城南学園スタンド部、その名もジョーカーズ!   作:デスフロイ

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第31話 色鮮やかな牢獄 後編

「開いた……」

 

 文明は、間隔を開けて、何度か開け閉めを繰り返す。

 

「扉は、一度に二つ以上開かない仕組みみたいだからね。この様子だと、航希と愛理くんは扉を開閉してないよ」

「ってことは、行動不能になってる可能性が大、よね……」

 

 明日見の表情に、焦燥が見える。

 

「どっちにしろ、このままだと、アタシらも出らンないよ。ねえ、今数字はどうなってる?」

「……もうすぐ10%。そろそろ交代する?」

「いや、アンタらだってもう、20%まで減ってンじゃないのさ? 〈ブラスト・ヴォイス〉にはこの部屋は狭くてやりにくいし。眠り・沈静・高揚・癒し、どれも敵味方全部巻き込むから意味ないよ。アンタらのスタンドを使える時間を伸ばそうと思ったら、アタシがコイツを引き受けるのが一番なンだよ」

 

 文明が、扉を開けた状態で、二人を振り返った。

 

「どっちにせよ、あんまり時間がない。……やるよ」

「……分かった。無理はしないでね。その奥がどうなってるか、全く分からないんだし」

「ああ。とにかくやってみる」

 

 文明は、〈ガーブ・オブ・ロード〉を出した。

 腕から伸びる布の先端が狙う先。それは、扉を開けた敷居に沿った、細い隙間だった。

 

(キューブを回転させる関係上、部屋と部屋の間には、わずかでも隙間を作らないといけない。このくらいの隙間なら、〈ガーブ・オブ・ロード〉は入り込める。中心部を破壊できれば、このスタンドを倒せるかもしれない……!)

 

 スルスルと、布が隙間に潜り込んでいく。明日見と遥音が、息を飲んで見つめている。

 

「隙間を抜けた。何もない空間だ……」

 

 文明が、他の二人に状況を伝えた。なおも、布が隙間に入り込んでいく。

 突然、文明が目を見開いた。

 

「布が引っ張られていく! これは……何かに巻き付けられた!?」

「文明くん!」

 

 明日見が叫んだ。

 

「あなたの背中に、バッテリーが移動してる!」

「え!?」

 

 バッテリーの数字が、急速に減っていくのを、明日見は確認していた。

 

「スタンドをいったん引っこめて!」

「で、できない! この絡んでるのも、多分スタンド……うっ!?」

 

 急激に、布が隙間の奥に引き込まれだした。文明は、布を引き戻そうとしたが、勢いに負けてさらに引き込まれていく。

 布の長さの限界が来た。〈ガーブ・オブ・ロード〉の体全体が急激に引っ張られ、扉の敷居に叩きつけられた。

 

「ぐッ!?」

 

 胸を強打し、呻いて文明が崩れ落ちる。

 その間にも、バッテリーの数字の減るスピードは落ちない。すでに10%に達しようとしていた。

 とっさに、遥音が駆け寄った。文明の背中に触れ、バッテリーを自分の背中に移す。

 その時、文明は異変を感じた。

 隙間のところで、二つに分かれている敷居。手前側の、下辺と右側が、ズズッと中央へとせり出し始めた。奥側は、上辺と左側がせり出して来ている。

 

(部屋が、回転し始めてる!?)

 

 布が、敷居の下方向に容赦なく引っ張られた。〈ガーブ・オブ・ロード〉の布の付け根に当たる肘が、敷居の向こう側へ引きずり込まれ、向こう側の部屋へ乗り出してしまう。

 

(このまま回転されたら……窓のところで腕が挟み込まれる! 切断される!?)

 

 文明は必死でスタンドの腕を引っ張るが、相手の力の方が強い。

 

「ヤバッ……」

「〈パラディンズ・シャイン〉ッ!!」

 

 明日見が叫ぶと、スタンドの手にある槍が伸びた。槍の柄がいくつにも分離して、それぞれが鎖でつながっている。

 ガクン!

 分離した槍の柄の一つが、対角線上に、腕を挟みこもうとしていた扉を食い止めた。部屋の回転する動きが、いったん止まる。

 

「う……」

 

 文明が、胸の痛みを堪えながら、狭まった扉の隙間に〈ガーブ・オブ・ロード〉ごと、自分の体を潜り込ませた。ズルリ、と滑り落ちるように、向こう側の部屋へと入り込む。

 なおも布が引っ張られていく。敷居に〈ガーブ・オブ・ロード〉の腕でぶら下がる形になりつつも、文明は床にへたり込んだ。

 

「大丈夫!? 文明くん!」

「な、何とか」

 

 その時明日見は、ふわりと舞い上がったものを、遥音の背後に見た。

 

「もう動きはとれないよねー!? もらったよ、笠間明日見!」

 

 バッテリーに手足が伸びて、小人のような姿のスタンドと化した〈モバイル・バッテリー〉が、明日見に飛びかかった。

 ビシィッ!

