城南学園スタンド部、その名もジョーカーズ!   作:デスフロイ

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第19話 グランドの夢の続き 後編

 バットを折られた京次に、いつの間にか現れた河村の分身が五人、手に一本ずつバットを持って駆け寄った。それぞれがバットを差し出し、選ばせようとしている。

 

「木のバットじゃ、また折られたら打ち取られるか。やっぱ、適当に選んじゃダメだな」

 

 京次は、一つ一つ吟味し、長めの金属バッドを選んだ。

 キャッチャーボックスに入った多部は、座って河村を見据えながら、サインを出し始めた。

 

(我々に、離れた所から見ることができるスタンド使いがいないのは悔やまれるな。サインを解読できれば有利になるのだが)

 

 さすがに神原も口にはしない。

 一しきりサインを確認した河村が、頷いた。

 そして、振りかぶって投げる。

 

(もらったぜ!)

 

 ゾーンに来る、と踏んだ京次が強振する。

 だが。

 そのボールは、それまでの投球と比べても、明らかに遅い。

 完全にタイミングを狂わされ、空振り。

 

「何よ、今の!? スカしてきやがった」

「チェンジアップだな」

 

 遥音が、神原を振り返る。

 

「フォーム自体は、今までのものとほぼ変わらない。握りとリリースを変えることで、スピードを抑制し、微妙な変化すら付加する。正直、河村くんのボールは速球派のものとは言えん。だが、あのチェンジアップは、他の球と比べて充分な緩急の差をつけられる。彼の得意ダマということか」

 

 その台詞を、多部は耳をそばだてて聞いていた。

 

(そういうこった。今のチェンジアップの残像は、武原にも残ってるはず。いつ来るか、と警戒してくれれば、他の球への対応が疎かになる)

 

 苦々しい表情でバットを構え直す京次を、多部はちらりと見た。

 二球目は、高めにあえて外したボール。京次も見送る。

 

(問題は次だな。チェンジアップを二球続ける可能性は低いと、武原くんも踏んでいただろうが、間に一球挟まれると、話は別だ)

 

 神原が見守る中、京次に対して三球目が放たれた。

 ふわり、と表現したくなる緩やかな投球。

 

(またチェンジアップか!)

 

 神原が注視する中、京次は動きかけたバットを止めた。

 そして、あまり振りすぎず、ほとんど手首の返しだけで跳ね返す。ボールは、鋭く三塁線に飛んだ。サードが横に飛ぶが、間に合わない。

 

「ファール!」

 

 アンパイヤが、左手を横に差し上げた。

 京次が舌打ちするのを、多部はちらりと見上げる。

 

(やっぱりコイツ、ただの力バカじゃないな。緩いチェンジアップを全力で叩いても、まともに飛びはしない。それが分かってて、あえて軽く合わせたんだ。しかし、チェンジアップが印象に強く残ってるのは間違いない。この勝負、この球は切り札になりうる)

 

 だが、念のため、多部はタイムをかけて、河村に近づいた。

 

「何だよ?」

「今のボール、少し高かったぞ。前から思ってたけど、お前のチェンジアップは左打者に対して、時に浮くことがある。デキる相手だと、逃さず捉えられるぞ」

「う……分かったよ! 気を付ける」

 

 去っていく多部を見送りながら、河村は思った。

 

(前から……って、実戦で受けたこともねーのに。何だかんだ、チェックしてたってことか。俺の球を)

 

 勝負が再開される。

 四球目、低めに外れ。そして、五球目。外角一杯にボールが飛び込んだ。京次は、ピクリと動いたが、スイングしない。

 

「ボール!」

「うわー! マジかー!」

 

 頭を抱える河村。

 

(マズいな。フォアボールになると、あと三回抑えないといけなくなる。この相手だと、球筋を見せるほど不利になるのは間違いない。次で、何としても打ち取らないと。どうする?)

 

 そして、多部はサインを送る。

 だが、それに河村は首を横に振った。

 少し眉根を寄せたが、サインを変更。だがまたもや、首は横に振られた。

 

(……おい。コレを投げたいとか、言い出すのかよ?)

