城南学園スタンド部、その名もジョーカーズ!   作:デスフロイ

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第27話 達人とナントカは紙一重? 後編

 フレミングは、いささか皮肉な目付きで京次を見た。

 

「倒したい相手がどうとか言っていたが、俺を名指しとは驚いたぞ。神原の取り巻き」

「俺は京次だ、覚えとけ! 名前出した後で出てくるな、何だか恥ずかしいだろうが! あと、何でここにいやがるんだ。俺の首でも狙ってんのか!」

「神原ならともかく、貴様の首など。この有村からでも、聞けばいいだろう」

 

 しかし、有村は黙り込んでいる。

 

「有村。何とか言ったらどうじゃ? お前、このワンちゃんの飼い主か? ちゃんとリードはつけておくべきじゃぞ」

「……先生。どうして、私じゃいけないんですか?」

 

 ボソリと、有村が口にした。

 

「ん? 何のことじゃ?」

「私は、ずいぶん先生のために骨折ってきたつもりです。だというのに、先生は私ではなく、その武原を選ぶおつもりなんですか!?」

「こいつを選んでくれた方がよかったな。俺の訓練がはかどる」

 

 フレミングが、横から口を出した。

 

「ふん……読めた、読めたぞ! 有村、貴様は幽波紋の使い手じゃろ?」

 

 蓮斎の指摘に、有村の顔から、ザッと血の気が引いた。

 

「わしは、幽波紋の使い手とも何度か戦ったことがある。貴様の組手の動きがどうも気になっておったが。多分貴様、『他の武道家の動きをコピーして、自分で再現できる』能力じゃろ。貴様の動き、高名な武道家のマネゴトばかりじゃからな!」

「……!」

「大方、そこのワンちゃんの戦闘訓練の相手役を買って出たんじゃろ。だがしかし、わしの波紋までコピーするのは無理無理無理ィッ! 貴様がコピーできるのは、体の動きだけ。だから再現性が低くて、同じような戦闘力が生み出せんのじゃい! ゲロッパ!!」

「そうなのか? 有村さんよ?」

 

 京次が、鋭い目つきで問いただす。

 

「……仕方なかったんだ。やらなきゃ、飛輪会の他の人間が狙われる」

「キレイごとを並べ立てるなよ。あんた、格闘家が心血注いで作り上げた技を、フレミングに売り渡したんだぞ!」

「京次。もう口喧嘩はやめい」

 

 蓮斎は、鬱陶しそうに遮った。

 

「有村を叩きのめしてこい。所詮は、ワンちゃんに逆らう気概も、技術を己で磨く気概もない半端者じゃ! 破門状を、拳で叩きつけてこい。ゲロッパ!」

 

 京次は、じろっとフレミングを睨んだ。

 鼻を鳴らすフレミング。

 

「ふん。達人がこの古寺にいるとかいうのでコッソリ来てみれば、まさか貴様がやってきていたとはな。まあ、せいぜい張り切ることだ。見せてもらうぞ」

「この裏切り野郎ツブしたら、次はてめぇだ……!」

 

 フレミングと蓮斎が座り込んで眺める前で、京次と有村が向かい合った。

 

「〈ポゼッション・トレーサー〉……!」

 

 有村の背中に、スタンドが出現した。背中から伸びた補助の腕と脚が、有村の腕と足に添え木のように固定され、拳や足などの攻撃に使う部位はカバーがつけられている。頭部も、ヘルメットのようにかぶっていた。

 

「スタンドありなら、こっちも遠慮はしないぜ!」

 

 京次も〈ブロンズ・マーベリック〉を全身に装着する。

 両者が、構えを取って、ズズッと前ににじり寄った。

 間合いが徐々に縮まり、互いの制空圏に入り込んだ瞬間。

 

「邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔ッ!!」

 

 京次のラッシュが、有村に襲い掛かった。

 が、それを有村は難なくさばいていく。

 

「ふん。青海流の糸井の動きか」

 

 蓮斎が、頬を掻きながら呟いた。

 京次のラッシュが途切れると、今度は有村が反撃に出た。ローキックを繰り出して京次を牽制し、一気に間合いを詰めて拳を数撃連打、京次の反撃を凌いでまた連打を放つ。

 

(くそ……!うめぇな、ペースをつかませてくれねぇ)

 

 巧みなフットワークと連携に、京次はジリジリ押されていくのを感じていた。

 

「剛天会の永田の攻め口。切り替えが忙しいもんじゃな」

 

 その蓮斎の台詞は、相手のテクニックに翻弄されている京次の頭に、チカッと感じるものがあった。

 

(複数の空手家の技を切り替えてやがるのか? 切り替える動作とか、もしかしてあるのか。頭で考えるだけでも、いいのかもしれねぇが。一か八か、やってみるか!)

