城南学園スタンド部、その名もジョーカーズ!   作:デスフロイ

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第32話 枯れ葉散る夕暮れ

「……で?」

 

 笠間は、不愉快そうな目で、妹に先を促した。

 

「うん。とりあえず、状況が落ち着いたら、休みの日に映画でも一緒に行こうかって」

「デートの約束か。付き合うつもりなのか、あの天宮と?」

「ずっと付き合うかどうかは別としてさ、とりあえずお試しで一緒するってだけよ。それで合わなきゃそれまでだし、気持ちが合えばその先もあるかなって。それでいいって、彼も言ってくれたし」

「よりによって、あいつとか……」

 

 苦虫を噛み潰したような笠間。

 

「ずいぶん嫌そうね。ま、兄さんは彼とは相性よくないみたいだしね?」

「あの見るからに頑固そうな堅物が相手だと、厄介だと思うがね?」

「その分、誠実だと思う。兄さんと比べればね」

「フン。言ってくれるじゃないか?」

 

 鼻を鳴らす兄を、明日見はじっと見据えた。

 

「愛理さんは、全て知ってるよ」

「……何?」

「兄さんが、これまで何をしてきたか。今、未麗の元でどういうことをしているか。私の知ってることは、みんな伝えてある。そう言ってるの」

「……彼女には、関係のないことだ。つまらない事をするんだな、お前」

「そうかなあ? それにしては、彼女珍しく、ずいぶん取り乱してたけど」

「……」

「兄さん。女性の気持ちを推し量って行動するべきなのは、文明くんだけじゃないと思うよ? よく考えてみて」

「……ああ」

 

 笠間は、生返事がやっとだった。

 

 

 

 

 

 次の日、笠間はジャケットを肩に引っかけて、学園の中に至る裏門を潜っていった。

 この日は、週に一度の学校訪問の日。ネットワーク機器のチェックが主な目的だ。放課後ではあるが、神原がクラシックバレエ部に顔を出すのがこの日なので、笠間はこの時を選んで訪問することにしていた。

 

『神原たちジョーカーズを完全に敵に回したくもないが、未麗と折衝していくためには、あまり近づきすぎるのもマズイ。ましてや神原と出会ってしまえば、この前の夜みたいにいろいろ問い詰められて、腹を探られるのも鬱陶しい』

 

 そう考えると、今はなるべく関わらないのが最善だと笠間は判断していた。

 裏門からの道は生徒たちの姿もなく、枯れ葉がちらほらと地面に落ちている。その行く先の道の脇には、大きなコンテナが置かれていて、枯れ葉が山積みになってこぼれそうになっていた。

 笠間がそのコンテナを、大きく回り込んで先に進んで行くと。

 ガサガサッ!

 突然、コンテナの枯れ葉が一斉にこぼれだした。いや、一塊となって、頭上から笠間に覆いかぶさろうとしてきた。

 笠間はそちらに目もやらずに、ジャケットを枯れ葉の群れに投げつけた。枯れ葉がジャケットに絡んだ隙に、前へと跳ねるように駆け、すぐ近くの建物の角に身を潜めた。

 

「来たか。〈ザ・ラスト・リーフ〉」

 

 ニヤリ、と不敵に笑う笠間。

 枯れ葉の群れがジャケットを吐き出すと、寄り集まって人型の姿を取っていった。

 

(枯れ葉を操るスタンドか。俺の鎌では、斬っても突いても、あのスタンドにロクなダメージは与えられないからな。もっとも、弱点がないわけじゃないが)

 

 〈ザ・ラスト・リーフ〉が、人型の姿を崩し、またも一塊となって笠間に迫る。

 

(ふーん、俺がこの位置だと近寄れるわけか。ならやっぱり、本体はあの車か)

 

 視線の先には柵があり、外の道路と面している。柵のすぐ外に、一台のミニバンが止められていた。窓にスモークが張られているらしく、中に人がいるのかも見えはしない。

 

(〈クリスタル・チャイルド〉の対策は一応してるってわけか。確かに、〈置換〉する対象は、俺から見えてないとダメだからな。中のヤツと俺自身を入れ替えて、枯れ葉をかわす手は使えない)

 

 ふっ、と、笠間は鼻で笑った。

 

(だが、俺の能力についての知識が足りんな。生兵法は大怪我の元、だ)

 

 笠間は〈クリスタル・チャイルド〉を出すと、その能力を発動させた。

 次の瞬間。

 枯れ葉満載のコンテナと、柵の向こうのミニバンが、入れ替わった。

 すぐさま、笠間は建物の陰に身を隠す。すると、枯れ葉の群れは目標を見失ったかのように、建物の角のところで、右往左往し始めた。

 

