈シルバー・チャリオッツ〉を訪れた。

 

「今日も、昨日と同じ感じのステージなわけ?」

「ああ。雷吾さんとは、今日明日の二日間って約束だからね」

 

 二人が、半開きの店の扉を開くと。

 

「よう。君らが、ヘルプで来てくれたってJKか。そっちの遥音とは、お久しぶりだな」

 

 銀髪の、ワイルドな感じのイケメンが、テーブルの一つから手を挙げてきた。

 

「ご無沙汰です! もうお腹の方はいいんですか?」

「まだ本調子じゃないけど、どうも気になってね。君がヘルプだって聞いて、ボーカルをクビになりやしないかって心配でね」

「まっさか! 雷吾さんが、そんなことしませんよ」

「分かんないよ? どうせあいつのことだから、俺が拾い食いしたとか吹いてただろ?」

「あ、そこンとこは大当たりです。ユリ、こちら〈イチジク・タルト〉の本当のボーカルの鳴次(めいじ)さん」

「……わっ! 私、城田ユリです。よろしくお願いします!」

 

 満面の笑みのユリに、遥音はやれやれと内心思った。

 

(相変わらず、イケメンに弱いねえ。ま、このコも以前のジョーカーズのメンバーとはとっとと手切れしたみたいだし、アタシはどうでもいいけどね)

 

「こちらこそよろしく。まあ立ち話もなんだし、二人とも座りなよ」

「あ、はい」

「君はキーボードだよね? ウチはキーボードがいないからね。サウンドに広がりが出るね」

「いえ、私なんてまだヘタクソで。よかったら、後で聞いてもらえます? アドバイス欲しいです」

「いいとも。俺も一時はピアノやってたりしたから」

 

 悪くないムードだね、と遥音がニヤニヤしていると。

 バーン!

 誰かが店内に飛び込んできて、扉を勢いよく閉めた。その上、内鍵までかけている。

 入ってきたのは、雷吾だった。大汗を流しながら息を切らし、その手には新たな愛器のレスポールが抱かれている。

 不審そうに、鳴次が尋ねた。

 

「どうしたんだよ? 血相変えて」

「はぁっ、はぁっ……お、追われてるんだ」

「誰に? 借金取りか? 俺は金はないと何度言ったら」

「違う! き、昨日の飲み会に出た奴らが……」

「飲み代を踏み倒されて怒ってる、と。体で払ってやりな」

「だから違うって!!」

 

 ドンドンドンドン!!

 異様に激しいノックが、扉から聞こえてきた。

 

「開けろー! 逃げてんじゃねー!」

「ここにいるのは分かってるんだ! 聴かせろよコラ! 勿体ぶってんじゃねー!」

 

 怒号が、扉越しに聞こえてくる。

 

「あれ、ウチのメンバーじゃねーの? 聴かせろとか言ってるけど、何の話?」

「私から、説明しましょう」

 

 奥にいた店長が、歩み寄ってきた。

 

「夕べ、ステージが終わった後、ここで飲み会があったのですよ。〈イチジク・タルト〉以外のバンドのメンバーも加わりましてね。それはもう、盛り上がりました……」

「店長、何か今日は元気なくない?」

 

 鳴次が口を挟むが、店長は反応しない。

 

「雷吾が特に上機嫌でね。そのレスポールでフレーズを引きまくりましてね。いやいや、実に名器というべき逸品だ。そのフレーズの数々。みんな、耳にこびりついて離れないのですよ。あのサウンドが聴きたい。酔いしれたい……」

 

 店長の目が座ってきているのを、もはやその場の全員が気づいていた。雷吾に至っては、すでに顔面蒼白になっている。

 

「聴かせてあげればいいじゃないですか。みんな、あなたのサウンドに夢中だ……」

 


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