城南学園スタンド部、その名もジョーカーズ!   作:デスフロイ

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第26話 達人とナントカは紙一重? 前編

「〈達人〉に、会ってみないか?」

 

 飛輪会の道場で、唐突に切り出された台詞に、京次はときめいた。

 

「達人!? 椿さん、どういう人なんですかそれ!」

「がっつくなぁぁ~、案の定!」

 

 ニヤニヤしながら、椿は続けた。

 

「我が飛輪会の設立当初のメンバーの一人だよ。泉蓮斎、とおっしゃる方だ」

「いずみ……れんさい、ですか。響きは悪くねぇなぁ。だけど、飛輪会の創設の頃の人なら、もうずいぶんオジイチャンなんじゃないですか?」

「ああ、確か去年米寿を迎えたっていうから、89歳だな」

「やっぱりそんくらいなんだ。その歳で、今でも空手の鍛錬やってるんですかね?」

「そうなんだろうな、きっと。館長によるとだな、たまに思い出したように、ウチの若い奴らを、自分が籠ってる修行場に連れてこさせるみたいだぜ。どうだ、来るか?」

「行きます! ウチの親父が聞いたら、行ってボコボコにされてこいって言ってきますよ」

「お前の親父さんもズイブンだからなぁ……。ま、これで頭数は揃ったな」

「え? 頭数?」

「ああいやいや……こっちのことだ」

 

 椿は、曖昧な表情で手を振った。

 

 

 

 

 

 その修行場は、木々の生い茂った、山道の最果てにあった。

 かつては寺であったそうで、茅葺の屋根が面影を残している。

 本堂の隣に作りつけられた建物の中に、京次たち一行はいた。

 

「……京次!」

 

 椿が、真剣な顔で呼びかけてきた。

 

「ニンジンとサトイモの皮剥けたぞ」

「ああ、すんません。3センチくらいにザク切りしてってください。こっちは鍋用意してますんで」

「おうよ。やっぱり、こういう時はお前がいないとなぁ」

「俺、完全に飛輪会お抱えコックにされちまってますね……」

 

 などと言いつつ、京次は結構楽しそうに準備を続けている。他の面々は、一部は料理を手伝い、またある者は掃除に駆り出されている。

 

「ってゆーか、もしかして俺たち、雑用係として呼び出されてません? 人数揃えた訳が分かりましたよ。ねぇ椿さん?」

「いやいや! 蓮斎先生はきっと、何か深いお考えがあるに違いない……」

「だったら遠くを見る目しないでくださいよ。大体、椿さんは蓮斎先生とは親しいんですか?」

「いや。今日初めて会う」

 

 ガクッとつんのめる京次。

 

「いやな。さっき会わせた有村先輩が、先生との連絡係してるんで」

「俺たちが着いた時にも、先生は午前の修行に出てるって言ってましたしね。人を呼びつけといて、修行させる気あんのかよって感じですがね」

 

 京次がそう言った時。

 

「あるから呼んだんじゃ!! ゲロッパ!!」

 

 突然、背後から大声を叩きつけられて、京次はあやうく包丁で指を切りそうになった。

 

「な……!」

「近頃のガキンチョは、ナリばっかりでかくなりおって。ゲロッパゲロッパ!」

 

 振り返った京次の背後には、小柄な老人がいた。口元に小汚い無精髭を生やしまくり、白黒まだらな頭髪は、乱雑にカットされている。だが、京次の注意を一番引き付けたのは、カッと見開かれ、異様に力強い目であった。

 

「ガキンチョ、名を申せ!」

「……武原京次。二段です。押忍」

「段数まで聞いておらんわ! 子供の跳び箱でも、もうちょっと高く積むわい! ゲロッパ!」

 

 何だか、少しカチンとき始める京次。

 

「京次とやら、聞くぞ! 今日の昼飯は何じゃ! ゲロッパ!」

「芋煮汁です」

「いもにじる、じゃとぉぉぉ!!」

 

 ガッ! と、目をさらにひん剥く蓮斎。何か気に障ったのか、と椿は慄いていた。

 

「ワシの好物ではないか! 逃げた女房がよく作っておったわ。ずいぶんマズかったがの! 今日作るのは貴様か!?」

「押忍。そうです」

「なるほど! マズいものを出しおったら、どうなるか分かっておるか!?」

「いえ」

「ワシが泣く! 女房を思い出してな! 言うておくが、ワシは泣き出したら面倒くさいから、覚悟しておけ! ゲロッパ!」

「あの、一つ聞いていいですか?」

「ん、何じゃ?」

 

 蓮斎は、質問が来るとは思っていなかったらしく、いささかキョトンとしていた。

 

「その、ゲロッパって何ですか?」

「うむ、実によい質問じゃ! これはな……特に意味はないッ!!」

「……え?」

 

 つい素に戻って、聞き返す京次。

 

「ワシは、ゲロッパと叫びたいから叫んどるだけじゃ!! ワシには女房はもうおらん。子供は元々おらん。身内と呼べる者もおらん。だから、ワシがゲロッパ! と叫んでアレな人に思われても、誰にも迷惑はかからんのだ! すなわち、ワシはパーフェクト・フリーダム、完全なる自由を手に入れておるのだ。ゲロッパ! とは、ワシにとっては自由の象徴なのじゃ。分かるか……分かるのか京次ィィィィッ!!」