(〈ザ・ラスト・リーフ〉は、ターゲットがスタンド使いから見えてないと、襲えないからな……)

 

 それを確認した笠間は、陰から飛び出して、ダッシュで車に接近しだした。枯れ葉は一瞬遅れて追い始めるが、速度が遅くて追いつききれない。

 車に肉薄した〈クリスタル・チャイルド〉は、鎌を一閃。ドアが真っ二つに切り裂かれた。

 

「うわッ!?」

 

 慌てた声と共に、中にいた男が、反対側のドアを開けて、車から飛び出した。

 笠間は素早く車を回り込み、車から少し離れたところで尻もちをついている老人を睨んだ。

 

「やっぱりあんたが来たか、室井の爺さん。用務員が、枯れ葉を掃除するならともかく、散らかすのはどうかと思うがな……」

「な、なんで車とコンテナが入れ替わる!? 同じモンでなきゃ、入れ替えできんのじゃないのか!?」

「あのコンテナには、車輪が4個ついてる。〈四輪車〉って括りにできるだろうが」

 

 えっ、という顔の室井。

 実のところ、入れ替えには〈体積が近いこと〉という条件も存在していた。だがこれも、笠間が事前にコンテナの中に、他のゴミを放り込み、枯れ葉をかぶせて嵩増しすることでクリアーしていた。

 

「あんたが刺客として選ばれることも、ここで仕掛けることも、俺は事前に予測してたんだよ!」

 

 透明なスタンドが、室井の襟首を掴んで、無理やり立たせた。

 

(〈インディゴ・チャイルド〉の検索は、俺自身のことは、キーワードに入れるどころか、検索結果の中に含まれていてもダメだ。禁則ワードが入ってるとみなされて、検索に失敗する。直接問いただすしかないのが、面倒なところだがな……)

 

「爺さん。アンタに指示したのは、平竹の野郎だろ?」

 

 鎌の切っ先を突き付けられ、小さく頷く室井。

 

「うんうん、素直で大変結構。それじゃ、事の次第を未麗さんに説明してもらおう。執務室行こうか」

 

(冗談じゃない!)

 

 室井は血の気が引いた。

 

(あの平竹が勘弁してくれるわけないじゃろ!? 後で必ず報復される! っていうか確実に殺される! じゃが、断れば鎌で首を刎ねられる。ワシ、一体どうすれば……)

 

 ついつい目が泳いでいるうちに、その視線の遥か先に、制服姿の女生徒の姿が見えた。

 その女生徒が、ふとこちらに目をやった。

 

「……笠間さん!?」

 

 その声に、笠間は瞬時に振り返った。

 

「愛理!?」

「聞いてください! あたしは」

「逃げろ!! 近寄るんじゃないッ!!」

 

 大声に、愛理の足が止まった。

 

(ギリギリ射程距離内……ッ!)

 

 笠間と愛理の間に割りこむように、〈ザ・ラスト・リーフ〉が人型をとった。立ちすくむ愛理へと、枯れ葉の群れが接近していく。

 愛理のすぐ前まで来て、枯れ葉の群れが広がり、彼女に覆いかぶさっていった。

 

「〈クリスタル・チャイルド〉ッ!!」

 

 笠間は咄嗟に室井を放り出すと、自分と愛理の立ち位置を入れ替えた。枯れ葉は、笠間に一斉に襲い掛かり、その全身を包み込んでいく。

 

「笠間さっ……う!?」

 

 枯れ葉に覆われた笠間に気を取られた愛理は、背後から室井に捕まえられた。その首に、室井の作業着の腕が回される。

 

「形勢逆転、といったところじゃの! 顔まで覆われとるから、そのまま窒息死してもらおうか。お嬢ちゃんのおかげで助かったわい」

 

(そ、そんな……あたしのせいで!?)

 

 愛理は、立ったまま身動きできないでいる笠間を、愕然としながら見た。

 風が吹き、周囲に枯れ葉が舞い散っていく。

 

(何とか、しなきゃ……!)

 

 愛理は、首が締まるのを承知で、全身の力を振り絞って前に進もうとした。

 

「これこれ、暴れるんじゃない。お嬢ちゃんの力じゃ無駄じゃよ」

 

 室井が、愛理を笠間から引き剥がすように、わずかに後退した。

 それが、愛理の狙った動作だったとも気づかずに。

 

(〈スィート・アンサンブル〉!)

