城南学園スタンド部、その名もジョーカーズ!   作:デスフロイ

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第30話 色鮮やかな牢獄 前編

 放課後、中庭の一角。

 

「これが、刀の鍔?」

 

 文明は、航希の隣にいる操が差し出してきた、ケースの中身を眺めた。

 

「何ていうか……僕も全然詳しくないんだけど、普通に作られた鍔とは違う感じだよね。何かの模様を刻んだって風でもないし」

「生き物の骨を加工して、鍔に仕立てたらしいって、お爺ちゃん言ってた」

「そうなんだ。でも、どうしてこれを僕に? 見せてもらっても、ロクな返答はできそうにないけど」

 

 航希は、操に目配せをすると、口を開いた。

 

「どうもこれ、スタンドに関わりあるみたいなんだよね」

「え!? この鍔が!? ……って航希! 操くんの前で、その」

 

 アタフタする文明に、操はクスッと笑った。

 

「ご心配なく。ボクも、スタンド使いだから。こないだまで、スタンドって言葉も知らなかったくらいだけど」

 

 操の傍らに、刀をぶらさげた人間大のスタンドが現れたのを見て、文明は息を飲んだ。

 

「え……本当に?」

「〈ファントム・ペイン〉。ボクはそう呼んでる。能力は『刀で切り落とした部位は、切り口と離れているように見えても、実はつながっている』。例えば首を落としても、切り口から血も出ないし、痛みも全くなし、もちろん死んだりしない。首と胴がいくら離れてても、実はつながってる状態だから、本人は首の位置がおかしいように感じるだけで、普段と変わらないの。ボクがその気になれば、首と胴をまたくっつけることもできるし」

「相手を斬っても、殺したくはないってこと。操らしいよね」

 

 そう航希が付け加えた。

 

「そんで、鍔のことだけど……ブンちゃん、話ついてこれる? 情報が多くて申し訳ないけど」

「あ、ああ。ちょっとまだ驚いてるけど」

 

 操が察してスタンドを引っ込め、航希が再び説明を始めた。

 

「この鍔、霊がついてるみたいなんだよね」

「霊!?」

 

 素っ頓狂な声をあげる文明。

 

「僕らはスタンド使いであって、霊能力者じゃないよ? そんなこと言われても」

「それがね。その霊、スタンド出してる時にしか出てこないんだよ。オレが試した時にも出てきた」

「え……どんな? あんまり聞きたくない気もするけど」

「一本の角がある鬼……って言ったらいいのかな? 目の前に出てきて『お前は違う』って。オレは言われたし、操もそうだって」

「……なんか仇でも探してるのかな? それで、まさか僕にも試せとか」

「そうなんだよ。気になるから調べたいけど、無闇にスタンド使いに試させるのもマズイ気がするし。ブンちゃんなら信用できるから」

「僕は自分が信用できないよ! 呪われたりしないだろうね……」

 

 渋々とだが、文明は鍔を受け取ると、〈ガーブ・オブ・ロード〉を出した。

 すると。

 長い角を頭部に生やし、目を瞑っている、筋骨たくましい男の幻影が、文明にも見えた。

 

(こ……これが、鬼? なんだかイメージが違う)

 

 その幻影は、瞑ったままの目で〈ガーブ・オブ・ロード〉を見つめるようにしていたが、やがて口を開いた。

 

『……素質がありそうだな』

「え?」

『長きにわたり、数多の力ある者どもを見てきたが。ようやっと、見込みのある者に出会えたか』

「み、見込みって何が? そもそも誰なんだあなたは」

『今しばらく、貴様を見定めるとしよう。ひとまず、常に俺と共にあるがいい』

 

 そして、幻影は消え失せた。

 呆然としている文明に、操が声をかけた。

 

「その様子だと、『違う』って言われたわけじゃないね?」

「あ、うん……その」

「見込みがある、って言われたんじゃないの?」

 

 絶句する文明に、操は合点がいったように頷いた。

 