 

 まさかと思いつつ出したサイン。それに、河村は頷いた。

 

(おいおい! 覚えようとしてたのは知ってるけど、ここで投げるか? 自信あるのか?)

(出たとこ勝負だ! 俺はハラをくくる。お前も付き合えよ!)

(……チッ! クソ度胸だけは大したもんだよ、まったく!)

 

 すっ、と河村の両腕が上がった。

 眼光鋭く、球を待ち受ける京次。

 そして、一球が放たれた。

 

(外角低め! ストライクゾーン!)

 

 京次は、狙い定めてバットを振り込んだ。

 しかし、その手前で、わずかに外に逃げつつ、ボールは沈み込む。

 ガキッ! 鈍い音を立てて、ボールはショートへと転々。

 あっさりと捕球され、一塁へ転送された。

 

「アウト!」

 

 わずかに走ったものの、苦笑しつつ逆戻りする京次。

 それを目の当たりにした航希が、

 

「ありゃ? 今、バッターボックスから出なかった? 京ヤン」

「ああ。打ちさえすりゃ、ライン上だけは進めるみたいだぜ。ま、それ以上何かやっても、多分無意味だろうけどな」

 

 一方の河村は、汗を拭う。

 

(新兵器のツーシーム……! これで1アウトとれた。どうだよ、やりゃできるんだよ! 多部)

(ヒヤヒヤさせやがって。まだ、実戦で使えないこともないってレベルだぞ。だがこれで、河村が投げられる球種は全て使い切った。さてどうだ、絞り切れるか? 武原)

 

 そして、運命を決める三打席目が始まった。

 一球目。高めのボール球、京次が見送る。

 続いて、内角を攻める一球。

 

「もらった!」

 

 京次が強振する。が、真後ろに飛んでいくファール。

 

(今の感じ。やっぱり、狙いは思い切り引っ張れる内角か。それなら)

 

 多部のサインに河村が頷き、振りかぶって投げようとする。

 が、腕を振りこむ直前。

 河村は、京次の持つ雰囲気に、嫌な予感を感じた。

 

「!」

 

 その手から放たれたボールは、地面に叩きつけられた。

 転々と転がるボールを京次は見送る。それを拾い上げると、多部は河村に再び駆け寄った。

 

「どうした!? 指が引っかかったか。落ち着いてけよ」

「いや……」

 

 やや視線を落として、河村が呟いた。

 

「今のツーシーム、打たれる気がした……。狙われてるかもしれない」

「! それでか。地面に叩きつけたのは、ワザとか」

 

 少し考えて、多部は口を開いた。

 

「アイツの猛気に、気後れしてるか?」

「違う! そういうことじゃない」

「……だったらいい!」

 

 思わぬ肯定をされて、面食らう河村。

 

「ピッチャーとしての直感ってヤツだろ? 本当にヤバいと思ったら、回避するのは間違いじゃない。そん時は、俺がフォローしてやる。それが、俺の役目だからな」

 

 そう言い残すと、多部は元に戻っていった。

 そして、京次が待ち構える前で、河村が必死の面持ちで、サインを覗き込もうとする。

 

「河村! サードランナー!」

 

 突然、多部が叫んだ。

 びくっと身を震わせた河村が、構えをセットポジションに切り替えた。

 

「サードランナー? ランナーなんて、そももそいないじゃん? 何言ってンのアイツ?」

 

 首を傾げる遥音の横で、神原はじっと考え込んだ。

 

(確かに、普通ならそうだ。しかし、河村くんは今の声に反応し、セットに切り替えた。ただの口から出まかせとは思いにくい。これはスタンド勝負でもある。何もないようにしか見えないが、我々の感知できないところに、何かがあるのかもしれん)

 

 ちらり、と京次は神原のその様子を見た。

 

(先生。アンタ、頭が良すぎて考え過ぎるんだよ)

 

 軽く、バットを振ってみる。

 