 

 突如現れたスタンドに、室井が驚いた次の瞬間。

 舞い落ちる枯れ葉が、その目の中に飛び込んだ。愛理は、葉の落ちる軌跡を読んで、室井の目に直撃する位置まで下がらせ、スタンド能力でタイミングを合わせたのだ。指揮棒で室井を刺すこともできたが、そこまで愛理はしたくなかった。

 目の痛みで、室井の腕の力が緩んだ。愛理はスタンドの力も借りて、室井の腕から抜け出した。

 枯れ葉で形作られた人形のようになっている笠間の元まで駆け寄り、顔にまとわりついている枯れ葉を必死で引き剥がす。

 

「やれやれ。無視されるとはのぅ」

 

 呆れたように笑う室井。

 笠間の足にまとわりついていた枯れ葉が、一斉に舞い上がった。

 思わず手を止めた愛理。その腕に、枯れ葉が次々と張り付いていった。

 

「え、え!?」

 

 愛理は腕を動かそうとしたが、全く動かない。

 

「未麗さんからは、大事な人質じゃから間違っても殺すな、と言われとるだけじゃからのぉ。『目には目を、歯には歯を』……って言葉、知っとるかのぉ?」

 

 室井がまだ少し痛む目で、愛理を睨んだ。

 笠間の、枯れ葉だらけの両腕が、愛理の襟元を強く掴んだ。息を飲む愛理。

 愛理の手が、その意に反して軽く握られ、親指が立てられた。

 腕が曲げられ、差し上げられていく。立てた親指が、自分自身の両眼に突き立てられようとしている様を、身を震わせながら愛理は見つめていた。

 笠間は、愛理がむしってくれた葉の隙間から、それを見た。

 

(させるか!!)

 

 笠間は、唯一枯れ葉に包まれていない足で、駆けだした。襟元を掴まれたままの愛理も、押されて自然と、後ろに走り出していた。

 二人は重なり合うように、室井の方に接近していく。

 

「体当たり!?」

 

 室井は、反射的に横に反れた。その脇を駆け抜ける二人。

 

(俺の狙いは貴様じゃない! 後ろの、車だ!)

 

 笠間は、無理やり体重をかけて、愛理を後ろに押し倒すように、開きっぱなしになっていたミニバンの車内に体を滑り込ませた。笠間が上、愛理が下。

 そのままの勢いで、笠間はドアに頭突きをブチ当てた。取っ手のところから、既に切り裂かれていたドアは、あっさりと大開きとなる。

 笠間の手が、ズルッと愛理の襟から抜けた。勢いが止まらず、笠間の体はドアから半分飛び出していた。

 両腕をついて車から抜け出す笠間の体から、枯れ葉がバラバラと剥がれ落ちていった。室井の視界から外れたことで、枯れ葉のコントロールが失われたのだ。

 急いで、笠間は愛理の腕を引いて、車から引きずり出した。

 

「車から離れるんだ! 考えがある」

 

 囁きかける笠間の言葉に、愛理は頷いた。

 笠間は、つんのめるように離れる愛理をチラリと確認すると、車の窓越しに、回り込んでくる室井を見た。

 

「若造が! また枯れ葉まみれにして」

「もう遅い!」

 

 〈クリスタル・チャイルド〉が、車の給油口に、螺旋状に変化させた鎌を突き立てた。

 鎌を引き抜くと、中から液体の飛沫が飛び出し、笠間の体に振りかかった。

 

(ガソリン!? じゃ、じゃが、火種がなかろうて!)

 

 そうは思うものの、つい室井は恐れて後退していた。

 鎌の螺旋が、また給油口に突きこまれた。まるで掻き混ぜるように、激しくピストン運動される。新たな飛沫が、次々と笠間に引っかかった。

 突然。

 激しい爆発が、車から巻き起こった。その勢いに、よろける笠間。

 炎は、ガソリンまみれの笠間の体にも燃え移っていた。

 

「火種が……ないと思ったか?」

 

 炎に包まれる笠間を見て愛理は、

 

(あの時と同じ……!)

 

 呆然としていたのも束の間、ハッと気が付いた。

 

(ガソリンは、静電気を蓄積させやすい! 容器に移し替える時には、激しく混じり合わないように、流速を落として入れないといけない。今のは、その逆をやった……! だから、あたしに車から離れるように指示した。巻き添えを食わないように……!)

