「どういうことですか、未麗さん?」
問い詰めてくる笠間に、未麗は読んでいた書類を机に置いて、眉を寄せた。
「何の話? それはそうと、アポなしで押しかけるのは勘弁してくれない?」
「失礼しました。急を要することですので」
「まあ。急を要するとは、どういうこと?」
「事態の究明に時間がかかりすぎますと、たとえばですね。イライラしている私がつい、そこのマヌケ面を、夏の浜辺のスイカみたいに叩き割ってしまうことにも、なりかねません」
「どうして、そこで私の頭がハーフ・アンド・ハーフにされてしまうのですか? ミスター笠間?」
こめかみをピクピクさせながら、平竹の口調だけは穏やかだ。
「使えない脳ミソ取り出すのが、はかどるだろーが。ついでに糠ミソ入れて、ナスとかキュウリ漬け込んどけ!」
「人を漬物ダル扱いですか? だったらあなたは、爆弾とカクサンデメキンと一緒に調合されるがいいですね!」
「メインターゲットを達成しましたってか? 巻き添えくらって吹っ飛んでろ!」
「あなたたち、いい加減にしなさいよ」
未麗が、うんざりした顔を隠さない。
「笠間。あなたは私の秘書に喧嘩を売りに来たの?」
「まあ、無駄話はこの辺にしましょう。間庭愛理が、先日あやうくリンチされかけました。これは、あなたの指示ではありませんよね?」
「リンチ? ……いえ。知らないわ」
事実、未麗は知らないことであった。
「スタンド使いが関わっていたらしいので、何かご存知かと思いまして」
「そのスタンド使いを、私が差し向けたと? 言いがかりはよして。間庭愛理を今の状況で痛めつけて、一体私に何のメリットがあるの?」
「でしょうね。聡明な未麗さんが、竹を割ったような知恵をお出しになるわけがない」
「竹を割ったような性格というのは聞くけど、竹を割ったような知恵とは、初耳ね?」
「中身がスッカラカンってことですよ。さぞかし、叩けばよく響くでしょうね?」
「面白いわね。R-1にでも出場するの?」
冷え切った目を笠間に向ける未麗。
「とにかく、私は何も知らない。どうしてもと言うなら、私の指揮下にいる者には、愛理に手を出すなと申し伝えるわ。もっとも……私の都合のいい状況ならだけど」
「それを聞いて安心しました。失礼します」
一礼して、さっさと笠間は部屋を出ていった。
その後姿を、平竹は忌々しそうに見送っていたが、
「何ですかあれは!? ノー・マナーにもほどがある」
「平竹」
未麗が、ジロリと睨んだ。
「あなたが仕組んだことというわけ? 少なくとも、笠間はそう思ってるわよ」
「知りませんよ! あのパラノイアのナンセンスな言葉を、まともに受け取るのですか!?」
「お黙りなさい!」
強い語気で、未麗が遮った。
「そのことはもういいわ。愛理もひとまず無事だったようだし。ただし……! 私の指示があるまでは、愛理に手出しすることは禁じます。他の者の仕業に見せかけるのも許しません。いいわね?」
「御心のままに」
深々と頭を下げたが、平竹は内心で舌打ちしていた。
(まあいい。笠間を挑発する効果はあった。これでサムシング・ドゥ・イットしてくれれば、私のターンもあろうというものだ。さて、今度は何を仕掛けてやろうか……)
愛理が〈スィート・ホーム〉のキャビネットから出てくるやいなや、炭三が一目散に駆けつけてきた。
それを、愛理は優しく抱き上げる。その様子を、文明が微笑ましそうに眺めていた。
「あなたが炭三なのね。あたしの家には、あなたの子孫がいるんですよ」
「代々飼ってるの?」
「ええ。二代目の炭夫、三代目の炭太郎、四代目の炭助、五代目が炭乃で、今うちにいるのがスミリン」
「最後だけ、何かテイスト違わない?」
「お母様が、女の子の猫ちゃんには今風にしてあげた方がいいからと」
微笑ましく、案内してきた文明は彼女を眺める。
隣の部屋は、何やら騒がしい。
「こんなもんかな? どう?」
「明日見、じっとしてな! 今、写真撮るから」
何だろう、と思いながら、文明が仏間に入っていくと。
明日見が、奇妙なポーズをとっていた。立ち姿で、足を伸ばしたまま少しクロスさせ、両腕を無理やり曲げ、指先まで逸らせている。首も斜め上に捻り上げ、視線をあらぬ方向に向けていた。
「な、何やってるの?」
「〈露伴立ち〉。知らない?」
「ごめん。よく分からない……」
どんな顔をしていいのか分からない文明。
