城南学園スタンド部、その名もジョーカーズ!   作:デスフロイ

22 / 63
第17話 セッションしようぜ! 後編

「待ちな!」

 

 遥音が椅子から立ち上がり、足を進める店長に叫んだ。

 

「アンタ、今日はなんかおかしいよ!? それ以上近づくンじゃない!」

「聴かせなさい! ケースからギターを出すんだ! 早くしろぉぉぉっ!!」

 

 怒声をあげて、店長が雷吾に襲い掛かってきた。

 

(仕方ない、やるか!)

 

 遥音の手の中に〈スターリィ・ヴォイス〉が現れた。

 雷吾を背中で守るように位置どると、

 

「〈ブラスト・ヴォイス〉ッ!!」

 

 見えざる音撃が、店長を襲った。ビクン! と身を震わせ、床に倒れこむ。

 他の者たちは、立ち尽くしていた。〈ブラスト・ヴォイス〉は、扇形に発することも可能であり、ある程度の指向性を持たせられる。

 

「な……何だよ今の……」

 

 鳴次がようやく口を開いた時。

 控室に通じる扉が開くと、店で雇われている二人のバイトが飛び込んできた。

 

「〈ブラス〉……ッ!」

 

 バイトの一人が、一直線に遥音にタックルしてきた。間に合わず、壁に叩きつけられる遥音。

 もう一人が、雷吾に詰め寄っていく。

 

「聴かせろよギターを! ケースから出せよ。俺が手伝ってやる!」

 

 雷吾から無理やりケースをひったくると、ファスナーを開けてケースを剥がしにかかる。

 

「俺のレスポールに、触るんじゃねぇーッ!!」

 

 怒号をあげた雷吾が、ケースを奪い取ると、バイトを蹴り飛ばした。

 

「そんなに聴きたけりゃ、聴かせてやるよッ!」

 

 ギターからケースを完全に剥がすと、雷吾の目が爛々と光りだした。

 ステージに駆け上がると、ギターを構える。同時に、ギターからコードが勝手に伸びていき、アンプに接続された。

 

「邪魔すンな!」

 

 遥音は、〈スターリィ・ヴォイス〉のコードでバイトの腕を捩じ上げると、その腕から抜け出した。

 

「〈ブラスト・ヴォイス〉ッ!!」

 

 今度は、全方向に向けて音撃を放った。ユリや鳴次も巻き込むが、なりふり構ってはいられなかった。

 バイト二人、そして鳴次が卒倒する。鳴次に至っては、倒れこむ時に、机に頭を打ち付けて、派手な音を立てた。

 

(ちょっと、何やってるのよ! みんな巻き添え!?)

 

 ユリは、遥音の動きで次の行動を悟っていた。しゃがみこみつつ、〈エロティクス〉の無定形で半透明なスタンドを、瞬時に展開して音撃を吸収、ガード。一応、細く伸ばした先を、髪の毛で隠しながら耳栓にしていた。

 彼女は、床に倒れる鳴次に抱きつきにいった。鳴次の頭を抱えると、べとり、という湿った感触。

 打ち付けたところから、出血していた。明らかに気絶している。

 

(あのバカは! 仕方ないな、もう)

 

 〈エロティクス〉の一部が広がり、鳴次の傷口に被さった。出血が、ピタリと止まる。

 

(私の〈エロティクス〉は、怪我の治癒もできる。少し時間があれば、このくらいなら傷跡も残らずに治せる……。脳にまで、ダメージがいってなければいいけど)

 

「へえ。やってくれるじゃねーか」

 

 間違いなく、雷吾の声。ユリは、驚愕した。

 

(何で!? 遥音の音撃を、あいつも食らったはず。私みたいに、あらかじめ耳栓してたんならともかく……!)

 

 こっそり、ユリは机の陰からステージを覗いてみた。

 ギターを抱えた雷吾が、ニヤリと笑いながら立っていた。ただし、その目が全く焦点があっていない。

 

「……アンタ、何に憑りつかれてる? っていうか、そのギターはスタンドだろ!? 雷吾は本体じゃないってことか。何者だお前!」

 

 マイクを握った遥音の誰何が飛んだ。

 

「俺か? ……俺は〈フィーリング・グルービー〉。お察しの通り、スタンドだ。本体は、ない!」

「本体がない!? どういうことだ!」

「うっせーな。これでもくらいな!」

 

 意識のないはずの雷吾の指が動き、弦を掻き鳴らした。

 それに対抗するように、遥音も〈ブラスト・ヴォイス〉を再度放った。

 

「うぐっ!」

「むっ!」

 