 

「あ、頭がオカシイのか貴様は……。自分を、丸焼けにする気か!?」

「これで、枯れ葉を俺にまとわりつかせる事は、できなくなったなぁ? 燃えちまうもんなぁ?」

 

 憤怒に満ちた眼が、室井を捉えた。愛理に、自分で両目を潰させようとしたこの老人は、決して許しておけなかった。

 完全に怖気だった室井は、もはや戦うどころではなかった。背を向けると、一目散に逃げだしていった。

 

「逃がさん!!」

 

 炎で身を焦がしながら、笠間が追う。

 後ろをチラリと見た室井は、その鬼気迫る姿に、なおも震え上がった。

 

「〈ザ・ラスト・リーフ〉ッ!」

 

 枯れ葉が寄り集まり、人型を取り、すぐに崩れて笠間へと向かった。

 ただし、地面スレスレを、ほぼ平面になって。

 

(踏み込め!足を滑らせてやるわい!)

 

 笠間が、室井の狙いに気づいた時には、もう後一歩まで枯れ葉の群れが接近していた。

 

「味な真似を!」

 

 笠間は、斜め前に、鎌の螺旋を伸ばした。

 狙いは、大木の枝。何とか笠間の体重を支えられそうな太さ。

 枝に螺旋が絡み、それを支点にして、空中に飛ぼうとした。

 踏み込もうとする足の先に、枯れ葉が迫っている。

 

(こちらが一歩早い! もらった!)

 

 笠間がそう思った瞬間。

 

「〈スィート・アンサンブル〉」

 

 後方で愛理が、スタンドに指揮棒を構えさせていた。

 ほんのわずかだった。枯れ葉のスピードが上がり、笠間の踏み込みが遅くなった。

 笠間の踏み込む足の下に、枯れ葉が滑り込んでいた。

 

「何!?」

 

 足を枯れ葉ごと滑らされ、笠間は前のめりに転倒した。体の下で、地面の枯れ葉が焦げる匂いと音がしていた。

 起き上がる笠間だったが、見えたのは室井の遠ざかる後ろ姿だった。未だに炎で身を焼かれ続けている笠間の体力では、もはや追いつけないのは明白だった。

 その頭上から、水がシャワーとなって降り注ぎだした。〈スィート・アンサンブル〉が、側にあった散水用のパイプに穴を開けたのだ。

 笠間は、振り返った。水を浴びたところが音を立てて、少しずつ炎をかき消していく。

 

「……なぜだ?」

「もう勝負はつきました。追いつけば、あなたはあの人を殺してしまう。違いますか?」

 

 沈黙が、笠間の答えとなっていた。

 自らも水を浴びながら、愛理は続けた。

 

「もう戦意のない人を手にかける、そんなあなたの姿を、あたしは見たくないんです。あたしが、一度でも見たものを、決して忘れないのは知っていますよね?」

「知って、いる……」

「あたしが両親を同時に失った時も、あんな風に、車が爆発していました」

 

 それを聞いた瞬間、笠間は顔色を変えた。

 愛理の頬を濡らしていたのは、降ってくる水滴だけではなかった。

 

「本当にすまない……! 配慮が、足りなかった」

「あたしを助けるためだったのでしょう? そうしなければ、あなたもあたしも、無事ではすみませんでした。あなたは……今までもずっと、あたしを守り続けてくれていた」

「……俺が、勝手にやっていることだ。君は、〈光り輝く道〉を、よそ見なんかしないで、真っすぐに歩いていくべきだ」

 

 愛理は、少し黙り込んで、再び口を開いた。

 

「〈光り輝く道〉の横には、〈見えない影の荒野〉が広がっているのでしょう? あたしは、そのくらいのことが分からないほど、子供じゃありません」

「……」

「〈見えない影の荒野〉で、あたしのために、あなたは傷ついて汚れていくんですか。あたしが知らないうちに。そんなの嫌です! そんな道のどこが〈光り輝いて〉いるんですか!?」

 

 愛理は、真っすぐに笠間を見つめていた。

 

「もし、あたしを守ってくれるというなら……側にいてください。〈道〉も〈荒野〉も照らしながら。あたしは……あなたと、二人で渡っていきたいのです」

「何を言って……。君まで、巻き込まれるぞ。命が幾つあっても足りやしない」

「このままではそうでしょう。だから……決着をつけます。未麗さんと」

「! そんな無茶を」

 

 笠間が口にできたのは、そこまでだった。

 炎はほぼ消えてはいたが、もはや立ち続ける力は残っていなかった。膝から崩れ落ち、地面に倒れこんだ。

 

「しっかりしてください! 笠間さん!」

 