「文明くん。その鍔、しばらく貸しとくよ」

「え!? でもあの、お爺さんの形見代わりの大切な品なんだろ?」

「お爺ちゃんが前に言ってた。その鍔には、何かを感じる。自分では明かすことができなかったけど、若いボクに委ねるからって。文明くんが、その手掛かりになるかもしれないから」

「そんなこと言われても……」

「じゃ、ボクは剣道部に行ってくるから。あとよろしくね!」

 

 さっさと駆け足で去っていく操に、文明は鍔を返すに返せず、困っていた。

 隣で彼女を見送っていた航希が、先を促して二人は歩き始めた。

 航希が、神妙な顔で語りかけた。

 

「ブンちゃん、お願いがあるんだけど」

「え……何?改まって」

「鍔の説明のために、操のスタンドを見せたんだけど。操がスタンド使いだってことは、黙っててほしい。特に神原先生には」

「え、どうして?」

「先生が聞いたら、操をジョーカーズに勧誘しようとするだろうから。操は真っすぐな子だから、協力するって言いだす気がするんだ。だけど……勝手な物言いになるけど、オレは操を巻き込みたくないんだ」

「……」

「オレたちも、何度も敵とやりあってきただろ? オレは腹くくってやってるけど、その……操には、危ない目に合わせたくない……」

 

 文明は、隣を歩く航希を見つめていたが、

 

「京次くんたちにも知らせないのか?」

「みんなには、時期を見てオレから話すよ。特に京ヤンは、今は休学してるし、連絡が取れない状態だしね」

「そう、だよな……。分かった。しばらくは内緒にしておくよ」

「ゴメン……。『操だけ守れればいいのか?』って問い詰められても仕方ない、って思ってた」

「いや……。確かに、巻き込まれて危ない目に合う人は、少ない方がいいのかもしれない」

 

 そう言いつつも、文明は別のことを考えていた。

 

(確かに、全てを神原先生の耳に入れない方がいいのかもしれない。航希は純粋に、操くんを心配してるだけで、神原先生を信頼してるのは間違いないだろうけど。僕はやっぱり、人外の血を引くあの先生を、心のどこかで信用しきれない……)

 

 文明は、手の中の鍔を見下ろした。

 

(この鍔も、あの鬼だか分からない霊が取り付いているんだよな。何の因果で、っていうか、もしかして僕は、何かに試されてでもいるんだろうか……?)

 

 二人が連れ立って中庭を歩いていると、明日見が声をかけてきた。

 

「あれ? 文明くんたちも、これから部室に向かうトコ?」

「うん。吹奏楽部って、今日はオフ日だっけ?」

「そうよ。愛理さんも、珍しく部活も生徒会もない日だから、後からすぐに追いかけてくるって」

 

 文明は鍔をポケットにねじ込むと、二人と並んで再び歩き始めた。

 

「もう、あれから半月も過ぎたんだよね。京ヤン、頑張ってるかなぁ」

 

 ぽつりと、航希が口にした。

 明日見がやや苦笑しながら、

 

「航希くんって、気が優しいのよね。京次くんなら、殺しても死なないと思うよ。今頃は重いコンダラとか引いてるんじゃない?」

「それ野球部じゃない? ブンちゃんのクラスの河村とかが、時々チョウチンフグみたいな顔して引いてたりするけど」

 

 航希が頬を膨らませて、脇に引き付けた手をパタパタさせて見せると、明日見が吹き出す。

 

「手のパタパタはしないと思うから! ……だけどあの時、正直、文明くんは反対するんじゃないかって思ってた」

「え?」

「神原先生は渋ってたじゃない? 彼が休学中の戦力ダウンは避けられないからって。私も、一種の賭けになるなって思ってたから」

 

 その時の会話を、ふと文明は思い出していた。

 

『先生。京次くんを、修行に行かせるべきです。帰ってくるまで、僕たちで京次くんの抜けた穴を埋めます』

『いいの!? ブンちゃん』

『……もし、修行なしでそのフレミングとまた戦って、京次くんが万一敗れたら。僕ら、一生後悔することになると思わないか?』

『!』

『あの時、行かせてあげればよかった。そう後悔するくらいなら、ここで僕たちが腹をくくった方がマシだ。少なくとも、僕はそう思う』

 