 

 京次は、あえて攻撃をやめてガードに徹した。次々と打ち込まれる拳が、ガードの上からとはいえ、京次の体を痛めつける。

 それでもガードを解かない京次に、焦れたらしき有村が、引いている右手を一瞬腰に触れさせたのを、京次は見た。

 

(ん? もしかして、腰か!? そういえば、スタンドのベルト辺り、細かいパーツに分かれてんな)

 

 京次は試しに、息が少し切れた振りをして、誘ってみた。

 すると、有村の右手が腰に触れ、また動きが変化。拳に体重を乗せた、重い攻撃に変わった。

 ガードを固めて、猛攻を必死でこらえる京次。

 焦れてきた表情を見せた有村が、また腰に手をやろうとしてきた。

 それが、京次の狙っていた瞬間だった。

 

「邪魔アッ!!」

 

 ミドルキックが、右手首の辺りを直撃した。有村が一瞬、明らかに怯んだ。

 京次はそれを逃さず、一気に畳みかけた。

 

「邪魔邪魔邪魔邪魔!!」

 

 ラッシュが、顔面に、ボディに次々と炸裂する。ぐらつく有村に、さらに追い打ちをかける。

 

「邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔ッ!! 邪魔ァーッ!!」

 

 有村の体が、座っているフレミングの足元まで吹っ飛ばされた。

 呻いている有村の体を持ち上げながら立ち上がると、フレミングはまるでボロクズでも投げるように、後ろに放り出した。

 

「お望み通り、相手になってやる。貴様には、顔を潰されているからな」

「ずっとあのままの方が、よかったんじゃねぇか? せっかく男前にしてやったのによ!」

「減らず口を。少し、稽古とやらをつけてやる。拳だけで相手してやろう」

 

 フレミングが、無造作に京次に迫ってきた。

 そして、両者の拳が同時に動いた。

 

「邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔!」

「ノバノバノバノバノバノバノバノバノバ!」

 

 互いに一歩も引かぬラッシュが、明かりの中で交錯する。

 しかし決着がつかず、ザッと双方が下がった。

 

「全ての拳に能力を乗せてきているな。腕を上げたようだな」

「へっ。おかげさまでな!」

 

 京次は一気に勝負を決めるのを断念し、ローキックで足元を切り崩す戦法に切り替えた。だが、これをフレミングは難なくかわし、受けてくる。

 続いて、先ほど有村がやった、連打を小刻みに出して隙を伺う戦法に変えた。しかし、これも意外と凌いでくる。

 

(こいつ、テクニックも身につけてきてやがる! 有村とそれなりに手合わせしてんな?)

 

 しばらく、一進一退の攻防が続いた。

 が、生物兵器のフレミングと、人間の京次では、元の体力が違う。すでに有村と一戦交えている京次が、息切れし始めた。

 頃合いを見定めたフレミングが、大振りの一発を左手で放った。京次がギリギリで避ける。

 が、左の肩パットが爆ぜるように飛び上がり、京次の顎を捉えた。

 

「ぐっ!?」

 

 脳を揺さぶられる形となり、京次はふらついて膝を折ってしまった。

 

「俺が、肩も攻撃に使えるのを忘れたか? 貴様との遊びは終わりだ」

 

 フレミングが、両腕を伸ばしてきた。捕まれば、電撃でやられるのは間違いない。

 京次は必死で、地面に転がって避けた。

 なおも迫ろうとしかけたフレミングだったが、突如飛び退った。

 今までフレミングがいた空間を、蓮斎の蹴りが切り裂いていた。

 

「チ、気づきおったか。ワンちゃんは勘が鋭いのう」

「……そう焦らずとも、こいつを片付けたら貴様の番だというのに」

「年寄りは気が短いんじゃ! ゲロッパ! ……コォォォォ……」

 