「わ、分かりました。少なくとも、説明の内容は」

 

 グイグイと顔面を近づけてくる蓮斎の異様な迫力に、さすがの京次も少しのけぞる。

 ブンブンブン、と、蓮斎は頭を縦に振った。

 

「分かればよいのだ。ゲロッパァァァッ!!」

 

 蓮斎は、踵を返すと、台所から脱兎のごとく走り去っていった。

 それを呆然と見送る、京次たち。

 

「……変人とは聞いていたけどな。大丈夫なのかよあのジイサン。いろいろと」

 

 椿が、団体の大立者をナチュラルにジイサン呼ばわりしているが、京次は他のことを考えていた。

 

(背後まで近づかれてたのに、全く気付けなかった。普通に歩いてるんなら、スタンド出してなくても俺は割と気付くのによ。何にせよあのジイサン、只者じゃねぇな……)

 

 

 

 

 

 その後蓮斎は、食事中に泣くこともなく、やたらとお代わりを要求していた。

 食事が終わり、京次たちは道場代わりの元・本堂に集合した。ストレッチが終わるまで、その蓮斎は片隅で高イビキで寝入っていた。

 それが終わると、世話係の有村が蓮斎を揺り動かした。

 

「……先生! 起きてください」

「……うぬー。やっとか、待たせおって。大体、武道家が準備運動とか、ワシに言わせりゃ片腹痛いんじゃ。いつ敵が襲ってくるか分からんというのに。近頃の空手は、スポーツになっちまったのう……ふあぁぁ……」

 

 大きく伸びをして、蓮斎は横になったまま、型の稽古を詰まらなさそうに眺めていた。

 そして、全員が一対一で組んで、組手に入っていく。

 気合の声がこだます中、蓮斎は寝転がったままだが、一組一組眺めていく。

 その目が、京次の組で止まった。

 

「……あのガキンチョか……」

 

 京次の動きを、じっとその目が追っていた。

 そして、組手が一通り終わると。

 

「よし! それでは、一組ずつ、ワシの前でやってもらおうか。まずは、京次とやら! ちとやってみせい。有村、相手してやれ! ゲロッパ!」

「押忍!」

 

 進み出る有村だが、一瞬わずかに眉を寄せたのを京次は見逃さなかった。

 

(ま、そりゃそうか。最年少の俺と、唐突に組まされるんだからな。普通、リーダー格の椿さんだろ?)

 

 蓮斎が見つめる中、押忍! 両者は声を掛け合い、組手を開始した。

 両者が、拳を交ワシ合う。京次はその中で、ふと違和感を感じた。

 

(どうも妙なんだよな。技は多彩なんだけど、ファイトスタイルが途中で微妙に切り替わるっつーか。何だか、次々と別の相手とやってるみてぇな雰囲気だ)

 

 相手のスタイルを掴めないでいる京次が戸惑っているうちに。

 

「それまで! 次の組やれ。ゲロッパ!」

 

 あっさり交代させられて、京次は他の面々が横並びに座っている端に、自分も座り込んだ。

 そこから先は、蓮斎はただ眺めているだけの様子だった。

 そして、数時間後、練習が終わった後。

 

「先生」

 

 京次は、蓮斎に近づき、声をかけた。

 

「何じゃ?」

「一度、俺と組手やってもらえないですか? 折角、先生の所に来てるんですし」

 

 結局、練習の間、蓮斎が全く動かないのに京次は物足りなさを感じていた。

 

「ゲロッパ! ワシがお前と? 百年早いわ!」

「押忍!」

「……と、言いたいところじゃが。ちょいと耳貸せぃ」

 

 ニヤ、と、いささか凄みのある笑みを蓮斎は浮かべると、京次に耳打ちした。

 

「貴様、猫かぶりおってからに。何か、切り札を隠しとるじゃろ?」

 

 京次が、息を飲んだ。

 

「ここの近くに、大きな湖があるじゃろ? ワシの修行場が、その畔にある。もし、貴様がそいつを明らかにするんなら、ワシも見せてやる。食事後、ワシについてこい。他の連中には、ワシから用事を頼まれたとか言っておけ。くれぐれも、他の者に気取られるな」

 

 言うだけ言って、さっさと立ち去るその姿を、京次は半ば呆然と見送った。

 

(猫かぶってんのは、あんたもじゃねぇかよ……。もしかして、あのジイサンもスタンド使いか!?)