 明日見は、青空を見上げて息をついた。

 

「あの時、こうも言ってたよね。『武原京次の土下座は安くない。彼がそこまでする以上、僕は尊重するべきだと思う』……って」

「甘いって言われるかもしれないけど、ね」

「ううん! 文明くんの覚悟は、私にも伝わったから。私も、できる限り力になるから」

 

 明日見の眩しい笑顔を目にして、ふと文明は、やや罪悪感を覚えた。

 

(彼女にも、操くんのことは当面秘密か……。約束だから仕方ないけど。こんな時、京次くんならどうするだろうな?)

 

 文明は、内心でため息をついた。

 

(こうなると、京次くんがいないのが、やっぱり重荷になる。だけど、彼が戻るまでは、僕らがここを守らないと。おそらく彼は、イザという時、神原先生の抑え役に回るつもりなんだ。あの時の決断が間違っていなかったことを、証明してみせないと、だ……)

 

 

 

 

 

 三人の先頭にいた航希が、部室の扉を開けた。

 

「え!?」

 

 航希も、後から入った文明と明日見も、顔色を変えた。

 部室の床に、ユリが倒れ伏していた。その側に、遥音と愛理がしゃがみこんでいた。

 

「どうしたの!?」

「アタシが来た時には、もう倒れてたンだよ」

 

 さすがの遥音も、顔色は青ざめている。

 

「今、愛理に見てもらってたンだけど」

「脈拍も呼吸も、異常はないようです。ですが、揺すったりしても全然反応がありません。単に眠ってるわけではないように思います。これから、救急車を呼ぶつもりでした」

「分かった! 今から呼ぶね」

 

 明日見が室内に入り、スマホを取り出した。その後から、文明もついて入った時。

 ガラッ! 音を立てて、扉が勝手に閉まった。

 

「!」

 

 文明が慌てて振り返った時。

 視界が急に、真っ白になった。何も見えない。

 それも一瞬。

 視界がすぐに戻った時、文明はすぐに、自分がいるのが軽音楽部の部室ではないことを理解した。

 一辺3メートルほどの立方体の部屋。正面と右の壁、それと床は黒く塗られており、その真ん中に1メートル四方の引き戸がある。そのすぐ脇には、上下左右に動かせるらしきレバーがある。

 他の壁や天井は赤・青・白にそれぞれ塗りつぶされているが、引き戸も何もない。

 

「……何だ、この部屋? もしかして、スタンド攻撃なのか?」

「そうだと思うけど……。閉じ込められたみたいね。スマホも、圏外になったし」

 

 明日見が、緊迫した顔でスマホから顔を上げた。

 

「ん? 愛理くん、背中に何かあるけど」

「触らないでください! それに!」

 

 手を伸ばしてきた文明に、愛理がハッとして叫んだが、遅かった。

 

「ブンちゃん! 背中……箱みたいなのが、くっついてる。っていうか、今現れた……」

「え!?」

 

 文明が背後に手をやると、確かに、背中の中央部にそれらしきものが触れた。

 

「もう触らないでください。触れば、触った人の背中に移ります」

「わ、分かったよ」

 

 航希が、箱に顔を近づける。

 その箱には、横長のデジタルの表示板らしきものがあった。その表示を、航希は読んだ。

 

「残量100%……あ、今99%に下がった」

「アタシがユリの背中にソイツを見つけた時には、0%になってたよ」

「!」

 

 三人が、息を飲んだ。

 

「アタシがソイツに触れちまって。愛理が取ろうとしてソイツに触れたら、愛理の背中に移った……」

「さっき、遥音さんの背中にあった時に確認しましたが、10秒ごとに1%減少していました。つまり、100%から0%になるまで、16分40秒です」

 

 文明も、事態が予想以上に切迫していることを理解した。

 

「ヤバいなこれ……スタンドには違いないよな? この部屋もそうみたいだけど」

「もしかしたら、二人のスタンド使いが操る、別々のスタンドなのかも」

 

 明日見が平静を装うが、顔色は隠せない。

 