 マイクのコードが、〈モバイル・バッテリー〉に絡みついた。

 

「させるかよ! アタシはまだ、倒れちゃいないよ!」

「あっそ」

 

 〈モバイル・バッテリー〉が、急に消え失せた。

 

「な……!? どこに消えやがった!」

「遥音さん!」

 

 キョロキョロと周囲を見回す遥音に、明日見が呼びかけた。

 

「スタンドを引っこめて! また背中にバッテリーが」

「え!?」

 

 数字は急速に減っていた。慌ててスタンドを消したものの、表示は1%。

 

「わたいの狙いはアンタだよー! スタンド出してもらわないと、残量の減り方が少ないもんね!」

「しまっ……」

「もう遅いよ!」

 

 バッテリーの数字が、0%となった。その場に倒れこむ遥音。

 

「さて、と。これで邪魔者はいなくなったよねー。今度こそ終わったね、笠間明日見ィ!」

 

 再び飛びかかる小さなスタンドを、明日見は身動きもせず、じっと睨んでいる。

 そして、スタンドが明日見に触れようとした瞬間。

 今度は、明日見の姿が消え失せた。

 

「!?」

 

 動きを止めて戸惑うスタンド。今まで明日見がいた場所の床に、スマホが軽い音を立てて落ちた。

 

 

 

 

 

 

 キューブの中心部。布が隙間から伸びて、中心からキューブを支える支柱の一つに絡みつけられていた。

 誰も入れないはずのこの部屋に、突如出現した明日見の姿に、圭介と佑夏は仰天した。

 

「な、なぜだァ!? 通信電波は遮断してるはず」

「キューブの外側との、でしょう? 私、能力を生かすために、普段からいろいろ通信機器を持ち歩いてるの」

 

 明日見は笑みを浮かべながら、手にしたカードの破片を見せつけた。

 

「カードタイプのbluetooth機器もあるのよ。本来は、スマホと連動させて、財布とかの紛失を防ぐための機器だけどね。これなら隙間を通るから、文明くんのスタンドに託して、たった今ここに送り込んだ。微弱でも電波が通じれば、私はテレポートできる。モニターがないから、テレポートすれば機器が破壊されちゃうけどね」

「う……」

「さて、と。今の状態で、あなたたちがスタンドで身を守れるか分からないけど、瞬殺させてもらうから!」

 

 〈パラディンズ・シャイン〉の手にした槍が二人に向けられ、突き出されようとした。

 その時。

 一瞬、明日見の視界が真っ白になった。

 

 

 

 

 

 

 視界が戻ると、彼女は軽音楽部室に戻ってきていた。

 彼女だけではない。圭介と佑夏、そして人間大のサイズになった〈キュービック・マンション〉、人型に変形した〈モバイル・バッテリー〉。

 〈キュービック・マンション〉の姿が、変化していた。前から見ると三列に分かれているキューブの、右端と左端が分離。中央から伸びる、関節付きの支柱でつながっている。下にも支柱が伸び、下側の両端が90度回転した形で、両足となっている。中心の上側は、丸い目が出現して頭部と化していた。

 右腕となっている支柱に、〈ガーブ・オブ・ロード〉の布が絡みついていた。それを、グッと引っ張っている〈ガーブ・オブ・ロード〉本体と、傍にいる文明。部屋の隅には、意識のない遥音とユリがそれぞれ転がっていた。

 

「まだまだ、勝負はこれからだぜ。俺はこのクソガキ! お前は笠間の妹をやれ」

「了解!」

 

 〈モバイル・バッテリー〉が明日見に飛びかかるのと同時に、〈キュービック・マンション〉も動いた。

 自由な左腕が、急速に回転を始めた。9個ひと固まりのキューブが、色の判別が困難な速度で回転する。キューブの角を高速で叩きつけられれば、無事ではすまないのは明白だった。

 右腕の支柱が、速度は遅いものの、再び回転を始めた。布が支柱に巻き取られ、ジリジリと〈ガーブ・オブ・ロード〉が引き寄せられていく。

 

「脳天を叩き割ってやるぜェ〜! 覚悟しな」

「ぐ……」

 

 文明が踏みとどまろうとするが、抗しきれない。

 ちらり、とその目が明日見を見た。

 その明日見は、狭い部室から外に飛び出していた。意外と俊敏に空中を飛来する〈モバイル・バッテリー〉を、必死で回避している。一瞬でも触れられれば、バッテリーに取り付かれる。そうなれば、残量の少ない明日見はスタンドを出しにくくなる。

 

「ほらほら、どうしたのー!? わたいらを瞬殺するんじゃなかったのー!?」

 

 得意げな、窓際からの佑夏の挑発に、明日見は唇を噛んだ。

 

(一か八か。バッテリー20%で、勝負かけるしかない!)