(河村の野郎も言ってたが、この勝負は俺が打てば終わりだ。ランナーの存在は関係ねー。大方、河村がテンパりかけてたから、気持ちを分散させてリラックスさせようって程度だろ)

 

 その京次の様子を、多部がさらに伺う。

 

(コイツには通用しないか。何かある、と思ってくれれば、集中を少しは乱せたかもしれねーけど。まあ、いい。これは、ウチのチームでやってるリラックス法だ。瞑想で落ち着いた状態で、サードランナーを置いたイメージを繰り返すことで、ピンチでも落ち着けるように訓練してる。肝心の河村には……どうやら、効いたようだな)

 

 マウンド上の河村の表情が、わずかに和らいでいるのを、多部は確認していた。

 

(俺……スゲーアホだ!)

 

 ふと、多部は思った。

 

(コイツ、俺が思ってたより、スゲーもん持ってる! 投手として大事なモンを抱えて、決して離さないヤツだ。癖が強くて分かりにくいだけだ。そのスゲーもんを、もっともっと引き出すのが、俺の役目だ!)

(……ありがとよ、多部)

 

 河村は、ロージンを手に、内心で礼を述べた。

 

(底意地の悪いヤツだと思ってたけど、この土壇場で、俺の気持ちを汲んでくれた。俺の勝手で始めた勝負に、真剣に付き合ってくれている。なら……俺も答えるぞ! 全力でアイツを打ち取る)

 

 河村の内面の変化に、京次も気が付いていた。

 

(いいツラしてるぜ。さっきまで気負いすぎてるくらいだったのにな。多部の野郎、なかなかいいリードしてやがるじゃねーか。こっちも、本気で相手する価値があるってもんだ)

 

 京次は、バットを構え直した。

 

(今、打ち気を見せたのは、あくまでフェイク……! 本命を狙う、前段階だぜ)

 

 2ボール1ストライク。固唾を飲む観客三人の前で、河村が動き出した。

 

(逃げてたまるか!)

 

 気合のこもった球は、内角目がけていく。

 京次が、手を出した。わずかに内に曲がり、落ちるツーシーム。その動きに、バットを合わせる。

 が、当たり損ねて、ファールゾーンに小フライ。ファーストが追うが、地面に落ちて跳ねた。

 サインの交換が終わり、四球目。

 放られたボールは、しかし、明らかにスピードが緩やかだった。

 

(ここでチェンジアップか!)

 

 神原が、祈るような気持ちで京次を見る。

 その体が、わずかに動いたが、そのまま留まった。ボールは低めに吸い込まれる。

 

「ボール!」

 

 アンパイヤのコールに、多部は顔をしかめた。

 

(チェンジアップを見逃されたか……。河村。次で、決めるぞ)

(ああ。やってみせる!)

 

 両者の呼吸が合うのを、京次も感じ取っていた。

 

(次だな。これで打てなきゃ、俺の負けだな)

 

 そして、最後の一球を、河村がその左腕から放った。その直前、多部が座る位置をステップして変える。

 対角線を描くように、ボールは外角のギリギリ一杯へと向かう。

 

(コースは理想的! 振れ!)

 

 河村と多部の願いが通じたように、京次がスイングの動きを始めた。

 

(クロスファイヤー・カットボール! 手元でさらに、外角に曲がる!)

 

 河村が、球の行方を見送る。

 が。

 京次が、思い切り右足を踏み込んだ。球の曲がりを追うように。

 

(読まれた!?)

 

 愕然とする多部。

 一方、投げた河村には、勝算があった。

 

(そんなに踏み込んだら、スイングしきる前に、地面に足が着く! 普通の野球でもアウトだし、俺のスタンドは、足がボックス外の地面に出たら、即座に滑らせて中に戻す。どの道、ジャストミートはできん!)