「引き剥がせないのかな? 〈ガーブ・オブ・ロード〉!」

 

 スタンドが出現し、布が背中の箱に伸びていった。箱に巻き付き、グイグイと引っ張る。

 

「く、取れない……」

「ブンちゃんっ!! スタンド引っこめて! 数字の減り方が速すぎる!」

「え!?」

 

 慌てて、文明がスタンドを消した。箱は、そのまま背中にある。

 

「い……幾つになってる? 航希」

「78%……。スタンド出した時、1秒に1%くらいのスピードで減ってたよ」

「10倍のスピードか……今の感じだと、0%まで粘っても取れる気がしないよ」

 

 航希は少し考えると、〈サイレント・ゲイル〉をトンファー形態で両腕に出した。

 

「ブンちゃん。衝撃が来るかもだけど、ちょっと堪えてね」

「え? ひょっとして」

 

 航希が、トンファーの先端で、まずは軽く、箱を横殴りにした。

 

「ぐあッ! こ、航希。ダメだ、背骨を殴られてるのと変わらない!」

「ありゃ、やっぱり無理なのか。だけど、今のでブンちゃんから俺にオニが移ったから。大丈夫だよ! あはは」

 

 さっさとスタンドを引っこめて笑う航希に、文明は返す言葉がなかった。

 

「この箱みたいなの、要するにバッテリーのスタンドなんでしょうね。スマホは何もしなくてもバッテリーを消費するけど、アプリを使用すると消費が速くなる。アプリに相当するのが、この場合はスタンドってことなのよ。きっと」

 

 明日見が、じっと箱を眺めながら言った。

 

「これはパワーでくっついてるわけじゃないと思う。能力でくっついてるとしたら、力づくで取り除くのは不可能よ」

「じゃ、どうすれば……」

 

 文明が困り顔で問うた。

 

「どこかにいるスタンド使い。本体を倒すしかないでしょうね」

「本体たって。どこにいるのか……」

「スタンドには、射程距離があるじゃない? 部屋のスタンドと、バッテリーのスタンドが別々だとすると、少なくとも部屋のスタンドは、この大がかりさ加減からして、絶対に近距離。バッテリーのスタンドも、城田さんに仕掛けたことから考えると、それほど遠距離じゃないような気がする」

「え? どういうこと?」

「近場で様子を伺ってて、たまたま城田さんが最初にここに来たから、彼女に仕掛けた、ってことだと思うの。遠距離でいけるなら、直接私たちを狙えばいいはずだもの」

「スタンド使いでなくても、16分ちょいで0%になるだろうしね。この様子だと」

 

 明日見と文明が、顔を見合わせていると。

 

「このまま、お喋りしてたって仕方ないよ! ここから出て、さっさとソイツを探しに行くよ!」

 

 遥音が、手近の引き戸を開こうとした。

 が、力を込めても開く様子がない。

 

「チ、このレバーかな?」

 

 遥音が、レバーを上に動かすと。

 引き戸が、スッと開いた。

 遥音と、他の面々がその奥を覗き込むと、引き戸の向こう側は別の部屋になっていた。ただし、床が真ん中で膨らんだアーチ状になっている。引き戸は正面だけ。左壁と天井が、それぞれオレンジと緑になっている。右壁は、床と同様に黒く塗られていた。

 

「変テコ部屋だねぇ。何なんだこりゃ?」

 

 

 遥音が最初に引き戸を潜り、他の者がそれに続く。次の部屋の引き戸の脇には、ボタンがあるだけ。

 

「押すよ?」

「ちょっと待って。オレがやるよ。扉が開いたら、敵が襲ってくるかもしれないし」

 

 航希が〈サイレント・ゲイル〉を腕に装着すると、トンファーの先端でボタンを押した。

 扉が開き、奥に部屋があるのが見えるが、何も襲ってこない。

 航希が、その部屋に入っていった。他の面々も続く。

 その部屋は、扉は床と右壁、それと今入ってきたものの三つ。他の三つの壁は、赤・緑・黄にそれぞれ塗られていた。

 