 

 明日見は、動きを止めた。〈モバイル・バッテリー〉が背中に取り付く。

 

「〈パラディンズ・シャイン〉ッ!!」

 

 槍が、開いていた窓の中へと伸びた。狙いは〈キュービック・マンション〉の頭部。

 

「何とかの最期ッ屁か! しゃらくせェ!」

 

 左腕のキューブが、槍先を弾いた。むなしく槍先が逸れる。

 明日見の背中のバッテリーが、10%を切った。

 その明日見に、布が伸びた。一瞬触れると、バッテリーが文明の背中に移った。

 

「明日見くんはやらせないッ!!」

「てめーの心配しやがれガキが!」

 

 圭介が叫んだ時。

 明日見から離れた布を手元に戻すと、〈ガーブ・オブ・ロード〉がその手を前に差し出した。手首のジョイント部分が、円盤に変わる。

 

「いけッ!」

 

 円盤が回転し、布が螺旋を描きながら伸びた。〈キュービック・マンション〉の頭上を超え、背後の圭介に迫る。捕まるまいと、飛び退る圭介。

 だが布は、天井に取り付けられたスピーカーの金具にまとわりついた。スピードが落ちるのを承知で、あえて螺旋で布を飛ばしたのは、金具に絡みつけるのが狙いだった。

 布はさらに伸び、圭介の首に絡みつく。圭介は咄嗟に、首筋と布の間に手首を突っ込んで、窒息だけは防いだ。そこからさらに布は、〈キュービック・マンション〉の右腕の支柱に絡みついた。

 布が一気に縮まった。金具から伸びた布に引っ張られ、圭介の体が爪先立ちになり、〈キュービック・マンション〉がたたらを踏んで後退する。金具が、ギリギリィッ! と音を立てた。

 〈ガーブ・オブ・ロード〉が、床を蹴って飛んだ。両腕の布の長さを調整しつつ、相手の右のキューブの外側に張り付いた。

 

「ここが、左腕の死角だろ!? ここまでは届かないだろう!」

「バカが! じきにバッテリー切れになるぜ!」

「あとは明日見くんが逃げれば、彼女は助かるかもしれない! まだ僕らには仲間がいるッ!」

「意識のないテメーの頭を、叩き潰すこともできるんだぜ!?」

「やりたければ、やればいいだろう! 明日見くんが助かれば、それでいい!」

 

 一瞬、圭介が黙り込んだ。

 

「……惚れてるのか、そのコに?」

 

(そうだ。悪いか?)

 

 バッテリーの表示が0%になった。

 文明の意識が途切れた。〈ガーブ・オブ・ロード〉が消滅し、圭介の足が床についた。

 

「……アッパレと言っといてやるよ。だが笠間明日見、お前は逃がさ……ッ!?」

 

 皆まで言い終わる前に、圭介が突然崩れ落ちるように倒れた。それと同時に、スピーカーが床に、重い音を立てて落ちた。

 圭介を狙って外した〈パラディンズ・シャイン〉の槍先は、スピーカーに突き刺さっていた。文明はそれを見て、同じスピーカーの金具を支点に敵を引っ張っていたのだ。そのため、金具を天井に固定していたネジが半ば引き抜かれていた。

 そこからさらに強引に引っ張られたスピーカーが天井から落ち、真下にいた圭介の脳天に直撃したのだ。圭介は、文明に気を取られていて、その一撃は完全に不意打ちとなった。

 圭介は気絶し、〈キュービック・マンション〉が消滅した。

 

「あんたッ!?」

「残ったのは、あなただけよね……?」

 

 明日見が部室に入りながら、佑夏をキッと睨んだ。

 

「バッテリーをつけたければ、やればいい。だけど、本体のあなたを倒すのに、一秒もかからない……」

「わ、わたいが解除しなかったら、あんたの仲間は永久に目覚めないよー!?」

「みんなには、本当に申し訳ないと思う。だけど、私も自分を守るのが精一杯だし、ね」

 

 槍が、構えられた。

 佑夏が悲鳴を上げると、軽音楽部室の扉とは反対側の窓を開けて、外へと飛び出した。

 