後ろからついてきていた愛理が、口を開いた。
「漫画家の岸辺露伴の作品に出てくる、特徴的な立ち姿ですね。代表作は〈ピンクダークの少年〉。イタリアの彫刻芸術が発想の原型となっていて、関節を強く捩ったポーズが特色になってます」
「へえ! 愛理ちゃん、漫画も詳しいんだ」
感心している航希。
「あの……あたし、一度見聞きしたものは、忘れないんです。ハイパーサイメシアっていう症状だということです」
「それ、症状っていうより才能じゃないの!? すごいなー」
困った表情の愛理に、にこやかに航希が応じた。
「とにかくさ、その〈露伴立ち〉が今、インスタで流行ってンのさ。今、その話題になって。みんなでやってみてるところさ」
写真を撮り終えた遥音が、ニヤリと笑った。
「早速だから、かけつけ1ポーズやってもらおうか! まずは文明、アンタだ」
「え、えっ!? だって僕、その何とかいう人の漫画、読んだことない……」
「いいからやンな! 激しく、カッコよく、それでいてエレガントだよ! オリジナリティも忘れるんじゃないよ!」
「な、何で来た早々、そんな難しい注文を……」
及び腰で座の真ん中に進み出ると、恐る恐る、適当に形を作りながらポーズを決めた。
途端、次々と噴き出し、爆笑する一同。
「な、なンだよそれ! まるで、やっちゃいけないクスリ決めたダチョウだろそれ!」
「いや、これはこれで、な。本家の漫画でも、こんなテイストのポーズあるぜ」
そう言いつつも、笑っている京次。
「独創性はあるが、スマートさにいささか問題ありだ。45点、赤点回避といったところか」
一人だけ笑わず、冷静に批評を加える神原。
「何だよ何だよ! やれっていうからやったのに! 大体、みんなどんなのやったんだよ! 考えてみれば、先に見せてもらってからやればよかったよ!」
「文明くん、そうエキサイトしないで。ほら」
明日見が、自分のスマホの画面を見せる。側に近づいている彼女からいい匂いがしてきて、ついつい怒りが別のものに変換されてしまう。
だが、それも画面を見るまで。
「……何だか、みんなカッコいいじゃないか……こういう代物だって、教えておいてくれれば……」
「そうヘコまないで。先に見せると、影響受けちゃうでしょう? 遥音さんも言ってたけど、オリジナリティが重要だから」
「そういうこと! 愛理、アンタもだ。逃がしゃしないよ!」
「別に逃げるつもりはないです。え、と……バレエとかと重なるのはいけないのですよね」
遥音に促され、愛理が真ん中に出てくる。
強めの内股で立ち、足先はハの字型。背を少し逸らし、右手を指揮棒を構える形。左手はベルトよりやや上で横に曲げ、首を少しだけ捻って正面を見据える。
今度は、全員が頷いていた。
「バランスもとれていて、優雅さもある。力強さも忘れてはいない。90点だ」
「残念。神原先生の採点は厳しいですね?」
「うむ、今後の成長を期待する意味でも、満点はそうやすやすとはやれんよ。たとえ君でもな」
「精進いたします」
礼儀正しく、お辞儀をする愛理。
「さて……。成長と言えば、スタンドを覚醒させたようだね? 間庭くん」
「そうらしいです。そもそも、この空間はスタンド使いでなければ、入れないと聞きました」
愛理は、己の傍にスタンドを出現させた。
「〈スィート・アンサンブル〉。能力は『動くものの速さを調整することによって、複数の動きによって引き起こされる事象のタイミングを合わせる。もしくは、裏拍をとることで、タイミングをずらす』というものです。そもそもタイミングを変えても発生の可能性がない事象を、発生させることはできないようですが。既に検証はすませています」
「さすがに探究心旺盛だね。だが、幾つか忠告はしておきたい」
神原は、穏やかな笑みを浮かべていた。
「まず、スタンドの能力を他の者に話すのは禁忌に近い。能力を教えるということは、弱点を教えるのに等しいのだから」
「神原先生を信頼してお話したつもりです。とは言うものの、今後は気を付けます」
「もう一つ。スタンドの能力の限界を、自分で決めてしまってはいけない。スタンド使いの精神の成長と共に、スタンドも成長するのだからね。事実、ここにいる武原くんも天宮くんも、極めて短期間でスタンドを一段階成長させた。彼らの向上心が旺盛な証拠だよ。正直言って、私も驚いている」
「精進いたします、と、もう一度言わなければならないようですね? ご忠告、肝に銘じます」