「カラフルすぎて、目がチカチカしそうだよ。何のつもりだろうね、ここって? 敵も何もいる気配がないし」

「……どこかで見た配色なんだけど。思い出せないなあ……」

 

 明日見が、眉を寄せている。

 

「とにかく、行けるところは見ていこうよ。この壁の扉開けるか。えーと、またレバーがあるな」

「……あたし、そのレバーが気になるんです。まず、上に動かしてください」

「え? うん」

 

 航希が、レバーを上に動かすと。

 扉が開き、白の天井と緑の左壁が見えた。床はアーチ状。正面には、ボタンが脇にある扉。

 

「閉められますか、その扉?」

「え? えーと……」

 

 航希がレバーを中央に戻すと、扉が閉まった。

 

「今度は右に動かしてください」

「あ、うん」

 

 言われるまま、航希がレバーを動かすと。

 扉が開き、その奥が見えた瞬間、ほぼ全員が声を上げた。

 

「色が、変わってる……」

 

 航希が、呟いた。

 黄色の天井と、赤の壁となっていた。他は先ほどと同じ。

 

「また閉めてください。下と左も試したいです」

「分かった……!」

 

 航希が、まず下へレバーを入れた。

 開いた先は、先ほどと同じ、黄色の天井と、赤の壁。

 レバーを戻し、今度は左に入れた。

 

「また色が変わった!?」

 

 航希が見たのは、黄色の天井と、白の壁であった。

 

「どうなってるんだろコレ? レバーの左右だけ色が変わるとか……」

「これと同じ構造の玩具があるでしょう? これはサイズが巨大ですし、その玩具の中に入ったことはないと思いますが」

「……当ててみましょうか?」

 

 明日見が、愛理を見つめて言った。

 

「ルービックキューブ。レバーで回す方向が決まる仕組みって言いたいのね?」

 

 愛理が、頷いた。

 

 

 

 

 

 奇妙な部屋があった。

 中心から、前後・左右・上下にパイプが伸びている。そのパイプの先には、パイプを軸に回転するジョイントがあり、上に伸びたパイプの先が、今まさに回転しつつある。

 パイプに腰掛けている、三十絡みの二人の男女がいた。

 

「もう気づいたみたいだなァ〜、早いな。間庭愛理が俺の〈キュービック・マンション〉の構造に気付いたぞ」

「お勉強ができるだけじゃないってことねー。圭介さん、ポテチ食べる?」

「ああ、お前のお気に入りのやつか。それじゃあいただくぜ」

 

 その女、佑夏から袋を受け取った圭介は、中から菓子を取り出して食べ始めた。

 

「そしたら、あの子たち六面全ての色を揃えにかかるよねー? あんたの能力って、色を揃えられたら、スタンドが解除されて全員解放されるんじゃなかったー?」

「ま、そうなんだがよ。五人がイチイチ部屋を移動しながらキューブを回してたら、膨大な時間がかかるだろ? しかも、普通のキューブと違って、外側から全体を見られないからなァ〜」

「その間に、わたいの〈モバイル・バッテリー〉で最低一人は意識不明にできるしねー。できれば、ターゲットをそれで仕留めたいトコだけどー」

 

 佑夏が、手渡された菓子の袋を受け取ると、自分も中身を口に運んだ。

 

「……ん?」

「どうしたのー? あんた」

 

 じっと集中する圭介の顔を、佑夏が覗き込んだ。

 

「あいつらが移動し始めたぞ。二人だけだなァ〜。残りの三人はじっとしてる。まぁ、全員で動くよりは効率はいいのは確かだ。一人でも、別の部屋へ移動すればキューブは動くからなァ〜」

 

 しばらく、集中を続ける圭介。

 

「一応、全部の部屋を回ったようだなぁ〜。さて、どれだけの時間でクリアできるだろうかなァ? ……ん? ……何!?」

「どうしたのー?」

 

 真剣な表情になった圭介に、佑夏が尋ねた。

 

「速い! こいつら……最速の手順で合わせにかかってやがる!」

「え!? キューブ全体を見れるわけじゃないんでしょー?」

「だが、これは分かってるとしか思えねえ! ……予定を変更するか……」

 