 遥音と雷吾、二人の体が一瞬震える。

 

「ふん……卒倒しないか。音撃を撃ち返して、軽減したな。俺と同じタイプのスタンドだな」

「やっぱりそうか。自我があるスタンドもいるとか聞いたことがあるよ。何の目的で、こんなことをしてる!」

「いやね。こいつが、自分のフレーズで客を虜にしたいとか言うもんでな。望みを叶えてやろうってわけさ」

「それは物の例えってやつだろ!? ワザと曲解してンじゃねえよ!」

「……飢えてんだよ」

 

 ボソッと、雷吾の口を借りた〈フィーリング・グルービー〉が呟いた。

 

「自分の音楽で、全ての人間を夢中にさせたいってのは、ミュージシャンの夢だ! 願望だ! いや、そいつが全てだろうがよ! お前もミュージシャンの端くれなら分かるだろ!?」

「……悪いけど、全面的にゃ賛同はできないね」

 

 遥音は、静かにそう述べた。

 

「何だと!? 嘘ついてんじゃねえよ! それなくして、何のための音楽だ!」

「アンタは、他人に評価されたいだけで音楽やってンのかい!?」

 

 遥音の大音声が、店中に轟いた。

 

「音楽ってのは、元々はそういうモンじゃないだろっ! アンタのかつての本体がどういうヤツか知らないけど、ソイツは見失っちまってるんだよ! 最初にいた場所を、忘れちまってるンだよ! アンタだってそうだ!」

「利いた風なゴタクを……」

 

 雷吾の口が唸る。

 

「説教はもうたくさんなんだよ! お前も俺の虜になるがいいさ!」

 

 雷吾の指が動き、弦を掻き鳴らし始めた。

 そのサウンドが、フレーズが、遥音の脳を直撃する。

 

(く……これが、みんなを狂わせた演奏か)

 

 その魔力を有した演奏に、遥音も脳がとろけそうになる。

 

(これは……抵抗しきれそうに……ないね……。っていうか、抵抗する必要、ないんじゃないかな……)

 

 ふらり、と遥音の体が揺れた。

 それを見ていたユリは、遥音が屈したことを確信した。

 その時。

 遥音の、マイクを持つ手が上がった。

 そして、やにわに、演奏に合わせて歌いだしたのだ。

 

(え!? あのギターに、セッションさせる効果なんかあったわけ!?)

 

 が、すぐに、そうではないことを理解した。

 耳栓をしているユリの脳までもが、より強力になった演奏に侵されそうになっていた。

 

(あのバカ、自分もスタンド使ってる! 何を増幅してるのよ!? ホントいい加減にして!)

 

 もはや耳栓では足りず、頭ごと〈エロティクス〉で覆ってガードしていた。

 両者は、次から次へと曲を変え、演奏を続けていった。美しい声が、高らかなギターが、店内に響き渡っていく。

 

(何だ、こいつ?)

 

 雷吾に自分を弾かせながらも、〈フィーリング・グルービー〉は考えた。

 

(これは言ってみれば、音楽の戦いだぞ? 何でそんなに楽しそうなんだ?)

 

 生命感に溢れる、決して憑りつかれたものではない遥音の笑顔に、不思議な印象を受けた。

 いつしか、演奏が一時間を超えた頃。

 ピタリ、と雷吾の指が止まった。

 店内に、静寂が蘇る。

 息を切らしながら、遥音は言った。

 

「……どうしたンだい? もう打ち止めか? せっかく乗ってきたトコじゃないか」

「なあ……これってもしかして、お前にとっては、戦いじゃないのか?」

「戦い?」

 

 きょとん、とする遥音。

 

「ああそうだったね。つい忘れてたよ」

「忘れてた……って」

「あんまり楽しかったもンでね。ここンとこ、スタンド絡みでなかなか音楽に集中できなかったもンだから。アンタもやっぱり、イケてる演奏するしね」

 

 しばらく、雷吾の口は動かなかった。

 

「……言いたいことは分かったよ。どうやら、俺が飢えてたのは、喝采だけじゃないらしい」

「アンタも、音楽を志すなら分かるだろ? 結局のところ、ウチらは音楽が好きで好きでしょうがないンだよ。だからヤルのさ。そういうこった」

「そうだな……付き合ってくれて、ありがとよ。もう、スタンドパワーで観客を操るのはやめだ。雷吾の体も、勝手に使ったりしねえよ」

「なら、おとなしくケースに入ってくれるかい? みんなを介抱しないといけないしね」

「了解だ。雷吾も目覚めだした。この体は解放するよ」

 

 が、雷吾の体が動かない。

 