 

 だが。

 そう考えた河村の眼前で、京次の右足は、空中で止まり、空中をしっかりと踏みしめた。残った左足は、滑ってはいかず、しっかりとバッターボックスに残っている。

 

「何!?」

「俺はなぁ!!」

 

 京次のバットが、カットボールの曲がりっぱなを、ジャストミートした。

 

「空中に〈足場〉を作れるんだよ! 片足が残ってりゃ、地面を滑ったりしねぇぇッ!」

 

 空高く舞い上がり、遠く飛んでいくボール。全員が、その行方を黙って見守る。

 外野も追うことを諦めていた。遥か彼方に、ボールが消えていった。

 

「……やられた! 文句なしホームランかよ、はは……」

 

 頭を抱えて、天を仰ぐ河村。

 逆に、地面に伏しそうな様子の多部。

 

「……すまん! 俺のリードが甘かった……読まれてた……」

「いや。普通の野球勝負なら、打ち取られてたかもな」

「どういうことかね、武原くん?」

 

 〈ウィッシュ・オブ・ダイヤモンド〉が解除されたグランドに入ってきた神原が、尋ねた。

 

「なあ、河村、多部。お前ら、野球勝負に夢中で、俺がスタンド出しっぱなしで打席に入ってた理由を、あんまり考えてなかっただろ?」

「……え?」

「俺の〈ブロンズ・マーベリック〉は、振動を操る。おかげで、他から伝わる振動にも、敏感になってるんだ。たとえば、河村が踏み込む時の振動。多部が座る位置を変える時の振動。スタンド出して集中できる状況なら、読み取ることができる」

「……!」

「分かるか? 河村は、球種ごとにフォームが変わらないよう訓練はしてる。けど、わずかに踏み込みが違うから、一度放ってきた球種は、振動で分かんだよ、俺は。横のコースも、多部の位置で狙いは読める」

 

 やや青ざめる、河村と多部。

 

「チェンジアップは、早くに捨ててカットするつもりだった。打ってもあんまり飛ばねーからな。外角へ逃げるボール、あれが決め球の一つだろ? 普通なら、足がボックスから出てジャストミートは難しいが、俺なら〈足場〉を作れるから問題なしだ。最後の最後まで、〈足場〉を作れることは、隠しておくつもりだった……」

「……やっぱり、俺の配球ミスだったか。チェンジアップにしろ、ツーシームにしろ、ギリギリまで隠しておけば……」

「いや、多部。大会じゃ、そうはいかねぇだろ? 相手も過去の試合で研究するし、決め球をずっと隠し通すなんて無理だろ」

「じゃ、俺の球が原因だ! 分かってても打てない球だったら……」

「それも違うと思うぜ。俺は、スタンドの力を使って打った。言っただろ? これは、俺にとっちゃスタンド勝負でもあるって。どの道、純粋な野球勝負とは言えねぇんだよ。最初から、な」

 

 京次はマウンドに進み出ると、バットを逆さに持って、河村に差し出した。

 

「返すぜ。大事な道具なんだろ?」

「ああ……すまん。無理に勝負につき合わせた」

「いいってことよ。こっちも楽しかったぜ」

 

 そして京次は、グランドを出ていこうとする。

 だが、その途中で、振り返って言った。

 

「おめぇら、たったこれだけの勝負で、けっこういいバッテリーになったんじゃねぇか? その分だと、俺なんかいなくても行けるかもな。甲子園」

 

 はっと、お互いを見合う河村と多部。

 

「そん時になったらよ。俺が応援団長やってやるぜ。ただし! スタンド悪用しないで勝ち抜けよ。それが条件だ」

 

 ニカッ、と笑うと、京次は背を向けて立ち去っていく。その後ろを、三人が付き従っていく。

 それを、じっと見守っている河村と多部。

 

「……負けたよ。完敗だ」

「ああ。だけど、また次に勝ちゃいい。こういう勝負じゃなくってもいい。俺たちなりに、勝ちを目指ししていけばいいんだ」

「分かってら! まずは、次の大会だ」

 

 二人は、グランドの片隅に置いてある、トンボを取りに行った。

 よき勝負をさせてくれたグランドに、恩返しの整備をするために。

 

 


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