 

 

 

 

「次、天井の扉、レバー左です」

「了解!」

 

 航希が、トンファーでレバーをつついて操作した。

 扉が開くと、航希がジャンプして扉の淵に手をかけ、スルリ、と上の部屋に登る。その敏捷で滑らかな動きに、航希が忍者の末裔であることを、愛理は得心していた。

 航希が天井の扉から顔を覗かせると、トンファーの先端を差し出してくる。

 それを愛理は掴みながら、〈スィート・アンサンブル〉の力も借りて、上の部屋に登ってきた。

 

(愛理ちゃんとのコンビ、うまく機能してるな)

 

 内心、ニンマリする航希。

 

(全部の部屋を見れば、部屋の配列が愛理ちゃんの頭に完璧に入る。頭の中でルービックキューブを完成させるくらい、この子は朝飯前だもんな)

 

「これで、二段目は完成です。効率がよくなるので、いったん下の部屋に戻ります。レバーは押し込んでください」

「了解!」

 

 航希は、レバーを上下左右に動かさずに、まっすぐ押し込んだ。これでキューブは全く動かずに、扉だけ動かせるのは検証済みだった。

 扉が開き、航希がまず飛び降りた。その真下にまっすぐ立ち、肩を踏み台にさせて愛理を降りさせた。なお、スカートの中を見ないように、〈スィート・アンサンブル〉が目隠しをしている。

 床に二人が降り立ち、扉が閉まった瞬間だった。

 二人の視界が急に、真っ白になった。

 それも一瞬。

 二人は、自分たちが軽音楽部室に戻っていることに気が付いた。

 

「え、出られた……?」

「そのようですね……。ですけど、他のみんながいません」

 

 航希が周囲を慌てて見回すが、いるのは自分と愛理だけ。倒れていたはずのユリすらいない。

 

「もしかして……まだあのキューブの中!?」

「分かりません。連絡はしてみますが」

 

 愛理がスマホを取り出して、LINEを呼び出し始めた。

 

 

 

 

 

「まずは、一丁上がりだなぁ〜。俺の〈キュービック・マンション〉は、一面揃ったら、その面にいる人間を解放するかどうか、俺が自分で決められるからよォ〜」

「これで間庭愛理は排除できたわけよねー? どうせターゲットじゃないしー、彼女がいなきゃ、もうクリアは無理ゲーでしょー」

 

 佑夏の言葉に、圭介は頷いた。

 

「愛理には、いかなる形のダメージも与えるなって言われてるしなァ〜。ちょうど良かったぜ」

「わたいらのターゲットは、あくまで笠間明日見。でしょー?」

「平竹からは、そう指示されてる。何で笠間の妹を狙うか分かるかァ〜? 佑夏」

「そりゃー……。その子って、笠間と神原のパイプ役でしょー? それを潰したいんじゃないのー?」

「いや。できれば人質に取りたいんだよ、平竹は。そしたら、笠間と神原が動きにくくなるだろうからなァ〜」

 

 うふ、と笑う佑夏。

 

「〈モバイル・バッテリー〉の残量が0%になったら、能力を解除するだけでは目覚めないよー。わたいが充電して再起動させなきゃ、二度と目覚めないもんねー。人質にはもってこいでしょー」

「だけど、さすがに笠間明日見はもう〈モバイル・バッテリー〉に触ってくれないだろォ〜」

「だったらー、憑りついてる相手から離れて、その娘に直接攻撃するだけだよー。一瞬触れればいいだけだしー、隙を見て仕掛ければ何とかなるんじゃなーい?」

「そうだなァ〜」

 

 圭介は、ペットボトルの紅茶を一口飲んだ。

 

「ねえ。これが成功したら、ヨーロッパ行かないー? わたい、イタリアがいいなー。食べ物おいしそうだし、コロッセオとか見たいしー」

「そうだなァ〜。お前には、新婚旅行も連れて行ってなかったしよォ〜。……ん? 残った連中が、扉を開けたぜェ〜。痺れ切らして、自分らで行く気だぞ」

 

 余裕の表情で、圭介が笑っていた。

 


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