「どうしたンだい? 分かってくれたンじゃないのかい」

「い……嫌だ! このレスポールは渡さない……!」

 

 雷吾の目の焦点が合った。その腕がギターをギュッと抱きかかえる。

 

「アンタ……雷吾なんだね!? 何も、取り上げるとは言ってないだろ」

「俺には、まだこのレスポールが必要なんだよ!!」

 

 必死の表情だった。

 

「このレスポールさえあれば……客が沸くんだ。荒井さんだって認めてくれる。プロのミュージシャンに、俺の夢に手が届くんだ!」

「このギターの力に頼り切るって言ってるのかい? アンタのミュージシャンとしての誇りは、それでいいのかい?」

「お前みたいなっ!! 才能のカタマリみたいなヤツには、分からねえんだよっ!!」

 

 腹の底からの怒号。遥音が、わずかに気圧された。

 

「荒井さんの言う通りさ。俺は……ブキッチョで、なかな上手くならない。世の中にはさ、音楽の神様に愛されてるヤツが、確かにいるんだよ。遥音、お前に出会って、それを痛感したよ」

「……」

「俺は、聞いてたよ。お前とこいつの話をさ。お前の言うことは、正しいよ。だけど、正しいだけじゃ俺の夢は叶わない。こいつを失ったら、俺はおしまいだ。だから……くっ、うぅっ……」

 

 雷吾が、しゃくりあげて泣き出した。

 遥音は、次に何を言ったらいいのか、浮かばなかった。

 

『雷吾。お前、誤解してるぞ』

 

 急に、〈フィールング・グルービー』が喋ったのを、遥音も雷吾も確かに聞いた。

 

『お前、自分には才能ないとか思ってるだろ? 俺はそうは思ってない』

「え……? だって……」

『お前の才能は本物だ。お前が自信がないのは、指使いのテクニックの部分だろ? お前は、体で覚えるタイプのくせに、自力でコツを掴むのに時間がかかっちゃうんだよ。だから、自分はブキッチョだって思ってる』

「それが……ブキッチョだってことじゃ……」

『違う。元になる指使いさえ覚えれば、そこから先の伸びしろはスゴいんだよお前は。そして、俺がやらせた演奏を、お前の指は間違いなく記憶している』

「え……」

『俺の演奏を、お前自身のものにできるだけの力が、本来あるんだよ。お前は!』

「俺、自身の……ものに?」

『俺が、お前に教えてやる。ただし、一言だけ言っておくぞ』

 

 一呼吸置かれて、言葉が続いた。

 

『俺のかつての本体は、やっぱりミュージシャンだった。だけど、テクニックを磨くことだけ考えて、腕はあるのにちっとも売れなかったよ。いつも不平ばかり心に浮かべて演奏してた。なんでこれだけできるのに、世間は自分を認めないのか、ってな』

「……」

『今思うと、演奏のどこかに出ちまってたんだろうな、そういう負の部分が。客は、結構敏感に察するんだよ。俺も影響を受けちまってたから、分かってたのに、さっきまで忘れてた。遥音のおかげで、思い出したよ。お前は、俺の元の本体みたいになるなよ』

「……分かった。分かったよ……」

『じゃ、俺はいったん休むよ。がんばれよ』

 

 スタンドの声が、終わった。

 

「……雷吾」

「分かってる。ちっとこいつを、休ませてやらないとな」

 

 雷吾は、床に放り出されたケースを拾い上げると、レスポールをうやうやしく、丁寧にしまいこんだ。

 

「……ん? 何だか、ドンドン扉叩いてるけど」

「え、まだ外の連中、演奏の影響受けてンの!?」

「それはないだろ。大体、外から聞こえてくるの、女の声だぞ」

 

 雷吾が、内鍵を開けた。

 扉を開けると、外から若い女が飛び込んできた。

 

「鳴次!? 大丈夫!?」

 

 女は、介抱していたユリを押しのけるように、まだ横になっていた鳴次に抱きついた。

 

「あぁ……まだ頭がボーッとしてるけどな」

「怪我はないの!? 〈シルバー・チャリオッツ〉で喧嘩だか暴動だかが起きてるって聞いて来たの!」

「うん……別に何ともないよ。心配してくれたんだ。ありがとう」

「鳴次……!」

 

 しっかりと抱き合う二人。関係は、説明されなくともユリにも理解できた。

 

(ちょっと、傷治したの私だよ!? 遥音の方も勝手に解決しちゃうし、私ってただ騒動に巻き込まれただけじゃない! 何でこうなるのよ! だから、遥音と一緒するのは嫌なのよー!!)

 

 パタリと倒れ伏すユリであった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。