 蓮斎が、独特の呼吸を始めた。

 フレミングが、爪を立てて腕を振り上げると、蓮斎の頭部に叩きつけにいった。

 が。

 蓮斎が貫手の形にした指先が、ピタリとその一撃を食い止めていた。

 

「お手」

 

 蓮斎が眼前まで手を動かすと、フレミングの手は離れることなく、くっついてくる。その姿勢は、まさに〈お手〉そのものだった。

 

「ぐ……!」

「お利巧じゃな。次はお座りじゃ!」

 

 ポン、と軽く足払いをかける。フレミングの膝が折れ、地面に付く。そのまま、ついしゃがみこんでしまう。

 

「うむ。ワンちゃんに躾は大事じゃ。飼い主に教わらなんだか?」

「……亜貴恵様の、悪口は許さん!! それから、俺は狼男だ!」

 

 肩パットが浮き上がり、蓮斎に襲い掛かる。

 が、素早い手の動きでこれを捌ききると、蓮斎は構えを取った。

 

山吹色の波紋疾走(サンライトイエローオーバードライブ)!! ゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロ!!」

「おのれ! ノバノバノバノバノバノバノバノバノバノバ……!?」

 

 フレミングは、ラッシュを打ち返しながら驚愕していた。

 一見非力そうな相手の拳がヒットするたび、京次の振動込みの打撃を上回る衝撃と、ビリビリする感触が伝わってくる。

 

(スピードもすげえ……! あのラッシュに負けてねえ!)

 

 京次も、目を見張っている。

 ほんの一瞬の隙を見出した蓮斎が、

 

「ゲロッパ!!」

 

 ローキックを、相手の足に打ち込んだ。異様な衝撃に、思わずフレミングが退いた時。

 腰に巻いていた手拭いを蓮斎が引き抜き、その一端を相手に放った。

 フレミングの足に絡むと、長い手拭いがピタリと巻き付いた。

 

「な!?」

「こいつでどうじゃ!」

 

 蓮斎は手拭いをグイッと引く。フレミングがよろめく。

 手拭いのもう一端を、蓮斎は手近の木に巻き付けた。そちらも、ピタリと張り付く。

 

「狼男だか知らんが、リードでキチンとつなぐ必要がありそうじゃからな。ゲロッパ!」

「ぬ……!」

 

 フレミングが、手拭いを外そうとした時。

 蓮斎が、動いた。京次に駆け寄り、腕を掴んで背負う。そして、湖へと跳び、水面を猛スピードで走り始めた。

 あまりの俊敏な動きに、一瞬フレミングも虚を突かれたが、両方の掌を蓮斎の逃げる方向に向けた。

 

「逃がさん!」

 

 両方の掌の穴から、金属の弾丸が無音で放たれた。

 が、着弾寸前、蓮斎の体が横に飛んで避ける。そのまま、どんどん遠ざかっていくのを、フレミングは睨みつけるしかなかった。

 京次は、蓮斎に背負われたまま、尋ねた。

 

「決着つけなくって、いいんですか?」

「馬鹿モン! あんな怪物と付き合ってられるか。体力がもたん。吸血鬼ならともかく、狼男相手では、波紋は必殺とはいかん」

「吸血鬼!?」

「ああ、言い忘れておった。元々、波紋は吸血鬼を撃滅するための技。波紋は、吸血鬼の大嫌いな太陽のエネルギーじゃからな。ゲロッパ!」

 

 京次はしばらく黙り込んだが、意を決して尋ねた。

 

「先生。俺に、波紋を教えてくれませんか? 吸血鬼を倒せる技を」

「何じゃ!? 貴様、吸血鬼の知り合いでもおるのか」

「そうです。今のところ、敵じゃないですけど、イザとなりゃやるつもりなんで」

 

 今度は、蓮斎が黙り込んだ。

 

「……京次。一か月ほど、学校を休めるか?」

「一か月……」

「荒修行になるがの。波紋の基礎固めくらいなら、何とかなる。実例もあるしの。どうじゃ?」

 

 京次は、一瞬言葉に詰まったが、

 

「……やります! 教えてください」

 

 その返事を聞きながら、蓮斎はこっそり涙ぐんでいた。

 

(ジョセフ殿! 波紋法を引き継ぐ若いモンが出てきましたわい。ワシの代で、廃れるもんじゃとばかり思うていましたが……!)

 

「ゲロッパ!!」

 

 蓮斎の、歓喜の叫びが、辺りにこだました。

 


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