「待ちなさい!」

 

 明日見がスカートを気にしつつ窓をくぐっている間に、佑夏は校内と道路を隔てる柵の側を駆けた。ロングパンツにしていたことを、この時ばかりはラッキーだったと思いつつ。

 柵の外の道路に、車が止まっている。そこまで来ると、佑夏はあらかじめ置いてあった木箱を踏み台にして、柵を飛び越えた。間一髪、木箱に伸びた槍が突き刺さる。

 佑夏は、スモークの貼られている窓付きのドアを、慌てて引き開けた。

 

「トオルくん!? 今すぐ逃げるから、車動かし……あ……」

 

 佑夏は、その場でへたりこんだ。

 助手席には、トンファーを運転手につきつけた航希。後ろの座席には愛理。

 

「逃走用の車用意するのはいいけどさー。ここって、駐停車禁止だよ? 運転手が乗ってればいいっていう法律じゃないはずだけど?」

「故障だから、動かせないのは仕方ないですけどね。イモビライザーが破壊されてますから、キーレスエントリーによるエンジンの起動は不可能ですし」

 

 自分を見つめる航希と愛理の台詞に、今にも泡を吹きそうな佑夏。

 

「も……〈モバイル・バッテリー〉!」

 

 飛びかかろうとするスタンドの小さな掌に、指揮棒の先が突きこまれた。

 

「いぎゃぁぁぁ!」

「あたしの〈スィート・アンサンブル〉は、パワーはさほどありません。ですが、精密さには自信があります。能力の影響か、動体視力もよくなったように思いますし」

 

 流血する掌を押さえて震える佑夏の背後から、荒い息と共に槍先が突きつけられた。

 

「みんなの意識を戻しなさい。さもないと……」

「あぁ明日見ちゃん、そんな乱暴しなくっても大丈夫だよ。ちゃんとやってくれるって」

 

 ニンマリしながら、航希が口を挟んだ。スマホを掲げて、ヒラヒラさせながら。

 

「このトオルさんとやらと、そっちの佑夏さん、だっけ? 不倫してるんだよね? もし旦那さんにバレたら、二人ともタダじゃすまないんじゃないかなぁ?」

「ひ……」

 

 佑夏が運転手を見ると、泣きそうな表情で見返してくる。

 

「ね? 佑夏さん?」

 

 完全敗北を、佑夏は悟らずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 意識の戻ったユリが、家路についていた。

 その手にはスマホがある。あらかじめ棚に置いていたバッグに隠して、室内を動画撮影していたのだ。平竹の入れ知恵だった。

 

(やっぱり、キューブの中にいた時は録れてないかぁ。だけど、戦闘のところからは大丈夫みたいね)

 

 画面では、文明と圭介が怒鳴り合っていた。さすがにスタンドは撮れていない。

 

『……惚れてるのか、そのコに?』

『そうだ。悪いか』

 

 それが文明の最後の言葉となり、その場に倒れこんだ。

 

(え……えー! あのマジメくん、明日見狙いだったんだ! 今の、明日見にも思い切り聞こえてるよね))

 

 事実、明日見はこの時、仰天して思い切り目を見開いていたが、部室の外にいたためにそこまでは映っていなかった。

 そこから圭介が倒れ、佑夏と明日見が窓から飛び出していく。

 少し画面を早送りすると、戻ってきた明日見と航希が、部室の中で会話していた。

 

『それじゃ、みんなの意識を元に戻してもらおうか?』

『今はダメよ! ユリさんがいる。状況を彼女に説明するのも厄介だし』

『じゃ、どうする?』

『……〈スィート・ホーム〉にユリさん以外を入れましょう。そこで意識を戻させる。航希くん、申し訳ないけどユリさんについてくれる? 早めに彼女を帰らせて』

『了解。うまいこと言っとくよ』

 

(あー。それで目が覚めた時に航希くんがいたわけね? 舐められたもんよねー)

 

 画面では、航希が文明の体をキャビネットの前に担いでいく。

 ユリが、訝しく思いながら見ていると。

 キャビネットの扉を開けた航希が、中に手を差し込む。

 すると、二人の姿が消滅した。

 

「!?」

 

 すぐに航希の姿が現れると、今度は遥音の体を女子二人が、キャビネットの前に運んでいった。

 

(あのキャビネット、何かある! もしかしたら、どこかに瞬間移動させるスタンド!? そういえば、あのキャビネットって以前はなかったし。そうかぁ、あれを使って、みんなで集まってたってわけね……?)

 

 ビッグニュースを平竹に報告できそうな予感に、ユリの口元が笑っていた。

 


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