 愛理は、笠間に駆け寄っていった。

 

 

 

 

 

 室井は、息を切らしながら、校舎の柵沿いに歩いていた。

 そこに、一台の車が近づいていった。

 

「あれ? 室井はんやないですか。どないしたんですか?」

 

 車が止まり、ツーブロックの中年男が、窓を開けて話しかけてきた。

 

「藤松!? い、いや、あの」

「あ、そうか。平竹はんが、何か言うたはりましたな。〈お仕事〉、やっつけて来なはったんや?」

「ま、まあな」

「もうお帰りでっか? 良かったら、乗っていきまへんか? タクシー代はタダにしときまっせ」

 

 軽口の割には、どこか田舎臭い純朴さを感じさせるその男に、つい室井もホッとした。

 

(この藤松は、ただの別荘の管理人だったな。ワシを始末するなら、わざわざコイツを寄越さんだろ)

 

「それじゃ、乗せてもらうかな。駅までやってくれるか?」

「ええですよ。どうぞ」

 

 ドアを開けて、室井が後部座席に乗り込むのを確認すると、藤松は車を発進させた。

 自分が座る席の隣に乗せられている物を見て、室井は尋ねた。

 

「何じゃ、この……小さな戸棚みたいなのは?」

「キャビネットってやつですわ。洋風の」

「薄汚れて、何だか小汚いのう。ん? これは学生カバンか……〈MISAO YAGYU〉って書いてあるが、どうしたんじゃ?」

「……あんまり、余計なことに首を突っ込まん方が、ええんちゃいます? お互いに」

 

 藤松の声音が、わずかに冷ややかなものを帯びたのを感じて、室井はそれ以上追及はしなかった。

 

「そういえば、別荘の方はどうじゃ?」

「別に変わりないですよ。船の行き来もない小島やしね。あぁでも、釣りのシーズンやから、ワイの息子の慎志が釣りまくってますよ。室井さんも行けば、美味しく食べられまっせ。息子に用意させますさかいに」

「ほほう。それもいいのう」

 

 車はやがて、駅のロータリーに入っていった。電車が来るまで時間があるのか、他の車はほとんどいない。

 

「着きましたで。どうぞ降りてくださいな」

 

 藤松に促されて、室井はドアを開いた。

 降りようとしたその足が止まり、そのままの姿勢で固まったように静止した。

 ヘッドレストに腕をかけて、藤松が振り返った。

 

「どないしましたん? 早く降りとくんなはれ」

「……貴様。ワシは電車に乗りたいんじゃ」

「ええ。それが何か?」

「どうして、このドアのすぐ真下に〈船の甲板〉がある? なぜ、〈水平線まで広がる海〉が、その先に広がっとる? 〈別荘のある小島〉じゃろ、このドアの外は!」

「ええ。それが何か?」

「何か、って貴様……最初から、そこに送り込むつもりじゃったな!?」

「……オドレみたいな、勘の悪いジジイは嫌いやないけどな。ええからサッサと降りんかい!!」

 

 藤松の横に、人型のスタンドが出現した。

 

「貴様もスタンド使いかッ!」

 

 室井は、念のためにポケットにねじ込んでいた枯れ葉を放った。ヘッドレストに回していた手に、枯れ葉がまとわりつく。

 

「往生際が悪いんじゃボケが!! 往にさらせッ!!」

 

 スタンドの横殴りの拳が、室井の側頭部に叩きこまれた。たまらず、ドアから車の外に転がり出る室井。

 

「〈ミッシング・ゲイト〉! 扉閉めて、〈札〉を解除せいッ!」

 

 スタンドが車のドアを閉じると、ドアの目立たない場所に張られていた、短冊ほどのの〈札〉を引き剥がした。

 

「一丁上がりや。美味しく食べられるで、『魚に』な。慎志のヤツが用意してくれるやろ」

 

 ニヤリ、と笑みを浮かべて、藤松は自分の手を見た。そこにはまだ、枯れ葉がまとわりついていた。

 

「もう能力も効いてへんはずやのに、ドしぶといジジイや。クソが!」

 

 荒々しく、藤松は枯れ葉をむしり取った。

 ふと、その枯れ葉を見る。

 枯れ葉に混ざって、一匹の蜘蛛のようなものがいた。硬貨ほどの大きさの胴体から、管のようなものが突き出し、途中で途切れている。

 藤松の手の甲には、その蜘蛛とほぼ同じ大きさの、歯型のような小さな傷が、円を描いてつけられていた。

 

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