 

 だが京次も、自分に注意を向けている者が他にいることにまで、気が付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 すっかり辺りが暗くなった後。

 京次は、ライト片手に山道を歩いていく蓮斎に付き従っていた。

 

「先生。さっきから、結構歩いてますけど、まだ先ですか?」

「もうすぐじゃ。若いモンは、せっかちでいかんな。ゲロッパ!」

 

 そして、森から二人が出てくると。

 湖が、すぐ眼前に大きく広がっていた。ぽっかりとちょっとした広場があり、木も石も取り除かれて、組手くらいなら、やるのに充分な広さとなっている。

 蓮斎は、明かりで傍らの木を照らし、何やらいじくった。すると、木の上に吊るされている大型ライトが幾つか灯り、広場を明々と照らしだした。

 

「……さてと。それじゃ、早速やってみせい」

「押忍。何すりゃいいんですか?」

「貴様の得意なことをやればいいんじゃ。相手が必要なら、ワシがやるぞ。ただし、何やるか事前に言うといてもらいたいがな」

「いや。そこの岩でいいです」

 

 京次は、一抱えもある岩に近づくと、スタンドをその身に『着こんだ』。

 しかし、蓮斎の表情は変わらない。

 

「どうした? やれい」

「……押忍!」

 

 京次は、一つ気合を入れると、その岩に〈能力〉込みで拳を叩きこんだ。

 

「何じゃ、割れんでは……!?」

 

 蓮斎の言葉が終わらないうちに、鈍い音がして、岩が大きな破片となって、砕け散った。

 

「……なるほどな。ただ殴っただけではなさそうじゃな。手品のタネは何じゃ?」

「実は俺、ちっと特別な能力がありましてね。振動を操れるんですよ」

「ほほう……。貴様、〈幽波紋〉の使い手か?」

 

 京次は、半ば予想した言葉に、さほど驚かなかった。

 

「先生も、もしかしてスタンド使いなんですか?」

「いや! ワシは幽波紋はよう使わん。あれは、持って生まれた才能が全てのようじゃからな。その代わり、ワシは修行の結果、別の力を手に入れた」

 

 そう言うと、蓮斎は大きく呼吸を始めた。

 京次が見つめる中、蓮斎は足を進め、湖へと飛んだ。

 その足が、水面に突っ込む。

 が。

 足は、水に沈まなかった。ガニ股で爪先立った足先から、波紋が大きく広がっていく。

 

「……!? これ、スタンドじゃないんですか」

「違う! これは〈波紋法〉という。ゲロッパ!」

「〈波紋法〉……」

 

 京次が、聞いたこともない言葉だった。

 

「京次よ。我が流派の名ともなっている〈飛輪〉の意味を承知しておるか!?」

「〈太陽〉……って意味ですよね?」

「その通り! 〈太陽〉もしくは〈日輪〉である。〈波紋法〉は、呼吸法により〈日輪〉の力を我がものとする技ッ! 〈飛輪会〉は元来、波紋の力を用いた武術である。設立当時の者どもは、チベットで修行を修めた、波紋の使い手を中核としておった。ゲロッパ!」

 

 蓮斎は、水面から飛んだ。まるでカエルのような大きな跳躍は、蓮斎自身の身長をはるかに超えていた。京次は、驚愕した。

 陸に着地した蓮斎は、スタスタと京次に近づいた。

 

「人体に使うと、こんな感じじゃ」

 

 ポン、と京次の引き締まった胸板を平手で叩く。

 その途端。ビリッ! と痺れる感触が、胸に伝わり、思わず京次は後ずさった。

 

「どうじゃ? かなり加減して使ったから、大した痛みはないじゃろ? 波紋は、液体に大きく作用する。人間の体は、血液とか液体で維持されとるからな」

「……本気で使ったら、どうなるんです?」

「ま、ワシなら一撃で昏倒させられる。相手の体質にも左右されるがな」

 

 京次は、胸が大きく鼓動を打つのを、止められなかった。

 

「お……俺にも、できますか!?」

「その前に聞こう! 貴様、何のために戦うのじゃ!? ゲロッパ!」

 

 蓮斎の眼力が、強さを増した。

 

「波紋法は、特殊な呼吸を要する。それを維持するには、それなりの才能と、何より強い意志が必要じゃ。そして意志は、戦う動機が強力であることで裏打ちされる! 単に『強くなりたいから』というだけでは、中途半端なデキにしかならぬわ! どうなのじゃ、京次ッ!」

 

 そう言われて、京次は少し考えて、口を開いた。

 

「……単純に、強くなりたい、だけじゃダメですか」

「強くなってなんとする!? 弱いものイジメでもしたいのか」

「違う!!」

「何が違う!?」

「武の高みを目指して、何が悪いんだ!」

「高みに立って、何がしたいのかと問うておるんじゃ! 誰を倒したいと思うておるのか、正直に言え、貴様の腹の中にいる奴をッ!」

「狼野郎のフレミング。そいつの裏にいる、俺の学校を腐らせようとしてやがる連中だッ!!」

 

 蓮斎は、京次の気迫を前に、黙り込んだ。

 しばらく考えていたが、やがて、大きく頷いた。

 

「それでいいんじゃ! だがな京次」

 

 蓮斎の視線が、暗がりの一方向を見つめた。

 

「いささか無粋な気配がするの?」

「実は、俺も感じました。出てこいよコラ!」

 

 わずかな合間の後、草むらを掻き分けて出てきたのは、有村だった。

 その隣にいる姿に、京次は声を上げた。

 

「フレミング!?」

 


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