遥音が、明日見の脇をつついた。
「あのさ。普段からそうだけど、ちっとあのコ固すぎない?」
「日舞とかもお師匠について習ってるみたいだから。そのノリが出ちゃってるのよ」
「やれやれ。お嬢様は、アタシら庶民とは趣味が違うねぇ」
「あらら、私もそっち側なの?」
「何だよ! だったら、アンタも日舞とかやってるわけ?」
「……やってない……今風のダンスとかならまだ何とか……」
「それみろ! やっぱコッチ側じゃンか」
一本取ったと得意げな遥音に対し、む~、という顔の明日見。
『もしかしたら、彼らがこうして楽しんでいるのも、最後になるのかもしれん』
和気あいあいとしているジョーカーズの面々を見やって、神原は思った。
『一連の吹奏楽部の一件からすると、その裏にいるのは亜貴恵ではないように思われる。亜貴恵はずっと入院したままだし、理事長の目がなくなったからといって、黒幕で満足する性質ではないからな。別に黒幕がいるとするなら……娘の未麗か? いや、最初からそうだったのかもしれん。何とか裏を取る必要がある。一番早道なのは、笠間をこちらに引き込むことなのだが。……いずれにせよ、決戦の時が近づいている』
「また動画? フレミング、あんたそれ前にも見てたやつだよね。いったい何回目?」
メイド服の初老の女が、半ば呆れたように、犬の顔をした異形の生体兵器に尋ねた。
そこは、研究所の一角だった。フレミングは普段は特殊な液体の中で睡眠させられているが、定期的に液体から出して活動させないと、筋力などが大幅に衰える。そういう日は、このメイドがフレミングの世話をしているのだった。
「何度でも見る。俺には、実践できる機会は限られているからな」
「それにしても、ホント好きだねえ。総合格闘技だっけ? あたしゃ、こういうのは怖いから見たくないけどね」
フレミングは、返答しなかった。顔のヒビは、もう完全に消えてしまっている。
(力だけでは、神原のスタンドに簡単には勝てん。それに、あの少年の動き。力なら俺の方が上のはずなのに、顔面に拳を打ち込まれた。あの動きは、何らかの訓練を受けているのだ。俺も、格闘の技術を身につける必要がある)
「トミコ」
フレミングは、メイドに呼びかけた。
「稽古相手は、もうすぐ来るんだったな?」
「ああ。だけど、稽古になるか分かりゃしないよ。ほら、こないだの男だって、あんたの姿見ただけで、ションベンもらして使い物にならなかっただろ? まったく、〈お掃除〉するのはこっちなんだからさ」
表情を変えないフレミングに、トミコははっと気づいたように、
「あ、ゴメンねえ! あんたのせいじゃないんだもんね。大体、今時の男はチャラチャラしてる腰抜けが多いからねえ。ちょっと顔が怖いくらいのことで、あそこまでビビらなくったって。あ、そうだ!」
トミコは、いそいそと部屋の外に出ると、菓子のたくさん入ったカゴを持ってきた。
「あんた、これ食べな! 運動前には、甘いモン食べた方が体にいいんだよ」
「いや、俺はそういう体じゃ」
「何を遠慮してるんだい。育ち盛りなんだから、食べなきゃいけないよ!」
断るのも面倒なので、仕方なしに、フレミングは菓子の一つに手を伸ばした。
学校から一番近くにあるドーナツショップ。
ユリは所在なさげに、半分残ったコーヒーカップを揺らしていた。
店内の新製品の宣伝ポスターが目に入る。
(期間限定のドーナツかぁ……キャラクター入りで、インスタ映えはするけどさ。だけど、やっぱカロリー気になるし。写真撮って捨てちゃうのって、なんかヤダし。やめとこ)
少し冷めたコーヒーを、飲み干してしまう。おかわり自由なので、後でもらってくるつもりだ。
机に置かれているスマホを、手に取った。
さっきも見たばかりなのに、また同じところを見てしまう。
(芸能プロダクションへの、紹介かぁ……。平竹とかいうあの男、信用できるのかな?)
やたら横文字ばかり使う、茶髪の男の姿を、ユリは思い出していた。
(紹介先が怪しげなところじゃなかったら、悪くない話なんだけど。結局、笠間さんの時と同じようなことやらされるのよね、きっと)
なぜだか、心が浮き立たず、ユリは頬杖をついた。
(どうしようかな、ホントに? 笠間さんには、ひとまず今まで通りにやれとは言われたけど。だけど別に、大して笠間さんに義理があるわけじゃないのよね。さぁて、どっちに乗っかろうかな……)